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3月 10 2021

奇妙な現象

何か大変なことになっていますね。

昨日夕方帰ってくるとまたです。またどこかの会社がすさまじい怒りようです。(一昨日以上でした)どえらい怒っています。

「何だまたコロッと逝ったのか」とか声をかけていましたが、もう大変な怒りようでしたね。ほんと何人死んだんでしょう。昼からです。

その後も騒いでいたようですが、もう騒いでも仕方ないでしょう。そういうことが起きることを承知で態度を変えないのですから。この人たちはです。

では、どうすることも出来ません。

昨日など、この近所で他にもすさまじく怒っているところがあって(私が近くにいるのが分かるとガンガンやってきました)そこは従業員が数人しかいない小さな会社なんですが、そこも出ているようです。

「何だそこもコロッと逝くのが出たのか」ときくとシーンとしていましたから。あんな小さな会社にまで出ているんだなと思いましたが(しかし、ここも散々していますからね。私に対する嫌がらせをです)まだいくつもあるのです。

この近所だけでもコロッと逝く人が出たところはです。だからそれも仕方がない話なのです。どの人も態度を変えないからです。

昨日は堀川の辺りを回って来たのですが、その辺りから家までの間にはいくつも嫌がらせをして来た大きな会社や現場があって、そのすべてのところに「もう神理をきいていながら、感謝の布施もせずに嫌がらせをしているところに次々にコロッと逝く人が出ています。皆さん感謝して布施してください。そうしないとコロッと逝くのは止まりません」などといい回っていたのですが、不思議なことにどこもドン引きしていましたね。

「あれ?」と思いました。私が予想していた反応とは違っていたからです。

私はてっきりこんな軽口を叩けば、またどこも烈火のごとく怒るだろうと思っていたからです。これまではそれらしいことをいえば、どこも怒ってガンガンやっていたところばかりであったからです。

ところが昨日は怒っていたところは最後の一社くらいで(そういえば途中、S運輸の連中も怒っていましたかね)あとは皆ドン引きというか、こちらのいうことをまったく無視です。

「何でだ?」と不思議だったんですが、よく考えてみればです。このような声をかけていたところ全部にコロッと逝く人が出ているのなら、それはシャレにならない言い方です。

だって、自分のところにもコロッと逝く人が出ているのなら、感謝の布施をそこはしていないのですから、では、コロッと逝く人が出るのも仕方がないということになってしまうからです。

つまりもうお前のせいではなく、自分たちが感謝の布施をしていないので、そうなっても仕方がないと思い始めたところが増えて来たということです。(と、善意に解釈しているのですが。私はです。〔苦笑〕)

「それで皆ドン引きしていたのかな」と思ったら、じゃあ、ほとんどのところにコロッと逝く人が出ているということになり「ええ、そんなに出てるの」と、今度はこっちが驚いた次第です。

そのような声をかけたところすべてに出ているのなら、ずいぶん多くのところでコロッと逝く人が出ていることになるからです。まさかそういうところ全部に、そういう恐ろしい現象が出ているとは思えませんが(騒いでいたS運輸や最後の会社には確実に出ていますけどね。コロッと逝く人がです)まあ、少しは気づいたところも出て来ていると信じたいです。

よく考えてみればそういうところは皆、極端な態度を取っていたところばかりであるからです。では、過ぎ越しの祭が(急死している人が)出ていても不思議ではないからです。

だからもうこの辺りは多くのところで多くの人がコロッと逝っているのでしょう。(もちろん、運転手連中もその中に入っているんでしょうが)恐ろしい話ですがもう毎日のようにです。(どこかの会社などそんな感じですから。今はドン引き状態ですが)

すでにずいぶん多くのところで現れているようであるからです。過ぎ越しの祭がです。

だからこのブログを感謝もせず、ただで見続けているのはご自由なんですが、しかし、奇妙なことがこちらではたくさん起きているのです。

そういう人たちが次々に病気になったり、急死したりしている実に奇妙な現象がです。

そうしてそのような奇妙な現象が最近はドンドン増えています。

だからこのブログを(神理を)感謝もせずに見ていても、それはそれでかまいませんが、しかし、そういうことが起きてもかまわないと(癌になったり、コロッと逝って地獄に堕ちても別に文句はないと)そういう覚悟だけはしてこのブログを布施もせず見るなら見てください。

他の地域の人たちにそのような奇妙なことが起き出して、また逆恨みされてもかなわないからです。こちらの人たちのようにです。

(だから神理をただで見ていてはいけないと私はいい続けているのですが〔こういうことになるからです〕しかし、現代の人たちはどうしてもそれが分からないようです。神を信じないからです。本当に哀れです)

