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ブログ

5月 08 2020

筋を通す

しかし、最近はやたら怒って嫌がらせをしてくる人がそこらじゅうにいるのですが、大丈夫ですか。そういう態度を取り続けていてです。

だって、よく考えてみてください。そういう怒っている人たちはです。このブログを見るだけ見て、そうして感謝もせず、嫌がらせを平気でしている人たちなのです。

だからいっているのです。そういう態度を取り続けていて大丈夫かとです。

だって、そういう態度はどう考えても筋が違っているからです。昔の人でそんな筋違いな態度を取る人などいなかったからです。

そうではないでしょうか。昔の人なら、私のような神理を説いている者が嫌いで嫌がらせなどしてくる人たちは、当然、神理などきこうともせず、自分が信じている教えだけを信じ、それだけを行っていたからです。

そうして、神理をきく人はきく人で、その神理を信じて感謝して布施してくれていたのです。

つまり、昔の人は、自分が信じている教えだけを信じてちゃんと筋を通し、他の教えなどに興味を持たなかったということです。

それが人として当たり前の態度であるからです。

だから、キリスト教徒を迫害していた人たちは、自分が信じている教えだけを信じ、キリスト教をきくこともなかったし、仏教を認めなかった人たちは、自分が信仰している教えだけを信じ、仏教などきこうともしなかったのです。

それなら筋も通るわけです。

たとえ、その教えが間違った教えであってもです。自分はその教えだけを信じて自分の意志を通しているからです。

そうであるなら、自分が信じている教え以外の教えなど感謝する必要もなく、むしろなくなってほしいくらい思っている人たちばかりであるのですから、では、他の教えをしている人たちに嫌がらせをしようが、迫害しようが別にいいわけです。

そういうことをしている時点で、その教えはおかしいとは思わないのか?ということは別にしてです。

人としての筋は通しているからです。

しかし、この辺りの人たちなど、自分たちが神理を読むだけ読んでいるのです。しかも長年です。

長年このブログを(神理を)見ているという人たちは、それはつまりある程度はこの神理を信じているということですよねえ。

そういうことになりませんか。信じていないものを長年読むとは思えないからです。自分が信じもせず、また興味もなかったら、長年読み続けるということは出来ないはずであるからです。

自分が信じもせずに興味もないものなら、途中で読むのをやめるのが普通であるからです。

しかるにこの辺りの人たちは(特別この辺りの人たちばかりではありませんが)このブログを(神理を)長年読んでいる人も多いのですから、では(くどいくらい書きますが)そういう人たちは、この神理を信じまた興味も持っているということになります。

しかも非常にです。

だから長年読んでいるのです。そうでなければ、飽きっぽい人もたくさんいるはずなのに(そこまではよく分かりませんが〔笑〕)それだけ長く一人の者のブログを読み続けるなど出来ないはずだからです。(よほど興味がなければ長年同じ人のブログを読み続けるなど出来ないでしょう。毎回、毎回ずいぶん長いからです。このブログはです。〔苦笑〕)

ではそういう人たちは、神理を知るだけ知って、神のことを知るだけ知らされ、心のことも知るだけ知らされ、そうして自分の心まで救われているということになります。

この神理を信じ興味を持って読み続けているのなら、必然的にそうなるからです。また、そうなっているから、長年このブログを見ているのでしょう。

それだけ有難い話もないからです。

そういう事実が分かっているのにです。そのことに対してはまったく感謝せず、あろうことか、その神理を説いている者の(私の)顔を見れば嫌がらせするとは、一体どういうことなのですか?

これだけのことをしてもらっていて、感謝しないだけでも十分筋違いなのに、それプラス嫌がらせでは、あまりに人の道から外れているからです。

そこは本当に不思議ですね。あまりにやっていることが外れすぎているからです。

だから外れすぎていてよく分からないのです。そういう人たちの気持ちがです。これだけ筋違いで人の道からすさまじく外れた行為もないからです。

そういう嫌がらせをしてくる人たちが、このブログを全然見ていないと、それなら分かります。先ほど書いた話ではありませんが、自分が興味がなく、そうして信じてもいないことを書いている者など敵でしかないからです。

だからそれなら分かるのですが、しかし、この辺りの人たちは、みな私のブログを興味を持って読み続け心まで救われているのです。

それにもかかわらず、そのような嫌がらせをすることをやめないのです。

普通であるならです。そこまでいろいろされているのなら、感謝はしないまでも嫌がらせまではしないでしょう。

やらないでしょう。そこまではです。だって自分がいろいろ知らされて、そうして心まで救われている人間に意地悪などです。

そこまでされているのならです。誰だってそこそこの恩は感じているはずであるからです。

それともそういう恩などまったく感じないのでしょうか?特にこちらの人たちはです。

こっちは勝手にお前のブログを読んでいるだけだ、何でそれで恩など感じるのかと、そんな感じなんでしょうか?

