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2015年6月

6月 08 2015

近づけば天国、離れれば地獄

昨日でしたか、一昨日でしたか、私が堀川沿いを歩いていると何か堀川がピカピカ光るのです。

最初私は、太陽の光が堀川に反射して、そうして光っているんだろうと気にも留めずに歩いていましたが、どうも光り方が不自然なのです。

やけにピカピカ光りすぎるのです。

何が光っているんだろうと、よく堀川を見ているとそれは光の反射ではありませんでした。何のことはない、小魚があちこちで跳ねていたのです。その小魚が跳ねた時に、腹の白いうろこの部分が太陽の光に反射してそれが光っていたのです。

しかし、毎度毎度、鳥にせよ、魚にせよ、変わったことをしてくれます。「何だお前らいたのか」と声をかけながら、その光景を見ていました。

こちらが声をかけなくても、魚たちは私が来たことを知っているようです。(すずめたちが騒ぎますので、それで分かるのかもしれませんが)

私がいることが、近くにいる魚から遠くにいる魚まで分かるというのですから不思議なものです。(堀川のいろいろな場所で跳ねていましたので)何でそんなことが分かるのでしょう。魚同士がしゃべっているわけでも何でもないのにです。

こういうことを考えましても、目に見えない不思議な力は存在すると思いますし、その力を味方にするのと敵にするのとでは、自分たちのこの世の生活もまるで違ってくると思います。

ずいぶん、その目に見えない力を敵に回している人が多いようです。まだ、この辺りはサイレンがしていますし、もうどこかの会社など一生懸命です。(このブログをじゃますることにです。なにかじゃましてきますね)

この会社、仕事は力仕事であるはずなのに、最近は会社のこちら側の窓を開けようとしません。(先週など暑い日も多かったのに…熱中症に気を付けてください)

窓を閉めておけば、恐ろしい現象が防げるとでも思っているのでしょうか?そのようなことは全然関係ないのです。(現に閉めていても起きていますし)

心と行い、それのみなのです。(その心と行いが神の心に叶っているのなら、そのような恐ろしい現象は起きないのです)

神の心から遠ければ遠いほど災いは起きやすくなります。もっと神の心に近づかれたらどうでしょう。そうすれば奇跡が起きてくるからです。

しかし、神の心から遠い人が多いのは確かでしょう。それが日本にこのような災いを呼んでいるのです。

こういう災いばかり起きている人たちもダメですが、このブログを見ているだけの人もダメでしょう。

服の色や時間合わせなどしたところで(ゼロではないのでしょうが)それで善行を行っているとはとてもいえないのです。(現に日本で起きている災いは止まらないですし)

お寺や神社などに行けば皆さん何をされますか?

まさか、お寺や神社に行って、服の色を合わせたり、時間を合わせたりしていればそれでいいと思う人はいないはずです。

普通お寺や神社など行けば、お賽銭をあげて手を合わせてお参りくらいされるでしょう。

お蔭が、あるのかないのかよく分からないお寺や神社に行っても、それくらいのことはされるのです。

では、お蔭があると分かっていることに、なぜそれくらいのことが出来ないのですか?(まさか、この法にお蔭がないなどとはもう誰も思わないでしょう。現に私にはお蔭〔奇跡〕が現れっぱなしなんですから)

お賽銭に名前を書いて投げる人もいません。名前など書かなくても、自分がそのような善行を行ったことは、すでに神様は知っていてくださると誰でも知っているからです。

では、それと同じことをされてはどうでしょうか?

