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2016年1月

1月 16 2016

愛の実践

まったくもう昨夜くらいから(一昨日の夜もそうでしたが)かなりの怒りようです。

何度もいいますが、怒ったところでその現象は止まらないのです。潔く自分たちが悪かったと頭を下げるべきでしょう。

そうしない限り、その現象は止まらないからです。

こういう進歩のない人たちの話題はよいのですが(命がかかっているのに、それでも進歩しようとしないのですから話になりませんね)現在、国民的アイドルグループの解散がまた超話題ですね。

しかし、あのグループ、日本だけではなく中国やら台湾やらアジアにまで人気があって、そのような国の人々まで心配しているというのですから、凄い影響力です。

そうであるなら歌や踊りばかりでなく、ぜひ法も伝えてほしいのですが(そうすれば、日本だけではなくアジアに法が拡がりますから)それはともかくです。

一体どうなっているんでしょうね、このグループ。こちらもいろいろ心配です。

私が心配しても仕方がないのですが、いろんな記事が出ていてよく状況も分かりませんし、部外者があまり口を出してもいけないんでしょうが、マァ、このブログを読んでいる縁もあります。

私なりの意見を書いておきましょう。

日本やアジアの人たちがこれだけ心配しているのです。元の鞘(さや)に収まるのが一番いいんでしょうが、覆水盆に返らず(ふくすいぼんにかえらず)という言葉もあります。

そこはこれまでどうりに行くのはなかなか難しいとは思いますが、要はすべて心の勉強なのです。

どのようなやり方が、一番自分の心の向上になるのか(自分の心が向上することとは、愛と慈悲の行為をどれだけ実践できるのかということです)それを一として行動されることです。

これまでのしがらみなどもありますが、少なくとも、このような時に自分のプライドやら欲やら出すと、ろくな結果になりません。

愛と慈悲の心(そうして神に祈れば一番よいのですが、祈り方知りませんから、この人たち)それを一として行動されるのなら、それが自分にとっても、同じ仲間にとっても、そうしてファンにとっても一番よい結果となるのです。

このような時が自分の心を向上させるチャンスなのです。

例えばです。(あくまで例え話ですから)自分がくだらないことをいつまでも根に持つタイプであるなら、ここでそれを直し、仲間が詫びてくるなら(これだけ長くやっているのなら〔二十五年も一緒にやっているんですよね。しかも仲良く〕今生だけの付き合いではありません。過去世からの相当深い縁があると思います)快くそれを許してやり、仲間が復帰できるように骨を折ってやるとか、自分たちが悪かったと思っているのなら、くだらないプライドなど捨て、先ほどの話ではありませんが潔く頭を下げて詫びるとか、心からそのようなことが出来るのであれば、その人たちの心は向上するのであり、後に、あの事件があったから今の自分たちがあるのだと思える結果がえられるのです。

また、そのような心で行動されるのであれば、必ず天の導きがあり、誰にとってもこれが一番よかったという結果にもなるのです。

そういうこともまた奇跡であるからです。

芸能関係の人たちもぜひ、そのような奇跡を(人気とかそのようなものだけでなく、心で起こす奇跡を)見せてもらいたいものです。(スポーツ選手にしか奇跡が起きないというのも癪〔しゃく〕ですからね。〔笑〕)

どちらにしても日本のみならず、アジアの多くの人たちがあなたたちのことを心配しているのです。(それだけでも幸せ者ですね。私など心配どころか、どれだけ多くの人に嫌われているのか分からないくらいですから。〔苦笑〕)

そのようことに感謝の心を忘れず行動されることです。

しかし、失敗など誰でもすることなのです。(私など未だに失敗中です)

失敗は成功のもとといいますが、その失敗を今後の人生でどう生かすかが大事なのであり、また失敗した人の周りにいる人たちは、その失敗をただ非難するばかりでなく、そのような時にこそ、どれだけ愛と慈悲の心を出せるのか、それがこの世の心の勉強であるのです。(世話をした人に裏切られれば、それは腹も立つでしょう。しかし、その世話をした人たちに助けられたことも多々あるはずです。〔ずいぶん儲けたとかです〕この世は持ちつ持たれつなのであり、間違った時にただそれを非難するだけではなく、その間違いを正し、許してあげるのも愛なのです。そういう愛の実践が大事であるのです)

