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6月 05 2020

現れる天上の世界と地獄の世界

もう凄い怒りようです。(昨日もそうでした)

朝から物を叩きつけて怒っています。本当に呆れてしまいます。どこかの会社の連中など何か自分たちが一方的に被害を受けているかのような怒り方をしているからです。

まるで私がいきなりこの連中を祈って、そうしてこの連中が次々に病気になっているかのごとくの怒りようです。

アホでしょうか?

この連中が(それこそ一方的に)嫌がらせをしているから、そうなっているのにです。

それなのに、その自分たちがしている散々の嫌がらせは(凄いですよ。この連中など、私のブログをじゃまするために毎日のようにでかい音を立て周り中に迷惑をかけていますから)忘れたかのような怒り方です。

だからアホかといっているのです。

何でこの連中は、これだけ毎日ひどい天罰を食らっているのに、反省しようとしないのでしょう。そういう自分たちの愚かな態度をです。

こういう連中は、バカかアホとしか思えないでしょう。

一度や二度ではないのです。そういう天罰を毎日食らっているのです。それでも態度を変えようとせず、すべて悪いことを私のせいにし続けています。

一体、何を考えているのでしょう。

そういう不思議な人が(どれだけ天罰を食らっても態度を変えない人が)この辺りにはたくさんいます。

そういう人たちはいい加減にしたらどうでしょう。いま起きていることをもっと真剣に考えたらどうですか。

そうしないとあまりに危険であるからです。

昨日もやたら怒っている人からやたら引いている人まで極端な人が多かったんですが、昨日は久しぶりに金山の辺りまで歩いていったのです。すると電車の運転手連中がまたやたら怒っているのです。

もう凄い勢いでファンファンやっていく運転手がいます。

この近所だけでも、もう相当天罰がくだっているのです。(最近はまた一段とです)それでは超罰当たりな電車の運転手連中に天罰がくだらないわけがありません。

さぞ天罰を食らってるんだろうなこの連中と、半分呆れ、半分同情し、やたらファンファンしてくるのがいましたんで、ちょっと祈ったろかと思ったんですが、ふとその時に気がついたのです。

これだけ天罰が現れ出すと、こんなところで祈って、この連中に運転途中で何か起きたら大変なことになるなとです。(もう大惨事です。例えば運転途中に心臓など止まればです)

それは他の(バスやトラックの)運転手連中も同じでしょうが、そういう心配をしないといけないほど、こちらなどではもう災いがたくさん起き出しているようなのです。

にもかかわらずです。何で平気で(態度を変えないで)いられるんですかね、この辺りの多くの人たちはです。しかも大人から子供までです。

本当に怖くはないのでしょうか?例えばどこかの会社など毎日くだっているのにです。天罰がです。

それでもまだ嫌がらせをし続けています。これでは滅びないと分からないという話になるのではないでしょうか。これだけ天罰が起きていても(毎日ですよ)それでも反省しないからです。

こういう連中ばかりです。本当にどうしたらいいんでしょうね。

何も起きていないのなら、口ばかりで何をいっているのか、という話にもなるのですが、次々に天罰を食らっているのに、それでもめげずに絶対に自分たちの悪いところは認めようとせず(直そうとせず)責任転嫁をし続けている、これですからね。

もしかしたら、このブログを見ている多くの人たちは史上最強の頑固者(大バカ者)ということになるのかもしれません。

これほど天罰が現れても、それでも反省しないからです。心を入れ替えこの神理に従おうとはしないからです。

まあ、とくにかくです。(愚痴ってても仕方ないので)私は毎日こういう連中と相対しているわけです。少しは私の苦労をお分かりいただけないでしょうか。

分かる人はです。

分からない人はどうしようもありませんが、分かる人はいい加減、分かっていただけませんか。

このままでは天罰がドンドン増え、そうしてその天罰で死んでいく人たちはみな地獄に堕ちていくからです。

こちらでは、そういう(地獄に堕ちていく)人がドンドン増えていっているからです。

しかし、私は町中を歩いていれば、そこかしこで鳥が騒ぎ(この時期は特に騒ぎます)あちらからすずめが飛んで来たり、こちらからツバメが飛んで来たりして、鳥たちと遊びながら(そうして辻説法もしながら)歩いているのです。

