>>ブログトップへ

2011年1月

1月 31 2011

税の確保①

最近は毎日のように外国の人たちからコメントが届いています。(それも救世主が姿を現す時の条件③にばかり)コメントが英語なのでいまいち意味が分からず、こちらもコメントしようがありませんが、私のブログに興味を持っていただけるのはありがたいことです。日本語が分かるなら、日本語でコメントしていただけるともっとありがたいのですが、そのような贅沢も言っていられませんので、外国の方でもこのブログに書いている法に興味がある方は、ご自分でも勉強してみてください。

日本の人からはコメント一ついただけません。きっと私のブログはほとんど外国の人が見ていて、日本の人はあまり見ていないのでしょう。日本の人があまり見ていないというなら、日本のことについて少々きつい話も気兼ねなく書けます。(笑)

ただいま名古屋は選挙戦真っ最中ですので、私のブログもどうしてもそちらに話題がいってしまいます。今度の愛知県の選挙は、日本にとっても大事な選挙となりますのでご了承ください。

昨日は金山で自民党が推す、しげとく氏と大村、河村両氏の街頭演説を聞いていました。

そういえば、豊橋で発生した鳥インフルエンザは、どうやら終息に向かっているようですね。拡大しなくてよかったのですが、豊橋で見つかった鳥インフルエンザのウイルスは、宮崎と同じH5型の強毒性があるウイルスであったとか、同じウイルスが一方では拡がり、一方では終息に向かっているという違いはどこから来るのでしょう。今、愛知と名古屋は選挙戦の真っ最中ですが、少なくとも現在の愛知と名古屋の多くの人が、選ぼうとしている知事や市長の選択が間違っていなからではないでしょうか。(マァ、まだ分かりませんが)

今日の朝の新聞に世論調査では知事は大村氏、市長は河村氏が有利と出ていましたが、まだ選挙が終わったわけではないので、新知事や新市長のことは、はっきり決まってからまた書きたいと思いますが、問題は国政の方です。

新内閣が発足し政府与党は、その内閣人事に、さんざん民主党政権を批判していた人を大臣にしました。消費税上げのための人事ということは見え見えなのですが、また野党とそれが問題で一悶着ありそうです。

国がどうすればよくなるのか、と言うことでケンカをするならまだしも、人のことでケンカをするのはいい加減にしてほしいと思います。(あるいは人の言葉尻をつかまえて、あれこれ言うのも何か子供のケンカを見ているようですね)

野党の時の民主党は、財源のあてもないのに政権をとりたいためだけに、国民に耳障りのいいことばかり言って(子供手当てや高速道路無料化などなど)政権をとりましたが、いざとってみると経済を活性化し、無駄をなくして財源を確保するだの何だの言っておきながら、公約はほとんど果たさず、まったく景気はよくならず無駄をなくすこともできず、借金が増えただけでした。(おまけに百年に一度と言われるくらいの異常気象には見舞われますし)

まったく民主政権になってからろくなことありません。

でたらめな政策をやって、財政がないから増税では国民も納得しません。これで消費税など上げれば、どちらにせよ民主政権は終わりですね。(私はそのほうがよいのですが)

しかし、どちらにしても国の借金は今年度末で997兆円(この金額がどれくらいなのか想像つきませんが)になるとのこと、国が破綻するようなことになってもかないません。今の民主政権に無駄をなくせ、と言ってももう無理です。だから増税は仕方がないと思いますが消費税は困ります。いくら消費税は公平に徴収できると言われても、私の家のような、年老いた両親に居候が一人の家では消費税など上げられた途端、食事もままならなくなり飢え死にしてしまいます。(飢え死にの苦しさは私が一番よく分かっていますし〔笑〕)

そこでどうでしょう、消費税を上げるなどという短絡的な増税ではなく、課税される人たちも喜んで、なおかつ多くの人も救われ、世の中も健全化するという、一石二鳥にも三鳥にもなる増税があるのですが、どうせ増税するのならそちらにしたらどうでしょうか?