お寺や神社に行って、そんなことをされるより、この法に対してそのようなことをされた方がよほど功徳となるからです。

名前など書いても書かなくても、また通称でも偽名でも何でも結構です。(こういう時は偽名を使っても罪になりません。よいことをするのに名前は関係ないからです)皆様方がされることはみな神は知っているからです。

されてはどうでしょうか?この法に対する少しくらいの感謝と報恩の行為をです。

それだけの恩恵は、すでに多くの人はいただいているはずだからです。

では、その分のお返しはして当然のことだと思いますが、それを多くの人がいつまでもしようとしないから、日本は次々に災いが起きているのです。なぜ、それほど頑なに、それくらいのことを拒否しているのですか?(逆にそれが不思議ですね。このブログを読んでいる人が、それほどお金に困っている人ばかりとは思えないからです。お金に余裕がある人が多いのではないかとも思えるからです。お金に余裕がある人の方が出さないんですかね。キリストも「富める者が神の国に入るのは、ラクダが針の穴を通るよりも難しい」といわれているくらいですから)

このブログを読んで知らないことを知り、心を救われた人も多いでしょう。なぜ、それに対し感謝も報恩の行為もされようともしないのですか?まったく、そのようなことをされたわけでもない神社やお寺には、喜んでそのような行いをするのにです。

いつまで、このブログを読んでいる皆さんは勘違いを続けるのでしょう。今のままでは、このブログを読んでいても何の益にもならなというのにです。

なるわけがありません。先ほども書きましたが、法を聞いて、すでにその恩恵はいただいているのに、それに対し感謝も報恩の行為もされないのです。それでは一方でよいことをしていながら、一方で悪いことをしているということになりますから、自分の益になどなるわけがないでしょう。

むしろそれでは罪をつくっていることになります。そのような態度は、釈尊やキリストの話を聞きながら、その一方で泥棒をしていることと同じだからです。

今のままでは、どれだけよい話を聞いても神からは遠いままです。

神の心から遠いようでは、よいことも起きないし、死後よい世界(天国)に往くことも出来ません。

もう少し神の心に近づかれてはどうでしょう。そうすればよいこと(奇跡)も起きてくることになりますし、死後もよい世界に往くことになるからです。

神の心に近づけば天国であり離れれば地獄です。神の心に近づくためには、よい行いをする以外ないのです。

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6月 07 2015

時代の変化

最近は、異常気象はもちろんですが、これまでなら一年に一度、起きるかどうかの大きな事件や事故も次々に起き、そのような事件や事故でも多くの人が亡くなっています。(それも世界的規模でです)

おかしいと思いませんか?

日本での何十人単位で人が亡くなる災害ばかりでなく、外国では、そのような災害に加え、飛行機事故(事件)や客船の事故などでも数百人単位の人が亡くなっているのです。こんなことが立て続けに起きているなど、どう考えてもおかしいのです。

現れる現象が激しくなっています。これこそまさに末法の世から正法の世に時代が変わった証拠でしょう。だから起きてくる現象がこれだけ違っているのです。

これまでなら、こんなに激しい現象がこれだけ続けて現れるなど考えられませんでした。しかし、最近の現象の現れ方は異常なのです。

異常気象は温暖化で説明がつきますが(これも無理やりというか強引なだけのような気がしますが)では、これだけ立て続けに起きている、大きな事件や事故はどう説明するのでしょう。

昔よりも、このような事件や事故に対する規制は強化され、安全面は厳しくなっているはずです。にも関わらず、このような大きな事件や事故が最近は次々に起きているということは、そのような外部の力ではどうすることも出来ない、何かの力がかかってこのようなことが起きているのではないでしょうか?(それとも偶然ですか?偶然で年に一度起きるかどうかの大事件や大事故が、これだけ立て続けに起きるでしょうか?一度や二度の話ではないですからね。もう何度もこのような客船や飛行機の事故は起きています。ここ半年かそこらの間にです)

これは偶然ではないでしょう。目には見えませんが何かの力が働いているのです。

では何の力が働いているのか?ということですが、先ほど私は何かの力がかかっているのではないかと書きましたが逆です。これまではかかっていた力がかからなくなった、そう書いた方が正確であると思います。