そういう光景を見ている人もこの辺りは多いでしょう。

ということはです。私の周りには、鳥たちと(もちろん魚や他の動物たちとも)戯れる、楽しくて癒される天上の世界が常に現れているということです。

それに引き換えです。私に嫌がらせをしてくる人たちはどうでしょう。

周りにいつ病人が現れるかもしれず、その病気がまたいつ自分に現れるかもしれず、そうして恐ろしい天変地変もいつ起きるかもしれず、そういういつ自分に悪いことが起きるのか分からない、不安で憂鬱な心のまま毎日を過ごしているわけです。

つまり、そういう人たちの周りには常に地獄の世界が現れているということです。

別に天上界と地獄界はです。あの世にあるだけではありません。この世にだって現れてくるのです。

自分たちの心の在り方一つでです。

心を入れ替えれば、いくらでも自分の周りに天上界は現れて来ます。

それでも心を入れ替えないのですか。

それだけ危なくてもったいない話もないのです。

(このブログを書いている間でもです。どこかの会社など次々に何か起きているようなんですが…〔パニくっているのがいますから〕それでも反省しないのですか?それだけ神理の流布をじゃまする行為は危ない行為であるということです。これ以上、愚かな行為はないということです。〔だから逆に協力するならこれだけ善い行為もないということです〕皆が滅びる前にそれに気づいてほしいものです)

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6月 04 2020

景気がよくなる方法

やばいですね。もうそこらじゅうの人が怒り出しました。

昨日など洗濯にいったコインランドリーの周りの家や会社までひどく怒っていて、子供までちょっかいをかけて来ました。

危ないですね。これでは大人ばかりでなく子供までです。天罰に大人も子供もないからです。私に嫌がらせなどして来たら確実に天罰はくだるからです。こちらでは止めようがありません。

どうしようもないですね。これだけ周りの人が怒り出してはです。昨日などでもそこらじゅうでちょっかいをかけられました。

しかし、参りましたね。こういう人たちは自分たちが悪いなどという反省は全然しないようだからです。ただ、お前が悪いの一点張りのようであるからです。(バカですか?)

これでは災いは止まりません。ますますひどくなるばかりです。

今度、洗濯にいくのが憂鬱(ゆううつ)ですね。あの辺りの人たちがどうなっているか心配だからです。

もうずいぶん出ているようです。この辺りは天罰がです。そうして最近は嫌がらせをしてくる人たちに次々に天罰が現れているようで(だからそこらじゅうで怒り出している)もうきいてはどうでしょう。

私のいうことをです。素直にです。悪いのは(天罰を食らっている)自分たちの方であるからです。

本当にこの辺りの多くの人が滅びる前に理解してほしいものです。神理をきいているのに感謝もしないで嫌がらせをしている自分たちは、ずいぶん罪なことをしているとです。

だからこれだけ天罰を食らうとです。

まあ、どれだけいっても理解しない人たちばかりです。話を変えましょう。しかし、例の政府からの十万円給付は遅いですね。こちらなど郵送申請もまだ来ていません。

これでは十万円給付などいつ振り込まれるか分かったものではありませんね。申し込みもまだ出来ないくらいだからです。

本当に名古屋はドベ候補ですね。この感じではです。(苦笑)

もし全国で十万円配るのが名古屋がドベのようなら完全にペナルティーですよね。河村市長。(段取り悪すぎです)

その十万円給付が遅いがため、どれだけ多くの人が会社を潰し破産したか知れないからです。(まあ、そこまで知りませんが…そう想像できるということです)