民主党政権はろくなことしなかったが、最後に一つだけよいことをした、と後の人々に言われるためにも、これだけはやっていただきたいと思います。(もう民主政権は終わりのような言い方です〔笑〕)ということで消費税を上げるのはやめて、そちらに増税してください。

そうしてください。そちらの方がいいです。ぜひお願いします。

あっまだその増税が何か言ってなかったですね……。それはすいません。紙数が付きましたので次回に続く…(笑)。

0コメント

1月 28 2011

続、鳥インフルエンザ

前回、鳥インフルエンザのことを書きましたら書いた途端、全国各地に鳥インフルエンザが急に発生しだしました。(すごいタイミングです〔汗)〕そればかりか鹿児島と宮崎の県境付近にある新燃岳が大噴火を起こし、その火山灰が宮崎にも降り注いで宮崎は踏んだり蹴ったりです。

なぜ、このようなことが起きるかは前回書きましたので、もう書きませんが、それにしても新内閣が発足した途端これでは先が思いやられます。

鳥インフルエンザの鶏が、いきなり私が住んでいる愛知県の豊橋市でも発見されました。

鳥インフルエンザのウイルスは宮崎、北海道、富山、鳥取、島根、鹿児島の六道県でしか発見されていなかったはずですが、鳥インフルエンザの話題を書いた途端、地元愛知県の豊橋でも鳥インフルエンザのウイルスが発見されたというのは、ずいぶんタイミングがいい話ですね(実際はよくないのでしょうが)。

なぜ豊橋でも発見されたのでしょう?妙ですね…しかもこんな知事選(名古屋はトリプル投票ですが)の最中に、今までまったく発見されていなかった愛知から、鳥インフルエンザのウイルスが急に発見されたというのも。

このタイミングで、このようなことが起きるということは、今度の愛知と名古屋の選挙は、私たちが思っている以上に大事なことなのかもしれません。

というのもこのような現象は、すでに今度の知事になる人、市長になる人を天が試していられるからです。

次に、愛知県の知事になる人そして名古屋の市長になる人が、天の御心にかなっていれば、豊橋で起きた鳥インフルエンザは、これ以上の拡がりをすることはないでしょう(終息に向かうと思います)。しかし、もしそうでない人が知事や市長になるならば、この鳥インフルエンザは爆発的に拡がることになります。

私は前にこのブログに、愛知は日本の中心にあり、愛知が調和しなければ日本は調和していかない、愛知は非常に重要な位置にある、と書きましたが、天は私以上にこの愛知の重要さを思っていられるようです。ですから、まだ新知事も新名古屋市長も決まる前に、愛知県の人々に試みをされているのです。

私が、今回の鳥インフルエンザがなぜ起きているか、その理由をこのブログに書いた途端、急に豊橋でも鳥インフルエンザの鶏が見つかったなど、何ぼなんでもタイミングがよすぎます。天は必要以上に愛知と名古屋を重要視されているのでしょう。

今度の愛知県知事と名古屋市長になられる方は、よほどの覚悟と心を正さないと、大変なことになるかもしれません。

今度の愛知県知事選挙と名古屋のトリプル投票は、日本にとって本当に大事な選挙となります。この選挙いかんでは、次の統一地方選挙の行方も決まってくるからです。

愛知の選挙と統一地方選で民主党がボロ負けするようなら、さすがに民主政権も続けられないでしょう。すると解散総選挙となり政権交代が起きるかもしれません。どちらにせよ今の政権を天は望んでいません。

