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2013年5月

5月 26 2013

法を知ることの重要さ

昨日のブログの続きになりますが、やはり愛を出そうとしないと世の中よくなっていきません。愛は出しているといわれる人もいるかもしれませんが、そうはいっても本当の神の教えを知らないと、本当の愛は出ません。(だから奇跡らしい奇跡が起きないのです)

ですから、この神の教えを学ぶということは重要なのです。

考えてみてください。この世のことをどれだけ知っている人でも、では五分先の自分がどうなるか分かる人がいるかといえば、そういう人はいません。(五分先には、心筋梗塞で死んでいるかもしれないのです)わずか五分先ですよ、その五分先の自分の運命さえ確実に分かる人などいないのです。このまま行くだろうと漠然と思っているだけで、五分先に大地震が起きれば、まったく自分の運命など変わってしまうのです。

このようなことを考えるのであれば、この世だけの知識など、どれだけあっても、いかに薄っぺらなものかお分かりいただけると思います。(とはいえ、勉強しなくていいという意味では、もちろんありません)

しかし、釈尊やキリストは人の現在、過去、未来を一瞬で見通されたのです。そのような方々の教えを学ばないで、本当の人としての幅や厚みがついてくると思いますか?

この世の知識だけでは無理ですね、百年勉強されても無理です。だから、この世の知識だけいくらつけても奇跡など起きないのです。本当の心の勉強になっていないからです。だから本当の心の勉強、すなわち釈尊やキリストが説かれた“神理”を学ぶことは非常に大事なことなのです。

それが私の説いている法なのですが、それを証明するような奇跡が次々に起きているというのに、皆さん一向に学ぼうとしません。

これまでの人類の歴史で、奇跡が目の前で次々に起きているにもかかわらず、一人も神の教えに帰依しようとしなかったことなど、多分なかったでしょう。前代未聞のことが現在の日本で起きているのです。

しかし、いくら唯物無神論がまかり通っていた日本とはいえ、それでも昔からの信仰は皆していましたからね。本当の神の教えが出現していて、これだけその教えを無視していては、やはりまずいですね(下手したら滅ぼされますよ、日本は)また、いかに日本が危ない状況かということを、認識している人がいないというのも、危なさに輪をかけています。(こういうことを書いてるとまた嫌われるんですが、しかし、事実ですから仕方ありません)

もうここまできたら仕方ないでしょう。いくらこういうことをいっていたところで、誰も神の教えを学ぼうとせず、そんなことをいう私に嫌がらせすることしかしないんですから。(よけい危ないです)

申し訳ありませんが、これから私に必要以上に嫌がらせしているところは、その場所を通るたびに祈ることにします。(もう少し前から、そのようなこと続けていますので、心当たりのある人たちは危ないですよ)

その祈りをやめろというのであれば、少々寄付していただければやめます。そういう態度を少しもとろうとせず、散々人に嫌がらせをしていながら、その嫌がらせをやめたからもういいだろうでは通りません。反省した態度を見せていただかなければ、ずっとその人たちの祈りは続けますのでご了承ください。(大手企業から中小企業の皆さん、一般家庭の皆さんまでよろしくお願いいたします)

最近は前以上の恐ろしい現象が現れているようです。心当たりのある方はお気をつけください。

本当はこんな脅迫まがいのことをしたくありませんが、このままでは日本に何が起きてくるか分かりませんし(すでに起きていますが、この程度ではすまなくなります)人の一生などあっという間です。せっかく神の教えが現れていることが分かっているのに、それを無視して一生を過ごすのであれば、自分が死んでから、どれだけ悔やむか知れません。(百人が百人悔やみます)少々強制的にでもやってもらうしかありません。(死んだ後で、それこそ死ぬほど私に感謝することになるんですけどね、そのような人たち)

私に嫌がらせをしているような人たちは、どちらにしても、地獄に堕ちなければいけませんので、その罪を少しでも今生で返しておくなら、死んでから償う罪も軽くなります。少々強制的にでも寄付してもらった方が、その人たちのためになるのです。