つまり昔なら守られていたことが最近は守られなくなった、それだけのことなのです。

簡単な話です。その何かの力とは天の力なのです。

運がよかった、ついていた、それが天の力であり、それがなくなるとこのようなことが起きるのです。

そうではないでしょうか。このような事件や事故は逆にいえば、いつ起きてもおかしくはなかったのです。

大事故を起こした韓国や中国の客船など、これだけ規制が厳しくなっているにも関わらず安全面など二の次ですし、飛行機の事故でも、これまででもあのような精神に異常をきたした操縦士はいたはずです。

しかし、これまではこのような大きな事件や事故は起きなかったのです。(数年に一度くらいはそのような大事件も起きましたが、これだけ立て続けに起きたことはありません)

何で起きなかったのか?これまでは天が多くの人々を守っていたからです。

守護霊や指導霊という霊の話は、皆さん誰でも聞かれたことがあると思いますが、このような(その人を守ったり指導したりする)霊は誰にでもついているのですが、そのような個々の霊とは別に大勢の人を守るという役割は天が担っています。

その天が、多くの人を見放してしまえば(もうこちら〔あの世、実在界〕に戻れということであるならば)その人たちはもう天から守られませんので、そうなると、このような一変で人が亡くなるということも起きるわけです。

では何で、これまで大勢の人を見放すことをしなかった天が見放すようになったのか?それが時代が変わったということなのです。

これまでは末法の世であったがため、少々の悪いことは許されていました。そのような時代であるため仕方がないと、ある程度の悪いことをしていても天もまだこの世での修行を許されていたのです。

しかし、時代が変わればそのようなことは許されません。

すでに正法の世になったのですから、本当の神の心を理解しようとしない人たちには、次々に現象が現れ、もうこの人は神の心を理解出来そうもないと天が判断すれば、あの世に戻されるということも起きるわけです。

それが、最近頻繁に起き出した異常気象であり、大きな事件や事故なのです。

もちろん名古屋で起きている異常現象も同じです。私が現れたからこのようなことが起きだしたのではなく、時代が変わったからこのようなことが起きだしたのです。

もう、神の心から遠い人は許されないのです。そういう時代となったからです。(神から遣わされた人に嫌がらせをしているんですから、そのような人たちは、もっとも神の心から遠い人といっても過言ではありません。ではあの世に引き上げられても文句はいえないでしょう。今の時代で最悪のことをしているからです)

だから私は、くどいほど時代が変わったといっているのであり、時代が変わったからこういことが起きるといっているのです。

ただ、その私のいったことを多くの人が信じないだけです。

時代が変わるなどそんなことがあるわけがないと、勝手に自分たちの小さな考えの中にとどまって、それ以上のことを考えようとしない人が多いのです。

しかし、ではそのような人たちにお聞きしたいです。

この名古屋で起きている現象が私のせいというのであれば、この(日本も含めた)世界中で立て続けに起きている、天変地変はもとより、異常な事件や事故はどうして起きているのですか?とです。

これはただの偶然なのですか?偶然にしては異常な大事件が起きすぎているのではないですか?これだけの大事件がこうも相次いで起きるものなのですか?とです。

なんでもかんでも、偶然だの、たまたまだのいっている人は進歩のない人なのであり、すべてこの世に起きることには原因があるのであり、だから、そのような結果が出ているのです。(それは釈尊も教えています)

時代が変わったから、このような事件や事故が急増し出したのであり、そうであるなら、一刻も早くこの法が出現したことを(日本だけではなく)世界に伝えなければいけないのです。

世界に伝えなければ、また、このような大きな事件や事故は起きるはずだからです。(それは日本も同じですけどね)

ここに書いたことは嘘ですか?適当に後付けのように書いているだけでしょうか?

そうではありませんね。なぜなら、ここに書いていることは、このような大事件が起きるよりも前に、このようなことが起き出しますと書いているからです。先にこのようなことが起きると書いているからです。

私のいうことを無視していて大丈夫でしょうか?