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3月 09 2021

止まらなくなった過ぎ越しの祭

しかし、やたら怒っていますね。あのマンションの鉄骨を組んでいるところなどです。

まだ鉄骨を組んでいるし(もう一ヶ月くらいかかっています)止まらなくなったんですかね。病気になる人がです。その怒り方が尋常じゃないからです。

私が何をいっても一切きこうとしません。ずいぶん遠いところを歩いていてもガンガンやって来ます。

よっぽど何か出ているんだろうなと思って歩いていくと、前回、前々回と怒りまくっていたところが昨日はドン引きしているし、そうかと思うとまた怒りまくっているところもあって、何でこう極端なんだろうと思って帰ってくると、今度はどこかの会社の連中が怒りまくっています。

「何だよこの連中まで」と思いながら「お前らは別に何か起きるのが当たり前なんだから、そんなに怒ることもないだろう」などといいながら家に帰ってきましたが、何か様子が変なのです。(その後ドン引きしていたり)

それで「コロッと逝ったのか」みたいなことをきいたのです。そうしたら凄い怒りようです。どうもこの連中、昨日は仕事中に誰かコロッと逝ったみたいですね。それで私が帰ってくるとやたら怒っていたようなのです。

だとしたら、あの鉄骨を組んでいるところも、ドン引きしていたところも出ているんでしょうか? コロッと逝く人がです。だからあれだけ怒っていたり、ドン引きしていたりしていたんではないですか。

どこも何か様子がおかしかったからです。

もしかしたら私が気づいていないだけで、この辺り、もうずいぶん出ていませんか。コロッと逝く人がです。(汗)

もし、そんなことが起き出したのなら悪いことはいわないから、もう感謝して布施した方がいいでしょう。そうしないとまだ出ますよ。そういう人がです。どこかの会社などもう何人出ているのか知れないからです。

どうも最近のどこかの会社の連中は様子がおかしいと思いましたが(朝、怒っている割には昼間はドン引きしているし)止まらなくなったんじゃないですかね。コロッと逝く人がです。

だから朝は怒っているが昼間はドン引きしていて、そうして昨日などその昼間にまでコロッと逝く人が出たものですから、それで私が夕方帰ってくると烈火のごとく怒っていた、とそういうことなのではないでしょうか。

よく考えてみれば、最近はこの会社ずいぶんおとなしいからです。やたら怒っている割にはです。(怒り方が今一迫力がありません。すぐに黙ってしまいますし。前はこんなことなかったですからね。怒っているとずっと怒っているのがいましたから)

だから次々にコロッと逝く人が出ているのではないですか。今日も朝からドン引きしています。また誰か出ていたりしてコロッと逝く人がです。

しかしどちらにしても、もう私のいうことをきいた方がいいのではないでしょうか。それだけコロッと逝く人が出だしているようならです。(他の現象もたくさん出ているようですし)それではまだこれからどれだけ現れるか知れないからです。

そのような過ぎ越しの祭がです。

だから、すでに激しく現れ出しているのでしょう。この辺りは過ぎ越しの祭がです。だから、極端に怒ったり、ドン引きしたりしているところが多いのではないでしょうか。よく考えてみれば、そのようなところの雰囲気はどこも明らかに異様だったからです。

すさまじく怒っていたところが急にドン引きするなどどう考えてもおかしいからです。

いま考えてみれば、そのような態度はみな合点(がてん)が行くのです。そういうところに過ぎ越しの祭が次々に現れていたのならです。

必然的にそういう極端な態度を取らざるを得ません。それだけ恐ろしい話もないからです。

だから、そういう態度を取るところがこの辺りは増えた。たくさん過ぎ越しの祭が(コロッと逝く人が)出だしたからです。(怒っているところはガンガンやってくるので分かるんですが、ドン引きしているところなど何でそんなにドン引きしているのか、その理由がよく分からなかったんですが、そういうところにまでコロッと逝く人が出ているのなら、もう相当出ていますよ。この辺りは怒っているところよりドン引きしているところの方が多いからです)

しかし、そういうことであるならです。その過ぎ越しの祭は私に詫びを入れてちゃんと布施するしか止めようがありません。それを無視するなら無視するで仕方ありませんが、そのかわり止まりませんよ。その起きている過ぎ越しの祭はです。

よいのですか? それでもです。(これは別に脅しではなく事実です)一人一人がよく考えて正しい判断をしてほしいものです。

そうしないと、そのような形で死んでいく人は確実に地獄に堕ちないといけないからです。(それは私が保証します)

つまり、本当の苦しみはそのようにして死んだ後から始まるということです。そこから本当の反省が始まるからです。これまで傲慢な態度を取り続けていた人たちの本当の反省が地獄でです。