どちらにしても、私はこの辺り一帯に名前が知れ渡って、嫌われたくっています。いまさらよけいに嫌われてもどうってことありません。要は人のため(それはその人の心のためという意味です)になればいいのです。

「お前は何も仕事をしていないではないか、何でそんな者に寄付などしなければいけないのか」と思われる人もいるかもしれませんが、この辺り一帯で私のことを知らない人はもういません。ということは、それだけ神の教えが拡がったということになります。(もちろんそれは、この辺りだけではありません。全国にです。このブログを読んでいる人はこの辺りの人だけではないからです)この神の教えを拡げることが私の仕事です。従って私は、たった一人で神の教えをこれだけ拡げたということになり、どれだけ仕事をしているか分からないほどです。

逆にいえば、私がこれだけ仕事をしているにもかかわらず、一銭も金を払おうとしない人たちが百パーセント悪いのです。(神の存在、あの世の存在、人の輪廻転生、この世での正しい心のあり方など知られましたよね、それが神の教えです。そういうことを理解できたのは私のお陰です。〔私がいなければ、そういうことがこの世で理解できたかは疑問です〕それなのに、そのお礼を一切しないとは言語道断です。そのような人たちは仕事をしてもらうだけしてもらい、代金を踏み倒しているのと同じなのです)

ということですので、皆さん私はずいぶん仕事をさせていただきました。ソロソロその代金をお支払い願えないでしょうか。(笑)

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5月 25 2013

愛の足りなさ

全日本の柔道連盟の問題が今ずいぶん話題になっています。

暴力指導に助成金の不正使用、今度はセクハラですか。残念ですね、私は小さい時「柔道一直線」を観ていた世代なので、わりと柔道には興味があったんですが。(特別柔道だけではなく剣道や空手のような武道には昔から興味はありますけどね)

もちろん、行き過ぎた暴力や不正使用、あるいは金メダリストの強姦事件などは徹底的に正さなければいけませんが、セクハラというのは、どこからがセクハラで、どこまでがシャレの範囲なのかよく分かりません。

それとも、少しでも女性の体に男が触れればセクハラになるのでしょうか?(例えば肩を触ったり腕をつかんだりしただけでも)

それも少し世知辛い、愛想のない態度であるともいえるのではないでしょうか。(こう書くことがすでにセクハラですかね)

昔はよく女の人のお尻など触って、ギャーギャーいわれている爺さんがいましたが、今はとてもそんなことできませんね。(笑)

しかし、前にも書きましたが、男は女の体を触わることにより、神のエネルギーをもらうことになっています。だから、どうしても女の体を触るということを男はしてしまうのです。

少し前にNHKのアナウンサーでしたか、酔っ払って電車の中で女性の体を触って捕まった人がいましたが、この人などは奥さんも子供もいてNHKのアナウンサーという地位も名誉もあったのに、こんなことをしてしまったのです。この人はなぜ、こんなことをしてしまったのでしょうか?

酒のせいでしょうか?それともこの人の人柄でしょうか?(特別スケベであったとか〔笑〕)それとも、その触った女性が自分の好みであったからでしょうか?

私はこの人を全然知りません。(テレビで何度か観たくらいです)ですから、これから書くことは私の勝手な推測です。それをご了承ください。

多分この人がこんなことをしたのは、奥さんの愛が足りなかったからではないかと思われます。だから、こんな行為をしてしまったのでしょう。

何で奥さんなのかと、この人がした痴漢行為が奥さんのせいのわけないであろう、と多くの人は思うかもしれませんがそうではありません。

もし、この人の奥さんがこの人に愛をたくさん出しているのであれば、いくら酔ったからとはいえ、よその女性の体を、このような地位も名誉もある人が、電車内で触るなど考えられないからです。

その奥さんが愛を出すとは、普段の身の回りの世話だけではありません。一番大事なことは自分の体をこの人(夫)に自由に触らせていたかどうかということなのです。

結婚をすれば、その体は自分のものであって自分のものでなくなる(妻の体は夫のものであり、夫の体は妻のものである)と前に書きましたが、その夫のものである自分の体を、奥さんはこの人の自由にさせていたのでしょうか?

