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12月 06 2018

本当の使命を果たすことの難しさ

今日も朝からどこかの会社などお怒りですが、本当の神の教えをきいているのに感謝もせず、嫌がらせを続けていてはいいことが起きるわけがありません。

感謝して布施されたらどうですか?(このブログだけは読んで心は救われているのですから)そうすれば、その起きている災いはすぐに止まるからです。

これだけ簡単なことがいまだ理解できない、本当にこの世の修行とは難しいものだなと、こういう人たちを見ていてつくづく思いますが(単に我が強いだけなんですが)この世に生まれ、自分の本当の使命を果たすということが、いかに難しかは少しはお分かりいただけると思います。

前回のブログなど見ればです。(名の通った人でも失敗していますから)

この世で成功することと、自分の本当の使命を果たすということは必ずしも一致しないからです。

だからよけい難しいのです。単純に金儲けすればよいとか、名声を得ればよいとか、そのようなものではないからです。(その先が大事ですから)

金や名声を得ることは、この世的に見れば成功者なのでしょうが、心の世界から見たら成功者ではないからです。(金や名声はあの世に持っていけません。だから、そのようなことだけを自分の使命にして生まれてくる人はいないのです。そのようなものは心を磨くための手段でしかないからです。手段を目的とする人はいません)

心の世界から見た成功者が本当の成功者なのです。

本当の成功者とは、まず自分の本当の使命に気づいて、そうしてどれだけ多くの人々を救えたのか(どれだけ自分の心を磨けたのか)ということが基準となるのです。(逆のことをしているようでは地獄にしか行きません。そういうことをしている人が多そうなので〔人を騙したり嫌がらせしたりしている人がです〕ひとこと書いておきました。〔苦笑〕)

例えば、自分は金を儲けて、そうして、その金で人々を救いながら心を磨いてきますと、あの世で神と約束して(それが自分の使命となります)生まれてきた人がいたとします。

それでこの世に生まれ、金を儲けるまではよいとしましょう。(金儲けは誰でもやる気をだしてやりますから)しかし、その後、その稼いだ金を使って人を救うということをする人が果たしてどれくらいいるのでしょう。

金を儲けてしまえば、自分の栄耀栄華を求める人がほとんどで、それを人のために使うという人などそうはいないのではないでしょうか。

だから、本当の使命を果たすのは難しいのです。そのような欲望に負けず、人への愛や慈悲の心を行いとして現さないといけないからです。(そのような愛の行為の積み重ねが自分の心を磨き心の向上となるのです)

しかし、多くの人はこの世に出てしまうと、金、地位、名誉などに翻弄(ほんろう)され(それか、それを求めない人たちは、人生はこんなものと進歩のない生活を続けるか)本来の心の修行がしっかり出来ないのです。

だから、この世の(心の)修行は難しいということになりますが、だからこそ、金、地位、名誉を求めるなら求めるでかまいませんが、そこで止まるのではなく、もう一歩自分の心を先に進めて、その金、地位、名誉を利用して、人々を救っていこう思うことです。

その心を一歩進めた、愛と慈悲の心から自分の心の進歩は始まるからです。(そのような愛と慈悲の心こそ神の心であるからです。神の子である私たち人間は、その神の心を基準とするのです)

だから、金を儲けることはよいのですが(お金はないよりはあった方がいいですから。いろいろ使えてです)そうして、その金で、よい車を買おうが、よい家に住もうが、よいものを食べようが、それは自由なのですが、それだけでは(そういう自分のことだけしていては)いけないということです。

その儲けたお金で(自分のことだけではなく)どれだけ人のために尽くせるか、それで自分の価値も決まり、そういう行いを続けていくなら、自分自身の果たすべき本当の使命も分かってくるということです。

そのような愛と慈悲の行いが、正しい道を示してくれるからです。

ただ、このような行いも真の愛と慈悲の心から行うなら、正しい導きは得られますが、そこに少しでも自分のためなどという打算の心があるなら、それは正しい行いではなく、偽善でしかないのです。

