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2019年7月

7月 30 2019

権威(けんい)

梅雨が明けたとたん、すごい暑さなんですが(こちらは)この辺りでお怒りの皆さん、いくら怒っても災いは止まりません。(よけい暑くなるだけです)

謙虚に反省して感謝して布施されることです。そうすれば、少なくともこの辺りで起きている災いが自分に起きてくることはないからです。

特に最近は、この近所でもう何度も災いが起きて、それで怒っていたところがまたひどく怒りだして、また私に嫌がらせをやりだしたというところがあちこちにあるようですが、私に対し、一旦やめていた嫌がらせをまたしてくるということは、そういうところにまた災いが起きだしているということになりますので、それならその災いは、如来の教えを伝えている私に少しも感謝せずに、嫌がらせをしたままで知らん顔をしていることに原因があると思います。

そうであるなら、もう、ちゃんと私に詫びを入れ、これまでの行いを反省し、感謝して布施されてはどうでしょう。

そうしないと、大変なことになるからです。(どこかの会社のようになったら大変でしょう。なんかこの会社は毎日何か起きているようだからです。〔恐〕)

もうそのような時が来ているのです。ちゃんと私に詫びを入れて、しっかりこの教えを勉強しなければいけない、そのような時がです。

だいたい、如来の教えを教えられていて、感謝もせず嫌がらせをしたままで知らん顔をしていて、それですむわけがないのです。

どこかで反省して、如来の教えに帰依しなければいけないのです。(絶対にそうなるんですって。もし今生、縁がなければ来世で。来世でも縁がなければ再来世で。どこかでやらなければいけないのです。如来の教えの勉強はです。それが神の子の人間の使命であるからです)

では、早めに(今生のうちに)そうされてはどうでしょう。今生はすでに凄いことになっていて(この辺りだけではなく日本中で)この辺りだけ見ても、どこかの会社のようになってからでは遅いからです。(今も怒っていますが、とにかくここはもう最悪ですね。次から次に災いが現れて止まらない様だからです)

どちらにしてもです。如来の教えであるこの正法神理を拒否することなど誰にも出来ないのです。

いい加減、そのような事実を理解されてはどうでしょう。事実は事実であるからです。

もちろん、拒否できないといっても、別にそれは強制という意味ではありません。神の心に強制などという言葉はないからです。

強制ではなく権威なのです。本当の神の教えの権威の前には誰も逆らうことなど出来ないということです。

如来の教えであるこの正法神理が発する権威には、神の子である人間はみな頭を下げて従うしかないからです。

正法神理の権威とは、強制ではなく、そうせざるをえない、そうするしかないという、心の底からわき上がってくる強い思いと、起きてくる現象(神の業)それには逆らいようがないという意味です。

実際にそうではないでしょうか。それほどの現象がすでにこの辺りには起きているからです。(災いばかりでなく私に起きている奇跡なども含めてです)

それに、自分たちの思いでもそうでしょう。これほどの現象が起きているのです。この教えを勉強したくない人などいるはずがありません。

そうしてそれとは別にです。この教えを勉強しなければいけないという強い思いも出てきているはずです。なぜなら、この教えの大事さは誰でも知っていることであるからです。

すべての人の心は天に通じています。その天に通じている心が知っているのです。この教えの偉大さをです。

だから、そのような強い思いが出てくる(来ている)のであり、その思いに素直に従えばいいのです。

そうすれば奇跡が現れるようになるからです。(そのような〔天に通じている〕心の奥からわき上がる思いこそ正しいものであり、その正しい思いに従えば誰でも奇跡は起こせるのです)

だからいっているのです。この正法神理に逆らっても無駄だとです。なぜなら、この教えに逆らえば逆らうだけ自分の心も苦しくなり、災いも起きてくるということになるからです。

本当の神の教えの権威の前には誰も逆らうことなど出来ないのです。

それを無理に逆らっているから、このような(すさまじい)ことになっているのです。

だから、別に私に頭を下げろといっているのではないのです。(何度もいっていますが)この本当の神の教えである正法神理に頭を下げなさいといっているだけなのです。

この教えは(正法神理という神の心は)すべての人が合掌して頭を下げるべき偉大なものであるからです。

釈尊やキリストのような、人が偉大なのではないのです。釈尊やキリストが説いていられた神理が偉大なのであり、その偉大な神理をあのような方々は完璧に説かれて、それを実践され、現象として現されたから、あのような方々は偉大な方々といわれているのであり、しかし、その偉大な方々を突き詰めるならば、その説かれていた正法神理が偉大なものであったということです。

