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2015年10月

10月 10 2015

誰を手本とするのか

昨日はまた庄内川に行ったのですが、私がいつも休んでいる橋の下は(上に23号線が走っている)庄内新川橋ではありませんでした。

そのもう一つ手前にある南陽大橋でした。

なんとなく、昨日書いたことが違っているような気がしたので確認しに行ったのですが、やはり違っていました。(奇跡が起きた場所を間違えてはいけませんから。〔笑〕)

それで昨日もそこで休憩していると、さすがにまた大量の鵜は現れませんでしたが、カニやムツゴロウのような魚(あれ、どういう魚ですかね。小さな魚ですが水面や地面をピョンピョン跳ねて進む魚がいるのです)が何匹も出て来て、その連中をかまっていたら、なんと庄助まで現れ目の前をスーと泳いで行きました。

「オイ庄助、こっちに来い」と何度か呼びかけながら動画を撮っていましたが、まるで無視です。しかし、無視しているわりにはこの珍獣、私の前によく出てきます。

四、五日前には(前に書きましたように)私が歩いていた先の草むらで草を食べていましたし、その四、五日前にもやはりこの場所で同じように私の前を泳いで行きました。

無視しているようで実はこちらをしっかり見ている、そんな感じです。それはそれで可愛いものです。(笑)

何度も書いていますが、庄内川の川岸はずっと海まで歩けるところが続いているのですが、そのほとんどが草むらです。しかし、これだけ自然が残っているといろいろな動物がいます。

その川岸にいる動物の多くが、私の前に顔を出しているようです。

おなじみのすずめや鳩やカラス、ムクドリはもちろんのこと名前の分からない鳥たちもたくさん私の近くに飛んできます。(何羽かは動画に撮りました)季節によりたくさんのツバメや一昨日の大量の鵜なども見れば、もっと大量のカニを見たこともあります。(あれは凄かったです。何キロにもわたり多くのカニたちが出てきていたのですから、何万匹、何十万匹のカニがいたか分かりません)

多くの魚たちはもちろんですが変わったところでは、庄助もそうですが(ちょっと動画に撮りましたが)キジも見たことがありますし、蛇も見たことがあります。(蛇は三、四回見ています。だから動画に撮りました)

まだ知らない動物があの辺りにいるのかもしれませんが、またそのうち顔を出すかもしれません。

とにかく少し自然が多いところは(知多の海でもそうですが、トビやエイも見ましたし、マテ貝まで顔を出したくらいですから。〔笑〕)いろいろな動物がたくさん寄ってきて、本当に面白いので今度は山にでも行こうかとも思っています。

人里離れた山の中に私が入って行ったら、どんな動物に遭遇するのか、イノシシや熊まで出てきたら、それはそれで命懸けですが(笑)マァ、しかし、そのような野生の動物たちとも仲良くやれるというところを証明したいとは思っています。(だって動物園にいる猛獣たちも可愛らしい態度を取りますからね。それは私の動画を観てくだされば分かると思います)

とにかく、心が変わるなら起きてくることは劇的に変わるのです。(それは私が証明しています)

周りにいる、どんな動物たちとも自分になついてきて楽しくやれる、ずいぶん癒される幸せな人生だとは思いませんか?(この前東山動物園に行ってきたのですが、東山動物園にはヤギやウサギをさわれるところがあります。そこに行くと、ヤギが私に近づいてきて顔や体をひっつけてきたり私のベルトにかみついたりしてじゃれてきました。頭をなでてやると嬉しそうにしていましたが、私の横にいてそれを見ていた人が「ヤギが人になついている」と驚いていました。私がその場所に行ったのは二回目ですが、前回行った時はヤギをさわりませんでした。だから、その時初めてそこにいるヤギをさわったのですが〔だから実質は初めてそのヤギと会ったのと同じです〕それでもヤギはなついてくるのです。このように何度も人と会っているからなつく、餌を与えているからなつくのではなく、何もしていなくても初めて会ってもすべての動物は人になつくのです)

そういう人生をすぐにでも送ることが出来るのです。少し心を変えるだけでです。

それなのに、まだ私に嫌がらせしてくる人はいる、昨日あんなブログを書けば、私がいる橋の下にわざわざ来てブシュブシュ嫌がらせをしていく人はいる(昨日はそういうトラックもいたんじゃないですか、ずいぶんあの場所でブシュブシュやられましたから)そんなことをしていては、そういう楽しい人生を送れるわけがないのです。

それどころか、そんなくだらないことをしていたら不幸な人生しか送れないのです。そのような時代となったからです。(そんなくだらないことをしている人は百パーセント癌ですね。癌になってもいいなら、そのようなくだらないことを続けてください)

釈尊やキリストが人に嫌がらせをしたでしょうか?釈尊やキリストが人の悪口ばかりをいっていたのでしょうか?

