4月 29 2020
災いは誰のせい?
この辺りの皆さん(他の地域の人たちもそうですが)もう怒っている場合ではないのです。怒れば怒るだけ不幸は現れてくるからです。(もうこちらは次々に起きています。災いがです)
嫌とか知らないではすまないのです。神理をきいた人は感謝して布施をする、そういうものなのです。古今東西、これまで多くの人が神理に対しては、そのような行いをして来たのです。
だから多くの人が救われていったのです。神理に対し、そのような行いは正しかったからです。
しかし、そのような正しい行いをしないといかに多くの人が不幸になるのか、特に神理を知っている人たちは、そういう事実を普通の人以上に理解しないといけないのです。
そうしないと大変なことになるからです。
すでに大変なことになってはいますが、しかし、このブログを見ている人たちが(神理をきいている人たちが)いま起きていることを正しく理解しないと、この日本に起きている災いも止まらないのです。
前から何度もいっていますが本当にそうなのです。だから、このブログを見ている人たちはよくきいてください。
神理が出現した時ほど幸運な時期もないのです。
その神理を実践するなら多くの人に奇跡が現れるからです。
しかし、その反面この神理が出現した時に、その神理に逆らう人たちにとってはこれほど不幸な時期もありません。
神理に逆らうくらい神の心に逆らう不幸な行為もないからです。
光が強くなれば影も強くなります。そのような両極端な現象が(よい現象と悪い現象の)数多く現れるのが神理が出現した時代だということです。
それは過去の記録を見ても分かるはずです。聖書など見ればモーゼやキリストが起こされた奇跡はもちろんですが、そのモーゼやキリストが説かれる「神理」に逆らった人たちなど、みな悲惨な最期を遂げているのです。
モーゼの時代のエジプトやキリストの時代のローマの人々がそうです。このような人たちはモーゼやキリストが説かれた神理に逆らい哀れな最期を遂げたのです。(エジプトはモーゼの大奇跡で、ローマはベスビオ火山の大噴火で、多くの人々が滅びたのです)
だから神理が出現する時代は、多くの奇跡も現れますが、多くの災いも現れるということです。
そういう時代が、神理が出現する時代であるのです。
いま現在の日本には、その神理が出現していますが、では、この時代の日本の人たちはどうなのでしょうか?
幸運なのでしょうか?それとも不幸なのでしょうか?
見れば分かりますよね。現在の日本に多くの奇跡が現れているとはとてもいえません。(奇跡は私やウナッシーさんの周りに現れているだけです)このままでは日本の多くの人が、この神理に逆らい滅ぼされたと記録に残されることになるでしょう。
実際に神理が出現しているこの時期に、日本には多くの災いが起き(様々な天変地変や疫病など)多くの人が亡くなっているからです。
つまりいま現在の神理が現れている日本は大変不幸な時代であるということです。
では、何で日本はこれほど不幸な時代になっているのでしょうか?神理が現れているにもかかわらずです。
だから私はいっているのです。このブログを見ている人たちはよくきいてほしいとです。
それはもちろん、それだけ多くの人がその神理に逆らっているからです。
だからこれほどの凄まじい災いが次々に日本に現れるのです。神理に逆らう人が多いということは、それだけ神を怒らせている人が多いということであり、そういう人が多ければ、日本にも過去のエジプトやローマのようなことが起きても不思議ではないからです。
というより、必ず起きるのです。過去と同じことがです。同じように神理に逆らう人が多ければです。
だから起きているのです。日本にこれほどの災いがです。歴史は繰り返すということです。
だから私は、日本にこれほどの災いが起きているのは皆さん方のせいであるといっているのです。前から何度も(何十度も)です。本当にそうであるからです。
いい加減、そういう事実を理解されませんか。もう過去に何度も同じようなことが起きているからです。どれだけ皆さん方が(神理をきいている人たちが)それを無視しようとです。事実は事実であるからです。
神理が現れている時に、その神理に逆らう人が多ければ多くの災いが現れるのです。