もし自由にさせていれば、どれだけ酔っ払っても(その人は奥さんの体で満足していますので)よその女に手を出すことはありません。しかし、自由にさせていなければ、このような酔っ払った弾みで、他の女性に手を出すということは十分考えられるのです。神のエネルギーが足りていないからです。(奥さんからもらえませんので)

別に痴漢行為やセクハラを容認しているわけではありませんが、もう少し女性が愛を出していただければ、このような行為もグッと減るということを私はいいたいだけです。

特別女性の愛だけではありませんが、愛がない人が多いから人に平気で嫌がらせなどできるのであって、愛がある人が多ければ、私がどれだけ祈ろうと恐ろしい現象が現れるわけがないのです。

私は人が不幸になるように祈っているわけではないからです。また、そんな祈りなどすれば(祈りは循環していますので)その祈りが自分に返ってきて自分もやられてしまいます。

私は、そのような人に対する愛がない人が多いと思ったから祈ったのです。「神よどうぞそのような人たちを正しくお導きください」と。そうしたら、恐ろしい現象がいろいろ現れたのです。それは、そのような愛のない人が多かったから、そのような現象が現れたのであり、愛を持っている人が多いのであれば、逆の現象が現れたはずです。(例えば、よい道がついてくるとか、よいことが起きるとかです。私は正しくお導きください、と祈っているだけだからです)

これはこの辺りの人だけではありません。全国的に見てもそうです。私が祈って大雨や地震が起きたのは、やはり愛がない人が多かったからでしょう。だから、そんな現象が現れたのです。(私は同じように祈っているだけだからです。もし愛ある人が多ければ、やはり逆の現象が全国的にも現れたはずです。例えば、日照りの地域に雨が降るとか、大雨で被害が出ているところの雨が早くやむとかです)

しかし、全国的にも異常気象が現れたということは(それは現在も続いています。昨日も気温が三十五度を超えたところがあったようですが、まだ五月です)愛ある人が少ない証拠でしょう。

他の地域でこのブログを読んでいる人も、もし私が近くにいれば、この辺りの人と同じようなことをされるのではないでしょうか。それは、このブログをただで平気で見ているということでも、その事実が分かります。

「私はこの法を説いて生活しているのです。ですからお気持ちだけで結構ですから寄付してください」と、このブログ上で何度も頼んでいるのです。もし、愛ある人が多ければ、何度もこのブログを読んでいれば、そう書いている人のことも考えて少しくらいは寄付してくれるはずです。ところが毎日のようにこのブログを読んでいて、自分が参考になったこともあるはずなのに、一銭もお金を払おうとしないのです。

これは愛のない証拠であり、人のことなど知らないという態度がアリアリと出ています。このブログを読んでいる人は、このような人がほとんどなのですから、それは私が祈っていいこと起きてくるわけありません。

しかし、愛は世の中を救うだけではなく、自分自身をも救うのです。(それは私が祈り出る現象でお分かりいただけるのではないでしょうか。愛をその人が持っているなら、私が祈って決してその人が不幸になるということはないのです)

せっかく何かの縁でこのブログを読んだのです。せめて、このブログを読んでいる人くらいは、もう少し愛を出されたらどうでしょうか。

そのような少しずつの愛が、大きな愛となり、世を救うことになるからです。

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5月 24 2013

正しい信仰をするかしないか

また昨夜もたくさん人がいましたね、一体何が起きているのでしょうか?……というのは冗談です。

というか、昨日は全然違う道を通って帰ったのですが、また驚きましたね、町中を歩いていてもなんて静かなんでしょう。(笑)私の通る辺りがいかにうるさいか改めて分かりました。(皆さんにこれだけ意識されているとは、ある意味光栄ですね)

しかし、そこまで嫌うのもどうなんでしょう。だいたい、このような異常な現象が始まったのも、近所の人たちが私に嫌がらせを始めたからであり、あの救急車のサイレンが鳴り響いたのも、やはりバスやトラック、電車の運転手が私に嫌がらせを始めたからであり、すべて、この辺りで起きているであろう異常現象の原因をつくったのは、そのような人たちなのではないですか?