私たちが、いつも手本としなければいけないのはあのような方々なのです。(誰を手本にするより釈尊やキリストを手本とした方がいいでしょう。あのような方々は悟りを開いていられるからです。悟りを開いていられるということは、神の心そのままの方々だからです)

釈尊やキリストに恥じない人となることが、一番の幸せの道なのです。

そのような道を進んでいる人は、一体どれくらいいるのでしょう。ほとんどいないでしょうね。そんな人がたくさんいるのなら、こんな天変地変が激しく起きる、このような世の中にはなってはいないからです。

今のままでよい、とはただ自分がそう思っているだけで、その人生は大変不幸な人生かもしれないのです。

それが分かる時代となりました。(間違ったことをしている人には不幸なことが次々に起きるからです)

不幸な人生にいつ気づかれるのですか?

それに気づくのがあの世に帰ってからでは遅いのです。

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10月 09 2015

奇跡と天災

また起きましたね。奇跡がです。本当に毎日のように奇跡が起きるのです。これではその反対の災いも激しくなるでしょう。

このような現象は、それだけ神の心が現世に顕著に現れだした証拠でもあるからです。

昨日私は午後から庄内川に行ったのです。そうしていつものように川岸を歩いていました。

昨日はわりと静かで(相変わらず、すずめなどはギャーギャー騒いで飛び回っていましたが。〔笑〕)魚も跳ねなかったしカニもあまり出て来ませんでした。

今日は静かだなと思いながら歩いていたのです。

そうして数十分ほど歩き、23号線の橋(庄内新川橋)の下で休んでいました。その辺りは草むらがきれていて庄内川がすぐ近くまで流れてきています。その場所は土がむき出しになっているので、そこにいるとよくカニがあちこちから出てくるのです。(カニの巣穴がそこらにたくさんありますから)

そればかりか、前に流れている川で小魚がよく跳ねますし、四、五メートル向こうは中州のようになっていて草もたくさん生えているのですが、その草の間から子ガモをたくさん連れたカモが出てきた時もあれば、あのこの前、私の目の前で草を食べていた(動画に撮った)あの珍獣も出てきたことがあります。(庄内川にいるので庄助と勝手に命名しました。〔笑〕)

そこにいるだけでも、いろいろな動物が見られて楽しいので、そこは私のお気に入りの休憩スポットなんですが、昨日は、そのカニたちも一匹、二匹出てきたくらいで、川に呼びかけても小魚たちは跳ねませんでした。

「今日は静かだな」と、ブツブツいいながらそこで休憩していたのです。

しばらく休憩していたのですが、ふと前を見ると中州の向こうを流れる庄内川の上空をたくさんの鵜が飛んで行きました。

「凄いな」と思いながら、その鵜たちを動画に撮っていました。

たくさんの鵜が通りすぎて行ったのですが、しばらくするとその鵜たちが戻ってきました。

また庄内川の上空をたくさんの鵜が飛んでいます。何かさっきより数が増えたみたいで「お前らどんだけおんねん」とかいいながらその鵜たちを撮っていたのですが、こちらがそんな感じでその鵜の大群に声をかけていると、なんとその鵜の大群が段々こちらに向かってくるではありませんか。

「あれ、声をかけてたのがやばかったかな」と思ったのも後の祭でした。

そのたくさんの鵜が、私の方に飛んできて私の上空は鵜だらけになりました。(笑)橋の下にいた私でしたが、最後にはその橋の右側も左側も、たくさんの鵜が飛んでいる凄まじい場面を動画に撮ることが出来たのです。(あの時、私が橋の下にいなかったら鵜のフンだらけになっていたかもしれません。〔笑〕それだけ凄い数の鵜がこちらに飛んできたからです)

鵜が数百羽はいたと思います。その鵜の大群が私の方に向かって飛んできて、私の上空が鵜だらけになる、そんな奇跡が昨日起きたのです。(橋の上の23号線は車もトラックもたくさん走っています。昨日〔の夕方四時頃だと思います〕その鵜の大群を見たドライバーはたくさんいたと思います。その庄内川の横の道路を走るトラックの運ちゃんが、ギョッとしてその光景を見ていたくらいですから)

こういうことが毎日のように起きます。とにかく動物たちがちょっと考えられない行動を取るのです。

このような動物たちの行動を生物学者はどう説明するのでしょう。

多分、説明のしようがないと思いますが、科学ばかりにそうも頼っていて大丈夫なんでしょうか?

