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10月 16 2020

世界を救える唯一の教え

やはりドンドン現れ出しているようですね。多くの災いがです。

だって、この近所の会社まで引き出しましたからね。そうしてどこかの会社までもです。

昨日も静かだったんですが、今日も窓を閉め切ってやっています。しかし、中にバカがいて、まだガンガンやってくるのです。しかし、それが恐々やっているようで周りにそれが伝わって周り中の空気がよけい重いです。

もう相当出ているんでしょうね。この会社に災いがです。しかし、嫌がらせはやめられない。では、災いは止まらないでしょう。

この辺りはもうあちこちのところですさまじく現れているようであるからです。数多くの災い(天罰)がです。

昨日は金山にいったんですが(また現場回りです。〔苦笑〕)電車の運転手連中も引いているのが多かったですからね。どうするんでしょうね。運転手に次々に災いが現れたらです。

電車が止まっちゃったりして。運転手が足りなくなってです。

まあ、そこまではいかないと思いますが、しかし、運転手もいくらでもいるわけではありません。いくら大きな会社でも(いくらJRや名鉄でも)ドンドン運転手に災いが起き出したら、どこかで足りなくなります。

JRや名鉄の皆さん、ソロソロ感謝して布施した方がいいのではないでしょうか。この正法神理にです。運転手がいなくなってからでは遅いからです。

もう、そこらじゅうで現れ出しているようであるからです。神理に対し不遜な態度を取る人たちに対する天罰がです。

昨日など会社や現場より家の人たちの方がキレている人が多かったですからね。あちらの家でガチャン、こちらの家でゴホゴホ、そちらの家でカンカンカンカン、ほんとあちこちにチンドン屋がたくさんいるのかと思いました。

家からしてくる音は、会社や工事現場と違ってやさしいからです。(苦笑)

まあ、会社や工事現場に出ているのなら家でも出ているでしょう。しかし、どこでも一緒です。神理を説いている者に嫌がらせなどしていたら、その家庭にも災いはドンドン現れて来ます。

不幸になるだけなのです。いつまでも、災いを人のせいにして嫌がらせなどしていたところでです。

心が正しければ、どれだけ周りに災いが現れて来ても、またどんなひどい奴がいても、自分のところに災いは現れてはきません。

どういう状況であろうと災いが現れた時点で自分(の心)が悪いのです。

だからもう責任転嫁などしている場合ではないのです。それがもう誰のせいでもいいのです。要は自分に災いが現れなければそれでよいだけの話であるからです。

では、どうしたら、その災いは防ぐことが出来るのですか?

いつまでも神理を無視していては、いつまでも災いは止まらないのです。

今日の中日新聞に男性の育休を促す制度(妻が出産直後の時期に男性が育児休業を所得しやすくする制度)を総理が導入するという記事が載っていましたが、最近は核家族が多いので、一概にそれを反対はしませんが、しかし、このような男が子育てに積極的に参加したり(仕事を休んでまで)妻の出産に立ち会ったり、あるいは同性婚などを認めたり、このようなことはこれまでの歴史上やって来なかったことなのです。

こういうことを積極的に行っていて、それが本当に正しいのでしょうか? こういうことが正しいのであれば、なぜこれまでの人々はこのようなことを行っては来なかったのでしょう。

進歩的という言葉で、やっていることを正当化していますが、こういうことが間違いであるなら、後々このような間違いのつけは必ず巡って来ます。

古いという言葉に騙され、これまでの歴史をないがしろにしてはいけないのではないでしょうか。そのようなことが間違っているから、いま現在これだけの災いが世界中に現れているのではないでしょうか。

歴史に学ぶことを知らない人たちくらい愚かな人たちもいないからです。(だとしたら、現代の人たちは、歴史上存在しないほど愚かな人たちということになりますが…)

だからこれほどの災いが現れているのではないですか。それこそ世界中にです。そのような進歩的といっていることの中に多くの間違いがあるからです。(極端な男女平等もそうですが)

神理は、いま世界の思想がこうだからと安易にそれを信じるものではありません。正しいものは正しいし、間違いは間違いと、しっかり神の心に照らし合わせてそれを判断するのです。

だから、次々に奇跡が起きてくるのです。その神の心が本当の正しさの基準であるからです。

その本当の正しさの基準が分かるものはこの正法神理しかありません。だからこの神理を世界に伝えないといけないと私はいっているのです。

今も書きましたように世界中に間違った思想が蔓延しているからです。だから世界中にこれほどの災いが(激しい天変地変、コロナ禍、バッタ禍、その他)現れているのです。

世界の思想が大きく間違っているからです。だから現れるのです。多くの災いがです。

間違ったところには必ず災いは現れるからです。(その災いとは気づきの天罰です)

