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10月 05 2020

因果応報と神理が起こす奇跡

昨日は日曜日だというのにどこかの会社は誰か来ていたようですね。バシバシやって怒っているのがきこえていたからです。(今日も朝から相も変わらず怒っていますが)

もう出っぱなしなんでしょうね。病人がです。しかし、それは仕方がない話でしょう。この連中もそれだけ嫌がらせをし続けているからです。

人に迷惑をかければ同じことが自分たちにも返って来ます。(迷惑なことが自分たちにもです)

この連中はもう毎日、何か嫌がらせをして来ます。だから毎日この連中には天罰がくだるのです。しかも何人もの連中が毎日入れ替わり立ち替わり嫌がらせをしてきます。

だからこれもまた同じように毎日この会社の(従業員の家族も含めた)いろいろな人に天罰がくだるのです。自分たちがやっていることと同じお返しが返ってくるわけです。

そうして、この連中くらい嫌がらせをしてくるところもないのですから(もう会社がやっている限り朝から晩まで嫌がらせをして来ますから)だから、この連中くらいたくさん天罰がくだっているところもなくて、その天罰も同じように朝から晩まで現れるのです。

つまりこの連中に起きている天罰は、自分たちがしているまったく同じお返しが自分たちに返って来ているだけなんですが、だから自分たちのやることさへかえるなら、自分たちに返ってくるお返しはかわってくるのですが、そのことに気づいているのか、いないのか、まったくやることをかえないものですから、ずっと同じひどい天罰が起き続けているということです。

それで神理のじゃまをしているのですから、もう話にならないでしょう。これでは絶対によいことなど起きないのです。

だから、このどこかの会社ほどではないにしても、似たような会社がたくさんあるんでしょう。この辺りにはです。

私にたくさん嫌がらせをしているところがたくさんあるからです。だからたくさんくだってくるのです。天罰がです。

どうします。その天罰が特にたくさんこの辺りはくだり始めたようですが、それでもかえませんか。自分たちの行いをです。

自分たちがしていることをかえるなら、当然起きてくることはかわります。因果応報の法則が働いているだけであるからです。

しかし、このような法則や神のことや正しい心の在り方、そうして私に起きている奇跡やその奇跡の起こし方から、モーゼやキリストが起こされた奇跡の証明まで、ずいぶん多くのことを教えられているのではないですか。

このブログを見ている人たちはです。他では教えられないような貴重なことをです。

それなのに何のお返しもなしですか。感謝のかわりに嫌がらせですか。それでは天罰もくだるでしょう。(ドンドン天から降りて来ます。恐ろしい力がです)

そこまで恩を知らなくてはです。

このままではドンドン病人が増えていきますが、本当にそれでもよいのですか?

どちらにしても、これだけ奇跡が現れる教えなど他にはないのです。だから、このまま誰にも伝えないわけにはいかないのです。やってもらうしかないのです。このブログを見ている人たちにです。

立ち上がりませんか。やれる範囲でいいからです。

自分のことを棚に上げグチグチ怒っている(レベルの低い)人たちは仕方ないのですが(滅ぶしか)それ以外の人たちでやれる人はです。

自分が出来ることをしてもらえばいいからです。この神理に関することでです。

それさえもしないからひどい現象も起きてくるのです。しかし、感謝して協力してくれるなら起きてくることは大きくかわってきます。

これほどの教えです。それを実践し拡げるほどやりがいのあることもないと思います。やりませんか。神理の実践と流布をです。

そうすれば起きてくることは劇的にかわり自身の心も大きく変わってくるからです。(もちろんよい方にです)

最後に園頭先生が起こされた大きな奇跡を正法誌から抜粋しておきます。それを読んでよく考えてみてください。

正法神理の実践をです。

1979年四月号より抜粋します。

<最近、正法会の会員の間にいろいろな奇跡が起こりつつある。祈りによって起こる奇跡を外国では神癒とよんでいる。

昨年十一月十九日よる八時ごろ、福岡市の中村さんから電話が来た。

「安河内さんが弟さんのところへ自転車で行く途中、昏倒して、脳がめちゃめちゃに砕けて通りかかった人が救急車をよんで脳外科に運んだそうです。医者は『あ、これは明日は葬式だ』といっているんですが、とにかく光を送ってください」

遠くの人に光を送ることを一般的には「遠隔思念」といっているが、私はただ、ひたすら天上界からのご加護があることを祈った。

脳外科の医者三人は、これまで二百名以上の脳手術をしてきたが、この医者たちが「だめだ」といっている人たちはみな死んでしまって、よくなったという人は一人もいなかったというのである。

