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11月 05 2020

神理を無視する愚かさ

昨日は引いているところばかりでしたね。キレているところもありましたが、そういうところは初めての(多分、まだ天罰がくだったことがない)ところばかりでした。

天罰がくだらないと分からないのでしょうか、その恐ろしさがです。くだる前に頭を下げてもらいたいものです。

悪いのは、このブログ(神理)を見ているのに感謝もせず平気で嫌がらせをしている人たちの方であるからです。

そのような人たちに一体どれだけ多くの不幸が現れているのか。昨日またそれを改めて知りました。

というのも、最近、どこかの会社がずっと引いていたので、何でこの連中、最近はこんなに引いているんだろうと不思議だったのです。

自分たちに何が起きて来ても全然引かなかったこの連中がこれだけ引いているのです。よほどコロッと逝くのが増えているのかなと思っていましたが、昨日その理由が分かりました。

それで改めて思ったわけです。凄い勢いで不幸が増えているんだなということがです。

昨日のことなんですが昨日もまたです。どこかの会社によく電話がかかって来ていたのですが、この連中(前からそうですが)電話がたくさんかかってくると怒り出すのがいるのです。

昨日もそうでした。よく電話がかかって来てしばらくすると急に怒り出すのがいます。昨日も急にキレてカンカンカンカンなどとやり出したので(小さい音でですが)「大変だな、家族まで次々に病気なって」みたいなことを私がいったのです。

そうしたらです。なんとそのカンカンカンカンとやってた奴が急にドン引きしてしまったのです。

「え、どうした?」と思ったのですが、ああそういうことかとしばらくしたらピンと来ました。だからこの連中、最近は引いていたのです。もう怒るに怒れなくなってきたからです。

そのような不幸がもう自分たちに起きるだけでは止まらなくなったのでしょう。

だから、最近は引きだしたのです。自分たちだけではなく、自分たちの家族にまでドンドン災いが現れだしているからです。

自分たちだけなら、どれだけでもキレられるのでしょうが、家族にまで次々に災いが起き出したのなら、さすがに自分のことしか考えない、自己中な者が多いこの連中でもそうはキレられません。(他の従業員の家族にまで迷惑がかかるからです。さすがにそれではキレるにキレられないでしょう)

前から家族にも出ていたようですが、それがドンドン増えているんじゃないですか。だから最近はこの連中もドン引きし出したのです。

あまりに次々に災いが現れだしたからです。それが自分たちだけではなく家族にまで同じようにです。

だからキレられなくなったのです。家族にまでドンドン出だしたからです。災いがです。

今日もドン引きしています。(昨日も夜遅くまで怒っていましたし)ドンドン増えているのでしょう。多くの不幸がです。

だから、他のところもドン引きしているところが増えるのも分かります。それだけ多くの不幸がどこも現れているからです。

しかし、その不幸(天罰)はもう自分たちだけにとどまらないのです。自分たちの家族にまで及ぶのです。

このどこかの会社がよい例だからです。

まだ、分かりませんか。自分たちが神理に逆らい続けているため、どれだけ多くの不幸が現れているのかということがです。

そのような不幸はすべてです。すべて、このブログを見て感謝もせず、嫌がらせをしている人たちのせいなのです。そのような人たちの神理に(神に)対する間違った態度が、それだけたくさんの不幸を呼んでいるのです。

それこそ自分の家族にまで及ぶほど多くのです。

あなたたちが、少しでも神に対し感謝の心を見せたのなら、決してそんなことは起きなかったのです。

それなのにあなたたちは神に対し、感謝するどころか逆らう態度を取り続けた、その結果がこれほど多くの不幸をあなたたち自身にもたらしているのです。家族も含めたです。

家族を不幸にして楽しいのですか? 少しは申し訳ないと思わないのですか? あなたたちの態度のせいで家族までドンドン不幸になっていっているからです。

神理に(神の心に)逆らっている人には必ず不幸が現れます。

そうして、そのような神理に逆らい不幸になっている人たちが、もうこちらではどれだけいるか知れないのです。

こちらでは、それだけ多くの人たちが神理に逆らい続けているからです。

もはや従うしかないのです。この神理にです。従わなければまだこれからどれだけ多くの不幸が現れるか知れないからです。

それだけ数多くの不幸に見舞われているところがすでにあるからです。

だからもう素直に頭を下げないといけないのです。この神理にです。

それでも、それでもです。それでもまだ逆らい続けますか? 無視を続けるのでしょうか? この正法神理のです。

それだけ愚かな行いもないのです。

(今日はこのことだけを書きたいがためにブログを書きました。「神理を無視する愚かさ」いい加減理解してください)

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11月 04 2020

不吉な印(しるし)

やはり相当出ているようですね。

昨日など、先週あれほど怒っているところが多かった白鳥公園から六番町の辺りを回ったんですが、先週怒っていたところが全部です。全部静かになっていました。激しく怒っていたところはゼロですね。

