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3月 20 2021

恐ろしい現実 現代人の愚かさ

昨日は暖かかったからでしょうか。外を歩いていると黄色いチョウチョがあちこちで飛び回っていました。

何か嬉しくなって「お前らもう出て来たのか」と声をかけると、こっちに飛んできたのもいました。かわいいものです。

桜もチラホラ咲き始めた木も出て来て、暖かさだけではなく、そういうところでも春が来たなと実感しますね。

しかし、こちらの人たちの心を観れば未だ極寒のようです。極寒地獄の真っただ中にいるようですね。こちらの人たちなどはです。(苦笑)

昨日はずいぶん引いている人が(ところが)多かったですね。怒っているところなどわずかでした。

ずいぶん出ているようだからです。この辺りは急死する人がです。

昨日も知らされましたからね。急死する人が出たところをです。ひどく怒っているところは大体出ているようです。そういう気の毒な人がです。

だとしたらずいぶん多い。それに前々回書いた、ブシュ―とでかい音を立てて怒りまくっていたところが、昨日また通ったら今度はシーンとしているのです。

あれっと思い「よう、どうした。今日は怒っていないのか。ならもう感謝して布施しろよ」と声をかけましたが、一切音を立てて来ません。

二日前に通った時はすさまじく怒っていたのにこれだけ極端に変わりますかね。わずか二日くらいで態度がです。

あまりに態度が違うので「何で今日はこれだけ静かなんだ。まさかまた出たんじゃないだろうな。コロッと逝くのがよ」などといいながら歩いていきましたが、こちらが何をいっても音を立てないのですからこの会社に何が起きているか分かりませんが、ただ何も起きていないのならあれだけ怒っていたところが、わずか二日後に何もして来ないということはないと思うんですけどね。

何か起きたから静かになったのではないでしょうか。何が起きたかは知りませんが。

まあ、こういう会社を見ても分かりますが、凄い勢いで災いが現れているのだけは確かでしょう。この辺りなどです。だから極端に態度も変わる。怒れば怒るだけすぐに災いが現れてくるからです。

実際、その会社の近くで前回通った時は怒りまくっていた現場があるのですが(そこは家をつくっている大工連中です)そこも昨日通ると休みのようでした。物音一つ立てません。

「なんだ今日は休みか。だからいったんだわ。嫌がらせなどしたら罰が当たるってよ。いった通りのことが起きたんだから、感謝して布施してな。そうせんとまた罰が当たるから」といいながら歩いていきましたが、一切音を立てませんでしたね。そこもです。

もうこういうところがそこらじゅうにあるのです。だからその当たる天罰が、段々コロッと逝く方に変わって来ているのではないでしょうか。

だからドン引きする人が増えた。くだる天罰が恐ろしい方に変わっているからです。

そうして、そのコロッと逝く天罰がドンドン増えている。だから、嫌がらせしているところばかりでなく、もう嫌がらせをやめてしまったところにまで出ているのです。

そのような急死する天罰がドンドン広がっているからです。

だから、どこかの会社はもちろん、怒っているところにもすぐにまた急死する天罰が現れる。凄い勢いで増えているからです。そのような天罰がです。

だからこの辺りで私に嫌がらせをするだけしておいて知らない顔をしている人たちにも、まだこれからその急死する天罰がドンドン現れてくるのではないでしょうか。

減っているのではなく現状維持でもなく増えているようだからです。そのような恐ろしい天罰はです。

本当に滅ぼされていくパターンなんですが、それでもまだ突っ張り続けるのですか? この辺りの人たちはです。かなりやばいですよ。もう私など毎日のように教えてもらえるからです。

急死する人をです。ドンドンガンガンやられてです。

そうして私に嫌がらせをした人たち全部に、その災いが出尽くしたら(ということは、そういう人たち全員が死に絶えるということになりますが。〔汗〕)次はこのブログを見て一切布施しようとしない人たちに次々に現れ出すのではないでしょうか。(だからまだ私に嫌がらせをしたことがない人たちが住む地域にはこれだけの天罰は現れていない。これから出てくるからです)

そのようにきちっと順番通りにいくかどうかは分かりませんが、そちらに向かい進んでいるのだけは確かでしょう。

ドンドン増えていっているのはだけは確かだからです。急死する天罰がです。

だから今のままの態度を取り続けるなら、急死する天罰はドンドン広がり、このブログを(神理を)ただで見ている人たちすべてに出るまで止まらないでしょう。

つまり、神理を見ているにもかかわらず、そのような傲慢な態度を取り続けている人すべてが死に絶えるまで続くということです。このような恐ろしい天罰はです。

本当に恐ろしいことですが、こういう天罰がこれだけ起きていて、それでも態度を変えようとしない。これだけ愚かな人たちは現代の人たちだけでしょう。何度もいいますが、昔の人たちならもうとっくに頭を下げていたからです。

