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3月 19 2019

霊の次元

前回書いたように、これ以上、平成思想を進めてはならないのです。進めれば進めるだけドンドン悪いことが起きてくるからです。

平成の思想が間違っているのです。だから、平成思想を止めないといけないのです。

まだ、嫌がらせしてくる人もいますが、どれだけ私に嫌がらせしたところで災いは止まらないのです。

自分たちが悪いからです。自分たちの考え方が間違っているのです。だから、それを直さない限り災いは止まらないのです。

これだけ車も減っているのです。こちらの人たちは真剣に私にいうことをきいたらどうでしょう。ただ、責任を私に擦り付けて怒っているだけではなくです。

もういつ自分たちに災いが現れるか知れないからです。(今日も朝からこの辺り、ずいぶんお怒りです)

何度もいいますが、災いが起きている人たちの考え方が間違っているのです。だから、自分たちに災いが起きているのです。

私と、そのような災いが起きている人たちとの違いは、その考え方なのです。

だから、考え方を変えればいいのです。そうすれば起きてくることも変わってくるからです。

普段から、悪いことを人のせいにして怒っていたり、憎んでいたりしてはいけないのです。そういう思いが自分を不幸にするからです。

例えば私などよく人から嫌がらせを受けています。しかし、それをいちいち気にして、怒ったり、憎んだりしていたら、私はとうの昔に大病を患い死んでいたことでしょう。

もう私は、ずいぶん前からひどい嫌がらせを多くの人から受けているからです。

しかし、私はいまだ病気などせず、ピンピンしています。

なぜでしょう?

それはそういう嫌がらせをあまり気にしない(心にとめない)からです。そういう嫌がらせをしてくる人たちがたくさんいますが(もちろん、あまりにされますので、その時に〔特に子供などには〕叱りつけることはありますが)そういうことを何日も気にしていることはないからです。

哀れな人たちだと、そのような人たちを一度きちっと祈れば後は忘れてしまうからです。(というか、嫌がらせされるのがあまりに多すぎて覚えていられないだけなのですが。〔苦笑〕)

その祈りでもです。何か私の祈りで多くの人が病気なっていると思っている人がこの辺りは多いようですが、私は、嫌がらせをしてくる人に対し、それに怒って、その人を病気にしようという思いで祈っているわけではありません。

そういう祈りなど一度もしたことはありませんね。そんな祈りをすれば自分も病気になってしまうからです。

キリストは「汝の敵を愛し、責め憎む者のために祈れ」といわれました。

私はそれを実践しているだけなのです。

だから、嫌がらせなどしてくる人に対しても、私の祈りは、愛の心で「神よ、どうぞこの人たちを正しくお導きください」と祈っているだけなのであり、だから私には奇跡しか現れて来ないのです。

私を憎み嫌がらせをしてくる人に対しても、私は愛の心で、その人に対しての幸せの祈りしかしていないからです。

それが嘘ではないということは、起きてくる現象が証明しています。

そういう幸せの祈りが自分に奇跡となって返ってきているわけです。(だから、キリストが「汝の敵を愛し、責め憎む者のために祈れ」といわれたことは正しいことであったのです。そういう祈りを実際にしている私には奇跡しか現れて来ないからです。キリストのいわれたことを実践すればちゃんと奇跡が起きるのです)

しかし、この辺りの人たちはどうでしょう。仮に私を祈ったとしても、私と同じ考えで祈る人など皆無でしょう。

この辺りの人たちの祈りは、せいぜい「この辺りで起きている悪いことは皆あいつのせいですから、あいつを病気にしてください」くらいの祈りしかしないのではないでしょうか。(苦笑)

そこまでの祈りはしなくても、この辺りで私の幸せを祈る人などいないはずです。

それではダメなのです。だから、悪いことしか起きて来ないのです。愛の心で幸せの祈りをしないからです。

誰もキリストの祈りを実践していないのです。それではいいことは起きて来ないでしょう。

キリストの祈りを実践してこそ、奇跡は現れてくるからです。

そういう考え方一つなのです。その考え方が違うため、私とこの辺りの人たちでは起きてくることが違うわけです。

それだけのことなのです。簡単なことでしょう。分かってみればです。

ところがです。

分かってみても、そういう考え方が(祈り方が)出来ない、そういう人が大半なのではないでしょうか。

ほとんどの人が悪を犯している者の幸せなど祈れるわけがないからです。(って、別に私は悪を犯しているわけではありませんが。〔苦笑〕)

しかし、そういう人の幸せまで心の底から祈れる、それが霊の次元の高い人なのです。

霊の次元の低い人は(あの世、天上界で〔幽界、霊界などの〕低段階に住んでいた人たち)悪いことをしている奴の幸せなど祈れるかと、そういう奴に対し怒ったり憎んだりしないわけがないだろうと、そう思って、そこから一歩も先に進めないわけです。