神理を無視し逆らうなどこれほど恐ろしい態度もありません。

何度もいいますが現代の人たちは、そのような傲慢な態度を平気で取り続けているのです。

早くその恐ろしく傲慢で罰当たりな態度に気がつき反省しないといけないのです。それほどの不敬を神に詫びないといけないのです。神理に対するそれだけ傲慢な態度は神に対するどれほどの不敬か知れないからです。

だから今の態度のままでは、究極の現象は(過ぎ越しの祭は)まだこれからどこまでも広がっていくということです。

その究極の現象から救われる術はもう神理の実践しかないのです。それをしている私たちには次々に奇跡が起きています。

早くこちらに来ませんか。神理を拒んでいる人たちが次々に滅ぼされていっているからです。

(本当に現れ出したようですよ。恐ろしい過ぎ越しの祭が次々とです。こちらではです。しかし、特にどこかの会社など危ないです。怖くてたまらないのに無理して嫌がらせをしてくる者が必ずいるからです。そういうところはドンドン現れてくるでしょう。過ぎ越しの祭がです。だから正しい判断が出来る人は早くすることです。詫びを入れ布施するくらいどうということはないでしょう。それで自分の命が助かるならです。〔そればかりか家族の命までです。家族まで危ないのです。そういう罰当たりな人が多いところにいるとです〕早くされることです。正しい判断をです。そうしないと五分先にはもう自分が地獄にいるかもしれないからです)

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3月 08 2021

すさまじい幸運とすさまじい不幸

何度でもいいますが、それにしてももったいない話です。

「巡り合うことまことに難し」といわれるこの正法神理を知っていながら帰依もせず、いつまでも多くの人たちが無視をし続けているからです。

今のままでいいなどという人も多いんでしょうが、しかし、例えばどこかの会社などでもそうです。本当にいいんでしょうか? 今のままでです。

今のままなら、次々に人が病気になりコロッと逝く人まで出ているのです。

そんな状況で本当にいいんでしょうか。(今日も朝からずいぶんお怒りのようですが)そのままでです。

どう考えても今のままでいいわけがありません。この辺りなどそういうところばかりであるのです。そういう人たちが今のままでいいなど、一体どの口がいうのでしょう。やせ我慢するのもたいがいにしろといいたいです。

本当は救われたくて救われたくて仕方がないくせにです。(それが本音でしょうが)

だからそれは特別この辺りだけではなく他のところも似たようなものでしょう。だって災害大国などといわれている国(日本)にいて今のままでいいとかいわれても、明日大地震が来るかも知れないのです。

では、今のままでいいわけがない。出来れば、というより、そういうことが起きない平和な暮らしがしたいはずです。そうしてその後も救われるものなら救われたいはずです。(その後の生活および死後の世界まで)

では、そのような努力は大事なんではないですか。悪いことが起きて来ない、本当に救われていく、そのような努力はです。

それが信仰でしょう。神へのです。

だからみな信仰をするのであって、特に今のような日本では大事なんではないですか。正しい信仰はです。もういつどこでどんな災いが起きるか知れないからです。

この災害大国日本ではです。

それが現実ですよね。まぎれもないです。そういう現実を認めるか、無視するか、それは知りませんが。

ではこれだけ申し分のない教えもないはずです。なにせ巡り合うことがまことに難しい、本当の神の教えである正法神理にあろうことかこのような最悪の時に巡り合っているからです。このブログを見ている人たちはです。

これ以上の幸運はないんではないですか。(その自覚が全然ありませんが。〔笑〕)そうして次々に周りに奇跡が現れてくる私のような者までいます。(ということは、正しく神理が説けているということですから)

そうであるなら、これほどの幸運はないのですから、帰依しない手はないでしょう。この正法神理にです。これだけ危ない国である日本にいてはです。

日本は治安はともかく、こと天罰に関しては、これくらい危ない国もないからです。なにせ、ボンボン現れているからです。天罰がです。

その日本にいて、しかもドンドン天罰がくだっている人たちがいて、それで今のように何の奇跡も起きない、そういう信仰をしていてそれでいいのでしょうか? これだけ多くの人たちに天罰がくだっているのにです。

それを私のせいだとか、ただの自然現象であるとかいろいろいっていますが、しかし、そのような災いが日本にはたくさん起きているのだけは確かなんですから、もし、そんなボンボン奇跡が起きてくる有難い教えがあるのならやった方がいいでしょう。

無視などしているよりはよほどです。

何度でもいいますが、日本に災いがたくさん起きているのは事実であるからです。そんなところで何の奇跡も起きない偽の信仰などいくらしていても危ないだけであるからです。

逆に偽の信仰などしていては信仰していないよりもっと危ないのです。偽の信仰などしていては地獄霊にいつ悪さされるか知れないからです。偽の信仰では神に守られるということはないからです。