今の政権を長く続けることは日本にとって不幸以外の何物でもないのです。

私が特別民主党が嫌いで、そんなことを言っているわけではないということは、今現在、日本に何が起きているかを知られるならば、分かられるはずです。

今のような天災地変はすべて天が起こしているのです。

今度の愛知県の選挙はこれからの日本にとって、大変重要な意味を持っています。

愛知県や名古屋市に住んでいられる方は、そのことをよくよく知ってほしいと思います。

0コメント

1月 26 2011

鳥インフルエンザ

今、愛知県は知事選、名古屋はトリプル投票の選挙戦が始まりにぎやかなことです。

誰が愛知県知事になり誰が名古屋市長になるのか、名古屋市議会は解散するのか、話題はつきませんが、宮崎県で知事が変わった途端、鳥インフルエンザが発生しました。

このようなことは前にも起きました。

去年の総理大臣が代わったときです。あの時も総理が代わり内閣が変わった途端、口てい疫問題などいろいろな問題が出てきて、大騒ぎになりました。(今回も総理は代わっていませんが、内閣は代わったばかりです)

当然このようなタイミングで問題が起きるのは、その内閣が正しくない証拠ですし、その県の知事の心がよくない天の警告でもあるのです。

今度なった宮崎県の知事は、あの前知事の時の副知事を勤めていた方で、側近であったとか、前知事の意志を継ぐとか何とか言って知事に当選された方ですが、前の知事の意志を継いではいけません。前の知事の意志など継ごうとすれば前と同じことが起きてきます。

こういうことを書きますと多くの人に非難を浴びるのですが、しかし、事実は事実としてはっきり書かないと、このブログを書いている意味がありません。ですから少々きつい言い方になりますが、宮崎の人たちを私は救いたいと思っていますので、その救う方法をここに書いておきます。

釈尊は、飢饉の時ほど托鉢しなさい、貧しい家ほど托鉢しなさい、と言われました。なぜそう言われたのか?

それはすべての天災地変は、そこに住んでいる人たちの心が引き起こすからです。「与えるものは与えられ、奪うものは奪われる」といのが法則だからです。愛を与えることをせず奪うことだけ、貰うことだけ考えていると、なお奪われるという現象が起きてきます。

宮崎の人に特別愛がない、とは申しませんが、前任の知事が辞められ新知事が決まった途端、また同じような現象が出てきたということは、やはりどこか考え方に偏りがあり、間違った心を持っている人が多いと言わざるをえません。

私が、前に口てい疫の問題が出たときに一切寄付をしなかったのは、このようなことを知っていたからです。

別に寄付をしてはいけないとはいいませんが、せっかく寄付をされたのなら「少し考え方を変えてみられたらどうですか」というアドバイスを宮崎県の方々にされた方が、もっとよかったと思います。寄付をされた方の言葉なら、多くの宮崎県民の方々も耳を傾けられるはずですから。

寄付をされただけで「頑張ってください」だけでは、宮崎の人たちは自分たちの考えが悪いとは思わず心を変えようとはしません。心が変わらなければまた同じようなことが起きてきます。(天が気づきを与えているのですから)

あのような口てい疫の問題があったにもかかわらず、宮崎の人たちの心が変わらなかったために、また前知事と同じような心の人を知事に選び、また同じようなことが起きた、というのが今回の鳥インフルエンザ問題です。

現在の宮崎県知事の心が変わり、宮崎県の人たちの心が変わらなければ、同じような問題が次々に出てきて天より反省を促されます。

宮崎県の方々は、そのことに早く気づかないと苦しみが続くことになります。鹿児島にも鳥インフルエンザが出たと新聞に出ておりましたが、このようなことが偶然そこで起きているということはありません。よいことが起きようと悪いことが起きようと、そこに起きていることはすべて必然であり、そこに住む人たちの心に原因があるのです。(この世に偶然はありません)

今、私の住む愛知県は知事選、トリプル投票と選挙戦の真っ最中です。

新知事が決まり、新しい名古屋市長が決まったあと、名古屋や愛知県に何が起きてくるのか、それによってそこに住む人たちの心が正しかったか、正しくなかったか、はっきり分かることになります。

何をするにせよ自分の心のあり方は正しくなければならないのです。

0コメント

1月 24 2011

最近気づいたこと

二~三日前大阪の橋下府知事が大村、河村両氏の応援で名古屋に来ていました。私はその応援演説(さすが今人気の知事です演説もうまかったです)を聞きに行ったのですが、その二日ほど前にも大村、河村両氏の街頭演説を名古屋駅で聞いていました。

