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2019年5月

5月 30 2019

神の光

また悲惨な事件が起きましたね。あの十九人の死傷者を出した殺傷事件です。

その事件での死傷者は、ほとんどが小学生だというではないですか。あの事件の犯人はなんということをするのでしょう。

血も涙もないとはまさにこのことですが、このような事件を起こした犯人は当然悪魔に憑かれています。

だから、こんな血も涙もない事件が起こせるのです。やっているのは人間ではなく悪魔であるからです。

ちょうど前回、私に頭を下げた小学生のことを書いたんですが、例えば、この小学生がこのような事件に巻き込まれたとします。

するとこの小学生はどうなっていたでしょうか?

想像でしかありませんが、私に頭を下げられる心を持っている小学生なら、仮にこのような事件に巻き込まれていたとしても助かったでしょう。

それは断言できます。

なぜなら、前回書いた小学生は私を知っているのですから、ということは(本当の)神の教えを知っているということになります。そうして、その神の教えに対して感謝しているということにもなります。(だから私に頭を下げられるのだし)

そうなると、この小学生は神の光に覆われているということになりますので(当然そうなります。神の教えを知って感謝しているのなら、それは神に感謝していることになるからです)そうであるなら、悪魔はこの小学生に近寄ることは出来ません。

なぜなら悪魔が一番嫌がるのが神の光であるからです。

では、この小学生が悪魔から危害を加えられることはないでしょう。神の光に覆われている者の近くに悪魔は寄ることが出来ないからです。

つまり、本当の神の教えを知って神に感謝している人には災いは寄って行けないということです。

神の光が、その災いを寄せつけないからです。

だから私は「神に感謝してこの教えを勉強されてはどうですか」といっているのです。そうして「この教えを勉強するなら、災いは止まりますよ」といっているのです。

詳しく説明するなら、このようなことであるからです。

昨日のような殺傷事件は防ぎようがないのです。

殺傷された小学生に、保護者がついていようが誰がついていようが、一瞬の出来事であったのですから(わずか十数秒で犯人は十九人もの人を殺傷させたそうですから)人の力でどうにかなる話ではないからです。

しかし、個々に現れる神の光(それはすなわち神の力)が守ってくれるのなら、これほど有難い話はなく、そういうことが可能になるのが、この教えであるのです。

昨日も怒っている人がそこらじゅうにいましたが、いつまでも意地を張らずこの教えを勉強すればいいのです。

そうすれば(何度もいいますが)災いは起きなく(寄ってこなく)なるからです。

奇跡も神の光に覆われているから起きるのです。神の光が現れてもいない人たちにどうして奇跡が現れるでしょう。

その神の光が現れるか現れないかで、起きてくることも大きく変わってくるということです。

こちらで起きていることは十数人が死傷した程度の話ではないはずです。(本当に最近は道路がすいています。昨日など庄内川の横の道路も一号線も名四(国道二十三号線)もガラガラでした)

そのような事件は確かに悲惨な出来事ではありますが、こちらの人たちはそういう事件に悲しんでいる暇はないのではないでしょうか。

なぜなら、こちらはもう大人子供にかかわらず、もっと悲惨なことが、もっと多くの人たちに起きているはずであるからです。

だからこれだけ道路がすいてきているのであるし、多くの人たちも怒っているのです。それだけ多くの災いがこの辺りには現れているからです。

これだけの事実が目の前に現れているのです。もう現実から目を背けて責任転嫁していても救われることはないでしょう。

自分が悪いから自分に災いが現れているからです。

人のせいで災いが現れるのではありません。自分の心と行いが悪かったから、その人には災いが現れたのです。

その人の心と行いが正しければ、その人は神の光に覆われ奇跡が現れているはずであるからです。

「お前のせいでこうなった」は責任転嫁以外のなにものでもないのです。すべて自分の責任であるからです。

いま現在、これだけ現れている災いから、この辺りの(東海三県の)人たちが救われる道は、もうこの教えを実践する以外にないのです。(もう他の教えでは救われないでしょう。そういう他の教えをしている人たちにも次々に災いが現れているからです。これもまた現実なのです)

何度もいいますが、これだけ災いが現れているのに、その中で奇跡が次々に現れているのは私だけなのです。

ということは、先ほども説明しましたが、私ほど神の光に覆われている者はいないのであり、そうであるなら、この辺りの人たちがみな私のように神の光に覆われるなら、その人に災いが現れてくることはないということになります。

その神の光がその人を守ってくれるからです。

嘘をつく者が神の光に覆われ奇跡が起きるということはありません。単にこの辺りの人たちが、その事実を認めようとしないだけなのです。

事実を認めないで、心も行いも変えないまま行くのであれば、この辺りで起きている多くの災いは、いずれそのような人たちにも現れることになるでしょう。

この辺り、これほどの災いが現れているのです。心も行いも変えないまま、奇跡が現れてもいない人たちに(ということは、神の光に覆われていない人たちに)この辺りで起きている多くの災いが避けて通るとはとても思えないからです。