だから世界がそういっているからと、簡単にそれをそのまま信じてはいけないということです。

間違ったことを信じ行うなら、必ず不幸になるからです。

そういう不幸が世界中に現れているのです。そういうことに疑問を持たないといけないのです。何でこれだけ世界に不幸が多いのかということにです。

それは世界中の人々が多くの思想の間違いをしているからです。

それを正すのがこの正法神理であり、この正法神理しかないのです。そのような間違った思想を正すことが出来るのはです。

なぜなら、他のどんな思想もです。奇跡など現れては来ないからです。

それを行って奇跡が現れるのは唯一この正法神理だけであるからです。

災いが間違いの証拠なら奇跡は正しさの証拠であるのです。

だから私は、この正法神理を行いませんかと、協力できる範囲でけっこですから協力してくださいと、くどいほどいっているのです。

それは災いが起きている人たちを救うためだけではなく、世界を救わなければいけない、そのような大きな使命がこの正法神理にはあるからです。

だからいっているのだし、こちらもこんな苦しい目に遭っても、それでもやり続けているのです。

この正法神理の流布をです。

この教え以外(日本はもちろんのこと)世界を救える教えはないからです。世界を救える唯一の教えがこの正法神理であるからです。

そのような大きな心でこちらはこの神理の流布を行っているのです。あまり小さな心でこの神理を見るのはやめませんか。

そのような心は神理を汚す以外の何ものでもないからです。また、そんな小さな心ほど恥ずかしいものもありません。そんな小さな心のままでいるなど人に知られたら、それこそ格好が悪くないですか?

ずいぶんそのような格好を気にする人が多いようであるからです。このブログを見ている多くの人たちはです。(苦笑)

少し大きな心になって、この正法神理を理解されませんか。そうすれば必ず変わってくるからです。

自分に起きてくることも周りに起きてくることもです。

やれば変わります。ではやりませんか。

どちらにしても今のままではです。滅びていくことは火を見るよりも明らかであるからです。

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10月 15 2020

災いの止め方

昨日も現場回りをしてきました。(営業か。〔笑〕)

マンションをつくっているような大きな現場はどこもです。みな引いていましたね。少し前までは、そういうところはどこもずいぶん怒っていたのにです。

それが最近は、音がきこえるかきこえないか分からないくらいの音しか出してこなかったり、あるいはでかい音を出していたのに私が近くまでいくとシーンとなって、それで私が「感謝して布施してな。そうせんと災いは止まらんで」と声をかけても無視です。

何をいってもうんともすんともいいません。そうして私が離れていくとまたガンガン音を立てるみたいなところもあり、どこもみな微妙な怒り方をしているところが多いのです。

キレているところもありますが、本当に減りましたね。そういうところはです。この近所くらいでしょう。平気でキレているのはです。

少し離れると微妙な怒り方をしているところばかりです。やはり相当出ているんでしょうね。災いがです。中途半端な出方しかしていなければキレているところばかりであるはずだからです。

実際そういう時もあったからです。

しかし、最近はほとんどのところが引いています。では、ずいぶん出ているんではないですか。災いがです。

それと不思議なのは前にも書きましたが、嫌がらせをしていた人が、祈ると急に嫌がらせをやめて、顔を引きつらせて一変におとなしくなるのです。

見た目ピンピンしているのに何が起きているんだろうと、本当に不思議ですね。そういう人はです。

しかし、何が起きているんでしょうね。そういう人にはです。昨日もそういう人がいたからです。その昨日の急におとなしくなった人とはです。なんとホームレスなのです。(苦笑)

そのホームレスは最近、近くの公園に来て、その公園の隅で多くの荷物を持って座っていたのですが、ある時、その公園で歩いて来た人に私が嫌がらせをされて、それでその人にそこで辻説法をしたのです。

それが気に食わなかったのか(うるさかったのか)知りませんが、その時から、そのホームレスは私が近くを通るとカチカチ音を立て始めたのです。

それで私が「おっちゃん、そんな嫌がらせをするなら祈るからな」といったのですが、そのホームレスはまったくビビる様子もなく、私のいうことなど平気で無視してガチャガチャやっていました。

まあ、私のことなど知らなかったんでしょう。(笑)誰だこいつはやかましい奴だなと、それくらい思って嫌がらせをしていたのでしょう。「こっちを祈ってそれで何か起きるのか? へっへー。(笑)」みたいな感じでです。(笑)

だから、その夜、そのおっちゃんを祈っておいたのですが、祈った後、しばらくして私がその公園を通ると、その時はたまたまだったのでしょうか、そのホームレスはいませんでした。

しかし、荷物だけは置いてあるのです。

でも本人はいません。まるで今までいたのに、急にどこかにいってしまったような感じでした。荷物がそこらにばらけて置いてあったからです。

何か私が歩いて来たので逃げだしたような感じです。だから、近くにいるのかなと思いキョロキョロしながら「おっちゃんいるのか、祈ったけどどうだった」とか声をかけたんですが、公園内にいなさそうだったので、まあ、そのうちまた会うだろうとその時はそのままいってしまったのです。

