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6月 24 2020

人々の堕落と神の怒り

ほんとそこらじゅうのところで(会社で)怒っていますが大丈夫ですか。こういう状況で怒っているだけでです。

もう自分のところだけではないんですよ。あちこちで起きているようなのです。そういう災いがです。

多分、似たようなことが(怒っているところは)起きているんだと思いますよ。どこもです。

だからどこも同じように怒っているわけです。

あの……分かりませんかね。ここに書いていることの意味がです。これは嘘でも、冗談でも、大げさに書いているわけでもないのです。本当にそこらじゅうの人が怒っているのです。

だから、その起きていることの恐ろしさをもっと考えてはどうですかと私はいっているのです。これだけ車も減っているからです。

もうコロナ禍ってこちらでは終わっていますよね。(それに伴う休業など)だったら何でこんなに走っている車が少ないのでしょう。?(異様に少ないですよね。普通の日の昼間でもです)

まあ、仕事が暇なのかもしれませんがどちらにしてもこういう異様な状況であるのです。

そうであるならです。もっとよく考えてみてください。こんなこと私が出来るかどうかをです。本当にこれだけのことを私一人で出来ると思いますか?

ほんと、もう真剣に考えませんか。いま起きていることをです。そんな人が出来るようなことではないからです。もうそこらじゅうで現れているようだからです。多くの災いがです。

例えばどこかの会社などでも凄いですよ。次々に病気になる人が出ているようだからです。昨日でもひどかったですもんね。朝から昼〔昼休み〕から夜までです。(夜の七時過ぎまで何か起きていたようですから)

もうこの会社、毎日ではないのです。毎日どころか、朝、昼、晩と災いが(病気になる人が)現れているようなのです。(これ、マジです)それなのに、この連中怒っているだけなのです。

この状況で怒っているだけで止まると思いますか?そのような災いがです。

止まるわけがないでしょう。ドンドン災いが増えて来ているのに、それに対し怒っているだけなんですから。

いってはいけませんが、こういうところばかりなのです。この辺りはです。

起きてくる災いをただ人のせいにして怒っているだけ、それ以外は何もしないのです。(まあ、何かしているのかもしれませんが〔お祓いでもお参りでもです〕私は知りません)

これで止まると思いますか?その次々に起きだした災いがです。もう自分のところだけではないのにです。

もう、そこらじゅうで現れだしているのです。そのような災いがです。そういう恐ろしい状況が実際に現れているのに、この辺りの人たちは、それを理解しようとしないのです。

そういう全体的なことは見ないで(これだけ車が減っていることだけでもその事実が分かるのに)自分のところに起きてきたことだけを怒っているのです。それを全部責任転嫁してです。

大変恐ろしいことなんではないでしょうか。そうのような(全体に起きている)事実を理解しようとせず、起きていることを矮小化(わいしょうか)してしか考えないということはです。

それは大きな恐怖を無視して、小さな恐怖だけを気にしているということになるからです。

実際はすでにすさまじいことが起きているのに、それに全然気づいていないからです。

だから私はいっているのです。「こんなこと私一人が出来ることですか?」とです。

それはいま起きていること全体を見れば分かることであるからです。

こんなことどう考えても一人の者が出来ることではないからです。

何度もいいますが、もう真剣に考えてはどうでしょう。こちらで起きていることをです。全体で起きていることには目をつぶって自分たちのことばかりいっていないでです。

もうすさまじいことが起きているからです。それを認めるしかないのです。この辺りだけでもです。本当にそこらじゅうですさまじい数の災いが現れていることは事実であるからです。

その災いをどうやったら止められるのですか?もうそれを本気で考えないと全員が病気になるのです。このような勢いではです。

それだけ多くの病気が(病気だけでなく様々な災いが)次々に現れだしているようだからです。あちこちの場所で多くの人にです。

もうそういう時代になったということを理解すべきでしょう。(私は前からいっていますが)そう考えないと、これだけ多くの災いが次々に現れてくるのもおかしいからです。

それは、この辺りだけでなく、日本だけでなく、世界に至るまでです。

もはや世界中に多くの災いが(激しい天変地変やコロナ禍をはじめとした様々な疫病などなど)次々に現れだしているからです。

だから心が汚いから、そういう災いが現れてくるのです。最近は心が汚い人が特に増えているからです。現代は心など二の次で外見ばかりを重視する、そういう風潮が特に強くなっているからです。

昔はいましたよね。心のきれいな人はすばらしいという人がです。

しかし、最近はどうでしょう。最近は心など二の次で、金を持っている人が、あるいは地位や名誉がある人がすばらしいといわれるようになって、心がきれいな人をすばらしいとはいわなくなりました。

そこが大きな間違いであったのです。実は心がきれいな人が一番すばらしい人であったからです。(例えば釈尊やキリスト)

しかし最近は物、金、地位など、そういうものがある人がすばらしいと、だからそういう人になるためには少々汚いことをしようがかまわないと、そのように考える人が増えました。