中村さんがかけつけて見た時は(安河内さんは)頭の半分がぐしゃとつぶれて、寝返りを打たせると頭がべしゃっとゆらいでつぶれていたというのである。

安河内さんはあくる日になっても意識不明ではあったが死ななかった。それで二十一日に手術ということになった。中村さんからまた電話があった。

「安河内さんの手術があります。医者はダメだといっているんですが、光を送ってください」

私はまた静かに祈った。肉体を創造する以前の不可思議な力があの世にはあることを知っている私はまたひたすら祈った。

輸血は全然入らないし、これ以上あつかうことは出来ないということで医者は骨片やガラス片などをのぞいただけで、そのままガーゼをかぶせてしまって「あと二日くらいのものでしょう」といった。医者は安河内さんの頭蓋破裂の状態は、スイカを石の上に落として割ったみたいなものだといったというのです。

医者は死亡診断書を準備し、家族も葬式の準備をし、部落では死亡放送があった。しかし、安河内さんは死ななかった。安河内さんが意識を回復したのは十二月五日で、倒れてから約二週間目であった。安河内さんは目が覚めた。「俺は一体、どうしてこんなベットの上にいるのか」と。

その間、安河内さんは霊界をさ迷っていたというのである。

(中  略)

脳に大きな外傷を受けた人は、たいてい、記憶喪失、言語障害、手足麻痺の後遺症があるものであるが、安河内さんはどこにも障害がないので、医者はただ「不思議だ、不思議だ、こんなことは考えられん、奇跡だ」と驚いているというのである>

(場所や個人が特定されるような箇所は内容が変わらない程度に省略しました)

神理を実践するなら、このような医者に見放された人にも奇跡が起きて奇跡的な回復も望めるのです。

なぜなら、神理こそ本当の神の教えなのであり、その神理を実践するなら確実に神のご加護があるからです。

しかし、神理に逆らい無視を続けるなら、真逆の現象がいくらでも現れて来ます。(これも神の気づきのご加護なのです。どこかの会社など本当に天罰が次々にくだっているようです。このブログを書いている間だけでも何か大騒ぎしています……本当に哀れです)

これだけ現象が現れる教えなのです。もう真剣に考えてはどうでしょう。この正法神理の実践をです。この神理を実践するなら何度もいいますが、確実に神のご加護がもらえるからです。

どちらにしても、それ以外、この恐ろしい状況から逃れる術などないのです。(どこかの会社の皆さん、本当に真剣に考えた方がいいです。この神理への帰依をです)

もう真剣に考えてください。神理の実践と流布をです。

この教えを実践し拡げるなら、それこそ神のご加護が天から(あの世から)どれだけ降りてくるか知れないからです。

(それが嘘ではないということは、私の周りで起きていることを知るなら分かるはずです)

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10月 04 2020

時が来た

何か皆さん、心がつながっているかのようでしたね。昨日はです。(苦笑)

この近所はともかく少し離れると同じような怒り方をしているところが多かったからです。

昨日は土曜日で休みの会社も多かった。それで似たような怒り方をしている会社が多かったのでしょうか? それともずいぶん起き出したのでしょうか。天罰がです。

というのも、ある会社の近くを私が歩いていくと静かなのですが(または少しだけ音がしているようなんですが)通り過ぎたり、少し離れると、その会社から「ガーン」とか大きな音が響いてくるのです。

それで私が「あ、何だ祈ればいいのか?」などというとまたシーンとしてしまいます。

露骨には怒っていないのですが、微妙に怒っているのです。どこの会社もです。そういうところが昨日は多かったものですから、それで皆さん心がつながっているのですか? と書いているのです。

どこも似たようなことをすればするものと思ったからです。

ドン引きしているところもありましたし(そこは毎回、相当怒っていたところなんですが)静かだったのに、また怒り出しているところもありました。

しかし、どういう怒り方をしていようとです。もう無理なのです。そのような態度はすべて間違っているからです。

間違った態度を取っていては天罰は止まらないということです。

もうこの辺りの多くの会社に出ているんですよね。多くの天罰がです。だからまたガタガタやり出しているのです。あちこちの会社がです。

私に嫌がらせをして来たほぼすべての会社にひどい天罰がまたくだり始めているからです。

だから、ドン引きするところもあれば、すさまじい怒り方をしているところもあり、微妙に怒っているところもあれば、静かだったのにまた怒り出したところもある、多くの会社でまた天罰が現れ出しているからです。

だから私はいってるのです。そのような天罰は感謝して布施しないと止まらないとです。

神理を見るだけ見て、感謝もしないで嫌がらせをするだけしておいて、知らない顔をしていてもどこかで天罰は現れてくるとです。

そのような天罰が多くのところで現れだしているのです。私に嫌がらせをしたすべての会社が嫌がらせをしっぱなしで反省も感謝の布施もまったくしないからです。

それでは遅かれ早かれ天罰はまた現れてくるのであり、その天罰がです。多分、一斉に現れだしたんではないでしょうか。

だから、そこらじゅうの会社でまた怒りだしているのです。その怒り方は様々ではありますが、どこも同じようにガチャガチャやりだしたのです。私が近くを通るとです。

あちこちの会社でドンドン天罰がくだり始めているからです。

しかし、また天罰が現れだしたからといって、それで前と同じように嫌がらせをしてしまっては、前以上の天罰が今度は現れてくる。だからドン引きしている会社とか、微妙に怒っているところが増えたのです。