この辺りで起きている多くの災いから逃れる術は、この教え(正法神理)を実践する以外にありません。

これはまぎれもない事実であるのです。

そのような事実を、いつまでも認めようとしないことこそ(そのような心でいつまでもいることこそ)最大の災いなのです。

その最大の災いを反省しませんか。

それ以外で救われる道はもうないからです。

(早く気づいてください。そのような事実にです。特にこの辺りの人たちは今のままの心でいては非常に危ないのです。それほど多くの災いがこの辺りには現れつつあるからです)

追伸…最近は、少しずつではありますが皇室に対する報道が変わってきましたね。

まだ皇室に対しおかしな記事を書いている週刊誌もありますが、別の週刊誌がそのような記事を批判したり、あるいは女性宮家を否定したりする記事も段々出てきました。(少し前までは皆無だったんではないですか。こういう記事はです)

これも、万世一系という皇統を潰そうとしている人たちを祈っているお蔭でしょう。そのような祈りの効果が段々現れてきているものと思われます。

だから、最近は、こういう(女性宮家を否定したりする)記事も増えてきたのです。

そのように天が導てくださるからです。これも神の力の現れなのです。

正しい祈りはすればするだけ神の光が現れてきます。ガンガン祈りましょう。それも人助けであるからです。

(間違った記事を書いている人を正す祈りをするのですから、人助けでしょう。私も祈っています。皇統を潰そうとしている週刊誌をです。しかし、ちゃんと祈った後には神に対し「神よ、ありがとうございます。神よ、ありがとうございます」というお礼の祈りも忘れないでくださいね。頼むだけ頼んでおいて、お礼もいわないではこれほど礼儀知らずな祈りもないからです…そういう礼儀知らずの人が多いようだからです。このブログを見ている人たちはです。〔苦笑〕)

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5月 28 2019

どちらが得なのか

一昨日でしたっけ、北海道で39・5度という五月としては史上最高の気温を観測しました。

五月の史上最高気温が、なんと北海道で出るなどまさに異常気象ですね。(よりにもよって北海道で出なくてもねえ。〔苦笑〕)

だからいっているのです。布施くらいしないと(徳を積まないと)悪いことしか起きてこないとです。

こう考えるなら現在の日本で災いが起きていない人などいないですね。この数年、これだけの異常現象が起きているのです。皆、何か災いは受けているはずであるからです。(去年の西日本豪雨や殺人猛暑などもそうですが)

早くしないとまだまだ災いは現れてきます。いい加減折れて、神に頭を下げたらどうでしょう。無神論であった、神に不遜な態度を取り続けていた、自分たちが(そういう人たちが)悪かったからです。

しかし、そこが現代の(日本の)人たちの癇に障る(かんにさわる)ところなんでしょう。

日本では神を否定した方が常識人であるみたいに思われているからです。そうして日本で神の存在など信じる人は、自立心のない心の弱い人などとも思われているからです。

そういう(自信過剰の)人たちが、神に(自分たちが否定していた神に)頭を下げる、ありえない話ですね。(苦笑)

しかし、さすがに最近は、そのような考えは大間違いであったと分かる人も出て来たのではないでしょうか。

それほどの異常な現象が出続けているからです。(それについて私もこのブログを通し解説し続けているからです)

昨日もグダグダ怒っている人がたくさんいたのですが(今日も朝から凄いですよ。どこかの会社などです)どれだけ怒ったところで、それで災いが止まるわけではないのです。(怒って止まるくらいなら、もうとっくに災いは止まっています。この辺り怒っている人などわんさといるからです)

まだ分かりませんか。自分たちの態度を変えない限り災いは止まらないとです。

しかし、いつまでも、そんなくだらない態度を取り続けている意味が分かりませんね。

潔く、自分が間違っていた、自分が悪かったと、さっさと反省した方がよほどいいでしょう。そうして、この教えをしっかり勉強するのです。

そうすれば、自分が救われるのはもちろんですが、祈りもきかれるようになり奇跡も現れてくるからです。

そうして自分に危害を加えるような人たちには災いまで現れてきます。

いいこと尽くしなんではないですか。この教えを学べばです。

この教えを深く理解すればするだけ、そのような神の業が次々に現れてくるのです。これほど有難い話もないはずであるからです。

だから、どっちが得なのか少し考えれば分かるはずなんですが、それにもかかわらず、グダグダグダグダくだらないことをし続けてます。

本当にもったいない話です。

あり得ないほど得な道があるのに、自ら率先して不幸な道を進んでいるからです。

よく考えてみてください。この教えを勉強し、それだけ現象が現れてくるということは、それは即ち、自分が段々霊能者に変わっていくということであるのです。

霊能者に興味があるないは別にせよ、少なくとも、何も起きて来ない普通の人より、様々な奇跡が現れてくる霊能者になった方がよほどよい人生を送れるのではないですか。

釈尊やキリストもそうであったからです。(まあ、あの方々は別格ですが)