しかし、霊の次元の高い人は(天上界で神界、菩薩界に住んでいた人たち)そうか、そう思えば悪いことが起きないわけだと納得し行えるわけです。

そのような正しい考え方をです。

それが正しい考え方なのです。それが正しい行いであるのです。神の子の人間としてです。

どういう罪を犯そうが、みな神につくられた神の子であり、同じ仲間であることにはかわりがないのです。

その同じ仲間の神の子が今は一時の迷いで間違ったことをしていますが、その迷いは本質ではなく仮の姿なのであり、その仮の姿を責め憎んではならないのです。

早く、その迷いから覚めるよう、その人の幸せを祈る(そうして正しい道に導く)ことこそ神の子の人間として、同じ神の子の人間に対して取るべき正しい行いなのであり、だから、その正しい行いをしている私には奇跡が現れてくるというわけです。(そういう正しい行いを嫌がらせをしてくる人たちに対し私はしているということです)

罪を憎んで人を憎まず、という言葉がありますが、それを実践出来る人こそ正しい人であり、それをしていくことが人格の向上(霊の次元の向上)につながるのです。

それが分かるのが霊の次元の高い人たちなのですが、とはいえ、もうこの状況なのです。(もちろん、この辺りだけではなく、すでに日本中で災いが現れている)そういう考えが出来ないではなく、やらざるを得ないのではないでしょうか。

そういう心にならなければ「必ず」不幸になるからです。(この辺りの人たちは特にそれが顕著に現れています)

だから、そういう正しい考え方をするのです。(自分の敵を愛し、責め憎む者のために祈る…もちろん、その祈りは愛の祈りです)そうすれば自分の霊の次元も上がって奇跡も起き出し、幸せになって行くからです。

とりあえずです。一変に、そういう考えをしろと(そのように心を変えろと)いっても難しい人もいるでしょう。(もうずっと自分に反する人たちには怒り、憎んで来た人たちなどです…そういう人が大半なのでしょうが)だから、まず、この平成思想を正すことです。

これだけ低俗で、だらしがなく、自分勝手で、狭く、小さな考え方もないからです。

このような考え方の人たちが多いがため、これほどの災いがいま現在も起き続けているからです。

私の考えに賛同してくださる方は(そういう人たちは霊の次元が高い人であるのだから)ぜひ協力してほしいですね。

私一人では止めようがないからです。このような平成思想をです。

しかし、一人でも多くの人が協力してくださり、声を上げてくれさえすれば平成思想を段々変えていくことが出来ます。

どうせ出来ないとか、自分一人が何かしても何も変わらない、ではないのです。まず自分からはじめるのです。

はじめなければ、それこそ何も変わらないからです。

どちらにしても変えないといけないのです。時代も(正法の世に)ドンドン変わってきているからです。

その時代に生きる人たちの心と時代が合わなくなればなるだけ激しい現象が現れてくるからです。

やる気がある人がやるしかないのです。そういう人たちはそのような(時代を変えるという)使命があるからです。

それに先ほども書きましたが、そういう思いのある人たちはみな霊の次元の高い人たちなのです。

では、その使命は果たさなければならないでしょう。私たちの本当の使命は、ただ平成思想を変える程度の小さなものではないからです。

私たちの最終目標は、先ほども書きましたが、キリストのいわれた通りの心になることだからです。

そうすれば、キリストと同じ境地が得られ(そこまではなかなか難しいのですが)神の子としての本当の幸せを得ることになるからです。

だから、さっさと平成思想など変えてしまいたいのですが、いい加減もう使命のある人たちは立ち上がってもらえませんか?(それが自覚出来る人たちはいますよね。このブログを見ている人たちの中にです。私のいうことをしないと心が落ち着かないという人です。そのあなたがそうなのです)

そういう使命のある人たちがやらないと何も変わらないからです。

今のまま、使命のある人たちが(霊の次元の高い人たちが)立ち上がらないでは、ドンドン不幸が現れて来ます。

使命のある人たちが使命を果たさなければ、この世が幸福になることはないからです。

霊の次元の高い人たちは、自ら厳しい環境を選んで(その厳しい環境とは、苦労するという意味だけではありません。神のことを悟りにくい場所から神を悟るということもそうなのです。〔例えば栄耀栄華を極めているような人などそうです。松下幸之助さんがいい例です。あの人は菩薩界の人でしたが、結局、本当の神の教えを知ることはありませんでした。その栄耀栄華がじゃまをしたからです〕)そこから悟るように仕組んで生まれてくるのです。

そういうより厳しい場所から本当の神の教えを悟った方が、霊の次元の高い人はより自分の霊の次元が引き上げられるからです。

だから、厳しい環境に生まれた人たちは、この教えに辿りつくだけでも難しいのですが、しかし、自分がそういう道を選んで出てきているのですから、今さら泣き言をいわれても仕方ありません。

そういう環境の下、生まれてきた人たちはその環境からこの教えに辿りついて、そうして行ってください。

そうすれば、それだけ、その人の霊の次元は上がるからです。

しかし、本当の修行はその後からなのです。その後、どれだけ、この教えを実践し、拡めることが出来るのか、霊の次元の高い人は、そこからが勝負なのです。

まだ、その勝負さえ出来ていない人がたくさんいます。

しかし、そのような(霊の次元の高い)人たちが立ち上がってこなければ、日本に起きている災いは止まらないのです。

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3月 17 2019

平成の常識は他の時代の非常識

皆さん、ずいぶんお怒りです。前回のブログがよほど本質をついていたのでしょう。

この辺りは誰一人、奇跡など起きていないようです。本当に情けない話です。このブログを実践すればみな奇跡が起きるはずなのにです。

だとすれば、これほどありがたいブログはないのに、誰一人、奇跡が現れて来ない。災いしか現れない。あまりに哀れで話になりませんね。(このブログを見ているほとんどの人が〔それだけ稀有なブログを見ているにもかかわらず〕少しも感謝しないからでしょう。感謝しているウナッシーさんにはちゃんと奇跡が起きているからです)