もはや群を抜く愚かさですね。現代の人たちはです。過去のどの時代の人たちと比べてもです。

これだけ人がドンドン死に続けているのに、それでもまだ神に対して突っ張り続けていた人たちなどこれまでいなかったからです。史上初のことであるからです。

これだけ神に(神の心に)逆らった人たちはです。

まあ、神など存在しないと思い込んでいるんだからしょうがありませんが(もうここまでくると無理やりそう思い込もうとしているだけなのでしょうが)しかし、このような罪は重いですよ。

もうこれだけの天罰がくだっているのに、それを無理やり人のせいにして怖くてたまらないくせに突っ張り続けて、神に逆らい続けているこのような罪はです。

過去の人たちでは犯したことがないほどの罪であるからです。

過去の人たちは、こんなことが起きて来たら、すべての人が(それこそ王といわれていた人たちでさえです)頭を下げたからです。天なる神に対しです。

そうして従ったのです。それを現している人にです。

しかし、今の人たちは絶対に神に頭を下げようとしない。それどころか、この天罰を人のせいにして怒りまくっている。一体どれだけトンチンカンで愚かなことをしているのでしょう。

現代の人たちはです。

昨日ウナッシーさんに布施してもらいました。そうして数日前にも北海道の方に布施してもらいましたが、それ以外の人からは布施は皆無です。

しかし、その間、どれだけ多くの人たちが急死したか知れません。本当にそのような恐ろしいことが起きているのです。もう次々とです。

今ならまだ(生きている間なら)間に合いますが、それでも反省などせず突っ張り続けるのですか。この正法神理に対してです。

いま神理に逆らいまくっている人たちは死ねば深い地獄に堕とされ、その深い地獄で永い期間徹底的に反省させられるのです。これだけ神理に逆らった、その大きくて重い罪をです。

そのような死をもういつたまわってもおかしくはないのです。このブログを見ている布施を少しもしたことがない人たちはです。

今ならまだ許されますが反省しませんか。神理に逆らった罪をです。いま反省するならその罪は許されるからです。

すさまじい勢いで恐ろしい天罰が現れ出しています。今すぐに反省されることです。反省されるなら、その恐ろしい天罰は過ぎ越していくからです。

しかし、どうしても反省しないと(布施はしないと)いうのであればです。その恐ろしい天罰はいつ自分に現れて来てもおかしくはないのです。

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3月 19 2021

本当の神の心と力 態度を改めるか否か

昨日も凄かったですね。すさまじい怒り方をしているところがいくつもあったからです。

どこかの会社も昨夜もまた遅くからガンガンやり出してまた誰か急死したようです。もうパニくって十時半頃でしたか町中に響くような凄い音を立てていましたから。

そうして今日は今日で朝からカーンとかしています。大丈夫なんですかね。この会社。もう急死する人が止まらないようです。

昨日は金山にもいっていたんですが、電車の運転手連中もやたら怒っているのがいましたし、その帰りのことです。

前に書いたことがありますが、S運輸の並びにある会社で最初は散々嫌がらせをしていたくせに、途中から一切何もして来なくなって、この前、久しぶりに怒ってガンガンやって来たところがありましたが、しかしそこが怒っていたのはその日だけで、次に通った時からまた私が何をいっても無視でシーンとしていました。

「この会社の皆さん、そのままではまた罰が当たります。詫びを入れて感謝して布施してください。そうしないと、その災いは止まりません」と散々いったのですが、私のいうことなど、その会社の連中は一切きこうとはしなかったのです。

そうして昨日通ったらです。またすさまじく怒っています。

「なんだ、コロッと逝くのが出たのか」ときくと急にシーンとなりました。

だからいわんこっちゃないと思い「もう感謝して布施しろ。そうしないとその災いは止まらないぞ」と散々いったんですが、そういったとたんまた怒り出してもう私が何をいってもききません。

ガチャンガチャンやってすさまじい怒りようです。しかし、勝手なものです。この会社の連中は私のいうことなど一切きかなかったくせに何か起きたら全部私のせいです。ほんとこういうところばかりです。

だから「お前らが俺のいうことをきいて感謝して布施して、それでもそういう罰が当たったというのなら怒るのも仕方ないが、お前ら俺のいうことなど全然きかなかったじゃないか。それで悪いことを全部こっちのせいにして怒るのはおかしいだろう」と、しごくまっとうなことをいったんですが、一切ききません。

その後もバカみたいに怒りまくっていました。この会社の連中はです。(ほんと何人死んだんでしょう?)