微妙に怒っていたところはわずかにありましたが、キレていたところはゼロですね。後はドン引きしていたところばかりでした。(まあ、休みのところもありましたが)

しかし、あれだけ怒っていたところがこれだけ極端に静かになりますかね。よほど騒いでいるところに天罰がくだっているのでしょう。

そうでなければ、これだけ極端に態度は変わらないと思うからです。

とはいえ、では静かにしていたからとそれで災いが起きなくなるのかといえばです。

多分、来週くらい回ると、今度はまたキレているところばかりになるのでしょう。静かにしたからといって、それで災いが止まるわけではないからです。

どちらにしても災いは出るということです。ただ、うるさくするよりは静かにしている方が出る回数は少ないのかもしれません。うるさかったのが静かになって、それからずっと静かになってしまったというところもあるからです。

しかし、キレいたところが、同じようにキレているところはないからです。キレていたところは、次に通るとドン引きしているか、よけいキレているかのどちらかであるからです。

だからキレているところの方が(やはり)たくさん出ているようです。災い(天罰)はです。

そうして、昨日も歩いていると微妙に嫌がらせをしてきた人がたくさんいましたね。前回のようなブログを書くと、いきり立ってよけい嫌がらせをしてくる人もいますが、しかし、もうそういう人には確実に災いは現れて来ます。

だから、昨日嫌がらせをした人ですでに災いが現れている人もいると思いますが(朝起きてトイレにいったら真っ赤だったとかです。血尿が出てです。〔汗〕)そういう人でも、反省して布施された方が、その後の病気の経過は軽くすみます。

そういうことが起きて(もう、そのようなことが普通に起きていると思いますから。私に嫌がらせなどしてきた人にはです)それを逆恨みし(自分が神理を説いている者に嫌がらせなどしたからそういう天罰がくだったのに)私のせいで病気なったと怒っていると、そのような病気は仮に一時よくなったとしても、一生祟ることになります。

だから、そういう天罰がくだったのなら、素直に反省し、心を入れ替えた方がよほど得であるということです。意地を張って責任転嫁していればしているだけ苦しみは長くひどく続いていくからです。

とにかく、神理に対し心を入れ替えないとよいことは起きて来ません。

どうしても心を入れ替えるのは嫌だというのなら、それはそれでかまいませんが、ただ、そういう人は、いつ病気なるか知れないという恐怖とこれから戦っていかなくてはいけないということです。

神理に対し感謝もせずに嫌がらせをしていて、そのようないろいろな病気になっている人がこの辺りにはもうずいぶんたくさんいるようだからです。(今日も朝早くから救急車が前のマンションに来ているし〔つい先日も来ていました〕どこかの会社などドン引きしているし、かなりこの近所も状況が変わって来ていますから)

しかし、心を入れ替え、この神理に帰依するなら、そのような災いが現れることもなく(まあ。実践次第ですが。口だけで全然実践しなくてはダメですが)奇跡も現れて来ます。

このような状況では危なくて仕方ないのです。しかし、心をこの神理に合わせて入れ替えるのなら、どのような危ない状況でも神から守られることになります。

もう、信じませんか。私のいうことをです。私のいった通りのことが次々に起きているからです。(だから、どうせ心を入れ替えるのならです。そのような病気が現れる前に入れ替えてはどうでしょう。そういう病気が奇跡的に治るより、そのような病気にならない方がよほどよいからです)

昨日のことです。私が白鳥公園にいって白鳥公園に入ったとたんです。急に白鳥公園にいるカラスたちが騒ぎだし(最近の白鳥公園はカラスの巣になっていますから)数十羽が鳴きながら白鳥公園上空を飛び回っていました。

すずめくらいならともかくカラスが何十羽も鳴きながら空を飛び回ると、ほんと雰囲気が変わってしまいますよね。一種異様な雰囲気になります。

「お前らあんまり騒ぐな」と声をかけながら白鳥公園の中を歩いていきましたが、そのような雰囲気の中あることを思い出しました。

そういえば私の小さい時によくうちの亡くなった婆さんがいっていたのですが、カラスは人の死が分かるそうです。

私が小さい時などまだカラスがこんな町中までくることはほとんどありませんでした。私が小さい時などカラスなどたまに見かけるくらいで、だからカラスが飛んでいると珍しがってよく追いかけたものです。

それくらい町中でカラスを見ることはなかったのです。(ここ二、三十年くらいでしょう。カラスがこんな町中までくるようになったのはです)

その珍しかったカラスが、ある家の屋根に止まって鳴いていてしばらくしたら、その家の人が死んだとか、ある家に向かって鳴いていたら、その家の人が死んだとか、そういう話を小さい時によく婆さんからきかされたものです。