そういう考えが間違いであったのです。つまり堕落したということです。人間がです。

それが時代の変わり目と相まって、これほどすさまじい災いが起りだした理由でしょう。

多くの人が堕落したからです。

そういう時代には必ず激しい災いが現れます。多くの人が神の怒りに触れているからです。しかし、堕落した人たちはそれが分かりません。

それが今の(現代の)人たちであるということです。人間が堕落しているため、神の怒りが分からないのです。

現代の人たちは仕事と遊びばかりで心をきれいにすることなどしません。だいたい、信仰などでもお経を上げたり、寺や神社にお参りにいくくらいだからです。

そんなんでは心はきれいになりません。だから、そういう人たちに災いが起きているのです。その汚い心が原因となってです。

こちらで起きている(癌やコロッと逝く)病気になることはもちろん、激しい天変地変にせよ、コロナ禍にせよです。

心が汚い人たちには災いが現れる、それは昔からそうであったのだし(今の人たちはそれをすべて偶然でかたずけていますが)だから昔の人たちは、天変地変や疫病などの災いが続くと自分たちの行いを反省したのです。

事実そのような人々の心と行いが原因となって、そのような災いは起こされていたからです。

だから、こちらだけでなく、日本中で、そうして世界中で激しい災いが(コロナ禍などの)起き出して止まらないのです。

世界のどこにも自分の行いを反省し心をきれいにしている人たちがいないからです。世界中の人たちがそのような災いはすべて偶然だと思い込んでいるからです。

しかしそれは違うのです。その災いは人々の心と行いに原因があるのです。

世界の人たちも日本の人たち同様、仕事や遊びが主であって、信仰は祈りや愛を出せと口でいっているだけで、自分の心と行いを反省し心をきれいにする人などいません。

悔い改めろと口でいっているだけで実は誰もしないのです。本当の悔い改めなどです。

だから、災いも止まらないし奇跡も起きないのです。誰も心をきれいにしようとしないからです。

だから私たちには次々に奇跡が起きてくるのです。

していること(そうして考えていること)が正しいからです。神理を実践している私たちだけが心をきれいにして行いを正しているからです。

起きている奇跡がその証明なのです。私がいっていることの正しさのです。

それでもまだ無視しますか?この正法神理をです。

しかし、今や日本中で、そうして世界中で、多くの災いが次々に現れて止まらなくなっています。

それを止めることが出来るのは、反省して心をきれいにするしかないのです。そういう心のきれいな人を増やすしかないのです。

そういう事実を一体いつ理解するのでしょうか。このブログを見ている多くの人たちはです。

しかし、このブログを見ている多くの人たちがそれに気づかなければ、この世界中で次々に起き出した災いの本当の原因に気づく人などいないのです。

本当の原因に気づく人がいないのであれば、この災いは増えてはいっても止まることはないということになります。

どれだけ多くの人が滅びれば自分たちの罪の重さが分かるのですか?

このブログを見ている多くの人たちが本当の正しさに気づくまではです。人々の堕落と神の怒りは止まらないのです。

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6月 23 2020

布施の有難さ

昨日もずいぶん怒っている人が多かったですね。

この辺りは怒っている人ばかりでまったく反省しようとしませんが、これでは止まらないでしょうね。災いはです。(しかし死んでいる人までいるというのによく怒っていられますよね……こんなこと書いているからみんな怒るんですかね。しかし事実だし)

この正法神理はコロナ禍でも抑えられる力があるのです。では、多くの人々に病を現すことなど造作もないでしょう。

こういうことを人がやれるわけがありません。この起きている現象はこのブログを見ている人が思っているほど小さなことではないのです。

個人が勝手に起こしている程度のそんな現象ではないからです。

天上界の多くの神々が(光の天使たちが)計画の上で行っていることなのです。その計画は神理に沿って行われます。

この神理に逆らうのではなく従いませんか。そうすれば奇跡が起きてくるからです。私たちに奇跡が起きていることが、私がいっていることが嘘ではないという何よりの証拠であるからです。

現実主義もけっこうですが、この辺りは不思議な現象が次々に現れているのです。(私に起きている奇跡も含めた)そういう不思議な現象が次々に起きているにもかかわらず、それを一切無視して自分たちの生活だけを頑なに通そうとしても、それはそうもいかないでしょう。

周りに起きてくる現象が変わって来ているのなら、それに合わせた考えは当然もたないといけないからです。そうしないと周りと不調和を起こすからです。

周りと不調和を起こすなら当然不幸になります。調和してはどうでしょう。逆らうのではなく私に起きている現象などとも調和してはです。

そうすれば癒されるような奇跡が次々に起きてくるからです。(ほんと私とケンカすることしか考えない人ばかりです。それではいいことは起きないでしょう。奇跡が起きている私とケンカしていてはです)