だとしたら、すさまじいまでの自分本位さなのですが、しかし、そこまで自分の都合のいいように考えるのでしょうか?

そこまで人の道から外れた行為はさすがに恥ずべき態度であるからです。そこは誰でも分かるはずであるからです。

だから、そこまで都合のいい態度は(自分にとってだけの)どう考えても取らないはずであるのですが、この辺りの人たちは、そういう恥ずべき態度を平気で取っているのです。それも多くの人たちが長年です。大人から子供までです。

子供がそういう態度を取るならまだ話も分かりますが(まあしかし、子供でも分かると思いますけどね。それだけ横暴な態度はないとです)大人が取ります。

そういう子供でも分かりそうなあまりに横暴で傲慢な間違った態度をです。

まあ簡単に書くならです。(ずいぶん長くなりましたが。〔笑〕)こういう理由でこの辺りは癌が(他、危ない病気が)多発しているのではないかと思われます。

あまりに人の道から外れた筋違いな態度を取っている人が多いからです。

さすがにそこまでの(ひどい)態度を取るならです。癌が多発するくらいの天罰はくだるからです。

それだけ人の道から外れに外れた非常識な態度もないということです。(だから、どこかの会社など癌が次々に出ているのです。〔いま現在もそんな感じです。もう怒りまくりです…しかし、この人たち、自分が癌になるとは思わないんでしょうか?それだけ癌が出ていてです。怖くはないのかほんと不思議です〕あまりに人の道から外れた行いを平気でし続けているからです。自分たちも見て教えられ、そうして心まで救われているブログを書くのをじゃまし続けているのです。どこまで外れた筋違いな行為でしょう)

過去それだけ非常識な態度を取る人はいなかったのです。だから、こんな(ひどい)ことは起きなかった。そこまで筋違いなことをする人はいなかったからです。

しかるに今生は、過去いなかったような筋違いなことを平気でする人が増えました。だからひどい災いも増えて来たのです。

ひどい筋違いをし続けるなら、ひどい災いは起き続けるからです。その災いはそのような人たちへの天罰以外の何ものでもないからです。

筋を通しませんか。いろいろ教えられ(神のことを)心まで救われているのなら、少しの感謝をするくらいの筋はです。

それくらいはするべきでしょう。それが当たり前の筋を通すということであるからです。昔の人なら誰でもしていたことであるからです。

現代の人たちは平気で筋違いなことをして、ちゃんと筋を通すということをしていません。

だから、これほどの災いも起きるのです。

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5月 07 2020

何がある?

昨日は洗濯(コインランドリー)と買い物をするため出ていって、三日四日前と同じ場所にいったんですが、その時、嫌がらせをしてきた会社が怒っていること怒っていること、また何か起きたようです。

こういうところが多いですね。数日前に通ったところと同じところを通ると、その辺りで嫌がらせをして来たところで(会社や家)同じ態度を取るところは一つとしてありません。

ドン引きしているか、前以上に怒っているかのどちらかです。

そういう態度を考えますと、私に嫌がらせをするとまず何か(天罰が)起きるようです。そのようなところにはです。

だから、極端に態度が変わるのでしょうが(それは近所も同じなんですが、一昨日までバシバシやってたマンションが昨日は妙に静かでしたし…何か起きました?)この辺りはこのようなことだけではなくです。

この時期など凄いでしょう。何が凄いかって本当によく騒ぐのです。鳥たちがです。

特にこの時期はすずめなどが元気になって、私が歩いているとあちこちから飛んできて、私の周りを飛び回り大騒ぎするのです。

寒い冬が終わって暖かくなり始めたこの頃は、私たち人間だけではなく鳥たちも嬉しいのでしょう。それで騒いでいると思うんですが、そのすずめたちの大きな鳴き声をきいている人はこの辺りでもたくさんいるはずです。