それでは自分の本当の使命を果たすことは出来ません。

残念ではありますが、よいことをしていると思っている人たちでも、そういう(打算の心がある)人が、ほとんどなのではないでしょうか。

だから、奇跡が起きてこないのです。その心のどこかに間違った部分があるからです。

そこに気づかないといけないのです。

だから、この教え(本当の神の教え)を勉強しないといけないというのです。本当の神の教えを勉強するならば、そのような間違った部分はなくなり、本当の善人になることが出来るからです。

そうすれば、自分の本当の使命にも気づいて、奇跡も現れてきます。

だから、私たち(本当の神の教えを勉強している者たち)には奇跡が起きるのです。していることに嘘がなく本当に正しい行いをしているからです。

間違ったことをしている人に奇跡は起きてきません。だから、この教えを知らないままよいことをしている人には奇跡が起きてこないのです。どこか間違った部分があるからです。

その間違っている部分を反省してよいことだけをしていかないと奇跡は起きてきません。

だから、そのような一見、善人と思えるような人でも奇跡が起きてこないのです。そのような人たちでも、まだまだ、悪い部分がたくさんあり、その悪い部分を反省しない限り神の心には近づいていけないからです。

神の心に叶う人にならないと奇跡は現れてきません。奇跡が現れるようになってはじめて(心から)人々を救っていけいるのです。

この教えを知って実践しない限り、本当の善人にはなれません。だから大事であるのです。本当の神の教えはです。

何度もいいますがこの世の修行は難しいものです。(自分たちが思っている以上にです)そうして本当の使命を果たしきることはもっと難しいのです。

いつまでも本当の正しさを知らずにいてよいのですか?正しい道しるべがなくて(それがこの正法神理ですが)正しい道が進めるのでしょうか?

前回書きましたが、松下幸之助氏と同じ轍だけは踏まないよう願いたいものです。

追伸…入管難民法の改正案に続いて、今度は水道事業の運営権を民間企業に委託を促進する水道法の改正案ですか。

最近は、日本のためとか、国民のためとかいうより、金のための法案ばかりですね。(カジノも、カジノの面積はIR施設の三パーセント以下とかいっていますが、こんなの最初だけでしょうし)

この流れでいくなら消費税も上げそうですね。(もう金、金、金ですから…オリンピックならよかったんですが。〔苦笑〕)

そのうちに日本もフランスのような暴動が起きないか心配です。

政治家の方々もこの世の修行の失敗だけはされないように願います。政治家が失敗されると多くの人たちが不幸になるからです。

(総理大臣であった方でも地獄に行った人がいるようですし)

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12月 04 2018

成功者と失敗者

十二月だというのにずいぶんあったかいですね。

昨日は、十二月での最高気温を更新したところが続出したようですが、まだまだ異常気象は続いていますね。(というか、この暖かさはあの夏の異常猛暑の名残だそうですね…どんだけ今年は暑かったんでしょう)

大きな使命を持っている人たちが、その使命を果たそうとしなければこのような(異常な)ことは起こります。(だから起きているんですが)

しかし、大きな使命を持っていても、その使命をちゃんと果たせる人の方が少ないのです。

その失敗例をいくつか書いておきましょう。(今後の参考のためにです)

あの有名なパナソニック(松下電器)の創業者の松下幸之助氏は(何度も書いていますが)「正法神理を拡げるためにはお金が必要です。私は、そのお金を用意します」と、法の流布のためにかかるお金を集める使命を持って生まれてきた方でした。(そういう使命を持った人を大黒天といいます)

この方の過去世はキリストの弟子であるルカといわれた人でしたが(ルカの福音書や使徒言行録を書いた)そういう法の流布を助ける使命があったため、松下幸之助氏が創業した松下電器はあれだけ大きくなったのです。

天上界が大いに協力したからです。

ところがこの人は、会社が大きくなってお金がたくさん入ってくると、その金を高橋先生のために使うことはせず、自分たちのために使っただけでした。

だから高橋先生は「あの人はあの世に帰ったら怒られますよ。あの人は私のために(正法神理流布のために)お金を集めてくると約束してこの世に出てきた人ですからね。それなのにこちらにはぜんぜん金を出そうとしない。しかし、別にそれはそれでいいですけどね。私は私でお金を集めますから」ということをよくいっていられたそうです。

