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ブログ

10月 12 2018

命がけの現象

もう何年も前からこのブログをただで見ている人から見たら、毎月布施されているウナッシーさんがバカに見えるでしょうね。

何でわざわざ金など払うのかと、金など払わなくてもこのブログは見られるではないかと、そう思っている人も多いでしょう。(あるいは、お前なんぞに金など出せるか、と思っている人も多いのかもしれませんが。この辺りの人などです。〔苦笑〕)

しかし、それはそう思っている人たちがバカ(罰当り)なのであり、ウナッシーさんはここに書かれたことが本当の神の教えであり、その価値をよく理解しているから、毎月布施してくれているのであり、まったく布施しようとしない人たちなど、本当の神の教えの価値をいつまでたっても理解できない大バカ者(大罰当り者)といっても過言ではないのです。

その意味がこれからよく分かることになります。(これだけ災いが起きているのですから、これまでで十分わからないといけないのですが…)

もう神は、そのような不遜な人、一人一人に現象を現すことに決められたようであるからです。

だから、他地域の人たちも(特に東海地方より遠方の人たちにも)そのような現象が現れてきたのです。(残念ながら前回書いた通りのことが起き始めたようです。礼を欠いている人が多いからそのような天罰がくだるのです)

これからそのような現象が現れる人がドンドン増えていきます。(おかしな病気など発症する人がです)

その時に分かるのです。先ほど書いた、ウナッシーさんをバカだと思っていた人が、実はバカであったのだということがです。

そうして本当の神の教えに対する態度を、自分たちがどれだけ間違っていたのかということもです。

そのような間違えている人たちに、これまで本当の神の教えを無視していた、それ相応の報いが(正確には気づきの現象なのですが)これから数多く現れてくるからです。

まあ、こちらの人たちには十分すぎるほどその報いが現れているのですが、全然それを理解しません。

だから、他地域の人たちもそのような現象が現れてきたからと、それで素直に自分が悪かったと反省されるかどうかは分かりませんが、反省されないならされないで、その現象は反省するまでどれだけでも現れます。

こちらに起きていることを他山の石として、他の地域の人たちは、素直に反省してほしいと思います。

そうしないと大変なことになるからです。(こちらはもう大変ですから。昨日も、もうこの辺りなどそこら中で怒っていましたから…今日もそうですが)

それだけの悪いことを自分たちは(このブログを前から見ている人たちは)しているのです。

何べんもいいますが、これだけ集中して日本に天変地変を現したのはこのブログを見ている人たちなのです。

このブログを見ている人たちは、本当の神の教えを無視し続け、少しのお礼さえもしなかったのです。

私がどれだけそういう態度はいけないといってもです。

まるで無視です。

その結果、神を散々怒らせ恐ろしい現象をどれだけ現されたかしれません。

そのせいで多くの人が不幸になったのです。その責任は大きいのです。

これは私の責任ではありません。私の責任ではないから私には奇跡が起きているのです。(私はただ、そのようになると教えているだけだからです。それを勘違いしている人もいますが…お前がそれをしているなどとです。しかし、それは違うのです。〔だいたい私がやれるわけがないですし〕みな神が〔天が〕していることなのです)

それが、このブログを見ている人たちの責任であるから、そういう人たちに次々に悪いことが起きてきているのです。(因果応報です)

では、その責任は自分自身で負ってもらわねばなりません。

だから不幸が起きるのは仕方がないのです。それだけの大罪をこのブログを見ている人々はすでに犯しているからです。

それを信じないなら信じないで結構ですが、しかし、せっかくこのブログを読んだのです。

これも何かの縁でしょう。

では、自分たちに、そのような現象が現れたのなら信じてください。ここに書かれたことは事実であるということをです。

何も起きなければ信じる必要はありません。

こんなに分かりやすい話もないでしょう。自分たちにおかしな病気などの現象が現れたのなら、自分たちはやはり大変なことをしたのだ、だから天罰がくだったのだと理解すればいいですし、現れないのであれば、やはりあいつは適当なことをいっていると、このブログをこれからも気楽に読めばいいのです。