奇跡が起きている私のいうことが正しいのです。災いが起きている人たちが間違っているのです。

間違ったことをしているから災いが起きているんでしょう。いい加減、認めてください。

自分たちの間違いをです。そうして反省してください。

自分たちの間違いを認め反省した人から救われて行くからです。

頑なに自分の間違いを認めず、反省もせず、責任転嫁しているだけでは、この後、まだどれだけ災いが起きてくるか知れないのです。

反省するしかないのです。それが唯一の救われる道であるからです。

「自分たちは間違ったことなどしていない」そう自分が思っているだけで、実はたくさんの間違いを犯しているのです。

平成とは「多くの間違いを正しいと思い込んでいた」そういう時代であったからです。

そういう時代であるからこそ、これほどの災いが起きているのです。

平成の常識は、他の時代からすれば非常識であったということがたくさんあるのです。

この辺りの人たちのように、自分たちに災いが現れているのに、自分たちの罪は一切認めず、悪いことをみな人のせい(私のせい)にしていることもそうですし、風鈴がうるさいなどという発想もそうでしょう。

保育園をつくるなという発想も同じです。

これほど狭く、小さく、自分本位で思いやりのない発想もないのです。

これだけ自分の責任は認めず、狭量で自分さえよければそれでいいという発想は、他のどの時代の人たちも持たなかったのです。

平成以前の人たちは、自分の責任は自分の責任としてちゃんと認め、風鈴などの音がきこえてくれば風流でよいとみな心が安らぎ、保育園などあれば子供たちの元気な声や姿が見えて、こちらも元気が出ると喜んで、愛ある心で誰もがそう思ったのです。

そのような責任感や思いやり、心の広さや愛は普通の人間として当たり前に持っていたのです。

ところが、平成の人たちは自分の罪は絶対に認めず、風鈴や保育園をうるさいというのです。あまりに狭く、小さく、愛もない自分本位な発想でしょう。

その考えの差は天と地ほどあるのです。(天上界と地獄界ほど考え方に違いがあります。平成の考え方はあまりに低いのです)

平成以前と以後の考え方の違いはこればかりではありません。

前にも書きましたが、同棲などもそうでしょう。結婚前に平気で子供をつくってしまうこともそうでしょう。夫が妻の出産に立ち会うということもそうなのです。

また、その生まれて来た子供にキラキラネームなどつけることもそうです。

そうして同性愛なども認め、男女平等、同権をこれだけ声高にいっていることもそうでしょう。

このようなことは、平成の時代になってドンドン進んだことなのです。

平成以前は、同棲などしているといったら、何だ結婚もせずにだらしがないと皆からさげすまれたものです。

それは結婚する前に子供をつくるということも同じです。結婚前に子供をつくるなど恥ずかしいことであったのです。

そういう人たちは順序もわきまえない、浅はかな人たちと思われていたからです。

実際そうなのですが、ところが、このような常識が平成に入るとなくなって、何でもかんでもOKです。(こういうことがすでに間違いです)

結婚など前提にしていようがいまいが、別に同棲など自分たちの自由なので勝手、結婚前だろが、結婚しようがしまいが子供が出来ればめでたい。(本当におめでたい発想です)

そうして夫としての威厳も妻としての責任もなくなって、夫がのこのこ妻の出産について行く。何でもかんでも夫婦一緒にやることが仲のよい夫婦であり、こんなこれまでのどの時代にもしなかった、夫が妻の出産に立ち会うなどということを夫婦が望んで堂々とやっている。(これまた大間違い)

そうして生まれて来た子供に訳のわからないキラキラネームなどつけて親が喜んでいる。

名は体を表すといいます。そんな訳のわからない名前をつけられた子供は将来どうなるのでしょうか。

まったく他の時代からみれば、このようなことはすべて非常識なのです。

それが平成の世では常識です。

こういうことに異を唱えれば、考えが古いだの、固いだの、果ては愛があればそれでよいと、愛という言葉で自分たちのいい加減さをごまかし、古来からの大切な決め事をすべて無にしている。

これが平成思想なのです。

こんな考えの人たちばかりであるなら、当然、天罰はくらうのです。あまりに(神の子の人間として)非常識であるからです。

そうしてそれは同性愛や男女平等、同権を声高にいっていることも同じなのです。

何で同性愛が正しいのでしょう。そういう人ばかりが増えたら人類は滅びるのですから、そういうことが正しいわけがありません。(少数だからいいなどと認めていたら、そういう人が増えたらもっとおかしいといえなくなるではないですか。少数のうちにおかしいものはおかしいとはっきりいい、そういう人たちを正しくしていかないといけないのです。同性愛者が増えてからでは取り返しがつかなくなるからです)