この教えを勉強している私たちが、どれだけ多くの奇跡が現れているのか、このブログを見ている人たちはみな知っているはずです。

例えば、この正法神理を少し実践するだけで、次々に祈りがきかれるのですよ。

では、仕事など祈りながらするなら、どれだけその仕事が成功するか分からないのです。その祈り方が正しければ正しいだけ、真剣であればあるだけ、よい方、よい方にと神が導いてくださるからです。

そうなれば成功は間違いなしと思うのですが(現にウナッシーさんでも仕事中に奇跡が現れていますから)何でこういうことが分かっているのに、それでもこのブログを見ている皆が皆(ウナッシーさん以外の)この教えに見向きもせず、無視を貫いているのでしょう。

本当に不思議ですね。このブログを見ている人たちの態度はです。

それでは(先ほども書きましたが)自ら率先して不幸の道を進んでいるのと同じであるからです。

だから災いを受けるのです。自ら望んで不幸を受けているからです。

昨日歩いていると、前から自転車に乗って走ってきた小学生がいました。(三~四年生くらいの男の子です)

その小学生は私の顔を見ると頭を下げたようでした。私はよその方を向いていてよく分からなかったので「ン」という顔をして、その小学生の顔を見ると、またその小学生は私に頭を下げたのです。

ほおと思い、私も「オッス」という態度で片手を上げました。そうしてすれ違っていく時に「お前は救われるな」と声をかけました。

するとその小学生はニコッと笑って走って行きました。

本当に久しぶりです。素直に頭を下げる、私に感謝できる小学生とあったのはです。(何日ぶりですかね。たまにいますから。そういう小学生もです。ほとんどの小学生は無視して行くか嫌がらせして行くかのバカ小学生ばかりですが)

中、高生はほとんどいませんが(私に感謝する者などです)しかし、私に感謝することはどんな小さな子でも出来るのです。

つまりどんな小さな子でも本当の神の教えを説いている者は分かるということです。それは次のようなことからでもその事実が分かるのです。

しばらく前の話ですが、やはり歩いていると、前から三人の子供が歩いて来ました。

男の子が一人であとの二人は女の子だったのですが、年でいうなら男の子が十歳くらいで、一人の女の子が八歳前後、そうしてもう一人の女の子が三つ四つくらいだったでしょうか。

わりと顔がよく似ていたので、多分兄弟なのでしょう。

その三人の兄弟が前から歩いて来たのですが、私の近くまでくると上の二人はバタバタ暴れ出して嫌がらせのようなことをしてきました。

「やれやれまたか」と思って「こいつら罰が当たらなければいいが」と思いながら見ていると、何と一番小さな女の子が(だから三つか四つくらいの子がです)私にぺこりと頭を下げたのです。

私は「エッ」と思いました。よりにもよって一番小さな子が一番正しい態度を取ったからです。

それですれ違う時に「自分が一番高いな」といって歩いて行きました。後ろを振り返ると、その一番小さな子が今度は喜んで歩いて行っているようでした。

どんなに小さな子でもその意味は分かるようです。もちろん心が一番高いという意味です。(まあ、心が高い子であるから意味が分かったのかもしれませんが)

普通であるならです。上の二人の兄弟が私のことを悪く思っているのですから(もう態度で分かります)そうであるなら、その一番下の子も私のことを悪く思うのが当たり前でしょう。

上二人が私のことを悪く思っているなら、一番下の子は、その上二人の兄弟の影響をもろに受けるはずであるからです。

しかし、それにもかかわらず、上二人とはまったく違う態度を(逆の態度を)その一番下の女の子は取ったのです。わずか三つか四つくらいの子がです。

私はその時つくづく思いました。年は関係ないなとです。救われる者はどれだけ小さくても救われるし、救われない者はどれだけ年を取っていても救われないとです。

この教えを勉強した方がよほど救われるのです。(そうして得になるようなこともいろいろ起きてきます)しかし、逆らっているのなら、その逆らっている間は死んでも救われないのです。(その逆らった心のまま死んでいくなら、そのまま地獄行きですから)

それなのにいつまでそんな残念な態度を取り続けるのですか。

この教えに従った方がいいということは、小さな子供でも分かることであるからです。

追伸…せっかくアメリカのトランプ大統領が来日されたのですが、交渉事が始まると前門のアメリカ後門の中国といったところでしょうか。(笑)

こういう交渉事もです。それこそ祈ってするとしないでは大きく違ってくるのですが、政府のお歴々がこの教えを知らないことが本当に残念です。

このままではどれだけ日本の国益を損ねるのか分からないからです。(当然アメリカにやられるでしょうから)