その後も私の家の近くにあるディーラーがまた凄い怒りようで、そこも散々自分たちが私に嫌がらせをしているくせに悪いことだけは私のせいです。

どれだけ自分本位なのでしょう。しかし、もうこの辺りは様々なところに(いま現在、嫌がらせをしているところももうしなくなったところも関係なく)ボンボン災いが(コロッと逝く人が)現れ出しているようです。

こちらはそれがリアルに分かります。凄いですよ。もう最近など出ていくとこういう会社が必ずいくつかはあるからです。怒りまくってコロッと逝く人が出たことを教えてくれるこのようなところがです。

それでも自分たちの態度を変えようとはしないのですか。このブログを見ている多くの人たちはです。

本当にもう凄い勢いで出ているようだからです。この辺りは急死している人がです。

一日二日もすれば、同じ会社の人たちの態度が激変しているなどというところがあちこちにあるのです。

もう神に対し手を合わせて頭を下げるしかないのです。昔の人たちは皆そうしていたからです。だからおさまったのです。そのような災いはです。

そのような神を恐れる謙虚な態度こそ正しい態度であるからです。

今は科学の時代だからと、そんな祟りや災いなど起きるわけがないと、いくらいったところで、こちらでは起きているのです。

そのような現象がすでにすさまじい数です。

そういう災いにどんな科学が通用するのでしょう。まるで関係がないのです。どれだけ科学が発達しようとです。

どれだけ科学が発達しても、それを凌駕するのが神の力であるからです。

だから、神など存在しないと笑っている科学こそ笑われているのです。

単に科学は神の力があまりに巨大すぎて、その神の力をまだ検知出来ないでいるだけであるからです。それなのに、その自分たちの力が足りないで検知出来ない神を、存在しないなどという妄言をずっといい続けているのです。

だから神の力からすれば取るに足らない科学などいくら頼っても仕方がないのです。神の力は、そのいま現在、これだけ発達している科学でさえ足下にも及ばない偉大な力を有しているからです。

その本当の神の力を現し、その本当の神の心を説いているのが、この正法神理なのであり、だから、これほどのことも(災いも)起きてくるのです。

この本当の神の心と力を持った正法神理に逆らっているからです。このブログを見ている多くの人たちがです。

それはこちらに起きている結果だけ見ても分かるはずです。私にはどれだけ多くの奇跡が、そうして私に逆らっている人たちには、どれだけ多くの災いが起きているか知れないからです。

これほどの結果の違いが現れていても、それでもまだです。それでもまだ逆らうのですか? この正法神理にです。

もっと冷静になって(といっても無理かもしれませんが)いい加減理解しませんか。

そんな神理を説いている者に、横柄な態度で嫌がらせしたり、布施を無視したりしていていいわけがないとです。

だからこういうことが起きているとです。

私に対する態度さえ改めれば、これほどひどいことは起きては来ないのです。これは本当のことなのです。

神理を見ている人たちが、感謝して布施さえしてくれていればこんなことは起きなかったのです。最初からです。

しかし、多くの人たちは私のいうことをきこうとはしませんでした。

このブログを見ている多くの人たちは本当の神の心と力を侮(あなど)り、私のいうことを真剣にきこうとはしなかった。その結果がこれなのです。

これほどひどい結果が現れるということです。神理を説いている者のいうことを真剣にきこうとしなければです。

神理を説いている者のいうことに素直に従ってくれていたのなら、こんなひどい災いは起きなかったのです。多くの奇跡が現れていたのです。実際、きいている人たちには奇跡が現れているのです。これだけ正しい話もありません。

しかし、その神理を説いている私がいう正しいことをこのブログを見ている多くの人たちはきこうとしなかった。だから、これだけ災いもひどくなっていったのです。

神理を説いている者に対する正しい態度を多くの人たちが取らなかったからです。何年にもわたってです。

だから続くのです。災いがです。ずっと間違えているからです。神理を見ている人たちが、神理を見ている態度をです。

本当にそうなのです。神理を見ている人たちが態度さえ変えてくれるなら起きないのです。このような災いはです。

それがまだ分かりませんか? これだけひどい災いが起き出してもです。もうこちらなど次々に人が急死し出したのです。それにもかかわらず、この辺りの人たちはまだそれを私のせいにし続け、自分たちの態度を(自分たちの態度だけは)絶対に変えようとしません。

そこが問題なのです。本当の原因はそこにあるからです。

私の態度ではなく自分たちの態度なのです。その自分たちの態度にこそ、この災いが起きる原因があるのであり、その原因を取り除かない限り、なくならないのです。この恐ろしい災いはです。

災いの本当の原因はそこにあるからです。私にではなく自分たちの態度にです。

だからそこを変えなき限り、絶対になくならないのです。増える一方なのです。この災いはです。このブログを見ている多くの人たちが神理に対する態度を改めない限りはです。

だから改めてもらえませんか。神理に対する、そのような横柄な態度をです。そうすれば、この災いは段々おさまってくるからです。

自分たちの神理に対する態度を改めない限り、絶対にこの災いはなくなることはありません。

それでもまだ多くの人たちは神理に対する態度を改めないのですか?

