6月 19 2015
2015年6月
6月 19 2015
もしかしたら…
九州南部は記録的な豪雨となっているそうですね。本当に大丈夫でしょうか?
そうして、この辺りの人たちも本当に大丈夫でしょうか?九州は九州で心配なんですが、この辺りはこの辺りで心配ですね。
九州は雨が心配とすぐに分かるのですが、では、この辺りは一体何が心配なんでしょうか?
今日も朝から凄いですね。何が起きているんでしょうか?
そうしてそれはどこかの会社だけではなく、この辺りの会社の人たちが同じようなことをしています。(私が近くを通ると「ガン」とか「ゴン」とか、でかい音を立てての嫌がらせです)
この辺りの何が心配なのかといえば、こういうことをし続けていて本当に大丈夫なのか心配なのです。
近くで悪いことが起きているから、それに刺激され、特にこの辺りは敏感になっている人たちが多いんでしょうが、それにしてもねぇ、あまりに一方的です。(私はあなたたちに何もしていませんよね。〔どこかの会社にだってそうです。私は何もしていないのです〕いろいろ聞いたり起きたりするから、それでいきり立ってやっているんでしょうが、しかし、自分たちは悪いことをしていないんでしょうか?もう少し自分たちのことも考えてはいかがでしょうか)
何もしていない私に、嫌がらせばかりしていて本当に大丈夫なんでしょうか。
そのような人たちは、私のことを悪魔だと思いこんでいるんでしょうが(その悪魔に平気で嫌がらせをしてくる人たちもどうかと思いますが)もしです。(本当にもしです。仮の話です)
私が悪魔ではなかったらどうするのでしょう。
私に嫌がらせをしている人に次々に災いが起きている、祈って大雨やら台風やらを起こしている、この部分だけ見ればたしかに私は悪魔に見えるでしょう。
しかし、私を支持する人たちには奇跡も起きています。そうして水不足のところに大雨を降らせたこともあります。(ちょっと失敗して、関東に降らそうとしたものが関西に降ってしまいましたが)大洪水も引かせたことがあります。
そればかりか、鳥や魚がたくさん寄ってくるという釈尊やキリストにも起きた同じ奇跡も起きています。
そうして、その釈尊やキリストと同じ神理を説いて、多くの人の心も救っているのです。
この部分だけ見るなら、私を悪魔と思う人はいないでしょう。
部分ではなく、このようなことを総合して、そうして考えていただかねば、私が悪魔であるかどうかは分からないのではないでしょうか。
そこで先ほどの話に戻りますが、もし私が悪魔でなかったら、では一体誰なのでしょう。
誰だと思われますか?それを考えてみてください。
普通の人に嫌がらせをしたところで、これだけ多くの災いは起きないでしょう。(それでも、これだけ多くの人が嫌がらせをすれば、嫌がらせした人によくないことが起きるのは当然のことのようにも思いますが)
普通の人が大雨やら台風やら起こせるわけがありません。大洪水を引かせることも無理でしょうし、その人によいことをしたからと奇跡が起きることもないでしょう。
もちろん、釈尊やキリストと同じ奇跡が現れることもないと思います。
普通の人が多くの人の心を救うということも出来ないでしょう。
このようなことを考えるのであれば、私が普通の人でないことだけは確かなようです。
では、もし私が悪魔でなければ、これだけのことが起きている私は何者なのか?ということになります。
一体、私は何者なんでしょうか?
もし私が悪魔でなければ、これだけのことが起きているのです。悪魔以外でこれだけのことが起きるのなら、これはもう救世主以外にないということになりますが、そのような答えはおかしいのでしょうか?
これだけのことが起きて、それが悪魔の仕業でなかったのなら、あとはこんな現象が現れるのは悪魔の対極にある救世主にしか現れない現象なのであって、だから、そうであるなら私は救世主かもしれないといっているのです。(それに実際の救世主であった釈尊やキリストと同じ奇跡まで起きているのですから)
このような答えは、決して事実からかけ離れた間違った答えでもなさそうなのですが、この辺りの人はそういう見方が出来る人はまずいないのでしょうが、少し離れた地域にいる人たちはどのように思うのでしょうか?