その話が本当か嘘かは知りませんが、まあ、カラスはです。そのような不吉といいましょうか、不気味といいましょうか、そういう部分があるようです。

しかし、動物たちは自分の死期が分かるともいわれています。(この前の東山動物園のゾウの話ではありませんが)だから、カラスが人の死が分かっても、別に不思議な話ではないでしょう。

自分たちの死期が分かるのなら人の死期が分かるのもある意味当然だからです。

その人の死期が分かるカラスたちが昨日、私が白鳥公園にいくと同時に大騒ぎを始めた。

もしかしたら、私にかかわってくる多くの人たちがこれからたくさん死を迎えるのかもしれません。それが分かってカラスたちがそういう行動を取った、カラスたちは人の死が分かるからです。

そう取れないこともありません。だって、普段は私が白鳥公園にいってもカラスたちはあんな大騒ぎはしないからです。

まあ、それが当たっているか、外れているかは分かりませんが、とにかく私に嫌がらせをしてくる人たちが次々に病気になっているのは事実のようです。

そういう人たちが今度は次々に死を迎える。だからカラスたちが私を見るなり大騒ぎを始めた。そういうことがカラスたちにはよく分かったからです。

ほんと縁起でもない話なんですが(苦笑)そういう縁起でもない話が本当になってもいけません。だから分かるまで何度でもいいますが、心を入れ替えませんか?

そうすれば、そんな不幸なことは起きないからです。しかし、今のままの心では、そういう不幸がいつ起きても不思議ではないからです。

神理を見ているのなら感謝して布施するのが当たり前なのです。昔の人は誰もそのような態度を取っていたのです。

しかし、今生の多くの人たちは、神理をもう何年も見ている人も多いのに、まったくそういう態度を取らない人たちがほとんどです。

昨日の白鳥公園でのカラスたちの行動が、このブログを見ている多くの人たちに対する不吉な印でないことを願うばかりです。

・

追伸…アメリカの大統領選が始まりましたね。マスコミはバイデン氏が勝つの一点張りですが(苦笑)これでトランプ大統領の再選が決まったら、一体マスコミは何なんだということになって、また(またまたですか)マスコミは信用を落とすことになります。(笑)

どちらにせよ、日本にとってよい方の方が大統領になってくれることを望んでいます。

そういう祈りをしているからです。

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11月 03 2020

事実を正しく知ることの難しさ

しかし、本当にたくさんのところで怒っていますね。多くの人がです。

あまり通らないところなど通ると、それが特によく分かります。

あっちでゴンとか、こっちでガンとか、ガンガンガンガンガンなどとやってくるところもあれば、ガーンとかでかい音を立ててくるところもあり、本当に激しいのです。やることがです。

普段よく通るところを通れば通ったで、この前はあれほど怒っていたのにドン引きしているとか、ドン引きしていたのに、またすさまじく怒っているとか、そんな会社や工事現場がそこらじゅうにあり、そればかりか、最近は私が歩いていると、あっちこっちの家から人がふらふら出て来て嫌がらせをしてくるのです。

前はそういう人が多かったのですが、一時いなくなり、また最近増え出したと、そんな感じですかね。最近はやたら怒りながらやってくる人が多い。本当に昨日、今日、何か災いが起きたと、そんな感じの人がです。

昨日など雨が降っているにもかかわらず、そういうふらふら出てくる人がたくさんいるのです。(なんかゾンビみたいです。〔苦笑〕)

雨の中までずいぶん熱心なことだなと呆れ、よほど自分たちに起きている災いを私のせいにしたいらしいです。この辺りの人たちはです。

しかし、大丈夫ですか。そんなことしている人たちはです。すでに出ていませんか?(昨日の今日でも)災いがです。

ドンドン増えていますよ。そういう人たちがです。あちこち毎日のように回っている私から見たらちょっと異常な増え方をしています。最近は、そのようなおかしな人たちがです。

どこかの会社なども昨日など窓を閉め切りドン引きしていたのですが、それでもです。それでも会社の中からガシャーンという音がきこえて来て、急に怒り出すのがいました。

そうしてガンガン音を立て出すのですが、その音が最近は小さい。(苦笑)少し前までは、そういうことがあると(多分、病気なる人が出たのでしょう)ガンガンでかい音を立て続けていたのが、最近はカンカンカンカンカンと小さな音を立て続けています。

ずいぶんやることが変わってきました。あの怒り続けていたどこかの会社の連中までもがです。

だからもうこの辺り、災いがかなりの数でているのではないかと想像できるのです。多くのところと、そうして同じところ(大きな会社や現場、人がたくさんいるところ)で、そういうおかしな態度を取っている人が一杯いるからです。

