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2013年5月

5月 15 2013

やってはいけないことと、やらなければいけないこと

やっと故障した新しいパソコンが戻ってきましたが、データーが全部消えてしまい、また設定をはじめからやっていますので、ちょっとブログも書いていられません。(何でこんなにうまくいかないんでしょう、またちゃんとメールが流れません〔涙〕)

それにしても昨日は暑かったですね、真夏日が続出し、五月の観測史上最高というところが十数ヶ所もあったようです。

しかし、こんなに暑くなる予想でしたっけ?四、五日前まで、これほど暑くなる予報ではなかったように思いますが、何か急に暑くなりましたね。

もちろんそれは“地球温暖化”のせいでしょうが、こういうことが起きると、またこの辺りでそれを私のせいにする人がいるんですよ(他の地域の皆さんでは考えられないでしょう)祈っているとか思われて。そうしてまた私がいじめられるというわけです。(涙)

今日ブログを書いたのは、ずいぶん朝から周りが殺気だっていたからです。また何か起きましたか?(昨日も朝早くからデカイ音立ててる人いましたし、何か起きたようですね)

もう何書いても、よいようにはとられませんので、はっきり書いておきますが、何が起きても仕方がないでしょう。私がそういうことはやってはいけない、と何度いってもそれを無視しているんですから。

私は「今何も起きないのは天が反省の時を与えているからです。だから、今のうちに反省した方がいい」と、何度もいっているにもかかわらずまるで無視。平気で私に嫌がらせをしているんですから、何が起きても仕方ないでしょう。

それに座談会があるまでは何も起きないでしょう、とワザワザ書いて、もう神の教えを勉強しなければいけない、と何度もいって座談会のことも強調しているのに、それもまるで無視。それで何か起きて、どうやったらそれが私のせいになるのでしょうか?何で私のいうことを無視している人たちのせいにはならないんでしょうか?

そういうことをやったらいけないと、何度もいっているのに、それを無視し、それで何か起きたら私のせいにして、その繰り返しです。一体何時になったら分かるのでしょう?いつになったら自分たちが悪かったと反省するのでしょう?私によけいなことをすれば何か起きると、私より私の周りの人たちの方がよほど知っているはずなのに。

同じことを何度も書くようですが、周りが同じことをずっと繰り返しているようなので、また同じことを書きます。

私に嫌がらせなどしてはいけません。そうして、私がいっていることが本当の神の教えなのですから、このブログを読んでいる人は、少しの協力はすることです。(誰もたくさしろとはいっていません)それができないのであれば、今の状態(何が起きるか分からない)が続くことになります。それもこれも皆さん方が約束を果たそうとしないからです。

そんな約束など知らない、といくらいおうが、次々に起きる現象がその証拠です。すべての人が、神の運動を手伝うという約束をされて、この日本に生まれてきたのです。いくら知らないといわれようが、その約束は果たしてもらいます。(いつまでも自分のことだけやっていてはいけないということです)

何でこれだけのことが起きていて、それでもまだ私の意見を聞こうとしないのか、まったく理解できませんが(何の根拠でそこまで逆らうのでしょう?)最近(救急か消防か知りませんが)サイレンもよく聞きます。

何度もいいますが、神の教えには従順になった方がいいのです。

追伸…ちょっとまだパソコンが設定途中ですので、あまりまともなブログも書けませんが、もう一つ書いておきます。

今慰安婦の問題で、あの傲慢市長がずいぶんいわれているようです。(ザマーミロとちょっと思いますけど〔笑〕)特別あの人の味方ではありませんが、今回の市長の発言、そんなに問題なのでしょうか?(それほど女性を軽視した発言ですか?)

これだけ騒がれている意味がよく分かりませんが(というか本音と建前がかなり違うのではないか、と思われる人もたくさんいますが)政治家がこういう発言をすることはよいことだと思います。(私たちが何をいっても問題にされませんから)野党でもあるのだし、少々本当のことをいってもいいのではないでしょうか。(それほど責任もないでしょう)

安倍総理になっていろいろ歴史認識の問題が出てきました。(こうでなくてはいけません)別に揉めて喜んでいるわけではありませんが、アジアの国々に迷惑をかけたといわれても、それを騒いでいるのはアジアの国々では中国と韓国だけです。(なぜ、他の国々は何もいわないのでしょうか?)