許す愛もあれば、突き放す愛もあります。

この世にはいろいろな愛の出し方がありますが、一番大事であるのは、その人たちにとって何が一番よいのかを考えることなのです。

自分たちにとっても、お世話になった会社にとっても、またファンにとっても、一番よい解決策がなされることを願ってやみません。

追伸…そういえば、あの二人のスポーツ選手は同い年(二十一)なんですってね。

それはまた奇遇ですね。二人は過去世でも縁が深かったのですから、今生でも仲良くするといいのではないでしょうか。(笑)

しかし、前世でも二人は向かうところ敵なしの天才でありましたが、今生でもまた二人は向かうところ敵なしの天才です。

まさに歴史は繰り返すですね。(笑)

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1月 15 2016

視野を広げる

しかし、知らない間に私たちは助けられているのですね。一昨日の隕石の映像を観てつくづくそう思いました。(こういうことがこれまでも何度もあったんじゃないですか)

昨日、追伸に書いたあの隕石が、もしそのまま直撃していたら、今頃、地球はどうなっていたでしょう。

多分、地球の半分以上がグチャグチャになっていたんではないでしょうか。何せ原爆の三十倍の威力ですから。

当然日本も入ります。だってロシアなどすぐ隣の国なんですから。そう考えるとゾッとしますね。(大汗)

隕石が地球に落ちる寸前にUFOが直撃して、あの隕石を破壊してくれたから、いま私たちはこのように生活できているのです。(よく考えてみれば、でかい隕石が地球に落ちる直前に爆発するなど出来すぎていますからね。何かの力がかからないとそんなこと起きるわけがありません)

もう少し天上界に感謝してはどうでしょうか。(下手すれば)地球が滅亡したかもしれない危機を救われているからです。

しかし、最近はテレビでも不思議な映像をよく放送しています。(UFOや宇宙人、霊現象ばかりでなく、ユーマなどの未確認生物などもです)

高橋先生は、このようなものはみな存在するといわれていました。そう考えるなら、私たちはまだまだ知らないことがたくさんあるということです。夢も広がりますね。(私たちがこの世界で知っていることなど、まだほんの一部なんでしょうね)

だいたい普通の動物であっても、まだ知られていない新種は山ほどいるのです。そうであるなら、ユーマなどの未確認生物などいても当然でありますし、大宇宙はこれだけ広いのです。

では、他の天体に宇宙人がいてもさほど不思議ではありませんし、幽霊を観たり、そのような幽霊や霊現象の映像も撮れているのですから、そのような異次元の世界を信じない方がおかしいのであり、もう少し視野を広げるなら、そのようなものはすべて信じることが出来るはずです。(というより、いないと断定してしまう方が狭量なのです。いる可能性の方がはるかに高いからです)

そのように考えを広げないから、カチカチの四角四面の考えから抜けることが出来ないのです。

そういう狭量で四角四面の考えでは、自分の目の前のこと以外、理解出来ません。だから自分がしている間違いも分からないのです。

視野が狭すぎて、自分本位にしか物事を考えることが出来ないからです。

だから、この辺りの人は(特別この辺りの人だけではありませんが)どれだけ神の業(霊現象)が現れても、それを神の業とは認めないのです。

霊の世界を信じないからです。

だから、天罰も認めない、それはお前がやっているとなるのです。人の力以外は認めようとしないからです。

結局、仕事(あるいは勉強)と遊びばかりではそうなるのです。すべて、この世のことばかりだからです。

同じようなことばかりやっていて、それでどうやって視野を広げるのでしょう。他のことまで考えがいくのでしょう。

もう少し広く柔軟に人の話を聞けるようにならないと、いま起きていることは理解出来ないのです。

これまで起きたことがないようなことがすでに起きているからです。

だから、これまでの考えのままでは今起きていることが理解できないのです。これまでの体験では起き得ないことが、普通に起きているからです。

だから、これまで起きていないことが起きている人の話を、よく聞かないといけないといっているのですが、それを聞こうとしないのです。

視野が狭い人たちは、自分たちと同じ話をする人以外の話は聞かないからです。それ以外のことをいう人は敵としかみないからです。

だから、これまで起きていないことが起きている人に罪を全部かぶせるのです。その人は自分たちの敵であるからです。

そのような狭量さが自分たちの不幸を招いているのですが、それさえも、その人のせいにして、ただ怒っているだけなのです。物に当たっているだけなのです。

そういう責任転嫁や八つ当たりがすでに間違っていると、その人たちは分からないからです。(それでいて人がそのようなことをすると、あんなこと間違っていると平気でいうのです。第三者の立場になると、その間違いがよく分かるからです。しかし、自分が同じ間違いを犯していても分からない、それだけ狭量であるからです)

