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2018年10月

10月 21 2018

いつまでも信じようとしない愚かさ

ここ一日~二日は(だから前回のブログを書いてからでしょうか)態度が変わった人が多いですね。

頭を下げてくる人がちょこちょこいますし(堂々とはしませんけどね。私とすれ違いざまにしたり、私が横を向くとしたりです。何でそういう〔よく分からない〕態度を取るのでしょう。目の前でちゃんとするのがいやらしいのでしょうか?これまで散々嫌がらせをしてきた手前です。〔苦笑〕)その反面、凄い怒っている人もいます。

昨日だけでも二、三人の人といいあいのケンカです。(向こうがいきなり嫌がらせをして来たものですから)

しかし、こういうことは初めてですね。これだけ頭を下げてくる人が多いのも、ケンカ腰で来る人が多いのもです。

前回のブログがきいているのかもしれませんが(やっと分かってくれましたか…しかし、これがすぐにまた戻るんですよね。元にです。〔苦笑〕)頭を下げるのはともかくケンカ腰で来るのはやめた方がいいでしょう。

最近、思い出したことなんですけどね。数年前の話ですが、やはり私といいあいのケンカになった人がいたんですが(その時も、今回の人たちと同じように相手が一方的に悪かったんですが…)その人がしばらくしたら急に亡くなったのです。(心筋梗塞でした)

その人は知りあいの人だったので亡くなったのが分かったんですが、その時はたまたまだろうと思いましたが、よく考えてみればです。

私に嫌がらせをしただけでも癌になる人がいるのです。

それなのに、向こうからケンカを売ってきて、それでケンカになったのなら、そのケンカした人たちには一体何が起きるんだろうと思ったら、ちょっとゾッとしました。(その後も辻説法の最中にケンカになった人が何人もいましたが、そのケンカになった人たちとは、その後あったことがないといえばないです。たまたまでしょうか?)

まあ、このブログに何を書いてもです。適当に流しておいてください。(それが出来ないなら読まなきゃいいんだし。〔笑〕)そうしないとあまり根にもち私にケンカなど売ってくると、最悪コロッといくかもしれないからです。(苦笑)

名古屋は民主王国といわれていたところです。そこで左系の考えはいけないなどと書けば、それはケンカ腰で来る人もいるのでしょうが(ずっと、そのような考えで来ている人は多いでしょうから)しかし、左の考えを変えないなら変えないで別にかまいませんが、前回書いたようなことが起きていることは事実なのです。(有名人で左系の人がよく死んでいたり、そういう思想の長のところには天変地変がよく起きたり)

私は事実を書いているだけです。

左の考えを変えないのは結構ですが、それなら悪いことが起きるかもしれませんよ(もうこれまでにもたくさん起きていますよ)とこちらは教えてあげているだけなのですから、それに怒るのではなく(それは筋違いでしょう)そういうことを教えてくれてありがとうと、感謝してください。

それが人として当たり前の行為であるはずだからです。(気づいていなかったことを教えてもらったんだから、ありがとうでしょう)

そういう点でいえばです。本当にこの辺りの人たち(名古屋の人たち)はひねているんですが(いろいろ気づいていなかったことを教えてあげているのに、感謝どころか怒る人の方が断然多いんですから)しかし、名古屋にもし原発などあったらです。

福島のようなことになっていたのは確実でしょうね。なんせ名古屋は、民主王国といわれたくらい左系(共産思想)の人が多いからです。(福島の人も知事が左系の人であったのですから左系の人が多いのではないでしょうか。だから、原発事故など起きたのです。ロシア〔ソ連〕に原発事故が起きたのも共産思想の人が多かったからです。〔園頭先生がそういわれていました〕)

左系の人が多いところには、そういう恐ろしい事件や事故が起きるのです。では、名古屋にこれだけ恐ろしいこと(次々に癌になる)が起きてくるのも道理でしょう。

だって、原発事故が起きると放射能の影響で癌になる人が増えるんですよね。だから、名古屋にも同じことが起きているのです。

同じような考えの人が多いところに、同じことが起きるのは、まったくの道理であるからです。

だから、福島など癌になる人が原発事故で増えたなどといわれますが、実際はそのような心の人たちに神がそういう順序を与えているのです。

それは名古屋を見れば分かります。名古屋など原発事故が起きなくても癌になる人が増えているからです。

では、同じ心の人たちには同じことが起きるというこれほどの証明もないからです。(ただ、名古屋は原発ではなく神の力でそういうことが起きているというのですから〔どれだけ罰当りな人が多いんでしょう〕ほんと怖いです)