唯物無神論の日本が今変わろうとしています。(こちらは私一人だからかなりきついんですが〔涙〕)日本に対する間違った歴史観も、当然変えていただかねばなりません。時間がかかってもやらないといけません。だから、この問題は揉め続けないといけないのです。(火種を消してはいけませんからね)

そのような話し合い、また時には激論し合いながら、よい方にもっていくしか手はないからです。

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5月 12 2013

一番の調味料

昨日の名古屋は、一日雨が降り続いていたんですが、そんな足元の悪い中、座談会に多数お集まりいただきまして、誠にありがとうございました……と書きたかったんですが、いやな予感が的中しましたね。

なんと昨日の座談会の参加者はゼロでした。(涙)

参加者が何人かいれば、あんな天気になっていなかったでしょうし(前回のブログを見ていただければ分かりますが)予想はしていましたが、ほんと予想どうりです。非常に分かりやすい世の中です。(笑)

そうですか、ずいぶん私の評判も知れわたったと思っていたのですが、よほど悪くいわれているのでしょう。(嫌がらせだけはあちこちでされますので)

では、次の座談会には来ていただけるよう努力します。次回は二十一日にあります。多くの方のご参加お待ちしています。(詳細は四月二十三日の“お知らせ”のブログに書いてあります)

さて、座談会は座談会として(ここはサラッといきましょう、また何か起きてきたら私のせいになりますから)今日は母の日です。

若い子のブログなど読んでいると、料理のことがよく書いてあるのですが、最近の若い女の子は料理ができる子が多いんですね、それはよいことです。(昔、料理できる子あんまりいなかったように感じますが…そうでもなかったですか?)

しかし、女の子なんだから料理くらいできないとね(笑)それくらいできないと、結婚してもよい母にはなれそうもありませんから。

女性が料理のできることはよいことですが、その料理の一番の調味料とは何かお分かりですか?

いろいろあれがいい、これがいいと書いてる子もいますが、料理の一番の調味料とは“愛”です。

料理に愛が入っているか、いないかで味も全然違ってきますし、味だけではありません、つくった料理に愛が入っているなら、食べた料理の消化もいいようです。(園頭先生は、愛のない料理を消化するには鉄の胃袋が必要だ、といわれていました)

どれだけ質素であっても、家庭料理がうまいといわれるのは、その料理に愛が入っているからです。(だから、学校の給食やレストランなどの料理は、あまりうまく感じないのです。愛が入っていないからです)

愛を持って料理をするなら、その料理は、どんな料理でもおいしいし身体にもいいのです。逆に愛のない料理は、それがどれだけ豪華な料理であろうと、おいしくないし身体にもよくないのです。(胃腸壊しますね、消化に悪いですから)

女性の皆さん、料理をつくられるなら“愛を持ってつくる”これを忘れないでください。

(ちょっと昨日の座談会ショック引きずっています。今日のブログはこれくらいにしておきます)

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5月 11 2013

今日の座談会の件など

今日は朝から雨模様です。

今日が雨……ですか?しかも(カミナリや大雨など)荒れた天気になるところもあるとか。

あれ?なんか変ですね、今日の天気?…何かいやな予感するんですけど…大丈夫でしょうか?