だから、そう考えてまず間違いないと思います。だって、車いすに乗った爺さん婆さんにまで災いが出るくらいです。では、普通の人ならすぐにでも現れてくるでしょう。

神理に対し傲慢な態度を取っている人に対する天罰はです。

それがもう異常なほど現れ出した。だから、これだけ多くの人たちが異常な態度を取り始めた。そう考えて間違いないでしょう。

私はこの近辺、そこらじゅう回っているからよく分かるからです。皆の態度がドンドン変わっていっているのがです。

だからもう感謝して布施するしかないといっているのです。逆の態度を取るなら、もうすぐにでも天罰が現れるからです。

何度でもいいますが、昔の人たちは皆していたことであるのです。神理を知らされたのなら感謝の布施はです。

今の人たちだけなのです。感謝もせず平気で神理を見続けている人たちなどです。(ほんとどれだけ不遜か知れません)そうして感謝どころか神理を知らされているのに平気で嫌がらせをしてくる人たちなどです。(もはやこのような人は罪人〔つみびと〕といっても過言ではありません)

特にこの辺りなど、そういう罪人が多いからこれだけ天罰もくだってくるのであり(罪人なら仕方ありません。天罰がくだってもです)それにもかかわらずまったく自分たちの態度を反省せず、同じ態度を取り続けているから、ドンドンその天罰が激しくなって、異常なほど現れ出すのです。

そういう態度を改めない限り、現れる天罰は激しくはなってもおさまることはないからです。そういう態度をする人がいなくならない限り、天罰は止まらないからです。

だからもう、そのような傲慢不遜な態度を改め、感謝して布施するしかないといっているのです。

本当にもうそれしかないからです。そのような態度を改めない限り、その改めない人には必ずどこかで天罰はくだるからです。これは決して大げさな言い方ではなくです。

必ずくだるのです。神理を説いている者に嫌がらせするということは、神に嫌がらせをしていることと同じであり、神に嫌がらせなどすれば、必ずどこかで天罰はくだります。

それと同じなのです。神理を説いている者に嫌がらせをするということはです。

だからこうなっているんでしょう。この辺りは異常なほどの災いが現れているのです。

それは異常なほど多いからです。神理を説いている者に嫌がらせをする人がです。だから、異常なくらい天罰がくだるのです。

それが私がいっていることが正しいという何よりの証明なのです。神理を説いている者に嫌がらせなどする人には必ず天罰が現れるからです。

そういうことを知らないでいるだけなのです。私に平気で嫌がらせしてくる人たちはです。

そういう事実を知らないのです。私に(神理を説いている者に)嫌がらせなどすれば必ず天罰がくだるということも、その天罰がすでに異常なほどこの辺りにはくだっているということもです。

全然理解しないのです。そのような起きていることのすさまじい事実をです。

自分たちの行いなど全然反省しないで、この辺りに病気になる人がたくさんいて、それはあいつの(私の)せいでなっているのだと、だから自分たちにそのような病気になる人が出たのもあいつのせいだと、ただ、漠然とそう思い深く考えもしないで平気で嫌がらせをして来ているのです。

この辺りの多くの人たちはです。

自分たちの(神理をきいているのにまったく感謝しない)不遜な行いはまったく反省しないでです。そうして、この辺りで起きている天罰の多さをまったく理解しないでです。

そういう正しいことを理解しない人が多いということは、今回の大阪都構想(大阪市廃止・特別区設置構想)問題でもよく分かるのです。

都構想が、これだけ話題になっているのに、それでも都構想の中身を深く知ろうとする人は少なかったのです。大阪市の人たちもです。

だから、あれほど結果が拮抗した。大阪市に都構想の本当の中身をよく理解する人が少なかったからです。

中身をよく知るなら、まず賛成できるものではないからです。この大阪市廃止・特別区設置構想はです。どう考えても大阪市の人々には損にしかならないものであったからです。

しかし、それでもこの構想の賛成反対が拮抗した。それは大阪市の人たちに都構想の中身をよく知る人が少なかったからです。

または、維新の連中に騙されている人が多かったかのどちらかでしょうが、どちらにしても考えが浅いことには変わりがないのです。

物事を深く(正しく)理解するなら、分かることであるからです。維新の嘘はです。(都構想が実現したら何でもかんでもよくなるなどというです)

しかし、それでも理解しない人が多かった、そのような自分たちの生活に直接かかわることであってもそうなのです。

それでも理解しない人はしない。では、こちらは神の(神の業の)ことなのです。

それを正しく理解するということはもっともっと難しいことであると思いますが、しかし、それをしないともうこちらではすぐにでも天罰がくだるのです。

そういうことが実際に起きているのです。しかも次々とです。では、するしかないでしょう。そうしないと自分にもいつ天罰がくだるか知れないからです。

このブログを見ていて何一つ(報恩の行為を)しようとしない人にはです。

だからもうするしかないのです。正しい理解をです。そうしないと(間違った考えのままでいては)まず天罰がくだるからです。特に(神理を見ている人が多い)こちらの地域ではです。

だからいま起きていることを正しく理解することです。正しく理解しない限り、自分が救われる道はもうないからです。

私が人を病気にしているのなら私が病気になるはずです。しかし、私が病気なるのではなく、私に嫌がらせをしている人たちが次々に病気になっているのです。

起きていることがおかしいでしょう。私が人を病気にしているのなら私自身も病気になるはずだからです。(因果応報)しかし、そうはならず、私に嫌がらせをして来ている人たちが次々に病気になっている。

何でこういうことになっているのですか?