しかし、何か様子が変だったので「何か起きたんじゃないか?」と漠然と思っていました。

そうして昨日です。夕方、その公園を通ると、そのホームレスのおっちゃんが荷物をたくさん持ってベンチに座っていました。

「お、いるじゃん」と思って近くまでいき「おっちゃん、祈ったけどどうだった。何か起きたか?」ときいたのですが、私が近くまで歩いていくと急にオドオドし出してどこかにいこうとします。

もうきくまでもないなと思い「な、起きるだろう、俺が祈ると必ず何か起きるのよ」といいながらこっちはさっさと歩いていきました。

このおっちゃんは全然話そうとしないからです。だから何をきいても仕方ないと思ったからです。

しかし、少し歩いていってふと気づきました。「そういえばこのおっちゃんに一体何が起きたんだ」ということをです。このおっちゃんもピンピンしているようだったからです。

それなのに、態度だけは変わっています。「なぜ?」ということになるからです。

それで振り返って「おっちゃん何が起きたか教えてくれないか」といったのですが、無視です。「よう、おっちゃん、何が起きたか教えてくれよ、そうしないとまた起きるぞ」とか散々きいたんですが(脅し半分で。〔笑〕)何も答えません。

仕方がないので「ならもういいわ。おっちゃん、早くホームレスなどやめてちゃんと働けよ。神に祈れば救われる道は必ずついてくるからな」といって帰りましたが、正しい祈りはきかれるということをこのホームレスは身をもって体験したのです。

では、自分でも実践してもらいたいものです。そうすれば本当に救われていくからです。

だから結局、私が祈って何が起きているのかは分からないんですが(笑)しかし、祈れば必ず何か起きてくることだけは確かなようです。

祈った後、態度が変わったり、いなくなったりする人が私の周りにはたくさんいるからです。

まあ、こんな感じでこちらでは次々に天罰が現れているようです。こっちの人たちは神理を知らされているのに(ホームレスにまで教えているのに。〔笑〕)まったく感謝しないからです。

感謝しないどころか、こちらの人たちは神理を説いている者をないがしろにし、嫌がらせまでしているのです。

そんなことをしていてはよいことが起きるはずがありません。だから天罰が止まらないのです。それだけ罰当たりな間違った態度もないからです。

だからこちらは辻説法をしながら歩いているのです。では、歩いているのを見かけたら布施くらいするのが当たり前なのではないですか。いま現在でも、そういう坊さんがいたら布施する人もいるからです。

しかし、そんな坊さんの説法などきいても、何の奇跡も起きませんが、私の説法をきくなら本当に奇跡が起きて救われていくのです。

では、どちらに布施をしないといけないのかはもう誰が見ても明らかでしょう。

それをしないから止まらないのです。災いがです。

だからそれをしたら止まるのです。もうこの辺り、そこかしこで起きている災いはです。

昔の人たちは皆していたことであるからです。神理を説いている者に対する感謝の布施などです。

今の人たちだけなのです。それをしないのはです。神理をきくだけきいていてです。

それで何もしない。それで何が起きているのですか?

多くの災いです。

では、した方がいいのではないですか? というより、しないといけないのではないですか。それをしないばかりに(頑なに)その災いは起きているからです。

するべきことをしないからです。昔の人たちが誰もがしていた神理に対する当たり前のことをです。

だから、昔の人たちが誰もがしていた当たり前のことをするなら(神理に対する感謝の布施)その災いはすぐにでも止まるのです。

ならしてはどうでしょう。いつまでも、そんな大事なことを無視し続けてなどいないでです。

それだけ大事なこともありませんよね。だって、その災いを止めないことには、仕事も、遊びも、何をするにしても支障をきたすからです。

実際、支障をきたしているにもかかわらず、多くの人たちがそれを無視し、その災いをただ私のせいにして無理してやっているだけなのです。

いま現在はです。仕事も、遊びも、自分たちのそのような生活をです。

ただ無理してしているだけ、みな困っているのです。そのような災いが次々に起きてくるからです。

では、止めたらどうでしょう。そのような災いをです。その災いはいくらでも自分たちで止めることが出来るからです。

元々、その災いは自分たちが現したものであるからです。(自分たちの神理に対する不遜な態度が)では、自分たちの態度を直しさえすればすぐにでも止めることが出来るのです。

また直さない限り、止めることは出来ません。すべて自分たちの行い次第であるからです。

止めてはどうでしょう。その次々に現れている災いをです。そうしないと最後にはです。

皆、その災いに滅ぼされてしまうからです。

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10月 14 2020

感謝 主役と悪役 あの世の存在

前回のようなブログを書くとです。必ずいますね。やたら怒っている人がです。(苦笑)

昨日もいたのですが、大丈夫ですかね。あの昨日やたら怒ってブシュとやっていった運ちゃんなどです。今頃、地獄にいませんか。

コロッと逝って地獄で後悔しても遅いのです。

実際私の周りには、そういうことが起きている人がいるからいっているのであって、別に脅しや嘘をついているわけではありません。本当にそういう人が増えているから、そういうことをすると危ないといっているのです。

しかし、意地なのか、本当に怖くはないからやってくるのか(こちらの状況で、怖くない人はいないと思いますが)それは分かりませんが、そういう人はどうなっても知りませんよ。

そんなことをしていればドンドン罰が当たって病気なっていくだけだからです。実際に多くの人がそうなっているからです。

今日はどこかの会社も久しぶりに朝からお怒りです。(最近は引いていたのに)しかし、そういう態度を取れば取るだけ病気は現れて来ます。病気になりたいのでしょうか? そのままではまた必ず病気になる人が出るからです。

一人として分からないのでしょうか? そういう事実がです。

本当に病気なるのです。本当に病気なってもいいと思っているんでしょうか? それともただ単に無理しているだけなんでしょうか?(そうだとしたら何年無理してるんでしょう?)