マァ、自分で自分のことを救世主という人で、その人が救世主であったためしはありませんが(笑)この辺りは異常な状況となっています。
もう少し冷静にことを見ていただけないものかと思い、このようなことを書きました。(それに、二、三の方からそのようなことをいわれたこともありますので)
マァ、この話はいいでしょう。しかし、物事を一面的に見ていては正しいことは分かりません。いろいろな角度で総合して見て、そうして正しい判断をしていただきたいと思っています。
さて、このような話はさらりと流して話題を変えましょう。
まだ、動物の不思議の動画が残っています。
今回の動画は、動物たちが、人の言葉をよく理解しているということが分かる動画であると思います。
あのカワセミのような鳥が、私が声をかけるとすぐに川に垂直に落ちる技を披露してくれたり(それが一度だけなら偶然ということもありますが、二度もやってくれたのです。こちらのいうことが分かっているということがよく分かります)声をかけると私の方に寄って来る魚たちやら、人の言葉をよく理解していて本当にいうことを聞く動物たちばかりです。
野良猫の可愛らしい姿も映っています。(本当に野良猫とは思えないほど愛嬌があるのです。その野良猫たちはそこで初めて見た野良猫たちです…うちの飼い犬も映っていますが、これはご愛嬌ということで。〔笑〕)
愛を出すのであれば、このような奇跡が毎日のように起きることを知ってください。
ブログだけではなく、こういう動画まで公開している私は本当に悪魔なのでしょうか?
その話はもういいですね。(笑)
6月 18 2015
法を知る者と知らない者の差
昨日もまた岩手県や関東各地など荒れた天気になったようです。
九州南部の激しい雨が止まらないようですが、本当にまずいですね。太陽光パネルを撤去するか、または川内原発を動かすかしたらどうでしょう。
そうしないと、この大雨でどれだけの被害が出るのか分からないからです。
このような異常気象の原因が、梅雨前線が停滞しているだの、太平洋高気圧が弱いからだの、エルニーニョ現象だのいっていますが、そのようなことはすべて、このような異常気象が起きるための順序にしかすぎないのであり、そういう順序を通して、様々な異常気象が現れているのですから、そのような単に順序にすぎないことをいくらいったところで、それがこの異常気象の本当の原因ではないのですから、何でそのような順序をもらい異常気象が起きているのか、それを知らないといけないのです。
つまり、本当の異常気象の原因を知らないといけないといっているのです。そうしないと異常気象は止められないからです。
マァ、そもそも異常気象を止めることなど出来ないと、決めつけているのが現代の人たちなのですが、昔の人たちはこういうことが続けて起きれば、天に供え物をして祈り、そうして自分たちが反省したものですが、そういうことでもされたらどうでしょう。
今のままではどちらにしても異常気象が止まらないからです。
異常気象を止められないのであれば、その本当の原因が分かっているとはいえないのですから、そういうことでも何でもしてみるべきでしょう。バカげたことと思っている中に、案外、本当の異常気象の止め方が隠れているかもしれないからです。
しかし、どちらにせよ物質科学では異常気象を止めることが出来ないのです。
そうであるなら、そのような精神的分野をもう少し重要視されてはどうでしょう。これからは、その精神的分野の中に異常気象の止め方も、異常気象を起こさないようにする防災、減災の仕方も隠れていると分かるようになるからです。
すでに分かりかけてきているのではないですか。そのようなことがです。
なぜそれが分かりかけてきたのか?それはこの法が出現したからです。
これほどの現象が起きているのです。もうこの法を無視することなど出来ないでしょう。
この辺りでは、その法に逆らっているため災いばかりが起きていますが、よく考えてみてください。
この法に逆らうからこれほどの災いが起きているのです。では、この法に従うのならどれだけの奇跡が起きるでしょう。
もうそろそろ、そのようなことも考えてもいいのではないでしょうか。私にはそのような奇跡が次々に起きているからです。
このような異常気象はもとより、最近は異常な事件も多発しているのです。
無差別殺人やストーカー、親が子を殺したり、子が親を殺したり、そのような異常事件が次々に起きていますが、これは心が荒廃している人が多いからこのような事件が多発するのであり、この法はそのような荒廃した心に希望を与え、進むべき正しい道を指し示す教えなのです。(釈尊やキリストが説かれた神理とはそのようなものです)
そうして法は、その正しい教えとともに正しい祈りがあります。正しく祈るのであれば、その祈りは聞かれます。
進むべき正しい道を示してもらえ、そうして祈りまで聞かれるというのであれば、自分の目指す目標などより達成しやすくなります。
それだけではなく先ほども書きましたが、例えば、ストーカーなどにつきまとわれて悲惨な事件に発展するケースも最近は多いのですが、このような時でも法の祈りがあれば調和と安らぎのうちに、そのような事件も解決していくことになるのです。
天が心の内から指導してくださるからです。
また、科学ではどうにもならない天変地変さえも抑えることが出来るのです。
それは私の祈りを知るなら、自然さえもコントロール出来ることがお分かりいただけると思います。
私一人でもそうなのです。法を知った大勢の人が祈れば、大雨や大雪、火山の噴火でも抑えることが出来るでしょう。
この法に関して、これまで起きていることを知るのであれば、そのようなことが嘘ではなく、十分それを証明しえるものであると思いますが、このブログを読まれている方々はどう思われるのでしょうか?