正しく祈って交渉をするなら、それこそ、日本にとっても、アメリカにとっても、有益な本当のウィンウィン政策が行えるのです。

祈れば、その交渉を神が正しく導いてくださるからです。(そうすると、両国にとってお互いにプラスになるという奇跡的な交渉が出来るのです。神の力はプラスにしか働かないからです。だから両国にプラスになる交渉が出来るのです。嘘ではなく、お互いに足りない部分を足してくれる、そのような交渉が本当に出来るのです)

早く国のお歴々にもこの教えが伝わることを願ってやみません。そうすれば、日本に起きている不幸もぐっと減って行くからです。

(天変地変だけではなく、政治、経済、教育などに起きている不幸もです)

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5月 26 2019

布施の大事さ

何かメチャメチャ暑いですね。名古屋など連日の三十度超えです。とても五月とは思えませんね。

これだけ暑くては、せっかくたまった宇連ダムの水も(わずか十パーセントくらいだけでしたけどね。たまったのは。あのような大雨が降ってもです)あっという間に蒸発してしまうでしょう。

よりにもよって未曽有の水不足の時に限って、これだけ暑くなるというのですから、これだけ間が悪い話もありません。

本当に悪い方、悪い方へと導かれています。

それはそうでしょう。この辺り、これだけ悪いことが起きているにもかかわらず(トラック、豚、水)誰一人、反省したそぶりもみせません。

お前のせいでこうなった、悪いのはすべてお前、みたいな傲慢な人たちばかりです。

これではいいことが起きてくるわけがない。謙虚に反省する人が出てこない限り、この辺りで起きている(すさまじい)災いは止まらないのです。

ここに書いていることをもう少し真剣に考えたらどうでしょう。これだけのことが起きているからです。

いま起きていることは、夢でも自然現象でもないのです。多くの人々のあまりの不遜な態度がこれほどの現象を現させているのです。(もちろん神によりです)

そのような事実を、いい加減、認めてはどうでしょう。私のいった通りのことがこれだけ起きているからです。

何度もいいますが、このブログを読んでいることに(如来の教えに巡り合えたことに)感謝して布施でもされたらどうでしょう。

そうすれば、このような災いも止まりよいことも起きてくるからです。

布施といえば、またウナッシーさんから布施をいただきました。心より感謝いたします。いつもならお礼はメールでするのですが、今回はブログに書いておきました。

もちろん、このブログを見ている他の人たちへの皮肉を込めてです。(笑)

あまり笑い事でもありませんよね。だって、それをするかしないかでこれだけの違いが現れているからです。

布施をしてくれているウナッシーさんにはちゃんと奇跡が現れているのです。

それに対し、嫌がらせしかしない人たち(または私のいうことを無視し続けている人たち)には、これもまたちゃんと災いが現れています。

しかも、ずいぶんひどい災いが現れているところもあります。(この辺りを筆頭に)

これだけ起きていることが違っているのに、それでも、その事実を無視し続けている。もはや狂っているとしか思えませんね。

それほどの愚かな態度を取り続けている人が多いからです。

だってそうでしょう。何度も書きますが布施してくれている人にはちゃんと奇跡が起きているのです。

では、布施してくれる人が増えたらどうなるのですか?

当然ではありますが、布施してくれる人が増えるのなら起きる奇跡も増えるということになります。

そういう現象が実際に起きているからです。

では、災いはどうなるのでしょうか?

災いが起きている人たちが反省し布施してくれるのなら、その人たちに起きていた災いは奇跡に変わるのですから、その分、災いは減ることになります。

また、災いが起きていない人たちが布施してくれたとしても、それだけ愛の行為をする人が増えるのなら、当然、世に現れる現象も愛ある現象が増えるということになりますから、そうなれば必然的に起きる災いは減るということになります。

つまり、私に布施してくれる人が増えれば増えるだけ、奇跡が現れ、災いは減って行くということです。

別にこれは都合のいい話でも何でもありません。実際にそうなるからそうなると書いているのです。それはやってみれば分かります。

私に布施の行為をするだけで奇跡が現れ災いが減るのです。

こういう事実をいつまでたっても理解しようとしないから私は愚かだといっているのです。

実際そうでしょう。何でよくなる方法がすぐ目の前にあるのに(それも凄く簡単によくなる方法がです)それをいつまでたっても行おうとしないのでしょう。

それをやろうとしないから災いが止まらないのに、そういう自分たちの間違った行いを棚に上げ、いつまでたっても災いを人のせいばかりにしている。

それではよくなるわけがないのです。自分たちの行いをいつまでたっても正さないからです。

まだ分かりませんか?布施することの(愛の行為の)大事さがです。

それだけ布施するという愛の行為は、特に如来の教えを説いている者への布施の行為は、尊く多くの徳を得ることが出来るということです。

だから、別に布施などしなくても如来の教えを実践しただけで奇跡が現れてくるのです。如来の教えの実践は、それほど徳を得る行いもないからです(布施をしなくても奇跡が現れた人はいくらでもいます)