東京都の品川区が十万円給付とは別に区民に三万円ずつ配るそうではないですか。(中学生以下は五万円)じゃあ名古屋もやってくださいよ。それくらいです。

どうですか。名古屋市は全市民に一律五万円くらい配っては。ただしその金は名古屋で使ってくださいと、名古屋限定でです。

どちらにしても、このままでは名古屋も全国同様に潰れる企業がたくさん出てくるのです。(もちろんコロナ禍の影響で)それを防ぐには名古屋の企業にたくさん金が回ればいいのですから、それをするには名古屋市民の皆さんに協力してもらえばいいのです。

では、名古屋市民に名古屋限定の現金を配って名古屋で消費してもらえばいいわけです。そうすれば名古屋は景気がよくなるからです。

だからいっているのです。名古屋は名古屋で現金給付しろとです。名古屋だけで使える分の現金給付をです。(商品券でもいいのですが、また時間かかるでしょう。特に名古屋は遅そうだから。〔苦笑〕)

そうすれば徳川宗春の時同様、名古屋は(こんな非常時でも)空前の好景気となるからです。そうなれば名古屋の多くの企業も救われるからです。

だからそういう提案もしているのです。決して自分がお金がほしいわけではありません。(笑)

だからどうですか、河村市長。名古屋は名古屋で独自に五十万円くらいの全市民に対しての一律給付を行ったらです。

そういう破格の額を給付するならもちろん全国ニュースにもなりますし、全市民が一人五十万円ずつ名古屋で使うなら、名古屋は黙っていても景気はよくなります。

二百万人×五十万円ですから…いくらになるんでしょうか?一千億円くらいですか?(ケタ間違ってますか?)そのくらいの金が名古屋中に回るからです。

そうなれば名古屋の景気も好転するのではないですか。全国に先駆けてです。(この未曽有の不景気ではまだ足りませんか?ではもっと出してくれてもかまいません。百万円でも二百万円でもです。こちらはいくらでも使いますから。名古屋でです。〔笑〕)

まあ、半分冗談ですが、それくらいのことはしないと経済的にこれだけ落ち込んでいては回復はしないということです。だってこれからなんでしょう。本当に景気が悪くなってくるのはです。(特に中小企業などはです。今日の中日新聞にそんなこと書いてありました)

まあ、私は経済に対してシロウトですが、しかし、金を使えば景気がよくなるということは誰だって分かることです。

未曽有の不景気が迫っているのです。こういう時には先人に倣(なら)うのがよい方法なのではないでしょうか。名古屋には(前にも書きました)徳川宗春というよき先人がいられるからです。

だから河村市長、これからは河村宗春として(笑)徳川宗春のマネをしていきましょう。そうすれば名古屋の景気はよくなり、このコロナ禍で名古屋の景気だけが突出してよくなるなら、河村市長の総理への道もついてくるからです。(笑)

だから気前よくいきましょう。まぁ、ええがゃぁの精神でガンガン配るのです。名古屋市民に現金をです。(笑)

こちらの人たちは怒ってばかりです。たまにはこういう気前のいい話も書かないとよけい怒ります。

それにお金をたくさんもらえればその怒りも解けるかもしれません。(どんな怒りでしょう)

どちらにしても、今のままでは名古屋はお先真っ暗です。(天罰と超不景気でです)

これくらいの名古屋独自の政策を打ち出しませんか。河村宗春市長ぜひよろしくお願いします。

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6月 03 2020

正しい態度

やはりそうでしたね。

昨日、先週いった六番町の辺りを回ったのですが、マンションをつくっているでかい工事現場の連中が昨日はまたガンガンやってきたのです。

先週は静かにしていたのに「一週間でよくこれだけ変わるわ」と少々呆れ、ちょうどいいと思ったのできいたのです。

「死んだ奴が出たんだろう」とはっきりです。(その方が分かりやすいからです)

そうしたら、そうきいたとたん「シーン」となってしまうのですから本当に分かりやすかったです。コロッと逝く人が出たということがです。

静かにされていたら逆に分からなかったでしょうね。この連中がしゃべることなどないからです。仮にこの工事をしている連中がしゃべっても正直に起きていることをいうとは思えないからです。

しかし、態度はごまかせません。必ず態度には出ます。いま起きていることがです。

だから騒いでくれてかえってよかったです。起きていることが分かりやすかったからです。

しかし、何でこの連中、こんなことが起きているのに嫌がらせをしてるんだろうと「そんなことが起きているのに、嫌がらせなどしていたらもっと起きてくるぜ」といったんですが、そういうことをいうとよけい怒って嫌がらせをしてきます。

こういう愚かな連中ばかりです。天罰の意味が分かっているんでしょうか?