平成以前は、男と生まれて来たら男らしく、女と生まれて来たら女らしく、そう生きるのが当たり前のことであったのです。親からもらった身体は(それは即ち神からもらった身体なのですから)大事にするのが当たり前のことであるからです。

神は私たち人間を男性と女性につくられたのであり、それ以外の人間を(両性のような人を)つくられてはいません。

神がつくられていない人間を勝手につくり出してはならないのです。

ところが平成の世に入ると、その両性のような同性愛者まで認め出し、パートナーシップ証明書(同性カップルが結婚に相当する関係であると認める証明書)などというものを発行する自治体まで出てきているのですから、神が怒らないわけがありません。

このような勝手な行いがよけい神を怒らせ、より多くの災いを現されているのです。(渋谷などその典型ですが)

もちろん男女平等、同権も同じでしょう。

男と女には互いに順序があり、役割があるのです。(それもちゃんと神が決められています)それを一切無視した平等、同権という思想は同じように神を怒らせ、混乱を招きます。(どちらも平等で同権になったら、一体どちらのいうことを主にきけばいいのでしょう。同じ意見の人間などいません。夫婦であろうと意見は違うのです。夫婦が平等で同権なら話がまとまるわけがないのです。それにすべて半々にしてしまったら、そこに愛など生まれないのです)

平成以前は、これだけ平等論が強くなった時代はありませんでした。だから、まとまっていたのです。

しかし、平成の世はこのような(何でもかんでも平等という)異常な平等論に加え、男女両性以外の人も認め出し(同性愛者・多様性という言葉にごまかされてです)狭量で自分本位な人もドンドン増えていったのです。(一方で多様性などを認め、一方ではどれだけ小さなことも認めない。〔風鈴がうるさいとか、保育園をつくるなとか〕どんだけ極端なんでしょう。これもまた間違いです。中道ではないからです)

そうなればおかしな世の中になるのは必然でしょう。

だから、平成の世は、それ以前の世に比べ多くの災いが現れたのです。

平成の世は、これまでの時代とはまったく異質で異様な世界になっているからです。

そういう世界にいて、自分のしていることに間違いはない、などと自信を持っていえるのですか?

これまでの時代の世界とはまったく違う異様な時代に生きているのにです。

つまり、平成に生きている多くの人たちは多くの間違いを犯しているということです。

だから(何度もいいますが)これだけの災いが起きているのです。(天罰です。あまりにおかしな世の中をこの世につくりだしてしまっているからです)

それでもまだ、自分たちに間違いはないと、そうして悪いのはお前であると言い張るのでしょうか?(そういうことをいい張っている時点で〔責任転嫁ばかりしている時点で〕すでに間違っていますが。〔苦笑〕)

しかし、奇跡が起きているのは、その悪いことの原因と思われている私だけなのです。(間違っている者に奇跡は起きません)

多くの間違いを平成の多くの人たちはしています。

早くそのことに気づかないと滅びてしまうのです。

追伸…いつまでこの教えを無視し、逆らっているのですか?もう、この教え抜きではこの時代(次の時代は)生きられないとまだ分かりませんか?(ほんと死にますよ。いい加減、気づかないとです)

昨日、私は堀川に行っていたんですが、堀川沿いを歩いていると上からバタバタという音がしてきました。

それで空を見上げると、なんと、たくさんの鵜が飛んでいるではありませんか。驚きました。あまりに数が多かったからです。(数百羽はいたと思います)

そのたくさんの鵜たちが横の堀川にバタバタ降りてきます。もう堀川は鵜だらけになりました。(笑)

周りで歩いていた人たちもあまりの鵜の多さに驚いていましたが、その鵜たちに「お前ら元気か。あまり魚を食うなよ」などと声をかけながら歩いて行きました。

それだけ鵜が来たので、他の鳥たちも大騒ぎしていましたね。(あの辺は最近カラスも増えて来ましたからね。カラスと鵜、それにカモメも交じってわけわかりませんでした。〔笑〕)そのような鳥たちを見ていると可愛いものですが、その騒いでいる鳥たちの横を仏頂面(ぶっちょうづら)した人たちが歩いて行きます。(苦笑)

そのあまりのコントラストの違いにこちらは違和感しかなかったのですが、この教えを勉強するなら大喜びして大騒ぎしている鳥たちと同じ気持ちになれるのです。

この教えを実践するなら、このような愛ある奇跡が次々に起きてきます。

この時代(これだけ災いが現れている時代)このような(愛ある奇跡が次々に現れてくる)教えは本当に貴重であると思います。

その価値を早く理解してほしいものです。

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3月 14 2019

数々現れる災い

しかし、情けない話です。

もう平成に入って、次から次に日本中に災いが現れてきているのです。

だからそれを前回のブログにも書いているのに、それでもまだこの辺りは「お前が悪い」と私に嫌がらせをしてくる人がたくさんいるのです。

本当に視野の狭い人たちです。起きていることの全体が見えないのでしょうか?

