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2013年1月

1月 21 2013

続、傲慢不遜

アルジェリアの人質事件は最悪の結果になったようですね(まだはっきり分かりませんが)あの傲慢不遜の市長のお陰で祈りそこないました。(傲慢市長とその一味を祈らなければいけなかったものですから)本当に残念なことでした。

それもそうですが、例の自殺した生徒が出た高校で、入試中止の抗議で自殺予告の電話まであったそうですが、これでまた自殺者でも出たら、あの傲慢市長どう責任を取るつもりでしょうか?

これだけ大ごとにしたのですから、そんな人が一人でも出た場合、市長の辞職は当然としても刑事罰も検討していただかねば収まらないでしょうね。(あんな無茶なこといってそんなことが起きたら、やったこと殺人に等しいですもんね)

傲慢市長は、罪を罪と思っていないようですのでいっておきますが、この世で罪にならなくても、明らかにこの人の責任だろうと思われる事項は、その人の罪になるのです。だから、そのような罪もこの世で責任を取っておいた方がいいのです。

悪いことをしても、ばれなければラッキーと思っている人も多いと思いますが、とんでもありません、まったくの逆です。そんなアンラッキーはないのです。

なぜかといえば、この世で悪いことをしたことがばれなくても(あるいは罪に問われなくても)死んであの世に帰れば、すべて自分の行いは知られているからです。つまり、すべてその人の犯した悪はばれているということです。

あの世に帰れば、自分が犯した罪はすべてばれているのですから(もちろんよいことも同じです。すべて知られています)その罪の償いは当然あの世でしなければなりません。

いっておきますが、この世で犯した罪をあの世まで持ち越すと、その罪の償いはこの世の比ではないのです。(それだけ厳しい環境に身をおかれ、反省させられるということです。当然地獄でです)ですから、この世で犯した罪はこの世で償っておいた方がいいのです。逃げ得などないのです。(逆に逃げ損です)

この世では二人以上殺さないと死刑になりませんが、あの世はそんな不公平な裁きはしません。一人殺せば、その人の苦しみを自分はそのまま味わうことになるのです。(従って死刑制度はあった方がいいのです。この世の罪はこの世で償った方がいいからです。もちろん〔日本の法律では死刑は二人以上の殺人ですから〕償いきれなかった罪はあの世できっちり償わされます)

あの自殺した生徒の出た高校の話に戻りますが、あの自殺した生徒の罪を、あの世で判断した場合、その生徒の自殺した責任は、厳しい指導をした先生だけの責任にはなりません。親の責任、自分の責任などもあり、その先生だけの責任になることはほとんどありませんが(このような場合はこの世と逆になるのです。この世では、こういうことが起きれば責任を取らされますが、あの世ではその先生がどのような心で、そのような指導をしたかにかかってきます。その生徒のために、またその生徒を見込んでキャプテンにしたのですから、その生徒を通して他の生徒のために、そのような行為をしていたというのであれば、ほとんど罪に問われません。しかし、その生徒が憎くてそのようなことをしていたということであれば、当然罪に問われます。その先生の心次第なのです)もし今回、あの傲慢市長が、学校の入試中止を無理強いして自殺者が出た場合、これはほとんどこの傲慢市長の責任になるのです。

つまり市長が無理強いして、仮に人が死んでも、この世ではあまり罪に問われませんが(どうせ、言を左右しこの市長さん責任逃れするでしょうから)あの世ではキッチリその責任は取らされるということです。

この傲慢市長さん、あの世ではあまり評判がよくありません。脱原発を主張したり(何度もいいますが、脱原発はあの世の心ではないですから)最近ではカジノの建設までやろうとしています。こんなカジノのような、治安がよけい乱れるようなことをやってはならないのです。(治安が悪くなるということは、心が乱れる人が増えるということです。それでは心の成長の妨げになります。いかなる理由があろうと、人の心の成長の妨げになるようなことをやってはならないのです。税収がほしいなら、もっと他の手を考えないといけないのです)

それだけでなく先ほどもいいましたが、すべてのことにおいて、その心が重要になるのですから、自分が一番になってやりたい、などという心が少しでもあれば、どれだけこの世でよいことをやろうとも、あの世では評価されません。