ここに書いたことを無視すればするだけ、恐ろしい現象は現れるのです。

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6月 06 2015

日本の人々の不徳

北海道(上富良野町)で雪が降ったそうですね。(積雪五センチだそうです)

いくら北海道とはいえこの時期に雪が降りますか?(もう夏ですよ)

前に書きましたが、江戸時代の天保の大飢饉(1833~1839年)の時には稲刈りの時期に雪が降ったといわれます。

現在の異常気象は、江戸時代の四大飢饉が起きた時に匹敵するのではないでしょうか。

というより、それ以上ですよね。プラス火山の噴火はある、地震は起きるです。異常気象でも、今年は異常な寒さと大雪から始まり、千葉県でも史上最も遅い積雪を記録し、記録的寒さが続いていると(四月の異常な日照不足もありましたし)思いきや、五月は異常な高温が続き(観測史上最高が続出しました)そうして今月は大雨に雪です。

異常に寒かったと思ったら、異常に暑くなり、また寒くなって激しいカミナリや大雨も降っています。

この極端で激しい天気、一体日本に何が起きているんでしょうか?

これだけ短期間に異常なことが起きているんですから、普通であれば(昔の人であれば)少しは、自分たちにもどこか悪いところがあるのではないかと反省もしたんでしょうが、現在の日本の人々は、そういう反省などまったくしようともせずに(地球温暖化などに)全部責任転嫁しています。

それどころか何かもう異常なことが起きても、逆にこのような状況になれてしまい、そういう時もある、程度で済ましてしまって、それ以上の考えを持たなくなってしまっているような気配さえあります。

これは危険な考えです。

それではもう何を起こしても反省しようとしない人ばかりになり、そうなると天はいよいよ見せしめにどこかの国を潰すということも起きかねません。(そうなると日本が一番やばいです)

世界的に見ても、次々に異常現象が現されているのです。もう少し真剣に今の異常な状況を考えた方がいいのではないでしょうか。

昨日でもマレーシアで大きな地震が起きましたが、このようなことを地球温暖化のせいと一括りにはもうできないのではないでしょうか。(地震や火山の噴火は温暖化とは関係ありませんし)

明らかに、世界で起きている現象の異常さが増しているからです。(この前の中国の客船の事故なども含めてです。最近は一変に人がいなくなる、事件や事故が多発しているのです)

これまで、これだけ多くの異常気象や一変に人がいなくなる事件や事故など、集中して起きたことがあったでしょうか?(大雨や大雪、火山の噴火や地震などの異常現象はもちろんですが、中国、韓国の客船の事故やマレーシアの飛行機事故など、次々に多くの人が一変でいなくなる事件が続けて起きています。自然現象にせよ、人が起こす事件にせよ、一変で人がいなくなる同じようなことが集中して起きすぎているのです)

二十世紀の心(末法の心)のままでは二十一世紀は生きられない、これからは一変で人がいなくなる、など、ここに書いた通りのことが日本だけではなく世界で起き始めているのです。

ここに書いていることはもう『予言』といっても差支えないのではないですか?書いた通りのことがすでに何度も起きているからです。

もう末法の心では生きられないのです。正法の心にならなければこの時代、生きることは困難なのです。

ここに書いたことが次々に起きていることや、私と私の周りの人で起きていることのあまりの違いが、私のいっていることの正しさを物語っているのではないでしょうか。

これほど異常なことが起きている世の中にあっても、それでも私の周りでは常に奇跡が起きているのです。

静かな川に私が呼びかけると、一斉に小魚が上がってきたり、魚が飛び跳ねたりするのです。私が歩いているだけで、そこらじゅうの鳥たちが騒ぎ、近くに飛んでくるのです。

これだけの奇跡が起きるのは、釈尊やキリスト、そのような神からの使者が現れた時以来なのではないですか?(誰か起きますか?このようなことがです)

そういう奇跡が起きている者に、嫌がらせをしている人たちがいますが、そのような人たちには災いが起きているのです。

これもまた、その者が神からの使者の証拠なのではないでしょうか。普通の人に嫌がらせをしたくらいで、そのような災いは現れないからです。

これだけのことが起きているのですから、そうであるなら、これだけのことが起きている者のいうことは聞いた方がいいのではないでしょうか?その者のいう通りのことが何度も起きているからです。

普通であれば、こういうことが起きている者に嫌がらせなどもってのほかなのですが、日本の人たちは未だ、その者のいうことを聞こうともせず、嫌がらせをやめようともしません。やっていることが危なすぎませんか?