北海道が台風二十三号の影響で大荒れとなっていますが、あの台風は超大型なので、その被害も大きくなるのでしょうが、あの台風が超大型に発達したのは日本近海ででした。

台風が発達するのは海水温が高いからだと気象予報士はいいますが、では、今回の二十三号はなぜ急に日本近海でああも超大型に発達したのでしょう。

これほど超大型に台風が発達するのであれば(ここ一、二年でもずいぶん大きな台風が来ていたように感じますが、こんな超大型の台風は四年ぶりだそうです)よほどのエネルギーがかからないとしないはずです。

そのエネルギーはどこからきたのですか?日本近海がそれほど海水温が高かったというのでしょうか?(本州の横の辺りの太平洋の海水温がそれほど高いとは思えませんが)

この前のここ十年は平均気温が変わっていないことといい(ということは、温暖化で起きる現象が激しくなっているというのは間違いなのではないでしょうか?平均気温が変わっていないのですから)今回の日本近海で急に超大型に発達した台風といい、本当に科学者がいっていることは正しいのでしょうか?

正しい部分はもちろんあるのでしょうが、すべて信じてしまうのは間違いでしょう。現に辻褄が合わない部分がたくさんあるからです。

科学を鵜呑みにするより、まず神を一にされたらどうでしょう。

その神を一にしている私には、これほどの奇跡が起き、そうしていっていることも起きる現象と一致しているからです。(ここに書いていることで当たっていることはたくさんありますよね)

まず、神の心をよく知り、それを実践されることです。

そうすれば起きる災いも減り、そのような災いがなぜ起きるのか?その事実も分かってくるからです。

科学がすべて正しいわけではないのです。本当に正しいものは本当の神の教えの中にあるのです。

追伸…北海道はまた大変な被害が出ているようですね。(大雨、強風、高潮など)去年も同じようなことが起きていますが、これでは今年の冬もまた去年と同じように大雪の被害まで出るのではないでしょうか。(このままではまた何らかの異常気象は必ず起きます)

あれほど異常な大雨被害に苦しんでいた鹿児島は、最近はそのようなことを聞かなくなりました。

私がいっていた原発の再稼働とともにです。

北海道もそうされたらどうでしょう。北海道にすぐに法を拡げることは出来ないからです。(法を拡げることが出来れば北海道を救うことが出来るのですが)

法を拡げることが出来なければ、そのような異常気象を止めることが出来るのは原発再稼働しかありません。

原発再稼働を急がれたらどうでしょう。それが日本の進むべき道であるからです。(その進むべき道を行くなら、とりあえず、その異常気象は収まるのです。何回もいいますが鹿児島がそのよい例です)

科学だけでは説明しきれないものはたくさんあるのです。

この神の教えをもう少し信じられてはどうでしょうか。(どこかの会社もです。何かもう次々に災いが起き出しているようですが)

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10月 08 2015

悪魔の言葉に騙されるな

昨日はまた不思議なことが起きましたね。(本当にそんなことが毎日起きます。〔笑〕)悪魔軍団がじゃましてきますが、それでも書いておきましょう。(さっき悪魔軍団がうるさかったので、ブログを書くのをやめて祈ろうと思いましたが、祈り始めると天が相当怒っているようなので祈るのをやめました。〔心にガンガン怒りが響いてくるのです〕悪魔軍団のせいでこちらが怒られそうです。〔怖〕)

昨日は午後から名古屋港に行きました。

台風の影響で多少波が高かったのですが、海に向かって叫ぶと魚が跳ね出して、しばらくするともう凄い勢いで次々に魚が跳ねているのです。

凄いなと思いながら少し動画を撮りましたが、すぐにやめました。

なぜ、やめたのか?