この傲慢市長さんは、自分が一番になって物事を進めたいだけなのです。ということは世のため人のためではない、ということです。すべて自分のためなのです。そんな心の人があの世で評判がいいわけないでしょう。

そんな心では、どれだけ人受けすることをやっても同じなのです。この世の評価は得てもあの世の評価は得られないのです。(ということは心が成長していかないということです)

私が今回、傲慢市長のことをことさら厳しく書いたのは、この人のそのような成長していない心を垣間観たからです。

それが例の自殺した生徒が出た高校の件です。あまり詳しくは書きませんが、その高校の件で、この市長のあまりに成長のない心を観て、これではいけないと大いに思いました。だから私はこの市長を徹底的に追い詰めることにしたのです。

ですから、その私の心を天は知っています。当然いろいろな協力を得られることになるでしょう。

だから、この傲慢市長にいっておきます。あなたが心を変えようとしなければ、あなたか私が死ぬまで、私はあなたのことを祈り続けるつもりです。あなたのような立場で、それほどの傲慢不遜な心は許されないからです。あなたが心を変えようとしなければ、あなただけでなく、あなたの周りにも、これから多くの現象が現れることになります。それは覚悟しておいてください。

ですから、これからもこの市長への攻撃を私は続けるつもりです。(それがこの市長のためになるからです。ひいては多くの人のためになるからです)

この世は修行の場であり、心を成長させる場であるのです。決して心の成長を妨げてはならないのです。

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1月 20 2013

傲慢不遜

大阪の傲慢市長さんが、維新の会の共同代表に就かれたそうですが、でしょうね、所詮は自分が一番にならないと気がすまない人ですから、そうなると思います。

しかし、あの人が代表について一体何をしようというのでしょうか?

だって国政知らないんですよ、そんな人が国会議員が五十人もいる党の代表になって何ができるのでしょうか。

こういうところにも傲慢不遜さが現れています。普通なら合流した石原代表以下、立ち上がれ日本の国会議員の人たちを師として、二年や三年国政の勉強をして、それから維新の会の代表になるというのが筋ですが、そんな勉強などやろうともせずに、いきなり共同代表なんですからね、まともにやれるわけありません。(それどころか、立ち上がれ日本だった人たちを邪魔にしているんですから、まったく謙虚さのかけらもないです)

このようなことは歴史を見れば分かります。こういうやり方をしてうまくいった人ほとんどいません。まず、維新の会は失敗しますね。

だって、長年国政にかかわった民主党でも、政権を取ったらまったく政権運営ができなかったのです。国政にかかわったことがない議員がほとんどの維新の会で、しかも代表がまた国政などしたことがない人がなるんですから、とてもまともに国政に参加できるとは思えません。

こんな(国政をまったく知らない)素人を代表にして、維新の会は国会に何しにいくんでしょうか?

本当に傲慢不遜もここに極まりです。この人、自分が一番になりたいだけなのです。それで自分の思い通りにしたいだけなのです。(剛腕二世ですね)そんな人が国政にかかわれば国民が不幸になるだけです。やはりこういう人はとことん祈らないといけませんね。

石原代表も、この人牛若丸とか何とかいっていましたが、それほどいいものでしょうか?だって、石原代表のいうこと聞かないんでしょう(それとも石原代表が放任主義なんでしょうか?)牛若はまだ頼朝のいうことを聞きましたが、この人誰のいうことも聞きません。国会議員の石原代表のいうことさえ聞かないのであれば、国政などやれるわけありません。それで国政政党の代表を臆面もなく務めるというんですから、もうギャグ以外の何ものでもないですね。

だいたいこの人、国政などできないことをすでに多くの人が知っています。外交はまるでトンチンカンなこといっていたし、今回の自殺した高校の件で、教育改革もまるでできないということが分かりました。(だって、オカマの教育評論家がいっていることと、同じようなこといってるんですから、教育改革なんてできっこありません。また、ゆとり教育でも始めるのがおちです)

それに愛知県知事や名古屋市長に、あれだけ傲慢不遜な態度を取っておいて、一言の詫びさえいおうとしない礼儀知らずです。そんな人が国政政党の代表などどう考えてもギャグでしょう。