私のいうことを信じ、この教えを実践してみませんか?そういう人には必ず幸福が訪れるからです。

その私のいうことを信じる方から昨日また布施をいただきました。この方はもうこれまで何度も布施をいただいている方ですが、昨日は「徳を積ませていただき、ありがとうございます」というメールまでいただきました。

私も「そのような心がけ大変よろしいかと思います。ありがとうございました」とメールを返しておきました。

前に書いたことがありますが、昔、園頭先生に布施された人が「こちらは二百万円も園頭先生に布施したのに(その方は二百万円園頭先生に布施されたそうです)園頭先生は全然私に気を使ってくれない。もう少し気を使ってくれてもいいではないですか」と、園頭先生の奥さんに文句をいったそうですが、そういわれたと奥さんからきいた園頭先生は「何で私が布施された人に気を使わないといけないのか。私に布施して徳を得るのは布施した人の方であって、私ではない。こちらは布施する人に徳を得させているのだから、何でそれ以上こっちが気を使う必要があるのか」とそんな話はききもしなかったそうです。

その二百万円園頭先生に布施された人は、正法会の会員で長年神理を勉強していた年配の方であったようですが、それなのにその方は布施の意味を知らなかったようです。

その布施は園頭先生のためではなく、実は自分のためにしているのであるということです。

しかし、昨日布施された方は、すでにそのことを知っています。(布施は自分の徳になり、自分のためになるということをです)いやいやさすがですね。このブログをよく(しっかり)読んでいられるなと安心しました。

このブログをいい加減にしか見ていない人も多いのですが、ウナッシーさんに続いて、この方もしっかり見ているようです。この神理をです。そうであるなら、やがてこの方も奇跡が周りに現れてくるようになるでしょう。

そういう資質があるからです。(あとは普段の行いですね)

そういえば、この園頭先生に二百万円布施された人は後日談がありまして、その人は園頭先生の奥さんにそんなことをいったくせに、しばらくしたら、その二百万円が必要になったそうです。(仕事がうまくいかなくなって)

それで園頭先生に、仕事が行き詰まり資金が足りなくなりましたので、布施した二百万円を返してもらえませんかと話されたそうです。(奥さんに文句をいわれたわりにはずいぶんカッコ悪いです。〔苦笑〕)

園頭先生は「それはお困りでしょう」とすぐに二百万円返されたそうですが、その人はそういう考え違いをしているから、そういう結果が現れてくるのです。

普通であるならです。神理を説かれていた園頭先生に布施されたのなら、仕事の調子もよくなって利益も上がって来なければいけないはずなのに(天上界の協力が得られますから)逆の現象が現れているのです。

それはこの人がせっかく園頭先生に布施をされたのに、その心が間違っていたばかりに間違った結果が現れたということです。

行いがどれだけ正しくても、心が間違っているのなら、それは正しい行いではないからです。

正しいということは、その心も行いもどちらも正しくないと正しいとはいわないからです。

こういう正法神理を長く勉強していた人でも、全然布施の意味を理解していなかったという人もいるのです。

そこにいくと、このブログを読んで布施してくださる方々は、布施の意味をよく理解していられる、だから私は安心したと先ほど書いたのです。

自分が布施する有難さを自分自身が正しく理解していないと、いくら私に布施をされても意味がないからです。

しかし、布施の意味を正しく理解し、そうしてされる布施は、その徳は何倍も、何十倍も、何百倍にもなって天に宝を積むことになるからです。

前にも書きましたが、この世の宝をいくら積んでもです。その宝は盗まれてしまうかもしれませんし、火事になれば焼けてしまうかもしれませんし、天変地変など来たらグチャグチャになって使い物にならなくなるかもしれません。

しかし、天に宝を積むのなら、その宝は盗まれることも、焼けることも、グチャグチャになることもありません。(もちろん腐ってしまうこともです)

後の世で必ずその天に積みたる宝は自分のためになるのです。

この世の宝を積むよりも、天に宝を積みませんか。その天に積む宝の方がです。

この世の宝より、何倍も、何十倍も、何百倍も、そうして何千倍も価値あるものであるからです。

追伸…今日の中日新聞に書いてありましたが、なんですか、名古屋市の例の一律十万円の定額給付金の支給が(六月十九日現在で)まだ4.7パーセントにとどまっているそうですね。

マジですか。全国平均の支給率はもう五十パーセントを超えているというのに、何でしょう、この名古屋のすこぶる遅さはです。

もし私が餓死したらそれは河村市長のせいですね。どれだけ段取りが悪いのでしょう、名古屋はです。いってはいけませんが市長の器量のなさがアリアリと分かります。

あまりにせこいことやりすぎなんじゃないですか。普段からです。

だからこういう時にみな協力しない。職員や議員の給料を下げることばかり考え上げることは考えないからです。

市職員も市会議員もみな名古屋市民には変わりないのです。

そうであるなら、名古屋の人たち全員の収入を上げることを考えないといけないでしょう。名古屋市長であるならです。それが徳川宗春の考えであるからです。(……宗春は関係ありませんかね)