最近は母がずっと家にいるので(去年までは母は毎日のように家から出ていっていました。買い物にです。しかし、最近は身体の調子も悪く〔もちろん新型肺炎もありましたし〕家にこもるようになりましたから)買い物と洗濯を私がしているからです。

だから自粛しろといわれても私は買い物と洗濯に家から出ていくしかないので、それであちこちウロウロしているわけです。

だから、私がそこらを歩いていると、鳥たちが(すずめ以外ではツバメやムクドリなど)そんな感じで大騒ぎするものですから、その鳥たちの凄い声をこの辺りはきいている人も多いのではないかと思うのです。

私が何をいいたいのかといえばです。これだけのことが起きるのです。何があるんでしょうね。この教えにはです。

次々に現れる天罰プラス鳥たちの大騒ぎ(魚たちもそうですが)それプラス祈れば様々な奇跡も起きてくる。

一体、何があるんですかね。この教え(正法神理)にはです。だって、これほどのことが次々に起きてくるからです。

いくら本当の神の教えといえどもです。その一言だけではかたずけられないでしょう。私など毎日こんなことが起きているからです。

昨日だけでもですよ。先ほど書いたようなことだけでなく、洗濯が終わるまで暇だったので、荒子川公園まで(雨の中)散歩していたのですが、川を見ていて「おおい、誰かいないか」と呼びかけているとです。

川の中からでかいのが(二~三十センチくらいの魚)何匹か出て来てまたもぐっていきました。(昨日のは外来魚ぽかったですが)出てきます。わざわざ魚が川の底から水面までです。(笑)

雨が降っていてもこんなことが起きますから。その時、鳥たちも騒いでいましたが、声をかければ魚たちまで挨拶(?)に出てくる。

そうして、荒子川公園まで歩いている時に、横の道路を競馬の競走馬を運ぶトラックが通っていったのですが、そのトラックが信号で止まったので中の馬でも見えるのかなと歩きながら見ていると、その競走馬のトラックは小さな窓がいくつもついていました。

その窓の一つから馬が顔をのぞかせていて私と目が合ったのです。そうしたらです。急にそのトラックの中からパカパカ音がきこえ出して、なにか馬が騒いでいるようでした。(多分、蹄〔ひづめ〕の音だと思うんですが)

その音は、そのトラックがいってしまうまできこえていました。多分、その馬も私に挨拶していたのでしょう。

その近くには盲導犬の訓練所があるのですが、だから、その辺りでその盲導犬の訓練を私は何度か見たことがあるのですが(訓練士が盲導犬をつれて歩いているのをです)その訓練士と一緒に歩いてくる盲導犬がです。

私とすれ違う時など、必ず私の方を一度はじろりと見るのです。だから、その盲導犬をつれている訓練士が驚いた顔で私を見たことがあります。ああいう盲導犬は人の顔を見るようには訓練されていないはずだからです。(詳しくは知りませんが、そうですよね。盲導犬など下を向きながらずっと歩いていきますから)

しかし、私など、そのような訓練している犬だけではなく、実際に目の見えない人が連れている盲導犬と何度かすれ違っていますが、そのすべての盲導犬がすれ違う時に私の顔を見るのです。

だから私は、盲導犬とすれ違う時には小さな声で「頑張れよ」と、その盲導犬に声をかけることにしています。その盲導犬は、目の見えない飼い主にずいぶん愛を出しているからです。

そのような愛ある盲導犬に私はエールを送っているのです。

まあ、書き出したらきりがありませんが、こういう愛ある現象が私にはそこらじゅうで起きているということです。

だから、この正法神理に何があるのかといえばです。本当にたくさんの愛があるということです。それだけの愛が詰まっているのです。この正法神理の中にはです。

だから、奇跡も天罰もこれだけ現れてくるのであり(その愛の中には当然ではありますが神の愛も入っているからです)動物たちもこれだけ愛を出してくるのです。

それだけの愛がある教えを私が実践しているからです。(ほんと人間だけですね。その愛に気づいていないのはです)

これほど愛ある教えをです。何でこのブログを見ている人たちは無視し続けているのですか?

本当に不思議な態度です。このブログを見ている人たちは愛がほしくはないのでしょうか?