それは、私が人を病気にしているのではなく、私に嫌がらせをしている人たちに次々に天罰がくだっているからです。

それが事実であり、そう考えることが正しいのです。どれだけそれが認めたくないことであってもです。

しかし、事実は事実なのです。そのような事実を認めないから、正しい判断も出来ないのです。

起きていることを正しく見られないと正しい判断は出来ないからです。

だからこんなことになっているのです。正しいことをいつまでも認めないため、正しい判断が出来ないからです。正しい判断が出来なければ、そういう人には確実に天罰はくだるからです。

だからもう自分の罪を認めるしかないのです。自分の罪は罪として認め、そうして、その罪を反省し、神理を知らされていることに感謝し報恩の行為をするしかないのです。

そうしない限り、この負の連鎖(次々くだる天罰)から逃れる道はないからです。

だから、こちらではすでに異常なほど多くの災いが、異常なほど多くの人たちに現れていること。

そして、その異常な災いは私のせいではなく、自分たちのせいで現れていること。

そうして、その異常な災いは自分たちの行い次第でいくらでも増えるし、いくらでも減っていくということ。

このような事実を正しく知らないといけないのです。

まず、事実は事実として正しく知らないと、何度もいいますが、その後どうするかの判断まで正しく出来ないからです。

こう考えて来ますと、本当に事実を正しく知ることの難しさがよく分かりますが、もういま起きている事実を正しく知って、正しい判断をしないとすぐにでも天罰がくだる、そのようなすさまじい状況にこちらはすでになっているのです。

それが事実なのです。

それでもです。それでもまだ意地を張り、お前のせいでこうなっている、悪いのはお前と、そういい続けるのですか?

残念ではありますが、そのような人にはです。確実に天罰はくだるのです。

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11月 02 2020

正しい祈り

大阪市廃止・特別区設置構想(大阪都構想)が否決されましたね。

ほんとよかったですね。こんなバカげたことを大阪市はしないでです。これが可決されていたら、もう大阪は大混乱し日本もその混乱に巻き込まれていたことでしょう。

本当によかったです。心ある人たちと神の(ここでも強調しますが。〔笑〕)お蔭でしょう。とりあえず日本は守られたからです。(神のお蔭もありますよ。だって私、祈っていましたから)

しかし、票差がわずか一万七千票あまりですか。(賛成六十七万五千票、反対六十九万二千票)今回も危なかったですね。

これ、祈りが(神の協力が)なかったら危なかったくらいの票差だからです。ということは大阪市の半分の人は騙されていたということになりますよね。維新にです。

だいたい大阪都構想という呼び方からしてすでに騙しています。(本当は大阪市廃止・特別区設置構想なのにです)維新もこれを機に反省してもらいたいものです。あまり多くの人を騙してはいけないとです。

しかし、維新の人たち自身が騙されているのかも知れません。(政商の人たちにです)そこは哀れなんですが、まあ、一番哀れなのは公明党でしょう。

あのコウモリ政党があっちについたりこっちに憑いたりしなければ(ほんと悪魔みたいです。〔苦笑〕)こんな騒ぎにならなかったのかも知れないからです。(というか、ならなかったんじゃないですか。公明党が維新にさえつかなかったらです)

公明党はいずれ罰が当たりますね。ずいぶんあちこち混乱させているからです。(まあ、せいぜい題目でも上げるといいでしょう。無駄ですけど。〔苦笑〕)

しかし、今回のこの都構想は私もずいぶん勉強になりました。(いろいろこの問題のユーチューブを見て勉強しましたから。都市機構やら法律やらです)そこは感謝なんですが、しかし、今回の維新・公明連合軍での敗戦は国政にも微妙に影響を与えます。(微妙じゃないかもしれないし)

そこは禍を転じて福となすということになるかもしれません。これからの推移を見守りましょう。国や地方の政治がどうなっていくかをです。

そうして、次はアメリカの大統領選です。これもまた日本の運命を大きく変えます。

日本に取って一番よい人が大統領になってくれることを祈りましょう。今回の都構想も私はそういう祈りをしていたからです。

こういう時にはです。自分が応援している方が勝ちますようにという祈りをすることが当たり前のようになっていますが、残念ではありますが、そのような祈りは正しくありません。

だから、そういう祈りをしても自分の応援している方が勝つ時もあれば負ける時もあるのです。そのような祈りは正しくないからです。

そうして、自分を応援している人が勝てば祈りがきかれたと喜び、負ければ祈ったことなど忘れて残念がる。

そういう人が多いと思いますが、それは単に自分の祈りがきかれていないだけの話なのです。

そういう祈りは正しい祈りではないのできかれないからです。

そのような祈りのどこが間違っているのか?