これほどの災いが起きて来て、それでもまだ態度を改めないということであるならです。それくらい愚かな態度もないのです。

神理に対する態度を改めるなら、すぐにでも起きている災いは止まります。

では、改めてはどうでしょう。少し心を変えるだけで、そんなことは誰にでも出来ることであるからです。

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3月 18 2021

義務を果たす

もう果たしませんか。昨日書いた最低限の義務くらいです。

というのも、昨日もまたあったからです。コロッと逝く人が出たところがです。(もちろんどこかの会社以外でです…そのどこかの会社なんですがドン引きしています。昨夜もそうだったんですが、何かこの会社、夜な夜な死ぬ人が出ているようです。〔恐〕)

その会社の近くを通るとブシュ―という音が凄い勢いできこえて来ました。それで「なんだ誰かコロッと逝ったのか」ときくと急にシーンとなります。それで、ここも誰かコロッと逝ったんだなと思い「もう感謝して布施しろよ。そうしないと止まらないぞ。そのコロッと逝くのはよ」といったんですが、そういったとたんまた怒り出してブシュ―とかやっています。

「どこも一緒だな。しかしこんなことしていて大丈夫か、この連中」とブツブツいいながら「もうどれだけコロッと逝くのが出ても知らないからな」とかいって歩いていったんですが、しばらくしてあることに気がついてハッとしました。

何でハッとしたのかといえばです。その会社の近くを私はつい二、三日前にも通っていたからです。そうして、その時はこの会社はたしかドン引きしていたのです。私が何をいってもです。

この会社はずいぶん私に嫌がらせをして来たところで、それでその会社の近くを通る時に私は必ず何かいいながら通るのです。(「早く感謝して布施しろ」とか「メチャメチャコロッと逝くのが出ているぞ」とかです)

しかし、ここ最近はいつ通っても、私が何をいっても、この会社はドン引きしていてほとんど嫌がらせなどして来なくなっていたのです。(たまにするのがいましたかね。それも微妙にです)

だから昨日もどうせ何もして来ないだろうと高をくくって、近くをトコトコ歩いていったんですが、そうしたらこちらが声をかける前にいきなりブシュ―です。その時はいきなりそんなことをして来たので、なんだこいつらとしか思わなかったんですが、だから通り過ぎてから、ちょっとハッとした(ゾッとした)わけです。

ということは、この二、三日の間に誰かコロッと逝く人が出たということになるからです。

そればかりでなく、この会社などもう私に嫌がらせをして来なくなっていたので全然祈ってもいないのです。それにもかかわらずコロッと逝く人が出たということはです。

昨日ブログに書いた会社もそうですが、ではもうどこに急死する人が出るか分からないということになるのです。私が祈る祈らないにかかわらずです。

最近は何もして来なくなって祈ってもいない、そんな会社にもいきなり急死する人が出ているようだからです。

では、どこにそういう急死する人が出てもおかしくはないということになります。そんな会社はこの辺りにはごまんとあるからです。(未だに嫌がらせをしてくる会社より、して来なくなった会社の方が断然多いですから)

それだとこの辺り、まだこれからどれだけコロッと逝く人が出るか知れないということになります。

未だ嫌がらせをしているところはもちろん、もうして来なくなっているところまでドンドン出ているようだからです。急死する人がです。(夜な夜な急死する人が出ているところまでありますし)

だから、もう最低限の義務(感謝の布施)くらい果たしてはどうかといっているのです。そうすれば、その恐ろしい現象は止まるからです。

結局、神理をきいている人が感謝の布施をしないから、そういう恐ろしいことも起きてくるのです。

残念ではありますが、そういうものなのです。だから昔の人たちは神理をきいたらちゃんと布施をしたのです。

神理をきいていて布施もせず知らん顔をしているほどの罪もないからです。

そのような罪な行いをもう長い人など十年以上も続けているのです。どれだけその罪は深く重くなっていることでしょう。そういう布施を無視し続けて、このブログを長く見ていればいるだけ、その罪は大きくなっているということです。(ちゃんと布施をして見ている分にはよく神理の勉強をしているということになるのですが。布施をするとしないでえらい違いです)

では、そのような人などもういつ急死してもおかしくはない、そういう状態なのです。(ご本人にその自覚はないのでしょうが)こちらの人たちがそうであるからです。

多分、何の予兆もなしにいきなり死んでいると思いますよ。こちらで急死している人たちはです。

もう私など、この数日だけでも何人(何十人?)の人が急死したか忘れてしまうほど多くのところで教えてもらったからです。その急死した人をです。ドンドンガンガンやられてです。

結局、どれだけいっても分からなければこういうことも起きてくるのです。三千年前にも同じことが起きているからです。(もちろん過ぎ越しの祭です)