もう日本が滅びかけているのです。

そうであるなら、このブログを見ている人たちはしっかりとこの教えを実践して、自分で奇跡を現し、そうしてこの教えを日本中に伝えてくれないといけないのです。

そうしないと日本が滅びてしまうからです。

最低(本当の神の教えを伝えられている人は)それくらいのことはしてくれないと困るのですが、何年たってもこの辺りの人たちは、災いが起きるとお前が悪いと責任転嫁し(自分たちが悪いに決まっているのにです。自分たちが悪いから自分たちに災いが現れているのです)私に八つ当たりしているだけなのです。

本当に情けない人たちです。

もう、このブログを長年見ている人たちは、少々の奇跡くらいは起こせるはずですし(それが本当の神の教えの力です)実際にこの教えを実践して、次々に奇跡が起きている人もいるのです。(もちろんウナッシーさんです)

なら、自分たちにも同じように奇跡が起きて来ないといけないはずなのに、まだこの辺りの人たちは奇跡一つ起こせないでいるのです。

奇跡どころか、この辺りの人たちは長年このブログを見ている人も多いのに、災いしか現れず、人を救うどころか、自分さえも救うことが出来ずにいて、私に八つ当たりしか出来ないというのですから、それではあまりといえばあまりの情けなさでしょう。

だらしないといったらありません。この教えを実践するなら、いくらでも奇跡が起きてくるのにです。

それなのに災いしか起きない。本当に恥を知ってください。それだけ(神の子として)恥ずべき行為もないからです。(本当の神の教えを知らされていて、奇跡一つ起きない。災いしか起きない。神の子としてこれだけ恥ずかしいこともありません)

これでは本当に日本が滅んでしまいます。このブログを見ている人たちはもう少し責任感とか、使命感を持ってもらいたいものです。

この世を救うことが出来るのは、本当の神の教えを知っている者以外いないからです。

しかし、この教えを知っている者の中で奇跡が現れてくる者がわずか二人しかいない。

これでは日本に起きている災いを止めることは出来ないでしょう。あまりに奇跡が起きる者が(正しくこの正法神理を実践している者が)少なすぎるからです。

この状況ではとても日本全体を救うことは無理なんですが、責任転嫁ばかりしてキレている連中はともかく(まだ、こういう人たちはレベル的に低い人であるからです。日本を救うなど考えもしないでしょう)そうでない人たち。

少なくとも、いま起きていることを冷静に見られる人。自分も何かしないといけないと思っている人などは、もう立ち上がってもらえませんか。

そういう人たちが立ち上がらないと、日本を救うことは出来ないからです。

つまり、その人たちのやる気(使命感)にかかっているということです。日本を救うことが出来るかどうかはです。

そういう人たちが使命を果たすということは、日本に起きている天変地変を止めるばかりではないのです。

そのような天変地変で不幸になる人たちを救うのはもちろんですが、最近は二人に一人が癌になる時代といわれるようになりました。

二人に一人が癌になるって、いくら何でも出すぎていませんか。

癌になる人がです。

だから、そういう災いもどんどん増えて来ているということです。恐ろしい病気になるような災いがです。

癌になる人が自然に増えているのではないのです。(何でもそうですが、自然現象などありえませんから。すべて不自然現象なのです。すべて何かの力が作用してそういうことが起きているのです)

これも災いなのです。

そうでなければ、これだけ癌などが多発するということはないはずだからです。大人から子供までです。(だっておかしいでしょう。癌のような病気だけがドンドン増えてくるなどです。医学的にこのような現象をちゃんと説明できるのでしょうか?単に食べ物が変わってきたから〔欧米並みに〕だけでは説明がつきません)

つまり、こちらで起きているような現象が(特別この辺りだけではなく)あちこちで起きているということです。

こちらの人たちは、こういうことが起きているのはこの辺りだけだと思い込んでいるようですが、この辺りで癌になる人が増えているだけで、二人に一人の人が癌になるわけがないのです。

もう、全国的に癌になる人がドンドン増えているのです。だから、二人に一人が癌になるなどというペースになるのです。

ところが、他の地域の人たちは、こちらのように災いでそうなっているなど思いもしません。ただ、自然に癌になる人が増えていると思っているだけなのです。

つまり、天変地変同様、この教えを知らない人たちは、癌などの病気も自然になるものだから仕方がないとしか思わないのです。

だから、分からないのです。そのような災いがです。

しかし、このような(恐ろしい病気がドンドン増える)現象も同じなのです。

平成に起きている数々の災いの一つであるということです。

こういう現象もです。この教えが拡がるなら防げるのです。何度もいいますが、病気とは心の(気の)病であるからです。

その心を正すなら、このような病気になることはないのです。(もちろん、その心を正せば、そのような病気になっている人も奇跡的に治るということも起きてきますし)

正しい心で生活するのなら、どのような災いも起きずに奇跡が次々に現れてきて、安らかな心と安らかな体で、安らかに年を取って、安らかに死んで行くことが出来るということです。

そのすべての安らかさをつくりだすものは、この正法神理であるということです。

だから、一刻も早くこの教えを拡げないといけないといっているのです。

この教えを拡げない限り、日本に次々に現れる災いを止めることは出来ないからです。

このブログを見ている人たちがボケっとしていればしているだけ、不幸な災いがドンドン現れてきます。(そうして最後は自分も……)

それでもまだ傍観しているだけなのですか?