それで結構です。自分たちに(あるいは自分たちの周りに)おかしな現象が現れだしたら、信じてください。

ここに書かれたことは本当の神の教えであり、私のいっていることは正しいとです。だから、従うところは従うしかないとです。

しかし、何も現れないのであれば、これからもどうぞ、そのような(無視の)態度をお続けください。こちらはそれで全然かまいませんから。

この手、こちらの人たちによく使う手なのです。(特に工事現場の人たちなどにです)こうことわると、まず、そのような人たちには現象が現れるのです。

そういった人たちには、天がその人たちを通して、この教えの正しさを証明してくれるようだからです。

せっかくこのブログを読んだのです。

そこで現象が現れるかどうかが、本当の神の教えを知ることになるか、ならないかの大きな境目になります。

こちらはなるように(だから現象が現れるように)ひたすら祈るのみです。本当の神の教えを真剣に知るなら、そこからその人の人生は大きく変わってくるからです。

肉体うんぬんの話でもないでしょう。

これからこのブログを(ただで)見ている多くの人たちに、恐ろしい現象が現れることになります。(私は信じています。神がそのように導いてくださるとです)

そのような現象が現れたら、この教えを本当の神の教えと信じ、少し真剣に勉強してください。(年に一、二度程度で結構ですから布施もお忘れなく。そのような奉仕の実践が心をきれいにし成長もさせていくからです)

もう日本中で不幸になる人が続出しています。

こちらも命がけでこのブログを(法の流布を)行っています。

このブログを見ている人も同様、やはり命がけでこのブログは見ていただかないといけないのです。

申し訳ありませんが、そういうブログであるからです。

(それはこれまでにも何度もいっています。気楽にしか見ていない人の方が悪いのです。このブログは見ているだけで自分の心まで成長させるのです。〔様々な現象が自分の周りに現れてきて考え方が段々変わっていくからです。考え方が変わってくれば、当然、心も変わってきますから〕神の教えとはそういうものです。本当に有難いものですね。本当の神の教えとはです。いろいろ現象が現れてきて、自分の考えを変えざるを得なくなるからです。その教えをただでずっと見ている。これだけ罰当りな態度はありません。それを反省されるのなら報恩の行為くらいはされることです。そうすれば、恐ろしい現象も現れてはこないはずであるからです)

追伸…今回のブログのようなことを書いたら、もう私はこのブログを見ているすべての人から嫌われるでしょうね。(苦笑)

それどころか、逆恨みされて命まで狙われるかもしれませんが(こちらでも逆恨みばかりされていますから)それも仕方ないでしょう。

もうこちらも命をかけないと、このブログを見ている人たちからは布施をもらえそうもないからです。(ほんとそれくらい頑なな人たちばかりですから)

それにこれ以上、このブログを見ている人たちの自発的な行動を待っていては日本が壊れてしまいます。

だからこれ以上は待てないのです。これ以上待っていても、不幸な人が増えるだけであるからです。

こちらは命をかけても布施をもらわないといけないのです。

布施をもらえなければ、いずれこの教えは説けなくなります。そうなればもう日本は終わりであるからです。(本当に終わると思いますよ。だから、これほど激しい現象が日本に現れてきているのです)

もし、今回も私のいっていることを無視するなら無視するで結構ですが、そのかわりこのブログを見ている人たちは、もういつ血尿が出るか(癌になるか)分からないということです。

そういう現象はもう次々に現れているからです。(本当に東京などの皆さん気をつけてください。こちらはもう凄まじいことになっていますから)

法の流布をここで終わらせるわけにはいかないのです。それにこれ以上、日本に災いを現されるわけにもいかないのです。

すでにその限界は超えています。(ずいぶん壊されましたから。日本もです。皆さん方の不遜な態度が原因でです)

本名で振り込まなくても偽名でもペンネームでも何でも結構です。とにかくこのブログを見ている人は報恩の行為を(布施を)してください。

そうしないと(自分や日本だけではなく)世界の人々が不幸になるからです。

(この教えを世界に拡げないということは世界の不幸ですから)

