3月
20
2010
親からも邪魔者扱いされた者が考えることは、一つしかありません。それは“死”ということです。
私は自分の祖母が亡くなってから死というものがどういうことであるのか、ずっと考えてきました。
“人が死ぬということは怖くて不幸なことである”
身内である祖母が亡くなってからというもの、死ということを身近に感じ「死が怖くて不幸なことなら、なぜ私たちは生まれてきたのだろう、どれだけ長生きをしたところで、最後の死が不幸だということなら、すべての人間は皆不幸ということになり、生まれてきたこと自体すでに不幸であり、死ぬのが怖いと思いながら長く生きても、決して幸せではないのではないか」と死に対する疑問ばかりが出てきて、どうしようもありませんでした。
その死への疑問と恐怖が高橋先生の本を読むことでなくなっていき、園頭先生にいろいろ教えていただいたことにより、生きることも幸せなら死んでいくことまた幸せであるということが分かりました。このような方々の教えは多くの人に知ってもらったほうがよいと、本まで書いて努力してきました。
しかし、親にまで邪魔者扱いされた瞬間、生きる気持ちがなくなってしまったのです。
私はもう二度と実家に戻ることはないと決め、この日より食事を取ることをやめます。この体は親からいただいたものであるが魂(心)は別です。心は神からいただいたものであり、肉体をいただいた親が自分を邪魔者扱いするのであれば、この心と肉体のすべてを天に帰そうと思いました。この世にいることが親の迷惑になるのなら、自分はもうこの世を去ろうと決心したのです。
幸い私は結婚しているわけではありませんでした。これまで好きな女性がいなかったわけではありませんが、何か結婚するのはいやだという気持ちがあり、好きな女性ができても結婚ということまでは、考えてきませんでした。親が一度離婚しているということも影響していたかも知れませんが、結局この歳まで結婚しないでいました。
今の状況を考えるとそのほうがよかったと思えました。妻や子がいて、それをほっておいて死ぬわけにはいきません。そういう点では気は楽でした。それに住む場所がなく働くことができないというのであれば、借金を返すこともできません。借金を返すことができないのなら、おめおめホームレスなどして生きるより、死んで詫びたほうがよいとも思えました。
どちらにせよ死ぬしかないなと思い至り、もう一切食事をすることなく体が衰えるのを待つことにしたのです。
3月
19
2010
九月の末に愛知県で女子プロゴルフのトーナメントが開催されました。この頃は、もう仕事が続けられそうもないことが分かっていましたので、女子のゴルフトーナメントを見に行くのも、これが最後になるだろうな、という思いで苦しかったのですが見に行くことにしました。なぜ苦しいのに見に行ったのかといえば、私はプロ野球の選手にもアドバイスしたことがありましたので、プロゴルフの選手にもアドバイスできるだろうと思い、やはり四月に静岡で女子プロトーナメントが行われた時、地元愛知出身の二選手に名刺を渡したことで、思い入れもあったからです。
結局この二選手がGTS心の研究所に来てくれることはありませんでした。私のような無名な者が名刺を渡しても、こないのが当たり前といえば当たり前なのですが、残念といえば残念でした。私自身もプロ野球選手のときのように、この二選手が、私のアドバイスでどのように変わるのか、見てみたい気もあったからです。
そういうこともあったなと思いながら、そのトーナメントを見ておりました。
トーナメントも終わると現実に戻ります。これからどうしようかと悩んでおりましたが、いつまでも悩んでいても仕方ありません。借金もあることだし、とにかく働くしかないと思い、住む場所もなくなっていたので実家の父に相談に行きました。私の荷物も実家においてあったからです。
GTS心の研究所を九月末で廃業してから、ちょくちょく実家に帰り父に今後のことを相談していたのですが、よい話はでてきませんでした。家賃が払えなくなり借りていた借家を出たものですから、現在は住所不定無職ということになり、住む場所がないと働こうにも働けません。何とか実家に住まわせてほしいと父に頼みましたが、駅にでも寝てこいというばかりで住むことを許してくれません。
何とか住まわせてもらおうとこの日も実家に頼みに行きました。昼ごろ行ったのですが玄関には鍵がかかっています。チャイムを鳴らしましたが父が出てくる気配はありません。しかし、家の中からはテレビの音が聞こえ父が中にいるのは分かります。この時間は父は家で昼飯を食べていますので、誰もいないとは思えません。しかし、何度チャイムを鳴らしても出てこないのです。