前のようには怒れなくなったということです。それだけ起きてくる天罰がどこも増えているからです。

多分、そうだと思いますよ。こちらはあちこち回っているのでよく分かるのです。その会社や周りの雰囲気がです。明らかに引いているところが多いのです。では、増えているのではないですか。

起きてくる天罰がです。私のいうことを無視しているからそういうことになるのです。

天罰がくだっているのに、それをほっといて無視していれば、その天罰はよけいひどくなります。

別にあたり前のことが起き出しているだけの話なのですが、しかし、だからといってです。こちらが手を抜くということは一切ありません。それどころかもっと必死に祈ることになるでしょう。

そういう時だからこそ、気づいてもらえる一番のチャンスであるからです。(自分たちの間違いにです)だからいま祈らないで、一体いつ祈るのかという気持ちだということです。

こちらはです。(鬼のようですが、こちらは何としても多くの人に神理を理解してもらわなければいけません。だからそうするしかないのです。それが私の使命だからです)

よく考えてみてください。そういう会社が一社や二社ではないのですよ。工事現場など合わせれば数十はあるのです。(もっとあるかもしれません。最近はいかなくなって私が忘れてしまっているところもあるからです)

それでもまだ逆らい続けるのですか。この正法神理にです。

神理に(正しいことに)逆らっているから、そうなっているのです。それでもまだ逆らい続けるのでしょうか。そのような(天罰がくだっている)ところの人たちはです。

しかし、もうこれほど現れだしたのです。それでも神理に逆らい続けるというのなら、もう仕事どころではなくなりますよ。

それはそうでしょう。そういうところはもういつ誰に病気が現れるか知れないからです。

そういう状況でまともに仕事がやれますか? 仕事に集中できるのでしょうか? そんないつ自分が病気になるか分からないなどという状況でです。

それとも昨日書いたような超がつくほどの自分本位な人たちばかりだから、回りにどれだけ病気になる人が現れても、全然関係ありませんか。しかし、そんな人ばかりではないでしょう。外見は強がってはいてもです。

そんな現象ばかりが現れたら誰だって怖いはずです。正味な話はです。

しかし、もうそのような状況のところは自分のところだけではないのです。この辺り、そこらじゅうにあるのです。それは嘘でも大げさな話でもなくです。

本当にたくさんのところでそういう状況になっているのです。

それだけ多くの人たちがこの正法神理に逆らっているからです。それだけ本当の神の教えである正法神理に逆らうということは罪が重いのであり、だからそれほど多くの天罰も現れるのです。

それだけこの正法神理とは偉大なものであるからです。

偉大でなければ、これほどの現象が、これほどたくさん現れるなどということはあり得ないでしょう。私たちに起きている様々な奇跡も含めてです。いくらでも現象など現れてくるからです。

何でこんなことが起きるのか?

それは正法神理という教えが、それだけ偉大だから、これほどの現象も現れてくるということです。

本当の、本当の「神の心」を伝えているからです。

本当の神の心を伝えるのなら、このような力は現れてくるのです。その力とは本当の神の力であるからです。(だから神の力が天から降りてくるということです)

これはつくり話でも昔話でもないのです。本当にいま現在、起きていることなのです。

多くの人たちに次々に病気が現れているのです。この辺りのあらゆるところでです。

だからもう真剣に考えてはどうだといっているのです。本当の神の心と神の力というものをです。そうしていま起きている恐ろしい状況をです。

いつまでも怒ってごまかしてなどいないでです。

これほどの偉大な教えである正法神理に不遜な態度を取り続けているあなたたちが悪いのです。

もうそれを認めてください。そうして頭を下げてください。この正法神理にです。

そうすれば、その災い(天罰)は止まるからです。

しかし、頑としてそれを認めず、詫びも入れないというのであればです。(そうしてもちろん感謝も布施もしないというのであればです)その災いは出続け、そういう不遜な人たちが一人もいなくなるまで止まることはないでしょう。

それが嘘でも大げさな話でもないということは、これだけ多くの人たちに、これだけ長い間、出続けている災いを知るならば分かるはずです。この辺りの人なら誰だってです。

起きる災いは止まるどころか、ドンドン勢いを増し、増えていっているからです。

残念ではありますが、そこらへんはコロナ禍とは違います。神理の禍は(天罰は)そんな甘いものではないということです。

反省するまでは止まらず勢いを増して症状もひどくなっていくということです。(最近はコロッと逝く人が増えているようですから)

それでもこれまでの行いを反省し、感謝して布施するのは嫌だというのでしょうか?