それは魚が跳ねるには跳ねるのですが、ずいぶん遠くで跳ねていたからです。それで撮るのをやめたのです。

陸からかなり離れた沖の方で跳ねています。

「何であんな遠くで跳ねてんだ?」少しそれを見ていましたが、いくら呼びかけても近くではほとんど跳ねません。(何匹かは跳ねましたが)

それで場所を変えて呼びかけましたが、それでも遠くでは何十匹も跳ねるのですが、近くではほとんど跳ねません。マァ、こういう日もあるのだろうと、その遠くで跳ねる魚たちを撮っていましたが、それにしてもよく跳ねていました。

沖のあちこちでこれでもかというくらい跳ねています。あれもまた一つの奇跡ですね。そこは動画に撮りましたので近いうちに公開したいと思います。

本当に毎日変わったことが起きるなと、自分のことながら感心しますが、それにしても、次々に現象が現れています。それだけ神の業が周りに現れ続けているのでしょう。

その神の業といえばです。昨日の帰り道です。また名古屋港から歩いて帰ったのですが、広い道路に出るともう(運転手の)皆さん引きたくっていましたね。(苦笑)

少し前までは、昨日のようなブログを書いたら怒りたくっていたはずですが、ここ一週間ほどでずいぶん雰囲気が変わりました。(本当に驚くくらいですね)

そんなに現れているんでしょうか?神の業がです。

それに怒る人もいるみたいですが、ほとんどの人は怒っていません。引いているのです。(雰囲気全然違いますから)それでもやる人はやってきます。哀れなものです。

本気で怒っている人たちは仕方ありませんが(こういう人たちはまだ心が低い人たちだからです。起きていることの意味がよく理解出来ないのです。自分に何か起きないと理解出来ない人たちです)しかし、引いているのにまだ嫌がらせをやっている人、または全然やらなくなった人たちはどうでしょう。

少し考えられたらいかがですか。

そんな態度を取り続けても一つも益にならないからです。それどころか、そのままでもいずれ災いは起きてきます。早めに謝られたらどうでしょう。

神の業とはそれほど偉大であるからです。しっかり反省しない人たちには必ず現れるからです。(悪いことをそのままにしておかない、それが神の愛であり慈悲であるからです)

気づいている人たちなら、許されるのも早いと思うからです。(分かっていてもぐずぐずしているようなら、よほど反省しないと許されなくなります。傷は浅いうちの方が早く治るのです。傷口が深く大きくなれば治るのに時間がかかり、下手をすれば命取りになります。心の過ち〔心の傷〕もそれと同じです。早い方が早く許される〔治る〕のです)

私は毎日のように奇跡が起きているのです。どうして、皆さん方が思っているような悪者にそんな奇跡が起きるのですか?

そのような者でないから奇跡が毎日のように起きているのであり、その奇跡が悪者でない証明なのです。(それは天が証明しているのです。奇跡は天が起こすからです)

多くの人が騙されているのです。私を悪者に仕立て上げている悪魔に憑かれた人たちがたくさんいるからです。その悪魔の言葉に騙され、私を悪者と思いこみ、そうして私に嫌がらせをし続けているばかりに多くの人たちが不幸になっているのです。

結果的に、そのようなことをしたばかりに不幸になっている人が多いのです。その結果を見てもどちらがいいのか悪いのかは分かるはずです。

その(私の悪口をいう)人たちのいうことを聞いていると災いが起きるのです。

しかし、私のいうことを聞いている人たちはみな奇跡が起きているのです。

どうしてこんな違いが出るのですか?

普通であるなら、そんな悪者のいうことを聞いている人たちに奇跡が起きるわけがありません。しかし、実際に奇跡は起きているのです。

なぜ、そんな悪者のいうことを聞いている人たちに奇跡が起きるのですか?そうして、その悪者に逆らっている人たちに災いが起きるのでしょう?

逆でないとおかしいのではないですか?それは歴史を見ても分かるはずです。

釈尊やキリストのいうことを素直に聞いた人たちには奇跡が起きています。(釈尊やキリストの弟子たちがそのいい例です)しかし、それに逆らった人たちには災いが起きているのです。

今起きていることと同じではないですか。

これほど分かりやすい現象が現れているのです。もはやどちらが悪いかは一目瞭然なのではないでしょうか。誰が見ても明らかなのではないでしょうか。

それなのになぜ、いつまでも自分の間違いを認めないのですか?