日本の人々は、あまりに危ないことをやり続けているのですが(それで不幸になっている人はたくさんいますが)「唯物無神論」という間違った思想が芯まで入っているのでしょう。

その思想がなかなか抜けないため、その者を神の使者とは認めず、ぞんざいに扱ってもどうということはないと思っているのです。

これほどの現象が現れていてもです。

それでもそのような現実を認めようとしないのです。心の奥にまだ「唯物無神論」という神を軽く見る心が残っているからです。(だから、神からの使者も軽く見てしまうのです。神の存在を認めないからです)

しかし、本物の神の使者が現れた時には、そのような人をぞんざいに扱ってはいけないのです。それは自分たちだけではなく、自分たちの国が、そうして世界中の国が不幸になるからです。

そのような世界を救うという大きな使命が、その人にはあるからです。(それは釈尊やキリストを知ってもらえれば分かると思います。釈尊やキリストが説かれた法〔正法、福音〕が世界を救ったのです)

認めたくはないのでしょうが、認めざるを得ないのではないでしょうか。起きていることがあまりに違うからです。

日本の人々が、神の使者を神の使者と認めようとしないため、世界中が不幸になるつつあります。

いい加減、いま起きている(世界的な)異常現象に真剣に目を向けてはどうでしょう。この異常現象は、すべて日本の人々が神からの使者を認めようとせず、無視している結果起きていることなのですから。

現在世界中で起きている災いは、日本の人々の不徳の致すところ以外の何ものでもないのですから。

それに気づいた人から始められてどうでしょう。そうしなければ世界を救うことは出来ないからです。

(もうここに書いていることは笑い事ではないと思うんですが。最近はあまりに起きていることが異様であるからです)

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6月 05 2015

傲慢(ごうまん)

あの、あちこちの寺や神社に油をまいた犯人は、ある宗教団体の創立者であったそうですが、そういうおかしな人が創立者の宗教団体でも、百人くらいの信者が集まっているそうです。

オウム真理教の後継団体にも人が集まるくらいですから、神と名のつくものに集まってくる人は多いようです。

しかし、そのような偽の神を信仰しているところには人はよく集まるのに、何で本物の神の教えを説いているところには集まらないのでしょう。協力してくれる人もごくわずかです。

協力どころかじゃまする人がほとんどというのですから、それは天罰も下るでしょう。

どこかの会社も凄まじいことが起きているようですが(次々に何か起きているようですが)それでも態度を変えようとしません。

神を畏れる心も謙虚さもないようです。本当に恐ろしいことです。(この人たちが死んだ後、どういう世界に堕ちて行かなければいけないか、考えただけでもゾッとします)

しかし、それはこの会社だけではないでしょう。そのような傲慢な人が多いようです。何しろ自分が悪いと分かってきても、それをしっかり認める人もいなければ、それで私に「悪いことをした」と思う人もいないようだからです。

誰一人私に謝ろうとしない、それが神も畏れなければ謙虚さもない、傲慢な人たちが多い何よりの証拠でしょう。

それでは恐ろしい現象が現れても当然ではないでしょうか。その人たちは大変な間違いをしているからです。

人は神に対し畏れを持たなければいけないし、自分が悪かったと分かれば、そのことを反省し迷惑をかけた人に詫びを入れるのは当然のことでしょう。

そういう人として当然のことさえできない(やろうともしない)これを傲慢といわずして、他にどういういい方があるのでしょうか。

こういう人たちを正しい人とはいわないのです。

そのような傲慢な人だから天罰を食らうのですが、その天罰さえ人のせいにしています。これでは救いようがないですね。(苦笑)