しかしもう時は来ています。してあたり前の行いをいつまでも拒み続けるのであればです。

そういう人たちは本当にです。本当に滅びていかなくてはいけなくなるのです。

そのような現象がたくさん現れ始めています。もう腹を決める時が、正しい判断をしなければいけない時が来ているのです。

・

追伸…昨日、こんなゴチャゴチャな男女平等や出産時に立ち会う行為など、今の人たちがしているだけだと、歴史上した人はいないと、だからこういうことは間違いであると、そう書いたんですが、それに賛同できる人で、もしそのような間違いをすでに犯してしまったという人は(例えば、夫が立ち会う出産などすでにしてしまったという人など)早くそのような行いを反省されることです。

反省すれば、昨日書いた悪いことなど後々起きては来ないからです。(例えば、立会い出産などしてしまった人は、そのような間違いを神に詫び、そうして二度とこのようなことは致しませんと神に誓えばいいのです。そうすればその罪は許されるからです)

しかし、それを無視して、間違いを間違いのままほっておくなら、その間違いは必ずどこかで現れて来ます。

こちらの人たちなど、その間違いを放置していたばかりに、すさまじい数の災いが現れだしているようであるからです。

同じ轍(てつ)を踏まないようくれぐれもお気をつけください。

しかし、こんなことが分かるのはこの正法神理だけなんですけどね。それなのに、その神理に対し(何かあたり前のように見ていて)あまりに多くの人たちが感謝が足りないのです。

それではどちらにしてもよいことは起きて来ないでしょう。

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10月 03 2020

現代思想 正しい判断

それにしてもの無反応ぶりですね。私的にはちょっと考えられないんですけどね。何で平気で私のいうことを無視出来るんだろうと思ってです。この状況でです。

そのままではドンドン天罰がくだるのにです。こちらなど特にです。だから感謝して布施してくださいといっているのに(それなら天罰はくだらないので)まるで無視です。

怖くはないのでしょうか。天罰がです。

明らかに天罰を食らっている例をいくつか具体的に書いているんですが、私の家の前にはどこかの会社がありますからね。

この近所の人たちは、この会社のことをよく知っているはずなのに本当に怖くはないのでしょうか?まったく不思議ですね。この会社にはしょっちゅう出ているからです。

その天罰がです。

ずいぶんリアルな態度を取りますからね。この連中はです。天罰がくだる(病気になる人が出る)とです。

この連中はいつもそうなんですが、急にです。急に会社の中から凄い音が響いてくるのです。(ガッチャンみたいなです)そうしてしばらく静かになるのですが、その後、急に怒り出す奴がいて、ガー、ガガーみたいなでかい音を立て始めます。

そうしてしばらくの間はずいぶんやかましい音を立てて怒っているのです。それか、もうその後はドン引きしてしまってシーンとなってしまうかのどちらかです。

とにかく、極端な態度を取ってくるのでよく分かるのです。この連中に天罰がくだるとです。

そういう態度をほぼ毎日のように取っているのです。この会社の連中はです。

それで「毎日天罰がくだっているのか」と私が声をかけるとやたら怒って来ます。だからよく分かるのです。毎日天罰がくだっているなとです。

今日も今日とて朝からずいぶんお怒りです。先ほど書いたガ―、ガガーとでかい音を立てまくってです。

もう止まらないんでしょう。病気がです。次々に出ているんでしょう。病人がです。

本当に哀れで恐ろしい話なんですが、こういうリアルな態度をこの連中が取っていることをこの近所の人たちはみな知っているはずですが、だから私は何で怖くはないのだろうと不思議でならないわけです。

だってこの会社にこれだけ天罰がくだっているのなら、いつ自分たちに天罰がくだってもおかしくはないからです。

そうは考えないのでしょうか?現代の人たちはです。

今の人たちは、その連中はなっても自分はならないとここでも、そういう自分本位な考え方を発揮して平気でいるのでしょうか?

だとしたら、もはや頭がおかしいとしか思えないのですが、現代の人たちはそういう超がつくほどの自分本位な考えの人が多いのでしょう。(それこそおかしいと思えるほどのです)

だから、これだけ周りに次々に天罰がくだっていても平気でいられるのです。

周りにどれだけ病人が増えようと自分だけは別とそう思い込んでいるからです。

要は自分がなるまで分からないということです。あまりに自分本位すぎてです。

こういう単純な人が最近は増えました。昔の人なら、これだけ天罰がくだっていれば(どこかの会社だけではなく、もうこの辺りなどそこらじゅうで出ていますから。決して大げさな言い方ではなくです)これは自分にもいつ天罰がくだるか知れないとすぐに理解し、感謝して布施したのでしょうが、現代の人たちは自分だけは別と、そう思い込んでいる超自分本位な人たちばかりです。(しかもそれが大人から子供まで……だから、子供も全然怖がらない。超自分本位な子供が多いからです)

大方の人が自分に天罰がくだるまで理解できないようです。そのような自分の超自分本位さがです。(自分本位すぎて予想がつかないのでしょう。周りに起きているから自分にも起きるという予想がです)

本当に愚かだと思うんですが、こういう人が現代は多いのです。何でもかんでも自分中心で、それでよいと思い込んでいる人がです。

現代はそのような(個人)思想が正しいと思われているからです。

しかし、そんな現代の思想がそれほど正しいとは思えないんですけどね。

そんな超がつくほどの自分本位さはもちろんのこと、例えば、今いわれている思想の典型である男女平等だから、何でもかんでも男と女は同じにしないといけないなどという考えでも、果たしてそんな思想が正しいのでしょうか?

