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	<title>正法神理の有難み へのコメント</title>
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	<description>名古屋市でのコーチング・カウンセリング。GTS心の研究所　自己の能力向上とお悩みの相談</description>
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		<title>gtskokor より</title>
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		<dc:creator>gtskokor</dc:creator>
		<pubDate>Sat, 11 Apr 2020 10:28:08 +0000</pubDate>
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		<description>はい、頑張ってください。このブログを見ている他の人たちは反省など知らない人たちばかりのようですから。
これほどの状況になっているのです。少しくらい反省すればいいのにとつくづく思います。</description>
		<content:encoded><![CDATA[<p>はい、頑張ってください。このブログを見ている他の人たちは反省など知らない人たちばかりのようですから。<br />
これほどの状況になっているのです。少しくらい反省すればいいのにとつくづく思います。</p>
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		<title>ウナッシー より</title>
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		<dc:creator>ウナッシー</dc:creator>
		<pubDate>Sat, 11 Apr 2020 02:37:33 +0000</pubDate>
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		<description>最近の私は「神は光なり」というワードについて考える事が多くなりました。その中の一つで反省についての気付きがありました。それは反省には感謝が必要であるということです。一般的に反省というと何か良くない事が起こった時にすると思います。私も振り返ると怒られたり文句を言われたり、失敗した時に反省することがありました。しかし、それは悲しみの反省だったために自分に劣等感を植えつけたりもしました。そのことに、何故感謝が必要か、どうして「神は光なり」と関係するのか。神は光を放ち続け、慈悲と愛を放ち続ける存在なのです。本来闇、つまり災難や病気などはないのでありますが、何故闇ができるのか？それは神が放った光を遮るものがあるからです。それは自分の行いや心の間違った思いなどです。自然界も雲が太陽の日差しを遮るようにです。言い変えると光があるから闇が分かり、即ち自分の悪いところが出てくるのですから反省の機会が与えられるのです。つまり神の光によって自分を正す機会が頂けるのですから、神に感謝するのが当然でありその上で悪いところを正して行くのが正しい反省であることの気付きを頂いたのです。そう感謝とは神に対してするものであり反省の始めに行うことで自分を伸ばす糧となるのです。これからも気付きがありましたらこのブログに上げて参りたいと思います、お世話になりますが宜しくお願い致します。</description>
		<content:encoded><![CDATA[<p>最近の私は「神は光なり」というワードについて考える事が多くなりました。その中の一つで反省についての気付きがありました。それは反省には感謝が必要であるということです。一般的に反省というと何か良くない事が起こった時にすると思います。私も振り返ると怒られたり文句を言われたり、失敗した時に反省することがありました。しかし、それは悲しみの反省だったために自分に劣等感を植えつけたりもしました。そのことに、何故感謝が必要か、どうして「神は光なり」と関係するのか。神は光を放ち続け、慈悲と愛を放ち続ける存在なのです。本来闇、つまり災難や病気などはないのでありますが、何故闇ができるのか？それは神が放った光を遮るものがあるからです。それは自分の行いや心の間違った思いなどです。自然界も雲が太陽の日差しを遮るようにです。言い変えると光があるから闇が分かり、即ち自分の悪いところが出てくるのですから反省の機会が与えられるのです。つまり神の光によって自分を正す機会が頂けるのですから、神に感謝するのが当然でありその上で悪いところを正して行くのが正しい反省であることの気付きを頂いたのです。そう感謝とは神に対してするものであり反省の始めに行うことで自分を伸ばす糧となるのです。これからも気付きがありましたらこのブログに上げて参りたいと思います、お世話になりますが宜しくお願い致します。</p>
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