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ブログ

2月 07 2020

神理流布の手助け

いやはやほんとすさまじいですね。新型肺炎はです。クルーズ船であらたに四十一人の感染者が出たようですね。

何でこんなに出るの?という感じなんですが、これでクルーズ船だけで六十一人もの感染者が出たことになり、一変に日本での感染者が増えてしまいました。

本当に中国以外ではダントツですね。新型肺炎の感染者の数はです。

こういう導きをもらうのです。神理をいつまでも無視しているとです。

こういうひどい現象が次々に現れて来ているのですが、それでも今のような態度を変えようとはしないのですか?このブログを見ている多くの人たちはです。

本気ですか?本当にこのままこの神理を傍観(ぼうかん)し続け、何もしようとはしないつもりなのですか。

このブログを見ている多くの人たちはです。日本に何が起きてこようともです。

本気ですか。本気で神理をこのまま消し去るつもりなのですか?今のまま、ただこのブログを見ているだけで一切布施しようとしなければ、近いうちにこのブログは(神理は)書けなくなりますが、それでもかまわないと、そういうことでしょうか。

このブログを見ている多くの人たちはです。

本当に本気ですか?本気でそれでもいいとそう思っているわけですか?このブログを見ている大半の人たちはです。(くどいくらいききますが)

実践すると奇跡が起きる教えなのですよ。そのような本当の神の教えを自分たちが消し去っても別にかまわないと本当にそう思うのですか?このブログを見ている多くの人たちはです。(大変な罪になりますがそれでもかまわないのですか?)

ちょっと信じられないのですが(私的にはです)私は自分の思いだけで布施してくれといっているわけではないのです。

本当にこの教えが日本に拡がれば日本の人たちが、そうして世界に拡がるなら世界の人たちが、救われていくと思うから、そういっているのであり、それは私にこれだけ起きている奇跡でも証明出来るはずです。

私はこれほどの教えがです。多くの人に拡がるなら、多くの人に奇跡が起き、幸せになると思うから、そういっているのであり、自分のためにいっているわけではありません。

本当に、世のため、人のため(そうして神のためもありますが)なんとしてもこの教えを拡げたいと、そう思っているからこそ、これだけ人からボロカスいわれても、どれだけ嫌がらせをされても、それでも頑張っているのです。

たった一人で、このブログを書くのはもちろん、あちこちで辻説法もしてです。

ブログを書くだけでもどれだけじゃまされているのか分かりませんが、辻説法でもです。

中には私に絡んでくる人もいるのです。そういう人たちに文句をいわれたこともあり、ケンカになったこともあり、石を投げられたこともあり、車でひかれそうになったこともあり「うるさいからしゃべるな」と怒鳴られたこともあって、どれだけ嫌な思いをしたか分かりませんが、それでも頑張っているのです。

この教えを多くの人が知るなら、多くの奇跡も現れ、救われる人もたくさん出てくると、そう信じてです。

だから私に私利私欲などないのであって、ただ、この神理を多くの人に伝えたい、そうして多くの人々を救いたいと、それのみなのです。

私の心はです。(だから奇跡も次々に起きてくると思うのですが…)