それで教育も同じにして仕事も同じにしてしまう。しかし、男と女に同じ教育をしてしまっても男は子供を産めないが、女は子供を産むのです。

そういう出来ることが違っているのに同じように教育してしまってよいのでしょうか?

それに体も違います。(男の方が明らかに体力がありますよね。そうして女の方が明らかに細かいことをするのに向いている。〔男より繊細〕)それなのに同じ仕事を同じようにしてしまって、それでよいのでしょうか?

それに先ほど女は子供を産むと書きましたが、現代は、その女性の出産時に夫が立ち会うということを普通にするようになりました。しかし、このようなことはどれもです。

これまでも何度も書いていますが、歴史上、行ったことがないことをやっているのです。(だから現代の人たちだけがやっているということです。こんなゴチャゴチャな男女平等や出産の時に立ち会うなどという行為をです)

こういうことが本当に正しいのでしょうか?

正しいことをしているのなら、長い人類の歴史上、誰もそれをしなかったということは考えられないと思うのですが、というか、このようなことが間違いだから、これだけ多くの災いが現代に現れているのではないのですか?

現代思想があまりに間違いが多いからです。

間違いが多ければ当然罰は当たります。しかし、現代の人たちはそれも信じない(罰が当たるなどです)もしかしたらです。

現代思想は本当に多くの間違いを犯しているのかもしれないのです。大丈夫ですか。もし、それほど多くの間違いを正しいと思ってしているのなら、もっと多くの災いがまだまだこれから現れてくるからです。

だから、何でも男女平等だから、教育も仕事も同じようにすると、しかし、もしそれが間違いなら、これから男女が結婚するなら、家庭崩壊がたくさん起きるようになり(そのような教育が間違いだったから)また、仕事もいい加減な仕事が増えるわけです。

男と女がそれぞれ得手なことから不得手なことまでゴチャゴチャに仕事をするならばです。

そうして、出産時の立会いが間違いなら、そのようにして産まれてきた子供たちは、将来、例えば露出狂の人が増えるとか(母親が何でもかんでも見せたがるからです。出産をわざわざ人に見せるなど〔夫とはいえ男に見せるなど〕ただの露出狂でしかないからです。だから子供も同じになるのです)あるいは何でもかんでも見たがるのぞき魔が増えるとか(父親が何でもかんでも見たがるからです。妻の出産まで見ているようではです)なるかもしれないのです。

どこかが間違っているのなら、その間違いは必ず現れてくるからです。どこかにです。

そういう災いがまだまだ増えてくるということです。間違ったことを正しいと思い込んでいるのなら、その間違いを正すまではです。

だからこちらで起きる天罰も(病人も)増えている、そのような(超がつくほどの自分本位な)現代思想が間違っているからです。

だから増えているんでしょう。こちらで起きている災いも、他で起きている災いもです。

現代の人たちが大間違いをしているからです。だから、天変地変は増えるし、コロナ禍やバッタ禍は現れるし、こちらで起きているような天罰までもうボンボン現れるのです。

何度もいいますが(理解するまでです)現代の思想が大きく間違っているからです。

そういう部分が多いということです。

だから、現代の人たちの考えがこうだからと、そのままやっているとドンドン不幸になっていきます。こちらがよい例なのではないでしょうか。

こちらではもうボンボン天罰がくだっているのに、それでも多くの人が怖がりもしなければ考え方も変えようとしない。

その結果、すさまじ数の天罰が今もってくだり続けている。本当に恐ろしいことが起きているのです。

どれだけ自分が正しいと信じていてもです。その思想が正しいかどうかは分からないのであって、もし、その思想が間違いならです。確実に自分は不幸になるのです。

間違ったことをしていて幸せになれるわけがないからです。

正しいことをしている人にはちゃんと奇跡が起きて来ます。その奇跡が道しるべなのです。正しいことのです。

だから、その奇跡が起きている人のいうことに従いませんか、といっているのです。

そうすればその人は幸せになれるからです。

また、これほど多くの災いが世に現れているのです。ということは、多くの人たちが間違ったことを正しいと信じて行っているということになります。だから、これほど多くの災いが現れるのです。