その(それほどの徳を得る行いを説いている)如来の教えを説いている私に布施するのです。

そのような行為ほど尊いものはなく、だから、そのような行いをするだけでも、災いは起きなくなり、奇跡が現れるといっているのです。

それだけ尊い行いをするなら、それだけ多くの徳を得ることになり、それだけ多くの徳を得るなら、当然、災いからは逃れ、奇跡が現れてくるはずだからです。

また、逆にそのような行いを頑なに拒否し続けているから(自分たちは救われているのにです)これだけ多くの災いが現れるのです。

作用、反作用の法則です。

これまで布施したことがある人は多いと思いますが、布施しただけで奇跡が起きますか?

まず、起きませんよね。布施したくらいで奇跡などです。どれだけ高額の布施をしたところでです。

しかし、この教えを実践するなら、それだけで奇跡が起き、それに感謝して報恩の布施の行為を行うなら、さらにたくさんの奇跡が現れるということです。

現実に、そのような人が現れていますし(ウナッシーさん)また、そのような行いを無視し、頑なに自分たちの行いを押し通している人たちには、たくさんの災いが現れているのです。

では、頑なに自分の行いを押し通すより、どう考えても布施した方がいいということになります。

それこそ金の問題ではないのではないでしょうか。自分の行い一つで、自分の運、不運が大きく変わってくるからです。

自分の行いを少し変えるだけでいくらでも奇跡は現れてきます。

それなのに、いつまでそれを行わず、頑なに間違った行いをし続けている。

それほど愚かな行為もないのです。

追伸…昨日、千葉県で震度5の地震が起こりました。

東京も震度4のところがあったそうですが、アメリカのトランプ大統領が来日するその日にこれほどの地震が起きるなど、これもまた間の悪い話です。(昨日トランプ大統領が来日されました)

アメリカ大統領の来日が日本にとって、それほど間が悪いということなのでしょうか。(笑)そんなことはないと思いますが、ハードな交渉もほどほどにしていただきたいものです。(苦笑)

アメリカファーストも大事なことですが(ほどほどの)中道はもっと大事なことであるからです。

現在の日本には本当の神の教えである(古くは釈尊、キリストが説かれた)正法神理が現れています。(それで日本はいま現在、大変なことになっているのですが。〔苦笑〕)この教えはやがてアメリカへも拡がり、世界をも救うことになります。

その正法神理が出ている国をあまりにいじめてしまうと、アメリカにもその反動が現れ、様々な現象も現れてくるからです。

今アメリカは中国との貿易戦争のさなかにあります。

そればかりでなくEU、中東、北朝鮮などなど、やはりアメリカの影響が大きく、世界はアメリカ中心で回っているといえますが、日本には親米と親中派があり、そうして親北みたいな人たちもいて、混とんとしています。

もちろん私は親日ですが(日本人だから当然ですが)この日本を通してアメリカや中国など他国とも調和していきたいと切に願っています。(やがてこの正法神理をそのような国々にも伝えていかなければいけないからです)

しかし、日本にいる親米、親中、親北の人たちは日本をすっ飛ばして(日本の国益を考えず)いきなりの親米、親中、親北みたいな人が多く、そのような人たちは、そのような国々から重宝がられはしますが、使われるだけ使われて、後々は捨てられるということを理解していないのは本当に哀れです。

そんな自分の国をすっ飛ばして(自分のことと)他国のことのためだけに動く人など、どの国の人からも信用されていないということを、その人たちは知らないからです。

まあ、そのような話はいいのですが、とりあえず私は現時点では親米派です。トランプ大統領の今後のご活躍を心から応援しています。

(日本では〔世界でも〕トランプ大統領はいろいろいわれていますが、北朝鮮のミサイルが飛ばなくなり〔もしかすると〕拉致問題も解決の糸口がつかめるかもしれないのですから、その一点だけ見ても〔現時点では〕トランプ大統領に感謝すべきなのではないですか。日本はです。〔中国との問題もありますし〕その後のことは、その後のことで、また臨機応変に対応していくしかありませんよね)

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5月 23 2019

心と災害

もう素直に頭を下げたらどうでしょう。これだけの悪いことが起きているからです。

特にこの辺りの人たちはそうした方がいいでしょう。何しろこの辺りは史上最悪の災いが現れているからです。(車は減り、豚コレラは止まらない、未曽有の水不足は続いているなどなど)

そういう時は昔から(昔ならですね)自分の行いが悪かったと反省し、神に手を合わせて頭を下げ、行いを変えたものです。(もっと謙虚にです)