松下氏は、高橋先生のことを知らなかったわけではなかったはずですが(周りの人が高橋先生のことを松下氏に伝えていられたはずだからです。しかし、松下氏は高橋先生をそこらの霊能者と一緒にして興味を示さなかったようです)自分の本当の使命を思い出すことなく、結局この方は高橋先生が説かれた正法神理とは縁がないまま亡くなられるのですが、この方は菩薩界の人であり(普通の人よりは深い)慈悲や愛の心は持っていられたのでしょう。

それでPHP研究所をつくって倫理教育などもされたようですが、この方の本当の使命は自分で倫理教育などされるのではなく、高橋先生や園頭先生に自分が稼いだお金を布施して法の流布に勤めることであったのです。

しかし、それをしようとしなかった。この方はこの世的に見れば成功者ということになりますが、心の世界(あの世)から見たら失敗者ということになるのです。

自分の本当の使命に気づかず、自分の使命を(まったく)果たすことなくこの世を去られたからです。(だから、今頃はあの世で、ど叱られて〔キリストや七大天使などにです〕しゅんとしているでしょう)

東大の総長であった矢内原忠雄という方がいますが(昭和三十六年に亡くなられました)この方の過去世は、やはりキリストの弟子であるペテロであったそうです。

ペテロはキリストの弟子としてイスラエルに出た当時、無学であったため、法の流布に大変苦労されたそうです。

それで今回はしっかり勉強してくるということで、この世に生まれてきたそうですが、たしかにこの方はよく勉強され東大の総長にまでなられたのですが、しかし、ペテロが行ったような奇跡をぜんぜん現さないままこの世を去られています。

生前この方は、自分がペテロであったということを分かっていたような節(ふし)がありますが(この方の著書を読むとです。ペテロの気持ちがリアルに書かれた部分がありますから…その部分をこのブログでも抜粋しましたが)それもはっきりしませんし、ペテロが現したような奇跡などぜんぜん現していません。(それは著書の中に書かれています。キリストの弟子のような力が自分にもあったらみたいなことをです。ということは、自分にはその力がなかったということです)

この方は、過去世からのキリストとの縁によってクリスチャンとなりキリスト教を伝えますが、前世のペテロのような華々しい活躍は出来なかったようです。

では、この方は成功者なのでしょうか、それとも失敗者なのでしょうか?

この方は、今回は勉強をすることを目的にこの世に出てこられた方でありますから、その勉強はしっかりされたのだから、失敗者というのは言い過ぎではないかと思われる人もいるかもしれませんが、ペテロもやはり菩薩界の人なのです。

菩薩界の人なら、最低(最低です)前世並みの活躍は出来ないと、この世に出てきた意味がないのです。(それはそうでしょう。前世以上の活躍をしなければこの世でのその人の魂は成長しませんから)

では、矢内原氏はペテロだった自分を思い出して、ペテロ並みの奇跡を現し多くの人々を救い(そこでプラスマイナスゼロですから)それプラス勉強もよくしなければ、この方は成功者とはいわれないのです。(それだけ菩薩界の人の修行レベルは高いということです)

つまり、この方もこの世に出て成功したとはいい難いのです。(この方もこの世的には成功者でしょうが)

その後も今生はたくさん心の高い人たちが日本には出ています。釈尊であられた高橋先生が日本に出世されたからです。

特に高橋先生がつくられたGLAには過去世で有名であった方々が(釈尊の弟子やキリストの弟子たち。モーゼ系ではヨシュアなども出ていたそうです)たくさんいましたが、そのことごとくが失敗されたのです。

園頭先生(シャリー・プトラー〔舎利弗〕)を除いてはです。

それは園頭先生以外、高橋先生が亡くなられると、その神通力がまったくなくなってしまったということでもその事実が分かるのです。

釈尊やキリストの弟子であった人たちが、何の奇跡も起こせない、口先だけでは話にならないからです。

奇跡が現れないということは、自分たちが正しい教えを説いていない何よりの証拠であるからです。(釈尊やキリストの弟子たちが正しい教えを説けないというのであれば、この世に出てきた意味がありません。この人たちは大失敗をしたのです)