こういう現象を見るなら分かるはずです。原発事故などは二次的作用に過ぎないとです。すべて、そこにいる人たちの心にあわせて、そのような現象を神が現すのです。(だから私はいっているのです。激しい天変地変なども、日本の人たちの心が悪いからそうなるのですよとです。心さえ変われば、こういう現象は収まるのです)

それを名古屋の人たちは全部私のせいにしています。ありえませんね。

何度もいいますが名古屋は『左系の考えの人が多い』からそうなるのです。(それが癌になる原因なんですよ。いい加減、理解してください。これだけ例を挙げているのですから)

癌を人のせいにしている暇があるならです。その考え(共産思想)を直しませんか。その方がよほど名古屋に現れている癌の人は減るからです。

信じる信じないは自由ですが、私はこの辺りでは唯一奇跡が起きています。

間違ったことをいっている者に奇跡が現れますか?(釈尊やキリストも次々に奇跡を現しましたが、あの方々は間違ったことをいわれていましたか?)

ここに書いたことが当たっているなら(当たっているんですが)大変なことに気づくことになるんですが、いい加減、分かりませんか。

この教えの重大さがです。

これまでも、ここに書いたことが起きたことは何度もありました。しかし、それをいつまでも信じようとしなかったのはこのブログを見ている人たちなのです。

ここに書いたことを信じなければ、もう恐ろしいことが次々に起きる、そういう時代になっています。(正法の世)

それでもまだここに書いたことを信じませんか。行わないのでしょうか?

それだけ愚かな行為もないのです。

この教えに心を合わせるなら奇跡が起きてきます。いい加減理解してください。

この教え(正法神理)の偉大さをです。

(いつになったらそれが分かるのでしょう。これだけ恐ろしいことが起きているというのにです。本当にこの教えをいつまでも信じない人たちが哀れです)

追伸…この辺りだけではなく、もう他地域でも恐ろしい現象が現れている人がいると思います。(個人的にです)

そういう人たちなど特にそうです。ここに書いていることを頑なに拒否しているから、そういうことが起きてくるのです。(この辺りの人たちもそういう人が多いですから)

本当の神の教えを頑なに拒否すれば必然的に天罰はくだります。

だから、その頑なさを反省し、この教えに従うなら必ず奇跡が起きてきます。

この教えを全面的に信じ従われたらどうでしょう。そうすることが唯一の救われる道であるからです。

(午前中、送信の調子がおかしくてブログが書けませんでした。それでこんな時間に公開することになったんですが、なんか調子狂いますね。〔笑〕)

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10月 19 2018

考えで変わる運命

相変わらずここら辺はずいぶんな怒りようなんですが、どうですかね、他の地域の皆さんはです。

ソロソロ現れ始めていませんか?恐ろしい現象がです。

今年はずいぶん有名人が亡くなっています。こういう状況では他の地域の人たちも危ないでしょう。

最近の有名人は特に左系(共産思想)の人がたくさん亡くなっているようですね。

この前、民主党政権時の影の総理と呼ばれていた人が肺がんで亡くなりましたが、その前は沖縄の知事もそうだし、あの急死した茅ヶ崎市長もやはり左系の人だったようですね。

それ以外で今年亡くなった有名人など調べてみれば案外左系の人は多いのかもしれませんが、その反面、東京オリンピックの組織委員の会長である元総理など、もう末期の癌であったにもかかわらず、あの新薬のオプジーボで奇跡的な回復をしています。(この方は左系の人ではないはずです)

よく調べていないのではっきりしたことは分かりませんが、ただこれだけはいえますね。

どちらにしても、これからは左系の人は危ないということです。

私は前からいっています。共産思想は神の心からもっとも離れた思想であるとです。だから、そういう人が長(知事や市長など)をやっている地域はよく災害が起きますよとです。

これまでもそうなのです。(実際にそのようなところに災害はよく起こっています)しかし、これからは正法の世がドンドン深まって行きます。

ということは、そういう神の心から遠い人たちは、地域だけではなく、これからはそういう心の人、個人個人にもやはり悪いことがドンドン起きだすということになります。(正法の世が深まっていけば当然そうなるでしょう。神の心から遠い人はもう個人的にも悪いことがたくさん起きるのです)