その私の心をです。別に人に押しつけようとは思いませんが、ただ、少しくらいは分かっていただけないものかとそう思うわけです。

長年このブログを見ている人にはです。そういう人たちは、それなりに縁がある人であるはずだからです。

そういう人たちに、少しくらいは私の心をくんでもらい、少しの協力くらいはしてもらえませんかと、そういっているだけなのです。

私はです。

それ以上のことはいいません。このブログを見ている人たちもそれぞれの考えがあり、自分たちの生活もあるからです。

しかし、このブログを何年も前から見ている人たちはです。(昨日今日から見始めたという人はよいのですが)私のちょっとの心くらいはくんでもらえないでしょうか。

少しでけっこうだからです。

少しでけっこうなのです。多くは望みませんが、しかし、私は私利私欲ではなく(本気で)多くの人の幸せのため何としてもこのブログは(神理の流布は)続けたいのです。

出来るだけ多くの人たちに伝えたいからです。この奇跡が起きる教えをです。

それにはこの教えの流布一本に絞りたいのです。そうすればより多くの人にこの神理は伝わるからです。

そんなに伝えたいのなら、自分で金を稼いで、自分だけで拡げればいいではないかと、人になど頼らずに、と思う人もいるかもしれませんが、それではダメなのです。

なぜなら片手間では奇跡は起こせないからです。大きなです。

それをしている(仕事をしながらこの教えを実践している)ウナッシーさんも奇跡が現れていますが、では、私とウナッシーさんとどちらの奇跡が大きいのかといえば(そうしてより多くの人に神理を伝えているのかといえば)私の方が大きな奇跡が起きているはずです。(より多くの人に神理を伝えているはずです。私の方がです)

それは、この教えに(神の心に)集中すればするだけ大きな奇跡が現れるよう仕組まれているからです。

だから、私は片手間ではいけないのです。この神理を拡げると決めたのなら、神理の流布に集中しないといけないのです。そうしないとより大きな奇跡は現れて来ないからです。

より大きな奇跡が現れなければより多くの人たちに神理は伝わってはいかないからです。

だからいっているのです。少しの布施くらいしていただけませんかとです。その私が神理の流布に集中する分を助けていただきたいのです。

長年、このブログを見ている人たちにです。気持ちだけでよいからです。

別に私が贅沢(ぜいたく)をしたいからいっているわけではありません。自分の生活はギリギリでもかまいません。

ただ私は、この神理を集中して説ければそれでいいといっているだけです。そうすれば多くの奇跡も現れ、多くの人に神理は伝わっていくからです。(その証拠に鳥たちが騒ぐようになって、より私が説く神理は広がったと思います)

少しでいいのです。少しでもそれなりの数の人が布施してくれれば、私が(ギリギリ)生活できるくらいの布施は集まると思っているからです。それだけの評判には私のブログはなっているはずであるからです。(この辺り〔東海三県〕だけ見てもです)

まあ、そこまでいうのなら、少しの布施くらいはしようと、そのくらいの心は(愛は)出していただけないでしょうか。

長年私のブログを見ている人たちはです。このブログを見て、それなりに心が救われたことも教えられたことも多少はあるはずであるからです。

このブログは、そのような(人々を救う)ことを目的としたブログであるからです。

理解していただけるまで何度でも書きます。

私はこの教えを多くの人たちに伝えたいからです。

そのための少しの布施くらいはしていただけませんか?このブログを長年見ている人たちはです。

長年このブログを見ているということは、何かよいと思って見ているはずであるからです。そうであるならです。少しのお返しくらいはしてください。

そのお返しは「少しの布施」それだけでけっこうであるからです。

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2月 07 2020

これまでの信仰とこれからの信仰

しかし、ニュースでやっていましたが、京都はもうガラガラだそうですね。あれだけ観光客が多すぎて地元住民が大迷惑していたあの京都がです。

もちろん新型肺炎の影響でです。

観光客が多ければ多いで住民が迷惑し、少なければ少ないで観光業界が迷惑し、なかなか難しいものですが、しかし、普通であればです。

こういう非常の時にこそ、京都などは多くの人が集まってこなければいけないのではないですか。

それなのに、こういう時になったら京都も他の観光地と同様に人が少なくなるというのですから、ずいぶん情けない話です。

そうではないでしょうか。だって、京都などは立派なお寺や神社が多いのです。

では、こんな新型肺炎などが日本はもとより世界中に流行り出したこういう時にこそ、そのような寺や神社で、その流行病(はやりやまい)を鎮める祈りをしてこそ(そうしてちゃんと鎮めてこそ)本来のお寺や神社の意味があるはずです。