多くの人たちが間違ったことをしているからです。

その間違ったことを正すには、これもまた奇跡が起きている人のいうことをきくしかないのです。

間違ったことをしている人には、その間違いは分からないからです。だから、間違ったことをそのまましているからです。

どちらにしても、奇跡が起きている人がいるのなら、その人のいうことに従うしかないのです。なぜなら、では、その人のいうこと以外、正解はないということになるからです。

だから、それ以外の人には奇跡が起きないのです。その奇跡が起きない人たちは、どこかに間違いがあるからです。そのどこかにある(自分の考えの)間違いを正さない限り、奇跡は起きて来ないからです。

奇跡が起きて来ない限り、必ずどこか災いは現れて来ます。災いが現れる前に奇跡を起こしませんか。

奇跡が起きるようになれば、その人は幸せになれるからです。

しかし、その奇跡を起こすにはです。奇跡が起きている者のいうことをきくしかないのです。

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10月 02 2020

神理消滅の大罪

二、三日前の話です。

私が夕方帰ってくると少し前を片足を引きずりながら犬の散歩をしている爺さんがいました。

その爺さんはずいぶん前から帰り道でたまにあう人で、ちょこちょこ嫌がらせをされていました。

それでつい数日前にも嫌がらせをして来たようなので(微妙なです。足が不自由な分あまり露骨にはして来ませんが)「おっちゃんもういい加減にしとけよ、今度はしっかり祈るからな」といっておいたのです。

そうして、その日しっかりその爺さんを祈って、それから数日あわなくて、そうして二、三日前にあったのですが、そうしたら様子がおかしいのです。

私が後ろから「おっちゃん祈ったんだけど、元気だったか」と声をかけたのですが、そうしたらです。

急にオドオドし出して早足になったような気がしました。

その爺さんは足が悪いので、そんな早足で歩くことなどこれまでなかったんですが、私が普通に歩いていて追いつけないくらいです。

いつもならこちらがゆっくり歩いていても簡単に追いつきます。それくらいのスピードでしか歩けないようなのです。それだけこの爺さんは足が不自由だからです。

それが、その日は違いました。こちらが普通に歩いていても全然追いつきません。

「あれ、なんか逃げていってないか?」と思って「おっちゃん、そんなに慌てていくなよ。もっと祈っていいのか」と後ろから声をかけたのですが、もう必死に逃げていくような感じで犬をドンドン引っ張っていっているようでした。

いつもならこの爺さん、犬に引っ張られているような感じで、トボトボゆっくり歩いていくのですが、その日はずいぶん早く歩いていくのです。

というか、あせって慌てて歩いていっているようで見ていてかわいそうになりました。足が悪いのにずいぶん無理しているようだったからです。

ですから何か起きたとすぐに分かったんですが、それにしても、一体何が起きているんでしょうね。祈ったからとはいえです。

別にちゃんと犬の散歩も出来ているんだから、そんなに大したことが起きているとは思えないんですが、しかしこの足の悪い爺さんがこれだけ慌てているのです。

では、よほどのことが起きたのかなとも思えるのですが、しかし、見た感じは特別変わった風には見えません。

一体何が起きているんでしょうね。まったく不思議なんですが、しかし、何が起きているのかはともかく、最近はこんな我の強い爺さんにも簡単に天罰がくだるようになっています。(ずいぶん前にも、この爺さんを祈ったことがあるんですが、その時は何も起きなかったようです。その時は態度が全然変わらなかったからです。しかし、今回は全然違いますね。足の悪いのを無視で逃げていくくらいだからです)

では、もう誰であろうと次々に天罰がくだるといっても間違いではないのではないでしょうか。最近はこんな爺さん婆さんばかりでなく、我の強いオバちゃんにも(昨日の話ではありませんが)すぐに天罰がくだるようであるからです。

では、それ以外の人にはもっと簡単に天罰が現れるでしょう。その強い我が、天罰をすぐに起こすことが出来ない一番の要因であったからです。

しかし、そういう人たちにまで簡単に現象が現れるようになって来た。本当に時が来ているんだなということが分かります。

神理を実践しなければいけない、そういう時がです。

どれだけいっても感謝もせず、嫌がらせをしてくる、昨日もそんな危ない人が何人もいました。

そういう人はすでに出ていませんか。天罰がです。

出ているのなら、それからでも遅くはないので感謝して布施した方がいいでしょう。その方がその天罰は早くよくなるでしょうし、天罰を食らったのを逆恨みし、怒ってなどいたら、その天罰がどれだけひどくなるか知れないし、それだけで終わるかどうかも分からないからです。

その後まだ二重、三重の天罰がくだるかもしれないということです。人によってはです。

こんなことが起きますか?人に嫌がらせをしたとたん天罰がくだるなどということがです。

それだけでも凄いと思うんですが、これに加えて、次々に愛ある奇跡も起き、自分の能力も伸ばせて病気まで治る。

そんな教えがありますか?他にです。

他に類を見ないこれほどの教えをです。このブログを見ている多くの人たちは消滅させようとしているのです。

逆らうのはもちろんのこと、無視し続けているということは(布施の一つもせずにです)そういうことになりますよね。

この神理を消滅させようとしていると、そういうことにです。

ただ見ているだけで何もしなければ、いつかはその教えは消えてなくなるからです。そういう見ている人たちの協力があってはじめてどのようなものも存続できるからです。

だから神もこれほど怒るのです。このブログを見ている多くの人たちが神理を消滅させようとしているからです。

それを意識しようがしまいが、そのような大罪を(神理を消滅させるくらいの罪はありませんから)このブログを見ている多くの人たちは犯している、だからこれほどの天罰も食らうのです。