その間違いを多くの人たちが認めようとしないため、より恐ろしい現象が現れてきたのです。

それなのにまだ意地をはるつもりなのでしょうか?(その意地は私にはっているのではないのです。神にはっているのです。それでもそのような〔くだらない〕意地をはり続けるつもりなのですか?)

間違っているのは、そちらの方であるとこれほど明らかであるにもかかわらずです。(私は黒を白といえといっているのではないのです。白を黒と間違えているから、それは間違いです、といっているだけなのです)

いま私のせいで起きているという災いも、私の話をしっかり聞くなら私のせいではないと納得していただけるはずです。悪いことが起きている人たちは、必ず自分たちに悪いところがあるからです。

その自分の悪いところを、ただ自分が自覚していないだけなのです。その悪いところを素直に認め、それを直せば奇跡が起きてくるのです。

現に私のいうことを聞いている人たちには、その奇跡が起きているのです。これ以上の証明もまたないのではないでしょうか。(私は口だけではありません。必ず、そのような現象が現れるのです)

悪魔の言葉に騙されている間は不幸が続きます。悪魔の言葉から早く目覚めてください。

それが幸せになれる道であるからです。

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10月 07 2015

心を癒すのか、すさむのか

台風(23号)はやばそうですね。(何か今週に入り台風が日本よりにコースを変えたように感じます。先週までは、かなり日本からは遠い太平洋上を通るような予想でしたので)

あまりブログのじゃまはしない方がいいんですが、何せ、どこかの会社はやけくそ状態です。(もう、毎日何か起きているようですから)

だから、どうしようもないんですが、そのやけくそ状態のどこかの会社が今日はわりと静かです。昨日いろいろあったようで(いつも以上にです)それで静かなんでしょうが、マァ、そこはサラッと流しましょう。(あまり詳しく書いてもやばそうですし)

それで話題を変えますが、最近は庄内川によく行きます。人が少ないので気楽なのでそれで行くんですが、それだけではありません。面白いこともいろいろ起こるのです。

だからよく庄内川に行くのです。

昨日、一昨日も行ったんですが、前回書きましたが、あの何かいた水たまりはもう一昨日の時点で乾いていました。

それで思ったんですが、この庄内川の川岸に雨が降った時に出来る水たまりは、少し横にはカニがたくさんいる草むらがずっと続いているのです。

そうであるなら、その草むらからカニが出て来て、その水たまりに卵を産んでいるのかもしれないし、そのカニの小さな子供たちが出てきていて、その水たまりの中にいたのかもしれない、とにかく、あの川岸など小さな生物がたくさん行き来しているのです。

私たちはただそのことに気づいていないだけで、あのノーベル賞を受賞された方ではありませんが、微生物のような(微生物よりは大きいのでしょうが)生き物はそこらじゅうにたくさんいるのです。

だから、そのような小さな生き物が、雨が降った時だけに出来る水たまりにいても何ら不思議ではないのであって、私たちはこれまでそれに気づかなかっただけです。

気づかなかったことに気づいた、それだけのことだったのではないでしょうか。

よくよく考えれば、あの水たまりにいた生き物は、そこらにたくさんいる小さな生き物の中の一つがいただけで、単にその一つの生き物を知っただけの話なのではないでしょうか。

あのノーベル賞を取った方の(連日ですが先に取られた方の方です)微生物の話を聞いていて(微生物は土壌一グラムの中に一億個もいるという話ですから)そう思いました。

私たちの知らない小さな生き物などごまんといるのです。そこらの水たまりに何かいても別に不思議でもなんでもないのではないでしょうか。

マァ、それが何かまでは分かりませんが、雨が降った時にだけ出来る水たまりにも魚のような水の中を泳ぎ回る小さな生物はいます。それだけは確かなようです。(また水たまりの水面にたつさざ波など動画に撮ります)

そのような知らない生き物はまだたくさんいるようですが、そのような知らない(というか珍しい)生き物に一昨日庄内川で遭遇しました。それも目の前でです。(こういうことがあるから行きたくなるのです)

その生き物は前に少し動画に撮ったことがあるのですが、その動画は庄内川を泳いで行く後姿だけでした。しかし、今度は目の前でその生き物を撮ったのです。

私は、その生き物はカワウソではないかと思っていましたが、目の前で見ると違いました。その生き物は、あの山崎川で遭遇したあの動画に撮った生き物とそっくりであったのです。(あれカピバラじゃないですね。何でしょう。あの生き物は?)