自分たちが悪いこと(間違ったことを)をしているから起きているのにです。にもかかわらず、同じ態度を続けたらもっと天罰は起きて来ます。

ここまで天罰に対し(恐れもせず)なめた態度を取った人たちは多分、歴史上はじめてでしょう。昔の人たちなら誰も天罰など食らうなら反省したからです。(それもこんなひどいです)

しかし、天罰を食らっているのにまったく反省しようとしない。それを全部人のせいにして怒っている。気は確かでしょうか。

その間違った態度をいさめるとよけい怒ってなお嫌がらせをしてくるというのですから、こういう人たちにこの先、一体何が起きてくるのか?

ちょっと考えただけでも怖いんですが(いま現在もそうですが、その行いが死んだあとまで祟るのに)そういうことさえも考えようとしない。

本当に愚かというしかありませんが、なにか現代の人たちは天罰を恐れることがカッコ悪いみたいに思っているようですが、これほどバカげた態度もないのです。

そうではないでしょうか。そんなことが起きているのなら(コロッと逝く人や癌になる人が出ているのなら)怖いに決まっているのに、それを無視して強がって嫌がらせをし続けたところでです。

そんなの誰が見たって無理していることは分かるのです。それなのに、怖くないふりだけしてやせ我慢して無理やり嫌がらせをし続けていますが、これほど見苦しい態度もないのです。(また、これだけ危ない態度もです)

それが全然分かっていない。本当に哀れです。

怖いなら怖いと正直にいって、頭を下げた方がよほど正直で男らしいのにです。そちらの方がよほどカッコいいのに、現代の人たちは、本当のカッコよさ、そうして男らしさを知らないようです。

なにか、そのような見苦しい女の腐ったような態度が(こういう書き方すると、今は男女差別とか何とかいわれるんですかね。〔苦笑〕くだらない。昔はよくこういういい方をしたのにです。男と女は性格が元々違うんですから分かりやすくていいのです。こういう言い方もです。〔男女平等とかいって男と女を一緒くたにしている方がよほど間違っています〕男らしさどころか優しい〔はずの?〕女性よりさらに意気地がない最低の男という意味です)男らしいと勘違いしているようです。

そんなわけないでしょう。怖いものは怖いと、そうして自分たちが間違っていたのなら間違っていたと、正直にいって頭を下げた方がよほどカッコよくて男らしいのです。

それが本当の男であり、昔の人(男)はこういう人が多かったのです。自分が間違っていたと分かったのなら、素直に頭を下げる、男らしい真の男がです。

しかし、最近は女らしい女も減りましたが、男らしい男も本当に減りました。

これも男女平等、同権などというバカげた左翼思想がもたらした悪弊以外のなにものでもないのです。(こういう間違った思想を広げた左翼の連中も死後はみな地獄に堕ちます。こういう連中は地獄に堕ちても権力闘争をしているそうです。左翼は安らぎを知りません。とにかく揉める闘争ばかりを繰り返しています。だから、そういう人ばかりがいる世界に堕ちていくのです)

だからこんなカッコ悪い見苦しい態度を何年にもわたって続け(そういう態度が正しいと思って)多くの人がドンドン天罰を食らっているというのですから、目も当てられません。

そのような見苦しい態度は間違っているのです。

だからこれだけ悪いことが(災いが)起きているんでしょう。自分たちの態度が間違っているからです。

ではもう素直にそれを認めて頭を下げるのが、人としての正しい態度でしょう。

しかし、それをする人が一人としていない。それではこれだけの災いも起きるわけです。ということは、この辺りは一人として正しい態度を取る人がいないということであるからです。