それなのに、そういうことがまるで出来ないでは、その寺や神社はただの観光地と何も変わらないではないですか。だから私は情けないといっているのです。

それではお寺や神社のある意味がないからです。

だから、こういう時に馬脚があらわれるのです。間違った信仰はです。こういう時に何も出来ないからです。

寺や神社の坊さんや神主たちがです。こういう時に皆と同じようにオロオロして恐ろしい病気が過ぎ去るの待っていてどうするのでしょう。

現在の坊さんや神主たちは、平時に祈りやお祓いなどして、さもそれで人を救ったような顔をして布施をいただいているようですが、このような非常時こそ、自分たちの真価が問われるのです。

このような時に、その流行病をすぐに鎮めてこそ、本来の自分たちの役割が果たせるはずであるからです。

しかし、それをしないで(こういう時に他の人たちと同じようにオロオロとしか出来ないで)平時に祈りやお祓いしかしないでは、いる意味がありません。

平時には特別そんなことをしなくても平和に暮らしていけるからです。しかし、このような大きな災いが現れた時にこそ、その災いから身を守る祈りやお祓いが必要であるからです。

しかし、それが出来ないというのであればです。それはその信仰をしている意味がないのであって、だからこういう時に(本当の恐ろしい災いが現れた時に)馬脚があらわれるといっているのです。

間違った信仰はです。

間違った信仰ではこのような流行病を鎮めることは出来ないからです。偽の信仰をいくらしたところで神から守られることはないからです。

だから、このような(間違った)信仰をしている人たちが仮に寺や神社に集まって、皆でこの流行病を鎮めましょう、と祈ったところでです。

その場所に、それこそ新型肺炎が発生して、そこで祈っていた人たちがみな感染するくらいが関の山なのです。

間違った信仰で間違った祈りをいくらしていたところで、神は守ってはくれないし、その祈りが神にきかれることもないからです。

逆に災いが起きてくるくらいにしかならないからです。間違った信仰などいくら続けていても神の怒りしか買わないからです。

しかし、正しい信仰で正しい祈りをするのなら(神も喜ばれ)神からも守られ、その祈りはきかれるのです。なぜなら、正し信仰の正しい祈りは必ず奇跡が現れてくるからです。

その奇跡が何らかの形となって多くの人々を救っていくのです。

だから、その信仰が正しいかどうかは平時から分かるのです。正しい信仰で正しい祈りをするのなら、平時であっても何かそれと分かる奇跡が現れてくるからです。

しかし、間違った信仰の間違った祈りでは、平時であろうが有事であろうが何も起きないからです。(ただ、気分がスカッとしたとか、心が軽くなったとか、いっているだけでです。しかし、それはただの自己満足、自己催眠のようなもので、そういう祈りのようなことをしたことによって勝手に自分で満足しているだけの話なのです。そのように思い込んでいるだけの話なのです。実際は何も変わらず何も起きていないのです。間違った祈りをどれだけしようが意味がないからです)

そのような祈りの差が、その信仰が正しいか正しくないかを教えているのです。

もうこれまでの信仰では救われない(救われていない)のは明白であり、それはこのような時代になれば分かるのです。これまでの信仰がいかに間違っていたのか、何の力もなかったのかということがです。

こういう(災いばかりが現れてくる)時代になれば必然のごとく正しい信仰が現れてくるからです。

そうしてその正しい信仰は、皆が驚くほどの(怒るほどの…この辺りの人たちはみな怒っていますから)奇跡を現すのです。

その奇跡が現れてこその信仰であるからです。

だから、これだけ災いが起き出した時代に本当の正しい信仰をしないくらい愚かな話もないのです。

これまでのような間違った信仰を続け(まったく奇跡を現す力のない信仰を続け)災いが現れているようでは信仰をしている意味がないからです。それでは幸せにはなれないからです。

だから多くの人々がドンドン不幸になっているのです。もう時代が変わっているのに、相も変わらず間違った信仰をし続けているからです。

しかしそれではもういつ不幸が襲うか知れないのです。何の奇跡を現す力もない信仰など続けていても、災いを防ぐことは出来ないからです。

奇跡を現す力のある信仰を続けてこそ災いを防ぐことが出来るからです。(奇跡を現す力のある信仰でなければ災いを防ぐ力も現れて来ないということです)

