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2015年11月

11月 03 2015

続、過去世の業

今日は悪魔軍団も休みです。多少は静かにブログが書けると思いますが(どこかのマンションがじゃまするかもしれませんが)しかし、昨日も三時過ぎから悪魔軍団はうるさかったです。

急にキレ出してガンガン音を立てる奴がいました。何が起きているのか知りませんが(本当に起きっぱなしですね。〔驚〕)同じことをしていてもその現象は止まりません。

その現象を止めることが出来るのは私だけです。早く心を入れ替え詫びを入れてください。(悪いのはあなたたちの方なのですから)

そうすればその現象はピタリと止まるからです。(こういう現象が起きていること自体、私が正しいことをしている証拠です)

このように私の周りは現象が(奇跡が)起きっぱなしなんですが、昨日の話をもう少し書きましょう。

しかし、もし安倍総理が過去世で軍師などをやっていられたとしたら、今回、安保法案を通されたということもよく分かる話ではあります。

そのような過去世をお持ちなら、ジッとしていては国を守れないという心を強く持っていられると思うからです。

世界中が平和であるならともかく、すぐ近くに(軍事的に)危ない国がいくつもあるのです。このような時に、そのような過去世を持つ方が日本の首相になられたとしたら、それも天の導きでしょう。

そういう過去世をお持ちでない方々は、国をどうやったら守れるのか、その方法を知りません。

そのような、いろいろな勉強をされるのもまたよいことなのではないでしょうか。

それはともかく、昨日書いた三国志時代から五百年ほど前の話です。

秦の始皇帝が史上初の中国統一を成し遂げ、最初の皇帝となります。

その始皇帝の死後、その秦を滅ぼして漢をつくり最初の皇帝となったのが劉邦(りゅうほう)です。(現在日本で使われている漢字は、この漢でつくられたものです。漢でつくられた文字であるから漢字というのです)

この漢の初代皇帝であった劉邦は若い頃は酒色にふけり、それほど能力のある人物には思われていなかったそうです。

しかし、不思議なことに人望だけはあって、飲み屋で酒など飲んでいると自然と人が集まり、その飲み屋が満席になることがよくあったそうです。それに仕事などで失敗しても周りの人たちが劉邦をよく擁護していたそうです。

何か、この男をほってはおけない、一緒にいると楽しい、そのような不思議な魅力が劉邦にはあったようです。(そうして顔の相もまたずいぶんよかったそうです。見る人が見れば天下を取れる、そのような相をしていたそうです)

その後、始皇帝が亡くなって秦に統一された中国がまた乱れ始めるのですが、そのような乱れ始めた中国で(当時は秦ですが)この人望だけはやたらある劉邦が将となって戦をするのですが、百戦して百敗するくらいとにかく戦には弱かったそうです。

その戦にめっぽう弱かった劉邦が、なぜ始皇帝の後の中国を統一し漢として、その皇帝となれたのか、それは劉邦の持っている能力が人とはまったく違っていたからです。

劉邦は、普通の人にない能力を持っていました。その能力が劉邦を皇帝にまで押し上げたのです。

その人にはない能力とは「将の将たる器」なのです。

つまり劉邦は、普通の人よりはるかにでかい度外れた器を持っていたということです。(それを能力というのかどうか知りませんが)

だから、普通の人と同じようなことをしても、そのような人は自分の本当の能力を出せないのです。器が違っているからです。(だから、人と同じような場所で同じような仕事をしていても、大して力を出せないということです。だから戦に負け続けたのです)

このような人物は、その自分の能力が出せるだけの場所に行かないと、その能力は現れてこないのです。

戦に負け続けた劉邦が、自分の能力を発揮し出したのは、その自分の下に多くの力がある人材が集まってきた時でした。(それは自分の人望によってですが)