正しい態度とは、これだけ起きてくることが違うのですから、もう自分たちのこれまでの間違いを認めて反省し、そうして神理を教えてくれてありがとうございますと素直に頭を下げ、心からの感謝の布施をするということです。

そのような態度こそ正しい態度であるのです。

この辺りの多くの人が、それを行うなら一変にこの辺りで起きている災いは止まります。

しかし、誰もそのような正しい態度を取ろうとしない。だから止まらないのです。この辺りで起きている災いはです。ひどくなる一方なのです。

間違いを間違いと認めず(知らず?)多くの人がいつまでたっても間違った態度を取り続けているからです。

私は昨日は六番町にいく前に少し堀川をのぞいていましたが、昨日などもうたくさんの小魚たち(細かい魚たち)が水面まで上がって来ていました。

昨日の堀川はもう凄い数の小魚たちがあちこちで泳いでいたのです。

「今日はまた凄くいるな」と思って「お前ら元気か」と声をかけるともうあちこちから小魚たちが浮いてきて、あちらに黒い塊が(細かい魚たちが固まって水面まで上がってきますので)こちらにもまた黒く大きな塊が、もうそこらじゅうに出来ていて、そうかと思うと私の目の前に黒い長い(二~三十センチくらいの幅の)線が出来て来て、それが段々長くなっていきます。

その黒く長い線とは細かい魚たちが固まって泳いでいて、それがずっと長い線になっているのです。

もう凄い数の魚たちが目の前を次々と泳いでいきます。

その魚たちに声をかけていると私の前でピチャピチャ跳ねるのもたくさんいて、可愛いものです。

その目の前の魚たちばかりに気がいっていると、あちらでザバン、こちらでザバンという音がきこえてきます。

「ン?なんだ」と思ってそちらを見ると、黒い塊になっている小魚たちが一斉に跳ねているのです。そうするとそこに波が立って、その小魚たちが一斉に跳ねる波の音が堀川のあちこちからきこてくるのです。

まるで、あちらの小魚たちやこちらの小魚たちが、こちらも見てくれといわんばかりです。

そういう光景が私の目の前の堀川のあちこちで展開されているわけです。

凄い光景といえばいえるでしょう。すさまじい数の小魚たちが(数千、数万、数億匹の)あちこちで泳いでいて、そうしてそこらじゅうで飛び跳ねているということだからです。

正しい態度を取るならこういうことが普通に起きて来ます。つまり正しい態度を取り続けているのなら愛ある光景にしょっちゅう巡り合えるということです。

間違った態度を取り続けるなら、間違った現象がドンドン現れて来て心は不安になり不幸になります。しかし、正しい態度を取り続けるなら、愛ある現象がドンドン現れて来て心は安らぎ幸福になるのです。

どちらがいいのかは申すまでもないでしょう。

しかし、自分たちが正しさに目覚め、そうして自分で自分の間違った態度を正しく変えない限りは、絶対に幸福にはなりません。間違った態度を取り続けている限りは不幸が続くということです。

すでにこのブログを見ている多くの人たちは、正し態度がどのようなものなのかは知っているはずです。

しかし、多くの人がその正しい態度を取ろうとしない。しかし、正しい態度を取らない限りは絶対に幸福になることはない。

さてどうしますか?

それでもまだ間違った態度を取り続けるのですか。それだけ愚かな行いもないのです。

(こうしている間にもドンドン不幸は起きるのです。〔例えばどこかの会社などです〕反省して正しい態度を取るなら、不幸は即座に止まり幸福が現れてきます。それでもまだし続けるのですか?間違った態度をです。〔頑張るところが違うと思うんですけどね…〕)