これまでのような信仰をいくらしていたところで、もう何もならないということは、いま現在の混乱を知るならばそれは誰でも分かるはずです。

奇跡が起きているのは私が説くこの正法神理だけなのです。(それもこのブログを見ている人たちであるならもうお分かりであると思います)

この教えを信じ行いませんか?そうすれば災いは避け奇跡が現れてくるからです。

この教えを信じ行ってください。

そうしない限り救われる道はもうないからです。

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2月 06 2020

順序

すぐには切れないんですかね。電気はです。

一社、挟んでいるので(電気のやり取りを直接、中部電力としているわけではないので)それで金が落ちなくてもすぐに電気が切れることはないのでしょうか?

予想通りではありますが、誰も布施などしてくれなかったからです。(苦笑)

ではまあ書けるところまでは書きます。もう時間もありませんし、今日だけでも周り中の人が怒っていたからです。(どんだけ怒るんだという感じです。ほんと呆れます)

何回もいいますが、嫌がらせだけしていたところでいいことが起きてくるわけがないのですから、そりゃ怒るようなことも起きるてくでしょう。

もう次々とです。この辺りだけではなくすでに世界中ですさまじい災いが現れて来ているからです。

だから(これも何回もいいますが)神理をきいているんですから、感謝して布施しないといいことは起きて来ないのです。

古来から神理をきいた人たちは皆そうしてきたからです。

そういう当たり前の報恩の行為を全然しようとしないから、これだけ災いも起きてくるのです。この辺りだけではなく、日本中だけではなく、もう世界中にです。

それだけ神理は世界の人々に影響を与えるものであるからです。だから世界に影響が現れてくるのです。

神理が世界に拡がれば世界中の人が救われるからです。

だからそれを拒むなら世界中に災いが広がるのです。逆もまた真であるからです。

だからしないといけないのです。この正法神理の流布をです。世界中にです。それが神理をきいた者の使命であるからです。

クルーズ船からまた新たに十人の感染者が出たそうですね。

いくら何でも出過ぎていませんか?新型肺炎の感染者がです。日本でです。

クルーズ船などどこでも航行しているでしょう。何で日本にくるクルーズ船だけこれだけたくさんの新型肺炎の感染者が出てくるのでしょう。

いくらクルーズ船の中とはいえ、広がり方が異常なのではないですか。十人単位で感染者が見つかっているなどです。

中国でもないのにです。(ほんと中国並です)

こういう順序をもらうのです。

神に、そうして神理に逆らい続けているとです。ドンドン悪い方に導かれていくのです。神からです。

だから、それはこちらでも、日本全体でも同じということです。神理に逆らう人が多ければ多いほど災いも増えてくるからです。

もう理解していただけませんか。私がいなくなる前にです。私がいなくなって気づいても遅いのです。それではもう(多分)災いは止まらなくなっていると思うからです。(つまり日本は滅ぼされるということです)

それが嘘ではないという状況が次々に現れているのです。見れば分かるでしょう。それはです。

もうここまで災いが現れてきているからです。

それでもまだ私のいうことを無視し続けるというのも気違い沙汰ですね。これだけ分かりやすく私のいう通りのことが起きているのにです。

もう、この新型肺炎が現れてきたせいで、人々の健康だけではなく、経済から何からメチャクチャになってきているのです。

すべての面に影響が出てです。

もうここまで来たらです。自分の行いを反省し、そうして神に祈るしかないのです。正しい神への祈りを大勢の人がするしかないのです。

そうしない限り、この騒ぎは広がることはあっても鎮まっていくことはないからです。

まだ分かりませんか。それがです。このブログを何年も見ていてです。

神理に合わせた正しい祈りをしない限り、神の怒りは鎮まらないのです。

もうそれだけすさまじいことが起きてきているのです。それを認めるしかないのです。いつまでも無視しているのではなくです。

このブログを見ている人たちが無視をすればするだけ災いは現れてくるからです。

このブログを見ている人たちがそのすさまじい災いを認め、私のいうことに従わなければこのような災いはおさまってはきません。まだ分かりませんか?それがです。

このままこのブログを見ている人たちがまったく心を変えなければ(この神理に少しでも従わなければ)まだまだ、次々に現れてくるのです。

この新型肺炎だけではなく様々な災いがです。

これだけではすまないのです。すさまじい災いはです。多くの人々が少しでもこの神理に従わない限り、神の怒りは解けないからです。

何度でもいいますが感謝して布施してくれませんか?そうして共に祈りませんか?

