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2018年12月

12月 03 2018

光の天使

しかし、先週の土曜日の堀川にはちょっと驚きましたね。この時期にあんなこと起きたことがないからです。

たしかに初夏から秋ぐらいまでなら、そういうことも起きますが、まさかカモメが飛び回っている冬にまで、一斉に魚が水面まで上がってきてあちこちで跳ね回っているなど考えられますか?(だいたい、冬は魚は底の方にいて静かにしているはずなのにです。この前など、そういう習性のある鯉まで水面に出てきてバシャバシャやっていました)

しかし、そのような奇跡が目の前で起きているのです。

不思議なことが次々に起きてきますが(この辺りで起きているいろいろなことも含めてです)いよいよこの教えを(世界中に)拡げなければいけない、そういう時が来ているのかもしれません。

だから、魚まで命がけで、そんなありえないことをしているのでしょう。

そう考えなければどう考えてもおかしいからです。最近など特に起きていることがです。

ここ数年おき続けた天変地変など、もう息つく暇なく起きていたのに、最近は急に起きなくなり、この辺りなど走っている車がドンドン減っていくという異変まで起きだしています。(今日も朝からどこかの会社など大変なお怒りですが…)

災害大国などといわれていた日本の災害が止まり、今度は次々に異変が起きだした。

つまり日本は災害大国などではなく、神の意志に逆らっているから、このようなおかしなことばかりが続いているのであり、早くそれに気づかなければいけないのです。

最近、起きていることは、そのことを教えるための数々の異変とも思えるからです。

だから神の意志に従えばいいのです。そうすればおかしな現象は収まってくるからです。

その神の意志に従うとは、この教えに従えばいいのであって、それが都合のいい解釈ではないということは、ここに書いた通りのことが起きているということでも、その事実が分かるのです。

間違ったことを(おかしなことを)いっている者に、書いた通りのことが起きるわけがありませんし、奇跡が起きてくるわけもないからです。

しかし、ここに書いていることが次々に実現し、不思議な奇跡も次々に現れてくるのです。

では、私のいうことをきけという、天の意志がこのブログには現れていると思いますが、それでもまだ、このブログを見ている人たちは私を認めようとはしないのですか。

少しも協力しようとは思わないのでしょうか。

そういう気のない人ばかりではないはずです。心ではやらなければいけないと思っている人たちがいるはずです。

そういう人は、いつまでも自分の心の中の思いと裏腹な態度を取り続けていては、いつまでたってもよくならないのです。

そういう人たちは(私に協力しないといけないと思っている人たちは)自分の本当の使命を果たしていないからです。

自分の大きな使命にまるで気づいていないのです。

どれだけ長い時間、悪いことが起されれば、自分の本当の使命に気づくのでしょう。

日本が(自分たちが)壊れてしまっては(肉体がなくなってしまっては)遅いのです。

まだ分かりませんか?本当の自分自身がです。

このブログを読んで(表面上はともかく)心の中で、ここに書かれたことは正しい、自分もしなければいけない、と(強く)思われる人は、この教えを拡げるため使命を持って生まれてきた光の天使なのです。

だから、そのような思いが心の中に出てくるのです。

いつまでたっても、その(本当の自分の)使命を果たそうとしないからです。

だから、そのような人たちは、その使命を果たすなら(私に協力しこの教えを拡げるなら)心から真の喜びが出てきて、周りに奇跡も現れてくるのです。

そういう人たちは、すでに過去でこの教えを学び、奇跡を現している人たちばかりであるからです。

そういう人たちがたくさんいるのに(特に日本にはです)いつまでたっても、この教えを実践しようとしない、だから多くの災いが現れるのです。

そのような使命のある光の天使たちが、いつまでたっても何もしようとしないからです。それでは神の怒りはなお一層激しくなります。

だから、日本にはこれほどのことが起きているのです。(他国以上の異常現象)