だから、最近は有名人でもそのような人たち(左系の人)が比較的たくさん亡くなり始めたのでしょう。

正法の世が深まり、そのような人たちは時代と心が合わないからです。

だから、名古屋などこれだけ凄まじいことが起きているんではないですか。何しろ名古屋は民主王国といわれていましたから。

それだけ前の民主党を支持している人が多かったということですが、民主政権は左系の政権です。

では、名古屋は左系の人が多いということになります。

そういう心の人が多ければ、それは病気になる人も多いでしょう。何度もいいますが、もう正法の世がドンドン深まっているからです。

正法の世に左系の人は合わないからです。

その自分たちの心が悪いために起きている病気などの災いを、名古屋の人たちはみな私のせいにしている、本当にありえない話です。

名古屋の人たちは因果応報という法則を知らないのでしょうか?(最近の辻説法はそんな話ばかりしていますが)

自分のしたことは必ず自分に返ります。もし私が、人を次々に病気になどしていたら、私自身も病気なってしまいます。

だから、そんなことをするわけがないのであって、私自身がいまだ健康でいることが私が人を病気になどしていない、何よりの証拠なのです。

それにもかかわらず、なぜ名古屋の人たちは、私が人を病気にしているなどと思っているのでしょうか?

それは次のようなことが起きているからです。

私に嫌がらせをした人たちがすぐに病気になるということがよくあるようなのです。

それを見て、お前が人を病気にしていると勘違いしている人も多いようなのですが、それは全然違うのです。

前に高橋先生を呪っていた霊能者が、その呪っている最中にひっくり返ってしまい、逆に高橋先生に助けを求めた、ということを書いたことがありますが、そういうことが起きているだけなのです。

法を説いている心のきれいな者に、そのような(悪い)ことをすると、それがすぐに自分に返るのです。

心のきれいな者は心が鏡のようになっていて、その者に悪いことなどすれば、その悪いことは鏡に反射すように即座に自分に返って来るからです。

つまり、究極の因果応報です。自分のしたことが即座に自分に返って来るのです。

法を説いている人に嫌がらせなどするとそういうことが起きるのです。何か漫画のような話なのですが、しかし、こういうことは本当に起きるのです。

心のきれいな者に悪いことなどすればです。(だから特別、私や高橋先生だけでなく、心がきれいなら誰にでもこういうことは起きるということです)

そのようなことが起きているため、何か、その者が嫌がらせをして来た人を病気にしているかのように見えるのですが、実際は違うのです。

自分がした嫌がらせが自分自身に返って来ているだけなのです。

何で嫌がらせをしたくらいで自分が病気にならないといけないのか、などという人は、では、その人はどれくらい私に救われているのでしょう。これまでの行いはどうなのですか?

まず、それを考えるべきなのです。(私のブログを見てずいぶん心が救われませんでしたか?知らないことを知ったことはなかったでしょうか?そうして、自分のこれまでしてきた行いはどうなのでしょう。そういうものが一変に返って来るのです。法を説いている者に嫌がらせなどすればです)

ブシュと嫌がらせをして走り去っていく運転手連中が、次々に病気になっているのも同じ理由なのであり、自分のしたことが自分に返って来ているだけなのです。

我が強いとか、その人の使命が違いますので、すぐ現象が出る人と、そうでない人がいますが、しかし、これだけはいえるのです。

法を説いている者に嫌がらせなどしている人は、確実に哀れな末路を辿るということです。

法を説いている人に嫌がらせをしているということは、神に嫌がらせをしていることと同じだからです。(だから名古屋の人たちなど、自分たちの心が悪いのと〔左系で〕法を説いている者に感謝もせずに嫌がらせをしているのと両方で、これだけボロボロになっているということです。すべて、自分たちの行いが悪いからこうなっているのです。それを私のせいにするのは、ほんとやめてもらえませんか?)

これからは、その法(正法神理)が一番大切になってくるのです。(これまでもそうだったんですが、これからはより重要になってくるということです)

もうこれまでのような末法の心では通用しないからです。そういう時代が来ているのです。

そういう自覚が多くの人にないのです。だから、これだけの不幸が日本中に起きているのです。(激しい天変地変に多死社会、次々に病気になるなど)

自分たちの考え方が通用していない(時代に合っていない)と誰も気づいていないからです。

自分たちの考え方が正しいのであれば、これだけの悪いことは起きてきません。いい加減、気づくことです。

自分たちの考え方が間違っているとです。

そうして、それに気づいたのなら、では、どんな考え方が正しいのかとよく考えることです。

その答えはすぐに出てくるからです。(これだけ奇跡が起きる教えがあるのですから、すでに答えは出ているでしょう)

そのように考え方を変えるなら、いくらでも自分の運命はよくなっていくのです。

今、大きな時代の変わり目が来ているのですが、まだそのことに多くの人は気づいていません。

しかし、それに気づいて心を変えない限り、自分の運命はよくなっていきません。(いつ不幸が訪れるか知れないのです)

この法の(正法神理の)大事さがまだ分かりませんか?