大村、河村両氏など私がブログに書いたことを、ところどころ話しているようにも感じましたが、法がこのような方々にも伝わっているのでしょうか?(何か大村氏など分かりやすいのですが〔笑〕)少し前にゆずというバンド(申し訳ありませんがこの人たちを私はよく知りません、歌手なのかバンドなのかよく分かりませんが、とにかく二人で歌っている人たちです)が、新曲を出したということでテレビで紹介されていました。その新曲が「平和」(字はこんな字ではなく英語が混ざっていたと思いますが、最近の歌の題名はややこしいですね)という題で、その歌詞の中に「神は心の中にいる」というような歌詞が混ざっていました。

政治にせよ歌謡曲にせよ、法に著作権などありませんので、大いに使っていただいて、多くの人々に神の心を伝えていただきたいと思っているのですが、法が何らかの形で伝わっているのでしょうか?何でこんなことを知っているのでしょう?

この前は中日新聞にも法のようなことが書いてありましたが、私はスポーツ選手の一部には法が伝わったと思っていましたが、よくよく考えてみればそのような人たちは、各方面に顔が広い方たちばかりです、いろいろな方面に法が拡がっていても不思議ではありません。自分が知らないところで、思っている以上に法が拡がっているのかもしれません。

このようなことを考えますと、少々今の状況が苦しいからと、もう法を伝えるのはやめたとも言えません(そう思った途端ろくなこと起こりませんし)。それに大村氏や河村氏、橋下知事など大変な苦労をされ今もいろいろな苦難があります。それにまだこれからたくさんの難問も待ち受けてもいるでしょう。

私以上に苦労をされている方が目の前にいるのに、せっかく拡がりつつある法をここで私が投げ出してよいはずがありません。

だいたい私は少し苦しいと「私一人では何もできない」とか「これ以上法などといってブログに書いて、高橋先生や園頭先生の教えを曲げでもしたら大変なことになるからもうやめよう」とか言い訳して、すぐ逃げようとします。ここら辺が私の悪いところですが、古来正しい教えが苦労もなく世に拡がった例など一つもなく、苦労するのは当たり前のことなのです。

このような自分のダメなところを天は知っています、そのようなところを直し「どれだけ困難があろうと法を伝えることを絶対にやめてはいけない」ということを、肝に銘じさせるため、天はいろいろな形で協力して下さっているのでしょう。でなければ、こんなおかしな現象が起きるはずがありません。一方では法が大きく拡がりつつあるのに、その法を伝えているもう一方には、まったく人が寄り付かないなどということが普通ありえるでしょうか、その人の言っていることが拡がっているのなら、その人の下にもたくさん人が集まってくるはずです。そうなっていないのは、やはり何かの作用があってそのようにさせられている、と考えたほうがよいでしょう。相変わらずきついことをしてくれます……ではなく天にはいつも感謝しています、でした(笑)。

しかし、今生おかしなことが起きていると言うことは確かです。普通というなら、普通はまず一般の人々に法が拡がって、多くの人がそれを知ることによってはじめて上の人(多くの人々に影響を与える人たち)に伝わっていく、というのが普通と言えば普通のはずなのですが、今生は逆の現象が起きています。

一般の人は私のことや法のことなど知らないのに、多くの人たちに影響を与える人たちが私のことや法のことを先に知ってしまいました。このような現象もまた珍しいのではないでしょうか、下に大きく拡がって、それから上に拡がっていくというのが普通ですが、上に大きく拡がってそれから下に拡がるというのも不思議な話です。(というほど法が拡がっているということでもありませんが〔笑〕)

古来このような法の伝わり方をしたことがあったのでしょうか?本当に今生は不思議なことがいろいろ起きています。よく考えてみればそれだけ法の流布が遅れている証拠でしょう、それで天が普通では考えられないような法の拡げかたをしているのです。