これは何もこの辺りの人たちだけではなく、昨日また(インドネシアのジャカルタで)テロが起きたそうですが、あのような人たちも同じなのです。

結局、同じ考えで同じことばかりやっているから、視野も広がらず、同じ間違いを同じように繰り返しているのです。

視野をもう少し広げるなら、別な考えも出てくるのです。

また、別な考えが出て来ない限り、今起きていることは起きるのです。同じ考えのままでは同じことしか起きないからです。(当たり前といえば当たり前の話なんですが)

もう少し視野を広げ、考えを広げてみませんか。そうすれば、別の道もついて来るからです。

別の道がついてこないと、もう命に関わるという人もたくさんいるように思います。そのような自分たちの思い、心がそのまま現れる、そのような時代となったからです。

それなのに、そのような金にならない話はあまり皆さん真剣に聞かれないようです。(命に関わることがこれだけ起きているのに、まだ金儲け優先ですか?いやはや凄まじいですね。〔苦笑〕)

先ほどUFOの話を書きましたが、七百五十年後、私たちはそのUFOに乗り、他の天体に行くことがすでに決まっています。(行く星もすでに決まっているそうです)

決まっているのですが、その七百五十年後に他の天体に行ける人は、心の広い人たちだけなのです。(心の高い菩薩界以上の方々です。この世では菩薩、如来と呼ばれる人たちばかりです)

今、この世に出ている人たちで、私はそれくらいの心の広さ、高さがあると思っていられる人がいるのでしょうか?

もし、そのような人がいたとしたら、私と同じ現象が現れて来ないといけません。過去、心の高い人たちには私と同じ現象が現れていたからです。(鳥や魚が寄って来るという現象がです)

そう考えるのなら、七百五十年後に他の天体に行ける人は、今のところ私一人であるといえるのではないでしょうか。私と同じ現象が現れている人など他にはいないからです。(私が知らないだけかもしれませんが)

他の天体など行けないなら行けなくていいと、視野の狭い人はすぐに考えますが(笑)その後、地球に残された人たちは相当厳しい修行をさせられるそうです。

激しい天変地変が起きるだけではなく、また恐竜などの恐ろしい生物が復活し、それこそ原始時代のような生活の中で辛く厳しい生活を余儀なくされるのです。

しかし、そこに指導者はいません。(如来や菩薩は他の天体に行ってしまうのですから)

自分たちが自分たちだけの考えで、そのような生活を続けて行かなければいけないのです。それがどれほど苦しいことかお分かりでしょうか?(烏合の衆が集まって、そんな危険な場所にいるのです。さぞ危なく苦しいことでしょう)

七百五十年後、地球に残る人たちは、そのような生活が待っているのです。

どうぞ地球に残りたい人はお残りください。そのような生活がしたいという人も中にはいると思うからです。(笑)

私が基準です。私くらいのことが起きて来ないと七百五十年後のこの地球を卒業することは出来ないのです。

だから私はいっているのです。急いだ方がよいとです。

もう少し視野を広げ、行いを変えられてはどうでしょう。今すぐにでもやらなければ間に合わない人たちがたくさんいるからです。

もし、今生、間に合わなければ次は地獄が待っています。(多分、今生がこの世で出来る最後の修行ですから。今度この世に生まれてくる時は、七百五十年後以降となると思いますから)

いつまでも自分のことばかりやっていてよいのでしょうか?