本当にそういうことが起きているのです。真剣に考えてはどうでしょう。この辺りでいま起きている事実をです。

この神理に従うなら、奇跡も起きて正しい道に導かれてもいきます。

本当にまじめに考えてはどうでしょう。いまこちらで次々に起きている恐ろしい現象をです。特に大人の人たちはです。大人が変わらなければ子供も変わらないからです。(では、子供らも病気になってしまいます)

数日前の話ですが庄内川にいった時のことです。

川岸を歩いているといきなり後ろから「どっぼーん」という大きな音がしてきたのです。「なんだ」と思って後ろを振り向くと川岸から二、三メートル川の中に入ったところが大きく波立っています。

相当大きな魚が跳ねたようです。

どんな魚が跳ねてんだと思って「おい、何がおるんだ。顔を出せ」と声をかけましたが、その後はシーンとしています。

何が跳ねたか分からないので、また歩いていきましたが、そうしたらまたしばらくしたら「どっぼーん」という大きな音がしてきます。すぐに後ろを振り向いたら少し見えましたね。魚の頭だけがです。

鯉のようでしたが、ずいぶんごつい頭でした。だから、細長いのではなく、ごつくて丸っこい鯉のようでした。(その魚が鯉なのかどうなのかよく分かりませんが。〔笑〕)それが先ほども跳ねたようです。

「ごついのがついてきてんな」と思って歩いていくと、また大きな魚が(これは鯉ですね)あちこちで水面に上がって来ていました。

「お前ら今日もいるのか」と声をかけながら歩いてくと、近くまで寄ってくる鯉もいました。そうして、私のすぐ前で跳ねたのもいました。ずいぶん大きな鯉がです。

すずめたちも回りで騒いでいましたが、楽しいですよ。神理を実践しているとです。このように周りにたくさん愛が現れてくるからです。

こういうことばかり起きている私はもっと感謝しないといけないのですかね。だって、周りの人たちとあまりに違うからです。起きてくることがです。

私の周りの人たちは、病気ばかりが起きて来ているのでしょう。もう顔を引きつらせて怒っている人たちばかりだからです。

しかし、私は自然と笑顔がこぼれて来ます。こういうことしか周りに起きないからです。

だから、私からするとなんでそんなに怒ることがあるのと不思議でならないのです。

そういう怒っている人が周りにいなければ私は楽しいばかりであるからです。そりゃそうでしょう。祈れば、次々に願いがかなって奇跡は起きてくる、生き物たちは喜んで寄ってくる、こちらに危害を加えようとする人には次々に天罰がくだる、まるでテレビドラマのような人生ですもんね。

私が主役で回りの人たちは、悪いことばかりしてドンドンやられていく悪役。(笑)

だからもっと感謝しないといけないと思うのです。こういう人生もまたとないと思うからです。

どうですか。いつまでも悪役を演じていないで主役に回られては。今生の人生などテレビドラマと同じであるからです。反省して心を入れ替えるならいくらでもよいことが起きて来て主役になれますし、そのまま間違った行いを続けるなら、いつまでも悪いことが起きて来て悪役のままであるからです。

そのテレビドラマをです。観ている人たちがちゃんといるのです。天上界にです。

皆さん方はです。その天上界の人たちの期待を一心に背負ってこの世に出て来ているのです。この世のすべての人たちにはみな仲間がいるからです。あの世にです。

そのような天上界の人たちに、この世に出て来ている皆さんはすべて約束してきているのです。この世に出たら、自分の心を向上させ、この世の人たちに愛と慈悲を説いて、大調和してまた(この天上界に)帰ってくるとです。

そういう約束を皆が皆しているのです。この世に出ているすべての人たちはです。

それなのに、そのあの世の多くの人たちが観ている前で、そんな見苦しい態度を取り続けるのですか? それだけキレてやけくそで嫌がらせをしまくる見苦しい態度をです。(特にどこかの会社の皆さんなどその通りのことをいま現在行っています。〔苦笑〕何か知りませんが、今日はキレまくっています。一体何が起きているんでしょうか?)