こんな人が代表の維新の会が何かの間違いで政権など取れば、それこそ民主党以上の恐ろしいことが日本に起きることになります。(何せ独裁国家となるんですからね、傲慢市長の)こういう人たちは早めに天にきいておいた方がいいのです。

とにかく(こんな傲慢不遜な人にいっても聞くわけないのでしょうが)うちの知事と市長に詫びいれてください。

いれない間は大阪の傲慢市長と維新の会は祈り続けます。(私が祈ってますから、あまり維新の会とかかわると、その政党も危ないですよ)

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1月 19 2013

愛のない不幸

アルジェリアの人質事件も心配ですが、あのような事件でも祈ると天が協力してくれますので、最小限の被害で止めることができるのですが、今回傲慢市長がいろいろやってくれましたからね、そちらに気が回りませんでした、どちらにしても困った市長です。

アルジェリアの事件でもそうですが、愛がないとあのような事件は頻繁に起きることになります。

傲慢市長さんも愛をもらってないんでしょうね、だから、そのような部分にいくら訴えても自分に愛がないから分からないのです。こういう人は結局自分が一なのです。これまでは、自分の立場が悪くなるといけないので、周りに騒がれると矛を収めていたのですが、それが一度怒ってしまうと、もう愛がないから止まらないのです。どれだけ周りが困ろうと関係ないのです。所詮は自分が一だからです。

母親や妻から愛をもらえていないとこのようになります。特にこの人、少々器が大きいので、ちょっとやそっとの愛では足りません。だから、暴走してしまうのです。

それならよそに女でもつくり愛をもらえばいいのに…などという不謹慎なことはいいませんが(笑)愛がない人が指導者になるとこうなりますね、だから周りと揉めたくるのです。

愛がない人は、人が少し話題になったりすると、すぐひがみや妬みの心が出てきます。それでいて、今回のアルジェリアのような、人が不幸になる事件は、どれだけ大きな事件でもさほど関心がわかないのです。

結局、心に愛がないからです。

心に愛がないとなぜそうなるのか?

それは人がよいことで騒がれるということは、その人が幸福なのであり、愛がない人は、その幸福がほしくて仕方がないのです。だから、それをほしがりひがむのですが、人が不幸になることは自分も不幸ですので(愛が自分にないということは、それはすなわち不幸ということです)それ以上の不幸をほしがるわけもなく、それで、どれだけ不幸なことが大騒ぎになろうと関心がないのです。

逆に人の不幸を利用して、自分が幸福になろうとするかもしれませんが(早く解決して人質を助けろ、とか何とかいって)しかし、それは自分が幸福になりたいためだけにいっているのであり、決して心から人を助けたいと思って、いっているわけではないのです。実際は、人が不幸になることまでかまっていられないのです。自分に愛がほしい、その一点だけなのです。

男はこれほど愛をほしがっているのに、肝心の女が愛を出していません。(最近は自分が愛をほしがるだけか、愛をまったく出そうとしないか、このどちらかの女性が多いのではないでしょうか。しかし、女が愛をださないと愛のエネルギーが循環しませんので、結局女性も不幸になるのです)

調和する愛は女しか出せないのです。(男の出す愛は破壊の愛ですからね)

女がもっと愛を出すなら、どこかの傲慢市長さんの傲慢さもなくなるのでしょうが、残念ではありますが、そういう愛が豊富な女性が周りにいないのでしょう。(市長さんの奥さんには失礼ですが)

このように考えるのであれば、あのアフリカの地にも、もっと女の愛があふれれば、当然悲惨な戦争はなくなるでしょうし、日本においてもそれは同じで、もっと調和が進み悲惨な事件や事故などなくなるのです。(心に愛があふれていれば、そのような人のところには、必ず神の光が降り注いでいるからです。その神の光が調和を促し身も守るのです)

外敵から身を守るのは男の力が必要ですが、内なる敵(心の部分)から身を守るには女の愛の力が必要なのです。

その男女の愛の力が調和されると、あちこちで奇跡が起きる、平和な大調和の世界が現れるのです。(それが天上の世界、すなわち本当のユートピアです)