それだけ大きな罪もないからです。

何度もいいますが、この神理を無視し続けるなら、ひどいものはもっとひどくなり(どこかの会社の皆さん大丈夫ですか、今日はまた一段とすさまじい怒りようなんですが…本当に滅びますよ。そのままではです)痛いものはもっと痛くなり(だから偏頭痛などひどくなるのです。私のいうことを無視しているからです)苦しいものはもっと苦しくなるのです。(天罰を食らって病気になれば、苦しんで、苦しんで、苦しんで、死んでいかなければいけなくなるのです。〔その後は当然地獄行きです〕よいのですか?それでもです)

しかし、この神理に従うなら(協力できる範囲で協力してくれるなら)愛ある奇跡と、癒しと、調和が確実に現れてくるのです。

少しの感謝の布施くらいしてもらえませんか。それくらいのいうことはきいてください。神理を説いている私のです。

こちらは、これだけいろいろ神の心を教え現象も現しているからです。

そのようなことはどれもです。この神理を学ばない限り分かっては来ない貴重なことであるからです。(その価値、一体いつになったら理解してもらえるのでしょうか。〔苦笑〕)

布施をもらえませんか。

神理を説いている私のいうことに従うなら、その分、幸運は訪れるからです。

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10月 01 2020

不幸の道と幸福の道

やはり出ていましたね。

昨日ちょうど二、三日前に数人のオバちゃんたちが怒って嫌がらせをして来た辺りを通ったので、確認したのです。そのオバちゃんたちに天罰が現れていないかどうかをです。

そうしたら、家から出て来て嫌がらせをしていったオバちゃんたちはよく分からなかったんですが(家の前から声をかけても〔オバちゃん元気か、何か起きていないか、とです〕出て来なかったので)デイサービスから出て来て、嫌がらせをして来たオバちゃんがいたのですが、そこはよく分かりましたね。

そのデイサービスを通ったら、すさまじい怒り方をしていたからです。(もう中からガッチャンガッチャンでかい音がきこえてきましたから)

だから分かったのです。ここはまともに天罰が出たとです。

このデイサービスから出て来て私に嫌がらせをして来たオバちゃんは、嫌がらせの定番であるほうきとちりとりを持って出て来たのです。私が外で大きな声で辻説法をしていたので私がいることが分かったからでしょう。

そうして案の定、私が歩いているとわざとらしくザッザッと私の近くをはいて来ました。

もう私は、よくこのようなほうきで嫌がらせをされてきたので分かるのです。はきながら嫌がらせをしているということがです。だから、そのオバちゃんには散々いったのです。

そんなわざとらしい嫌がらせをしてもすぐに分かるからやめた方がいいとです。天は心の中まで観ているのだから、ただそうじをしていただけなどという言い訳は通用しないとです。

そのままでは絶対に罰が当たるから、だから感謝して布施してくれといったのです。そうすれば罰が当たることもないからです。

そういうことを私はくどいほどいったのですが、このオバちゃんは私のいうことなどまったくきこうとはしませんでした。まあ、信じなかったのでしょう。

何でこれくらいのことで罰が当たるのかと、お前のいうことなどきけるか、このバカと、心の中ではそう思っていたことでしょう。それくらい思っていなければ私が外で大きな声で話しているのに、わざわざ出てくるわけがないからです。

嫌がらせの定番である、ほうきとちりとりまで持ってです。(嫌がらせやる気満々です)

このオバちゃん、私が何かいっているので無視するわけにもいかなかったらしく(そのデイサービスの従業員と分かっていましたから)こちらに向かい「あ、こんにちわ」などと愛想のいいことをいっていましたが、私が近くを歩いている間中まったくそうじをやめようとはしませんでした。ザッザッと大きな音をたてて私の近くをはいていたのです。

だから私は「そんな愛想のいいことをいっていてもダメだって。心の中では腹を立てそうじにかこつけて嫌がらせをしていては確実に罰は当たるんだぜ」などと何度もいったのですが、そのオバちゃんはそうじをやめようとはせず、罰が当たるといっているのに恐れようともせず、平気で私のいうことを無視し、そのようなそうじの嫌がらせを続けたのです。