今日の熱田生涯学習センターでやる座談会、一応十五人くらいの部屋とってあるんですが、まさか誰も来ないということはありませんよね。(汗)

もし、そうなら明日から天気はいいみたいですが、いいのは天気だけなどということにもなりかねません。(な、何が起きるんでしょう〔怖〕)

マッ、冗談はともかく、本日の座談会、法に興味のある方、お悩みのある方、祈ってほしいことがある方など、お待ちしています。

ぜひ、ご参加ください。(今日はこれだけにしておきます。初座談会ですので、そちらが気になりブログまで気が回りませんから。しかし、ここらで私の評判悪そうですから、来る人いるのかちょっと心配ですね…天気も天気ですし)

追伸…今日は気楽なブログでしたので、ついでに気楽なこと書いておきますが、トップ2が組まれると、こちらもかなりやりにくくなります。ですからそれは勘弁してくださいね。何か勘違いされて私の人気が落ちても困るでしょう。(そうなると法を拡げようがありませんから)

邪魔するんじゃなくて協力してもらえない?あなたたちが協力してもらえるなら、一発で法は拡がるんですからね。

この世のことばかりやっててもあまり進歩しません。少し智慧を出して、さりげなくでもいいから神の運動を手伝われたらどうでしょうか?

それが一番自分のためになるのです。(逆のことしてるんですから呆れますね〔呆〕〔呆〕〔呆〕)

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5月 10 2013

使命を果たすことの大事さ

昨日はずいぶん暑かったようですね、五月の観測史上最高などという気温のところもあったようですが、異常気象はまだまだ続いています。

異常といえば、国会もおかしなことやっています。

中国訪問の期間を無断で延長したとして、民主党などの野党七党が、自民党の川口環境委員長の解任決議を野党の賛成多数で可決しました。

やってくれます、これでまた野党人気ガタ落ちですね。(笑)

だいたい、今問題の中国との要人と会談のためにそうなったのであるし、しかも野党に了解を求めたにもかかわらず、それを突っぱねての解任劇です、まったくデタラメですね。

これだけ中国と揉めてて(しかもその原因をつくったのは民主党でしょう。少しも悪いと思っていないようです)その中国と会話の糸口も見出せない時に、せっかく中国要人と話すチャンスができたにもかかわらず、それを無視して日本のことを優先してやれなど、子供のような意見ですね。(驚くほどの視野の狭さです。優先順位分からないのでしょうか?)

本当に国益無視です。自分たちが人気がないので、悔しいから腹いせでやっているとしか思えません。(だとしたら国会議員とは思えません、ほんと子供のようです)外交しない野党は気楽でいいです。

しかし、国益無視で野党がこんなことしていて、それこそ戦争にならないか心配ですね(何せ、中国だろとアメリカだろうと関係ナシに、自分たちの方を優先しろと力ずくなんですからね、野党は)私は気が小さいものですから、野党がこれでは、どこかの国と戦争になるのではないかと、心配で心配で仕方ありません。

その心配ついでに歴史認識の問題も書きますが、中国だけでなく、韓国も派手なことやってます。(アメリカでまでいってるくらいですから)

日本はこの歴史問題を外交問題にしたくないといっていますが、しかし、前にも書きましたが、これは中国、韓国の対日本用外交政策なのですから、こちらがいくら外交問題にしたくなくても外交問題にしますよね、中国と韓国は。

時期も時期です。そろそろ本腰を入れて、この歴史問題を修正する時が来ているのではないでしょうか。(というか安倍総理でないと修正できないでしょう、この問題は)

とりあえず安倍総理も少し引かれたとのことですが、押したり引いたりして、この歴史問題を決着するようにもっていってもらえないでしょうか。(もう日本政府も、この歴史問題は中国、韓国の外交政策ととらえ、何か対抗策を考えるべきです。アメリカにも何らかの手を打つべきではないでしょうか)

そりゃアメリカなど連合国の一国であり、例のウォー・ギルト・インフォメーションプログラムをつくった首謀国なのですから、なかなか難しいとは思いますが、しかし、誰かがやらないと何時までたっても変わりません。安倍総理には期待しています。

そのような外交は外交として、問題は国内ですね。

あまり、この歴史問題を騒がない方がいいと思います。(何度もいいますが、この歴史問題は中、韓の対日本の外交政策だからです。理由は前に説明したのでここでは書きません)国内のマスコミ各社があまりに過敏に反応し、また、大騒ぎして安倍総理を引き摺り下ろすなどという愚を犯せば、もう日本は立ち直れなくなるのです。