だから、災いも収まっていったのです。そのような行いが正しかったからです。

しかるにこの辺りの人たちは、災いが起きているのに反省して謙虚になるどころか、その災いを人のせいにしてよけい傲慢になっています。

これでは災いが止まらなくなり、史上最悪の災いまで現れてくるのも致し方ない話でしょう。そのような(傲慢で間違った)行いを皆が皆しているからです。

そのような態度を変えない限り、災いは収まらないのです。

この辺り(東海三県)でこのブログを見ている人たちは感謝して布施くらいされてはどうでしょう。(ずいぶん救われたでしょう。このブログを読んでです)

それくらい謙虚で徳を得る行いもないからです。そうすることが一番の災いを収束させる方法であるからです。

如来の教えなどそうは巡り合えるものではないのです。

そのような稀有な如来の教えに巡り合っているにもかかわらず、まったく感謝もしないで嫌がらせなどし続けているから(愛知の人だけでなく、三重や岐阜の人たちもです)これほどの災いも起きてくるのです。

それだけ(私だけでなく)神に対して傲慢でひどい態度もないからです。

如来の教えなど神の愛が現れてこなければ巡り合えるものではないのです。(それだけ巡り合うことが難しい教え)そのような(特別な)神の愛をいただいているにもかかわらず、まったく神に感謝しようとしない。

如来の教えをさも当たり前のように怒りながら見ている。

これだけ傲慢不遜でひどい態度もないのです。(ほんと何様でしょう。〔苦笑〕)それではひどい現象も現れてくるわけです。

それだけメチャクチャな態度もないからです。(超傲慢だわ、恩を仇で返しているわ、自分たちのひどい態度に対する自覚はないわ、もうやっていることがデタラメです)

しかし、これほどの現象が現されているにもかかわらず、それでもまだ自分たちの傲慢さが分からない。反省する気などサラサラない。悪いのはすべてお前などという態度を取り続けるのであれば、この辺りに起きている災いはもっとひどくなり、さらに悪い結果が現れてくるでしょう。

それはこれまでの歴史が証明しているからです。それを多くの人たちは知らないだけなのです。

これまで災いが止まってきたのはすべて(すべてです)その地域の人たちが反省したからです。

反省したから、その地域に起きていた災いは止まったのです。その反省の心を観て、神が災いを止めたからです。

そういうことを書いても、このブログを見ている人たちはなかなか信じませんが、しかし、私のいっていることの正しさを、それこそ平成の世が証明してくれたのではないでしょうか。

平成の世ほど大きな災いが立て続けに起きた時代はこれまでなかったからです。

なぜ、平成の世はあれほどの災いが現れたのですか?

それは平成の世の誰も、その災いを自分のせいとは思わず、すべて責任転嫁して反省しなかったからです。

だから、平成の世はあれほどの災いが、あれほど立て続けに起きたのです。誰も心を変えようとしなかったからです。

これまでは、起きている大きな災いなど(例えば、地震や台風、大雨や大雪など)時間が過ぎれば止まるとそう思われてきました。

しかし、平成の世はどれだけ時間が過ぎても大きな災いは止まらなかったのです。繰り返し、繰り返し、何度も起きて来たのです。

なぜでしょうか?

なぜ、平成の世はそれまで(明治、大正、昭和、それ以前も)起きていなかったような大きな災いが(小さな災いも含めてですが)いつまでたっても止まらなかったのでしょう。

それは、平成の世の人たちが過去のどの時代の人たちよりも、傲慢で無反省であったからです。

だから、災いが止まらなかったのです。だから、過去、起きたことがないような災いが立て続けに起きたのです。

過去のどの時代の人たちよりも平成の世の人たちは、傲慢不遜であったからです。

そのような災いはすべて人々の心によって起こされていたのです。それを多くの人たちは単に知らなかっただけなのです。

過去、多くの聖者がそのことは伝えていたはずなのにです。(釈尊、キリスト、モーゼなどなど)

それを多くの人は理解しようとしなかった、自分たちの心が災いを現すなど、そうそう信じられることではなかったからです。

しかし、昔の人は(平成以前の人は)すべてを信じないながらも、ある程度はそのことを分かっていたのです。

だから、大きな災いが起きてくると反省し、その結果、大きな災いは止まったのですが、平成の人たちは、まったく(まったくです)それを信じようとしなかった。

大きな地震が起きてくれば、それは地震の活動期、すさまじい台風や豪雨になれば、それは温暖化のせい、日本に災害が多いのは地形のせいなどなど、何か災いが起きて来ても、それをことごとく責任転嫁して、まったく反省しようとしなかった。

その結果が、大きな災いが止まることなく何度も何度も現れるという「平成の大災害」につながったのです。

起きている災いは時間が過ぎれば自然に止まるのではないのです。

それは後から見てそのように見えるだけで、その当時の人たちの心が変わったから、その時、起きていたひどい災いは止まったのです。

これまで数々起きた、地震や台風、大雨や大雪などすべてそうなのです。

あの平成の世のような天変地変が、これまでこれだけ立て続けに起きたことがなかったのは、その当時の人たちが、大きな災いが起きることによって心を入れ替えたから、起きなくなったのであり、平成の人たちのように、どれだけ災いが起きても、心をまったく変えようとしなければ、その災いは止まることはないのです。

むしろひどくなるのです。(この辺りがいい例です)

それを、平成の時代が証明しているのです。(私はくどいほどそれをいいましたけどね。誰も私の意見をきこうとしなかった。その結果が、平成の大災害となって現れたのです)

何度も書きましたが、平成の世ほど多くの人が傲慢不遜であった時代はないのです。その結果、これまでにないほどの災いが現れました。

令和の世も同じようにしたいのですか?