これからは河村市長のことをです。総理を狙えない男と呼ぶことにしましょう。

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6月 22 2020

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GLA誌に「神理問答」というページがあるのですが、そこから抜粋します。(1974年十月号より)

<実在界(じつざいかい)

問 実在界という世界はどの辺にあるのでしょうか。三次元的思考でこの辺が実在界といわれると理解しやすいと思います。

答 実在界とは次元の異なる世界をいい、物理的にここにあるといったものでは本来ないのです。実在界とは各人の心の奥底にあり、また、大宇宙の中にもあるわけです。

しかしそうはいっても実感としてこれではとらえにくいので、三次元的には次のように考えてもらっていいと思います。

すなわち実在界とはあの世のことで、各人の意識の大小によって住む場所がちがってきます。意識の大小とは光子量のことで、それは大きく分けて、生前、自己本位に生きたか、人々のために奉仕したかにかかって来ます。

自己本位に生きたものはこの地球上の地表に、あるいはその近くで生活しています。なぜかというと、自己本位の心は現象界に執着を強く持っているので、現象界からなかなか離れることが出来ないからです。反対に、執着が少なく、人々に調和をもたらした人たちは、現象界から遠く離れた高い世界で生活し愛と調和の自由な毎日をすごすようになります。

つまり、実在界とは三次元的にいうと、地表から宇宙大にひろがった大宇宙の空間の中にあって、地表に近ければ近いほど苦しみが多いということになります。物を見る場合に近視眼的に目先のことに心が常に動かされていますと、正しい客観的な判断が出来なくなって来ます。

しかし、広く高い視野からながめますと、物の価値判断が変わって来て、今まで正しいと考えたことが正しくないことがしばしばあるものです。実在界の住む場所もこれと同じように、それぞれの物の見方が、人類的立場に立つか、個人の利益に執心しているかで大きく変わってくるのです。

話は変わりますが、チベットのあるところに聖霊たちの住む空洞世界があって、ここから人類の天使たちに様々な指令を出しているという話が伝わっていますが、そういうことはありません>

最近は、あの世(実在界)に帰る人が増えていますので(特にこの辺りなどは)そのあの世の場所がどの辺りにあるのか、具体的に書いておきました。

あの世の場所の位置が分かってもあまり意味がないですかね。(苦笑)

だから、このブログを見ていながら何も実践せずに死んでいった人たちは、今頃ずいぶん苦しい世界にいっているんですが、それでもまだ無視を続けますか。

このブログを見ている多くの人たちはです。この神理をです。というか、今日も朝からお怒りなんですけどね。どこかの会社などです。(ほんと休み明けの朝は特にお怒りです)

怒っていても災いは止まらないんですが…そのブログを書くのをじゃまするのをやめ、嫌がらせをやめて、感謝して布施しないと止まらないんですが…その災いはです。

しかし、やめようとしない。そのせいで回りはドンドン病気になる、本当に悪循環なんですが(本当にこういうことが起きているから怖い)そのままでは全員地獄行きです。

こちらは場所まで教えてあげているのです。死後の行き先のです。いい加減真剣にきいてはどうでしょう。

ここに書いている、この正法神理をです。

個人の利益に執着し、自分本位に生きた人たちなどどっちみち低い世界にしかいけないのですが、しかし他のことはともかくです。

この神理を知りながら、そういう自分本位な生き方しか出来なければそれは大きな罪になるのです。

神理を知った以上、神理の実践は神の子の人間としてやるべき責務であり、それをするためにその人はこの世に生まれて来た(神理と縁があった)といっても過言ではないからです。

それなのに神理を知っても平気で無視して自分のことばかりしています。

せっかく、神理と縁があったのです。我ばかり張らないで、もう少し世のため人のためと考えてはどうでしょう。そういうことをこちらは繰り返し書いているからです。

それを読んでいるのならです。少しくらいしてはどうでしょう。そのような行いをです。

高橋先生も書いていられますように、あまりに自分本位ではこの世に執着が強くなって周りを正しく見られないからです。そういう人は高いところから周りを見渡すということが出来ないからです。(執着が強い人は地表〔この世〕から離れられないのです。その自分の執着心のせいでです。高く上がれないのです)

高いところから周りを見れば広いところを見ることが出来ますが、低いところから周りを見てもあまり周りを見られません。そういう人が多いのです。この辺りなど特にです。だから、同じ間違いを繰り返す。

高いところから周りを見ないと(高い心にならないと)正しことが分からないからです。低いところからしか見ない人は(低い心のままの人は)自分の回りのことしか分からないからです。

だからどれだけ周りに災いが(病人が)あふれていても、それが分からない。(自分の回りだけだと思っている)自分が観ている範囲が狭いからです。

だから、この神理の怖さも分からない。どれだけ広い範囲に多くの病人があふれていてもそれを理解しないからです。

だいたい、これだけ車が減っているのに、それを(そういうことが起きている恐ろしさを)理解しようとしないというのですから、一体どれだけ事実を理解しないのかと呆れるばかりなんですが、自分のことしか考えていないと、周りで起きている大変なこともまるで理解出来ません。