それだけ多くの光の天使たちが(使命のある人たちが)日本には出ているからです。にもかかわらず、その光の天使たちが自分の本当の使命を果たそうとしないからです。

全然、気のない人たちは結構です。(そういう人たちはまだまだ法と縁の深い人たちではないからです…しかし、そのような人たちは残念ではありますが、これからドンドン不幸になっていきます。そういう時代になっているからです)しかし、心の中がモヤモヤして、どうにもこうにもすっきりしないという人たちは、私に協力してください。

その心の中のモヤモヤは私に協力しない限り取れてこないからです。

またそういう人たちは、それぞれが「世界を変える使命を持ってこの世に生まれてきた光の天使である」ということを自覚しないといけないのです。

追伸…フランスでは激しいデモが行われているそうですね。(というか、ほとんどもう暴動ですが)

燃料税引き上げなどに抗議するデモだそうですが、日本も同じようなことが行われようとしています。(消費税の引き上げ。それだけではなくフランスのマクロン大統領と安部総理は政策もよく似ているとか)

同じような政策を行えば同じようなことが起きてきます。もう少し日本政府は他国のことを他山の石としてもらいたいものです。

他国がしている間違った政策を同じようにしようとしている部分が多々あるからです。

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12月 02 2018

正法神理の有難さ

最近は引いている人がずいぶん増えているんですが(二、三日前に金山に行きましたが、金山でもそうでした。皆ずいぶん引いていました)しかし、そのような中でやたら怒っている人もいます。

何でそんなに怒っているのか(それだけ自分の周りに悪いことが起きているのか)それは知りませんが、一方的に私に怒ってくるのもお門違いでしょう。

だって、条件は同じであるからです。

同じでしょう。同じところで同じような生活をしているのですから。特別、私が安全な場所にいるわけではありません。

私もいつおかしな病気をするか分からないのです。(病気に場所は関係ありませんが)それどころか、私は(この辺りの)そこらじゅうの人から嫌われています。

だから、一番危ない生活をしているのは私なのです。

それなのに(私より)よほど安全な生活をしているはずの周りの人たちがずいぶんテンパっています。

なぜですか?よほど恐ろしいことでも起きているんでしょうか?などというとぼけたことを書くのも時間の無駄ですね。

それだけ恐ろしいのなら早くこの教えに帰依されることです。そうすれば安らぎの境地がえられるからです。

ウナッシーさんのコメントにも書きましたが(ウナッシーさんも気づいているようですが)もう自分の心に素直になってはどうでしょう。

この正法神理の有難さはすでに多くの人がお分かりであると思うからです。

それにもかかわらず、なぜいまだ突っ張っているのですか?まるで子供のようですね。(ピー・パップ・ハイスクールですか?ちょっと古いですね。今なら「今日から俺は」ですか?〔笑〕)

多くの人が、いつまでも突っ張り続けているのは、これまでのやり方を変えることが出来ないからでしょう?

ただ、それだけのことなのではないでしょうか。

くだらないプライドが、これだけ危ない状況になっても、それでもまだ本当の神の教えに対して、突っ張るという愚かな行為をさせているのです。

無神論の人たちは、これまで神など存在しないと、宗教などやっている人は心の弱い人だと、散々、神や宗教の信者の人たちをバカにした手前、今さら神を認めて、神に頭を下げることなど出来ないということなのでしょう。

これまで信仰をしてきた人たちは、そのしてきた信仰を捨てることが出来ないということなのでしょう。

そうして、この辺りの人たちは、これだけ病気なる人が出ていて、何で今さら自分が悪かったと認めないといけないのかと、自分がよい悪いにかかわらず感情的にそれを認めることが出来ないということなのでしょう。

しかし、どんな都合であれです。もう、これほどのことが(これまで起きたことがないような現象が)次々に現れてきているのです。

いつまでもそのようなことにこだわり、大局を見ようとしなければ不幸にしかなりません。

これまでの(小さな)こだわりは捨てるべきでしょう。そうしない限り、救われる道はついてこないからです。

そのようなことは、みな小さなことではないのかもしれませんが(その人、その人に取ってはです)しかし、この教えを勉強するなら、そのような考えがみな小さな考えであったと分かるのです。

自分たちの小さかった考えは後で分かるのです。それだけ大きな教えであるからです。

この正法神理というものはです。

もうこの教えをやるほかないと、このブログを見ている多くの人たちは分かっているはずです。

では、その心に(いい加減)従ってはどうでしょう。それが唯一の(本当に)救われていく道であるからです。

無神論の人たちも、間違った教えを信仰している人たちも、この辺りの人たちも、心の面から見たら、みな似たようなものなのです。

大して変わらないのです。

迷える衆生という点では同じであるからです。

どれだけ表面上はよい生活をしていても、心の中では必ず迷いがあるからです。(あるでしょう。ないですか?)