これでは天罰がくだらないわけがありません。あっという間にくだったようです。そんな露骨な嫌がらせなどしてくれば確実にくだるからです。天罰はです。

こういうことがもうそこらじゅうで起きているのです。

いい加減、信じたらどうでしょう。そうして行ったらどうでしょう。私のいうことをです。そうしないと不幸にしかならないからです。皆に天罰がくだってです。

このようなことは特別、今だけ起きていることではないからです。何度もいいますが、昔から起きていたことであるからです。

神理が出現した時にそんな不遜な態度を取るなら、そういう人は皆、罰が当たったのです。

だからそんな不遜な態度はやめないといけないと、神理をきいたのなら嫌がらせなどするのではなく感謝して布施しないといけないと、くどいくらいいって回っているのです。

神理を説いている者に感謝して布施するなら、多くの人が幸せになれるからです。

しかし、誰も私のいうことをきこうとしません。だから不幸になるのです。神理を説いている者のいうことを誰もきかないからです。

先週の土曜日のことだったでしょうか、私がある会社の横を通ると、二階のベランダにオバちゃんが出て来ていて洗濯物を取り込んでいました。

その会社は私が通るたびに何かでかい音を立てて嫌がらせをしてきます。しかし、その日は休みのようで静かでした。そのかわりといっては何ですが、そのベランダにいるオバちゃんが泣きそうな顔で、こちらを見ながらガチャガチャ音を立てて洗濯物を取り込んでいるので、また嫌がらせだなと思い「おいおい、どれだけ嫌がらせすれば気がすむんだ。そんなことしているからいいこと起きないんだよ」といってやりました。

いいことが起きていないのは、そのオバちゃんの顔を見れば分かるからです。

ここの会社はそれこそ私が近くを通ると毎回嫌がらせをしてきます。さぞ悪いことが起きているんだろうなと、泣きそうな顔をして哀れなもんだなと思って「あんたんとこの親父が嫌がらせばかり一方的にしてくるからいいことが起きないんだよ。それを詫びて感謝して布施しろ。そうしないと天罰は止まらないぞ」と続けていってやりましたが、最後まで怒ってガチャガチャ音を立てながら洗濯物を取り込んでいました。

これでは止まりませんよね。天罰はです。

本当に哀れなものなんですが(本当にかわいそうです。こういう人たちがです)この辺りはこんな人たちばかりで、多くの人が神理をきいているのに、まったく感謝もせず嫌がらせをし続けています。

これでは悪いことは起き続け、決していいことが起きてくることはないでしょう。

それはこれまでの経過を見ていれば分かるはずです。

それでも反省し、感謝して布施することはされないのでしょうか?このブログを見ている多くの人たちはです。

それならそれで仕方ありませんが、しかし、神理を無視し逆らい続けるなら、ひどくなるものはもっとひどくなり、痛くなるものはもっと痛くなり、苦しいものはもっと苦しくなります。

そのような悪い方にしか導かれていかないのです。神理に逆らい続けるならばです。

それでもよいのなら、そのままの生活を続けることです。そのような態度はわざわざ不幸になる道を全力で進んでいるのと同じであるからです。(不幸になるのが好きな人たちがこれほど多いとは思いませんでした。ほんと驚きです。〔驚〕)

しかし、もし、幸福の道へと進みたい人がいるのならです。私のいうことをきくことです。

そうすればその人は幸福の道へと進むことが出来るからです。

この神理を実践している私にはドンドン奇跡が現れています。奇跡が現れている者のいうことをききませんか。

そうすれば幸せになれるからです。

・

追伸…何か、自民党議員の「女性はいくらでも嘘をつく」という発言がずいぶん問題になっているそうですね。そうしてそれがガンガンニュースにまでなっているようですが(しかも全国ニュース…今日の中日新聞にも書いてありましたが)バカじゃないでしょうか。

何でそんな発言がこれだけニュースになるのでしょう。男でも女でも嘘はつくでしょう。嘘つきの人など世の中にはたくさんいるからです。

そういう発言と性の暴力被害と一体なのかかわりがあるのでしょう。それはそれ、これはこれでしょう。(性犯罪だって、嘘をつく女性はいますもんね。例えば最近問題になっていますが、痴漢をされてもいないのにされたと嘘をつく女性などいますから)しかもこの発言は自民党の会合の中でされたものであり、公にしているわけではないんでしょう。

何でそんな発言まで問題にして、こんな大騒ぎまでしているのでしょうか。まったくバカげています。(よほどニュースがないのでしょうか?)

そんなことより今のコロナ禍で仕事がドンドン減り、リストラも失業者も増え自殺者まで増えているのですから、そういうことをもっとガンガンニュースで流し、それを何とかしてもらえないのでしょうか。

政治家の先生方はです。どうでもいい発言を問題にしているのではなくです。

何度もいいますが、政府はいくらでも金を(自国通貨を)出せるのです。しかし、それをしないばかりに多くの人がドンドン不幸になっています。(ほんと政府の怠慢ですね)

その不幸を止めてもらえませんか。(金を〔自国通貨の円を〕必要な人たちにばらまいてです)それが出来るのは政府だけであるからです。

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