それではあまりに無責任なのです。

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3月 12 2019

日本を滅ぼすのは誰?

もう私のいうことをきいてはどうでしょう。(特にこの辺りの皆さんは)逆らえば逆らうだけ(無視すれば無視するだけ)不幸にしかならないからです。

相変らず朝からお怒りの人もいますが、私のいうことをきかないと本当に滅びるのです。いい加減、信じてもらえないでしょうか。いった通りのことが何度も起きているからです。

起きている危ない現象に対し、怒っているようではよけい危ないのです。

このブログを見ている人は、いま起きていることの本当の恐ろしさをもう理解しないといけないのです。

その本当の恐ろしさは、このブログを見ている人でないと分からないからです。

このブログを見ている人はよく理解してください。平成に入り、凄い勢いで災いが現れ、次々に人々が滅ぼされていっているという事実をです。

その平成の災いは、あの雲仙普賢岳の噴火から始まりました。

平成三年六月三日、それまで何度も噴火を繰り返していた雲仙普賢岳が大噴火を起こして大火砕流が発生。四十名以上の人たちが亡くなります。

この後からです。

それからの災いを予感するかのように、毎年のように震度5以上の強い地震が日本のどこかで起きるようになったのです。

そのように強い地震が多発し出した平成七年、阪神大震災が起こります。

もう誰もが知っていることですが、この阪神大震災で六千人以上の人が亡くなります。

この時、多くの人が滅ぼされたのですが、その後も、今度は震度7クラスの地震が続き(鳥取や福岡などで)平成十六年に新潟中越地震が起こります。

そうして平成二十三年(2011年)にあの東日本大震災が起きたのです。

この東日本大震災で一万八千人以上の死者、行方不明者が出ました。

この時もまた多くの人が滅ぼされていったのですが、その後、平成二十六年に御岳山の噴火、二十八年は熊本地震、そうして去年です。

去年の平成三十年には多くの災いが一変に現れたのです。

二月に北陸豪雪があり、大阪北部地震、北海道胆振東部地震(この時、北海道でブラックアウトが起こります)それ以外でも、西日本豪雨や(この時も多くの人が〔二百人以上の死者〕滅ぼされていきました)あの(埼玉県の熊谷で41.1度の史上最高気温を記録した)殺人猛暑もあって(この異常猛暑も熱中症などでどれだけ多くの人たちが滅ぼされたか分かりません)いくつかの台風も日本を直撃し、九月には直撃した台風二十一号で、タンカーが関空の橋にぶつかって関空が孤立するということまで起きました。

このような台風や大雨(大雪)被害は平成の三十年の間、数知れず起きて、とても書ききれるものではないのです。(ゲリラ豪雨や五十年に一度の豪雨など多すぎて書ききれません…五十年に一度の豪雨がなんでそんなに起きるのでしょう?)

その間、そのような災いでどれだけ多くの人が滅ぼされていったか知れないのです。

とにかく平成の三十年の間だけで、すさまじい数の天変地変が起きたのです。

これだけの災いが、これだけ固まって起きた時代は多分これまでにないでしょう。

平成以前に、これだけの災いがわずか三十年の間に起きたならば、日本の人たちはとっくに滅ぼされていたはずだからです。

この平成の時代が、これまでの日本の二千数百年の歴史の中でも、一番、科学が発達し、インフラ整備もしっかりなされていた時代であるからです。

その時代にこれだけの被害が出ているのです。他の時代ならとっくに滅びていたことでしょう。

それだけのすさまじい数の天変地変が平成の時代に起きたのです。(これは決して大袈裟な言い方ではないと思いますが…)

しかし、平成の時代の災いはそれだけではありませんでした。それはこの辺り一帯を見るだけでも分かります。

ドンドン走っている車が減り、次々に(恐ろしい)病気が現れるという現象まで起き出しているのです。

それは有名人などが(去年辺りから)次から次に亡くなっていっているということでも、その災いの多さが分かるのです。

つまり、日本全体を見るなら、天変地変から、身近に現れる現象まで(最近は大規模な火事もよく起きますし、細かいことまでいうなら、東京などで起きている〔おかしな現象で〕電車が止まったりして混乱しているというのもそうでしょう)大小、様々な災いが次々に現れているのです。

天変地変だけでも他の時代なら滅びていてもおかしくないほどの数が現れ、それプラス数多くの異常現象です。

このようなことがただの自然現象なんでしょうか?

このような現象を個々で見るならです。たしかに自然現象にしか見えないでしょう。

それだけ見たら、ただの地震だろとか、ただの台風だろうとか、癌になっただけだろうとか、ただの火事だろうということになるのですが、それが一変に起きてくるのです。

それも次から次にです。

こういうのは明らかに不自然であり、これを自然現象というのはどう考えても無理があるのであって、だから私は天罰だといっているのです。

あまりに起きすぎているからです。このような自然現象といわれていることがです。

自然現象もあまりに起きれば、それは不自然現象なのであって、地震と大雨と癌になる人が一変に出たら(しかも何度もです)それを自然現象というのでしょうか?