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10月 10 2018

礼を欠いた態度

しかし、本当に自発的な布施をもらうのは難しいですね。

これだけ災いや奇跡が現れているにもかかわらず、それでも本当の神の教えを信じようとせず布施しようともしない。

逆に素直に布施しているウナッシーさんの方がおかしく見えてきます。

正しい人の方がおかしく見えるというのですから、それはこれだけおかしなことが日本に起きてくるわけです。

それだけおかしな人が多いということだからです。

実際におかしな人が多いと思いますよ。だって、自分たちに何か起きるのが分かっているのに、それでも嫌がらせをして来る人がたくさんいますし(今日も朝からあっちでゴンゴン、こっちでガンガン、そういうことをしていても悪いことは止まらないというのに、ずっと同じことを繰り返しています。バカじゃないかと思ってしまいます)初めての工事現場など通ると必ず何かでかい音を立てて嫌がらせをしてくるのです。

何度も書いていますが、そういう工事現場で私が嫌がらせをされて何も起きなかったところはないのです。

必ずそのようなところには現象が現れるのです。(天罰がくだるのです。もう百パーセントです)

これだけ現象が現れているのです。いい加減、神の業を理解し、神を恐れて、そのようなマネはやめればいいのに、何度現象が現れても、それでも神の業を恐れようとしないし(トラックだってこれだけ減っているんですから)神の教えに従おうともしない。

おかしいとしか思えませんね。

普通であるなら、こういうことが何度も起きれば(従う人はあまり出てこなくても)そのような現象を恐れて私には何もしなくなるはずだからです。

しかし、この辺りの(日本の)人々は(大人から子供まで)どれだけ現象が現れても、まったくその現象を恐れようとしないし、神を恐れようとも(認めようとも)しないし、嫌がらせをやめようともしないし、布施しようともしないのです。

自分たちの行いは何一つ変えようとせず、同じことを繰り返しているのです。それを何年にも渡ってです。

これでは起きる現象がひどくはなっても収まるわけがありません。多くの人が傲慢な態度を取るにもほどがあるからです。(神に対しても私に対してもです)

そのような態度は、少し傲慢の度が過ぎるのではないでしょうか。何度もいいますが、このブログを読んで、神の存在を知り、心を救われた人はたくさんいるはずだからです。

しかし、私はそのような人たちから(布施どころか)お礼一ついわれたことはないからです。

そのような人たちからは、せいぜい嫌がらせをされるくらいで(そういう行いは結構ですから)後は無視です。そのような態度はあまりといえば、あまりの態度ではないでしょうか。(人としてあまりに礼に欠けると思いますが)

毎日のようにこのブログを見ている人はたくさんいるのにです。

神やあの世のことを教えてもらい、心を救ってもらった者に(それはいま現在も続いていますが)少しのお礼もせず無視や嫌がらせをし続けている。

怒りたいのはこちらなのです。(何で私が怒られないといけないのでしょう。逆ですよね)

そういう傲慢な態度を取り続けていては、益々、神を怒らせることになります。

当然そうでしょう。あまりに礼を欠いた態度は人だけではなく、当然、神も怒らせるからです。

そういう礼を欠いた人たちに、悪いことが起きるのは当たり前のことなのではないでしょうか。

筋違いなことをしているのはそちらの方であるからです。

それをなぜ怒るのですか?

その前に自分たちの態度を反省すべきなのではないですか?

だから、悪いことが止まらないのです。傲慢不遜で礼さえわきまえない人たちばかりであるからです。

そういう人が多ければ、そのうちに(日本に次々に災いが起きるだけではなく)そのような人たち、一人一人に現象が現れることになります。

神に直接叱られる前に自分から反省されてはどうでしょう。悪いのは自分たちの方であるからです。

もうそのような現象が現れている人がこの辺りにはたくさんいます。

それが、このブログを見ている多くの人に(それほど多くの人がこのブログを見ているわけではないのでしょうが)広がらないことを願うばかりですが、今のままの傲慢で礼を欠いた態度を取り続けるなら、そのような現象はドンドン広がることになるでしょう。

もう、そのような現象は他地域の人たちにも現れてきているはずであるからです。(現れているはずです。多くの有名人も亡くなっていますしね…昨日もそんなニュースが流れていましたが)