しかし、本当の神の教えを信仰するなら、本当に神に守られます。

だから、このブログを見ている人たちは実はすさまじい幸運に恵まれているのです。そういう自覚がないだけでです。

しかし、その幸運を自ら手にしようとしないのです。このブログを見ている多くの人たちはです。だからいつまでたってもいいことが起きて来ない。

奇跡が起きてくる方法が目の前にあるのにそれを行おうとしないからです。故意に逆らっているからです。

それでは悪いことも起きてくるでしょう。それだけ罰当たりな態度もないからです。

だからもうグダグダやっているのではなく、やればいいのです。この正法神理をです。それ以外ないからです。特にこちらの人たちなどこれだけ悪いことが起きていてはです。

それに他の地域でも先ほども書きましたが、いつ大地震が来るか、大雨が降るか知れないのです。だからもう、そういう自然現象は防ぎようがない、などという時代遅れなことをいつまでもいっていてはいけないのです。

もうそのような現象が自然現象で勝手に起きていることではないと知っている人たちも多いはずであるからです。そういうことが分かる人は(曲がりなりにも)このブログを見ている人たちだけなのです。

それだけでも貴重でしょう。そういうことを知らない人はそんなことをいくらいっても信じないからです。現代の人たちなど特にです。

全部たまたま、偶然の悪魔の左翼思想を信じている人が多いからです。

しかし、このブログを見ている人たちは、そういう人ばかりではないはずです。心と行を変えるなら、そのような天変地変もおさまっていくと知っている人も多いはずです。

では、やりませんか。それをです。(神理への帰依)そういう人が増えてくれば確実におさまっていくからです。日本に起きる災いはです。

だからもう、余裕のある人は十万、百万円単位で布施すればいいのです。思い切ってです。巡り合うことまことに難しといわれるこの正法神理にです。

それくらい思い切ったことをするなら、自分の心も切り替わるはずであるからです。神理の方に大きくです。

それに、それだけの徳行を行うなら自分の罪も消え(大変大きなです)災いも減っていきます。

それだけ善い行いもないでしょう。自分の罪も災いも消えるというのですから。

もちろん自分の罪とは、日本をこれだけの災害大国にしてしまったその責任は、当然このブログを見ている人たちにあるからです。

何もしようとしないのなら、その責任をどうやって償うのですか。この後です。

どれだけそれをとぼけても生きている間はとぼけられるのかもしれませんが、死んだ後は必ず(必ずです)その責任は取らされます。なぜなら、そのようなことを心はもう知っているからです。

死んだ後は、そのような罪を知っている、その心(良心)で、自分の生前の罪を自分で裁くのですから、もし、そのような罪を残したまま死ぬのであれば、その罪は全部自分で裁かなければいけなくなるのです。

しかし、その罪はあまりに大きい。(それはそうでしょう。日本を災害大国にしてしまったばかりに、日本の多くの人たちをどれだけ不幸にしたか知れないからです。このブログを感謝もせず見ていた人たちはです。その罪はどれだけ大きいか知れません)どうやって死後、その罪を償うつもりですか?

しかし、そのような大きな罪も生きている間ならまだ許されるのです。その罪を反省し、自分が出来る範囲の償いをすることが出来るのであればです。

しかし、死んだ後ではその罪は数倍、数十倍重くなります。なぜなら、生きている間につくってしまった罪は、生きている間に返さなければいけないからです。そのルールを守れなかった以上、その責任はずっと重くなります。

だから、この正法神理に出来るだけ布施した方がいいといっているのです。そのような罪はこの神理を知ったがためにつくってしまった罪であるからです。それを反省するなら、すべて反省出来(少なくとも日本を災害大国にしてしまった分はです)その大きな罪は許されるからです。

しかし、死ぬまで神理の無視を続け、そのまま死んでいった人たちには、日本を災害大国にして多くの人たちを不幸にしたその罪がまともにその人にかかって来ます。

だから私はいっているのです。このブログをただで見ていて死んでいった人たちはみな地獄に堕ちているとです。

それは嘘でも何でもなく、本当にそうであるからです。その人たちはずいぶん大きな罪を抱(かか)えたまま死んでいったことになるからです。だから深い地獄に堕ちているといっているのです。そのような人たちは日本を災害大国にしてしまった、その罪は地獄に堕ちたからといって、そう簡単に消えるものではないからです。

それだけ多くの日本の人たちが、ここ数年の天変地変で不幸になっているからです。(ある人はなくなり、ある人は家をなくし、ある人は親兄弟をなくしたのです。ここ数年の神を怒らせたがため起こされた激しい天変地変でです)

それが嘘ではないということは、こちらで起きているたくさんの天罰が証明しているのです。私が嘘をついているのであれば、こちらにこれだけ多くの天罰はくだりはしないでしょう。