安倍総理が今、総理を辞められたら誰が代わりをやりますか?誰かいるだろうと思うかもしれませんが誰もいません。(今のところはということですが)安倍総理以外の誰がやっても日本は復活しないからです。

それはそうです。まだ安倍総理は自分の使命を果たしていないのです。安倍総理が安倍総理の使命をしっかり果たす前に、他の人に代われば、また前回の二の舞です。日本は混乱を重ねドンドン落ちていくのです。(前回がそうでしたよね、安倍総理が使命を果たす前に総理を辞められてしまったため、総理が一年ごとに代わるようになり、経済は低迷し、共産主義政権まで誕生させてしまったのです。その結果、日本は大変な目に遭いました。その混乱は今も続いています)

もう、何度も同じような話をしても仕方ありませんので、これ以上同じことは書きませんが、安倍総理は大きな使命を持たれている方です。そういう方は、その使命を確実に果たさないと、その国はよくならないのです。中途半端で、その使命を終わらせれば当然その国は中途半端で終わります。

大きな使命を持たれた方が、その使命をしっかり果たすのであれば、その国はよりよい国となるのです。それまでの紆余曲折は当然あります。しかし、それを乗り越えないとよい国にはなりません。(私はそれを何度もいっています。この世には修行で出て来ているのですと、何でも簡単にことが運ぶようなでは修行になりません。簡単にいかないから修行になるのです。だから子供の教育など甘くしていてはいけないのです。少し厳しいくらいがちょうどいいのです。それがその子のために一番なるからです)

マスコミのあり方も考える時が来ているように思います。(そうしないと日本がダメになってしまいますからね)

批判していただくのは結構ですが、ほどほどに願います。その批判が正しいかどうかは分からないのですから。

しかし、はっきりいっておきますが、今の日本でいう左翼思想はもう間違いであると気づいた方がいいでしょう。(あの民主政権時のひどさを忘れないでください)右といわれる思想が神の心に近いのです。(新聞などでいえば、この辺りの人がたくさん読んでる中日新聞は左寄りで、比較的右より〔まとも〕なのが産経新聞ですね)

人それぞれ自分が決めてきた使命があります。それを自分で理解し、その使命をしっかり果たした時に、自分もまたその自分が住む地域もよりよくなります。

自分の使命を自分で気づき、そうしてそれをしっかり果たす。それこそ自分たちが生まれてきた、一番の目的であるのです。

(そういう意味でいえば、私の使命も非常に大きいと思うんですが、安倍総理と違い私の方は多くの人がほとんど無視です。それも困ったものですが、明日座談会があります。法に興味のある方はぜひご参加ください)

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5月 09 2013

神の教えと悪魔の教えの違い

昔、デビルマンという漫画がありましたが、ああいうことは本当に起きているのです。心が地獄に同通すれば、その人の心と同じような心を持った悪魔(地獄霊)が寄ってきて、憑かれてしまうのです。

「あの人を殺せ」とか(悪いことを)「やってしまえ」といわれてやった、などといってる、犯罪を犯した精神異常者と思われる人たちの言動がその典型です。悪魔に憑かれてしまうと、ああいう(私たちから見れば)異常な行動を平気でとってしまうのです。しかし、それは本人たちからしたら、自分だけには観えている悪魔から命令され、そのような悪を犯してしまうのです。悪魔を理解しないと本当に恐ろしいことになるのです。

これは何も精神異常者に限りません。よく当てごとをしたり(オーム真理教の信者がやっていたような)飛んだり跳ねたり、病気治しをしたりして人を集めている、宗教団体の教祖などもほとんどは(というかほぼ全員ですが)神が憑いているのではなく、悪魔が憑いているのです。

神の教えと悪魔の教え、それをしっかり見分けることができないといけないのです。

あのような教祖たちは、一見よさそうなことをしているように見えますが、実際は心の成長には程遠いことをしているのです。(それはすなわち悪魔の所業です、人の心の成長をさせないのですから)

同じようなことをするにせよ、人を成長させるか、それともただ驚くようなことをして、その人を自由にしたいだけなのかで、まったく意味が違ってくるということです。

このように考えますと、巷の宗教団体の教祖や既存の宗教、あるいは行者といわれる人たちが、本当の神の教えを説いていると思われるでしょうか?