釈尊やキリストはもちろんですが、その弟子たちも次々に奇跡を現して、それではじめて正しい教えを説いていると認められるのであって、それが現れたのは高橋先生の弟子たちでいえば、園頭先生がただ一人であり、園頭先生の弟子でいえば私が一人であったのです。

では、誰が成功者で誰が失敗者かは一目瞭然でしょう。どうこういう話ではありません。

釈尊やキリストの弟子たちでいえば、次々に奇跡を現して人々を救っている人こそ成功者なのです。

その後もこの日本には続々と心の高い人たちが生まれて来ているようです。

数年前に私は、これから若い時から天才的な力を発揮する人たちがたくさん出てくるとここに書きました。

それは高橋先生が「これから日本には菩薩界が出来る。その菩薩界から生まれて来る人たちは小さな時から天才的な力を発揮して、多くの人々を正しい道に導いて行く」という予言をされていたから、そう書いたのですが、そう書いたとたん、次々に若い人たちで天才的な力を発揮する人たちが出てきたのです。

ここ数年でしょう。例えば、日本のスポーツ界などでもこれだけ多くの若い天才たちが現れ始めたのはです。(野球やサッカー、ゴルフ、卓球、スキー、スケート、水泳〔まだたくさんありますよね〕将棋に至るまでです)

こういう人たちは、心が高い人たちが多いのです。そうして、このブログを見ている心がモヤモヤしっぱなしの人たちもそうです。

皆それぞれ大きな使命があるのですが、果たしてその使命をしっかり果たすことが出来るのでしょうか?

本当の使命を(しっかり自覚して)しっかり果たすことは、それほど難しいことであるからです。

現状はほとんどの人が失敗していますが(本当に心が高いわりにはだらしのない人たちばかりです)しかし、成功しなければこの世に出てきた意味がないのです。(特に今生は重要なのです。最終ユートピアが迫っているからです)

心が高ければ高いほど、この正法神理に関わらなければ心の進歩はありません。この教えからつかず離れずしているような人たちに成功の道はないのです。

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12月 03 2018

光の天使

しかし、先週の土曜日の堀川にはちょっと驚きましたね。この時期にあんなこと起きたことがないからです。

たしかに初夏から秋ぐらいまでなら、そういうことも起きますが、まさかカモメが飛び回っている冬にまで、一斉に魚が水面まで上がってきてあちこちで跳ね回っているなど考えられますか?(だいたい、冬は魚は底の方にいて静かにしているはずなのにです。この前など、そういう習性のある鯉まで水面に出てきてバシャバシャやっていました)

しかし、そのような奇跡が目の前で起きているのです。

不思議なことが次々に起きてきますが(この辺りで起きているいろいろなことも含めてです)いよいよこの教えを(世界中に)拡げなければいけない、そういう時が来ているのかもしれません。

だから、魚まで命がけで、そんなありえないことをしているのでしょう。

そう考えなければどう考えてもおかしいからです。最近など特に起きていることがです。

ここ数年おき続けた天変地変など、もう息つく暇なく起きていたのに、最近は急に起きなくなり、この辺りなど走っている車がドンドン減っていくという異変まで起きだしています。(今日も朝からどこかの会社など大変なお怒りですが…)

災害大国などといわれていた日本の災害が止まり、今度は次々に異変が起きだした。

つまり日本は災害大国などではなく、神の意志に逆らっているから、このようなおかしなことばかりが続いているのであり、早くそれに気づかなければいけないのです。

最近、起きていることは、そのことを教えるための数々の異変とも思えるからです。

だから神の意志に従えばいいのです。そうすればおかしな現象は収まってくるからです。

その神の意志に従うとは、この教えに従えばいいのであって、それが都合のいい解釈ではないということは、ここに書いた通りのことが起きているということでも、その事実が分かるのです。