一昨日でしたか、私は庄内川に行きました。

川岸をブラブラ歩いているだけでしたが、川のところどころで小魚の集団が顔を出していました。

その日は、あまり川に向かって声をかけたわけではありませんが(昨日は堀川に行きましたが、もうあまり川に声をかけないことにしました。私があまり声をかけると多くの小魚が水面に上がってくるからです。その上がってくる小魚の数が半端ないからです)それでも、私が歩いて行くと、歩いて行く先の川の中から小魚の集団が顔を出していて、少し声をかけただけで嬉しそうに泳ぎ回っていました。

その小魚とは別に少し沖の方では、大きな魚があちこちで跳ねています。私について来ている大きな鯉もいて、その鯉が時々、小魚の向こう側でガボッと顔を出したり、体を出したり、跳ねたりしています。

川の中だけでも、そのような大小の魚にかまわれまくっているのに、川の外では、すずめやツバメ、カラスや鳩、ムクドリ、それにカワセミのような鳥まで私の回りに飛んで来て可愛いものです。(あまり魚ばかり相手をしていると「こっちも見てよ」といわんばかりに鳴きながら飛んで行くのもいます。本当に可愛いものです)

昨日など、私のすぐ横にツバメが下りてきました。(二メートルくらいはなれていたでしょうか)

すずめや鳩ではなくツバメがですよ。ツバメが人がいるすぐ近くの地面まで下りてくるのです。考えられますか?

私は、電線などにとまるツバメは見ますが(それでもツバメを見るのは飛んでいるのがほとんどですが)人のすぐそばに下りて来たツバメは初めてみました。

というか、このくらい近くでツバメをマジマジと見るのは初めてでした。(電線にとまっているツバメでも、四~五メートルは離れていますからね。ツバメの巣なんてあまり見たことないですし)

そのツバメは、私の近くに下りてくると、最初は私の方を見ていましたが、そのうちに地面をつつき始めて何か食べているようでした。

何か、そのようなツバメの姿が可愛らしくて仕方ありませんでした。

こういう愛ある現象が、私の回りにはあふれているのですが、その反面、愛のない現象もまたあふれています。

人がかかわるのと、動物がかかわるのとでは何でこうも違うのか呆れますが(というか、人のあまりの愛のなさに呆れているんですが)その人に愛があるのか、ないのか(多いのか少ないのか)人には分からないようですが、動物たちにはよく分かるようです。

動物でさえ分かることを人間が分からなくて恥ずかしくはありませんか?

また、動物たちでも自分が悪いと思ったら、それなりの態度をとります。(自分が悪かったという態度をです)それなのに、自分が悪いと思っても、それを認めようともせず居直った態度を取り続けていて、それもまた恥ずかしいとは思わないのでしょうか?

動物たちでさえ出来ることが人間に出来ない、これでは天が怒るのも無理のない話でしょう。その天から怒られている人たちが、それに気づこうともせず、責任転嫁して平気でいられるというのですから、先ほどから何度も書いていますように、これほど傲慢な人たちもいないと思うわけです。

普通に愛のある(動物の愛など普通の愛でしかありません。決して人間ほどの深い愛を持っているわけではないのです)動物たちには、天の声がよく聞こえていて人には天の声がまるで聞こえていないようです。

天の声が聞こえない人たちは、それでは動物たちほどの愛も持ち合わせていないということになります。普通の愛の心さえ持っているなら、天の声は聞こえるはずだからです。(動物たちがいい例です)