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6月 02 2020

許されない態度

昨日はそこらじゅうの人が怒っていましたね。

怒っている暇があるなら早く神理に帰依した方がいいでしょう。私に怒って嫌がらせなどしているともういつコロッと逝くか知れないからです。

この辺り、それが分かっている人が多いから怒っている人が多かったのでしょうが、怒っていてもその災いは止まりません。

神理をきいたのなら感謝して布施しないといけないのです。

それなのに神理をきいていても平気で(真逆の行為である)嫌がらせをしている。

ほんとムチャクチャしていますが、そういう人たちが次々にコロッと逝き出したからといって、今さらジタバタしても仕方ないでしょう。

そんなデタラメな行為をしている自分たちが悪いからです。

素直に謝って布施するか、それとも、それでもまだ逆らい続けるか(今のところはそういう人たちばかりですが)そこはこのブログを見ている人たちが決めればいいことです。

いつまでも筋を通そうとしないのなら、それをどれだけ私のせいにしたところで、それで自分たちが助かるわけでもありません。

もう適当に言葉を濁していても危ないだけなのではっきりいいますが、死にたくないのなら感謝して布施することです。それが神理に対する正しい態度であるからです。

神理に対し、いつまでも間違った態度を取り続けているのなら(あの世に)引き上げられるということは、当然起きてくる現象であるのです。

すでにずいぶん多くの人たちがこちらではコロッと逝っています。(そうですよね。どこかの会社の皆さん…今日もお怒りで本当にジタバタしていますが)神理をきいていて嫌がらせなどしてコロッと逝った人などみな地獄行きです。

どこまで恐ろしい目に遭えば分かるのですか。自分たちの間違いがです。

くだらない意地などいつまでも張っていないで、頭を下げればいいのです。素直に従えばいいのです。この神理にです。

そうすれば奇跡が起きてくるからです。

最近は庄内川などいくとすずめやツバメたちがたくさん飛んで来て騒いでいます。

ツバメなどに「俺の回りにいる蚊を食ってくれ」などというと、本当に私の回りを何度も何度も飛び周り(しかもゆっくりとですよ)私の回りに飛んでいる虫を食べようとするのです。

そうして、その飛び周っている鳥たちに「元気だな」と声をかけるとよけい元気よく飛び回ります。

鳥たちは皆、人間の言葉が分かるのです。しかもしっかりとです。

それは魚たちも同じで、この前でも庄内川に向かって声をかけると(お前ら元気か、などとです)あちこちで魚が跳ね、ずいぶん大きな魚も顔を出していました。(ガボっと急に水面からでかいのが顔を出すのでこちらは少々驚きますが)

そうして、何か平べったいのが寄って来たなと思ったら、それはエイでした。声をかけているとちょこちょこエイも寄ってくるのです。もちろん数十センチ級の鯉などもです。

ふと気がつくと回りはもうカニだらけになっていた、などということもよくありますし、これからはトンボなども出てきます。(蜂もですけどね…はは、スズメバチなど少し怖いんですが。〔苦笑〕)

この時期は一人で川などいっても、もうそこらじゅうから生き物が寄って来て楽しい限りです。

神理を実践しているとこういう楽しいことが次々に周りに起きてくるのです。

いつ癌になるか分からないとか、コロッと逝くか分からない人たちとはずいぶん違うのではないでしょうか。

自分自身に起きてくることも周りの環境などもです。

神理に従っている者と逆らっている者とではこれほどの差があるということです。それこそ天国と地獄ほどのです。

その差が、そのままあの世に帰った時の(死後の世界での)差となって現れるのです。

そういえば昨日また布施してもらえました。最近、何度か布施してくれている方からまた布施をいただいたのですが、その方は、いま私のブログを一番はじめから読んでいられるそうです。

そのようになるのです。神理に布施するようになると、もっと神理を知らないといけないと、もっと知りたいと、そのような思いが出て来て神理を実践したくなるのです。

そのように導かれていくということです。神からです。そうなってくると段々周りに奇跡が起き出してくるのです。神理を知れば知るだけ神理の実践が増えてくるからです。

神理の実践が増えてくれば当然奇跡は起きて来ます。

だから、布施などはしないといけないというのです。そういう正しい行いをしていくなら、神から背中を押され、知らず知らずのうちに神理を実践していくようになるからです。

せっかく本当の神の教えと巡り合ったのです。正しい態度を取ってはどうでしょう。正しい態度を取るなら確実に奇跡が起きてくるからです。

しかし、いつまでも神理に対し間違った態度を取り続けるなら、神はそのような人たちを許すことはありません。確実に恐ろしい災いは起きてくるということです。そのような愚かな人たちにはです。(また何か起きたみたいです。急に静かになりましたから。どこかの会社などです。何でこうも極端なんでしょう。分からないんでしょうか?自分たちがそんな間違った態度を取り続けていれば確実に災いは現れるとです)