天才軍師といわれた張良(ちょうりょう)や後に大将軍となる韓信(かんしん)このような才能ある人物が劉邦の下に集まってきた時、そのような力のある人物の力を最大限に引き出し、存分に働かせたのが劉邦であり、そのような力がある人物の多くを使いこなすことが出来る能力が劉邦にはあったということです。(多くの人の上に立って指揮が出来る将軍や、多くの戦略を立てることが出来る軍師といわれるような人物を、使いこなせる能力、それが劉邦にはあったそうです。これが将の将といわれる所以です。もちろん劉邦はこのような能力だけではなく、ずいぶん広い視野も持っていたようです。だから、優秀な人材がよく分かったのです)

その将の将といわれる能力を存分に発揮して、劉邦は宿敵項羽(こうう)を打ち倒し、漢をつくって中国統一を成し遂げるのですが、その劉邦の妻がまた(下手すれば劉邦以上に)有名なのです。(ただし、よい方ではなく悪い方ではなのですが)

劉邦の妻、皇太后は「中国三大悪女」の一人といわれています。(最悪ですね。後の二人は唐の武則天とこれまた有名な清の西太后です)

皇太后は、劉邦が生きていた時まではよかったのですが、劉邦の死後、多くの悪行を行ったからです。

その中でも特に有名な悪行が、あの劉邦の側室であった戚(せき)夫人を人豚にしたことです。

戚夫人は劉邦が晩年一番愛した女性でした。(だから、どちらかというとあの子、愛人みたいな顔をしています。〔笑〕)

それを根に持っていた皇太后は劉邦が亡くなると、その戚夫人を殺すだけでは飽き足らず、両手両足を切り落とし、目をくりぬいて、耳も聞こえなくし声も出せなくさせて、便所で飼うということをしたのです。(当時の中国では便所の下を広くして、そこで豚を飼い、人の大便を豚の餌にしていたのです。その豚と同じ場所にそのような戚夫人を押し込め、そこで生活させたのです。考えただけでゾッとします)

このような残酷な皇太后が、もし現世に出てきていたら、それはそれは凄い悪女となっているだろうと想像できますが、そうでもないのです。

その皇太后の悪行は二千数百年も前の話ですし、皇太后はこのような悪いことばかりしていたわけではありません。

皇太后は劉邦に嫁いだばかりの頃は、家のことから子育て、そうして畑仕事までよくこなしたといわれています。そうして、劉邦が皇帝になるまでの苦労はもちろん、皇帝になった後の劉邦にもよく尽くしたのです。

しかし、劉邦の死後、皇太后はおかしくなったのです。それまでの不平不満や嫉妬や欲などが心にはたくさん詰まっていたのでしょう。

そのような心が皇太后を悪女にしますが、皇太后は死後、地獄でよくそのことを反省し、そうして天上界に昇って、そこからこの現象界(この世)に出てくるのですから、その当時のことをそのままするわけではありません。

だからこの世に出て来て悪女となるとは限らないのです。むしろ、よく出来る女になる確率の方が高いのです。(元々そちらの能力の方が高いからです。善に強い人は悪にも強いといわれますが、普通以上によい人は普通以上に悪くもなるということです)

しかし、もし皇太后がこの世に出てきていて、そのような出来る女になっていたとしても、その過去世の業がすべてよくなっている、そのような心がまったく直っているというわけではないのです。

多かれ少なかれ、必ず、そのような悪心は残っているのです。

その底意地の悪い(しかも非常にです)その心をしっかり反省しないといけないのに、それがまるで出来ないようです。(それでは失敗ですね)

別の子も、あのグループを卒業するというので、これは家事育児などの勉強をするため、嫁に行くための準備かと思っていたら、また(歌とか踊りとか)同じようなことをしたいというようなことをいっています。

それでは本当の心の勉強にはなりませんね。(苦笑)

皆さん、ずいぶん遠回りが好きなようですが、誰でもいろいろな過去世があります。その過去世ともども反省出来る、そのような修業をしないといけないのです。

(それは自分の一番悪いところを一番直す、ということです)