これだけ神の業が現れているのです。

せめて礼を欠いた態度くらいは改められたらいかがでしょうか。

そうしないと、そういう不遜な態度をしているその人自身に現象が現れることになるからです。(ご本人は日本に何が起きても関係ないと思っているのかもしれませんが〔ほんとそういう人がこの辺り多そうです。他のことなど知るかみたいな人がです〕これ以上、日本に災いばかりが起きると、日本が壊れてしまい不幸になる人がどれだけ出るかしれません。もう不遜なことをしている人たちに集中して現象を出さざるを得ないでしょう。神もです)

この教えは世界に拡げないといけない教えなのです。

少なくとも、このブログを何年も前から見ている人たちは、その重大な使命を自覚してください。(そういう教えでなければ、これほどの現象が現れてくることはありませんから…ほんともったいない話です。この教えを世界に拡げるなら世界の人が驚嘆するのにです。これだけ奇跡が起きる教えは他にないからです)

欠いている礼を正してください。

私の望みはそれだけなのです。

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10月 08 2018

普段からの行い

前回のブログでも書きましたが、本当の神の教えが書かれたものと、そうでないものとでは同じ心を救われるにせよ、その救われるレベルが違うのです。

本当の神の教えが書かれたものを読むなら、心が救われる広さ深さは、その人の理解度によってはずいぶん違ってきますし(神の教えの理解度が深まれば深まるだけ、心は広く、深く、きれいになっていくからです)その教えを実践するなら、神の光がさんさんと降り注ぎ奇跡まで現れてくるのです。

そのような書き物は他にはありません。

どれだけ知識が広がるような書き物であろうと、心が救われる書き物であろうと、次々に奇跡が現れてくるのは本当の神の教えが書かれたものだけなのです。

それだけの神の力が、本当の神の教えが書かれたものの中には宿っているからです。

それだけ稀有で貴重なものであるから、本当の神の教えが書かれたものは大きな価値があるのであって、だから、それをただで見ていてはいけないというのです。

そうは思いませんか?

本当の神の教えを知るなら、心が救われるにせよ、その救われ方が違いますし(もちろんそれには、神の教えの理解度を深めなければいけませんが)心もきれいになり、偉大な神の存在や不思議なあの世やこの世の仕組みまで分かるのです。

そうしてそれを実践していけば、次々に奇跡が現れるようになります。

そうなれば知識が広がるだけでなく、不思議な体験まで出来るようになるのです。

本当の神の教えをしっかり理解するなら、一体どれだけ功徳があるのか分からないということになります。

そういうものをただで見ていてそれでよいと思いますか?(しかも何年にも渡ってです)

よいわけがありません。だからこれだけ神も怒り、これだけの異常現象まで現れてくるのです。

その神の教えを知らされている人たちが、あまりに本当の神の教えの価値を(いつまでたっても)理解しないからです。(これだけ罰当りな行いもありません)

これ以上、私のいうことを無視していてはいけないのです。悪いことがドンドン起きてくるからです。

このブログを読んでいる人たちは、もう十分な恩恵も功徳も受けているのです。(多くの人がそれを生かしていないだけでです)罰当りな態度はいい加減にしたらどうでしょう。

いつまでもモタモタしているのなら寿命が尽きてしまうからです。(このブログを見ている人たち、ドンドン寿命が短くなっているのに気づいていますか?次々に癌になる人が増えているのですから当然そうなります)

神の教えを目の前にして何もしないまま死んでいくのなら、死んだ後、どれだけ後悔するか知れません。

この辺りなど、私の顔を見たら嫌がらせしかしないオッちゃんやオバちゃんがたくさんいますが(そういう爺ちゃん婆ちゃんも多いです。こういう人たちは老害でしかありません)そんなバカなことを続けていたら、不幸にしかならないし、死ねば(確実に)地獄行きなのです。

いい加減改めたらどうですか?そのような(傲慢な)態度をです。

私は、一番よいことである正法神理を(普段から)伝え続けているから奇跡が起きているのであり、不幸が起きている人たちは、そのような悪いことしかしていないから(傲慢な態度を取り続けているから)よいことが起きてこないのです。