そうすればこのすさまじい災いも段々おさまってくるからです。

すさまじい災いをおさめ神の怒りを鎮めるのは、まずそのような愛の行為から始めるしかないのです。

(もう次々に書いていきます。こちらも時間がありませんし、急がないとどれだけ災いが広がるか〔世界中に〕分からないからです)

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2月 06 2020

傲慢不遜な人々

まったくまあ、何を書いても怒っています。昨日も歩いているとあちこちの家でガッタンガッタン雨戸を閉められました。雨も降っていないのにです。(苦笑)

そういう人たちは、狭量も狭量、超狭量な人たちなのでしょう。本音を書かれてやたら怒っている人たちでしかないからです。

しかし、こういう超狭量な人たちはともかくです。もうちょっとまともな人はいないんでしょうか。たとえこの辺りの人たちといえどもです。

よく考えてみてください。このブログを見ている人たちは実践すると奇跡が起きる、本当の神の教えを伝えられているのですよ。

にもかかわらず、この辺りの人たちなど感謝もせず嫌がらせをしているのです。それでいいことが起きると思いますか?

昔の人ならです。そんな実践すると奇跡が起きる教えなど伝えられたら、みな喜んで実践したのです。

そうして、こんな有難い教えを伝えてくれてありがとうございますと、涙を流して感謝され心からの布施をしてくれたのです。

そんな実践すると奇跡が現れる教えなど誰も教えてはくれないからです。

そういう教えがどれだけ稀有なものか、そんなことは昔の人なら誰だって分かっていたからです。

ところが現代の人たちは、この有難さがまるで分らない。

それだけ稀有な教えと知っていても、平気でスルーしたり適当にきいたりして感謝もしないのです。(報恩の行為をしないということは感謝していないということですから)

それにとどまらず嫌がらせまでしてくる人がいるというのですから、昔の人がそんなことを知ったら、驚くどころか、怒りだすでしょうね。

あまりに不遜な態度であるからです。

しかるに現代の人たちは、平気の平左でそういう不遜な態度を取り続け、そんな態度を取っているのなら当然罰は当たるのですが、その罰を本当の神の教えを伝えている者のせいにして怒り狂っているというのですから、不遜の上に傲慢までつきます。

そういう傲慢不遜な態度を取りまくっているのですから、すさまじい天罰がくだるのも必定ということになります。

しかし、その傲慢不遜なせいで、激しい天変地変や難病奇病だけではなく、すさまじい伝染病まで現されているというのですから恐れ入ってしまうのですが、それでも恐れ入らないのが現代の人たちです。

そこまで神を怒りに怒らせて本当に大丈夫ですか。もうこれまでもずいぶん危ないことが起きているからです。

それなのに、これ以降もまだ危ない現象を起こされるのが分かっているにもかかわらず、まったく態度を変えようとせずにいるからです。

まあ、それをどれだけいっても、このブログを見ている人たちは誰も態度を変えないのですが、ずいぶん新型肺炎に感染する人も増えてきたようです。(日本は中国以外では感染者の数がダントツのようですから。まだこの後も(あのクルーズ船などから)感染者は増えそうですから)