現代の人たちは、多くの人たちがすでに神理と分かっているのに、敢えてその神理に逆らい無視を続け、そうして多くの天罰を食らうことになったと、後世の人たちにさげすまれないよう、なんでそんなバカなことをし続けたのかと呆られないよう、してほしいものです。

いま起きていることは当然、後世まで残るからです。この後、多くの人たちが知ることになるからです。

この正法神理に起きている様々な奇跡をです。

古来からです。神理をきいたのならみな感謝して布施したのです。

せめて現代の神理をきいている人たちも過去の人たち並のことはされませんか?

そうすれば恐ろしい災いなど起きては来ないからです。

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6月 01 2020

徳川宗春

皆さん(特にこの辺りの)早くこの教えに帰依しましょう。そうしないと本当に危ないからです。

などと書いてもです。この辺りの人たちはそれが脅しではないと分かっていても、それでも逆らってくる人が多々います。本当に神経が分かりません。

本当に、本当にです。そのまま地獄に直行してもよいとそう思っているんでしょうか。

しかし、このままだとドンドン増えるんですけどね。コロッと逝く人がです。

怖くはないんでしょうか。この辺りの人たちはです。神も神の業もです。私ならこんな現象が起きて来たら、へへーとなるんですが(怖くて。だっていつコロッと逝くか知れないなら怖いでしょう。普通はです)こちらの人たちは平気のようです。

誰も大して態度が変わらないからです。特にこの近所はです。

前のマンションなど昨日でも平気でバシバシやっていましたし、どこかの会社の連中なども相変わらず怒っているだけだからです。

では、別にかまいませんが(こちらがコロッと逝くわけではありませんから)帰依する気がある人は(せめて布施くらいする気がある人は)そうしてください。

そういう人には危ない現象は出ないと思うからです。

前回のブログの追伸の話の続きなんですが、こちらなど十万円給付の郵送申請もまだ届きません。前回も書きましたが、あまりに給付が遅ければです。(ダントツドベではです)

もう河村市長など総理を狙う男などとは口が裂けてもいえなくなります。より以上に経済を活性化させなければいけないこのような状況の時には、真っ先に届けなくてはいけないはずだからです。

全国民への一律の現金給付などはです。

それなのに、こういう非常時に一番大事な現金を届けるのがなんと日本で一番遅いなどいい恥さらしでしょう。

それでは河村市長がかねがね口にしておられる徳川宗春にも笑われます。少しは見習ってはどうでしょう。

その徳川宗春をです。

この徳川宗春は、江戸時代の第七代尾張藩主で徳川吉宗の「享保の改革」(超がつくほどの質素倹約規制です)を批判し(いきすぎた倹約はかえって庶民を苦しめる結果となるなどとです…正論です)その逆の商業を重視した放任政策を行い、その結果、名古屋は空前の好景気となって経済を爆発的に回復させたことで有名ですが、このようなコロナ禍の影響で経済がすさまじい落ち込みをしつつある現在、この方がしたことを踏襲(とうしゅう)することこそ大事なことなのではないでしょうか。

それが分かっているはずなのに、その逆のことを河村市長が行っているなど、もう河村市長は徳川宗治の名前を口に出すのもおこがましいということになります。

それともこのような遅れは河村市長の策なのでしょうか?