普段からの行いが違うのです。そこが起きてくることの違いとなって現れているのです。

そういうことをしてくる人たちなど私に嫌がらせをする以外、後は自分のことをしているだけでしょう。人の悪口などいいながらです。(苦笑)

それではいけません。普段からいいことを一つもしていないんだから、いいことが起きてくるわけがないのです。

仮にいま災害が多いからと、災害にあった人たちに布施などしたところで、たまにそういうことをするだけですので(そんなの一生のうちに何回かするだけでしょう。知れたものです)よいことをしたといっても、それはやらないよりはいいという程度で、先ほども書きましたが、普段から人の悪口ばかりいっていたり(人の悪口ってこれ悪いことですから)嫌がらせなどしていたら、これは断然悪いことをしている方が多いのですから、そのしたことはいつかは自分に返ってきます。

では、そういう人も不幸になるということです。やっているよいことがあまりに少ないからです。悪いことが多すぎるからです。

とにかく普段の行いからよいことを増やさないと、よいことは起きてこないのです。もうそのような(お返しが早い)時代になっているからです。

どちらにしても、毎日のようにこのブログを見ている人は(毎日のように本当の神の教えを知らされている人は)毎日のように私から恩恵をもらっているということになり、それを何のお返しもなしでは、これだけ傲慢不遜な態度もありません。

それプラス嫌がらせでは、それはもう即、罰も当たるでしょう。

それだけのひどい行いを自分自身がしているからです。そのような普段からの行いが、自分自身に返ってきているだけなのです。(それをどれだけ私のせいにされてもねぇ…ほんと引きます)

これまでの行いが、今の自分の周りに起きてくることにつながっているのであり、一度や二度、私が祈ろうが何をしようが、そのようなことが原因で不幸になったのではなく、自分が不幸になったのは、普段からの自分の行いが悪かったからだということをよく理解しないといけないのです。

いま起きていることは、今だけの問題ではないからです。

過去のこれまでの態度が今の自分に現れているからです。

もし、その過去の態度を改めたいのであれば、それは反省しかないのであって、反省して、自分の行いを(よい方に)かえるのなら、その過去で犯した間違いの不幸は現れることはなくなります。

しかし、今のままの態度を続けるのなら、この辺りの人たちは、大半が不幸になるのです。(そこは断言できます。悪いことばかりしているからです)

それは、他の地域の人たちも同様なのです。日本にこれだけの災いが集中して起きているのは、これまでの日本の人々の行いが悪かったからであるのです。

では、これまでの行いを反省する以外、日本の人々が救われる道はないということになります。

いつまでも私のいうことを無視しているのではなく、少しは聞く耳をもたれてはどうでしょう。

そういう人が出てこない限り、日本中で起きている災いを止める手立てはないからです。

(どれだけ悪いことが起きたら、その傲慢さの反省が出来るのですか?〔謙虚さってご存知ですか?〕何度もいいますが、これだけ集中して天変地変が起きているのは世界の中でも日本だけなのです。これ大変なことなんですが…このブログを読み続けて、何もしないでいる人たちは、まだその大変なことの意味が分かりませんか?どれだけ神を怒らせたらそれが分かるのですか?)

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10月 07 2018

奉仕・布施

昨日は面白かったですね。

歩いていて嫌がらせをしてきた人に「別に、あんたらはあんたらで好きにやればいいじゃないか。正法神理など勉強しなくてもいいんだからさ。だからこちらにかまってくるなよ。でも、そこらじゅうで(日本中で)悪いことが起きているけどな」というと、みな嫌がらせしていた動きが一瞬ピタリと止まるのです。

その後、嫌がらせをして来る人もいますし、そこで嫌がらせをやめてしまう人もいますが、まだ嫌がらせをして来る人には「もう正法の世がどんどん深まっていくからな。心が汚い人たちは悪いことしか起きんわな」「自分たちの心が汚いので起きている悪いことをこちらのせいにしてくれるなよ。俺が人を病気になどしていたら俺も病気をするからな。因果応報という法則を無視した発想はやめてくれよ」「しかし、正法を実践しないでどうやって心をきれいにするの?心が汚いままならもうどんどん悪いことが起きてくるぜ」と畳み掛けていうと、もうほとんどの人が嫌がらせをやめて引いています。

私より、嫌がらせをして来る人たちの方がずっと切実ですからね。この辺りは周りの人にたくさん癌が出ていたり、トラックが激減しているのをみな目の当たりにしているからです。(日本中に起きている天変地変もそうなんですが)

しかし、このような状況でみな怖くはないのでしょうか?