(ここに書いたことは荒唐無稽なことなのでしょうか?しかし、荒唐無稽なことを書いていては奇跡は起きません。私はいぜん奇跡が毎日のように起きています。ということは、ここに書いたことは事実であるということです。早く私のいうことを信じ行われた方がいいでしょう。そうしなければもう間に合わないからです)

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1月 14 2016

天に逆らうな

ここ二、三日妙に静かです。(どことはいいませんが。たまにキレますけどね)

この辺りは急に怒りだしたり、そうかと思うと急に静かになったり、極端な行動を取る人が多いのですが、昨日は久しぶりにあちこちを歩いてみました。

少しは様子が変わったかと思ってです。

歩いてくる人は相変わらずなのですが、これまで近くを歩くとうるさかった会社がずいぶん静かになっていましたね。(お蔭で辻説法をしそこなったところも多かったです。静かなところでいきなり辻説法は出来ませんので)

こちらにからむのに飽きたのか、反省したのか(これはないでしょうが)分かりませんが、前よりはずいぶん静かです。

もう何年にもわたり、悪いこと(サイレン)が続いているのです。いい加減、私のせいにし続けるのも疲れますよね。

反省されたらどうでしょう。そうすれば、この災いも収まり奇跡も起きてくるからです。

私のせいにし続けても、悪いことは止まりません。では、別のやり方をされてはどうでしょうか。

と、いくら私がいっても、病気になる人が次々に出ていては感情がそれを許しません。(そういうことは全部私のせいにしていますから)

現象が何も出なければ、その教えを信じる人はほとんどいないのでしょうが、その現象が次々に現れると、今度は、その教えを信じはするものの、起きて来た悪い現象を、すべて一人の者のせいにして自分たちは少しも反省しようとはせず、その者を目の敵にしている。

本当に正しい教えを伝えることは難しいものですね。特に現代の人にはです。(現象が出なければ信じないし、出たら怒るしです。〔苦笑〕)

普通は、現象が出たら、信じて従うものですが、日本の人は無神論の人が多く、神を神とも思っていません。

だから、神の現す奇跡をさほど凄いとも思わないのでしょう。それよりも、そういうことを起こされたら金儲けが出来なくなると(とにかく金儲けが一ですから)迷惑としか思っていないのですから、私を目の敵にするでしょう。

よけいなことばかりしていると思ってです。

神の業を畏れようともせず、人のせいにして怒っているだけで、何が起きても金儲けだけは続けている。

神の業よりも、金儲けの方がはるかに大事なのです。(苦笑)

これだけ神から心が離れた人たちを、神の心に近づけようなどとは至難の業だと思うのですが(これだけ神から心を離したら普通であるなら滅ぼされますから)それをやれと天からいわれているのですから、こちらはそれをやるしかありません。

だからやっているのです。

これだけ多くの人が病気になっているのですから、今のままでは滅ぼされますよ、といっている私のいうことも、あながち嘘ではないと分かりそうなものですが、とにかく(特にこの辺りの人は)病気になったら私のせい、あちこちで不幸が起きたら、それも私のせいで、自分たちの心が悪いとは少しも思いません。

私には、次々に奇跡が起き、自分たちには一つも奇跡が起きないで災いしか起きていないにもかかわらず、それでも、私の正しさは認めず、自分たちの間違いも認めず、それもこれも全部お前のせいと怒っているのです。

どうやったらいいんでしょうね。これだけ責任転嫁が身についてしまっている人たちを反省させるのはです。

奇跡が起きようが、罰が当たろうが、一切そういうことを認めようとせず、悪いことをただ人のせいにして怒っているだけ、これだけの現象が周りに現れて来ているのに、それに驚きもしなければ、畏れもしない、責任転嫁ばかりで進歩がない、これではどうしようもありません。

もう時代は変わっているのです。

そうであるなら、その時代に合わせた心と行いをしないといけないでしょう。そうしなければ、その時代にいることは出来なくなるからです。

これから一段と現象が激しくなるそうです。(特にこの辺りはです。一変にということが起きてくるそうです)

いま程度の現象では、誰も心と行いを変えようとしないのですから、それも必然でしょう。

天が次々に現象を現し、正しい道に導こうとしているのです。(私が現しているわけではないのです。だいたい一人の人間がそんなこと出来ると思いますか?)