それが分かってこない限り、運命がよくなることはないのです。

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10月 18 2018

続、親が与える子供への影響

同じく正法誌1983年、二月号より抜粋。

<「先生、そりゃ、主人がこっちの手前の手の届くところを流れていたら主人から先に、子供がこっちの手前を流れていたら子供から先に助けます」

そうしたら、その人を案内してきた五十くらいの女の人が、

「婆さん、婆さん」とその人の膝を叩いて、

「先生がいっていられるのは、そういう答えをきこうとしていられるのではなくて、婆さんは、自分のご主人と、その息子さんと、どっちが可愛いかったかということをきいていられるんですよ。ね、先生」といわれた。

「ああ、あなたなかなか勘がいいですね。そうなんですよ婆さん」といったら、

「ええ、そりゃもう私は主人より息子の方がよっぽどかわゆうございました。その子が生まれた時、ああこれでもう養子しなければならないという因縁も切れた。この子がこの家を継いでくれるんだ。これでお家は安泰だ。主人は養子でしたし『あんた働け、あんたが働かんとこの子はいい学校に出すこともできん』といって、私は主人を下男みたいに考えとりました。その主人が早く亡くなって私は腹が立って、毎晩毎晩お仏壇の前に座って『子供ばっかしつくって、難儀は私に残してなんちゅうことな』と怒ってばかりいたんです。それがいけなかったんですか」

「そうなんです。この世界には法則というものがあって、立てるべき親を親として立てない。主人として夫として立てるべきものを立てないと、子供の運命が立たないということになってくるんです。だから、主人のことで苦労しているという女の人は、自分は親に対して親孝行であったかということを反省しなければならないし、子供が一人前になっても仕事もせずぶらぶらして、一向に一人立ち出来ないという場合は、自分が夫を夫して立てていなかったのではないか、ということを反省しなければいけないのです。

今までは原因が分からずに、ただ運が悪いと思ってこられたわけで、これでもう原因が分かったんですから、今夜は家に帰られたらお仏壇の前に座って『お父さん、私は今まであなたを下男みたいに思ってきて申し訳ありませんでした。息子が悪いのは、私があなたを立ててこなかったからだと教えてもらいました。あなたが生きていられるうちも、また死んでしまわれてからも、私はあなたに文句ばかりいってきて、少しもあなたを立てることをしませんでした。どうか私の不心得を許してください』と立っていられるご主人の前にひざまずくような気持ちでそういって、そういったら今度は大阪にいる息子さんの方に向かって『息子よ許してくれ、今まであんたが運が悪い、運が悪いと、あんたがしっかりせんからじゃと不足に思ってきたが、今日は話をきいて、それはお母さんがお父さんを立ててこなかった心の蔭だと教えられました。それで今、お父さんにも謝りました。お母さんの心の待ち方が悪かったばかりに、あなたの運命まで狂わして申し訳ありませんでした。しかし、もう謝ってお母さんは心を入れ替えたから、これからあなたの運もよくなりますよ』という祈りをして金を送りなさい。そうすれば必ずよくなります」といったのであった。

それから二ヶ月してまた草道へ行った。

「先生、ありがとうございました」と出されたのは、その息子さんからの二通の速達であった。

一通は、そのお婆さんが祈りをされてから十五日目の手紙で就職したという知らせで、もう一通は三日前に来たので、それには、よく働くのでと一ヶ月もたたないのに給料を上げてもらった。これだけ給料をもらえればもう嫁をもらってもいいと思うので嫁を探してくださいということが書いてあった。

(中  略)

そういうことがあったんですという話をしたのであった。そうしたらそのお母さんの方が「よく分かりました。私が悪かったんです」といわれた。するとお父さんの方が、

「いや、私も悪かったんです。私は台湾にいて、鹿児島に帰ってきて結婚式をしてまた台湾へ行ったんですが、私は手紙でいったと思っていたんですが、家内には通じていなくて、実は私には小児麻痺の妹がいて、その頃の鹿児島では小児麻痺は業病みたいに考えられていて、そのような人がいる家は汚れた業の深い家だというように思われていました。家内はそういう妹がいるということを知らずに結婚して、結婚してからそのことが分かって、家内は『私は騙されて結婚した。そんなことが分かっていれば結婚しないのだった』と私を怨んだことがあるんです」という話をされた。