どうも故意に無視しているようなのです。私が何度も実家に行ったのがよくなかったのでしょう。親にまで邪魔者扱いされ、私の進むべき道はなくなっていきました。
そして親にまで邪魔者扱いされたこのとき、私はある決心をしたのです。
3月
17
2010
このGTS心の研究所のホームページを消していた半年の間、今まで経験したことのない大変な体験をすることになりました。自分の恥でもある、このようなことをブログに書くべきか悩みましたが、自分自身がこのことを忘れないためにも、書いておくことにしました。
平成二十一年二月、このGTS心の研究所を立ち上げましたが、思ったほど人が来ず毎月赤字が続きました。名刺をあちこち配ったり、このホームページを立ち上げていろいろ宣伝したりもしましたが、結局黒字になるほど人が来ることはありませんでした。毎月赤字なので、あちこちから借金をするしかありません。しかし、借金をしたところで人が来なければ返済どころではありません。その年の九月の時点で、もう運転資金に行き詰まり、廃業するしかありませんでした。
わずか半年で自分がやりたいと思っていた仕事を止めざるを得ない、悔しさと情けなさでどうしようもありませんでした。しかし、どうすることもできません。それから一ヶ月、自分でいろいろやってみましたが、仕事が増えるということはありませんでした。
仕事はなくなり借金だけが残りました。しかし、「師から教えていただいたことを、一人でも多くの人に伝えたい」その気持ちだけは強くありました。
何とかお金をもう少し借りれないかと、親に頼みにいきましたが、すでに父からは二百万ほど借りています。これ以上は貸せないということになり、私もそれ以上無理もいえないので、恥を忍んで知り合いのところを回りましたが、貸してくれる人はありません。万策つき、もうやりようがありませんでした。金が払えないので借りていた家から出て、仕事をしていた事務所も出ざるを得ません。
「師から教えてもらった<法>を多くの人に伝えよう」そんな希望を持ってはじめた仕事が、わずか半年でだめになってしまうとは……。惨憺たる結果に、この先どうしたらいいのだろうと思い悩む日が続きました。
3月
16
2010
半年振りにホームページを復活しました。
わずか半年の間でしたが、この半年間でいろいろなことが起こりました。
自分の考えの甘さ、法の大事さ、その他、再認識させられることがいろいろあり、一時は死を覚悟したこともありましたが、生き延びることになりました。この半年の間に何があったのか。そのことをしっかり書き、そうして師に教えていただいた<法>というものを、伝えるだけ伝えたいと思っております。
半年振りにブログを書くにあたり<復活>という題をつけました。この復活という言葉は、これより後、起きることになる大奇跡のキーワードとなります。
何が起きるのかは、時が来ないと申せませんが、そのような奇跡をただ待っているより、この先自分自身がどれだけ心と行いを正し、悔いのない人生を送れるか、それによっても大きく人生が変わってくると思います。
現在の世の中を見ますと、身の回りのものはずいぶん便利になりましたが、その反面人々の心は退廃しているように思えます。不平、不満、愚痴から始まり、万引き、ひったくり、振り込め詐欺をはじめさまざまな詐欺商法、無差別殺人、児童虐待で子供を平気で殺す親まで出てきています。どれだけ文明が発達しても、人々の心が退廃していたならば、その文明も意味をなさなくなります。
道を歩いていていきなり後ろから刺されれば、防ぎようがありませんし、科学の発達で少し勉強した人なら、誰にでも大量破壊兵器が作れるようにでもなれば、それを使って殺人事件でも起こされたら、今までの無差別殺人の比ではなくなるのです。
どれだけ文明が発達しようとも、それはただ生活が便利になったというだけで、世の中がよくなったわけではありません。やはり回り道のようでも一人一人の心と行いがよくならなければ、世の中はよくなっていかないのです。
いずれにしても、この先、世の中がよくなっていくか悪くなっていくかは、現在ある人々の心と行い次第ということになります。世の中が悪くなるよりよくなったほうがいいに決まっています。では世の中がよくなるにはどうすればいいのか?それを<法>という観点から伝えていきたいと思っています。
「GTS心の研究所」ここに復活です。