しかし、そのような世界はまだまだ現れてこないでしょう、この世に愛が全然足らないからです。

女の愛が全然足らないとはいえ、男がそれをいっていても泣き言にしかなりません。礼儀を知らない人の礼儀は正してもらうほかないでしょう。傲慢市長にいっておきますが、詫びいれてもらうまで祈りは続けます。(徹底的に)愛のない人には出る現象も早いでしょう。(何せ、私も愛をもらってないもんですから、何が起きても遠慮なしに祈ります)

昨日も名古屋はよく救急車のサイレンが聞こえました。(夜など何度聞いたか分かりませんでした…今も聞こえていますが)

それも愛がない人が多い証拠でしょう。愛がないところに不幸は訪れます。それがいやなら愛ある生活を心がけることです。

どのような生活が愛ある生活なのか、よくよく考えられた方がいいと思います。

(そのような時代になったのです。もうそれを理解し心を入れ替えるほかないのです。責任転嫁していても一つも救われないのです)

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1月 18 2013

独裁者

橋下市長の気持ちはよく分かりました。どうやら自分のプライドを守りたいだけのようです。

残念ですね期待していたんですが、期待に応えていただけないようです。

予算を減らすという圧力までかけて人事異動を迫られるのですか(間違っていたら選挙で落とせばいいって、選挙すぐないでしょ)よく分かりました。

そこまで腹を決めていられるのなら仕方がありません。(周りで誰か止める人いないんでしょうか?傲慢ぶりもここに極まりですね)

これは大阪の問題です。大阪市長さんがやられること、これ以上、名古屋に住む私が文句をいっては、私も傲慢といわれてしまいます。これ以上はいいません。大阪の問題ですから。

しかし、大阪の問題は大阪の問題として、この大阪の傲慢市長さん、名古屋にも問題残したままですよね、お忘れですか?うちの河村市長にずいぶん失礼なことをしたことを。

あれって詫びいれてくれたんでしょうか?もちろん公の場で。そのような考えこれっぽっちもなさそうです…何してくれるんでしょうね、この傲慢大阪市長と維新の会は。

名古屋の市長にあのような仕打ちをしたということは、ひいては名古屋の人間をなめているということになりますよね(一言の詫びもないんですから)そういうことなら名古屋に住んでる私も文句をいう権利がありますね。(大いにあります)

マァ、維新の会には少々期待しましたので(自民党だけでもいけないと思い)あの時は何もいいませんでしたが、ダメですね、こんな傲慢市長が代表やってるようでは。期待ゼロになりました。それどころか維新の会が政権を取るようなら、独裁国家ができるのではないかとさえ思えました。(だって独裁者が代表やってんですからね)

それなら早めに聞いといた方がいいでしょう、天に。

名古屋の河村市長にあんなことをしたんだから、愛知県の大村知事にだって一言あっていいはずです。大村知事もそれが原因で辞められたんでしょう、そちらの会を。それがうんともすんともいってこないんですから、完全に名古屋と愛知はなめられています。というより礼儀を知らないのではないでしょうか。(河村市長や大村知事も、一言詫びいれろといった方がよかったんじゃないですか、何もいわないから、勘違いしてあのように傲慢になるのです。あの市長のためにもいうべきことはいうべきでしたよね)

大阪市長と維新の会は、名古屋市長と愛知県知事にずいぶん失礼なことされたのです。お二人に、詫びいれていただかないと収まりませんよね、名古屋市民の私としては。

ということで、お二人に詫びいれてくれるまで、大阪市長と維新の会を祈ることにします。

自慢ではありませんが、名古屋は現在でも(つい今しがたも聞こえていましたが)救急車のサイレンよくしています。(…全然自慢になりませんが)傲慢な市長さんと少々マナーを知らない人たちが多い、維新の会が本当に正しいのかどうなのか、天に聞くのが一番です。(選挙を待つより、その方が早いでしょう)

では、今日から祈りますね。(大丈夫ですよ、毎日忘れずに祈りますから徹底的に。ご心配には及びません)

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1月 17 2013

子を思う親の心の大事さ

橋下市長どうされたんですかね、今度は自殺した生徒のいた学校の、校長と教員の総入れ替えまで言い出されたそうですが、気でも狂ったんでしょうか?