トラックやバスの運転手などまだブシュブシュやって来る人がいますが、それは大変勇ましいのですが(?)どれだけそんなことをしたところで、自分たちによい事が起きてくるわけではないのです。

それに、それをされたからと私に悪いことが起きるわけでもないのです。

そういうことをすればするだけ、自分自身に悪いことが起きてくるのです。

もうそれが分かっているはずなのに、いつまでそんなことを続けるのですか?

それは、私に嫌がらせをしている人たちも同じなんですが、人に悪いことをすればするだけ、自分たちが不幸になるのです。(それももう分かっているはずです)

それなのになぜそんなバカなことをし続けるのですか?

意地ですか?

それとも感情だけで、そういうことをしているのかもしれませんが、ここまでひどいことが起きていて、もう意地も感情もないと思うんですが、怖くはないのですか?

正直なところです。

私なら怖いですけどね。それも非常にです。だって、周りに癌になる人がたくさん出ているのでしょう。

そういう体験は私にもあるからです。

あの未来の会員であった時です。毎月、会員の誰かが癌になったという話が出ていたので、さすがにそれが一年以上も続いた時は、ゾッとしました。

しかし、この辺りは、それが一年程度ではないはずです。大人から子供まで(子供までですから)よく怖くないなとちょっと神経を疑いますが(ほんと大丈夫ですか?皆さん)これだけこういう現象が続くのです。

では、この後もまだ、この現象は止まらないということになります。

自分たちが心を変えるまではです。

それでも心を入れかえる気はないのですか?こういう現象はこれからどんどん増えていくというのにです。

何度もいいますが、これから正法の世が深まって行きます。今の心のままの人たちなら、いま起きている現象はさらにひどくなります。

それはこの辺りだけではなく、日本全体も同じなのです。

起きている天変地変は激しさを増すということです。

実際、その通りのことが起きているのです。それでもこのブログを見ている人たちは心を変えようとはしないのでしょうか。

ここ何回か書いていますが、このブログを見ている人たちは、このブログを読むのは別に他の人のブログを読んでいるのとかわらない、ただ、人のブログを読んでいるだけ、心を救われても、知らないことを知っても、それは他の人のブログなど読めばそういうこともある、だから、それが当たり前なんだ、などとは思わないことです。(救われるレベルが違いますから。集中して救われているのですから)

そうして、このブログを読み、くだらないねたみやひがみや怒りの心など持たないことです。(特にこの辺りの人などです)

そういう不遜な心が、これほどの現象を自分や日本に現しているからです。

このブログを見ている人たちは、ここに書かれた神の教えに対する、少しくらいの感謝の心、奉仕の心は持つべきなのです。

そういう心がないから、これほどの現象を現されているからです。(神を怒らせてです)

こういう心になれば救われるということを園頭先生が正法誌に書いていられます。そこのところを抜粋しておきます。

1985年、一月より抜粋。

<奉仕・布施

奉仕とは「布施」である。

奉仕あるいは布施というと、多くの人は金品を奉仕し布施することだと考える。そのために、自分には人に施すべき余分の金品はないので、奉仕も布施もできないと考える。

金品を布施するのは「財施」といって、それが布施のすべてではない。「財施」のほかに「法施」がある。何一つ財産はなくとも、身体一つあればできる布施がある。

人の前で渋面(じゅうめん)をつくれば、あなたの顔を見た人は心を暗くする。いやな言葉を吐けば、人の心を傷つける。だからして、あなたの顔を見ただけでうれしくなるような明るい顔を、あなたがするのである。そうして、人をはげます言葉、やさしい言葉、いたわりの言葉、こころよいひびきのある言葉、人の心を明るくする言葉を使うのである。