子供が四人生まれて、すでにもうご主人は定年退職していられて、もう先が短いという年齢になっているのに、そのお母さんの心の中には「騙されて結婚した」という夫に対する怨みが続いていたのであった。

そうなると夫を愛するということはそっちのけで、子供に、特に後継ぎである一人息子により以上に心をかけるということになる。

その心が子供の心を狂わしてしまうのである。父親を疎外した母と子の心の結びつきを精神分析では「母親固着」というが、母親の心がべったり男の子に向けられると、その子供の身体は大人になっても、精神的には母親に固着して子供っぽくなって、一向に一人前になりきれないのである。

その二十八才の息子が、世間知らずで考え方が子供っぽいのもそのせいであれば、父親に向かって、

「俺は、母ちゃんと一緒に暮らすから、お前は養老院でもどこへでも行け」というのもそうである。そうして一日中、くも膜下出血で判断力の鈍っている父親に、飯も食わせずに質問責めにして困らせる。

これは、母親が父親を憎んでいるその心が子供に移行しているのである。いっているのは実際は息子であるが、それは母親が息子を通じていわせているのである。

形だけは夫婦であっても心のあり方を知らないためにどれだけたくさんの人が不運に泣いているか。

そうした人々の心の糸を解きほぐして、それらの人々に幸福になってもらうのも私の仕事であるが、これから結婚する人たちは、自分で不運を招くことのないように、正しい心のあり方をしてもらわなければならないと思うのである>

ケースは少々違いますが、今回抜粋した園頭先生が指導を行われた体験談の中には二人の奥さんが出てきます。

一人目の奥さん(婆さん)は、夫を夫として立てなかったため、そうして二人目の奥さんは、夫をずっと怨んでいたため、その母の心が子供を狂わせ、そうして、子供に問題が発生したのです。

いま話題になっている女優さんもきっとこのような問題があるはずです。

何しろその方は大女優ですからね。しかし、旦那さんの方は元NHKのプロデューサーとネットを調べると出てくるくらいで、あとはどういう経歴の方か分かりません。格差婚といってもいいでしょう。そうなるといろいろ思いはあるでしょうね。ご夫婦のです。(格差婚がなぜうまくいかないのか?これで理由が分かると思います。妻が夫より上に行こうとするからです。夫を立てず妻が立とうとするからダメなのです。〔格差婚って収入とか、家柄とかが妻の方が上ってことですもんね。そうなるとやるでしょう。そういうことをです〕何度も書いていますが、男女は平等ではありません。ちゃんとした順序があります。その順序を守らないからうまくいかなくなるのです。だから、順序を守っているところは格差婚であろうとなかろうと〔夫を立てるべきところは立てる。もちろん心からですが〕うまく行くと思いますよ)

その間違っている思いを反省すれば、子供の問題は解決するということになります。

親子、夫婦といえども、心のあり方を間違えてはならないのです。

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10月 17 2018

親が与える子供への影響

前回、親離れできない女優さんの子供のことを少し書いたのですが、少々内容は異なりますが、似たような親子の指導を園頭先生がされたことがあります。

その体験談が正法誌に書かれてありますので、それを抜粋しておきましょう。

1983年、二月号より抜粋。

<まず次の問題をみなさんに考えてもらいたい。

父親は十年前電々公社を定年退職、くも膜下出血をして思考力が鈍り、そこひで視力低下、痔を手術、趣味なし、視力がうすいので新聞も読めない。

母親は実に従順そのもの、地味で落ち着いた感じの人。

私が鹿児島出身だというので、二十八才になる一人息子のことで相談に見えた。

上に三人姉がいて、四人目の一番下がその息子である。その息子は、鹿児島県で有名な進学校に優秀な成績で入学したので、その子供がよく出来るというのが自慢であった。ところが高校二年になって急に学力低下、遂についていけなくなって、本人はやめるというのを親が「せめて高校は出なければ」といって、他県の親戚に頼んでそこの高校を卒業。早稲田に行きたいといっていたが不合格。明治大学に入学したが、後もう少しで卒業という時に「作家になる」といって退学して家に帰ってきて、作家になるためには経済力も必要である。ある程度金をためてから書く。それで税理士の資格を取って、資格を取ったらすぐ開業して、二人位使って金儲けをする。といって勉強しているというのであるが、昼はカーテンをしめて、一日中暗いところに座って、外出するのは一ヶ月に一日か二日で、それも本屋へ行ってすぐ帰ってくる。友達は一人もいない。