これほどの愛があふれてくる教えは他にないのにです。

この正法神理を勉強し実践するならどれだけ多くの愛をいただけるか知れません。それだけの愛をこちらも出しているからです。(神理を実践することによってです。神理を実践するならそれだけ愛が回りに現れてくるということです)

前回も書きましたが、この教えに帰依しませんか?

逆にそれだけ幸せなこともないからです。

(何か、この教えに帰依すると不幸になるとでも〔あるいは不自由になるとでも〕思っている人が多いのではないでしょうか?全然逆です。もっと自由になり、もっともっと幸せになるのです。本当の幸せが実感できるということです。その本当の幸せは実践してみないと分からないのです)

・

追伸…政府から金(交付金)が出て来ないので、地方自治体の首長の人たちはずいぶんお怒りのようです。

だからいっているのです。神の心を理解しなければ政府は国民のことを理解しないとです。

このまま政府が金を出し渋れば、どれだけ多くの国民が路頭に迷い、死ぬかもしれないのに(経済活動や生活が出来なくなって)それが首長たちは切実に分かるので(市民、県民に近い分)それで多くの首長たちが怒っているというのに、まるで政府は他人事のようです。

こうなるのです。多くの人たちが神の心を理解しないとです。政府も国民の心を理解しないのです。どれだけ国民が困っていようとです。

理解しませんか。神の心をです。このブログを見ている多くの人たちが神の心を理解し、この教えに帰依し協力してくれるなら、必ず、この状況は変わってきます。

そうなれば神の協力が得られるからです。神の協力が得られるなら、政府は必ず気づくからです。どれだけ国民が困っているかをです。(それでも気づかなければ神理に帰依した人全員で祈れば政府は嫌でも気づきますから。政府内に様々な現象が現れるからです)

しかし、今のままの態度をまだこれからも頑なに続けるなら、この窮状はさらにひどくなります。そのような頑なな心がこれほどの窮状を現しているからです。

結局、皆さん方のそのような(神に対する)愛のない心が世の中に現れているだけであるからです。(だから政府も愛を出さない。国民に対してです)

これほどの愛ある教えは他にありません。その愛ある教えを多くの人が行うなら世の中に愛があふれ出すのです。その愛が、多くの人々を救うのです。

愛がなければ救われません。怒りや憎しみばかりを出しているのではなく(無関心もその類ですから)愛を出しませんか。

そうすれば自分も、そうして多くの人々も救われていくからです。

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5月 06 2020

前世と今世 秘められたすばらしい力

昨日のようなブログを書けば、意地になって嫌がらせしてくるケチな人たちもいますが(相変わらず小さい。〔苦笑〕)そういう人たちはともかくです。

どうですか。もう私のいうことをきいた方が(この神理に従った方が)救われると思う人は、私のいうことをきいたらです。

そうした方が絶対によいでしょう。だって私のいうことをきくならです。

災いは止まるし、奇跡は起きるし、正しい方向に導いてもらえるし、鳥や魚が寄ってくるような(釈尊やキリストにも起きていた)愛ある現象が起きてくるようになるかもしれないし、もし新型肺炎などにかかってもです。

ひどくなる前に(あるいはひどくなってもです)祈りで癒されるのですから、これだけよい話もないからです。

しかし、逆らい続けるならです。災いは止まらないし(止まらないどころか段々ひどくなるし)悪い方悪い方へと導かれるし、癌になるかもしれないし、新型肺炎にかかるかもしれない。あるいは天変地変の被害に遭うかもしれないとろくなことが起きないからです。

もう全然違います。こういう状況になっているのです(ひどい天変地変も起きていれば〔今も沖縄で記録的大雨が降っているようですが〕ひどい疫病も流行っている)真剣に考えてはどうでしょう。

この正法神理への帰依をです。特にこの辺りの人たちなどはです。

この辺りはずいぶんひどいことが起きている人が多いからです。それで、やけくそみたいになっている人もいるようですが、そういう態度を取っていてもです。

絶対によい運命にはなりません。そういうやけくそのような心でいては、やけくそのような人生しか送れないのです。(その通りの人生を送っている人が多そうですが…特にこの辺りは)人間は、自分の心の通りの人生しか送れないからです。

だから、これからよい人生を送りたいのであればです。心と行いを変えるしかないのです。皆さん方がよく読んでいるこの正法神理に合わせてです。そうすればよい人生が送れるからです。