だから同じことが起きるのです。正法神理をあまりに無視しているとです。逆らっているとです。

昨日は私は庄内川にもいっていたのですが、川岸を歩いているとバシャバシャよく魚がはねているところがあったので、そこは川のすぐそばまでいって「お前ら元気だな」などと声をかけながら、しばらくそこではねている魚たちをながめていました。

すると、私の目の前の辺りで何匹もの魚たちがたくさんはねてバシャバシャやっています。その中の一匹など、背びれだけ水面から出して(しかもその背びれをぴっと立ててです)スーと泳いでいくのもいて「お前はサメか」などと声をかけていました。(笑)

神理を勉強して実践するなら、こういう愛ある現象がたくさん目の前に現れて来ます。

少なくとも神理に逆らい続け、恐ろしい現象が現れ続けるよりはよほどよいと思いますが、しかし、そこまではしたくないという人でもです。この神理を見続けている以上、感謝の布施までは必ずしないといけないのです。

それをしないばかりに、こちらではもうこれほどの現象(過ぎ越しの祭)まで現れて来ているからです。

その過ぎ越しの祭がいつ広がり出すか知れません。神理を見ているのなら最低限の義務は果たしてください。

その義務を果たそうとしない人たちが、もうこちらでは次々に滅ぼされていっているからです。

・

追伸…今日の中日新聞の一面に「同性婚を認めないのは違憲」と大きく出ていました。

しかし、同性婚など認めてしまえば子供が生まれることもなくなり(同性では子供をつくりようがないですから)人類が滅びていくことになりますが、それでもよいのでしょうか?

しかし(中日新聞はもちろん)世相は同性婚を認める方向に進んでいるようです。同性婚賛成の風潮が強いからです。

こういうことを見てもよく分かります。私たちが滅びの道を進んでいるということがです。

同性婚など認めてしまえば(そうしてそのような同性愛者が増えてくるなら)人類は段々滅んでいくのに、その自分たちの滅びの道を多くの人たちが賛成しているというのですから、これだけ愚かな話もありません。

だから怖いのです。悪魔の左翼思想はです。何でもよいとすべてを許してしまうからです。そうしてそれが正しいことのように吹聴するからです。

しかし、よいものはよいし、悪いものは悪いのであって、それをごっちゃにしてしまうから、これだけの災いも起きてくるのです。日本はもとより世界中にです。

同性愛者の意見などこれだけ間違った意見もないからです。

そうではないでしょうか。同性愛というのは精神異常の一つであり(それはそうでしょう。普通は男なら男の心を持っているのが正常であり、女なら女の心を持っているのが正常なのです。同性愛者は男なのに女の心を持っていたり、女なのに男の心を持っていたりするのですからどう考えても異常でしょう)だから同性愛者の意見をそのままきいている人たちは、精神異常者の意見をそのままきいていることと同じであり、だからおかしくなるのです。世の中がです。

根本的な考えが違う(間違っている)精神異常者の意見をそのままきいているからです。(精神病院に入院している患者のいうことをそのままきいたらおかしくなりますよね。それと同じことをしているのです。同性愛者の意見をそのままきいている人たちはです)

そんな精神異常者の意見までいれてしまうのなら、正しいことが分からなくなるのであり、正常な人たちの意見だけでいいのです。

そういう正常な人たちの意見だけで進めるなら、異常な人たちも段々正常に戻っていくからです。

異常な人は正常に戻してやらなければいけないのです。そうしないと、その人たちはこの世に生まれて来た意味がなくなるからです。

男と生まれたのなら男でしか出来ない仕事を、そうして女と生まれたのなら女でしか出来ない仕事をするために、その人たちはこの世に生まれて来ているからです。(もちろんそれは私たちも同じですが)

同性愛など広げてしまえば、そんな国は滅びる、そういうことを歴史は教えています。(聖書に書かれたソドムとゴモラの町)

間違ったことをしているから災いが増えるのです。だから正しいことを行う人を増やさないといけないのです。

そうすれば奇跡が起きてくるからです。

その奇跡が次々に起きているのは今のところ私だけです。では、私のいうことを(この神理を)ききませんか。

そうすれば今のような災いばかりが起きる世界ではなく、奇跡ばかりが起きてくる、そんな世界に段々変わってくるからです。

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3月 17 2021

天罰の原因と最低限の義務

しかし、どこもすさまじいですね。

何がすさまじいかってどこも出ているようだからです。コロッと逝く人がです。

昨日は堀川から六番町の辺りを回っていたんですが、いく時からそうでした。歩いていると少し遠いところからガンガン音がきこえて来ます。音がしている方を見るとずいぶん離れた会社がガンガンやっています。

それで、その会社に「なんだ、コロッと逝った奴が出たのか」と声をかけると急にシーンとなります。なんだあそこも出ているのかと思って近くまで歩いていくとまたガンガンやり始めます。