追伸…私はどうも一番人気のあるグループの子たちとは縁が薄いようです。(残念です)

しかし、私はどこかの国のように過去の歴史など気にしません。未来志向です。(笑)

今生、そのような子たちと縁が持てるなら、大いにそちらも広めていきたいと思います。だってその方がよく法が拡がるからです。

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11月 02 2015

過去世の業

昨日のNHKの花燃ゆでも時代が変わっていても、それが理解出来ない人たちがたくさんいる場面をやっていましたが、現代も同じでしょう。

すでに時代が変わっているのに、それがまったく理解できず、一昔前の唯物無神論の考えのままに起きて来る激しい現象を全部責任転嫁している、時代が変わったことを理解出来ない人たちは、いつの時代でも多いようです。

もう自分の心が現象として現れる時代になったのです。

自分の周りに現れる恐ろしい出来事は自分の心を現しています。いつまで責任転嫁を続けるつもりでしょう。それではこの時代、幸せにはなれないのです。(最悪、命を落とします)

マァ、時代遅れの人たちのことはいいのですが、注目の日中韓首脳会談が終わりました。

今日まだ日韓首脳会談がありますが、来年は日本で日中韓の首脳会談が開かれることも決まり、一応はうまくいったのではないでしょうか。

この三国は、昔から仲があまりよくありませんでしたが、それにしても最近の日中韓の不仲ぶりは際立ちます。日本の安倍総理、中国の習近平国家主席、韓国の朴槿恵(ぱくくね)大統領と指導者が変わってから、特にひどくなりました。

何か理由があるのでしょうか?(それぞれの国内事情はあるにせよです)

例えばです。この日中韓の三国を中国の三国志の時代に例えるなら、一番国土が広く人口も多い中国は魏でしょう。

そうして、三国志人気が高い(特に諸葛孔明が人気ナンバーワンの)日本を蜀、韓国を呉としますが、この三国時代の中国は激しい動乱が続いて(つまり非常に三国は仲が悪かったということです)中国の総人口が一千万以下になってしまったそうです。(魏・呉・蜀で戦ばかりしていたからです。だいたい西暦220~280年くらいのことです)

これだけ中国の総人口が減ったのは、その前の秦・漢時代にも、その前の秦や楚などの戦国七雄といわれた国々が、やはり戦に明け暮れた戦国時代にもなかったことなのです。(この頃の中国の総人口はだいたい二千万くらいだといわれていますから)

中国の戦国時代でもやらなかったほどの激しい戦を、この三国志の時代にはやっていたというのですからいやはや凄まじいですね。

先ほど例えばと書きましたが、ではもし、この三国時代に出ていた人々が、現在の日本や中国や韓国に生まれていたとしたら、この三国はどうなるでしょう。(特に、その国の首脳として生まれていたとしたらです)

必要以上に仲が悪くなるでしょう。過去世の業はそう簡単には直すことが出来ないからです。

しかし、仮にそのような時代の人々が、この世に輪廻転生して生まれて来ていたとします。

そうであるなら、そのような人々は、その過去世の業を清算するために生まれて来ているのであり、どれだけ仲の悪くなるような条件が揃っていたとしても、それでも仲良くやれるように努力しなければいけないのです。

そうしなければ自分たちの業は清算できないし、その業が清算できなければ自分たちの使命もしっかり果たすことが出来ないからです。

マァ、過去世の話はともかくです。仲の悪いままでは自分の使命は果たせないということです。

だから、仲良くやりましょうというお話でした。(なんじゃそりゃ。〔笑〕)

追伸…少し冗談半分のような書き方になりましたが、安倍総理が七十年談話を出される前に、なぜ私が諸葛孔明の「出師の表」を例えに出したのかお分かりですか?