特にこの辺りの人たちは、幸運なことに毎日のようにこのブログを見ている人も多いのです。そういう人は実はどれだけラッキーか知れないのです。

神理がどのようなものかすでに頭に入っているからです。だいたい分かっているからです。もう何年も前からこのブログを見ている人たちなどはです。

そうであるなら、後はその頭に入っている神理を行えばいいだけなのです。その神理を実践するなら奇跡が起きてくるからです。そういう人が実際いるからです。(ここにです)

逆にもったいないのです。

それだけ神理を知っていて、それを行わないなどです。宝の持ち腐れもいいところだからです。人によっては凄い奇跡も現れてくるからです。ご本人が気づいていないだけでです。

私のいうことをきくなら、いま以上の凄い力が現れてくる人もいるのです。しかもたくさんです。前世のようにです。(笑)

前世の力を全然出していない人もいるからです。

ではなぜ、そういう人は前世の力を出せないのか?それは、その前世のことを知っている人がいないからです。だから、そんな(前世の)力まで出て来ないのです。

前世のことまで知って指導してくれる人などいないからです。しかし、前世のことまで知って、そうして指導してくれる人がいるのなら、その人の前世の力は現れてくるのです。

前世がない人などいないからです。前世はすべての人にあるからです。

その前世の力を知って指導を受けるのと、今世のことしか知らない人から指導を受けるのとでは、現れてくる力がまるで違ってきます。

前世の力まで知っていて、そうして、その力まで合わせて出せた人の方が、今生だけの力しか出せない人よりは、上であるのは当然のことであるからです。

だから、どうせ指導を受けるならです。そのようなことを知っている人の(即ち私の)指導を受けた方がいいということです。その方が今の自分以上の力が現れてくるからです。

その一端が前に少し現れたことがありますが(何人かのスポーツ選手に)そういう人たちは少し私のいうことをきいただけでした。

だから、その程度の力しか現れませんでしたが(それでも十分な奇跡が現れましたが)もちろん、もっと私のいうことをきいていたら(もっとこの正法神理を実践していたら)もっともっと現れて来たはずです。

その人たちの内に秘めたすばらしい力はです。

中途半端にやめてしまったから、前に奇跡が現れた人たちはあの程度で止まってしまったのです。

本当にもったいないことでしたが、そのような前世を含めたすばらしい力が現れてくるということです。誰にでもです。

この正法神理を実践すればです。すればするだけです。

だから、私やウナッシーさんに現れてくる奇跡も段々増えてくるのです。前世のすばらしい力が今世に現れてくるからです。それはこの世の年齢など関係ないからです。

どれだけ若くても(小さい子でも)どれだけ年を取った人でも(それこそ百歳を超えた人でも)現れて来ます。その人の心が変わりさえすればです。

この人こんな才能があったんだ、などということが(もちろん本人も知らない)突然現れるということもあるわけです。

人によってはどういう体験を前世でしているか知れないからです。

だから、どのようなことに対しても、今生のことだけしか知らない指導者に指導を受けるよりは、前世のことまで知っている指導者に指導を受けた方が(心の面は)よいということです。

その方が自分の隠れた力も現れてくるからです。そのような指導者は前世も、前々世も、もっと前のことも知っているかもしれないからです。

そうであるなら、自分の秘められた深く大きな力も知っているかも知れないからです。

しかし、誰にでもそのような秘められたすばらしい力はあります。ただ、それを多くの人は知らないでいる(出せないでいる)だけなのです。

その力は、怒りや憎しみ、ねたみやひがみ、自己中などの心があっては出てきません。愛や慈悲、調和の心が強ければ強いほど、そのようなすばらしい力は現れてくるのです。

その秘めた力を出せる方法がここに書かれてあるのに、それを出すことが出来ず、苦しんでいる人が多いことは本当に残念です。そういう人が多いから、こういう苦しみの世界が現れているからです。

お前のいうことなどきけるか、などという傲慢な態度は、百害あって一利なしなのであって、そういう態度を取り続けていてもいいことは起きて来ません。

謙虚に長年見ているブログを書いている者のいうことをきいてみてはどうでしょう。

そうすれば起きてくることは百八十度変わり、そうして自分の秘められたすばらしい力も現れてくるからです。

(だからこのブログを見ている皆さん、さっさとこの神理に感謝して布施し、そうして帰依してください。そうすれば多くの人たちにすばらしい力が現れてくるからです)

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5月 05 2020

自分たちの狭量さと神の心の広さ

昨日は買い物に出ていくとずいぶん怒っている人が多かったですね。何をそんなに怒っているのでしょう。昨日のブログが原因でしょうか?