これは責任転嫁ではないでしょう。最初の原因をつくったのはそのような人たちですよね。(だって、私その人たちにけんか売った覚えもないし)

それなのに、その責任をすべて私一人に押し付けるとは、一体どういうわけなのでしょう。これは責任転嫁もはなはだしいのではないでしょうか。そのような人たちに神が味方するはずないでしょう。どう考えても、悪いのは私が悪いと思っている人たちなのですから。

ですから、今この辺りに起きている現象は、誰が考えたって“天罰”としか思えないのではないでしょうか。

もし、そうでないといわれる人がいるのであれば、では、一体何がこの辺りで起きているのですか?(まさか私の魔力とか祟りとかいわれるんじゃないでしょうね、ほんと勘弁してください)

私は別に自分だけが正しいとはいいませんが、ただ一ついえることは、正しい信仰をしているのであれば、正しいことが起きるということです。

だから、私に嫌がらせをしている人が不幸になるのであり、そんな信仰していなければ(最終的にはそんなことをし続けている人は不幸になるのですが)こんなに早く結果が現れてくることはないのです。

こんなに早く、悪いことをした人に悪いことが起きるなら、世に悪いことをする人はいなくなります。(それはそうでしょう、人に悪いことをして即それが自分に帰ってきたら、悪いことする人いなくなりますよね、怖くて)

私にこのようなこと(祈って天候が変わったり、おかしなことが起きたり、また奇跡も起きたりしていること)が起きていて、人にはなぜ起きないのか?

それはただ一つ、私に人と違うところがあるからです。それが正しい信仰をしているか、していないか、この一点なのです。

この一点だけなのです。どうです、正しい信仰をしているのであれば、このように神は正しい信仰をしている人に味方してくれるのです。されたらどうですか?正しい信仰を。

そうすれば昨今よく起きるおかしな事件もなくなるのです。

例えば、ストカー被害など後を絶ちませんが、この教えを知っていたらどうでしょう。(マァこの教えを知っていたら心が変わりますので、ストカー被害になど遭いませんが)そのストカーを祈ってやれば、そのストカーをしている人にいろいろ現象が現れてきて、ストーカー行為などやめざるを得なくなるのです。これはオレオレ詐欺やいろいろな嫌がらせにあっている人たちも同じです。(現在、嫌がらせにあっている私がいっても、いまいち説得力ありませんが〔マァ、意地になってやってる人もいますからね〕これもこの教えをよく理解していない人が多いからです。この教えを理解する人が増えれば自然になくなります)

どういう事件であろうと、この教えが拡がれば減るのです。

事件ばかりではありません。病気も癒されます。(すべての病気が癒されるわけではありませんが、そうすれば病院に行く人も減ります。では医療保険の問題や医師不足の問題もなくなります)天変地変もなくなります。戦争もなくなります。平和になっておまけに奇跡まで起きるのです。

一体どこに、この教えを勉強しない理由があるのでしょうか?