その正法神理を素直に受け入れ、行うなら、その神の心のままの奇跡が現れてきます。

だから、やらないといけないと私はもうずっと前からいっているのです。この教えは神の子である私たち人間にとって不可欠なものであるからです。

逆らっても、無視しても、そのままではいられないものであるからです。

三日、四日前ですか、庄内川に行くと多くのツバメたちが飛んでいて(その時は凄くツバメがいました。全部で十羽くらいいました)暑かったので、橋の下で休んでいたんですが、その休んでいる間中、私の周りを鳴きながら飛び回っていました。

前の川ではあっちでガボガボ、こっちでガボガボ、大きな魚が顔を出します。(あちこちからガボッとでかいのが急に顔を出すのです。〔ちょっと驚きますが〕多分、鯉だと思うんですが…もちろん跳ねているのもいました)

そうして、細かいの(魚)がたくさん前(の川)を泳いで行きます。「元気か」と声をかけるとピチャピチャ跳ねています。

本当に癒されますが、そのような精神的な部分だけではなく、この辺りはずいぶん多くの人が病気になっているようですが(だから怒っているんでしょう)その病気も祈れば奇跡的な治り方をする人も出てくるのです。

この正法神理を実践するならです。

そうして、この正法神理を実践しながら祈るのであれば、多くの現象が現れ正しい道に導かれていきます。

嘘でも大袈裟でもなく、本当にこのような教えはあるのであり、この教えを実践するなら人によっては様々な(まだ現れていないような)奇跡も現れてくるのです。

これほどの教えを無視することくらいもったいない話もないのです。自分自身にどんな可能性があるのか、それはこの正法神理を実践してみないと分からないからです。(だから、自分自身にどんな奇跡が起きてくるのかは、自分でやってみないと分からないということです)

本当の神の教えの権威の前には誰も逆らうことなど出来ないのです。いい加減、従ってはどうでしょう。(自分自身の心の思いに素直にです)

そうすれば、これまでとは違うまったく別の世界が目の前に現れてくるはずだからです。

(まだブシュブシュやっていくトラックの運転手連中がいますが、正味な話、もう怖くて仕方ないのではないですか。これだけトラックが減ってしまってはです。あなたたちこそ真っ先にこの教えを実践しなければいけないのです。そうしないと〔あまりに〕危険であるからです。素直に従いませんか。正法神理にです。〔あまり無理をせずです〕そうすれば救われていくからです)

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7月 28 2019

勇気ある一歩

台風六号は三重県に上陸し東海地方を縦断したようですね。(途中で熱帯低気圧に変わりましたが)

東海三県などあちこちで大雨になったようですが(そうして風の被害も出て)この時期にもう台風です。(まだ台風がくる時期じゃないでしょうに)そのせいで催し物(もよおしもの)が次々に中止になり、そちらの方でもついていません。

もう悪い方、悪い方へと導かれています。

東海地方など、このような天災被害だけではなく、人も(車も)豚も(豚コレラで)ずいぶん減っています。(また岐阜県〔恵那市〕で豚コレラが発生したとニュースでいっていましたが)

これだけ悪いことが続いているのです。いい加減、皆、神に手を合わせて祈られたらどうでしょう。そうすれば、悪いことも少しは減るからです。

この辺りは、その起きている悪いことを平気で私一人のせいにしている人が多いんですが、そういう訳の分からない(ほんと頭おかしいです)責任転嫁はいい加減やめて真剣に考えてはどうでしょう。

いま起きていることをです。

もう大きく時代が変わっているのです。だから、このようなことも起きてくるのです。心が悪い人が多いからです。

その心を変えないと止まりません。災いはです。

何度も書きますが、昔の人ならです。これだけ災いが次々に起きてきているのです。そうであるなら、もうとっくに反省して心を入れ替えています。

自分たちが悪かったから、これほどの災いが起きていると、これだけ悪いことが続いたら昔の人なら誰でもそう思ったからです。

そのような正しい心が(その心が正解です)災いを止めたのです。その心を観て神が災いを止めたからです。

昔の人など、神の存在ははっきりとは分かっていなかったのです。(八百万の神とかいわれて様々な神がいたからです)それにもかかわらず、あまりに悪いことが続いた時などはです。