その息子と三人暮らしであるが、その息子が父親にいろいろ質問する。ところが父親はくも膜下出血の後遺症で頭の回転が鈍いので、さっと答えれない。するとテーブルを叩いて「こんなこと何で分からんのか」と大声で怒鳴る。恐くなってなんとか答えると「これくらいのことが分からんのか」とまた怒鳴る。朝飯も、昼飯も食べずに蜿蜒と六法全書を持ってきて抗議する。それが毎日ほどだというのである。まったく異状である。

そうして、自分の世話をさせるために母親とは一緒に暮らすが、父親には養老院に入れという。

とにかく二時間くらい話が続いた。

家庭裁判所や精神衛生センターに相談に行ったが「そりゃ困りましたな」というだけで何の解決策も示されなかったと。

「その息子さんは、年は二十八になって身体だけは一人前の大人でも、考え方はまだ子供じゃないですか。そんな勉強の仕方で税理士試験が受かるもんですか、第一、もし仮に合格して資格を取って開業しても、誰も来ませんよ。実務を知らないしかも年も若いとあれば誰が頼みに来るもんですか」

といったら「それを私もいうんですが、いうと暴力を振るうのです。先生のいわれるように、考え方がまったく幼稚なんです」と。

一体どうしたら、こういう問題は解決するのであろうか。精神科医なら「すぐに入院させなさい」というのであろうが、こういう人を精神病院に入れると「なぜわしを入れたか」と親を憎むことになる。電気ショックをやったり睡眠薬を多量に飲ませておとなしくさせることは出来ても、それでは人格喪失者になるだけで救いにはならない。

そこで私は次のような体験を話した。

それは昭和二十八年、場所は鹿児島県川内市草道、浜田新一という人があってそこへ行った時である。私が事業に失敗して宗教家になろうと志してまもなくの頃であった。何人かが集まられるというので、集まりを待っている間に私がこういう話をしていた。

それは私が二十一才の時、出征して湖北省の通城というところに行った陣地の中であった。

兵隊さんたちの話は食物の話が多かった。その内に思いを故郷に馳せて、それぞれ自分の妻や子供たちの自慢話が始まる。家にいる時はいがみ合っていたであろう人たちでも、すべてが不自由な戦地へ来てみると、妻のしてくれたすべてのことがなつかしく回想されるのであろう。いつ戦死するかも分からないという身であればすべてを子供に託したいと思うのもまた自然である。

その時、松坂という上等兵さんが「小隊長殿、隊長殿はまだ独身だから分からんでしょうが、自分の妻となると、人から見たらどんな不細工な妻でもきれいに見えるもんです。眼のふちがただれて、眼の廻りが真っ赤になっていても、金縁のメガネをかけているみたいに見えるもんです」といったことを今でも私は忘れられない。それぞれ思いに耐えたように妻や子供たちの話をしていると、話はいつのまにか『ああ、もう一度母のつくった「おはぎ」を食べたいなとか、もう一度母がつくった「お煮しめ」を食べたいな』とか、母への思いを募らせるのが常であった。

その日もそういう話をしている最中だった。ある上等兵さんが、

「黙ってきいとると、みなそれぞれ自分の家内や子供たちの自慢話をするけど、それならその家内と子供と一変に川の中へ落ちたら、どっちから先に助けるか」といった。

ちょうどこういう話をしているところに、子供のことで苦労しているというおばあさんたちが来られたのであった。私は話を続けた。

私も、自分が結婚していて妻と子供とあって、一緒に川に落ちたらどっちから先に助けるだろうかと考えていたが、すーっと答えは出てこなかった。

そうしたら一人がいった。

「あ、俺は子供から先に助ける。子供さえ助けておけば、女は世間には多いからまたもらえばいい」するともう一人はいった。

「俺は家内から先に助ける。家内さえ助けておけば、子供はまたいくらでも生まれる」

人によって、それぞれ愛情の比重の置き方が違うんだなと思って私はきいていたのであったが、そういうことがあったものですといって話をしていたところへこられたその人は「先生、昔の人が持たぬ子は泣かん」といわれたということですが、子供のことでこんなに苦労するくらいだったら、もう子供なんかいない方がよかったと思います。私の子供は上から三人が女の子で結婚していますが、それもあまり夫婦仲がよくないし、私のところは実は養子が五代つづいて主人も養子なんです。