重いものを持っている人があったら、持ってあげればよい。年寄りや子供を背負っている人があったら、席を譲ればよい。人からいわれない先にしてあげればよい。身体一つあればできる布施があり、思いやりがあれば心一つでできる布施があり、どんな貧しい人でも、自分が住む家のない人はいないであろう。そうすれば自分の家を、正法をきき学ぶための場とすればよい。

一番尊い布施が「正法」を知らせることである。法を伝えることは、身体一つあればできる布施である。>

こういう心と行いが出来るなら、救われていきますが(私は一番尊い布施である正法を知らせ続けているから、奇跡が起きているのです)いつまでも自分のことしかしない、考えないというのであれば、そのような人たちには、もう次々に不幸が現れてきます。

とにかくもう時代が変わってきています。そうして、この日本には本当の神の教えである正法神理が出現しています。

それに合わせた行動は非常に大事なことなのです。

(その大事さをいつまでたっても理解しないから悪いことばかりが起きるのです…ということを書いていたら大きな地震がありました。〔長野で震度四、愛知で震度三〕まだまだ、このような〔恐ろしい〕現象は続くようです)

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10月 05 2018

正法神理の大事さ

半々くらいでしたね。どえらい怒っている人と、どえらい引いている人がです。

少し前なら、前回のようなブログを書いたら怒っている人ばかりだったんですが、その通りのことが起きているのですから、怒っていても仕方がないわけです。

というか、怒っていてもどうにもなりません。どれだけ怒ろうがわめこうが恐ろしい現象は止まらないからです。

こういうことを私一人のせいにして怒っていたところで、私がそれをしているわけではありません。

私はただ、そのようになるといっているだけで、そのいっていることが(書いていることが)起きて来ているだけなのです。

高橋先生や園頭先生に、こういう心の人が多ければ、このようなことが起きてくるということは教えてもらっていましたし、それに書きながら、こういうことが起きてくると教えられつつ書いているのですから、そういうことも起きてくるわけです。

だから、私は最初からここには天の心が書かれてあると書いているのです。

それをこのブログを見ている多くの人たちが信じなかっただけです。だから、私があたかも、それを行っているかのように錯覚するのです。

書いていることが次々に起きてくるからです。

ここに書いていることが起きてくれば、それを私がしているようにも思えるからです。

しかし、それは違うのです。(だいたい、人がやれるようなことではないでしょう)単にこれから起きてくることを先に書いているだけなのです。

末法の心のままの人たちではこの時代にはいられないと書けば、本当にその通りになり(この辺りの現象もそうですが、多死社会がまさにそれでしょう)このままでは日本は滅ぼされると書けば、そのようになりつつあるのです。

私が最初ここに「日本は滅びる」と書いた時、一体、誰がそれを信じたでしょう。(もう何年前か忘れましたが)しかし、このような状況になればそう思う人も出てくるのです。

誰が日本に(わずか数年の間に)これだけの台風が直撃すると思ったでしょう。これだけの地震が起きると思ったでしょう。また、大雨や大雪が、そうして異常な猛暑が、これだけ続くと思ったでしょう。

しばらく前までは、少々の異常気象にはなっても、日本だけに(この日本だけというのがみそなんですが)これだけ集中して天変地変が起きてくるなどと思った人は一人もいなかったはずです。

地震大国だの、災害列島だの、これだけ頻繁にいわれだしたのは最近ではないですか。

それまでは、日本にどれだけ災いが起きていても、それはただ(今年だけ)の異常気象だの、温暖化の影響だの、いっているだけで、それほど日本に起きている激しい災いを問題視する人はいなかったのです。

そのうちに収まると、そう思っている人たちばかりであったのです。

しかし、私はもう何年も前から、このままでは日本は激しい天変地変が起きてくると、そうして、その天変地変はどんどん激しくなると、何度も、何度も、このブログの中で指摘して、このままでは日本は滅ぶとはっきり書いていたのです。

その書いた通りのことが起きているのです。

原発問題でもそうでしょう。

例えば茨城県の南部は今でこそ地震の巣などといわれ、よく地震が起きることで知られていますが、私はそれが知られる前から、あそこには(反原発である)大きな風力発電所があるからよく地震が起きるようになりますと、そうこのブログに書いていたのです。