こういう時にどちらかが勝ちますようにという祈りは、そこに自分の自我が入っています。(そちらに勝ってほしいというです)自我が入ってしまっては、それを正しい祈りとはいわないのです。

正しい祈りとは、自我も何もない、大局を見た祈りこそ正しい祈りであるからです。

では、どういう祈り方が正しいのか?

だからそれは先ほどいった「もっともよい人が勝ちますように」という祈り方が正しいのです。

自分がどれほどその人に(例えば選挙などでもです)勝ってほしいと願っても(仮にその人がどれだけ正しい人であってもです)それは大局から見たら、その人が最良の人ではないのかもしれません。

例えば、今回の大阪市廃止・特別区設置構想でもそうです。私から見たらこれは絶対反対なんですが、しかし、大局を見ればです。それをした方がいいのかもしれません。

それはどう考えても大阪市民に取っても、そうして日本全体に取ってもマイナスだと仮にそれが正しい考えであったとしてもです。それでも、大阪市廃止・特別区設置を行わなければいけない時もあるのです。(それは例えば、大阪市民の人たちがそれだけ堕落している人が多いとか、日本全体がダメな方にいっているとかした時です。そういう時は、よけい悪い方に進むのです。もっと悪い方にいかないと気づかないと思った時は、天はその悪いことをあえて行うからです。天変地変などそのよい例です)

だから、そういう時に、この大阪市廃止・特別区設置構想が否決されますようにと、どれだけ祈っても、そんな自我が入った祈りはきかれないのです。

それがどれだけよい祈りであれ、大局を見た祈りではないからです。

自我はどこまでいっても自我でしかないからです。

しかし、こういう時に大局を見た正しい祈りを多くの人がするのであればです。

たとえ、そのような悪い状況でも(大阪市廃止・特別区設置構想をしなければいけない状況でも)そういう正しい祈りをする人が多ければ、では気づいている人も多いということで、そのような構想は否決されるというように天が導いてくれるのです。

正しい祈りが出来る人が多ければ(今がどれだけひどい状況であっても)それは気づいている人も多いということで、正しい道に進むきっかけを天が与えてくれるからです。

そうすれば今回同様、そのような悪い構想は否決され、祈りがきかれたということになるのです。

つまり、正しい祈りをする人が多ければ多いだけ、どのような状況の時でも、その祈りはきかれてよいことが起きてくるということです。

だから、そういう自我の入った小さな祈りはきかれませんよといっているのです。そのような祈りがどれだけよい祈りでも、それが(いま現在)正しい祈りかどうかは分からないからです。

その祈りは、時期が来ないと正しい祈りにはならないのかもしれないからです。

しかし、正しい祈りをする人が増えれば、どんな状況であろうと、そのような祈りはきかれるということです。

だから、多くの人が正しい祈りをしないといけないということです。そのような自我も時期も関係がない、大局を見た正しい祈りを多くの人が出来れば、必ずよい方に導かれていくからです。

だから、このようなアメリカ大統領選の正しい祈り方は「日本に取って最もふさわし方が大統領に選ばれますよう、神よ、アメリカを正しくお導きください」という祈りが正しいのです。

そういう祈りを多くの人がするなら、日本に取っても、そうしてアメリカに取っても、最もふさわしい人がアメリカ大統領に選ばれるということになるからです。(といっても、今はもう二人の大統領候補しかいないのですから、そのどちらかということになりますが。ちょっとその祈りが遅かったですかね。〔苦笑〕)

しかし、正しい祈りはした方がいいのです。多くの人が正しい祈りをすればするだけよい方に導かれるからです。

正しい祈りはずいぶんきかれます。(私などその典型です)そういう正しい祈りを指導できるのはこの正法神理だけなのです。

何で多くの人が無視しているのか、本当に意味が分かりません。

今日もすでにずいぶんこの辺り、災いが現れているようです。(どこかの会社など朝からドン引きです)

正し祈りをするなら奇跡が現れて来ます。従いませんか。この正法神理にです。

そうすれば多くの災いが奇跡に変わってくるからです。

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11月 01 2020

正しく理解し正しく行う

もう怒っていても仕方ないでしょう。怒っていても起きるものは起きるのだし、これだけこちらでは天罰がくだっているのです。

逆に凄いことですよね。これだけ現象が現れる教えなどです。それだけすさまじい数の現象が現れていることは確かであるからです。それはこの辺りの多くの人たちが知っていることであるからです。

それとも、それさえも認めませんか、この辺りの人たちはです。しかし、それはないですよね。それも認めないのなら、これだけ多くの人が私に対し怒っているのはおかしいからです。