愛あるところに奇跡は起きます。

なぜ現在の多くの人の周りには奇跡ではなく、災いが起きているのでしょう。

その理由をもう少し真剣に考えられてはどうでしょうか。

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6月 04 2015

異常現象を止めるには

昨日は久しぶりに全国的に雨となったのですが、四国や中国、近畿地方でも梅雨入りしたそうですね。(やはり例年より早かったですね)

しかし、すでに梅雨入りしている九州や北海道は大雨となったようです。

北海道はひどいカミナリ、九州は大雨で土砂崩れまで起こり孤立している集落もあるとか。北海道は地震(釧路で震度5)もありましたし、口永良部島や鹿児島の桜島の噴火などもまだ収まっていません。

火山の噴火に地震、これに大雨が加わるとなるとますます危ないですね。

特に北海道と九州はやばいですね。次々に異常現象が現れています。前から書いていますが、北海道の泊原発と鹿児島の川内原発を早く動かされてはどうでしょう。

そうすれば、この北海道と九州に次々に起きる異常現象も少しは収まると思うからです。

再稼働の議論や原発の賛否の議論など何時でもできます。とりあえず動かしましょう。そうしないと、北海道や九州の異常現象はひどくはなっても収まることはないからです。

なんで原発と異常気象が関係あるのか?という現実しか見ない末法の理論はとりあえずおいておきましょう。(もうこちらは何度も説明していますし)

北海道や九州の被害を、これ以上だしたくないからいっているのです。一刻も早く原発を動かしてください。

また、脱原発の人たちが(順序が逆だのなんだの)四の五のいうようなら、では、その人たちは今の日本の異常気象を止める手立てがあるのですか?(ないでしょうね。自然のことは仕方ないで済ますでしょう)

ないのであれば、とりあえず黙ってください。原発を動かすのであれば、この異常現象も少しは収まると思うからです。

あまり突っ張って頑なに原発を動かすのをじゃますれば、北海道や九州ばかりではなく、それこそ関東にも大地震が起きかねないのです。(茨木のことをお忘れなく)

太陽光や風力発電など、脱原発を進めているところに災いは起きる、私はこのようなことをもう何年も前から何度もこのブログに書いています。

そうして、現にその通りのことが起きているではないですか。(北海道や九州は太陽光、地震の巣といわれる茨木南部は風力発電です)

自然のことは仕方がない、などといっている人たちは、とりあえず黙ってください。私はその自然のコントロールの仕方を知っているからです。(釈尊の正法を知っているなら誰でも分かることなんですけどね。こんなことは)

法を全国にすぐ拡げろといったところで、そんなことはすぐに出来る話ではありません。では、それ以外で、現在の日本に起きている災いを減らせる方法は、とりあえず原発を動かすことです。

それをすれば天の怒りも少しは収まるからです。(原発を発展させる、というのが、日本の一つの使命だからです)

早く原発を動かしてください。それ以外に現在の日本の異常現象を(とりあえずですが)収める手立てはないのです。

(昨日、賛助会員になってくださるという方から連絡をもらいました。こういう人が増えてくることが日本の異常現象を止める一番の方法ではあるのですが。〔苦笑〕)

追伸…年金情報が外部に流出したということで、いま大騒ぎになっていますが、では、これから始まるマイナンバー制は大丈夫なのか、とこれもまた騒ぎになっています。

私は前からいっていますが、マイナンバーも当然流出するでしょう。

それはすでに、そのような制度があるアメリカや韓国など見ても明らかです。最初はよくても必ずどこかで流出はするでしょう。パソコンのウィルスなど、どれだけ巧妙なものが出てくるのか分からないからです。

さて、それでどうされるのですか?それでもされるのですか?流出するのが目に見えているのにです。(いくらマイナンバー制のメリットをいわれても、デメリットは計り知れないのです。私たち一人一人の情報は、少々手間でも統一するよりバラバラの方がいいと思いますが)

マイナンバー制が始まる前に、このようなことが起きたのも、あるいは天の配剤かもしれません。

こういうことが起きた時は、もう一度いまやろうとしていることを反省した方がいいのです。

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