そう書いた通り、あそこは頻繁に地震が起きています。

鹿児島でもそうでしょう。

少し前までの鹿児島は、大雨ばかり降ってひどい被害が出ていたのです。

それで私があの鹿児島は原発を動かせば、あのひどい大雨は降らなくなります、とこのブログに書いていたのです。

その書いた通り、鹿児島は川内原発を再稼動させてから頻繁に起きていたひどい大雨がなくなったのです。(多少の大雨はあるでしょうが。日本がこのような状況であるからです。しかし、原発を動かす前までの鹿児島はそれはひどい大雨被害がよく出ていたのです。それは、はっきり覚えています)

そればかりか、原発を再稼動させる前までは爆発的噴火を繰り返していた桜島まで、原発を動かしたら静かになったのです。(いま現在の桜島は、そんな爆発的噴火を繰り返すなどということはないはずです。〔たまに爆発的噴火が起きることはあるようですが〕しかし、原発を再稼動させる前までは桜島は爆発的な噴火を繰り返していたのです)

私がいったことを行うなら、必ずよくなるのです。

この正法神理に照らし合わせてみれば、このようなこと(善悪)はすべて分かってくるからです。(だから、北海道の泊原発のこともいっているんですが…よいのですか。私のいうことを無視していてです)

だから、私は日本はこのままでは滅ぶとこのブログに何度も書いていたのです。神の心から外れている人々が日本には数多くいたからです。

このように、私はこうなると教えているだけで、私が何かしているわけではないのです。

それどころか、もし私がいなかったら、日本は必ず滅びて行くでしょう。そうは思わないでしょうか。

神の心を知る人がいなかったら、今回のような激しい天変地変に対しても、多くの人たちは、ただ防災、減災を叫んでいただけでしょう。

そうして日本だけにこれだけ集中して災いが起きていると気づきもしなかったでしょう。

だから、天変地変が多いということで、国が国土強靱化計画を叫んではいても、それはいうだけでやらなかったでしょう。

激しい天変地変などそのうちに収まると思ってです。(どちらにしても政府はやってないんですけどね。これほどの状況になっていてもです。〔苦笑〕)

心をまったく変えようともせず、しっかりした強靱化もしない、個々で少々の防災や減災を行っているだけ、そういうことになれば、日本に起きている天変地変は激しくなる一方なのですから、気づいた時には日本中がすでに激しい天変地変でボロボロにされ、そうしてボロボロになっている日本の人々にこの辺りのように癌が多発するのです。

そうなったら、日本は滅びないのでしょうか?

もし、私がいなかったら(神の心を知る人がいなかったら)そうなることは必然なのです。(神の心を知る)私がいても、そのような方向に日本は向かっているからです。

では、全然神の心を知らない人たちばかりであるなら、もっとひどいことが起きるということになります。

多くの人が神の心に逆らい続けてです。(だいたい無神論の人たちばかりで、神の心など分かる人がいないのですから、神の心に従えるわけがありません)

これだけ起きても(またこれだけ書いても)それでもまだ分かりませんか?

この教えの大事さがです。

この正法神理がなければ少なくとも日本は滅びるでしょう。(何度もいいますが、日本は大きな使命を無視していますから)さすがにここまで来れば、それが観える人もいるはずです。

それともまだ、それが観えませんか?

「目明きめくらに道をきき」とはまさにこのことですね。

目がいくら開いていても、目が見えない人に道をきいたところで分かるわけがありません。目明きめくらに道をききとは、そういう明きめくらの人に道をきいている、トンチンカンな人のことをいっているのですが、しかし、そういうトンチンカンな人たちばかりであるなら、もう日本は滅びるしかないのです。

そういう人たちばかりなのでしょうか。このブログを見ている人たちはです。

昨日も書きましたが、ここまできて、それでもまだ布施の一つも拒否するような人たちばかりであるなら、確実に日本は滅びます。

まだこの正法神理の大事さが分かりませんか。

この教えがなければ、日本はもう滅びるしかないのです。

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