私が嘘をついているのなら、その噓つきの私にこそ天罰がくだらなければいけないからです。

しかし、私には奇跡が起き、こちらにこれほど多くの天罰が多くの人たちにくだっているのは、その天罰がくだっている人たちは、皆、私に嫌がらせをしているだけではなく、日本を災害大国にしてしまった、その罪も負っているからです。

だから、これだけの天罰もくだるのです。それだけ大きな罪をこの辺りの人たち一人一人はつくっているからです。私のブログをいつまでも感謝もせず見ているという大きな罪をです。

それでどれだけ神を怒らせたか知れないからです。そのために多くの災いは起きた。

それが事実であるから、こういう信じられない悲惨なことも起きているのです。

多くの人たちに多くの天罰がくだっているなど、他の地域の人たちは信じられるでしょうか? しかし、そういうことがこの辺りは本当に起きています。

それこそが、感謝もせず(報恩の行為もせず)ただ神理を見ているだけの行為がどれだけ間違っているのかを(罪をつくることなのかを)現すまぎれもない証拠なのです。

それだけすさまじく罪つくりなことをこのブログを感謝もせず見ている人はしているということです。

このような起きていることも考え、このブログを見ている人たちは判断してほしいものです。自分自身の今の行いをです。

悪いことはいいません。生きている間に気づかれることです。この正法神理に巡り合ったがためのすさまじい幸運とすさまじい不幸にです。

すさまじい幸運に気づかない人たちは、その後すさまじい不幸が待っているということを知るべきなのです。

自分の犯した分の罪は必ず自分に返ります。このブログを見ている多くの人たちはずいぶん大きな罪をすでにつくっています。

では、大きな愛を行いませんか。その愛が大きければ大きいだけ、その罪は許されるからです。

神理に布施するくらい大きな愛もありません。その愛を行うほかないのです。このブログを見ていて起きる天変地変を傍観していた人たちはです。

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3月 07 2021

神理を知ると観えてくる世界(人間 動物 植物)

昨日は堀川の辺りを回っていたんですが、ずいぶんカモメがいました。

今回の冬はほんと少なかったんですけどね。堀川に来たカモメたちはです。数十羽もいた時など数えるくらいで(昨日はそれくらいいましたが)ほとんどは十数羽くらいしかいませんでした。私が堀川にいった時にはです。

それが今頃たくさん来ているのですから「何だ今頃来たのか」と声をかけていたんですが、そのカモメたちは元気よく飛び回っていました。

ところがそんなにたくさんカモメがいるのにです。魚たちが平気で跳ねているのです。

カモメたちが飛んでいる時ばかりでなく、たくさん堀川に浮かんでいるその中でも魚たちが跳ねています。

「オイオイお前ら、大丈夫かそんなところでそんなに跳ねて」とか「お前ら危ないことはやめなさい」とか(笑)声をかけていたんですが見ているこちらがヒヤヒヤしました。ずいぶん跳ねていたからです。魚たちがです。

そうして、カモメが浮かんでいるすぐ近くでも魚が跳ねるものですから、カモメが逆によけていたくらいで、こちらは「お前が逃げてどうする」とカモメに突っ込んでいました。(笑)

カモメはカモメで何羽もこちらに飛んで来ましたし、本当にかわいいものですね。このような鳥や魚たちはです。

しかし、不思議な光景ですよね。カモメがたくさんいる中で魚が跳ね回っているなどという光景はです。普通はこんなこと起きないからです。

このように、この正法神理を実践しているとずいぶん変わった景色がよく観えます。鳥や魚たちばかりでなくいろいろな動物たちのです。

そうして、嫌がらせをしてくる人を祈ればすぐに病気になる人もいますし(別にこちらは病気になるように祈っているわけではないのにです。勝手に罰が当たっていくのです)逆に病気が癒される人もいる。