では、やらない手はないでしょう。この神理をです。

この教えを実践すればするだけ奇跡が起きてきて、逆らえば逆らうだけ災いが起きてくるからです。

ではやればいいのです。やればです。そうすればひどいことは起きないからです。そうして奇跡も起きてくるからです。

そういうことがもう分かり切っているのに、それでも神理を無視する、もうそんな小さくて汚い心のままではどちらにしても不幸になります。

最近は有名人なども若いうちから不幸になる人が増え(事故で亡くなったり、癌や白血病になったり)それも仕方ないと思っている人も多いのかもしれませんが、不幸になって仕方がないということはありません。

不幸になるにはなるだけの理由が必ずあるのであり、その理由が分かり、その理由を反省させ幸福をもたらすのが、この正法神理です。

だからやってはどうかといっているのです。そうすれば自分たちの不幸の原因もよく分かり、その不幸を回避する方法もよく分かるからです。

皆この正法神理が教えてくれるからです。(正しく導いてです)

その大きな不幸が始まるかもしれない大阪決戦がいよいよ始まりましたね。

私も一週間ほど書き続けましたからね。神理のことをほっといてです。それだけ危ないと思ったからです。

この大阪市廃止・特別区設置構想(大阪都構想)はです。

だから、それももう今日で最後なので(にしたいです)昨日、維新側のユーチューブも見ました。

これだけ書いて大阪市廃止・特別区設置構想の反対側のユーチューブばかり見ていてもいけないと思ったからです。(討論会のユーチューブも見ましたが)賛成側のユーチューブも見ないと不公平だと思ったからです。

そうしたらです。ずいぶんいいことしてるんですね。維新の会はです。(中学校に給食を出すようにしたり、小学校にクーラーをつけたり……ああ何でも民営化もそうなんですよね。〔苦笑〕)維新の会が出てくる前まではそこまでしていなかったようだからです。

大阪はです。

しかし、そうであるなら、そのままでも十分、大阪の改革は出来ると思うんですが、そこは制度を変えないといけないのですね。すでにそれだけ改革しているのにです。

人気の知事さんの説明によりますと、大阪市廃止・特別区設置構想をすると(そこは正確にいった方がいいと思いますよ。なりもしない大阪都などという嘘のネーミングをいつまでも使うのではなくてです)大阪市に取っていいことばかりになるようです。(苦笑)

行政はもっと細やかになり、住民サービスは下がらず(上がらんのかい)大きな公園もつくって、企業もたくさん誘致してたくさん企業が来てくれるらしいです。大阪にです。

大阪市が政令市から四つの特別区になるとそういうメリットがあるそうです。凄いですね。(笑)

何でそうなるのか、今一(今二、今三でしょうか)意味が分からないんですが、だから政令市であるいま現在はたくさん企業が逃げていっているんですね。大阪から東京などにです。(ずいぶん移したようですね。大阪の企業は東京に本社をです)

大阪市が政令市であるからです。(維新のやり方がまずいんじゃなくて政令市だから企業が逃げていくようです。大阪からです???)

だから特別区にしたいようですが、しかし、大阪市を廃止して四つの特別区にしても今の大阪市の財源は皆その特別区に入るようなことをいわれていましたが、それを確約できるのでしょうか? この先ずっとです。

そういう契約書をつくるみたいなことをいわれていましたが、そんなことわざわざしなくても政令市のままなら入ってくるのにね。財源はです。しかし、特別区になるなら、府からもらわないといけなくなるのです。

大阪府は大阪全体の仕事をし、大阪市は大阪市だけの仕事をしています。だから今は大阪市の財源は大阪市だけに使っているのですが、その大阪市の財源が特別区になるとほとんど府にいってしまいます。

本当に大阪府は四つになった特別区のためだけに、その財源を全部使いますかね。(最初はともかく、後々までです)そこは疑問なんですが、だから仕事がかぶって二重行政になっているという言い方も実はおかしいのです。

だって、大阪府は大阪全体の大阪府民のため、大阪市は大阪市民のために仕事をしているからです。

同じような仕事であっても別の仕事であるからです。

だから府の図書館もあれば市の図書館もある。目的が違うからです。府民のための図書館と市民のための図書館とはです。

それは、どこの地域も同じなのに不思議なことに大阪だけ二重行政と過度にいわれています。

そこも不思議なんですが、それはともかくです。政令市と特別区を比べるなら、権限は雲泥の差です。

政令市は都道府県に次ぐ権限を持ち、特別区は市町村よりまだ下の一番下の権限しかないのです。(だからほとんど権限がないということです)

何で、日本で二番目の自治権を持っている政令指定都市から一番自治権のない特別区にまで大阪市をしてしまうのでしょう、しかも分割までしてです。

そうして、知事はそうなっても財源は同じように入ってきて、四分割した大阪市は、よけいなコストもかからず行政がもっときめ細やかになって発展するというのです。

しかし、何でそうなるのかがどうしても分からないのです。大阪市を何の権限も財源も持たない特別区にして、そうして四つに分けるまでして、どうして大阪市がよくなるのでしょう?