だから、もう少し世のため人のためになることに力を入れてみるといいのです。そうすると周りで起きていることも段々理解出来てくるからです。周りのために動かないと周りで起きていることは正しく理解出来ないということです。

周りに起きていることを正しく理解出来れば、この神理が一体どれだけ凄いのかが分かるからです。

読んでるだけでは分からないのです。実際に行わないとです。神理の凄さはです。

だから、どれだけ自分たちが天罰を食らっても分からない。それを単に人のせいだと思っているからです。というか、無理やり思い込もうとしているのです。それ以外、考えれないからです。

自分の考えではです。それ以外では(人以外の力では)そんなこと起きっこないと思い込んでいるからです。

しかし、それは人が行っているではなく神が行っているのです。

実際この辺りの人たちは、神理に逆らっているばかりにドンドン病気になっていき、そうして、その反対に神理のお蔭で日本のコロナ禍はおさまっています。

どちらも神理の証明のための神が現す神の業であるのです。

そういうことが現実に起きています。しかし、物事を小さくしか理解しないとそれがまったく分からない。もっと大きく見てはどうでしょう。世の中をです。(ついでにあの世の世界までです)

そうしないと正しいことは分からないからです。

しかし少なくともです。このブログを見ている多くの人たちが思っているほど、この正法神理の影響は小さくはないということです。

どれだけ多くの影響をこの日本に与えているか分からないということです。

それほど偉大なものであるということです。この正法神理はです。

それを理解しないだけなのです。このブログを(神理を)見ている多くの人たちがです。自分たちの視野が狭いため、いつでたってもそれを理解できないでいるからです。

しかし、神理を実践するならすさまじい奇跡も起きて来ます。(このコロナ禍だけ見てもそうでしょう。他国と〔例えば、アメリカやブラジルやロシアなどと〕日本とどれだけ違うか、それはもうお分かりであると思います)

もっと大きく見ませんか?この世界をです。そうすれば正しいことが分かってくるからです。

しかし、そのためには(自分のことばかりしているのではなく)もっと大きな実践が必要であるのです。

(先ほど抜粋した「実在界」の最後に「チベットのあるところに聖霊たちの住む空洞世界があって……」と書かれた部分がありますが、こういう話は今もってまことしやかに流されているようです。そうして、このような話は高橋先生が神理を説いていられた時からいわれていたようで、しかし高橋先生は、はっきり「そういうことはありません」と書かれています。だから、そのような話はただのつくり話であるということです。何か目的があってそういう話はつくられたのでしょうが、しかし、光の天使たちに様々な指令を出しているところは天上の世界にあり、この地上界にあるわけではありません。そういう部分でもその話はおかしのでありあまりそのような話に惑わされない方がいいでしょう。そういう話をいくらきいても奇跡は起きて来ないからです)

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6月 21 2020

ファクターX

もう私のいうことを真剣にきいてはどうでしょう。

昨日でもやたら怒っているオバさんがいて、そのオバハンが何と私のことを「バカ」とかいっていましからね。

悪いことを全部私のせいにしてまったく反省しない自分の方がよほどバカなのに、そういう自分たちのバカな(悪い)ところは一切認めず、いつまでたっても悪いことをすべて私のせいにして怒っているだけ。

もう、そういういい加減な態度は卒業されてはどうでしょう。それではいつまでたっても悪いことは止まらないからです。私のいうことを真剣にきかない限りはです。

自分たちの考え方だけではもういいことは起きてこないのです。その考え方は間違っているからです。

なんでお前がそんなこと分かるのか、ではないのです。

こういう時代になって何の奇跡も起きてこない人など、正しいことをしていない何よりの証拠なのであり、その人が正しいことをしているのなら、ちゃんと奇跡が(よいことが)起きてくるのです。

そういう時代(正法の世)になっているからです。

だから、口だけ善人ではダメなのであり、まして、自分たちに悪いことが起きている人たちなどよほど間違ったことをしているのでしょう。

自分がそれに気づいていないだけでです。

気づいていないだけなのです。自分が自分の間違っているところにです。

だから自分たちにいいことが起きてこないのです。その間違いを直さない限り、悪いことは止まらないからです。

その間違いが悪いことが起きる原因であるからです。

だから、私のいうことを真剣にきけといっているのです。自分たちの考えだけではもう悪いことは止められないからです。

その悪いことが起きる原因をもう自分たちだけでは気づくことが出来ないからです。(気づいたとしても自分だけでは直せないでしょう。直せませんよね。直せていたら、もうとっくにやっていると思うからです)