同じでかまわないというのであれば、そのままの(傲慢な)態度を続ければよいのですが、令和の世は平成のような大災害が起きる世にはなってほしくないと、そういう人がいるなら、その人は謙虚に私のいうことに耳を傾けるべきでしょう。

そうして心と行いを変えるべきでしょう。

そうすれば、その人に災いが起きてくることはないからです。

どちらにしても傲慢より謙虚です。その謙虚さを忘れてはならないのです。

そのような謙虚さこそ、どのような時代になっても、自分を守り、正しく導いてくれる唯一の指針であるからです。

(こういうことって他のもので分かりますか?他のもので〔本でもネットでも何でもいいんですが〕ここまで繰り返し、心のことを書いて、その現れる現象まで教えてくれるものってないと思うんですが……それにもかかわらず、多くの人が感謝もせず平気で読んでいます。もう少し謙虚な心と態度を取ってください。そうしないとまたどんな不幸が現れてくるかしれないからです)

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5月 21 2019

古今未曽有の災い

あちこちで大雨になっているようですが、この雨で少しはたまったんでしょうか。豊川用水のカラになった宇連ダムに水がです。

しかし、この後はまたしばらく晴れが続くとのこと。(しかもずいぶん気温が上がるとか)どちらにしても水不足は変わらないでしょう。この辺りは宇連ダムだけでなく、その周辺のダムもどこも水が少ないようであるからです。

それでは、一日、二日雨が降ったところで、水不足が解消するまでにはとても至らないはずであるからです。(テレビでもそんなこといっていましたし。これだけ晴れが続いていては、少々雨が降っても、その雨は乾いた大地にしみこんでいくだけでたまるまでいかないと)

しかし、この辺りは本当についていませんね。まるで祟られているようです。

そうではないでしょうか。だって、トラックがこれだけ減っているのもそうですが(これだけでも十分祟られています)愛知県など(岐阜もそうですが)あちこちの養豚場で豚コレラがずいぶん発生しました。

その豚コレラがまだ収束していないにもかかわらず、今度は未曽有の水不足です。

トラックも(人も)豚も、水もドンドン減っていっています。これを祟りといわずしてなんというのでしょうか。

まるでこの辺りが滅びる前兆のようです。(これが前兆なら確実にこの辺り滅びると思うんですが…ほんと大丈夫でしょうか。危ない現象がこれだけ立て続けに起きていて、この如来の教えをガン無視していてです)

縁起でもありませんが、それほどの災いがこの辺りは次々に現れているのです。

しかし、日本に現れている災いはそれだけではないのです。

GDP(国内総生産)の速報値が(一~三月期の)昨日出たようですが、多くの人の意に反し、なんとプラスと出たようです。(皆マイナスだとばかり思っていたはずですが…)

しかし、その中身は単に輸入が大きく減ったため、そのような数値になっただけで、このGDPの七割を占める個人消費と設備投資はマイナスなのですから、実質はマイナスのはずなのですが、こういう数値が出ると、その数値だけを捉え、だから消費税は予定通り上げるとぶち上げる、私たち貧乏な庶民の敵がたくさん出てきます。

この状況で(実質はマイナスなGDP、米中貿易戦争、来年のオリンピック不景気、この辺りだけではない数々起きてくる天変地変などの多くの景気悪化要素)消費税なんぞ上げたら、どれだけ景気が悪化するか分からないのですが、そのようなことに一切かかわらず無情にも消費税上げを押し通す人たちがたくさんいるのです。(日本の財政が悪化しているからと、おバカなことをいい続けてです)

これはこれで、これだけの災いもありません。(多くの人がもっと貧困になるのですから)だから、この消費税上げもまた大きな災いの一つといえるのです。(だいたい、消費税を上げる理由がないでしょう。日本にはです。財政再建などする意味〔必要〕がないと、アメリカから入って来たMMT〔現代貨幣理論〕でもいわれているのですから。もし、この理論が正しかった場合、日本の財政再建論者は大変な間違いを犯していることになります。専門家はもっと真剣にこのMMTの議論をされては〔深めては〕どうでしょう。これからの日本の財政の行く末に大きくかかわることであるからです)