そういうのは自然現象とはいわないのです。そういうのは神からの天罰というのです。

その天罰をたくさんの人たちが食らっているということを知るべきなのです。このブログを見ている人たちはです。

何度もいいますが、いま起きていることの本当の恐ろしさが分かるのは、このブログを見ている人たちだけなのです。

他の人たちには分からないのです。このような現象はすべて自然現象で仕方がないと思っている人たちばかりであるからです。

しかし、このブログを見ている人たちは、このような現象は明らかに不自然な現象であり天罰であると分かるはずです。

だから、心を入れ替えないといけないと私はいっているのです。

心を入れ替えないと、この天罰は止まらないからです。

起きていることを正しく理解しないと、起きている悪いこと(災い)は止まりません。

このように次々に災いが起きている中にあって、奇跡が起きているのは私だけなのですが、それでもまだ私のいうことを無視しますか?

嫌がらせをし続けるのですか?

そういうことをしている最中にも災いが現れているところもあるようですが。(どこかの会社などです)

私のいうことをきく以外で、この起きている(起き続けている)災いを止めることは出来ません。

それが分かるのは、このブログを見ている人たちだけなのです。

ということは、このブログを見ている人たちだけが正しい判断が出来、日本に起きているすさまじい数の災いを止めることが出来るということです。

それでもまだ正しい判断をすることはしないのでしょうか。正しい行いをするのを拒むのですか?

そうであるならです。この日本を滅ぼすのは、このブログを見ている人たちであるということです。

追伸…昨日で東日本大震災が起きてちょうど八年となりましたが、しかし、昨日は、その東日本大震災の被災地も大荒れの天気となったようです。

まだ、東日本大震災で亡くなった人たちの霊が鎮まっていないのでしょう。だから、起きた日に、そのような荒れた天気になるのです。

鎮まるわけがありませんよね。東日本大震災以降も誰も心を変えようとはしないからです。

このままでは、まだまだ日本に起きる災いは止まりません。

では、そのような霊たちも鎮まらないということになります。迷える霊たちはこの世の人たちが正しく行動しない限り救われては行かないからです。(その私たちの正しい行いを観て迷える霊たちは自分の間違いに気づくからです)

何度もいいますが、このブログを見ている人たち以外で、この日本に起きる災いを止める方法を知っている人はいないのです。

そうであるならです。このブログを見ている人たちが立ち上がらない限り、この日本も、そうして災いで亡くなった人たちの霊も、救われることはないということです。

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3月 10 2019

平成の人々の異様さ

大阪は知事と市長の入れ替えダブル選を行うようですね。

党利党略、私利私欲のように思う人も多そうですが、大阪維新の会からすればもう大阪都構想は信仰みたいなものなのでしょう。

都構想を行えば大阪は必ず発展するみたいな新興宗教です。

しかし、冗談抜きで都構想ってきけばきくほど複雑で訳が分かりません。(それをしている大阪維新の会の議員も全員が全員、都構想をちゃんと理解しているんでしょうか?)

府と市でしている二重行政の解消とお題目のように唱えていますが(まさに信仰ですね。〔笑〕)その二重行政をなくして、都に一本化しただけで本当に一兆円もの(十年で)経済効果がえられるんでしょうか?(だとしたら、凄い経済効果ですが…何か魔法のような話です)

そういう学者もいれば、二重行政をなくしただけでは一億円くらいの節約しかできず、その手間、デメリットを考えたらどれだけ損が出るか分からない、という学者もいます。

いうことがまったく違うのですが(正反対ですね)それで二重行政はいけないからと、病院や学校まで減らすんですか?あるいは図書館とかも?(府と市が同じようにやっているものはなくすんですよね。都構想は)

大丈夫ですか?特に病院など減らしてしまってです。(では、あまったもう一つの病院を他の病院不足の自治体に譲ってあげてはどうでしょう。病院不足で困っているというところはいくらでもあるからです)それに学校や図書館を減らしてしまっては、子供の学力が落ちそうですが、そういうことはないんでしょうか?

でも、児童相談所は増やすんですよね。(昨日のテレビでそんなこといっていましたが、なぜ、児童相談所は増やすんでしょう?)

では、役所はどうするんですか?(役所を減らすと、前回も書きましたが、住民は不便ですし何か災害が起きた時に困りますが…)

都構想が、必要なものは増やして不必要なものは減らすというのなら、まだ話も分かりますが(いくら無駄を省くといってもです)何でもかんでも二重行政のものは減らすでは話にならないでしょう。

まさか、そんな単純な話ではないんでしょうが(そんな単純な話なら話にならないですもんね。都構想などです。その一点だけ見てもいりません。住民にとっては不利益だからです。それもかなりです。経済効果うんぬんの話ではありません)私たちのような他地域の者には、いっていることが複雑すぎて本当に訳が分かりません。(大阪の人たちは分かっているんでしょうか?)