もう強がっていても危ないだけなのです。それだけ多くの災いがこの辺りにはすでに起きているからです。

もっとよく(深く)考えてみてください。そういう不思議な現象はもうこの辺りの災いだけではないのです。もう日本中で起きているのです。

だから、私のいうことをもう真剣にきけといっているのです。私のいうことを真剣に理解しないと本当に滅ぼされてしまうからです。

それだけ不思議な現象が現在の日本には数多く起きているのです。

それはこちらの問題だけではなくです。例えばコロナ禍だってそうでしょう。未だ謎だそうですね。日本になぜこれだけ感染者が少ないのかがです。

その謎のことをファクターXなどと呼んでいるそうですが(ずいぶんいかした呼び方ですね。〔笑〕)専門家が全然分からないそうです。

なぜ日本にこれだけ新型肺炎の患者が少ないのかがです。

その理由を、文化の違いとか、クラスター対策班がしっかりしていたからだとか、大規模イベントや休校要請をしたからだとか、マスクや手洗いなどしっかりしたからだとか、あるいは日本人の遺伝的要因だとか、ウイルスの遺伝子の変容だとか、様々いわれているのですが分からないのです。

まだはっきりとはです。

だってそういう理由なら、他の国もしていたのだし(遺伝的要因やウイルスの変容は別でしょうが)逆に日本などです。

他国より、外国人の入国規制が甘かったくらいです。(何せ三月くらいまでボンボン入れてましたから、中国人や欧米人をです)

一番の原因はそれだといわれていることが(外国人の〔感染者の〕入国制限)他国より甘かったにもかかわらず、日本は新型肺炎の感染者が異様に少ないのです。

だから、日本の専門家だけではなく、他国からも奇妙な奇跡だとか、何で日本だけがとか不思議がられているわけです。

なぜか、日本だけこの新型肺炎のコロナ禍が異常なほど抑えられているからです。いってはいけませんが大した対策も取らずにです。

だって他国は都市封鎖や強制的に移動制限をしているところまであるのです。しかし日本は、そんなことしているところはありません。すべてお願い止まりです。

にもかかわらず増えないのです。新型肺炎の患者がです。他国に比べればまったくといっていいほどです。(他国と比べればですよ。未だ世界はこの新型肺炎のパンデミック下にあるからです。まだ増え続けているからです。世界では新型肺炎の患者がです)

なぜこんな不思議なことが日本には起きているのですか?

このコロナ禍にせよ、逆にこちらで起きている様々な災い(病)にせよです。もっというなら、ここ数年にこれほど集中して起きている天変地変などもそうでしょう。

すべてファクターXですよね。

原因が謎なのです。そうではないでしょうか?日本にはなぜこれだけ不思議なことが起き続けているのかまったく分からないからです。

それだけ数多くの不思議な現象が日本には起きているということです。

では、このファクターXとは一体なんなのかは、このブログを見ている人たちなら分かるはずです。

このファクターXの正体がです。

そうではないですか。それともまだ分かりませんか。このブログを長年見ている人でも、この日本に起きている現象のファクターXがです。

分からないではなく、認めたくはないのでしょうね。そのファクターXをです。

このブログを見ている多くの人たちはです。(苦笑)

もちろんこのファクターXとは『神』のことであるからです。

だから、認めたくないのです。このブログを見ている多くの人たちはです。神など認めないからです。いつまでたってもです。

しかし、認めざるをえないでしょう。今回のコロナ禍だけではなく、こちらで起きている様々な現象だけではなく、そうして激しく起きている天変地変だけではなく、これまで起きている様々な不思議な現象はすべてそのファクターX(神)が、そうしてこの正法神理が関連していることであるからです。

この正法神理が日本に存在しているからこれほど不思議なことが日本に次々に起きてくるのです。

正法神理とは本当の神の心をいうのであり、その神理の存在を知りながら、多くの人が神理を無視している、これほど神を怒らせる行いもないからです。

だから、これだけ不思議なことが(よいことも悪いことも)起きるのです。

ファクターXの怒りを日本の多くの人が買っているからです。

何度それをいえば分かりますか。だから私はいっているのです。もう私のいうことを真剣にきけとです。

きかないとファクターXの正体は永遠に分かりませんし、それが分からなければ日本に起きている災いも止められないということになるからです。

ファクターXとは神のことであり、それだけ神の力がこの日本には大きく作用しているということです。

日本には神理が存在しているからです。

だから、この辺りはこれだけ災いも起きるのです。その神の心(神理)に逆らう人が多いからです。だから天変地変もこれだけ起きるのです。同じ理由からです。

そうしてコロナ禍がこれだけ日本で抑えられた理由もです。やはり同じ理由であるのです。その神の存在を知らしめるためにです。(これは日本だけでなく世界中の)多くの人にです。