「あなたはこのような人ですね」「この時こういうことが起きます」と、その人の言動や予言などして(予言といっても当たる時もあれば外れる時もある、当たるも八卦、当たらぬも八卦クラスです)だからこうしなさいと、いうことを聞かせたり、人にできないような飛んだり跳ねたりして、いうことを聞かせたり、ただお経を上げているだけでお金(布施)をもらっていたり、あるいは滝にうたれたり、きつい肉体行をやってそれで悟ったようなことをいっている人たちなど、すべて正しい教えを説いているわけではないのです。

なぜなら世界中の誰もが知っている救世主(釈尊、キリスト、モーゼ)といわれる方々は誰もそんなことをしていないからです。(もちろん一部はしていますよ、同じようなことをね)

釈尊もキリストもモーゼも、まず、人が救われる道(それは人を成長させる道)をしっかり説かれ、そうして信じられないような奇跡を次々に現されたのです。

このような方々こそ本物の救世主であり、いいことをいっていても口だけだったり、当てごとや人が驚くようなことをして得々としていたり、お経を上げているだけだったり、肉体行をしているだけ(釈尊は肉体行は間違いといわれていますので)の人たちのいうことなど、決して聞いてはならないということです。

なぜなら、そのような人たちは、本当の神の教えを説いているわけではないからです。不思議な現象を仮に起こしても、それは悪魔がやっているからです。本当の神の使いとはやっていることが違っているからです。その違いを理解しないといけないのです。(何度もいいますが一部は同じようなことをしています。しかし、計算式と同じように、途中の計算を一つでも間違えれば、その計算式の答えが間違ってくるのと同様に、本当の神の教えのようであっても、伝えている途中で、どこか一箇所でも違っていれば、その教えは本当の神の教えではなくなります。多くの人はその間違っている部分が分からないのです。だから、皆同じように思ってしまったり、または〔間違いを正しいと信じさせられているので〕自分の信じているものだけが正しいと思い込んでいるのです)

その違いが人の心を成長させるか、させないか、ということであり、桁違いの奇跡を起こせるか、起こせないか、ということなのです。

悪魔の教えは人を救っているようで救わず、奇跡を起こしているようで、実はさほどの奇跡も起きていないということです。(悪魔も異次元にいるのですから、少々の先に起きることなら分かりますし、不思議な力も持っています。しかし、最終的には人を不幸にするのです)

当てごとをして、仮にそれが百パーセント当たったところで、その当てられた人が救われるでしょうか。そのような予言者のような人について、嫌なことを百パーセント回避して、それで自分の心の成長があるのでしょうか?

嫌なことであろうと、それを自分で乗り越えないと心は成長しませんし、驚くようなことをいくらしたところで、やはりそれも心の成長とは無関係です。病気になりそれが治れば、なぜ、そのような病気になったのか、その病気なった原因を伝え、ではどうすればそのような病気になることはないのか、それを教えなければ、その病気が治った人は救われないし、心の成長もありません。まして、釈尊やキリストがやらなかったお経など上げろともいいませんし、肉体行など論外でしょう。

本当の神の教えを説く者は、意味のないことは教えないし、楽なことばかり教えないのです。むしろ茨の道を教えるのです。それがその人を真に救うことになるからです。

これからは神の教えを勉強しなければ、生きられない時代となってきます。悪魔の教えに何時までも惑わされていてはならないのです。

本当の神の教えを理解しなければ、知らず知らずのうちに悪魔の虜にされ、不幸の道を辿ることになります。(そのようになっている人かなりいます)

神の教えと悪魔の教え、その違いを理解しなければならない時が来ているのです。

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