わざと十万円をどこよりも遅く配り、そのおわびとして名古屋市民には名古屋からも同じく十万円の給付を行い、名古屋市民だけは今回の現金給付は二十万円とするとかのです。

そのような策があるのなら、その名前は全国にとどろき、一躍有名になるでしょう。名古屋市民をどこの地域の人たちより裕福にしたということでです。(笑)

もしかしたら、そのような深い策をお考えなのかもしれません。なにせ、河村市長は総理を狙う男などと昔から豪語されていました。そういう方が我々市民と同じ考えのわけがないからです。

私のようなただの一市民などには及びもつかない深謀遠慮(しんぼうえんりょ)があるはずだからです。

浅はかな考えで市長を批判したことを反省します。どれだけ遅くなっても楽しみに待ちましょう。十万円(名古屋だけは二十万円?)給付をです。(笑)

しかし、この徳川宗春という方はいろいろ批判されていますが(放漫〔ほうまん〕経営だのなんだのです)しかし、その著したものを見るとです。なかなかよいことが書かれてあるのです。

この宗春が記した二十一箇条からなる「温知政要」(おんちせいよう)の第一条など「大きな愛と広い寛容の心で仁徳ある政を」と書かれてありますし、第二条などは「愛に敵なし 権現様のような仁者であれ」と書かれてあり、そうしてずっといって最後の第二十一条など「『まぁええがゃぁ』が臣下に対する主君の心得・古参新参・男女等を問わず平等に深く愛情を示せ」と書かれてあり、こういうことが書けるのは心が高い証拠なのです。

この温知政要の中身を読んだわけではないので、しっかりとは分かりませんが、この二十一箇条を読むだけでも、その心の高さは分かります。これだけ愛や寛容の心、人徳、そうして平等という言葉まで出てくるのです。(この方、多分、過去世でこの正法神理を学んでいますね。だからこういう言葉が出てくるのです。江戸時代ですよ。士農工商が残っていた時代に出て来ます例えば平等などという言葉がです)

心は相当高かったのだと思います。だから、そういう方が行ったので一時にせよ、すさまじく繁栄したのです。名古屋はです。この方の政策が正しかったからです。

しかし、所詮、名古屋単独ではその政策にも限界があります。もし、この時、徳川吉宗が享保の改革をやめて、宗春の政策に従っていたのなら、空前の好景気を吉宗以降の江戸時代の人々は体験し、もっともっと文化文明は発達していたことでしょう。

つまり明治維新はもっと早まったということです。

しかし、吉宗は超緊縮財政である享保の改革をやめようとはしませんでした。その結果、江戸時代の文化文明は停滞し、江戸時代はいま私たちが知る貧しい時代となったのです。(平和ではありましたが)

しかし、江戸時代はもっと裕福でもっと文化文明が発達した時代に実は変わることが出来たということです。

あの徳川宗春の政策に従っていればです。

その江戸時代の政策が(質素倹約が)未だに美徳といわれていますが、たしかにいきすぎた贅沢は間違っていますが、これだけコロナ禍で疲弊している時に質素倹約などしたら多くの人が餓死してしまいます。

こういう(特に経済の)非常時は徳川宗春の政策を取るべきなのです。

それこそ積極財政でガンガン金を市中に回し経済を活性化させるべきなのです。そうしないと日本は江戸時代に逆戻りしてしまうからです。

そうなりかねないほど経済的打撃は大きいからです。今回のコロナ禍でです。

だから百兆円の国債を発行しないといけないといっているのだし、一律の現金給付も大事であるといっているのです。

こういう経済が大打撃を受けている時はすべての人に金を届けないと、その金がどこでショートするか知れないからです。そのショートとしたところからどれだけ経済的被害が広がるか分からないからです。

だから急がないといけないのに、本当に名古屋市などモタモタしています。(もし名古屋が十万円給付がドベなどということになればです。切腹もんですよ河村市長)

どちらにしても、徳川宗春の政策を実践しなければいけない時がいま来ていることだけは確かなのです。

政治家の方々は、くれぐれもこのような時に、享保の改革のような政策だけは絶対にやめていただきたいとそう思う次第です。

ここでやり方を間違えるなら、日本は完全に経済的にも沈んでしまうからです。

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