神が存在しなければ、こういうことは起きないからです。

それでもまだ無視しますか?この正法神理(神の心)をです。

もしまだそんなことを(そういう態度を)多くの人が続けるのならです。

第二波となるコロナ禍は、今度は今とは逆のそれこそ他国以上に手がつけられない状態に日本はなることでしょう。

今回のコロナ禍は日本に大きな奇跡を現しているからです。

もう神を信じ、そうして私のいうことを(心から)信じてもらえませんか。そうすれば必ず(この辺りも、他の地域でもです)今回のコロナ禍と同じ奇跡は起きてくるからです。

ファクターXとは神のことであり、もうそれをしっかり認めなければいけない時が来ているのです。

では、認めてください。その神の存在をしっかりとです。このブログを見ている人からです。

ここに書かれていることは、それだけ大事なことであるからです。

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6月 19 2020

神の不思議な力

この近所だけではないですね。私は、この近所の人たちだけだと思っていたんですがそうではなかったようです。

昨日あちこち歩いていて分かりました。そこらじゅうの人が怒っていたからです。

ある場所に大きな工事現場があるのですが、そこの工事現場は私は作業していないと思っていたのです。私が何度近くを通ってもでかい音を立てられたことがなかったからです。

そこが昨日通ったら急にでかい音を立ててきたのです。

「あれ、ここやってるんだ」と思って「よう、自分のところなど祈ったことないぜ。だって、一度も嫌がらせされたことがないのだから祈るわけないだろう。なんか起きたのか?だったらそれはこっちのせいじゃないだろう。自分たちの心が汚いから起きてるんだよ。だから、神理をやれよ。神理を実践し心がきれいになれば悪いことは起きなくなるから」といったのですが、そこは私に一度も嫌がらせをして来たことがないだけあり、そういうと後はシーンとしていました。

「あそこ何か悪いことが起きたのかな?」とか思っていたら、そこを皮切りにあちこちで急に嫌がらせを受けだしまして、そういうところが昨日はやけにたくさんあったのです。

それで「何で今日はこんなに多いんだ」と思っていたのですが、それとは逆にこれまで嫌がらせをしていたところが急に静かになっています。

その時ピンと来ました。ああ、もう近所だけじゃなかったんだなとです。もうそこらじゅうで起きだしたんだとです。

災いがです。だから、そこらじゅうの人が怒りだしたのです。

よく考えてみればです。この近所だけで悪いことがたくさん起きだすというのも変な話です。(いくら家が近い分、私に嫌がらせをしている回数が他の人たちより多いとはいえです。〔苦笑〕)

急に、この近所のあちこちの人たちが怒りだしたのでおかしいと思ったのですが、この近所だけではなく、要はそこらじゅうで起きだしたのです。

多くの災いがです。だからそこらじゅうの人たちが怒りだしたのです。それをみな私のせいにしているからです。(だから、それは違うと昨日書いたでしょうが)

しかし昨日などでも多くの人が怒っていました。いくら何でもそれだけ多くの災いを私一人で起こせるわけがありません。

いい加減、起きていることを正しく理解されてはどうでしょう。

個々の人たちが理解していないだけで、もう、それだけ多くの災いが、それだけたくさんのところで起きだしているということであるからです。

私はあちこち歩いているのでよく分かるのです。そういう事実がです。

よいのですか。いつまでも神理を無視していてです。そういう大変なことがすでに起きているのにです。にもかかわらず神理を無視していて、そのあちこちで起きだした災いをどうやって防ぐのですか。

その災いは心をきれいにする以外で防ぎようがないからです。

それを信じないなら信じないでよいのですが、しかし、その災いでもうコロッと逝く人まで出ているのです。

では、最悪コロッと逝ってしまうかもしれませんが、それでもよろしいのですか?私のいうことを信じない人はです。

その中で私のような奇跡が起きている人はいないからです。

奇跡が起きないなら災いは止まらないのですが、それでもまだ無視を続けますか?私の(奇跡が起きている者の)いうことをです。

もう相当起きているようですがね。その災いがです。この辺りなど特にです。

まあ、あちこちで大雨も降っていて、すでにそこらじゅうで災いが起きているといえばいえるのですが、昨日私はその雨の中、荒子川の川沿いをしばらく歩いていたのですが、その途中でカモが五、六羽かたまっていたところがありました。

「あれ、ここはカモがかたまってるな」と思って、そのカモたちを見ていたら、あまり大きなカモではないのです。正確にいうとその中の一羽のカモは大きいのですが、あとのカモたちは小さいのです。

といっても、子ガモのような小ささではなく、大人のカモと子ガモのちょうど中間くらいの大きさのカモが四、五羽いて、あと一羽のカモが大きい(大人の)カモのようで、要は、親ガモが一羽いて、あとはその親ガモの子供のカモのようでした。

その子供のカモたちが私が見ていると、私の前にたくさん来て、バシャバシャやりだしたのです。

羽をばたつかせて暴れているものや頭の方を水の中にいれて足をバタバタさせているもの、草にガブガブかぶりついているものなどいて、大人のカモではしないような動きをして騒いでいます。

本当に楽しそうで見ていても面白いのです。

「お前ら元気がいいな」とか「そんなことしていたら死ぬぞ」とか、こちらもいろいろ声をかけながら見ていました。(笑)