あの世があり、そこに住む天使たちがいるから、私の周りに起きている愛ある現象も起きるのであり、また皆さん方にもそのような天罰がくだるのです。

そのような異次元の世界があるからです。その世界の光の天使たちの力によってです。(人の力ではそんなこと出来ませんから)

すべてあの世があるから、そうしてそこに住む天使たちが存在するから、そういうことが起こるのであり、この世がこの世だけあるならです。そんなことは起きようがないのです。

そんなことが起きるなら、その起きるだけの力(エネルギー)と意志は必ず必要になるからです。その意志とエネルギーは一体どこからくるのか? ということです。

そのようなことが起きてくる意志とエネルギーはすべてあの世から、すなわち大意識であり、大エネルギーである、神の意志と力であるということです。

こういうことが分かり、こういうことが起きている、私もそうですが、皆さん方もです。もっと感謝を深めてはどうでしょう。神理が説かれなければこんなことは分からなかったからです。

「そんなわけあるか」で終わっていたからです。

しかし、それでは終われないのです。なぜなら、そのいった通りのことがこれだけ起きているからです。いうだけなら信じませんが、いった通りのことが次々に起きて来ては信じざるを得ません。

だからもっと神理に感謝してはどうでしょう、といっているのです。神理が出現しなければこんなことは起きなかったのだし、こんなことが起きなければ、神の存在も、あの世の存在も何も分からなかった(信じなかった)からです。

多くの人がこれまでの人たちと同様、この世がすべてで死んだら終わり、だからこの世で好き勝手すればいいのだと短絡的な人生しか送れなかったのです。神理が出現しなければです。

しかし、神理が出現したばかりに、それだけ短絡的な話ではないというが多くの人に少しずつでも分かってきた。それだけ視野は広がっているということであるからです。

もっと神理を知るならもっと分かって来ます。この世がこの世界だけではないということがです。

それを理解できるだけの現象が次々に現れてくるからです。そういう人にはです。

また、このブログを読んでいるにもかかわらず、それが何時までたっても分からない。(視野がいつまでたっても広がらない)そういう人はよほど心が固いのでしょう。

少しその固い心を柔らかくするなら、多くのことが分かってくるのにです。この世以外の様々なことがです。それを知らせ、証明するのがこの正法神理であるからです。

だからです。それほどの正法神理に、感謝すればするだけ、感謝を深めれば深めるだけ、よいことが起きてくるのです。

それほどの力がこの神理にはあるからです。

感謝も知らなければ反省も知らない、そうして自分の間違いも理解しない、そんな、ないない尽くしではどう考えてもいいことが起きるわけがありません。

もっと神理に感謝されてはどうでしょう。このブログを見ている多くの人たちはです。

なぜなら、このブログを(神理を)見ている人たちは、知らない間に、これまでの人たちが理解し得なかった(理解できなかった)多くのことを学んでいるからです。

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10月 13 2020

何を一としないといけないか

まあ、私のいうことなどきかないと十分承知の上で書くんですが、この辺りの皆さん、マジでです。

マジで私のいうことをもうきいた方がいいのではないでしょうか。すでに、ずいぶん多くの災いがこの辺りには出ているようであるからです。

その災いがここ数日はまた一段と激しくなっているようだからです。

どこかの会社などもう窓を閉め切りドン引きしているし(それでもまだ逆らっているのが、二、三いますが)この近所ではおかしな人が何人も出てくる。そうして、出ていけば出ていったで、そこらじゅう(の会社)で怒っていて、昨日などキレまくっていたところが(そこは死ぬほどキレているのがいましたが)ドン引きしているところもある。

そうかと思うと、これまで静かだったところがやたら怒り出したところもあり、それに怒っているところも微妙に怒っているところが多くて、もうキレているところなど数えるほどです。

そうして歩いてくる人はもうほとんどが顔を引きつらせ、怒っている人はわずかです。普通に怒っているのはトラックやバスの運転手くらいなものでしょう。(そういう怒っている運転手も最近は減っては来ましたが)

その中でも、私の顔を見るとやたら怒って、思いっきりブシュとでかい音を立ててくる短絡的な運転手がいますが、そういう運転手は心配ですね。この状況で、そんなことしてくる運転手には何が起きてくるか知れないからです。

それこそ、そういうキレた運転手は、そのトラックの仕事が終わったとたん、本当にキレて(頭の血管が)コロッと逝ってしまったり、急に苦しみ出してコロッと逝ってしまったり、朝起きたらコロッと逝っていたり、してませんか?