その四、五日前にも川を挟んで目の前にその生き物は出てきたのです。それで動画には撮ったんですが、今度は私が歩いている川岸の草むらの中にいるのです。

そうして(あの山崎川にいた生き物同様)草を食べていました。

山崎川にいたのと同じ姿をしていますが、こちらの方が一回り小さいようです。しかし、草を食べる動作から仕草など同じなのです。

あの山崎川にいた生き物と同じ生き物ですが、これなんでしょう?

元々こういう川に生息しているのでしょうか?(山崎川の方はあの時一度きりでしたが、この庄内川の方はもう何度も見ています)

よく分かりませんが、数ヶ月前から見ていた生き物が、段々こちらの近くに現れるようになり、そうして今度は目の前にいて草を食べているのです。

その生き物をしっかり動画に撮りました。近くに行っても逃げないどころか、向こうからこちらに寄って来るくらいでした。(最初は三~四メートルくらい離れたところで撮っていたんですが〔あまり近くまで行って逃げてもいけないので〕そうしたら向こうの方から寄って来ました)

とにかく草を食べている仕草が可愛らしかったです。(それ以外でも可愛らしい仕草をしましたし。〔笑〕)

このように心が変わると、どんな動物であれ、それこそ、こちらが知らない生き物や珍しい生き物まで平気で近くに寄ってくるようになるのです。

本当に癒されますよ。これだけ生き物が寄ってくるとです。(虫まで寄って来ますからね。ちょっとそれはどうかと思いますが。〔笑〕)

それに引き換え、この辺りの人々の心のすさんでいることといったらありません。人の顔を見れば嫌がらせです。(大分減りましたけどね。しかし、そんな心だから奇跡も現れないのです。哀れです)

大丈夫ですか?どこかの会社も周りの人たちもです。(それでもどこかの会社の連中は何かかにかじゃまをしてきます。もうどうしようもないですね。恐ろしい現象は止まらないでしょう)

運転手連中も顔を引きつらせている人が多いんですが、まだその現象は始まったばかりです。(その現象はまだ一~二週間前に始まったばかりですよね)

激しい現象が起きるのはこれからです。大丈夫ですか?今からビビっていてです。

神の心を知るならば、毎日不思議なことが起こり癒されます。しかし、そのように神の心に逆らい続けるなら、毎日恐ろしいことが起こり心もすさむでしょう。(何度も書きますが、どこかの会社などもうやけくそ状態です。神相手にやけくそ状態なのですから本当に恐ろしいですね)

心を入れかえられてはどうでしょう。心さえ変えられるのなら、今のようないつ恐ろしいことが起きるのか分からない、ヒヤヒヤの人生から、毎日癒される幸せの毎日に変わるからです。

くだらない意地など早々に捨て去ることです。その方がよほどよい人生を送れるからです。

どちらの人生がいいのでしょうか?

考えるまでもないと思います。

(私のせいとかなんとかいっていますが、所詮この世の修行とはこのようなもので心を磨かなければ意味がないのです。本当によい〔分かりやすい〕心の勉強をしているのではないでしょうか。これだけ善と悪がはっきり分かる現象が現れているからです。あとは善に心を合わせるだけなのです。何でそんな簡単なことが出来ないんでしょうか?それが簡単に出来ないから心の勉強になるんですが、こういう状況になれば〔よい見本も悪い見本もたくさんあるのですから〕善に合わせるしかないのではないでしょうか。すでに答えは出ているからです)

追伸…ブログ内にも少し書きましたが、二日連続でノーベル賞の受賞者が出ました。

列島は大いに盛り上がっていますが、去年も三人の人がもらわれたようですが、最近は日本人が立て続けにノーベル賞をもらっていますね。

こうなると日本も世界からずいぶん注目を集めそうですが(オリンピックも来ますし)こういう時に、この法があることが分かれば、一変に法が世界に知られることになります。

ここ数年が法を世界に知られるチャンスということになりますが、残念ですが、未だこの辺りの人たちは法に逆らい続けています。

これから数年は日本は世界から注目を集めるのですから、法を実践して奇跡が起きる人が多ければ、黙っていても法は世界に伝わるはずなのにこのような状況は実に残念です。

何度もいいますが、いま皆さん方が立ち上がれば法は一変に世界に拡がります。

本当に世界を救いたいのであれば(もちろん自分も救われます)やるべきでしょう。(早く心を変えるべきでしょう。自分たちが少し心と行いを変えるだけで世界が救われるからです。それくらいの天の時が来ているということです。だからこれだけの現象が現れているのです)