間違ったことを(おかしなことを)いっている者に、書いた通りのことが起きるわけがありませんし、奇跡が起きてくるわけもないからです。

しかし、ここに書いていることが次々に実現し、不思議な奇跡も次々に現れてくるのです。

では、私のいうことをきけという、天の意志がこのブログには現れていると思いますが、それでもまだ、このブログを見ている人たちは私を認めようとはしないのですか。

少しも協力しようとは思わないのでしょうか。

そういう気のない人ばかりではないはずです。心ではやらなければいけないと思っている人たちがいるはずです。

そういう人は、いつまでも自分の心の中の思いと裏腹な態度を取り続けていては、いつまでたってもよくならないのです。

そういう人たちは(私に協力しないといけないと思っている人たちは)自分の本当の使命を果たしていないからです。

自分の大きな使命にまるで気づいていないのです。

どれだけ長い時間、悪いことが起されれば、自分の本当の使命に気づくのでしょう。

日本が(自分たちが)壊れてしまっては(肉体がなくなってしまっては)遅いのです。

まだ分かりませんか?本当の自分自身がです。

このブログを読んで(表面上はともかく)心の中で、ここに書かれたことは正しい、自分もしなければいけない、と(強く)思われる人は、この教えを拡げるため使命を持って生まれてきた光の天使なのです。

だから、そのような思いが心の中に出てくるのです。

いつまでたっても、その(本当の自分の)使命を果たそうとしないからです。

だから、そのような人たちは、その使命を果たすなら(私に協力しこの教えを拡げるなら)心から真の喜びが出てきて、周りに奇跡も現れてくるのです。

そういう人たちは、すでに過去でこの教えを学び、奇跡を現している人たちばかりであるからです。

そういう人たちがたくさんいるのに(特に日本にはです)いつまでたっても、この教えを実践しようとしない、だから多くの災いが現れるのです。

そのような使命のある光の天使たちが、いつまでたっても何もしようとしないからです。それでは神の怒りはなお一層激しくなります。

だから、日本にはこれほどのことが起きているのです。(他国以上の異常現象)

それだけ多くの光の天使たちが(使命のある人たちが)日本には出ているからです。にもかかわらず、その光の天使たちが自分の本当の使命を果たそうとしないからです。

全然、気のない人たちは結構です。(そういう人たちはまだまだ法と縁の深い人たちではないからです…しかし、そのような人たちは残念ではありますが、これからドンドン不幸になっていきます。そういう時代になっているからです)しかし、心の中がモヤモヤして、どうにもこうにもすっきりしないという人たちは、私に協力してください。

その心の中のモヤモヤは私に協力しない限り取れてこないからです。

またそういう人たちは、それぞれが「世界を変える使命を持ってこの世に生まれてきた光の天使である」ということを自覚しないといけないのです。

追伸…フランスでは激しいデモが行われているそうですね。(というか、ほとんどもう暴動ですが)

燃料税引き上げなどに抗議するデモだそうですが、日本も同じようなことが行われようとしています。(消費税の引き上げ。それだけではなくフランスのマクロン大統領と安部総理は政策もよく似ているとか)

同じような政策を行えば同じようなことが起きてきます。もう少し日本政府は他国のことを他山の石としてもらいたいものです。

他国がしている間違った政策を同じようにしようとしている部分が多々あるからです。

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12月 02 2018

正法神理の有難さ

最近は引いている人がずいぶん増えているんですが(二、三日前に金山に行きましたが、金山でもそうでした。皆ずいぶん引いていました)しかし、そのような中でやたら怒っている人もいます。

何でそんなに怒っているのか(それだけ自分の周りに悪いことが起きているのか)それは知りませんが、一方的に私に怒ってくるのもお門違いでしょう。

だって、条件は同じであるからです。

同じでしょう。同じところで同じような生活をしているのですから。特別、私が安全な場所にいるわけではありません。

私もいつおかしな病気をするか分からないのです。(病気に場所は関係ありませんが)それどころか、私は(この辺りの)そこらじゅうの人から嫌われています。

だから、一番危ない生活をしているのは私なのです。

それなのに(私より)よほど安全な生活をしているはずの周りの人たちがずいぶんテンパっています。

なぜですか?よほど恐ろしいことでも起きているんでしょうか?などというとぼけたことを書くのも時間の無駄ですね。

それだけ恐ろしいのなら早くこの教えに帰依されることです。そうすれば安らぎの境地がえられるからです。

ウナッシーさんのコメントにも書きましたが(ウナッシーさんも気づいているようですが)もう自分の心に素直になってはどうでしょう。

この正法神理の有難さはすでに多くの人がお分かりであると思うからです。

それにもかかわらず、なぜいまだ突っ張っているのですか?まるで子供のようですね。(ピー・パップ・ハイスクールですか?ちょっと古いですね。今なら「今日から俺は」ですか?〔笑〕)

多くの人が、いつまでも突っ張り続けているのは、これまでのやり方を変えることが出来ないからでしょう?