そうしていま大坂で騒がれている、大阪都構想、あれもそうでしょう。

この都構想はこちらにもあるのですが(中京都構想がです。その他にも北海道や沖縄、あるいは横浜〔でしたっけ?〕独立論とか、いろいろあるみたいですが)その賛否についてまた住民投票を行うそうですが、大阪都構想がよい悪いはともかく、こんなに頻繁に住民投票など行えば、当然、大阪の人々の考えは割れ、反目するようになります。(だから、どこの国も〔EU離脱問題のイギリスもそうですが〕住民投票など頻繁に行われないんでしょう。民意が真っ二つに割れてしまうからです)

そういうことを考えていっているんでしょうか?大阪維新の会をはじめとした元市長さんたちはです。

あの元市長さんなど、大阪都構想を賛成する人が勝つまで住民投票をやり続けろみたいなこといっていますが、ほんとメチャクチャですね。

これでは大阪が揉めるだけだと思うんですが、どうも大阪維新の会を見ていると、この大阪都構想の住民投票もそうだし、カジノの誘致もそう。なんでも民営化で道州制もそうなんですが、このようなことを次々に行って、日本を潰そうとしているとしか思えないのですが、一体どういうつもりでやっているのでしょうか。

だってやっていることがおかしいでしょう。

住民投票を何度も行って大阪市民を反目させ、カジノを誘致して人々を堕落させ、そうして、何でも民営化して人々の生活を不安定化させ(例えばあの水道法のようにです。全部民営会社にやらせて料金をつり上げる)道州制に変えて日本をバラバラにする、どう考えても、日本をよくするようには見えないのですが、これで日本はよくなると本当に思っているんでしょうか?

大阪維新の会はです。

だとしたら、よほど考えがおかしいと思うんですが、それに自分たちの意に反した議員を党を除名するだけではなく、国会議員までやめさせようとしています。(例の北方領土のことで戦争発言をした議員のことですが)

ああいう発言をして党を除名するのはまだ分かりますが、国会議員まで全力でやめさせようとしている。あまりにやっていることに愛がありません。(少なくとも自分の党の国会議員であったのですから。これでは他の議員もいつやめさせられるか分かりませんね。党の方針に少々でも逆らったらです。党も国会議員もです)

これだけ愛のない政策といい、同じ党の議員に対する仕打ちといい、もしかしたら維新の会は、左翼思想に次ぐ、第二の反日勢力なんでしょうか?

一連のしていることを見ているとそうとしか思えないからです。

ここまで考えてやっているとしたら、相当の策士ですし、こういうことまで考えずに、ただ、大阪都構想を行えば大阪はよくなる、カジノを誘致すれば経済はよくなる、民営化し道州制にすれば日本はよくなると、単純に考えて行っているとすれば相当のバカなんですが、一体どちらなんでしょうか。

大阪維新の会はです。

どちらにしても、これもまた災いの一つでしょう。この大坂維新の会のこのような政策が全国に広がれば、これほどの災いもないからです。

そうして、あの皇室を(皇統を)潰そうと(あることないこと週刊誌に書いて)躍起(やっき)になっている連中もそうでしょう。

日本の中心である皇室がなくなれば日本がバラバラになるのは目に見えています。

だから、それをしたくてたまらないのでしょう。日本がバラバラになるなら、これだけくみしやすい話もないからです。(他国から見たらです)

だとすれば、これもまた災いの一つなのです。

このように考えるならです。

現在の日本は古今未曽有の災いに見舞われているといっても過言ではないのです。それほど多くの災いが現在の日本には現れているからです。(神の天罰、財政問題、政治問題、思想問題などなど)

しかし、このような災いはです。まず、神への考えを変えるなら、順次解決していくのです。

逆にいうなら、神への考えが間違っているため、神以外の様々な問題が起こってくるといっても間違いではないからです。

それほど神以外の問題は、神の力を借りるならすべて解決していく問題であるからです。

政治を主にするのも、経済を主にするのも、あるいは国を主にするのも、それはかまいませんが、しかし、そのような問題はすべて部分であるということです。

それがすべてではないのです。

すべて、そのような問題は一部分の話であり、すべては神に、その神の心にかかっているということを知ってください。

神の心を主としなければ、神の心を中心としなければ、このような問題は解決しないのです。

なぜなら、神がすべてであるからです。神がそのようものすべてをつくられたのであり、神が全体であるからです。

だから、まず神を(その心を)主としないといけないのです。そのような神の心が多くの人々の心にいきわたって、はじめて、政治も、経済も、そうして国もよくなって行くからです。

だからこそ、まず、この神の心(正法神理)を主としないといけないと、この正法神理の元に集まらないといけないと、私はいっているのです。

すべての元は、この神の心にあるからです。

現在の日本には古今未曽有の災いが現れています。

この災いから再興するには、まずは、この正法神理を実践する以外にないのです。

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