雨も降れば台風がコースを変える時もある。仕事がもっと出来るようにもなるなら、ずいぶん運もよくなって正しい方向に導いてももらえる。

これだけ有難い教えもないのですが、何でこのブログを見ている多くの人たちはこの正法神理をいつまでも無視しているのでしょう。

本当に不思議ですよね。おまけにこれだけ有難い教えに逆らいまくっている人たちまでいますが、それでは罰も当たるでしょう。

これだけこの世に生まれても巡り合うことが稀な教えもないからです。それだけ稀な教えに巡り合って、その教えに逆らっているようでは罰も当たるからです。

それでこの辺りは罰が当たりまくっているんですが、そういう事実を知っている人たちがです。何でいつまでも逆らっているんでしょう。この正法神理にです。

従うなら、罰が当たることもないのにです。

しかし、逆らい続けていてはそのような人たちに罰は当たり続けます。昨日もやたら怒っている人がいましたが危ないだけでしょう。

正法神理に逆らうなら逆らうだけ災いが現れてくるからです。しかし、従うなら従うだけ奇跡が現れて来ます。

では従ってはどうでしょう。従うなら奇跡がたくさん起きてきて不思議な体験も出来るからです。

この神理に従うなら、いろいろこれまで観えていなかった世界が観えてくるのです。

例えば先ほど書いたような動物たちの不思議な生態を知っていましたか? このブログを見ている人たちはです。

カモメがたくさんいる中でも魚が飛び跳ねるなどということをです。

普通ではあり得ないことですよね。そんなにたくさんカモメがいる中で平気で魚たちが飛び跳ねているなどです。

しかし、こういうことは起きるのです。人間がもっと愛を出し大調和するならです。

動物たちが争うことがなくなるからです。人間が大調和すればです。肉食動物と草食動物が同じところで昼寝しているという光景まで見られるようになるのです。自分たちの目の前でです。

そういう場所を人間が通っても人間が襲われることもなく、どの動物も人間たちになついて、一緒に遊び回れるくらいになるのです。

実際いまの私がそうであるからです。だからカモメがいる中で魚が飛び跳ねるなどという不思議な奇跡が起きるのです。その大調和出来る唯一の教えがこの正法神理であるからです。

だから、この正法神理を世界中の人が実践し、世界がこの神理の下、大調和するなら、そういう大奇跡が起きてくるということです。

そういう話を高橋先生はすでにご著書の中に書かれているからです。動物たちはみな人間の友達となり、それぞれの食べ物も自然界の中に現れてくるとです。

世界から戦争がなくなり人間が大調和すると、何か肉のような物が自然界に現れて来て肉食動物はそれを食べるようになり、草食動物はそのまま草を食べているだけですが、その草食動物の数も制限されて今のようにいくらでも増えるということがなくなるそうです。

肉食動物が他に食べる物があるなら草食動物を襲うことはなくなりますし、草食動物も増え過ぎなければ別に害になることはありません。そうなれば人間ともうまくやれるわけで、それで人間とも調和出来るわけです。

そういう世界が現れるのです。人間が大調和するならです。すべての動物たちとも大調和出来るのです。

それは私を見てもらえるなら分かるはずです。すでにそれに近い世界が私の周りには現れているからです。どの動物とも仲良くやれて、カモメの近くで平気で魚が跳ねるなどということも起きているからです。

つまり、世界中の人がこの正法神理を実践するなら、高橋先生がいわれていたような世界が本当に実現するということです。

私を見るならそれが分かるからです。高橋先生が書かれていた世界を私が証明しているようなものであるからです。

そればかりか高橋先生のご著書には、そのような動物たちと話も出来ること(これは動物たちが死んで霊になってからの話ですが)そうして植物とも話が出来ること(これはそれぞれの植物には妖精がいて、その妖精と話が出来るそうですが)まで書かれてあります。

そういうことが出来るようになるということです。この神理を実践するならです。

こういうことまで起きてくる教えは他にありません。だから、この世に生まれても巡り合うことが稀な教えとまでいわれているのです。この正法神理はです。

これだけ有難い(出会うことが難しい)教えもないからです。

だから、その唯一無二の出会うことがこれだけ難しいこの正法神理を、これだけきいているのに、一切無視しているこのブログを見ている多くの皆さんが、一体どれだけもったいないことをしているのか、少しはお分かりでしょうか。

この神理を極めていくなら、このようなことだけでなく例えば、あの世にいくことも出来るようになるのだし(幽体離脱して)あの世にいくなら当然死んだ人にもあえるのだし、死んだペットなどともあえるのだし、植物たちの気持ちまで分かるのだし(その植物の妖精を通してです)だから、これまで観えていない世界までたくさん観えて来ますよといっているのです。

この正法神理を行うならです。実際私たちは、そのような不思議な体験をもう何度もしているからです。

例えば、あの世など何度観て来たか知れませんし。夢の中でです。このブログを見ている人たちも夢の中であの世を観たことがある人も多いと思いますが、そこはまず地獄界です。(すごく怖いところにいった夢とか、薄気味悪いところにいっている夢など観たことありませんか? それがあの世です。あの世の地獄界です)

しかし、私たち神理を実践している者は、そのような地獄界を観せられることもありますが、天上界を観てくることも多いのです。今年の初夢も私は天上界にいましたから。(このブログにその初夢のことは書きましたが)

しかし、夢などではなく、それを自分で自由に観てくることも出来るようになるのです。もっとこの神理を実践するならです。幽体離脱してです(まだ私は修業が足りないのでそこまで出来ませんが)