政令市から特別区になると経費が掛からなくなるのでしょうか? そうして税金も安くなるのでしょうか? そうなるというのなら知事がいわれたこともよく分かりますが(コストもかからず、住民サービスも下がらず、緑も増えて、企業もたくさん来てくれて豊かに発展する)もし、そういうところは変わらないのならです。

とても知事がいわれた通りにはならないと、つまり知事は妄想をいっているか、嘘をついているということになりますが、そこはどうなんでしょう。

特別区にすると政令市より格段に経費が落ちて税金も安くなるのでしょうか?

そういうメリットでも出て来ない限り知事の話の通りにはならないと思うんですが、しかし、そんな話は誰もいっていませんでしたね。

さすがの維新の市長も知事もです。(苦笑)政令市から特別区に変わってもです。

税金の仕組みは変わるとかはいっていましたが、必要以上に税金が安くなるとか、経費がかからなくなるとか、そんなことはです。

なら出来ないでしょう。そんな知事がいうほど都合よくです。

つまり、維新がいっていることは大嘘だということです。だから、政令市から特別区になってもコストがかからないとか、住民サービスは下がらないとか、財源もちゃんと入ってくるとか、そういう言い方しかしないのです。

知事のいっていることは出来もしない大嘘だからです。

本当に知事のいう通りのことが出来るなら、維新の連中は皆、特別区になればコストもかからず、住民サービスも向上し、税金も安くなりますと、だから大阪は発展するのですと、もっと派手に大げさに宣伝するはずだからです。

しかし、そこまで景気のいい話は出来ない。知事のいっていることは後々、とても出来ることではないからです。

その出来もしないことをいって騙しているのです。大阪市民を維新はです。

要は、潰したいだけなんでしょう。大阪市をです。(何度もいいますが)その財源と権限がほしいからです。大阪府はです。(を支配している維新とその後ろの連中はです)

だから潰したいのです。維新の連中は大阪市をです。大阪市が頑張っていては自分たちに利権が来ないからです。

大阪市さえ潰せば、ほぼ維新のいいなりだからです。大阪はです。(もう一つ大阪には政令市がありますが〔堺市〕人口も少なくて〔八十万人くらいですよね〕大した力はありません。いつでも潰せます)

だからそれをしたいのです。だから何か政令市から特別区になれば大きなメリットが出るような、そんなふわっとした言い方をするわけです。維新の連中はです。

そんなメリット何もないのにです。政令市から特別区にする方のデメリットの方がはるかに大きいのにです。

しかし、そういうデメリットはいわず、それをうまくごまかして大阪市を四つの特別区にする、そうなればもう大阪市は潰れたも同然です。

それをしたいわけです。大阪市が特別区になればもう何の力もなくなるからです。そうなったら大阪市は何も出来なくなります。そうしたら大阪市で出来なくなったことを民営化するわけです。

そうすればたくさん利権が得られるからです。維新の後ろにいる政商たちはです。

それを狙っているがため、維新は大阪市を特別区にしたいのです。維新の目の上のタンコブが大阪市だからです。(だから私は先ほど維新は何でも民営化すると書いたのです。皮肉を込めてです)

大阪市さえ潰せば、あとは時間をかけてゆっくり大阪の利権を取りこめばいいからです。政商たちはです。

そのお先棒をかついでいるのです。維新の連中はです。そのことをどれだけ維新の議員が(そうして、それを応援している人たちが)理解しているか、それは知りませんが。

そうして大阪市をモデルケースにして、それを全国に広げる。全国の多くの政令市を同じようにしたいからです。その維新の後ろにいる政商たちはです。(だから、名古屋もそうですが、横浜や福岡、札幌などの各地方の主要政令市もすべて狙われているということです。そういう連中にです)

だから私はくどいくらい書いたのです。この大阪市廃止・特別区設置構想をです。

これは絶対にしてはいけないことであるからです。それこそ日本の主要都市が危なくなり、最後は日本全体がそのような政商たちの(そうして、その後ろにいる国際金融資本や中国などの)食い物にされるからです。

だから書いているのです。もちろん私だけではなく、そこまで気づいて警鐘を鳴らしている、他の多くの心ある人々がです。

このような多くの不幸は知らないことから始まります。

だから正しく理解しないといけないというのです。いま起きていることをです。そうしてこの正法神理もです。

正しく理解するなら、そのような人から幸福になっていくからです。

しかし、正しい理解がないなら、不幸はドンドン増えていきます。知らないうちにです。

正しく理解し、そうして正しい行いをしませんか。

そういう人が増えるなら、不幸は段々減っていき、多くの幸せが現れてくるからです。

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