10月 05 2020
因果応報と神理が起こす奇跡
昨日は日曜日だというのにどこかの会社は誰か来ていたようですね。バシバシやって怒っているのがきこえていたからです。(今日も朝から相も変わらず怒っていますが)
もう出っぱなしなんでしょうね。病人がです。しかし、それは仕方がない話でしょう。この連中もそれだけ嫌がらせをし続けているからです。
人に迷惑をかければ同じことが自分たちにも返って来ます。(迷惑なことが自分たちにもです)
この連中はもう毎日、何か嫌がらせをして来ます。だから毎日この連中には天罰がくだるのです。しかも何人もの連中が毎日入れ替わり立ち替わり嫌がらせをしてきます。
だからこれもまた同じように毎日この会社の(従業員の家族も含めた)いろいろな人に天罰がくだるのです。自分たちがやっていることと同じお返しが返ってくるわけです。
そうして、この連中くらい嫌がらせをしてくるところもないのですから(もう会社がやっている限り朝から晩まで嫌がらせをして来ますから)だから、この連中くらいたくさん天罰がくだっているところもなくて、その天罰も同じように朝から晩まで現れるのです。
つまりこの連中に起きている天罰は、自分たちがしているまったく同じお返しが自分たちに返って来ているだけなんですが、だから自分たちのやることさへかえるなら、自分たちに返ってくるお返しはかわってくるのですが、そのことに気づいているのか、いないのか、まったくやることをかえないものですから、ずっと同じひどい天罰が起き続けているということです。
それで神理のじゃまをしているのですから、もう話にならないでしょう。これでは絶対によいことなど起きないのです。
だから、このどこかの会社ほどではないにしても、似たような会社がたくさんあるんでしょう。この辺りにはです。
私にたくさん嫌がらせをしているところがたくさんあるからです。だからたくさんくだってくるのです。天罰がです。
どうします。その天罰が特にたくさんこの辺りはくだり始めたようですが、それでもかえませんか。自分たちの行いをです。
自分たちがしていることをかえるなら、当然起きてくることはかわります。因果応報の法則が働いているだけであるからです。
しかし、このような法則や神のことや正しい心の在り方、そうして私に起きている奇跡やその奇跡の起こし方から、モーゼやキリストが起こされた奇跡の証明まで、ずいぶん多くのことを教えられているのではないですか。
このブログを見ている人たちはです。他では教えられないような貴重なことをです。
それなのに何のお返しもなしですか。感謝のかわりに嫌がらせですか。それでは天罰もくだるでしょう。(ドンドン天から降りて来ます。恐ろしい力がです)
そこまで恩を知らなくてはです。
このままではドンドン病人が増えていきますが、本当にそれでもよいのですか?
どちらにしても、これだけ奇跡が現れる教えなど他にはないのです。だから、このまま誰にも伝えないわけにはいかないのです。やってもらうしかないのです。このブログを見ている人たちにです。
立ち上がりませんか。やれる範囲でいいからです。
自分のことを棚に上げグチグチ怒っている(レベルの低い)人たちは仕方ないのですが(滅ぶしか)それ以外の人たちでやれる人はです。
自分が出来ることをしてもらえばいいからです。この神理に関することでです。
それさえもしないからひどい現象も起きてくるのです。しかし、感謝して協力してくれるなら起きてくることは大きくかわってきます。
これほどの教えです。それを実践し拡げるほどやりがいのあることもないと思います。やりませんか。神理の実践と流布をです。
そうすれば起きてくることは劇的にかわり自身の心も大きく変わってくるからです。(もちろんよい方にです)
最後に園頭先生が起こされた大きな奇跡を正法誌から抜粋しておきます。それを読んでよく考えてみてください。
正法神理の実践をです。
1979年四月号より抜粋します。
<最近、正法会の会員の間にいろいろな奇跡が起こりつつある。祈りによって起こる奇跡を外国では神癒とよんでいる。
昨年十一月十九日よる八時ごろ、福岡市の中村さんから電話が来た。
「安河内さんが弟さんのところへ自転車で行く途中、昏倒して、脳がめちゃめちゃに砕けて通りかかった人が救急車をよんで脳外科に運んだそうです。医者は『あ、これは明日は葬式だ』といっているんですが、とにかく光を送ってください」
遠くの人に光を送ることを一般的には「遠隔思念」といっているが、私はただ、ひたすら天上界からのご加護があることを祈った。
脳外科の医者三人は、これまで二百名以上の脳手術をしてきたが、この医者たちが「だめだ」といっている人たちはみな死んでしまって、よくなったという人は一人もいなかったというのである。
中村さんがかけつけて見た時は(安河内さんは)頭の半分がぐしゃとつぶれて、寝返りを打たせると頭がべしゃっとゆらいでつぶれていたというのである。
安河内さんはあくる日になっても意識不明ではあったが死ななかった。それで二十一日に手術ということになった。中村さんからまた電話があった。
「安河内さんの手術があります。医者はダメだといっているんですが、光を送ってください」
私はまた静かに祈った。肉体を創造する以前の不可思議な力があの世にはあることを知っている私はまたひたすら祈った。
輸血は全然入らないし、これ以上あつかうことは出来ないということで医者は骨片やガラス片などをのぞいただけで、そのままガーゼをかぶせてしまって「あと二日くらいのものでしょう」といった。医者は安河内さんの頭蓋破裂の状態は、スイカを石の上に落として割ったみたいなものだといったというのです。
医者は死亡診断書を準備し、家族も葬式の準備をし、部落では死亡放送があった。しかし、安河内さんは死ななかった。安河内さんが意識を回復したのは十二月五日で、倒れてから約二週間目であった。安河内さんは目が覚めた。「俺は一体、どうしてこんなベットの上にいるのか」と。
その間、安河内さんは霊界をさ迷っていたというのである。
(中 略)
脳に大きな外傷を受けた人は、たいてい、記憶喪失、言語障害、手足麻痺の後遺症があるものであるが、安河内さんはどこにも障害がないので、医者はただ「不思議だ、不思議だ、こんなことは考えられん、奇跡だ」と驚いているというのである>
(場所や個人が特定されるような箇所は内容が変わらない程度に省略しました)
神理を実践するなら、このような医者に見放された人にも奇跡が起きて奇跡的な回復も望めるのです。
なぜなら、神理こそ本当の神の教えなのであり、その神理を実践するなら確実に神のご加護があるからです。
しかし、神理に逆らい無視を続けるなら、真逆の現象がいくらでも現れて来ます。(これも神の気づきのご加護なのです。どこかの会社など本当に天罰が次々にくだっているようです。このブログを書いている間だけでも何か大騒ぎしています……本当に哀れです)
これだけ現象が現れる教えなのです。もう真剣に考えてはどうでしょう。この正法神理の実践をです。この神理を実践するなら何度もいいますが、確実に神のご加護がもらえるからです。
どちらにしても、それ以外、この恐ろしい状況から逃れる術などないのです。(どこかの会社の皆さん、本当に真剣に考えた方がいいです。この神理への帰依をです)
もう真剣に考えてください。神理の実践と流布をです。
この教えを実践し拡げるなら、それこそ神のご加護が天から(あの世から)どれだけ降りてくるか知れないからです。
(それが嘘ではないということは、私の周りで起きていることを知るなら分かるはずです)



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