ブログの本文に書いたそのようなことも、あるいは起きているのかもしれません。

それはともかく新し時代の文書とはこのようなものです。過去世の業もまじえ、いま行われていることの原因を説くのです。

全世界が唯心有神論になれば(法が拡がればということですが)今なぜこれだけ揉めているのか、その根本の理由も分かり、そうしてだから仲良くしなければいけない(業の清算という修行もありますので)ということも、よく分かってくると思います。

今起きていることは、いまだけの問題ではないのです。(だいたい過去世を引きずっていますので)

そのような問題を深く知るためにも法は必要なのです。

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11月 01 2015

偏った心

昨日は堀川に行ったんですが、私が声をかけると魚がよく跳ねました。

最近は、私が庄内川ばかり行くので堀川の魚たち(いじけてか何か知りませんが。〔笑〕)声をかけてもあまり跳ねなかったんですが、昨日は久しぶりによく跳ねていました。

ずいぶん川面に魚たちが上がってきていたみたいで、あちこちでピチピチ、パチャパチャやっていました。

しかも跳ねている魚たちが、みな十センチ前後のあまり大きくない魚ばかりです。この魚たちはどうも私が春頃から撮っていた(二、三センチくらいだった)あのたくさんいた小魚たちのようでした。

その小魚たちが半年ほどでこれだけ育ち、その姿を私に見せてくれているように跳ねているのです。

「お前らずいぶん大きくなったじゃないか」とかいいながら動画を撮っていました。

川の魚たちとはいえ、それだけ育つとそれはそれで可愛いものです。その小魚だった魚たちが昨日はずいぶん跳ね、また水面に上がってきているようでした。

しかし、これだけたくさんいる魚たちもこれからグッと減ることになります。

今日から十一月ですが、ソロソロこの堀川にもカモメや鵜などがまたたくさん来るからです。

それを考えると、これだけ育ってうれしい反面寂しくもありますね。そのような自然淘汰的な面は必ずあるからです。

これはなにも魚たちばかりではありません。

これからは、あまりに反省が出来ない、我の強い偏った心の人たちはあの世に引き上げられていきます。(これも一つの自然淘汰です)そのような現象が、すでにあちこちで起きているのではないでしょうか。

この辺りもそうですし運転手連中もそうです。それにあちこちの会社の様子も変なのです。(もちろん私が歩いていて散々嫌がらせをされた会社です)妙に静かだったり、やたら怒っていたり、ずいぶん極端なところが多いのです。

もし、そのような会社内で何か恐ろしい現象が起こっているのなら、それは始まりにしかすぎません。悪かったことを反省し、そのような偏った心を直さない限り、その現象は現れ続けるでしょう。(早く反省しないと本当にやばいです)

今のようにアベノミクスでどれだけ手を打っても全然景気がよくならないのも、そのような偏った心が原因なのです。

トリクルダウン(富裕層が豊かになれば、その富が下にも流れて貧困層も豊かになる)理論が今の日本で通用しないのは、あのトリクルダウンは同じグラスを積んで、そうして行うから、あのようにシャンパンは下の杯にまで流れて行くのであって、上に積んであるグラスが大きかったのであれば、そのシャンパンは下にまで流れて行かないのです。

今の日本は、上からシャンパン(富)を流しても、その上にあるグラスが一番大きいのです。(しかもその大きさが並ではありません)それではシャンパンは下にまで流れて行かないでしょう。シャンパンには限りがあるからです。

その上にあるグラス(大会社)を小さくするか、穴をあけるかしない限り、シャンパンは下まで行かないのです。

だから景気がよくならないのです。どれだけ政府が富を流しても大会社が取れるだけ取って、そうしてその富を下に流そうとしないからです。(内部留保が過去最高などというのがそのよい証拠でしょう)

自分のところにためるだけためて、そうして、そのためきれなくなった分だけ下に流しているのですから、その流れてくる富はさほどではありません。それを二番手三番手の会社がまた同じように取れるだけ取ってしまうのですから、その富は下まで行くわけがないのです。