どこの運転手か知りませんので、そこまで確認できませんが、こちらではもうそういう人がたくさん出ているようだからです。

では、トラックの運転手もそういう人が出ていても決して不思議ではありません。むしろ出ない方がおかしいのではないですか。キレた人はキレる、それが因果応報であるからです。

本当に危ないのです。そういう法則をなにも理解せずやたら怒って(神理を説いている)私に嫌がらせなどして来てはです。

やったことがそのままやった人に返ってしまうからです。そういうことは多々起きていることであるからです。

だからいっているのです。もう私のいうことをきいた方がいいとです。(要は神理をした方がいいということです)

私のいうことを無視すればするだけ災いは現れてくるからです。しかし、神理を実践するなら、その災いは止まります。もう怒っている場合ではないのではないですか。

それだけ多くの災いがすでにこちらでは起きているようであるからです。もう一刻も早く心を入れ替えた方が安全であるからです。

この状況でまだ怒っている人たちは、それはいま現在起きているすさまじく恐ろしことを単に知らないだけなのです。

神理を説いている者に嫌がらせなどすれば確実に天罰がくだる、早くそのことを理解した方がいいでしょう。そのことを正しく知らないばかりに多くの災いが現れているからです。

しかし、このようなことを考えればです。一体、何を一にしないといけないかということがよく分かると思うんですが、どうでしょうか。

仕事ですか? 遊びですか? それとも自分たちの生活なのでしょうか? そのどれも違うでしょう。

まず、この正法神理を一としないといけないのです。つまりやはり正しい神の教えを一としないといけないということです。

そうしないと、このように仕事どころか、遊びどころか、生活どころか、何もかも出来なくなってしまうからです。

それはそうでしょう。次々におかしな病気や天変地変が周りに現れていては、何をするにしてもそれどころではなくなります。だから私はいっているのです。

正法神理を一としないといけないとです。

そうすれば、そのような災いも起きて来なくなるからです。何をおいても、まず、そのような災いを止めないことにはなにもまともに出来ないからです。

それが今のこの辺りの、そうして日本の状況であるということです。(それは世界も同じですが)

何をしていても、途中で病気をしたり、天災が起きたりしたら出来なくなります。そのような状況なのではないでしょうか。特別この辺りだけではなく、今の日本も、そうして世界もです。(激しい天災やコロナ禍、バッタ禍、その他、戦争などで)

ではまずそれを止めなくてはどうにもなりません。それを止める方法が神理の実践であるということです。(皆が神理を実践するなら、天災や病気も止まり、戦争まで起きなくなるのです。愛と慈悲を説く神理を実践するなら皆が調和するからです)

だからいっているのです。まずこの神理を知って少しずつでも実践されませんかとです。どちらにしてもそうしないと、ドンドン災いが起き出しているのです。(特にこの辺りは)

どうにもならないでしょう。この状況ではです。あらゆるところに災いが起きているからです。まず、この災いを止めないことにはです。

その災いを止めることが出来るのは、唯一この正法神理だけだということです。

早くそのような事実を理解してもらえませんか。それを理解しない限り、起きてくる災いは止めようがないからです。(他の何をしても止まらないのです。その災いはです)

とりあえず少しずつでも始めませんか。この正法神理をです。別に神理を実践し出したからと、あれをしてはいけない、これをしてはいけないなどとはいわないからです。

やれる範囲でやればいいからです。そのやった分だけは自分が救われるからです。誰がどれだけ救われようが、それは自分の自由であるからです。

その人間の自由さを失わないのが、この正法神理であるからです。

どちらにしても、すでに神理を一としなければやりたいことをしっかりやることさえ出来ない、そういう時代となっています。(それがどういう状態なのかは、この辺りの人たちだけではなく他の地域の人たちも分かるはずです。コロナ禍があったからです。こちらはいま現在もそのコロナ禍の激しい時と同じ状態であるということです。それだけ病気が現れているということです。この辺りのあちこちにです)

早くそれに気づいてください。

それに気づいてこの神理を行った人から救われていくからです。

・

追伸…昨日に続いて、大阪都構想のことをもう少し書いておきますが、くどいくらいいいますが、大阪市を特別区にするなら政令指定都市から区に格下げになるということですから、ずいぶん権限から何から減ってしまいますよ。

大阪市はです。

そうして大阪市の金も府に吸い上げられるということでしょう。なにもいいことないではないですか。大阪市はです。(それなのにこの大阪都構想には賛成が多い、なぜ?)

私は前から、この大阪維新の会を危ぶんでいたのです。何かしていることが怪しいからです。

もちろん維新はよいこともしたんでしょうが(大阪府と市の無駄を削ったなどの)それはそれとして、それ以外のこともしっかり見た方がいいでしょう。

維新は一見よいことをしていそうですが、その一方でカジノを進めたり(それも大阪発展の一環ですか? しかし、カジノはマネーロンダリングや依存症、犯罪の温床ともいわれています)万博を進めたり、どちらかといえばインバウンド一本槍です。

その上での大阪都構想です。何か心配になりませんか。

大阪都構想とは大阪市を分割し、その金を大阪府に吸い上げ、それを府で一括して使うということであり、その大阪市の金をです。

大阪府のために本当に使うのでしょうか? 維新はです。

その金を、カジノ構想とか、そちらの方に回しはしないのでしょうか。維新はです。

私が何をいいたいのかといえば、そういうものに金を回せば(カジノの会社はみな外国勢ですから)金が皆、外国に回っていくのではないのか、ということです。

私が心配しているのは、実はそれなのです。

日本で評判のいい知事のところはみな外国の匂いがします。(例の北海道の知事はずいぶん中国の匂いがしますし…静岡の知事同様です)