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10月 04 2015

ちょっと不思議な話

最近は雨が多かったんですが、雨が降ると、そこらに水たまりが出来ます。あの水たまりに何かいると思いますか?

「雨が降って出来た水たまりになど何もいるはずがない」誰でもそう思うでしょう。私も最近までそう思っていました。

しかし、違うのです。あの水たまりには何か小さな生き物がいるようです。

それになぜ気づいたのか?

それは堀川に行って、あのいつも動画を撮っている堀川のすぐ脇の道を歩いている時に気づいたのです。

あの堀川の脇道は、川の水が満ちてくるといつも川の水で一杯になって通れなくなります。その水が引くとまた通れるようになるのですが、そういうことが頻繁に繰り返されるので、あの道は苔が生えたり、水たまりが出来たりしているのです。(その水たまりがなくなるということは、最近はまずありません。水たまりが乾かないうちにまた水が満ちてくるからです)

最近の話ですが、その脇道を歩きながらいつものように「お前ら元気か」と堀川に呼びかけていたのです。

しかし、堀川の方はあまり反応しません。「今日は魚も出て来ないな」と思いながら、歩いていました。

ところがです。その日は私が堀川に呼びかけていると堀川の魚は反応しないのですが、歩いている道にある水たまりの方が反応するのです。

私が声をかけると、水たまりの方にさざ波が立ったりスーと筋が入ったりします。

最初は、たまたまそのように水面が動いただけだろうと気にしませんでしたが、私が声を出すとあまりに反応するものですから、何かその水たまりにいるのかと、凝視して見ると、なんとその水たまりには細かい魚が一杯いたのです。

その小魚たちが私の声に反応して動き回っていたのです。

「ヘぇ、こんな水たまりにも魚がいるんだ」その時、初めてそのことに気づいたのです。

しかし、このような頻繁に満ちてくる川の脇道にある水たまりに、魚がいるということは考えられないこともないんですが、雨が降って出来る水たまり、そのような水たまりにも何かいるのです。

そんなところにまで生き物がいるとは(それも魚のような生き物です)さすがにそれは思いもしませんでした。(信じられますか皆さん。しかし本当にいるのです)

それが分かったのはつい三、四日前のことです。

その日、私はまたいつものように庄内川に行き川岸を歩いていました。その日は早朝まで雨が降っていたので(あの爆弾低気圧が通過した日です)川岸の所々に水たまりが出来ていました。

そういう時は、草むらに近いところの水たまりには必ずカニがいます。その日も何匹も水たまりの辺りでカニを見かけました。

そのカニに声をかけながら歩いていたのですが、少し草むらから離れた砂利道にある水たまりにはカニが来ないようで、そこは水たまりがあるだけでした。

最近は、あの堀川の水たまりにいる小魚の影響で、そのような水たまりにも「何かいるんじゃないか」とよく見るような癖がついていました。

それでその水たまりもジロジロ見ながら通ったのですが、さすがに、こんな砂利道にある水たまりには(下は土が見えてはいるんですが、その水たまりは三日、四日雨が降らないとすぐに干上がってしまうので)何もいないだろうなとスッと通りすぎました。

見た感じなにもいなかったんですが、行きはそんな感じで通りすぎたのですが、その帰りのことです。

同じところを帰ってきたのですが、その水たまりの少し手前くらいまで来ると、その水たまりが何か変なのです。

水面が、あの小魚がいる堀川の水たまりのような動きをしているのです。スーと筋が入ったり、わっかのようなものまで出来ています。

私は「うそー」と思いました。

堀川の水たまりはともかく、この砂利道にある水たまりは雨が降った時にだけ出来るものです。しかも数日で干上がってしまうのに、そんな水たまりにも魚のような生き物がいるというのでしょうか?