そうであるなら別に怒ることでもないでしょう。本当のことを書いているだけだからです。

図星つかれて、それで怒っているんでしょうか?もうそんなことどうでもいいです。実際に八方ふさがりになりつつあるのは事実であるからです。

もう、この正法神理に帰依するしか助かる道はないのですが、まだ分からないのでしょうか。それがです。

昨日は、安倍総理があと一ヶ月、緊急事態宣言を延長するということで記者会見をされていましたが、これで終わったなと思った人も多かったのではないでしょうか。(苦笑)あまりといえばあまりの内容であったからです。

だって昨日の記者会見で安倍総理はまともな補償の話などしなかったのです。

我慢してくれとか、頑張りましょうとか、そんなような話だけでした。そういう精神論だけで飯が食えれば世話はありませんが、これだけ経済が悪くなっているのです。

自粛だけで具体的な経済対策の話もしなければ、経済はダメになり、経済がダメになるなら生活もダメになり、それでは新型肺炎もどれだけ抑えることが出来るか分からないのです。

自分たちの生活がダメになるなら、多くの人が新型肺炎どころではなくなるからです。

結局、このブログを見ている多くの人たちが、神理を説いている者にまったく金を回そうとしないから、世の中にも金が回らないのです。そのように神から導かれるからです。

世の中に金が回らなければ経済も回らないし、経済が回らなければ、人々の生活から教育から何もかもダメになります。しかし、政府のお歴々はそんなことよりまず新型肺炎を止める、それしか頭には浮かんでこないのです。

今の政府は新型肺炎の終息、それ以外の目的はないからです。

大げさに書けばですよ。結局、そのように導かれるのです。神からです。

だから、他のことは全然目に入っていないように私たちから見たら思えるのです。それ以外の(新型肺炎以外の)ことでどれだけ多くの人が苦しんでいてもです。

いま現在の政府は新型肺炎の終息、これを一としているからです。

私がどれだけいっても、どれだけ書いても、皆、神にソッポを向き続けているのです。だから、政府もそれと同じで、国民がどれだけこれで苦しい、あれで苦しいといってもです。

そういうことは政府の耳には入らないのです。

多くの人々が神のことを心に入れようとしないからです。では政府も、多くの国民の声を心に入れようとはしないのです。

だから、超がつくほど広い神の心を無視してやっていてはこういう道しかついてこないということです。

神の心とは真逆である超偏った狭い道しかです。

多くの人がそのような心であるからです。その心の通りの世界しか現れて来ないのです。

だからこのままいけばです。新型肺炎だけは段々終息に向かうのでしょうが、それ以外の例えば、経済や教育などはガタガタになるということです。

そちらの方に政府はほとんど顔を向けないからです。(だから経済への補償は〔たいして〕しない、学校も休みにしっぱなし)

そのような超偏った道しかつかないのです。いま現在の日本には、神に、そうして神の広い心にソッポを向いている、自分のことしか考えない超偏った狭量な人が多いからです。

だから、その通りの世界しか現れて来ないのです。この世は多くの人たちの心が現れた世界であるからです。

超偏った考えの人が多ければ、そのような心の狭い世界が現れるのです。

だから現れているでしょう。最近は風鈴がうるさいだの、除夜の鐘がうるさいだの、保育園がうるさいだの、そういう細かいことばかりいう人が増えています。そういう自分本位な狭い世界しか現れないということです。

そのような狭量な人が増えているからです。

本当に狭い世界になりました。結局、そういう世界が現れれば多くの人が苦しむのです。その心の狭さにです。

自分たちの心の狭さに自分たちが苦しむ。まさに因果応報ですね。

しかし、そうはいってもです。どうするんでしょうね。もう経済の方だけ見ても潰れるところや廃業するところが続出しているというのにです。(個人経営や中小企業などがです)

ここらは仕事など普通にやっているところが多いんですが、この辺りは中小企業ばかりです。これから出てくるんじゃないですか。その影響がです。大企業もずいぶん仕事が減り、バスや電車などもうガラガラだからです。