この辺りの多くの人たちは、一部の人がつくった子供だましの噂に騙され法に逆らっているだけなのです。
そのような、人を次々に不幸に出来る者など実際には存在しないのであり、また、そんな悪魔のような者に、鳥や魚が集まってくるという(釈尊やキリストに起きていたような)奇跡は起きないのです。
よいことをすればよい現象が、悪いことをすれば悪い現象が、それがはっきり現れるのが法なのであり、本当の神の教えなのです。
この辺りに悪いことが続出しているのは、悪いことをしている人が多いからです。それは私のせいではなく、悪いことが起きているその人自身のせいなのです。
そういう自覚がないだけで、実は悪いことをしている人は案外多いのです。
それも法を知らないと分からないでしょう。法を知るなら、これまで知らなかったことがいろいろ理解され、奇跡まで起きるようになるのです。
騙されていたと気づいたのなら、これほど素晴らしい教えが現れたのです。少し勉強されてみてはどうでしょうか。
この法の正しさ、素晴らしさは私が証明していることだからです。
この世の富や名声ばかり気にしている人も進歩がなければ、自分が間違っていたと気づいているのに、それを少しも反省しようとせず、自分の態度を変えようとしない人も進歩がありません。
世は刻々と正法の世に移行しつつあります。
つまりこの世が神の世に変わりつつあり、それで本当の神の心を知っている人があまりに少ないということで、このような異常現象が現れ続けているのです。
末法の心の人が多いままでは、この異常現象は止まりません。
これほどの素晴らしい教えが出現したのです。くだらない意地や見栄など捨てて、神の前で素直になり少しづつでも勉強されてはどうでしょうか。
そういう人が出て来ないと、この異常気象は止まらないからです。
6月 17 2015
子供だましの噂
昨日は岩手県で凄い天気になり(激しい雨と強風でヒョウまで降ったとか)また太陽光パネルに物が飛んで来て壊れたらしいですね。
やはり太陽光は縁起が悪そうです。九州南部の大雨もそれが原因でしょう。(今日も激しい雨になるとのことですが)即刻、鹿児島にある太陽光パネルを外した方がいいと思いますが、そのような意見に賛成してくれる人は誰もいないでしょう。本当に残念です。
鹿児島が次々に災いに襲われるより、太陽光パネルを外して、それで鹿児島の災いが収まるならその方がよほどよいと思うんですが、それを信じて賛同してくれる人などいません。
賛同してくれる人がいなければ、こちらもどうしようもありません。気の毒ではありますが見守るしかありませんね。
そうして、そのような気の毒な人は鹿児島だけではなくこちらにもいるようです。
まったく昨日以上に凄いですね。(さっきまではです)私がここに座りブログを書き始めるとずいぶん静かになりました。(微妙にやってますけど)これまでとはやることが逆ですね。(苦笑)
何か次々に起きているようですが、このような人たちも、自分で気づいて自分で反省してもらわなければ救いようがありません。この人たちも気の毒ではありますが見守るしかありませんね。
悪いことの連鎖はまだまだ続くようです。
何でこれほど悪いことの連鎖が続いているのでしょうか?それは、どうしても本当の悪の原因を認めることが出来ないからです。つまり責任転嫁がやめられないということです。
結局、この辺りの多くの人がそうなんですが、どこかの会社に起きていることを天罰と認めることは出来ないのです。
なぜ出来ないのか?