あまり感染者が増えてしまっては、日本も中国同様に新型肺炎の感染国として見られるようになって、他国から入国制限を受けるようになるかもしれません。

そこはお気をつけください。すでにそういうことをし出した国もあるようであるからです。

どちらにしても、日本の人々がこれだけ傲慢不遜な態度を、神に対し、そうしてこの正法神理に対し、し続けていては絶対によいことは起きてきません。

それだけは覚えておいてください。本当にそれは大事なことであるからです。

最後に書いておきますが、今日の午後三時までに二万円を振り込んでいただかないと、電気が止まります。(もう電気代も払えませんから。昨日、母に交渉しましたが、これ以上はお金がないということでないのなら借りられませんから。これまでもずいぶん母から無理して借りてきましたから)

電気が止まればこのブログを書くことも出来ませんし、一度電気が止まれば、そのあと復活するのはとても無理でしょう。

その後もお金が入ってくる当てなどないからです。誰も(ウナッシーさん以外は)布施してくれる人などいないからです。

私はそれでもかまいませんが(あとは餓死するのを待つだけですから)母には本当に申し訳なく思っています。

私が正法神理の流布を命懸けで行うと決めたばかりに、ずいぶん苦労をかけたからです。

しかし、それももう終わりでしょう。これまでずいぶん正法神理を伝えてきたつもりでしたが、ついぞウナッシーさん以外は正しく神理を理解していただけなかったようです。

そこは残念ですが、それも自分の責任であるのだし誰を恨むということもありません。

ブログが書けなくなるなら、後は祈るのみです。

これ以降は(生きている間は)静かに祈りを続けていきたいと思っておりますので、どうかこのブログを見ている人たちもお元気で、せいぜい新型肺炎の感染にはお気をつけください。(最後に一言よぶんですが。〔苦笑〕)

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2月 05 2020

広い心

昨日は出ていくとたくさんの中学生と行きあいました。

いつもは、あの時間帯にはまだ中学生は帰って来ないはずですが(だから早めに家を出るのです。学生連中と行きあうとちょっかいばかりかけてくるからです)昨日はやけに早く帰って来ていたようです。試験か何かあったのでしょうか?

しかし、昨日の中学生たちはちょっかいをかけて来ませんでしたね。どうしたんでしょう。珍しいですね。

少しは分かりましたかね。私が正しいということがです。(笑)まあ、それはともかくです。

その中学生たちも親や他の大人たちにいってやるといいでしょう。このブログを見ているのなら布施してくれとです。

誰も大人たちが布施しないと、新型肺炎のことを祈ろうにも祈れないからです。誰も布施しないのに新型肺炎のことをどれだけ祈ったところで、その祈りはきかれないからです。

このままボーっとしていたら、必ず隣の中国ですさまじい勢いで広がっている新型肺炎は日本にも入って来て(もう入って来ていますが)蔓延することになります。(いま横浜港に停泊しているあのクルーズ船から、たくさんの〔十人〕感染者が見つかったようですね)

そうなれば当然、その中学生たちにも感染する子が出てきます。他人事ではないのです。自分のことでもあるのです。

だから、神を信じる中学生は(そういう中学生は救われますが)親や他の大人たちに強くいわないといけないのです。

私に寄付して祈ってもらえとです。そうすれば、その新型肺炎は日本に入って来ても被害は最低限ですむことになるからです。

しかし、このまま何もしなければどれだけ感染者が増えてくるか知れないのです。神の力がなければ中国からの新型肺炎の感染は止めることが出来ないからです。(蔓延しようがしまいがどちらにしても神には祈っておいた方がいいのです。その方が被害は少なくてすむからです)