ただ、それだけのことなのではないでしょうか。

くだらないプライドが、これだけ危ない状況になっても、それでもまだ本当の神の教えに対して、突っ張るという愚かな行為をさせているのです。

無神論の人たちは、これまで神など存在しないと、宗教などやっている人は心の弱い人だと、散々、神や宗教の信者の人たちをバカにした手前、今さら神を認めて、神に頭を下げることなど出来ないということなのでしょう。

これまで信仰をしてきた人たちは、そのしてきた信仰を捨てることが出来ないということなのでしょう。

そうして、この辺りの人たちは、これだけ病気なる人が出ていて、何で今さら自分が悪かったと認めないといけないのかと、自分がよい悪いにかかわらず感情的にそれを認めることが出来ないということなのでしょう。

しかし、どんな都合であれです。もう、これほどのことが(これまで起きたことがないような現象が)次々に現れてきているのです。

いつまでもそのようなことにこだわり、大局を見ようとしなければ不幸にしかなりません。

これまでの(小さな)こだわりは捨てるべきでしょう。そうしない限り、救われる道はついてこないからです。

そのようなことは、みな小さなことではないのかもしれませんが(その人、その人に取ってはです)しかし、この教えを勉強するなら、そのような考えがみな小さな考えであったと分かるのです。

自分たちの小さかった考えは後で分かるのです。それだけ大きな教えであるからです。

この正法神理というものはです。

もうこの教えをやるほかないと、このブログを見ている多くの人たちは分かっているはずです。

では、その心に(いい加減)従ってはどうでしょう。それが唯一の(本当に)救われていく道であるからです。

無神論の人たちも、間違った教えを信仰している人たちも、この辺りの人たちも、心の面から見たら、みな似たようなものなのです。

大して変わらないのです。

迷える衆生という点では同じであるからです。

どれだけ表面上はよい生活をしていても、心の中では必ず迷いがあるからです。(あるでしょう。ないですか?)

その迷いをなくし、心を進歩向上させるのが、この本当の神の教えである正法神理なのです。

これまで神を認めず、宗教をバカにしていた人たちも、その人たちはただ唯物無神論という教えを信じ、それを信仰していたにすぎないのです。

間違った唯物無神論教という教えを信じて、それを信仰していた哀れな信者にすぎないのです。

間違った信仰をしている人たちと一体何が違うというのでしょうか。

だから、迷うのです。間違った信仰しかしていないからです。(何でも信じ行っていることを信仰というのです。特別、宗教だけを信仰というのではありません。金しか信用しないという人は金の信仰者であり、科学しか信用しないという人は科学の信仰者であり、何も信用しないという人は、何も信用しないということを信仰している信仰者なのです。そういう信仰がみな間違っているから迷うのです)

そうして、この辺りの罪をみな私にかぶせて怒っている人たちもそれはまったく同じでしょう。

いつまでも間違った考えでいるから救われないのです。

正しい考えを(信仰を)持つまでは救われないからです。

私は、昨日もまた不思議なことが起きました。

昨日は堀川に行っていたのですが、堀川沿いを歩いていると最初は静かであったのですが、そこにいるカモメたちに声をかけていたら(お前ら元気か?とかです)そのうちに川面がザワザワしてきて「ン?」と思っていたら、なんと、そこにカモメが数十羽もいるにもかかわらず、そこらじゅうで魚が跳ね出したのです。

考えられますか?