だからそちらの(外国の)方に金が回っていかないのか、それが心配なのですが、それと大阪都構想など大掛かりなことをすればです。

もし、失敗した場合、大阪だけでなく日本も混乱し疲弊するでしょう。(失敗しても維新は責任を取るわけではありませんよね。これから都構想を始めても、それがうまくいくかどうか分かるのはずいぶん先になります。〔五年も十年も、あるいはもっと〕その頃、維新があるかどうかも分からないし、今の知事や市長などもういるわけがありませんし)

そうなった時にどっちみち外国にやられはしないのでしょうか。それこそ外国資本がたくさん日本に入って来てです。

だから大阪都構想はです。どちらにしてもおいしいのです。外国勢力から見たらです。(うまくいけば、大阪から日本に侵入すればいいし、うまくいかなくても日本が弱り、今度は日本全体から侵入できるから)

だからこういうことに(大阪都構想に)やたら執着していい続けている大阪維新を危ぶんでいるわけです。私はです。

大阪のことだけを考えているようには思えないからです。何かそれ以外の力が働いているように思えてならないからです。

しかし、そのように危ぶんで警戒していても、私一人ではどうにもなりません。だから、この神理を実践する人を増やしたいわけです。

神理を実践する人が増えれば(信用できる人も増え)日本を思う人も増えて、その日本を通して正しく外国と付き合ってもいけるからです。神理を通すならです。(神理を通せばおかしなことをしてくるなら天罰を食らいますから。そのおかしなことをした人がです)

だから、そのような面も含め、神理を実践しませんかと、そうして協力してくれませんかと私は訴えているわけです。

どちらにしても、人の力だけではどうにもならないからです。今のままではどう考えても多勢に無勢だからです。(外国勢力や日本にたくさんいますから。その外国勢力の協力者がです)

しかし、神理を実践するなら、神の力と人の力が両方使えるのです。だから、一人でも多くの人にこの正法神理を実践してもらいたいわけです。

そういう人が増えてくれば実践した人も、そうして日本もです。両方救えるからです。

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10月 12 2020

逆恨みと法則

1979年 五月号より抜粋

<法  語

第三十三章 作用と反作用

物理学における「作用反作用」の法則は同時に心の法則でもあります。

「すべての作用には、大きさが等しく方向が反対になる反作用が伴う」

この「作用と反作用」の法則を、心の面で表現したのが「善因善果」「悪因悪果」という「因縁」の法則であります。科学の法則と心の法則は一つであり、この一つの法則を創造して、心と物質とを同一法則によって活動せしめている大生命力、大エネルギーを宗教的には「神」というのです。法則は人間のほしいままな心によって左右されることはありません。この人は悪いことをしたが、前に善いことをしたことがあるから今度は少し手加減して悪いことが起らないようにしてやろうというようなことは絶対にないのです。その人の運命は、その人がこの法則を知っているにせよ知らないにせよ厳密にこの法則によってつくられていくのであります。

第三十四章 法則の管理者は自分である

人間が神の子であるということは「作用と反作用」の法則を自由にコントロールできる心の自由を与えられてあるということです。

あなたはあなたの今の運命がどうであろうとも、それはあなたが知っていたにせよ知らなかったにせよ、皆あなた自身の心が造り出したものであって誰をも怨むことはできないのです。怨む、憎むということは自分の運命の責任を他に転嫁していることです。自分が下手な絵を描いたのに、あの人が私にこんな下手な絵を描かせたと思って、自分では何もしようとしないのが、怨むとか、憎むという心なのですから、怨む心、憎む心が自分にある間は運命は絶対によくならないのです。十年間の腎臓病が治られた大牟田の小柳さんは「憎んでいる人があったらその人を赦しなさい。赦すことによって誰が一番幸せになるのかというと、赦すことができたあなた自身である」という話を研修道場で聞かれて「そうだ赦そう」と思われた瞬間から病気がよくなったのです。これを読まれた方で、もし誰かを憎み怨んでいたとしたら、その人を赦しなさい。そうすれば必ずあなたの運命はよくなります。我々は、自分自身の運命の主人公なのです>

以上、正法誌から抜粋しました。

なぜこの箇所を抜粋したのかといえばです。もう何度も書いていますが、最近はこの辺り災いが増え、私のことを恨んでいる人もずいぶん増えていると思ったからです。(苦笑)

この近所でもどこかの会社ばかりでなく、バシバシ窓を閉めたくっている人とか、夢遊病者のように外をウロウロして嫌がらせをしてくるおかしな人まで出てきました。(悪いことが起きすぎて頭がおかしくなったようです)

だから、先ほどのところを抜粋したわけです。園頭先生が書かれた正法誌からです。

この世はすべて法則の下に成り立っています。

どれだけ悪いことを人のせいにして怒ったり、恨んだりしたところで、その悪いことは自分のせいで起きているのであって、人のせいではありません。

そのような(作用反作用の)法則は絶体であるからです。

それを理解していない(または責任転嫁している)だけなのです。

自分の悪いところをしっかり反省しないといけない時がもう来ているのです。だからこれだけ全国的にも(そうして世界的にも)災いが増えているのです。

すでに、そのような時代(正法の世)となっているからです。

だから出現したのです。この正法神理がです。そのような正法の世とともにです。(正法の世に正法神理が現れなくては正しさの基準が分からないからです)