主人は早く死んでしまったんですが、女の子が三人つづけて生まれて、ああまた養子をしなければならんのかと思っているところへ男の子が生まれたんです。この男の子が川内の高校を出て大阪へ働きに行っているんですが、あまり身体が丈夫でないので、一日働いては二・三日休むという調子で、ですから、もらう金では足りないし、毎月毎月、金を送れといってくるんです。仕方がないので送ろうと思っても、そんなに財産があるわけでもないし少しばかりあった田畑を少しずつ売っては金を送ってきましたが、実は昨日もまた「金を送れ」といってきて、もう送る金もなくなってしまいました。思案にあまってこの人に相談したら「それなら丁度いい先生が来ていられるから一緒に行きましょうということでつれてきてもらったんです。どうしたらいいもんでしょうか」という話であった。

戦地での話をしている最中に来られてさっきの話をきいていられたので私はその人にこう質問した。

「あなたはさっきの話をきいていられたでしょうが、あなたはもし、そのご主人が生きていられたとして、そのご主人と、その息子さんと一緒に川に落ちたらどっちから先に助けますか」

その人は、さてといって考え込むでもなく表情ひとつくずさず、いとも合理的に次のようにいわれた>

追伸…ブログは次回に続くのですが、安部総理が来年の十月に消費税を十パーセントに上げる予定と表明されました。

これだけ災害が続いていて、まだ一年もあるというのに、この時点でそういう表明をされるのは正気の沙汰とは思えませんね。(この一年で何が起きてくるのか分からないからです。それにアメリカや中国のこともあり、景気もどうなるか分からないし)

まあ、予定は未定です。

これだけ増税される総理ではまたどんな罰が当たるかしれないからです。

(消費税を二度も上げた総理など初でしょう。これもまた災害級ですね…だいたい、消費税を上げる理由をもう少し議論されてはどうでしょう。財源不足とか何とかいっていますが〔赤字国債1000兆円ですか。これってそんなにあせって返さないといけないものなんですか?だいたい返さないといけないの?政府が子会社の日銀にです???〕財源はまったく問題ないといっている専門家もたくさんいるのだし、それに消費税を上げても景気が悪くなったら意味がありません。〔消費税を上げて景気がよくなったことないんですよね〕景気がよくなって税収が増えないとその赤字国債も減らないのです。では、先にしっかりした景気対策をしないといけないのではないですか。やっていることが逆なんじゃないでしょうか)

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10月 14 2018

正しい教育

三日、四日前の話です。

赤ちゃんを抱いた若いオバちゃんがこちらに歩いてきて、やはりザッとか足をすらせて私に嫌がらせをしていきました。

それで私が「あんた俺のブログを読んで、その赤ん坊を育てる参考にはならなかったのか?」と後ろから声をかけました。

すると、そのオバちゃんは歩いていきながらビクッとしています。

それで「俺のブログを読めば、子育ての参考になることも書いてあるのに、感謝もせずに嫌がらせをするのか。それで悪いことが起きたら俺のせいか。じゃあ自分の行いは」と続けていうと、急に早足になり逃げていくのです。

こちらはこういう人たちばかりなのです。

都合が悪くなると、逃げ出すか、とぼけるか、居直ってよけい怒るか、無視するかのどれかで(数人の小学生を除いて)私に素直に謝った人はいません。

自分が間違っていると分かっても、こういう態度しか取らないのです。これでよいことが起きてくると思いますか?

他の地域の皆さんはです。

こういう態度を取っていて、よいことが起きてくるわけがないのです。だから、この辺りの人たちと同じ態度だけは取ってほしくはないのです。

私のブログを見ている人たちは皆、同じような態度しか取らないからです。

私は、高橋先生や園頭先生のご著書など読んで(神や仏、あの世のことが分かったのはもちろんですが)人生においても大変参考になり、心が救われたことも多々ありました。

だから私は、高橋先生や園頭先生に教えてもらったことや、そのご著書をよく抜粋したりもしてこのブログを書いているのですが、私が参考になり救われたのですから、では、その救われたことを書いているこのブログを読めば、同じように救われる人はいるはずです。

しかし、ウナッシーさんなど数人の人を除いて、それ以外の人からは一言のお礼もなしです。

先ほど書いたオバちゃんもそうですが、自分が悪いと分かっても、子供を抱いたまま逃げて行くというのですから、では、この後、その抱いている子供をどう教育していくのでしょう。