本当の神の教えとはこのようなものなのです。常に天上界の光の天使が協力してくださり導いてくれるのです。(だから次々に奇跡が起きるのです)

だからやらないといけないのです。逆にいえば、やらないとよくないことが起きるのです。(絶対にこの世に生まれた人が学ばなければいけない教えだからです)

現在の日本は、私の周りだけではありません。五月というのに異常な暑さとなり、梅雨の沖縄では昨日など観測史上最多の雨も降っています。異常現象がずっと続いているのです。

その原因は、このブログを読んでいる人たちにはもうお分かりいただいていると思います。

次々に起きる現象が、ここに書かれている教えの正しさを証明しています。

この教えを学ぼうとしないから、悪いことが起きるのです。

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5月 23 2013

次々に起きる異常な現象

いや昨夜は驚きましたね、あちこちから人が出てきて、散々嫌がらせのようなことをされました。

何が起きているんでしょうか?また何か起きたんでしょうか?全然分かりませんが、何が驚いたかって一番驚いたのは、なんとある大教団の会員の人にも、嫌がらせをされたことです。(その教団で何の勉強をしているんでしょうか?)

その教団は、公称一千万の会員数をほこるといわれていますが、そんな人たちが私に嫌がらせとは、いやいや私もずいぶん有名になったものです。

しかし、逆にそういう人たちは何をしているのでしょうか?

私が祈って、何かが起きているというのであれば、それこそ、そのような人たちの出番なのではないでしょうか。だって、悪魔のような奴が祈りで次々に人を不幸にしているのです。そうであるならば、そのような人たちが同じ祈りで、その悪魔のような者をこらしめなければいけないのではないでしょうか。

それが嫌がらせって(笑)それでは信仰も何もしていない、そこらの人と変わらないではないですか(笑)一体何を信仰しているんでしょう?

どうですか、それほどの人数がいるのです。私は一人です。誰か私と祈りの勝負をする人はいないのですか?いるんでしょうすごい人が。(マァ、その教団内だけのすごい人かもしれませんが)誰とでもまた何人いても勝負しますよ、あなたたちのような有名な方々がお相手してくれるなら、私の名前もずいぶん知れ渡ることでしょう。(もう十分といえば十分なんですが)いくらでもお相手しますが、私のことを知っていて嫌がらせなどしてくるところをみると、誰も祈りの勝負をしてくれる人はいなさそうです。

そのような人たちは、そのようなことも含め信仰しているはずです。そんな悪魔のような者を鎮めることもできずして一体何の信仰でしょう。(それとも、すでに私に向け、お題目を上げてもらっているんですかね?すいません、私いたって健康です。むしろ最近太ってしまいズボンが入りません。〔涙〕私の祈りはすぐにきかれますが、皆様方の祈りはなかなかきかれないようです)

どちらにしても、そのような人たちも含め(その人たちも間違った信仰をしているのですから)嫌がらせをしてくれたすべての皆様方には、もれなく七大天使の(金か銀かは分かりませんが)矢をプレゼントいたします。お受け取りください。

しかし、昨夜嫌がらせしてくれた人たちは、半分以上がお年寄りの方でしたが(か女の人でしたね、夜にワザワザ外に出てきてそんなことしますかね、呆れます)残念ですね、長くこの世にいられる方々が、本当の神の教えを説いている者を理解できないとは。これまでこの世で何の勉強をしていたんでしょうか?

このような人たちを見れば分かります。どれだけこの世に長くいようと、神の心を勉強していないと平気で間違った判断をしてしまうのです。この世の肉体など関係ないのです。分かる人はどれだけ年が若くても分かりますし、分からない人はいくつになっても分からないのです。すべて、その人の心、その心が判断するのです。(だから私は若かろうが年をとっていようが、男だろうが女だろうが関係ありません。私に失礼なことをすれば即座に祈るのです。心は皆同じように大人だからです。誰が本物かはその心で判断するからです)

こういう(表面上のことしか分からない)愚かな人たちばかりでは、日本は潰されます、それでもよろしいんですか?