そこは昔はよく私に嫌がらせをして来たのですが、最近は全然でした。ずっと何もして来なかったところが、昨日いきなりそれです。

これはそこらじゅうで出だしたなと思い、それで、そこらへん私に嫌がらせをしてきた会社全部にきいて回りましたが、そういうやたら怒っているところもあれば引いているところもあり(引いているところの方が断然多かったんですが)引いているところなどそれをきくとよけい引きますからね。

だから急死する人が出ているのがよく分かるんですが(怒っているところはそんな感じで返事までしてくれますし)しかし、よく怖くないですね。

これだけ死ぬ人が出ていてです。ほぼ全部みたいですよ。別にしゃべったわけではないので、はっきりとは分かりませんが、他の場所もそんな感じですからね。

だからもうこの辺りの会社はほとんど出ているんじゃないですか。私に嫌がらせをしていたそこそこの会社は(人が集まっているところは)です。

急死する人がです。

それなのにまだ普通に仕事をしているんですか。私のいうことを(神理を)無視してです。

しかし、いくら金儲けしても、自分が急死するなら、もうその稼いだ金は使えません。

それなのにまだ仕事を一とするのですか。ずいぶん出ていますよ。この辺りはその急死する人がです。

いま一にしないといけないことは仕事じゃないでしょう。まずその急死する人を止めることなのではないのでしょうか。

それを止めないことには仕事どころではないからです。

今日のどこかの会社などやはりまた朝からすさまじい怒りようです。「また誰か死んだのか」ときくと怒りまくっています。(また誰か死んだんでしょう)

こういう人たちを見ていると本当に哀れです。同じことしかしないからです。どれだけ悪いことが起きて来てもです。

怒ることと引くことの繰り返しです。それでドンドンひどくなっています。天罰がです。しかし、それでもまだ同じことを繰り返しているのです。

結局、自分の考えを広げようとしないからです。

だから、狭い世界の中でずっと堂々巡りをしている、それ以上の考えが出て来ないからです。そのような小さな考えのままではです。

だから正しいことも分からない。だからこんな状況でも仕事を一としてしまうのです。

間違った判断しか出来ないからです。それだけ狭く小さな考えではです。

だからもう私のいうことをきく以外ないでしょうといっているのです。ここまで来たらです。

だって、次々に出ているんですよ。この辺り、急死する人がです。これは嘘でも何でもないのです。本当のことなのです。

それを止めることが出来ないのです。誰もです。怒っていたりドン引きしていたりしているだけなのです。そうして、それを仕事でごまかしているだけなのです。

自分たちではどうにもならないからです。

だからもう私のいうことを信じてほしいといっているのです。そういう人たちとは違って私はそれを止める方法を知ってるからです。天罰の本当の原因を知っているからです。

実際、起きていることがこれだけ違うのだから(私は奇跡、そうして私の以外の人たちには多くの災い)もうきくしかないでしょう。私のいうことをです。

奇跡が起きて来なければ災いなど止まるはずがないからです。

だからもう止めませんか。この辺りでたくさん起きている、その恐ろしい災いをです。

私に(神理に)布施さえするなら、その災いは止まるからです。私に嫌がらせをやめただけでは止まらないのです。それだけではまたどこかで出てくるのです。その災いはです。

しかし、布施までするなら、その災いは止まります。

「そんなわけあるか」とそれをどれだけ否定してもです。神理を見るだけ見ていながら、一切感謝の布施をしようとしなかった皆さん方が悪いのです。

何度でもいいますが、神理を説いている者が、布施をもらえなければ、その神理を説き続けることは出来なくなります。だから神理を見ている人は、自分が出せる範囲の布施はしないといけないのです。

それが神理を見ている人たちの最低限の義務であるからです。

その義務をこのブログを見ている多くの人たちは果たそうとしないのです。だからこれほど恐ろしい天罰までくだるのです。

その最低限の義務を神理を見ている人たちが果たさなければ、この正法神理は説けなくなるからです。

それだけは絶対にしてはいけないのです。絶対に神は許さないのです。神理を途絶えさせることだけはです。

だからそれを(感謝の布施を)このブログを見ている多くの人たちがしなかったから、これほどの天罰までくだるようになったのです。あまりに長く神理を見ている人たちが最低限の義務を果たそうとしなかったからです。

それが原因なのです。これだけ多くの天罰がくだっているのはです。

もうそれだけなのです。その原因さえ取り除くなら、この天罰は止まるのです。

それがまだ分からないのですか? このブログを見ている多くの人たちにはです。その最低限の義務さえ果たすなら、これだけ恐ろしいことは起きては来ないのにです。

それなのに、まだ神理を見ている人たちが果たすべき最低限の義務さえ果たそうとはしないのでしょうか。このブログを見ている多くの人たちはです。

そうであるなら、この恐ろしい天罰は、その義務を果たさないすべての人たちに広がり、もっと恐ろしい結果を招くことになるでしょう。それだけ神を怒らせる態度もないからです。