カモメが数十羽も飛んだり、浮かんだりしているその川で、多くの魚たちが水面まで浮かんできて、あちこちでバシャバシャ跳ねているなどということがです。

しかし、昨日はそういうことが本当に起きたのです。(ほんとビデオで撮っておきたかったです。その不思議な場面をです。私がいる間じゅう魚たちは跳ねていました。カモメに一切かまわずです。幸いその魚たちをカモメが捕ることはなかったんですが)

だから私は、同じように堀川の川沿いを歩いていた人たちに声をかけたんですが(歩いてきたオバちゃんたちに「カモメがこんなにいるのに魚がバシャバシャ跳ねてるぜ。オバちゃん凄いことが起きている」とかいってです)しかし、そのような不思議な現象にこの辺りの人たちは無視を決め込み、川を見ようともしません。

それどころか、怒って嫌がらせをしていく人まであるのです。

こういうことをしているようでは救われるわけがないのです。

素直に神の奇跡に感動できない、意固地になって奇跡を奇跡と認めようとしない、なんと小さく哀れな人たちでしょう。

このような現象はもう一生見ることがないかもしれないのにです。(昨日、川沿いを歩いていた人たちは年寄りが多かったですから。この人たち、先も短いでしょうから。〔苦笑〕)

神に対し、正しい考えで正しい行いをするなら、このような奇跡が次々に現れてきます。(これこそ正しい信仰です)そうであるなら、そのような人に災いが現れることはないでしょう。

神の奇跡が次々に現れるということは、神の光が常にその人に降り注いでいるということでもあるからです。

そのような神の光が常に降り注いでいる人は、常に神の守られているということであるからです。

いつまで、心と裏腹な行いをし続けているのですか?これだけ奇跡が起きてくる教えを勉強したくない人がいるわけがないではないですか。(やらない時間がもったいないです)

しかし、この教えを勉強できる時間は限られています。(とりあえず、この世にいる間だけですよ。しっかり勉強できるのはです)

一歩踏み出されたらどうでしょう。そのような行いが、迷いを消し、心を進歩向上させるからです。

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11月 29 2018

本当に起きている恐ろしい話

もう、これ以上、ここに書いていることを無視するのはやめた方がいいでしょう。

何度もいっていますが、ここに書いていることは現実に起きているのです。マンガやテレビを見ているのとはわけが違うのです。

それなのに、いつまでもテレビを見ている視聴者のように、ただ楽しんでこのブログを見ているだけでは(楽しんでいない人も多そうですが)その人自身も不幸になるのです。

実際に不幸になっている人がたくさんいます。このブログに書いていることを無視しているからです。

しかし、そのここに書いることを無視しているばかりに、不幸は不幸でも大変恐ろしい不幸が起きている人がたくさんいるようなのです。

その恐ろしく不幸な出来事をちょっと書いておきましょう。

昨日もそうだったんですが、ここ最近はどの道路も車が少なくてガラガラなのです。(それはもう何度も書いていますが)

どこの道路も少し前まではトラックで一杯だったのに、今は見る影もありません。ちょっと信じられないくらいです。ここ数ヶ月で車がドンドン減っていっているからです。

不景気でそれで車が減っているというのなら話も分かりますが、現在の日本はとりあえず(とりあえずです)景気はいいんですよね。(大企業だけは)

アベノミクスでです。(デフレで中小企業や個人にはお金が回っていない〔単に忙しいだけで儲かっていない〕ということは置いておいてです)

不景気でもないのに(景気がいいのに)走っている車がドンドン減っていくというのですから、一体、何が起きているのか?ということになります。

それで昨日のことなんですが、どこかの会社がずいぶん怒っていたので(次から次に何か起きているようです)「それだけ癌になる奴が出ているのなら、死んだ奴もいるんだろうな」と声をかけたのです。

私は何気なくそういっただけなのですが、そうしたらです。

もうドン引きしているのです。(一変に雰囲気が変わりました)

ずいぶん引いているので「そんなに死んだ奴がいるのか?おい、大丈夫かよ」と、ドンドン突っ込んでいったら、ドンドン引いていくのです。

「どんだけ死んでんだ?」とこちらが焦りました。(汗)

その後もかなり引いていましたから、死んだ者がずいぶん出ているのではないでしょうか。この連中はです。

しかし、そう考えるのならです。あの激減しているトラックの運転手連中なども同じで、死んだ者がたくさんいるのではないでしょうか。

これだけ車が減っているのなら、死ぬ人が出ていても不思議ではないからです。

むしろ出ていない方がおかしいからです。(そうでなければこれだけ減らないでしょう。車がです)