何でこんなことが起きているのか?それを理解しようとせず、ただお前が悪いの一点張りなのです。こんな(低い)考えの人ばかりが悪いことを実践し続けているのですから、これでは恐ろしいことが続きますし、最後には天は日本を潰すことになります。

このような現象は、天上界の光の大天使たちがすべて行っていることだからです。決して悪魔が行っているのではなく、光の大天使が行っているのです。それを早く理解しないといけないのです。それを理解することができれば、自分たちが反省しなければいけないのではないか、と思えるからです。

私の周りにも使命を持った人々はたくさんいるようです。しかし、その人たちがいつまでも立ち上がろうとせず、愚かな人たちが愚かな行いを続けていれば、恐ろしい現象はいつまででも続くのです。

多くの現象が次々に現れ始めました。使命のある人が目覚めなければ、日本は滅ぶことになるのです。

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5月 22 2013

金の矢と銀の矢

マァ、予想どおりでしたね、やはり座談会には誰も来ませんでした。

しかし二度座談会を行い、どちらも参加者ゼロということになると、ちょっと怖いですね、何が起きてくるか分かりません。この先大丈夫でしょうか?

と思っていたのですが、すでに何か起きましたかね?昨日。

実は昨日の座談会の部屋で、座っていたらまた『祈れ』という思いが上がってきたんですが…。それに昨夜は(この前と同じように)帰り際、早い場所から人があちこちにいたようでしたので、違う道を帰ってきたのですが、それでも何人かの人がこちらを見ていて、何か嫌がらせらしいことをされました。

また、何か起きたんですかね、この辺りで。(何かこんなブログばかりですね、最近)

昨日実はちょっと不思議な体験もしたんですよ、座談会の部屋で。(『祈れ』という思いが急に上がってきたのも不思議といえば不思議ですが)

その不思議な体験とは、誰も来ないから暇なのでずっと私は祈っていたのです。(もちろん休憩を入れながらですが)そうして時間が四時を過ぎましたので、もう祈りも終わりにしようとした時のことです。フッとあることに気づいたのです。

そのあることとは、いつの間にか自分の祈り方が変わっているということでした。

不思議なのですが、その日はいつもと同じように、神よどうぞ多くの人を正しくお導きください、という祈りをしていました。(だいたいそんな感じということです。もう少し細かく祈っていますが)ところが終わり頃、自分のしている祈りに気づくとそのようには祈っていないのです。

いつの間にか内容の違う祈りをしていたのです。いつから祈りの中身が変わっていたのか、全然気づきませんでしたが、気づかないうちに私は祈り方を変えていたのです。まるで心の内よりコントロールされているかのように、祈っていることが知らぬ間に変わっていたのです。

ちょっと祈りの内容はここに書くのを控えますが、その祈りを知れば、もう嫌がらせなどは止めた方がいいということです。そうして少しでもいいから、この教えを勉強し手伝った方がいいということです。

前に、七大天使の一人のラグエルは黄金の弓矢を持っていると書きました。それと同じように、七大天使の天使長であるミカエルは銀の弓矢を持っています。(前にも説明しましたが、ミカエルは他の六人の大天使の持つ能力をすべて持っていられますから)ミカエルの銀の弓矢に射られてもラグエルの黄金の弓矢と同じように、その人の心に合わせた症状が現れることになります。

これ以上、法の勉強をしようとされないと、その金か銀の矢に射られることになります。(それはすなわち神を冒涜しているということですから)

私は、そのことを伝えているだけですが、それが面白くないと嫌がらせしようものなら、その金か銀の矢に射られた現象が現れます。(そのような現象が次々に現れているのではないでしょうか、現在この辺りに)

他の七大天使も力を合わせ、この日本に次々に現象を現し、法を伝えようと皆必死でやっているのです。私を知らないのであればやりようがありませんが、私の存在に気づいている人は、少しでいいのでご協力願えないでしょうか。(最近はかなりそのような人が増えたようですし)

今日も(まだ五月だというのに)夏のような気温になるとのこと、七大天使の力が現れています。

恐ろしいことが起きても嫌だからやるのではないのです。法を勉強し伝えることが、この世に生まれてきた人すべての使命だからやるのです。その使命を果たすことにより、初めて人は真の幸せを得ることになります。

自分のことばかりではなく、もう少し“神”のこともお考えください。

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