このオバちゃんは、そういう態度を私に取るということは、普段からそういう態度を取っているのです。

自分がそういう態度を取っているのに、子供だからと口だけで「悪いことはするな」とか「自分が悪いと分かったら素直に謝りなさい」とかいっていたところで、そのいっている母親が、そういうことが出来ないのですから、そのような心のない口だけの言葉に子供が(心から)従うはずがありません。

結局、自分のことがしっかり出来ない母親は子育てもしっかり出来ないということです。

今の母親は子育てを知らない人が多く(どこかの女優などその典型でしょう。〔子供が麻薬をやめられないとニュースになっていましたが〕まったく世間とは常識がずれていて子供をペットのようにしか扱っていないのです。子供はペットではありません。〔ペットは餌さえ与えて、犬ならおすわりだのお手だの教えて後はほっとけばそれでよいのですが〕ちゃんとした教育をしないとまともな人間にはならないのです。その子供への教育がまるで出来ていなかったということです。園頭先生が、物はつくりなおしが出来るが子供はつくりなおしが出来ない、だから子供の教育は大切なのですと常々いわれていましたが〔だから園頭先生は専業主婦を勧めていられたのです。仕事などしながら子供をしっかり母親が教育できるのかということでです〕あのように四十を越えても親離れできない子供を見ると本当にそう思います)それに加えて、正しい行いもしっかり出来ないのです。

それでは、子供への家庭教育もしっかり出来るわけもなく、それが、今のような混迷した世の中をより一層混迷させているということでしょう。

大人から子供まで、人としての正しい態度を取ろうとしないからです。(子供の場合は、しっかり教育がされていないため出来ないということですが)

だから、この辺りなど大人から子供まで同じように罰が当たっているのです。大人と同じくらい子供も心が汚れているからです。(大人も子供も同じくらい心が汚れているのなら、大人も子供も同じくらいの罰が当たります。〔罰当りなことをすればです〕しかし、大人の心が汚いというのならまだ話も分かりますが、子供の心まで同じように汚いとは、その子供というより、そういう子供の親は一体どういう教育をしているのでしょう)

小さな時の教育は、大人になってからも、その人に影響を与えるのです。

だから、子供の教育はしっかりしないといけないのですが、その前にまず、自分のことをしっかりやってほしいものです。

その自分への教育がしっかり出来ていないと、子供への教育などとても出来ないからです。

(自分への教育が出来ていない人があまりにこの辺りは多いのです。〔それが不幸の原因です〕他の地域の人たちも同じなのですか?〔立派なのは口だけですか?〕それでは不幸にしかならないのです。正しい行い〔例えば恩は恩で返す〕それが自分を救うのです)

追伸…だから、あの女優さんの子供などをです。(四十すぎても麻薬をやめられない)

もし、更生させたいのであれば、その子供に何をいっても今はダメなのです。

まずその子を育てた親の心が変わらないと、その子供は変われないからです。その子供にはいまだ親の教育(心)の影響が残っているからです。(というか、死ぬまで親の教育の影響は残ります。三つ子の魂百までというのは本当であるからです)

だから、その子供を変えたいのであれば、親がその時の子供への教育の間違いを深く反省しないといけないのです。

そうして、その反省をしっかりしたのなら、自分たちの子育ての間違いを神に詫び、そうして一心に神に祈って(どうぞ私たちを正しくお導きくださいとです)改めて、子育てをしなおすことです。(その年の子供に対しての子育ての仕方はいろいろありますが、もう一切お前の面倒はみないと突き放すのもよいですし、とことんその息子と腹を割って話すのもいいでしょう。その親子の関係でやり方は違ってきますが、神に祈った後ならば神が正しく導いてくださるのです)

そうすれば、あの女優親子は正しい親子の関係に戻れますが、それをしないと(先ほど書いたような口だけではなく心まで変わらないと)正しい親子関係にはなれず、子供もダメになっていくでしょう。(だから、あの女優さんは子育てを失敗したということです)

簡単に書けばこういうことになりますが、しかし、こういうことも、この教えを知らないと出来ません。

本当に恩知らずな人たちが多いと、不幸な人が増えていく一方であるということです。

この辺りの人たちと同じ恩知らずなまねだけは、他の地域の人たちにはやってほしくはないものです。

同じことをすれば、同じような悲惨なことが起きてくるからです。

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