分かりますか?その恐ろしさがです。こちらは走っている車が激減していますが、その激減している車の運転手の中で死んだ人も(下手すればたくさん)いるということなのです。

そればかりでなく(どこかの会社だけではなく)やたら怒っている人がそこらじゅうにいますが、ではそういう人たちも、身内や友人に亡くなる人が出ているということなのでしょうか。

単に癌になったということだけではなくです。

だから、怒っている(またはドン引きしている)ということなのでしょうか。少なくとも、どこかの会社など死んでいる人がたくさん出ているようであるからです。(今も確認しましたが、またドン引きしましたので間違いないでしょう)

そこは、はっきりしませんが(そういう人たちに直接きいたわけではないので)どちらにしてもいいことは起きていないでしょう。

いいことが起きているのに、それだけ怒っている(またはドン引きしている)人などいないからです。

しかし、そうであるならまだこれから、どれだけ多くの人が死ぬか分からないということになります。そういう現象(車が減るだけではなく、そこらじゅうの人が怒っている)がまだまだ続いているからです。

また、こちらの人たちは謙虚でへりくだった態度など取りません。横柄で傲慢な態度ばかり取っています。

そのような不遜な態度を取り続けているのなら、絶対にいい方にはいかないのです。(どこかの会社もいまだ嫌がらせをやめません。今日などずいぶん引いているのに、それでも嫌がらせはやめようとしません。そういう人たちがこの辺りは多いのですが、こういう人ばかりだとドンドン悪い方に導かれていきます。つまり一度、癌などになれば病状が悪化する方にしかいかないということです。そういう心では奇跡など起きないからです)

私も同じ地域に住んでいますので当事者なのですが、実際、こちらではこういうことが起きてきています。

それでも、私のいうことをきくのは嫌ですか?本当の神の教えなどくそくらえでしょうか?

それはかまいませんが、正味な話、こちらではこのような恐ろしいことが次々に起きているということだけは知っておいてください。

今年は有名人もたくさん死んでいます。

では、同じことが起きていても別に不思議ではないでしょう。(ちょっとこちらは起き方が激しいのですが…)

もうそういう時代になっているからです。

追伸…しかし、それだけ死んでいる人がたくさん出ているようだとよけいやばいですね。

何がやばいかって、そのように死んでいった人たちは、みな地獄に堕ちています。(これは断言できます)

そうすると、そういう人(霊)たちは、その地獄が苦しいばかりに(例えば、癌で死んだ人などいまだ地獄でその癌の痛みに苦しんでいるでしょうから)この世に出てきて親しかった人たち(身内や友人)に憑いてしまうからです。(この世でもそうですが、苦しい時は親しい人を頼りにします。それは死んでも〔霊になっても〕同じなのです。苦しいからと親しい人のところに来るのですが〔助けてくれとです〕身内や友人が心がきれいなら、その地獄霊は憑くことは出来ませんが〔波長が合わないからです〕汚いでしょう。どの人もです。では、ほとんどの人が憑かれてしまうのです)

癌になっている霊に憑かれれば、その憑かれた人も同じ症状が現れてきます。

そういうこともあって、この辺りは癌になる人がよけい増えているのではないでしょうか。癌になって死んだ人に憑かれて、憑かれた人も癌になる、負の連鎖です。(そういうことは起きるのです。よく家族に癌になる人が出ると、その家族も癌になるといわれます。それは遺伝だの、食事の問題だの、いろいろいわれていますが、そういう物質的な問題ではなく、同じような心〔家族だからよく心癖が似ているのです。同じような心を持っていると同じ病気になるのです〕と、その癌で死んだ人が同じ家族に憑くから同じように癌になる人が家族から出てくるのです。つまり心さえ変えることが出来れば、そのようなことはなくなるということです)

どちらにしても、そのような負の連鎖を断ち切るには心を変える以外にありません。

でも、この教えを勉強するのは嫌なんですよね。このブログを見ている人たちはです。(苦笑)

では、お気をつけください。ずいぶん癌が流行っている(癌になった地獄霊がウロウロしている)ようだからです。

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