出来るわけがありません。同じような悪いことが起きている人が多いからです。(それは名古屋で激しく響いたサイレンが教えています)
悪いことが起きている人が多いのに、それを天罰と認めてしまえば、そういう悪いことが起きた人は、みな自分たちが悪いから悪いことが起きたのだと認めることになります。(自分たちが悪いから罰が当たるのですから)
つまりそれは自分が悪かったと認めることになるのです。
自分が悪いとは死んでも認めることができない人たちばかりです。(苦笑)だから、責任転嫁をやめられないから悪いことの連鎖が続いているといっているのです。
責任転嫁している人たちばかりなのですから、どこかの会社に起きていることを天罰と認められるわけがないのであり、だからあそこに起きている悪いことはすべてあいつ(私)が原因、ということになるわけです。
私を原因にしないと、自分たちが悪かったとなるからです。
だから子供だましのような噂まで流して、それを多くの人に信じさせているのです。自分たちが悪いと認めたくないからです。
そんな噂、子供だましのような噂ですよね。私が一人で次々に人を病気にさせているというのですから。
何回もいいますが、そんなこと技術的にも無理だし精神的にも無理でしょう。多くの人を殺傷する無差別殺人を犯すような犯罪者でも、そんな犯罪を犯すのは一回きりです。(しかもそんな犯罪を犯した後はみな後悔します)
私が人を次々に病気に(不幸に)させているというなら、そういう無差別殺人のようなことを、毎日平気でやっているということになります。そんなことできる人いません。(技術的にもそうですが精神的に絶対無理です。良心の呵責〔かしゃく〕に堪えられなくなります)
だから子供だましの噂だといっているのです。現実には絶対出来ないことをさも出来るようにいい、人にいいふらしているからです。
それを信じてしまう人が多いのですから、名古屋の人たち一体どうしてしまったの?と思うんですが、それが法の凄さでしょう。
法がもし現れなかったら(それに伴う奇跡もです)こんな子供の作り話のような噂など誰も信じなかったでしょう。(数年前までなら一笑に付されていました。たった一人の者が次々に人を病気にさせているというのですから)
そういうおかしな宗教もたくさんありましたし、いっていることが口だけだったからです。つまり、奇跡らしい奇跡が何も起きなかったからです。
しかし、法は違いました。口だけではなく多くの奇跡が起きたのです。
そのような多くの奇跡が起きたため、名古屋の多くの人は、その奇跡だけではなく、ねたみやひがみや自分の責任転嫁のためだけにいいだした、そんな子供だましの噂まで信じて、私に心を救われ知らないことをいろいろ教えられたにもかかわらず、そのことには感謝もせず、また奇跡まで悪魔の仕業と断じて、私を悪魔と思いこんでしまったのです。
つまり、正しい話と正しくない話を両方信じてしまったがため、真実が分からなくなり、間違ったことをいっている人たちのいうことを、多くの人が信じてしまったということです。
それはそうなるでしょう。真実を述べているのは私が一人で、嘘をいっている人の方がはるかに多いのです。数の論理で、私一人のいうことを信じる人は(ゼロではないんでしょうが)ほとんどいないということになってしまったのです。
しかし、少し冷静に考えてもらえれば分かると思います。
一人で次々に人を病気に出来る者などいないのです。また、そのようなことをしている者に、鳥や魚がよってくるような、釈尊やキリストと同じ奇跡が起きることはないのです。
釈尊やキリストと同じ奇跡が起きているのなら、その者は釈尊やキリストと同じ心を持っているから、同じ奇跡が起きているのであり、現にその者のいうことを聞いて心が救われた人はたくさんいるのです。
一方で人を次々に病気にしている者が、一方で人の心を救うでしょうか?
その者は多くの人の心を救っただけではなく、多くの奇跡も現しているのです。(それを動画に撮り公開しているのですから、これ以上の証拠もないでしょう)
そういう奇跡が起きている者が嘘をつくと思いますか?
その者が嘘などつけば一変にそんな奇跡は起きなくなるです。しかし、その者のいうことは一貫していますし、いい方をまったく変えていないのに、釈尊やキリストと同じ奇跡が起き続けているのです。
ということは、その者は正しいことをいっているということであり、その正しさの証明が起き続けている奇跡であるのです。
それでもまだその者のいうことを信じないのですか?
何一つ奇跡が起きない人たちがいっている(ということは、その人たちは正しいことをいっているかどうか分からないということです)明らかな子供だましの噂を信じ続けるのでしょうか?(それどころか、そのような人たちは災いが起きている人も多いのです。災いが起きているということは、その人のいっていること、していることが間違っている証拠なのです)
そういう正しくない噂を、そのまま信じているから名古屋の人たちは不幸になるのです。(それまで私のせいにしていますが)
ここに書いていることは正しいのです。
いま名古屋に起きている不幸は、私が起こしているのではなく、多くの人が、そのような、でたらめな悪魔の噂を信じてしまったがため起きてしまった悲劇なのです。
もう悪魔の噂など信じるのはやめにしたらどうでしょう。そうして私のいうことを信じ、賛同してくださったらどうでしょう。
そのような賛同者が増えるのなら、名古屋の災いが減るのはもちろんのこと日本に起きている災いも減るからです。
もう目を覚まされてはいかがでしょうか。少し考えるだけで、その聞いている噂のおかしさは十分、分かることだからです。
子供だましの噂など信じているから不幸になるのです。早く正しいことを信じてください。そうすれば幸福になるからです。



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