それなのに歩いているとまだバスの運転手などブシュブシュやってきます。(昨日は休みであまりトラックも走っていなかったので)

自分の首が危ないのによくそんなことしています。そういう運転手に限ってリストラされるのです。神理に逆らっているということは神に逆らっているということであり、それでは悪い方にしかいかないからです。

罰当たりな運転手の皆さん、リストラされてもどうかお元気で。(苦笑)

まあ、そのようなこちらの話はいいんですが、だから、これだけ経済が落ち込んでもです。いま与野党がいっている第二次補正予算での五十兆、百兆円クラスの財政出動など政府は絶対にしないということです。

せいぜいそれの二~三割でも出てくればいい方であるということです。政府はそこまで頭が回らないからです。(心が回らないといった方が正確でしょうが)そんなに財政出動などすれば日本が財政破綻を起こし、もっと不幸な人が増えると、そういう回りの(間違った)意見だけをきき、たいして財政出動などしないということです。

そのような狭量な意見しかきけないのです。政府のお歴々はです。

多くの日本国民がそうであるからです。その心が当然政府にも反映されるからです。

何度もいいますが、神理を説いている者にちゃんと布施をされませんか。そのような正しい行いを多くの人がするなら、世の中の金の回りも正しくなるからです。

世の中に正しく金が回らないのは、神に正しく金を回さない、そのような心の狭さが原因なのです。

それを、これまで通り無視し続けるのはかまいませんが、しかし、そのような狭量で間違った態度を取り続ければ、世の中も同じように狭量で間違った道に進むことになります。

そうなればドンドン不幸な人が増えるのです。もうそれがのっぴきならないところまで来ているのです。もうここまで来たら、多くの人が死ぬしかないというところまでです。

皆さん方が(神理を知らされているです)神理をきいていながら頑なに感謝を拒んでいるからです。それだけ罰当たりな態度もありません。

そのような態度がこれほどの不幸を呼んでいるのです。もう信じませんか。そうして認めませんか。それをです。

過去でも同じようにそれをしたばかりに(頑なな神理に対する感謝の拒否)多くの人が滅んだのです。(モーゼの大奇跡やベスビオ火山の大噴火などで)

同じ間違いを何度繰り返せば分かるのですか。もっと大きな心にならなければ私たちは救われないのです。

狭量な心はもう捨ててください。そうしてもっと大きな心になってください。神は多くの人たちを広い心で許されているからです。(そうでなければもうとっくに滅ぼされているような人たちがこの辺りなどたくさんいますから。自分はこの神理を散々読んで心が救われているくせに、まったく感謝もせず、平気で嫌がらせをしてくるような頭のおかしな人たちがです。〔今日もバシバシやってるし〕)

多くの人がそのような神の広い心を実践しない限り、正しい道は開けては来ないのです。

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5月 04 2020

上根(じょうこん)中根(ちゅうこん)下根(げこん)

東京は相変わらず新型肺炎の感染ペースが落ちませんね。百人前後を行ったり来たりしています。(昨日は九十一人)

感染者が増えて来そうだったので「東京を祈りましょうか」と私が書いた時に、私と一緒に祈ろうとする人が、あの時東京にいてくれていたのならとつくづく思います。

そういう人が数人でもいてくれたのなら、今頃はこれだけ東京が突出して感染者が増えるということもなかったからです。(東京は感染者が四千人を超えています。二位の大阪が千六百人程度ですから、もうダントツです)

それくらいの(感染を抑えるくらいの)力は正法神理にはあるからです。

前回も書きましたが、その神理を知っている者が祈れば新型肺炎も癒せるのですが(副作用もなしに)しかし、大丈夫ですか。

こんなペースで感染者が増えていったら(だって、非常事態宣言を出しても東京の感染ペースは大して変わらないからです)さすがに東京といえども、医療崩壊も起きるからです。

何度も書きますが、これからの時期は新型肺炎だけではなくいつ大きな災害が起きるか知れないからです。

しかし、神理に帰依する人が出てくるなら(帰依までしなくても、せめて布施くらいする人が出てくるなら)この新型肺炎の感染ペースも変わってくるし(もちろん、ダウンする方にです)大きな災害も防げます。