その迷いをなくし、心を進歩向上させるのが、この本当の神の教えである正法神理なのです。

これまで神を認めず、宗教をバカにしていた人たちも、その人たちはただ唯物無神論という教えを信じ、それを信仰していたにすぎないのです。

間違った唯物無神論教という教えを信じて、それを信仰していた哀れな信者にすぎないのです。

間違った信仰をしている人たちと一体何が違うというのでしょうか。

だから、迷うのです。間違った信仰しかしていないからです。(何でも信じ行っていることを信仰というのです。特別、宗教だけを信仰というのではありません。金しか信用しないという人は金の信仰者であり、科学しか信用しないという人は科学の信仰者であり、何も信用しないという人は、何も信用しないということを信仰している信仰者なのです。そういう信仰がみな間違っているから迷うのです)

そうして、この辺りの罪をみな私にかぶせて怒っている人たちもそれはまったく同じでしょう。

いつまでも間違った考えでいるから救われないのです。

正しい考えを(信仰を)持つまでは救われないからです。

私は、昨日もまた不思議なことが起きました。

昨日は堀川に行っていたのですが、堀川沿いを歩いていると最初は静かであったのですが、そこにいるカモメたちに声をかけていたら(お前ら元気か?とかです)そのうちに川面がザワザワしてきて「ン?」と思っていたら、なんと、そこにカモメが数十羽もいるにもかかわらず、そこらじゅうで魚が跳ね出したのです。

考えられますか?

カモメが数十羽も飛んだり、浮かんだりしているその川で、多くの魚たちが水面まで浮かんできて、あちこちでバシャバシャ跳ねているなどということがです。

しかし、昨日はそういうことが本当に起きたのです。(ほんとビデオで撮っておきたかったです。その不思議な場面をです。私がいる間じゅう魚たちは跳ねていました。カモメに一切かまわずです。幸いその魚たちをカモメが捕ることはなかったんですが)

だから私は、同じように堀川の川沿いを歩いていた人たちに声をかけたんですが(歩いてきたオバちゃんたちに「カモメがこんなにいるのに魚がバシャバシャ跳ねてるぜ。オバちゃん凄いことが起きている」とかいってです)しかし、そのような不思議な現象にこの辺りの人たちは無視を決め込み、川を見ようともしません。

それどころか、怒って嫌がらせをしていく人まであるのです。

こういうことをしているようでは救われるわけがないのです。

素直に神の奇跡に感動できない、意固地になって奇跡を奇跡と認めようとしない、なんと小さく哀れな人たちでしょう。

このような現象はもう一生見ることがないかもしれないのにです。(昨日、川沿いを歩いていた人たちは年寄りが多かったですから。この人たち、先も短いでしょうから。〔苦笑〕)

神に対し、正しい考えで正しい行いをするなら、このような奇跡が次々に現れてきます。(これこそ正しい信仰です)そうであるなら、そのような人に災いが現れることはないでしょう。

神の奇跡が次々に現れるということは、神の光が常にその人に降り注いでいるということでもあるからです。

そのような神の光が常に降り注いでいる人は、常に神の守られているということであるからです。

いつまで、心と裏腹な行いをし続けているのですか?これだけ奇跡が起きてくる教えを勉強したくない人がいるわけがないではないですか。(やらない時間がもったいないです)

しかし、この教えを勉強できる時間は限られています。(とりあえず、この世にいる間だけですよ。しっかり勉強できるのはです)

一歩踏み出されたらどうでしょう。そのような行いが、迷いを消し、心を進歩向上させるからです。

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