それで何回も声をかけたのですが、声をかけるとやはり堀川の小魚たちのような反応をするのです。筋が何本も入ったり、小さなわっかが出来たりさざ波が立ったりしています。(ということは、その水たまりには何匹もの生き物がいるということです。一匹や二匹ではこれだけ水面が動くことはないからです)

その日は風が強かったので、風の影響を受けてさざ波が立っているだけかと最初は思いましたが、違います。確実に何か小さな生き物が泳いでいるのです。(風の影響でのさざ波だけではなく、水面に不自然な筋やわっかも出来ていたからです)

しかし、近くに行って水たまりを見ると何もいません。声をかけても、あまり近いと反応しないのですが、少し離れた場所で声をかけると必ず反応するのです。

一応、それを動画にも撮りましたが、その水面の動きは動画では分かりにくいのです。分かりにくいのですが、目には見えませんが、確実にその水たまりには何か生き物がいるようです。

どこの水たまりにも生き物がいるのかどうかは分かりませんが(その庄内川の川岸の水たまりにだけいるのかもしれませんが)そのような雨が降った時だけに出来る水たまりにも何か魚のような生き物がいる、ちょっと不思議で夢のある話ではありませんか。

しかし、それは夢ではなく、そのような水たまりにも本当に生き物がいるのです。(目に見えないほど小さくて、そうして水があってもなくても生きられる両生類のような生き物なんでしょうが…どういう生き物なんでしょうか?)

私はそれをこの目で見ているからです。(それというか、その生き物の動きだけですが、またしっかりそれは動画に撮りたいと思います)

このように私たちの知らないことで不思議なことはまだいくつもあるのです。

また一つ不思議なことが、このブログで明らかになったと思うのですが(それとも知っている人いました?あのような雨が降った時だけに出来る水たまりに、魚のような生き物がいるなどということをです)そういう不思議なことを、すでにこのブログではいくつも明らかにしています。

それなのにずいぶん皆さん方、感謝が足りないようです。

どこかの会社が休みの今日は、どこかのマンションがバシバシやって、このブログを書くのをじゃましています。

しかし、このブログを読んでいる人は、このマンションの人たちの中にもいるのです。読んでいるのに書くじゃまはする、こういうことをしていてはよいことも起きないのではないでしょうか。(しかし、悪いことが起きると私のせいです)

昨日の話ではありませんが、私に協力してくれる人はごくわずかです。しかし、これもまた不思議なことですが、その協力してくれる人には奇跡が起きているのです。

そうしてまたまた不思議なことですが、そのようにこのブログをじゃましている人、私に非協力的な人たちには災いばかりが起きているのです。

私の周りでは、本当に不思議なことが次々に起きています。

なぜ、こんな不思議なことばかり起きるのでしょう?

本当の神の教えが出現した時には、このような不思議なことが次々に起きるものなのです。そうして、その本当の神の教えに従う者には奇跡が、逆らう者には災いが起きるのです。

それは聖書など見てもらえれば分かると思いますが、その聖書に書かれた現象と同じ現象がこの辺りには次々に現れているのです。

この辺りでは、その本当の神の教えに逆らう人が多いため(というか、協力者ゼロなんですが。〔苦笑〕)災いばかりが起きています。

この教えが現れた日本は平和国家です。(内戦など起きていないですし)しかし、そんな平和国家であろうと、神を思わなければこれほどの現象が現れるのです。

では、平和国家ではないところで、この教えが説かれたらそこに何が起きるのでしょう。

そこには日本以上の現象が現れるでしょう。そういう激しい現象が現れれば戦争どころではなくなるのです。(難病、奇病が多発し、突風〔竜巻〕が吹き荒れ考えられない豪雨が襲う、これくらいのこと日本でも起きています)

この教えが世界に伝われば、そのような激しい現象が現れ多くの人々が正しい道に導かれて行きます。

これほど不思議な現象が次々に現れる教えを、いつまで無視して(逆らって)いるのですか?

この教えを世界に拡げるなら、世界が救われて行くというのにです。

(しかも平和的にです。私は何の武器も持っていません。空手なのです。すべて私の周りで起きている不思議な現象は天が行っているのです。もっとも平和的に〔起きることはかなり危ない現象なのですが、この危ない現象は心を変えるならすぐにでも収まるのです〕世界を平和に導ける唯一の教え、それがここに書いている『法』なのです)

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