そこまで出来るようになれば、死んだ人たちと話すことも可能になります。(幽体離脱してあの世にいってです)そうなったらまた広がりますよ。自分が観ている世界がです。

そうして動物はもちろんですが、植物の妖精などともです。私はまだ話したことはありませんが、それに近いことが起きたことがあります。

それはもうずいぶん前の話ですが、昔、私の家の庭に花を植えていて、ある年の春にその花の芽が出て来た時のことです。

その花の芽が出て来たすぐ近くに草がいくつも生えだしたのです。だから、これはじゃまだなと思って、その草を抜こうとしたのですが、その草を抜いている最中にずいぶん、その生えだしたばかりの芽にさわったのです。

そうしたらです。なんと自分の目の辺りがチクチク痛み出すではありませんか。「あれ」と思って、その草を抜くのをやめました。

すると、その目のチクチクは止まります。そうして、また、その花の芽の辺りに生えている草を抜き出すとまた目がチクチクしだします。

その時、私はピンと来ました。これはこの花の妖精がやっているんだなとです。

つまり「出て来たばかりの芽にさわるな」と妖精はいいたかったのではないでしょうか。それで私の目に妖精は痛みを感じるようなことをしたのです。

実際、私がその花の芽の辺りの草を全部抜いて、花の芽から手を離すとすぐにその痛みはなくなったからです。

その時「ああ、やはり植物の妖精っているんだな」と実感したものです。

この神理を実践していると、このように段々自分の世界が広がり、普通では体験出来ないようなことまで起きて来ます。

どうですか? すばらしいでしょう。この正法神理はです。やればやるだけ、自分たちが想像もつかなかった不思議な奇跡が周りに現れてくるからです。

だから私はいっているのです。この神理を見ていながら実践しないなど、どれだけもったいないことをしているか知れないとです。

少しずつでもやってはどうですか。この正法神理をです。そうすればこの正法神理のよさは嫌でも分かってくるからです。

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3月 06 2021

災いが起きる本当の理由 現代人の非常識

もう頭を下げたらどうでしょう。特にこの辺りで災いがたくさん現れているところなどです。

そうしないと止まらないからです。その災いはです。

どこかの会社など昨日も夜まで騒いでいました。本当に止まらないみたいですね。災いがです。昨日など昼休みまで騒いでいたくらいだからです。

朝、夜に加えて昼休みまで出だしたのなら、もう息つく間もなく災いが続いているということになるのですが、しかし、まったく反省しようとしません。(今日も朝からお怒りです)

一体どういう神経してるんでしょう。怖くはないのでしょうか。この連中はです。

仕事をしている最中でも、家でくつろいでいる時でも、いつ自分が病気になるか知れないのにです。

ずいぶん悲惨な話なんですが、しかし、すでに災いが現れているところなど、いつそういうことが起き出すか知れないのです。どこかの会社に近いようなことが起きているところも、もうたくさんあるはずだからです。

私が通るたびに態度が変わっているところなど、そうなんではないでしょうか。

そういうところはもう頭を下げた方がいいのです。神理を説いている私にです。そうして感謝して布施をした方がいいのです。

そういう謙虚な態度を取るならそんな悲惨なことが起きることもないからです。

しかし、取らないなら絶対に止まりません。その災いはです。意地を張れば張るだけ自分たちがつらいだけなのです。意地をどれだけ張っても、災いはおさまらないからです。どれだけ怒ろうが、どれだけ無視しようが、神理に感謝して布施しない限り止まらないのです。

そのような災いはです。

現代の人たちだけなのです。どれだけ悪いことが起きて来ても(自分や自分の周りにです)それでも一切態度を変えようとしない人たちなどです。

昔の人たちはみな態度を変えたのです。あまりに自分や自分の周りに悪いことが起きてくるならです。

自分たちの態度が悪いからそうなると悟ってです。

しかし、今の人たちはどれだけ悪いことが起きて来ても絶対に自分たちの態度を改めようとしません。すべて責任転嫁です。(本当にひどい態度です)

これでは、その悪いことは止まらないのです。そのような態度が原因で、その悪いことは起きているからです。

昔の人たちのような態度を取るべきなのです。周りに悪いことが起きてくるなら、自分の行いを反省し態度を変える、そのような態度こそ災いを止めることが出来る唯一の方法であるからです。

そのような昔の人たちに(歴史に)学ぶということをもっとしないといけないのです。現代の人たちはです。

自分たちが一番正しいと勘違いしている(傲慢な)人たちも多いからです。(だから何でも自由だの、何でも平等だのという悪魔の左翼思想に騙されるのです。それだけ傲慢で歴史に学ぼうとする人が少ないからです)