もし、その新型肺炎が日本中に蔓延し、自分だけでなく家族にも広がるようなら、誰が重病になるか知れないのです。

家族の誰が重病になってもその家は不幸になるのです。そうなったら、まだこれからの中学生たちはどうするのでしょう。

家族から重病人(あるいは死人)が出るなら、当然、その中学生も同じように不幸になるのです。中学生や小学生など自分だけでどうにか出来る年でもないからです。

まだ、親兄弟がいないと(健康でいないと)幸せになれない年であるからです。

だから、全然する気のない(布施などです)大人たちの尻をあなたたちが叩いてやるといいのです。自分たちが新型肺炎にかかったらどうするのか、といってです。

しかし、自分のことはともかくです。(まあ、年取った大人はいいですよ。それほど先もないのだから)子供のことも考えたらどうでしょう。

そんなすさまじい感染力を持った新型肺炎など入って来て日本が混乱したら、子供も勉強どころではなくなります。

そうしたらみな不幸になるのです。その新型肺炎にかかっても不幸になるのだし、子供らが落ち着いて勉強できなくても不幸であるのだし、そういうことでまともに生活が出来なくなっても不幸であるからです。(それは中国の武漢など見れば分かるでしょう。学校や仕事どころではなくなり隣同士でケンカしてるんですよ。寄ってくるなとかなんとかいって)

そういう状況を考えたらです。いつまでも同じ態度を変えないのはどう考えてもまずいでしょう。もう自分だけのは話ではないからです。

そんな子供のことまで知るか、という人もこのブログを見ている人たちの中にはいるのでしょうが、しかし、自分が今一人で出来るからと、そういう子供のことなど一切考えないというのもあまりに狭量なのではないでしょうか。

だって、自分だって子供から大人になって来たのでしょう。いきなり大人で生まれてくる人などいないのですから。

その大人になるまでの間に、自分だって周りの人たちにずいぶんお世話になって来ているはずです。単にそのことを自分が忘れてしまっているだけでです。

私たちは赤ん坊で生まれてきて、そうして成長してくる過程で親や学校の先生はもちろん、周りの大人たちに見守られて、そうして段々成長してきたのです。

自分一人で勝手に大きくなって、そうして出来るようになった人など一人もいないのです。子供の時は子供の時で周りにお世話になり、そうして成長して大人になってもです。

自分一人で出来るようになっているわけではなく、日本という国があって、その日本の仕組みの中で周りに働くような場所があり、そこで金を稼いで、そうして段々一人で出来るようになっていったのです。

これもまた一足飛びで出来るようになったわけではありません。

いま現在稼いでいる人だってそうでしょう。自分一人で稼いでいると、その人は勝手に思っているのかもしれませんが、実際はそうではなく、周りのたくさんの人の協力があって、自分はいま稼げているのであり、自分一人だけで稼げているわけではないのです。

それはその人が一人で無人島などいって、そこでも同じように稼げるのか、ということを知るならそういうことはよく分るはずです。どれだけ出来る人であろうと、周りの協力がなければ自分一人では何も出来ないのです。

働く場所や協力者がいてはじめて自分は金を稼ぐことが出来るのです。

そうであるならです。自分の周りの人たちに感謝して思いやりを持つのは当たり前のことであるのではないでしょうか。

こういう場所をつくってくれたのは誰ですか?私たちより先にいた大人(今の年寄り)の人たちですよね。そうして、私たちを小さな時から見守ってくれて無事に成長させてくれたのも、そのような年寄りの人たちです。

では、年寄りを敬い感謝するのは当たり前のことであるのだし、自分たちも小さな時から見守られて成長してきたのですから、自分たちも小さな子供たちを見守って成長させてあげることも、これもまた当たり前のことなのではないでしょうか。

持ちつ持たれつというのがこの世の基本精神であるからです。自分一人だけで何もかも出来る人などいないからです。

では、先ほど書いた、子供のことなど知るか(そのような人は当然、子供だけではなく年寄りのことなども知るかと思うでしょうから)という人はあまりに狭量な考え方なのではないですか。