これだけ恐ろしい天罰がもうこちらにはたくさんくだっています。

神理を見ている人たちは感謝の布施をしてください。それをするなら決して恐ろしい天罰などくだりはしないからです。むしろ多くの奇跡が起きてくるからです。

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3月 16 2021

神敵(しんてき)

今日など朝、目をさましてしばらくしたらです。

急にガチャ―ン、ガチャ―ンという音が響いて来ました。それで窓を開けて「何だまた誰か死んだのか」ときいたんですが、その音はやみません。「何人死んだんだ」ときいてもずっとやってましたね。そんなことをです。

朝の五時ちょっと過ぎくらいでしたかね。しかしやります。そんな時間からそんなことをです。

どこかの会社かなと思ったらどこかの会社は真っ暗でした。じゃあ別の連中なんですかね。しかし、似たような非常識なことをする人はいるものです。そういうことをすればするだけ恐ろしいことは起きてくるのにです。

そのあとのことです。(今度は六時半ごろ)どこかの会社からもカーンという音がまたきこえて来ました。(そうして今はドン引き中です)

もうこの近所だけでも、急死する人が止まらないようです。

しかし、昨日は多かったですね。怒っている人がです。しかし、昨日怒っていた人たちは今日のように何か起きて怒っているのではなかったようです。

昨日のブログを読んでそれで怒っている、そのような人たちばかりのようでした。

昨日のブログを読んで、それまで静かにしていた人たちが急に怒り出したのです。実際、その前に通った時までは静かだったところがあちこち急に怒り出していたからです。

そうして昨日は、会社や現場どころか家から出て来て怒っていた人が多かったことでも(ほとんどが爺さん婆さんでしたが)その事実が分かります。

結局、これまではコロッと逝く人があちこちに出ているので、それで自分もそうなったらかなわないと静かにしていた人たちが、おとなしくしていても自分もいつコロッと逝くか分からないと昨日のブログで分かったものですから、それで私が歩いていると怒って嫌がらせをして来たのでしょう。

そういう人たちは皆、死んでも私に布施などしたくないと思っている人たちばかりであったからです。

そういう人たちがコロッと逝っていると書いたら、とたんに、そう思っている人たちが家から出て来て怒って私に嫌がらせをやり出したというのですから、ずいぶんせこい話ではないでしょうか。(苦笑)

それで八つ当たりの嫌がらせですか。本当にせこいですね。それなら感謝して布施しようとは誰も思わないのでしょうか。そういう人たちはです。

こちらは別に何万円も何十万円も布施をしろといっているわけではないのにです。(別に出してもらってもいいですけど。〔笑〕)気持ちだけでいいから布施しなさいといっているだけなのにです。

そうすれば、そんな(恐ろしい)ことは起きませんよと、教えてあげているだけなのにです。

では、感謝されこそすれ嫌がらせされる筋合いではないのですが、それにしても、このブログを見ている多くの人たちは神理を見るだけ見ていて、感謝の心のかけらも出て来ないというのでしょうか?

本当にどんだけ罰当たりなんでしょう。この正法神理など早々、巡り合える教えではないのにです。

どれだけそれを(その価値を)認めなくても、これだけのことが起きているのです。この起きている現象で、この教えがどれだけ価値あるものなのかは分かるはずです。

他の宗教をどれだけ無視しても、どれだけ逆らっても、これほどの天罰は現れては来ないからです。

この正法神理だけであるのです。これだけ奇跡も天罰も起きてくるのはです。では、その価値はどれだけあるのでしょう。

他に比べられるものではないではないですか。そんなことが起きてくる教えなど他にないのですから。

それにもかかわらず、その価値を絶対に認めないばかりか、少しの布施さえも頑なに拒否し、そうして罰が当たると、それは全部私のせい。

恥ずかしくないですか。それだけ自分本位なことを皆が皆、していてです。

だから昨日そんなケチ臭い嫌がらせをして来た人たちはもう全員コロッと逝ってしまうでしょうね。(ずいぶんいましたけどね。十~二十人くらい)それだけひどい罰は当たるということです。それだけのひどいことをしているからです。その人たちはその自覚がないだけでです。

しかし、今日は朝からこんな感じなのです。昨日ケチな嫌がらせをしてきた人たちなど大丈夫ですかね。すでに出ていませんか。コロッと逝く人がです。

この近所だけで昨日今日だけでもずいぶん出ているようであるからです。そのコロッと逝く人がです。

しかし、どちらにしても今の態度を変えないのであれば、そのような急死する人は止まりません。

布施くらいされませんか。昔から神理を伝えられた人たちはみな感謝の布施をしてくれていたからです。それを拒否した人たちなどほとんどいなかったからです。(まったくいなかったとはいいませんが)

そんなこれまで(過去の人たちが)したことがないような不遜なことをしているから、これだけの天罰もくだるのです。

このブログを見ている人たちだけなのです。神理をきいていてまったく布施しようともしない人たちはです。(一部の人たちをのぞいて)