正しい態度を取るなら災いが現れてくることはありません。しかし、現代の人たちは誰もそのような正しい態度を取ろうとしません。

だから止まらないのです。ドンドン起きてくるのです。災いがです。

間違った態度を取り続けていては災いは止まらないからです。

そこなのです。昔の人たちは正しい態度を取っていたから災いがほどほどでおさまり、今の人たちは絶対に正しい態度を取ろうとしない。だから災いが全然おさまらない。

おさまらないどころかドンドンひどくなる。いつまでたっても自分たちの間違った態度を反省しないからです。

その通りのことが起きているではないですか。こちらなど大きな天変地変が現れているわけではないのです。

個々に小さな天罰が現れているのです。

では、これだけ分かりやすい話もないのではないでしょうか。そのような自分たちに現れてくる災いは自分たちの行いを直すなら、止まるはずであるからです。

だからそれは大きな災いも同じであるということです。

個々で起きてくる小さな災いが自分たちの行いを直せば止まるなら、大きな災いも、そこに住んでいる人たちの行いを直すなら止まるということです。

大きい小さいはあっても(大きな天変地変から個人に起きる病気やけがなどの災いまで)同じ災いであることには変わりがないからです。

では、同じ態度を取るなら(自分たちの行いを直すなら)そこに起きる災いも止まるはずであるからです。(何でこんな簡単なことがいつまでも分からないんでしょう。現代の人たちはです)

だから災害大国といわれるような日本も日本に住む人たちの行いを直すなら、その災害は起きなくなるのです。

だから、何で日本が災害大国になったのか? その正しい理由は、温暖化のせいでも地形のせいでもないということです。

そこに住む人たちの行いが(もちろん心もですが)悪かったせいであるということです。

そのもっとも悪い行いがこの正法神理に逆らい無視をするということであるのです。

だから、日本が災害大国になったのも、神理を見ていながら一切布施しようとしなかった人たちのせいだといっているでしょうが。それだけ悪い行いもないからです。だからこの辺りなど、これだけ悪いことが起きているのです。

個々で、これだけ悪いことをしている人たちはいないからです。日本中探してもです。集団で神理を無視し逆らうというこれだけ悪いことをです。

だから、どこよりも悪いことが起きて来た、それだけの悪いことをしている人が多いからです。この辺りの多くの人がその自覚がないようですが。

しかし、そのような結果が出ているのですから、これだけ正しい話もありません。

私は、いっていることが正しいからこれだけ奇跡が起きているのであり、その私に逆らう人たちにこれだけの災いが起きているのは、それだけその人たちが間違ったことをしているから、そうなっているのであり、それを私のせいにしているなど言語道断なのであり、だから自分たちの間違いを素直に認めて詫びを入れ、感謝して布施するしかないといっているのです。

最初から私のいっていることが正しかったからです。その正しかったことにこのブログを見ている多くの人たちが賛同せず、逆らっているから、これだけの災いも起きているからです。

だから、これまでの自分たちの行いを反省し(正しいことをいい続けている私に)感謝して布施する以外、もう道はないのです。それをしない限り起きている災いは止まらないからです。

それが正しい行いなのですから、それをしない限り苦しみは続くのです。自分たちの間違いを正さない限り、苦しみはなくならないからです。

間違いを間違いのままほっておいては、自分が苦しいだけではなく周りの多くの人たちにもその苦しみは広がっていきます。

自分のせいで多くの人たちにも迷惑をかけている、そのような事実をこのブログを読んで布施しようとしない人たちはもっと知るべきでしょう。

神理を見続けている自分たちが(私がいい続けているように)感謝して布施するなら、そんな自分の苦しみも、そうして周りの多くの人たちの苦しみも現れることはなかったからです。

神理を見ている人たちが素直に感謝して布施してくれていれば、これほどの災いは現れなかったのです。

認めたくなくともそれは事実であり、そういう事実を無視して自分たちの態度をいつまでも変えようとしなければ、今のような苦しみは(災いがドンドン増えるというです)まだまだ続き、これからまだより多くの人たちに苦しみを与えることになります。

何度でも書きますが、昔の人たちなら、これだけ悪いことが起きて来たのなら、自分たちの行いを反省し、態度を変えたのです。

それをしない限り絶対に災いは止まりません。そんなこと知らない、などという態度はあまりに無責任なのではないでしょうか。これだけ多くの災いが自分や自分の周りにすでに現れているというのにです。自分が態度を頑なに変えないばかりにです。

今の人たちは、昔の人たちと比べ、まったくの非常識であるということよく知ってください。これだけ無反省な人たちは昔の人たちにはいなかったからです。

自分の考えをまったく変えようとせず自分さえよければ(今さえよければ)いいという、もうそのような現代人の非常識さを変えなければいけない時が来ています。

そうしないとこれからまだどれだけ多くの災いが起きてくるか知れないからです。

もう少し愛の心で謙虚に神理に耳を傾けませんか。そのような心にならない限り不幸は止まらないからです。

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