その導きには従うべきでしょう。それが人として本当の進むべき道であるからです。

(なんか今回、愚痴のような、文句だけのような、そういうブログになってしまいました。昨日あちこちを回ってみての感想です。思考停止している人があまりに多いと思ったからです。先に先にと進まないと、もう置いていかれるのです。置いていかれるのならこの時代にはいられないのです。そういう時代となりました。早く歩を進めてください)

追伸…昨夜、テレビである番組を観ていたのですが(何とかミステリーとかいうやつです)その番組は本当に不思議な映像がたくさん出てきます。

中にはトリックもあるのでしょうが、あれだけ不思議な映像がたくさん出てくると、UFOの存在や霊の存在など実感できますよね。(逆に、あれだけ不思議な映像がたくさんあるのに、そういうものを全部否定してきたこれまでの考えの方が理解出来ませんが。あまりに狭量すぎてです)

その中で、この前ロシアに落ちた隕石の映像がありましたが、あの隕石はロシアに落ちる寸前に爆発を起こします。

その爆発のお蔭で、あの隕石の被害はあの程度ですんだそうです。

あの程度といっても、負傷者が千二百人も出て被害額は二十八億円くらい出ているそうですが、それでもです。

もし、あの隕石が爆発せずに、そのまま墜落していたら、なんと広島の原爆の三十倍の威力に相当するエネルギーが、そこに落ちていたことになるそうですので、それに比べればずいぶん被害は少なかったのです。(広島の原爆の三十倍って。〔大汗〕もし、そのまま隕石が突っ込んでいたら地球が壊れていたかもしれません)

だから、あのロシアに落ちた隕石がもし爆発しなければ相当やばかったのです。(ロシアのみならず地球もです)

ところがです。昨日のテレビで、その隕石が爆発した時の映像をスローでやっていたのですが、その隕石が爆発する寸前に、なんとUFOがその隕石に飛び込んでいったのが映っているではありませんか。(隕石を突き抜けていましたけどね。そのUFOは)

もし、そのUFOが突っ込まなかったら、あの隕石は爆発を起こしていなかったのです。

あの映像だけ見ていると、まるでUFOが体当たりして隕石を爆発させて地球を救ったように見えましたが、そういう見方をする人はネットを見ると多かったようです。

しかし、私はこの映像を観て、やはり高橋先生のいわれていたことは正しかったのだな、と改めて思いました。

高橋先生もUFOのことをいわれていたことがあったからです。

そうして、そのUFOの大部分は、天上界から来ているものである、といわれていたからです。(だから他の天体から来ているUFOは一部であるということです。その他の天体から来ているUFOが地球に墜落したり、地球人に悪さしたりしているのではないでしょうか。天上界から来ているUFOならそんなことにはならないと思うからです)

天上界から来ているUFOが大部分であるのなら、この地球を救ってくれるのも分かりますし、そうであるなら、あのロシアに落ちた隕石を、落ちる寸前で爆破させたUFOも天上界から来ていたUFOであると確信できるからです。

このように、天上界は物心両面で地球の人々に救いの手を差し伸べているのです。

その救いを拒否しているのは、地球に出ている人たちなのです。

天上界の力を借りるのであれば、どのようなことも可能になるのです。(そのようなUFOまで天上界ではつくれているからです。〔そのUFOに乗って、七百五十年後に私たちは他の天体に行くことになりますが〕では、原発の核廃棄物処理の技術など造作もなく出来るのです)

いつまで心を閉ざしているのですか?

いつまでも天の思いに逆らっていてはいけないのです。(従えば、夢のような世界が広がるからです)

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1月 13 2016

世界を救う教え

トルコのイスタンブールでまたテロが起きたそうですね。

イスラム教の間違いは誰かがいわないといけないでしょう。(みな、間違っていると分かっているのですから)

しかし、それをはっきりいえるのは、本当の神の教えを説いている私しかいないと思います。だからはっきりいっておきます。

「イスラム教は間違っている」とです。

何も間違っている教えはイスラム教だけではありませんが、イスラム教は、その間違い方があまりにひどいのです。(だから、今日に至るまで、これだけ多くの死人やけが人が出ているのでしょう)

だからこそイスラム教は、特にその大きな間違いを自覚しないといけないのです。

聖戦などと称してテロや戦争など行っている人たちは、確実に地獄に堕ちるのです。

そのような行いは完全に間違っているからです。

神の心は愛と調和なのです。では、その最も対極にある、憎しみと争いがなぜ正しいことなのですか?