多くの人に影響を与える人が、法を先に知った方がより早く法が拡がります。いかに天が法の拡がりを急いでいるか分かります。

しかし、そのような天の動きとともにスポーツ、政治、芸能、報道など各分野から、それぞれ法の分かる人たちが出始めています。それは自分の本当の使命に気づき始めた人たちでもあります。

これから大きく法が世の中に拡がっていく兆しが出てきました。このような拡がり方は天の配剤以外の何物でもないでしょう。

このような状況をみますと、橋下知事も言っていましたが「今やらないでいつやるのか」という気持ちを私も持ちました。

だからこれからも頑張ろうということを最近気づきました。

これが私の最近気づいたことです(笑)。

0コメント

1月 21 2011

出生の秘密②

生まれてくる前の世界が皆目分からず、死後の世界を多くの人が信じないのは、この世に生まれ一度息をすった瞬間、自分の過去のことをすべて忘れるように仕組まれているからです。

しかし、よくよく考えてみれば、生まれる前のことや死んだ後のことがまったく分からない、ということの方が逆に不自然で、それこそその先に何かあるのではないか、とも思えるのですが、そのように考えるのは私だけでしょうか(笑)。

しかし、いくら検知する機械がないとはいえ、この世がこの世だけと考えることの方がよほど無理があると思います。死んだ人を観たと言う人や幽霊を観たと言う人はたくさんおりますし(私もその中の一人なのですが)、霊が写真に写ったという心霊写真もあります。なかにはウソをついている人やインチキな写真をつくった人もいるのでしょうが、そのようなことを言っている人を、すべてうそつきというのも狭量な意見なのではないでしょうか(ということは私もウソつきということになります〔笑〕)。

あるいは現実に起きることを先に夢で観る正夢というものもあります。この世がこの世だけなら何でこんな現象が起きるのでしょう?この世が物質の世界だけなら何をするにせよ、こうすれば必ずこうなるという結果が決まっているはずですが、同じことをしているのに結果がそうなる時もあればそうならないときもある、というのはどういうことなのでしょう?それは運がよかったとか悪かったとか、皆平気で言っていますが、ではその運とはどこから来ているのでしょうか。

この世が物質の世界だけなら、運ということを信じるほうがおかしいですし、正夢のように先に起きることを夢に観るなどという現象が、起きるはずがないのです。

なぜ、この世(物質界)的に言えば考えられないことが、こうもいろいろ起きているのでしょうか?

別にそれほど難しい話ではないでしょう。この世はこの物質界だけではないからです。別な世界もあるからその作用で、物質の世界だけでは説明できないことが起きているのです。

そう考えるほうがよほど普通だと思いますが、多くの人はそのように考えないのでしょうか?やはり私の考えは普通ではないのでしょうか(笑)。

死ぬ間際になると誰もそんな人が見えないのに、あそこに立っている人は誰だとか、あるいは死ぬ寸前に大きな目を開けて驚いたように、ぐるりと周りを見渡して死んでいく人がありますが、それは死が近くなるとあの世(意識界)と心が同通するようになるため、あの世の天使が観えるようになります。自分の守護、指導霊が近くに来てその人を見守っているのですが、今までまったく観えなかったものが急に観えるようになるため多くの人は驚きます。

しかし、そのような霊たちは自分がこの世に生まれ死ぬまで、自分を守り導いてくださった霊たちばかりです。感謝こそすれ驚くのは失礼な話でしょう。(マァそのことがまったく分からないから仕方がないと言えば仕方がないのですが)

少し考えを広げてみれば、私の話していることのほうがよほどまともなのではないでしょうか。

いずれにしても私たちは、あの世から生まれ死ねばまたあの世に帰ることになります。この世の物質(金や物や地位や名誉)にとらわれていては、本当に正しいものは分かりません。

本当に正しいもの、真に価値のあるものとはなんなのか、ということを私たちは自身で知らなければならないのです。

0コメント

Next »


あなたは人目の訪問者です。