しばらく見ていて「分かった、分かった、お前ら元気がいいのは分かった。じゃあ、またな」と声をかけて、その場を離れたのですが、しばらく歩くとまた後ろからバシャバシャきこえてきます。

それで後ろを振り返ると、一羽の子ガモが凄い勢いでバシャバシャやりながら親ガモの方に帰っていくのです。するとそれを見ていた他の子ガモたちも同じように凄い勢いで親ガモの方に帰っていきます。

それで私が「お前ら最後まで元気がいいな」といいながら、歩いていきましたが、その仕草がなんともかわいかったですね。その子ガモたちはです。

「ほんと、人とえらい違い」などとブツブツいいながら歩いていきましたが、私は必ずこういうことが起きますね。歩いているとです。

何か生き物が癒されるようなことをしてくるのです。神理を説いている私に対してです。

しかし、この辺りの大方の人たちは、神理を説いている私に対し、なんと嫌がらせをしているのです。まったく感謝もせずにです。(ほんと無礼千万ですね)

その結果が、次々に現れる災いということになっているのでしょうが、動物たちでさえちゃんとお礼をしているのです。(愛でです)

それにもかかわらず人間たちは、未だそのお礼一つ出来ない人がたくさんいるのですが、そういう人たちに次々に災いが現れだしたようです。

それでもまだそういう(不遜な)態度を続けますか?お礼一つする気にならないのでしょうか?動物たちでさえしているのにです。

このブログを見ている多くの人たちがどれだけ神を認めなくてもです。こういうことが起きているのです。(災いにしろ、今回のカモたちの癒しにしろです)

こういうことが人の力で起こせるのでしょうか?偶然で起きますか?このようなことはもうどれだけ起きているか知れないのにです。

一度や二度こういうことが起きたというのではないのです。こんなことこれまで数限りなく起きているのです。それはこれまで何度も何度も書いています。

ここに書いていることは事実であると、この辺りの人たちはもちろん分かっているのでしょうが(目の当りにしている人も多いし、体験している人も多いですから)他の地域の人たちでもです。

想像でこういうことが書けると思いますか?毎回書くことが違うのですよ。(動物たちのことなど毎回起きることが違いますから)書けませんよ。ほぼ毎日こういうことを書いているからです。

しかも、もう十年以上にわたりです。

こういうことを想像で書くなら相当苦労すると思いますよ。毎日考えないといけないからです。鳥や魚たちとどういうことが起きるのか、あるいはどういう災いが起きたのかなどなどです。

そんなこと毎日考えていたら大変でしょう。しかし、私は全然大変ではありません。その日起きたことを翌日ブログに書いているだけであるからです。

それならいくらでも書けます。起きていることをそのまま書いているだけであるからです。

だからいっているのです。もう神を認めるしかないでしょうとです。

こういう体験を一人の人間が出来るわけがないからです。何かの力が加わっていなければこういうことは起きないからです。

だから、何の力も加わっていない人には何も(そのような不思議なことが)起きないのです。

その人には神の力が現れないからです。

昨日書いたキリストでもそうでしょう。キリストに神の力が現れているから、あのような奇跡も起きるのです。

これだけ起きることが違うのです。そうして確実に現れているのです。私の周りには不思議な奇跡がです。

ではもう認めるしかないのではないですか。神の力をです。どれだけ多くの人が認めなくても現れているのは事実であるからです。その神の不思議な力がです。

だから起きるのです。私の周りには不思議なことがです。

神は存在し、その神の力が私には確実に現れているからです。

神理を実践すればするだけ、この神の力は現れてきます。

それでもまだ無視を続けるのですか?この正法神理をです。しかし、すでにこちらでは多くの災いが現れだしています。

神を信じませんか。そうして行いませんか。神の心であるこの正法神理をです。そうしないと災いを防ぐことは出来ないからです。

昨日書きましたが、もう小さな心は捨ててください。もっと心を広げ大きな心ですべてを受け入れ、そうして正しいものだけを行う。

そういう人に奇跡は起きてくるからです。

これからの時代、奇跡が起きない人が救われることはありません。どれだけ金を稼ごうが、どれだけ有名になろうが、コロッと逝けば、それで終わりなのです。

そのようなものはすべてこの世だけで通用するはかないものでしかないからです。

しかし、神理を実践すればするだけ心は向上し広がって徳も得ることになります。その心の向上、広がりは永遠に自分のものであり、徳は天に宝を積むことになるのです。

天に宝を積むのなら、その宝は盗まれることもなければ腐ることもありません。それもまた永遠に自分のものとなるからです。

神理を実践した方がいいのか、それともしない方がいいのかはこのようなことを観ても明らかなのです。

すでに多くの災いが現れてきています。その災いから逃れる道は神の力を回りに現す、それ以外にないのです。

その神の力を自分の回りに現すその一番の方法がこの正法神理の実践なのです。

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