自分はこれまで散々周りにお世話になっているのにです。それをすべて忘れてしまい、いま現在の自分のことだけしか考えないのではです。

あまりに狭量でしょう。だから私はもっと心を広くしないといけないといっているのです。

そうしないと正しいことは分からないし、正しいことが分からないと不幸になるからです。だから、現在は不幸な人が増えたのです。

そんな狭量な人が多いからです。だから不幸になるのです。狭量では正しいことが分からないからです。

だからこの辺りの人たちもそうなのです。自分たちが悪いのがどうしても分からないのです。自分たちがあまりに狭量だからです。

違いますか?だってそうでしょう。

普通であるならです。自分たちが心が救われているものを書いている者に、感謝もしないで嫌がらせをしていて、それでいいことが起きてくると思いますか?ときけばです。

少し心が広い人なら、それは感謝もしないで嫌がらせをしている人が悪いとすぐに分かるはずですが、この辺りの人たちは、その当たり前のことが全然分からないのです。

その嫌がらせをやめて詫びを入れ、感謝して布施でもすれば、その悪いことはすぐに止まると、どれだけいってもです。

それをしようとしないのです。

自分たちが悪いことをしているという自覚が全然ないからです。だから、詫びを入れる意味も、感謝して布施するという意味も全然分からないのです。

こういう狭量な人たちは、自分たちの心が救われ(あるいは知らないことを教えられ)恩を受けているという気持ちもなければ、自分たちが嫌がらせをして悪いことをしているという自覚もないからです。

自分たちが恩を受けたわけでも悪いことをしているわけでもないのに、何で詫びを入れて感謝して布施などしないといけないのか、としか思わないのです。

自分たちが狭量であるため、そういう普通の悪いことが全然理解できないということです。

自分たちが悪いことをしているのだから、自分たちによいことが起きてくるわけがないのですが、それが全然分からない。

自分たちがあまりに狭量であるからです。

だから、心を広くしないといけないと書いているのですが、しかし、このくらいの考えはです。(このくらいの心の広さはです)少し前であるなら(昭和の時代以前であるなら)誰でも持っていたことなのです。

年寄りを敬い、子供を大切にし、そうして自分の行いを考える、などということはです。

こんなこと昭和の時代であったのなら、誰でも知っていたことであり、そんなことは人として当然のやるべき当たり前の行為であったのです。

それが今では(平成の時代以降は)こういうことをどれだけいっても分からなくなった、だから、これだけの災いが起き出したのです。

あまりに多くの人々が狭量になり、自分のことしか考えなくなっていったからです。だから、これだけひどい災いがこれだけたくさん起き出しているのです。

そのような狭量な心が間違っているからです。(そのような大間違いを気づかせるための天罰が〔それが災いとなって〕今はたくさん現れているということです)

もう少し広い心になりませんか。昭和以前の時代の心をもう少し取り戻しませんか。

そうすれば、これだけ起きている(起き続けている)災いは止まり、もっと幸せなことがたくさん起きてくるからです。

・

追伸…だから、狭量な人たちにいっておきます。もう少し広い心を持ちましょう、とです。

今日も朝からやっていますが(どこかの会社などです)もうこの近所など私が歩いていると、そういう(自分たちに悪いことばかり起き、それに腹を立てて私に八つ当たりしようと出てきている)人がウロウロしています。

しかし、そのような人たちは自分たちのしていることが間違っているのです。だから自分たちに悪いことが起きているのです。

その自覚がないだけです。自分たちがあまりに狭量であるからです。

だから、そういう人は早く自分の狭量さに(間違いに)気づいて反省し、そうしてあとはウナッシーさんのマネをすればいいのです。

そうすれば幸せになれるからです。

ウナッシーさんは、このブログが正しいと思って実践したらすぐに奇跡が起きました。

それで私のいうことをきいて、すぐに感謝して布施したらまた奇跡が起きたのです。そうして自分で気づいて私に毎月布施をするようになりました。

そうしたらドンドン奇跡が起きて来たのです。

そのウナッシーさんのマネをすればウナッシーさんと同じこと(奇跡)が起きてきます。だから、災いしか起きていない人たちは、ウナッシーさんのマネをするといいでしょう。

そうすれば(災いは止まり)奇跡が起き出すからです。

学ぶは真似るから来ています。くだらない意地などいつまでも張っていないで、自分の間違いに自分で気づいて、早く奇跡が起きている人のマネをしてください。

そうすれば早く幸せになれるからです。

しかし、いつまでも自分の間違いに(自分が悪いのに)気づかなければ災いはまだこれからも続きます。

自分で気づいて自分で直す、それ以外で幸せになる道はないのです。

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