今のまま私のいうことを無視し続けるならもう本当に危ういのですよ。自分の命がです。

しかし、もし天罰で死ぬようなら、それは神敵ということになって末代まで祟られることになります。

そうなったらもう自分だけの問題ではなく、自分の身内まで災いが及ぶのです。神敵となって死んでいくなら当然そうなるからです。自分だけの問題ではなく一族郎党みなに災いが及ぶということです。

神敵とは神に敵対するものなんですから、当然そうなるでしょう。自分が考えているほど天罰で死んでいくということは甘いことではないのです。自分だけではなく自分に縁ある多くの人たちに迷惑がかかるからです。

それだけ神敵となって死んでいく人の罪は重いということです。

今年は桜が咲くのが早いようですね。

昨日歩いていたら桜の木があったのでもう咲きそうかなと芽をのぞき込んでいましたが(その芽を少しさわろうかとも思いましたがやめておきました。また自分の目がチクチク痛み出してもいけないからです。桜の妖精に芽をさわるなと怒られてです。〔笑〕)こちら名古屋はまだすぐには咲きそうにないですね。

私が見た桜はまだつぼみが固そうなものが多かったからです。しかし、中にはもう一輪二輪、咲いている桜の木もありましたので桜の花が咲き始めるのももうまもなくでしょう。

そのきれいな桜を観たくはないのでしょうか。このブログを見ている多くの人たちはです。

しかし、こちらがこの状態では、そのきれいな桜を今年は観られるかどうか分からないのです。こう急死する人が増えて来てはです。

この状況で急死するなら、その人は即、地獄に直行ということになり、桜など観られないからです。(残念ですが、地獄に桜はありません)

今日の早朝(五時ごろでしたか)茨城で震度4の地震が起きたそうですが、東京も揺れたようですね。朝も早くからです。

昨日の和歌山と同じなんではないですか。東京の人たちもいつまでたっても神理を見ているのに布施の一つもしない。それでは神の怒りを買います。

同じような災いは起きるでしょうね。東京にも当然神理に縁の深い人たちはいるはずだからです。(というか、たくさんいるんじゃないですか。東京は人が多い分です)

神理を知らされていて感謝(布施)一つしないというのは今生の人たちだけです。

そのような態度を改めない限り、まだこれからも災いは止まらず、死んでいく人たちもドンドン増えていくことでしょう。そのような(傲慢で罰当たりな)人たちは滅ぼされていくからです。

しかし、そのような天罰で死んでいくような人たちはみな神敵となって、滅ぼされた後も永い間地獄で苦しみ続けることになります。

昔の人たちなら、こんなことをきけばみな恐れおののき、自分のそんな傲慢な態度をすぐに反省したのです。

だから多くの人たちが助かったのです。間違った考えを持っていても、その間違った考えを改める人も多かったからです。

しかし、今生の人たちはどれだけそれが間違いだといっても、そうして、それに伴う天罰をどれだけ受けても、決して自分の考えを変えようとせず自分の間違いを認めようともしません。

その結果が多くの災いを呼び、その災いがまだこれからどれだけ増えてくるか知れないという、そのようなすさまじい状況となっているのです。

しかし、それでも反省しようとしない。それでは、その考えを改めない人たちは全員が神敵となって滅ぼされ、この後、永い間、苦しみ続けることになります。深い地獄でです。

そんなこと屁でもありませんか。しかし、それは今だけなのです。そのような威勢のいい考えでいられるのはです。今はまだ自分の身体が元気であるからです。

しかし、この状況では、その元気な体も五分先にはどうなっているのか知れないのです。心臓は自分で動かしているわけではないからです。自分はその心臓を止めたくはなくても止まる時には止まってしまうからです。

人の心臓は人が動かしているわけではなく神が動かしているからです。

では、その心臓を神が止めるなら、自分はすぐに地獄に直行してしまいます。うんもすんもありません。

そうなってもいいのですか?

先のことを全然考えられないほど愚かな人たちはいません。昔の人たちは皆そのような先のことまで考えていたのです。

少しは昔の人にならいませんか。今だけのことしか考えないほど愚かな話もないからです。

神理を実践するなら、いつ心臓が止まろうと困ることはありません。神理の実践こそ救われる唯一の道であるのです。

これほどの奇跡が起きているのです。その神理を信じ行いませんか。そうすれば、そんな恐ろしことを(急に心臓を止めるなどというです)神が行うはずがないからです。

この神理を行うなら多くの奇跡が起き救われていきます。それは私が証明しているのです。

これだけ奇跡が起きて救われる教えは他にはありません。それは長年このブログを見ている皆さん方が一番分かっているはずです。

これだけ災いが起きているのです。

この奇跡が起きる神理に頼らずして、一体何に頼るというのでしょうか。

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