これまでのような口と腹が(心が)全然違う偽善者ではなく、もう心から真の善人に生まれ変わらなければいけない、そのような時が来ているのです。この正法神理に従ってです。

そんなの嫌だも自分の勝手もありません。私はただ、そういう時が来ていると書いているにすぎません。

その書いていることが正しいから奇跡が起きてくるのだし、私のいうことに逆らったり無視したりしている人たちに災いが起きているのは、そのような態度が間違っているから、そういう災いが起きているだけなのです。

つまり皆、自分のせいで奇跡も災いも起きているだけであり、私以外の人たちに起きている災いは別に私のせいでも何でもないということです。

単に、そういう時代になったから、心が悪い人たちには次々に災いが起き出したのであり、心が善い人には奇跡が起きているだけだということです。

それもまたこれまで書いて来た通りです。その書いた通りのことが起きているにすぎないのです。

ここに書いていることが正しいから、その通りのことが起きているだけなのであり、別にそれを(そのような災いを)私がしている(起こしている)わけではないということです。(だいたい、ただの人間の私にやれるわけがないし、そんなこと)

いま起きていることはすべてです。すべて法則に従って起きていることなのであり、よいことが起きてほしいのなら、自分の心と行いを正しくすればそれでいいということです。

それだけの話なのです。

だからくだらない逆恨みをしている暇があるなら、法則をよく理解し、そうして神理もよく理解して、自分の心と行いを正した方がよほどよいということになります。

そうすれば確実によいことは起きてくるからです。

私たちは園頭先生も書いていられますように、その法則を自由にコントロール出来る心の自由を与えられています。

だから、よいことをしようとしない人はドンドン悪いことが起きてくるのです。どれだけ悪いことをしてもそれは自分の自由であり、悪いことをすればするだけちゃんとその悪いことは自分に返ってくるからです。

自分の悪いことを棚に上げていれば、その悪いことはずっと自分に返り続けます。その棚に上げている悪いことをしっかり反省し、よいことに変えない限りはです。

責任転嫁して泣き言をいっているだけでは進歩はありません。これまでの間違いをしっかり反省し、よいことをされませんか。

そのよいことをしてです。一番幸せになれるのは他でもない自分自身であるからです。

・

追伸…大阪都構想を問う住民投票の告示が今日からされるそうですね。

いよいよですか。しかし、よほどよく考えた方がいいと思いますよ。大阪市民の皆さんはです。この大阪都構想とは何かということをです。

だって名古屋市民の私でも都構想を知れば知るだけやばいだろうと思うからです。

都構想の意味をよく知らない時は、都構想もいいのではないかと漠然と思っていましたが、少し都構想の意味を知り始めると「どう考えてもよくないだろう、このなもの」としか思えないからです。

だって、都構想は二重行政の解消のため大阪市を廃止して四つの特別区にするわけですよね。

ということは大阪市は政令指定都市の権限を捨て、ほとんど権限のない特別区になるということになりますが、それで大阪市に何のメリットがあるのでしょうか?(政令指定都市と特別区では全然権限違いますよね)

それに広域行政を大阪府に統合して基礎行政は新たに創設するその四つの特別区が担うといいますが、それをつくりかえるだけでも大変な費用がかかりますし、それを一から始めるとなると大混乱を起こしませんか。

それこそ大阪市だけではなく大阪府全体がです。行政から府民から何から何までです。

それに大阪をたった四つの特別区だけで切り盛りできるのでしょうか?これだけ行政を減らしてしまって(二重行政の解消か何か知りませんが)どうして住民サービスが落ちないのでしょう?

まったく都構想をいっている連中は不思議なことをいいます。とても出来るとは思えないような絵空事を平気でいっているからです。

だから「これ大丈夫か?」と名古屋市民の私でも心配しているのです。

大阪都構想を賛成多数で進めてしまって大失敗でも起こされたら、日本全体がおかしくなってしまうからです。

だって、大阪が下手すればグチャグチャになるのでしょう。(うまく都構想に移行出来なければです)そうなったら日本全体の問題になって来ます。

大丈夫なんですかね。都構想を推進している維新の連中はです。もしかしてずいぶんいい加減なこといってませんか?

単に都構想を進めたいばかりにです。(だいたい、二重行政の解消とか今は知事も市長も同じ維新の会なのですから、話し合いでいくらでも出来るでしょう。たいした問題ではないではないですか。これ大丈夫なんですかね。こんな大規模なことをそれだけで進めてしまってです)

どちらにしてもです。大阪都構想は日本全体にかかわる大問題でもあります。慎重の上にも慎重に進めてほしいものです。

住民投票だけで一足飛びに決めるのではなしにです。

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