イスラムの開祖がいようが誰がいようが間違いは間違いなのです。

そのような神の心から最も離れた行為はすぐにでもやめるべきでしょう。それが一番自分の為であるからです。

誰のためでもありません。そのような行為は自分が一番損をするのです。

そのようなテロで命を落としたり、けがをしたりして苦しむ人々の何倍、何十倍もの苦しみを、そのような行為を行った人は後に(地獄で)味わうことになるからです。

聖戦などと称して、戦争やテロを行った者は、みな深い地獄で苦しい修行をしなければいけないし、その指導者は、それ以上の苦しみを(そのようなテロを行った人よりも長く)地獄で体験しないといけないのです。

そのような順序を自らつくっているからです。(神の心とは対極の行いをしているのですから、このような人たちが死んで、神がいられる天上界に行けるわけがありません。当然ではありますが地獄に堕ちるのです)

まさに想像を絶する苦しみを、そのような人たちはこれから体験することになるのです。一刻も早くそのような行為はやめるべきでしょう。

そうしないと取り返しがつかないことになるからです。(長く地獄で苦しむことになりますが、それでもよろしいのですか?)

嘘ではありません。私はここに嘘など書いていないから奇跡が次々に起きているのです。

これ以上のここに書いたことの正しさの証明はないのではないでしょうか。

すでにもう本当の神の教えが出現しているのです。なぜ、そちらを信じようとしないのですか?

その教えを信じるならば、次々に奇跡が現れるというのにです。

この教えを勉強するなら、これまでの様々な苦しみや悲しみも乗り越えることが出来るのです。

なぜなら、そのような体験はすべて、自分の心の向上のためにするべき体験であったと分かるからです。

そうして、この教えを実践するなら、次々に周りに奇跡が現れてくるのです。

そのような神の奇跡を体験するのであれば、本当に神は一人一人の身近にいてくださるということを実感できるのです。

神は遠い世界にいられるのではなく、自分自身の心の中にいると分かるからです。

そうして、この教えを勉強し続け、実践し続けることが出来るのなら、最後は調和と安らぎのうちに天上界へと往くことが出来るのです。

本当の天国に死後往けるのです。それは、この教えを実践し続ければ分かることなのです。

この教えを実践し続けるのであれば、その時、その時に応じて、様々な導きをいただけるのです。

その導きは、心の奥から思いが浮かんで来ることもあれば、ふと気づくこともあり、また周りで何か起きることで気づくこともあり、いろいろな順序がありますが、その導きに従うと不思議に事がうまく運ぶのです。

それが神の導き、天の導きであるからです。

そうして、その導きは、自分の死期さえ教えてくれるのです。

自分の死期が近くなると、天上界から自分の守護、指導霊が、頻繁に自分のところにやってきます。(人は死が近くなるとあの世と同通するようになるようです。それは法を知らない人でも同じです。死ぬ間際になると、よく誰もいないところを見て「あそこに人が立っている」とか「あんたの横に立っている人は誰?」とか、いいだす人が多いそうです。それは、あの世の人〔多分、その人の守護、指導霊だと思いますが〕を霊視しているのです。死が近くなると、あの世の人が観えるようになるようです。それは、死んでいく人にあの世の存在を知らせているのと、あの世の人になれさせている、その二つの理由があるようです)

そうして、その守護、指導霊たちが「何月何日にお前は死ぬことになる。それまでにやることをやっておけ」と教えてくれます。

自分の死が近くなり、その死ぬ日を教えてもらえるのなら、自分の身の回りのものは自分で処理が出来ますし、お世話になった人たちにはちゃんと挨拶も出来ます。

自分もしっかり準備が出来て(心と物質面の両方でです)回りも慌てることなく、誰にも迷惑をかけずに死ぬことが出来るのですから、最後の最後までこれ以上よいこともないわけです。(実際、高橋先生が指導されていた頃のGLAでは、そのようなことが起きたそうです。「私は何月何日にあちらに帰る〔死ぬ〕ことになりました。いろいろお世話になりました」と挨拶され、そのいった通りの日に亡くなられた人がいたそうです)