少し職権乱用が過ぎると思いますが、悪いのは学校だけなんでしょうか?

それに、そんなこと言い出したら、いじめで自殺した生徒がいた学校など廃校にしなければいけなくなります。(多くの生徒や教師までいじめにかかわっていたんですからね)

自殺した生徒のことを思うなら、まず両親に反省を促すべきです。(両親には何もいわず、学校側にだけそんなきついことをいうのであれば、ただの民衆迎合のパフォーマンスと受け取られても仕方がないと思います)

橋下市長は本当に自殺した生徒のことを思い、この一連の行動をしていられるのでしょうか?何か自分がいったことを、押し通したいためだけにやっているように見えて仕方がないのですが、そんな子供じみた発想ではありませんよね。

そうではないというなら、その自殺した子供の両親にも一言あってしかるべきでしょう。そうしないと自殺した子が救われないからです。

前に書きましたが、自殺した子が一番ほしかったのは親の愛でした。それは死んだ今も変わっていません。自殺した人は、それが大人であれ子供であれ、またどんな理由であれ地獄に往かなければならないのです。自殺とは、神からいただいた大切な自分の肉体を、勝手に壊してしまう、自分自身にとって最大の罪を犯すことになるからです。

それがどのような理由であろうと、自ら自分の命を絶つことは最大の罪となるのです。ですから、この自殺した子は現在地獄にいます。その地獄にいる子を救うことができるのは親の愛しかないのです。

生前その子がほしがった親の愛に、その子の親が気づいて死んでいった子に対し「生きている時に、おまえを心から愛さなかったことは本当に申し訳なかった。しかし、お父さんとお母さんは今初めてそれに気づいた。お前が死んでこの世に肉体が無くなっても、おまえは私たちの心の中で生きています。肉体があろうとなかろうと変わらずおまえを愛し続けます」と心で強く思われ、そのように誓われることです。

そうして死んでいった子を思い愛の心で祈られるのです。すると、その親の強い愛の心は、必ず地獄で苦しんでいる自殺した子に届くのです。

そのような親の愛の心はすべてを浄化します。

仮にこの子が親の愛の足りなさだけでなく、先生に対して恨みを持っていたとしても、親の愛の心がその子に届くのであれば、そのような悪い心に自分で気づきすべてを反省して、その子は天上界に上がれるのです。

親の愛の心は死んでいった子も救えるのです。本当の成仏をさせることができるのです。(ただお経を上げたり、線香を上げたりしていてもその子は救えません。愛がないと救えないのです)

それには、ご両親がその子に対する愛が足りなかったことを反省し、その愛の心で祈らないといけないのです。

もし、そのような反省を両親が何時までもしないと、死んでいった子は、その両親の心を観て(あの世に帰れば一人一人の心の中などまる観えですから)「ああ、まだ自分のことを愛してもらえない」と悲しい心のままで、そのような悲しい心を持っている間は地獄にいるしかないのです。

天上界は、楽しみや明るい心、愛と慈悲、そのような心の人しか存在しないのです。怒りや悲しみや苦しみの心がある人は天上界には昇れないのです。(ですから天上界は、その明るい心や楽しみ、愛と慈悲の心そのままの世界が展開されています)

ご両親が反省されなければ、死んでいった子も救われません。もし、橋下市長が本当に死んでいった子を思っているのであれば、まず、ご両親に反省を求めらることです。それを一とされることです。そうしないとドンドン間違った方向に進むからです。

橋下市長が本当に死んだ子のことを思っているのか、それとも自分のプライドを守りたいだけなのかは、今後の橋下市長の行動を見ていればよく分かります。だって、橋下市長はこのブログを読んでいるのですから。(笑)

今日の西日本は、中国からの大気汚染がひどいということですが(神の心に逆らっていれば、おかしな現象も起きてきます)どうぞお体には気をつけられ、よい大阪をつくっていっていただきたいと思っています。(橋下市長、今後の行動を注目しています。多くの人を幻滅させないでくださいね〔笑〕)

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