だから、この辺りの人たちにこれほどの災いも現れてくるのです。それほど大きな罪をこの辺りの人たちはつくり続けているからです。神理に逆らうという大罪をです。
単にそういう自覚がないだけの話なのです。この辺りの人たちも、そうして他の地域のこのブログを見ている人たちもです。
ここに書かれた神理をそれほどのものとは思っていないからです。
過去に、それほどのことが起きているものがここに書かれてあるとは誰も思わないからです。
私が「このブログには釈尊やキリストが説かれた同じ神理が書かれてあるのです」といくら書いてもです。
そんなわけがあるかと、釈尊やキリストと同じ神理をお前が説けるわけがないではないかと、軽く考えているのです。このブログを見ている多くの人たちはです。
伝説の方々と私が同じことを説けるわけがないと頭から思い込んでいるからです。
しかし、残念ではありますが、ここに同じ神理が書かれていなければこれだけの災いは起きてこないのです。
この神理を無視している人たちや逆らっている人たちにです。そうしてこの日本にです。
ここに書かれた神理がそれほどのものでないのなら、これほど多くの災いは日本に起きないのです。そうして奇跡もです。
釈尊やキリスト、モーゼが説かれたことと同じことを説いているから、それを無視していれば、同じ災いが起きるのです。
だから、東日本大震災や熊本地震、北海道胆振東部地震などの大地震や西日本豪雨や地球史上最大の台風とか、五十年、百年に一度などといわれる大災害が、次々に起きているのです。
過去のエジプトやローマの人々と同じことをいま現在の日本の人々は行っているからです。だから、それに匹敵するほどの災いが日本に現れているのです。
同じ神理に対し過去の人たちと同じような傲慢不遜な態度を取り続けているからです。多くの日本の(このブログを見ている)人々がです。
モーゼの時代にエジプトに神理に逆らう人がいなければ(あるいは少なければ)モーゼは十の災い(ナイル川の水を血に変えたり、家畜に疫病を流行らせたり、イナゴの大軍を現したり、過ぎ越しの祭などなど)を現すことはありませんでした。
そしてキリストの時代、ローマの人々がキリスト教徒の迫害をしなければ、ベスビオ火山が大噴火を起こすこともありませんでした。
このような災いは神理に逆らう人が多かったがため、起こされたものであったからです。
そうしてそれは現代も同じで、これだけ多くの人が、この正法神理を無視しなければこれだけの災いが日本に起きることはなかったのです。
とはいえ、残念ではありますが、この日本に起きている災いはまだ終わりではありません。
これでもまだ神理を知らされている人たちが変わらなければ、まだまだ災いはこれから現れ続けるのです。
まだ途上であるからです。正法神理流布のです。
だからもう変わってもらうしかないのです。このブログを見ている人たちがです。理解してもらうしかないのです。
この正法神理の偉大さをです。
多くの人がそれをしなかったがため、これほどの災いが起きているからです。
だから、この正法神理は今だけ説かれているものではないということです。過去から多くの聖者が説かれ、そうしてこれからも未来永劫に説かれていくものであるということです。
そうして、神の子である私たち人間はこの神理と共に生きていくものであるのです。
だから、ここで神理を途絶えさせるわけにはいかないし、その神理が途絶えそうであるから、これだけの災いが起きているのです。
それだけはしてはならないことであるからです。神の子の人間として神理を途絶えさせるということだけは絶対にです。
これだけ書いても、それでもまだ分からない人たちばかりなのでしょうか?理解できない人たちばかりなのですか?
この正法神理の偉大さがです。
しかし、この神理の偉大さが分かるまで私は書き続けますし、様々な現象も(奇跡も災いも)現れ続けるのです。
神理とは、それだけ偉大なものであるからです。
その偉大なものを多くの人たちが無視しているのですから、多くの災いが現れるのはある意味当たり前のことであるのです。
ではこの数々現れている災いは、一体、誰が現しているのでしょうか?



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