どちらにしても、それだけ複雑はものはそう簡単に出来るものではないでしょう。

大阪市を特別区(の四つ)に分けてしまって、その複雑な決まりを決めるだけでも大変な作業となるでしょうし、やるにしても相当の議論が必要でしょう。

拙速に進めては、これほどの大事業はあまりに危ういと思われますが、まあ、大阪のことは大阪の人たちが決めることです。

名古屋の私があまり口を出すことでもないでしょう。

それよりこちらの問題です。こちらは本当に大変なことが起きているからです。

道がドンドンすいて行くのもそうなんですが、最近、私はよくスーパーに行くのです。母が入院してから、もう洗濯とか食事の分とかは自分がしているからです。

それがまた問題なのです。私がスーパーに行くと、スーパーの中の人たちが行くにつれ段々機嫌が悪くなって行くのです。

機嫌が悪くなるというより、店員が怒りだすのです。

起きるんでしょうね。私が行くといろいろな現象がです。

起きると思いますよ。ああいうところに行くと、必ず誰かちょっかいをかけてくるのです。そういう人たちに何か起きているんでしょう。

だから、そこにいる店員の機嫌が、段々悪くなって、最後は皆、怒りだすのです。そういう(よけいなことをしてくる)人たちが次々に病気にでもなって行くからです。

なら、ちょっかいをかけなければいいのにと、そのちょっかいをかけてくる方が悪いのにと、私は思うんですが、誰もそうは思ってくれず、お前が人を病気にいしていると思う人が多いようです。(私が人を病気にしているのなら自分も病気になってしまいますが…本当に因果応報という法則は無視です)

それだけ自分本位な人が多いということです。

しかし、こちらはこちらの事情があり、そういう場所にこれからはいかなければいけません。(私は行きたくはありませんが)病気になどなるのが嫌なら、態度を改めることです。

そうしないと、そういうことをしてくる人には何が起きるか分からないからです。(仮にすぐに起きなくても、どこかで災いは起きることになると思いますよ。そういう人たちは恩を仇で返しているからです)

「お前が来なければいい」「お前がいなければいい」と思う人もいるかもしれませんが、もし、私がいなくなれば、多分(というより絶対でしょう)日本は滅びます。

日本の人たちは神との約束をすでに違(たが)えているからです。(しかも三度もです。高橋先生、園頭先生、そうして私です。仏の顔も三度です。次はもうありません)

だから、これほどのことが起きているのです。(それは、この辺りのことだけでなく日本全体を見ても分かるはずです)

態度を間違えているのはそちらなのです。本当の神の教えを知らされたのなら、感謝して報恩の行為を行うのが当たり前のことなのです。

しかし、神の教えをきいているにもかかわらず、その当たり前のことさえしようとせず、逆らい続けているのはそちらなのです。

それでは罰も当たります。

そのような狭く小さく自分本位な平成の思想のままでは必ず滅ぼされることになるからです。

早く、気づかなければいけないのです。自分たちの異様なほどの心の狭さ、小ささ、自分本位さをです。

そのような思想は、これまでのどの時代にもありえなかったほど低俗な思想そのものであるからです。(もちろん、前に書いた、男女間の常識も含めてです)

平成以前の人たちは、例えば「保育園をつくるな」などという自分本位な考えの人はいなかったのです。

また「風鈴がうるさい」などという狭く小さな考えの人もいなかったのです。

今までこれだけ狭く小さく自分本位な考えの人たちが増えた時代はありませんでした。

これまでの時代は、このような狭く小さく自分本位な考えの人もいるにはいましたが、それはごく少数の人たちであり、そういう考えの人たちがこれだけ多く存在した時代は、これまでなかったのです。

だから、平成の世は、すさまじいまでの異常現象が次々に現れたのです。

そのような異様に狭く小さく自分本位な心の人たちがたくさん現れているからです。

その異様な心がこれほどの災いを現しているのです。

だから、早くそのことに気づかないといけないのです。自分たちは、普通ではないとです。

それに気づかないと、なんでこれだけ悪いことばかりが起きるのか、その本当の理由も分かってこないからです。(だから、日本に起きている異常現象は、温暖化のせいでも、地震の活動期のせいでも、まして私のせいでもなく、自分たちの心の異様さが招いていると理解しないといけないのです。どれだけ認めたくなくても、それが事実であるからです)

これまで、これだけ狭く小さく自分本位な心の人たちがたくさん現れた時代はありませんでした。

そのような異様な心がこれほどの災いを呼んでいるのです。

その自分たちの心の異様さを早く知ってください。それに気づかない間は、災いが止まることはないからです。

異様な心を反省しない限り、災いは続きます。

もう少し大きな心になってはどうでしょう。その大きな心が自分を救うからです。

(本当に異様ですね。それはこの辺りの人たちを見ていても、また、このブログを読んでいる人たちを見ていてもよく分かるのです。これだけいろいろ知らされて〔神のことを〕心も救われているはずなのに、ほとんどの人たちが感謝もしようとしないし少しの布施もしようとしない。布施どころか、自分に面白くないブログを書けば嫌がらせしかしてこない。本当に異様なほどのケチ臭さです。その異様さが平成の人たちはまったく分からないというのですから、これだけ異様な時代もないでしょう。平成の世とはそれだけ異様なのです。しかし、その異様さが不幸を呼んでいるのです。だから、早くその異様さに気づいてください。そうしないと起きている不幸は死んだ後まで祟るからです)

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