そこまで守護、指導霊に教えてもらえるのなら、当然、死後は天上界に往くことになるでしょう。心がそれだけ調和されているから、そのような導きがもらえるからです。

この教えを勉強するのであれば、正しい道に導かれ、奇跡が起きるだけではなく、自分が亡くなる日まで分かり、亡くなった後は確実に天上界に往くことが出来るのです。

最初から最後まで、これ以上ないという道がついて行くのですから、これ以上の教えはないのではないでしょうか。

また、本当の神の教えとは、そのようなものであると思われないでしょうか。

最初もよくて、途中もよく、終わりまでよい、これが本当の神の教えなのです。

これほどの教えがすでに日本に出現しているのです。それなのになぜ、間違った教えを続けるのですか?

正しい教えとはこのようなものなのです。

自分たちの間違った信仰と比べてみてください。そうして自分たちの間違いを早く自覚してください。

多くの人が悔い改め、この教えを勉強されるのであれば、キリストがいわれた『神の国』は、すぐにでも現れることになるのです。

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1月 12 2016

本当の神の教えを知ることの大事さ

今日は妙に静かですが(多少はやっていますが、多少は仕方ないでしょう)静かなうちに書いてしまいましょう。(笑)

昨日の続きをもう少し書きますが、もう間違った信仰などしていても救われないのです。では、間違った信仰などやめるべきではないのでしょうか。(日本だけではなく世界もです)

間違った信仰など続けていても、なんの奇跡も起きないばかりか災いしか起きないのです。(そういう時代になったからです)それでは百害あって一利なしでしょう。

やめた方がいいと思います。そんな信仰などです。(何百年、何千年続いている信仰にせよです。間違いは間違いだからです)

すでに本当の神の教えは現れています。(神の奇跡もたくさん現れています)

では、そちらを信仰するのが、神の子として本当の人の道であると思います。

サウジやイランの件にせよ、IS問題にせよです。正しい教えが拡がるなら、このような問題は解決に向かうのです。

このような問題は、すべて間違った教えが招いた災いでしかないからです。

間違った教えを信じているからこのような不幸が起きるのです。正しい教えを信じるなら、このような災いは起きません。

では、正しい教えを信じてはどうでしょう。多くの人たちがこの教えを信じるならば、このような問題も奇跡的な解決の道がついてくるからです。(神が導いてくださるからです)

日本に本当の神の教えが出現したのですから、もうそれに倣えばいいのです。そうすれば世界中で奇跡が起きるからです。

また、災いが起きたとしても、それは天が起こすことであり(現在の間違った信仰のように人が起こすことではありません)天が起こすのであれば、それは気づきの現象なのであって、気づきの現象であるならば、自分が気づくのであれば、その現象は奇跡に変わります。

すべて自分の気づき次第なのですから、これだけ心が向上することもないわけです。

今のように、自分たちの意見と違うからとテロや戦争を起こすことが正しいことでしょうか?

正しくはないと分かっている人も多いのでしょうが、しかし、これまでは、そのようなことが正しくはないと分かってはいても、そうせざるを得なかった部分もあったのです。

間違った教えに支配されている部分があったからです。(戦争を聖戦などと称してです)

しかし、そのような教えは間違いであったと多くの人が自覚できるのであれば、そのような間違った教えに支配されることはなくなります。

そうであるなら、テロも宗教戦争もなくなるのではないでしょうか。現在の不幸の多くが、そのような間違った宗教観から起こされていることであるからです。(あるいは、その宗教観につけこんで起こされていることであるからです)

本当の神の教えを知るなら、これらの問題はすべて解決の方向に進んでいきます。

なぜなら、本当の神の教えには聖戦などという言葉はなく(とにかく争うという思いはないのです)あるのは愛と慈悲と調和、それだけだからです。

これまでの行いを悔い改め、その愛と慈悲と調和を実践するなら、すぐにでも奇跡が起きるのです。

これほど分かりやすく、有難い(奇跡が次々に起きるのですから)教えもないのではないでしょうか。

そればかりではありません。この教えを実践するなら、神の教えからもっとも縁遠い、共産主義の国々まで救うことが出来るのです。

このような国々が仮に攻撃してきたとしても、本当の神の教えを実践している人たちにはその攻撃が効かないのです。

神の教えを実践している人たちには、神の光が降り注ぎ、その神の光が自分からも現れて、それが防護壁となって、爆弾や銃弾が当たることはないからです。(それは園頭先生が実証されています。園頭先生は、銃弾や爆弾が降り注ぐ戦場で禅定され、まったく無傷であったという奇跡の体験を二度もされています)