だから私は、大会社の下請けに払う金を値上してあげてはどうですか、といっているのに、トヨタなどまだ値下げしています。話になりませんね。

あの今問題になっているマンションなどの杭打ち偽装の問題でも、元々は資金やら納期やら、あまりに削りすぎているからではないのでしょうか。

あの問題でも、その業界の体質もあるのでしょうが、やはり上の会社があまりに富を独占しなければ、これだけ広く杭打ち偽装の問題が広がりはしなかったのではないでしょうか。

食品偽装もありましたが、これからは、このような偏った心が原因で起こす悪いことは、次々に白日の下のさらされ、その罪を償わなければいけなくなるでしょう。

そうして、この世では罪にならない強欲な行いなどは(先ほどの富の独占などそうですが)天に裁かれ、そのような企業家など、やはりあの世に引き上げられてしまうことになります。

正法の世とは、そのような神の心が大きく現れる時代であるからです。

あまりに偏った心の人は、正法の世にはいられないのです。(正法の心とは中道が基本であるからです)

そのような時代となったのです。これまでの考えを少し改められてはどうなのでしょう。

富がたくさん入ったのなら(自分のところの株主や従業員だけではなく)下の会社にも分配し、いい加減な仕事をしているところは、今のうちにそれを反省し、正しい仕事を行うようにするのです。

そうすれば、予想もつかないよいことがまた起きてくるのです。正法の世とは、そのようなよいことも悪いことも、これまでとは比べ物にならないほど激しい現れ方をする時代であるからです。(それは、これだけサイレンやら死ぬ人やら増えているのがそのよい証拠です。悪い心の人が多いからです。その悪い心が激しく現れているのです。それは天変地変も同じなのです。それを温暖化のせいにしていてはいつまでたっても異常気象は収まらないのです)

愛の心を現せば現すほど奇跡が周りに現れてきます。(それは私を見てもらえれば分かります。このように法を毎日のように伝えているお蔭で毎日のように奇跡が起きているのです)

少し心を中道に戻されてはどうでしょう。偏った心のままでは愛の心も慈悲の心も出て来ないからです。

偏った心のままではもう危なくて仕方がない、すでにそのような時代になっているのです。

(今日はまたずいぶん周りが静かです。どこかのマンションもどうしたのでしょう?一体この辺り何が起きているんでしょうか?〔汗〕)

追伸…今日、朝一度目を覚ましたのですが、すると私の布団の横に父の名刺が落ちていました。

「何でこんなところに親父の名刺が?」と不思議に思ったのですが、その後また寝てしまいました。

すると、父の夢を観たのです。

夢の中で父は私の前にでんと座り笑っていました。

私は手に数百万の手形を持っています。それを父に渡そうとしたのですが「それは母さんに渡しといてくれ」といって笑っていました。

そこで目を覚ましたのですが、その夢の意味は(多分ではありますが)私は生前父に借金をしていました。その借金を返そうとしたのですが、父はそれを受け取らず母に渡してくれといったのです。

私は、今まだ母に厄介になっています。だから父は、その金を母に渡してくれといったのでしょうが、父はそのような思いを今あの世で持っているのだなと思い、そうして、そのような心を持っているのなら父は天上界に行けたのだなと思いました。

そのような愛の心は地獄にいては持てないからです。(地獄にいるなら、それは俺によこせというはずだからです。だいたい地獄にいてあんなに笑っていられるはずがありません)

どうも天上界の父の姿、そうしてその思いを私は落ちていた名刺と夢で教えられたようです。

このように、この法を勉強していると、そのような亡くなった人(今回は父のことでしたが)のことまで教えてもらえます。

次々に奇跡が起き(これもまた奇跡なのでしょうが)気になっている人のことまで教えてもらえる、これ以上よい教えもありませんね。(笑)

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