東京もずいぶん救われると思うんですが、それでも無視しますか。この正法神理をです。

東京の(ずいぶんプライドの高い。〔苦笑〕)人たちはです。

名古屋の田舎者のいうことなどきけませんか。(笑)同じ名古屋の人だってきかないのです。首都東京の人たちがきないのも無理はないでしょう。(苦笑)

GLA誌に仏語の意味が解説されているのですが、その中に「上根・中根・下根」というページがあります。

その「上根・中根・下根」の意味を少し書いておきましょう。

GLA誌、1974年、七月号より抜粋します。

<上根とは自らを反省し、自分の過失(あやまち)を認め、進んでこれを改めていく者をいう。中根とは、悔い改めるが、時には現実と妥協し、再び思い直し、行ずる者をいう。下根とは正法を聞く耳はあっても、実践しない者をいう。また、文証のみで心を理解できる者を上根といい、現実の理(理証)を知って、心を理解できる者を中根といい、奇跡や現証を体験しないと、正法が理解できない者を下根の人という。自らを省(かえり)み、いったい自分は中根か上根か、それとも下根者であるか、心に問い、自らを引き上げてほしい>

と、このように書かれてあります。

しかし、この辺りの人たちなど、どれだけ奇跡や現証(現象)を体験しても、それでも正法神理が理解出来ないというのですから、下の下根の人とでもいえばいいのでしょうか。(苦笑)

しかしそれはこの辺りの人たちばかりではないのかもしれません。このブログを見ている多くの人たちが、ここに書いた通りのことが何度起きても、それでも神理を理解しようとはしないからです。

このブログを見ている人たちが、そういう(下根の人よりさらに低い)人たちばかりなら、災いはとことんまで起きて来ます。

そういう人たちは、ちょっとやそっとのことでは神の存在を認めないからです。

だから、そういう人たちが神を認めるには、もう八方ふさがりとなり、最後の最後はもう神に頼るしかないと、神を認め手を合わせるしかないと、そこまでならないと神の存在を認めようとはしないからです。

つまり、そこまでひどい状況にならないと、このような人たちは神を認めないということです。

だから、そうなっていっているのでしょう。そのような八方ふさがりの状況にです。

そうならないと日本の無神論の人たちは神を認めようとはしないからです。

だから、多くの天変地変が起き、すさまじい疫病を流行らせ、そうして経済までとことん貶(おとし)められているのです。

特にこの日本の人々などずいぶん経済を頼りにしているからです。それ以外は(特別、神だけではなく)あまり興味がなさそうであるからです。

他の分野がどれだけ不幸であってもです。(安全保障や憲法、その他、思想、教育エトセトラ)経済さえ回っているのならそれでよいと思っている人が多いからです。

だから、肝心かなめの経済まで潰(つぶ)されるのです。神によってです。経済まで潰されるのなら、もう頼るものがなくなってしまうからです。

特に日本の人々はです。

その唯一頼っている、経済まで潰されそうなんですが、どうしますか。日本の人たちはこれからです。

それでも神を認めず、神理を無視しますか。

しかし、そうなるともうドンドン悪い方にいきますよ。実際にそうなっているからです。

経済だけではなく、医療や、そうして教育に至るまで(もうずっと学校も休みですから)悪くなっていき、まだよくなるメドすら立たないからです。

これだけ八方ふさがりの状況でもまだ神を認めず、神理にも頼りませんか。自分の力だけでなんとかしようとされるのですか?

しかし、もうその自分の力だけでは何ともならない方向にドンドンいってるんですけどね。このような状況ではです。

神を認めて、神に手を合わせることが出来るなら、この状況は必ず変わってきます。

これだけ奇跡も現証(現象)も起きているのです。もうこのブログを見ている人たちは少しくらい神理を理解されてはどうでしょう。そうすれば救われていくからです。

いつまでも下根の人たちよりさらに低くては情けないからです。

このような状況が現されるのは(ドンドン悪い世界が)心のレベルが下がっている人が多いからそうなるのであり(その心がこの世に現れて来て)自らの心を引き上げることが出来る人が増えるなら、そういう(幸福な)世界がこの世に現れてくるのです。

その心はこの正法神理を実践する以外、引き上げることは出来ません。

この世はこの世の人々の心が現れた世界であるのです。

自らを高めませんか。中根、上根の人にならなければ、私たちがこの世に出て来た意味はないからです。

そうして、そのような心の高い人が増えて来なければ、この世はよくなってはいかないからです。

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