もし戦場で、そのような奇跡が起きたら(共産国の戦闘員は銃弾に当たりバタバタ倒れていくのに、相手国側の戦闘員は一人も倒れなかったらです)共産国の人々はどのように思うでしょう。

マァ、ここまでなることはないのですが(片方の国が法を実践しているのなら、戦争にならないように天から導かれていくからです。神の心に争いはないからです)もし、最悪の事態になったとしても、このような奇跡が起き、本当の神の教えを実践している国としていない国の差が大きく現れるということです。(では、北朝鮮のような国が仮に核爆弾を発射したとしても、法を実践している人たちが多い国には、その核爆弾が当たることはないということです。一人一人から現れる神の光が防護壁〔バリアー〕となって、その核爆弾を防ぐからです)

それほどの差が現れるなら、神を認めない共産国家であろうと、神を認めざるを得ないのです。

悪い例(戦争のです)を一つ上げましたが、法を実践するのであれば、神からどれだけ縁遠い国であろうと、何をやるにしても、それほど大きな差が現れて、そのような神を認めない国でも神を認めざるを得なくなるということです。(何せ、日本のような唯物無神論の国でさえ、神を認め始めています。これくらい説得力のある話もないでしょう)

本当の神の教えとは、それほどそつなく人々を救うのです。

本当の神の教えはすべての人を救う教えなのですから、それが当たり前といえば、当たり前なのですが、なぜ、これほどの教えを世界の人々がやろうとしないのか不思議でなりません。

正しい教えは実践すれば必ず奇跡が起きるのです。

ずっと同じことをしていても何も起きない、そんな教えはすべて偽物なのです。間違った教え以外の何ものでもないのです。

それは日本でやっているお経を上げたり、仏像を拝んだりすることばかりでなく(特別、日本だけがこういうことをやっているわけではありませんが)日に何度も祈りをしたり、断食したり、食べ物をあれは食えない、これも食えないなどといって、それが正しい信仰と思っている人たちも同じなのです。(信仰とはそんな堅苦しいものではありません)

そういうことをしていて何か奇跡が起きたのですか?また、そういうことをしない人たちに災いが起きているのでしょうか?(本当に正しい教えであるなら、奇跡が起きることは当然ですが、それをしない人たちには天罰が下るのが本当なのではないのですか?)

そのどちらも起きていません。では、その教えは正しいのでしょうか?

この私が正しいと主張する教えは、それを実践するなら奇跡も頻繁に起きますし、また、その教えの流布をじゃましている人たちには、ちゃんと天罰が下っているのです。

行えば奇跡が起き、じゃますれば災いが起きる。

このような現象が現れていることこそ、本当の神の教えであるという何よりの証拠なのではないでしょうか。

日本に本当の神の教えが現れています。

やらない手はないのではないでしょうか。

追伸…いよいよ他国の宗教まで批判することになりました。(日本だけ相手にしていても仕方ないでしょう。ほとんどの人が動こうとしないからです)

正しい教えが日本にあるのに、それを他国の人にもアピールしないのはもったいないと思ってです。(翻訳機能もついていますし、他国の人の方が信仰に熱心な人が多いですし)

間違った教えと分かっているのに、それを続けるのですか?

どれだけ、その教えが長く続いていようが間違いは間違いなのです。

そういう間違った教えを、実践していることほど無駄なことはないと思います。(またこれからは、そのような間違った教えを続けていては危険なのです。そういう人たちにも天罰が下るからです)

気づいた人から立ち上がってください。他の国は日本と違って信仰深い人がたくさんいると思うからです。

本当に神を愛するなら、本当の神の教えを学ぶべきなのです。

(下手にイスラム教など批判するとやばいんですが、しかし、私を暗殺でもしたら〔別にこちらは、それならそれで天上界に帰るだけですから〕本当の神の教えが分からなくなります。それはもったいないですよね。〔笑〕)

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