ちゃんと謙虚に反省したのです。今の人たちほど傲慢ではなかったからです。

しかるに現代の人たちなど、というより、このブログを見ている人たちなど皆もう神の力は知っているのです。(散々、私が伝えましたから。現象も現して)知っていながら、それでも自分たちの心を変えようとはしないのです。

これだけ災いが続いているというのにです。

もう何年、災いが続いているのでしょう。しかもその災いが段々ひどくなっているというのに、まったく反省などしようとせず、他人事のように責任転嫁をし続けています。

どれだけ自分本位なのかということになります。というより、すごく無責任な態度ですよね。そのような態度はです。

災いが起きている理由が自分たちにあると知っていながら、とぼけて平気で責任転嫁しているからです。

だから私は、このブログを見ている人たちは謝罪会見くらいしないといけないといっているのです。(そうして全財産を投げ出せとです)

これ本気でいっているんですよ。それくらいの誠意を見せないと、その罪は償(つぐな)えないからです。

もう神を一としないといけないのです。先ほども書きましたが、すでに大きく時代が変わっているからです。

今のように神のことを少しも思わない傲慢な人たちばかりでは、次々に災いが起きてくるのです。昔以上にです。そういう時代(正法の世)になっているからです。

だから、少なくともこのブログを見ている人たちは、私のいう通りに謙虚に神の存在を認め、神を一として生活すればいいのです。多くの人が神のことをすでに知っているからです。

そうすれば、周りに段々奇跡も現れ始めてくるからです。

しかし、今のような神を平気で無視する、自分本位な考えの人たちばかりでは奇跡など起きないでしょう。

災いばかりが起きてです。

だから、これだけ日本中に災いが起きているのです。そのようなすでに分かっている人たちが分かっていることを行おうとしないからです。

この前、歩いているとベンチに三、四人の婆さんが座っていてこちらを見ていました。

私が近くを通る時に、その座っている婆さん連中に「あんたら年寄りは如来の教えを説いている者に対する態度は知っているよな。なら、あんたらが見本を見せないで若い者が分かるのか。まずあんたらが如来の教えを説いている者への正しい態度を取れよ」といいながら、歩いて行きました。

歩きながら振り返ってその婆さんたちを見ると、いやらしそうな顔をしてこちらをジッと見ている婆さんや下を向いている婆さんもいました。

この婆さんたちは、そのような正しい態度を取りたくても取る勇気がないのでしょう。残念な人たちです。

最近は、まだ人の顔を見ると嫌がらせしてくる爺さん、婆さんもいますが、遠くからジッと私の方を見ている年寄りをよく見かけます。

そういう年寄りがどういう気持ちで私の方を見ているのか、それは分かりませんが、中には、私に感謝したい、布施くらいしたいと、そういう(奇特な)年寄りも(中にはです)いるでしょう。(まあ、恨んでいる人も多いのかもしれませんが。〔苦笑〕しかしそれはお門違いでしょう。如来の教えを知らされるほどの恩はないからです)

では、それを実行されることです。そのような年寄りの小さな一歩からでも、十分、世の中は変わって行くからです。

なぜなら、その小さな一歩は、天下に二つとない、唯一無二の大宇宙の神理に対して感謝を表すことであり、その教えの流布に協力する偉大な行いであるからです。

そのような偉大な行いを神が評価しないわけがないですし、年寄りは先がないとよく書いていますが、実際はそうではなく、その先も(死後の世界)その先の先も(その後の輪廻転生した世界)あるのですから、そのような徳は積めば積むだけ自分が救われるのです。

だから、先がない年寄りは(これは、今生の肉体だけの意味です)最後の最後に素晴らしい徳を積むチャンスが来ているのです。

そのチャンスは、偉大な教えの流布の協力にもなります。自分たちでコソコソ話しているのではなく、勇気を出して行ってください。

年寄りのそのような一歩が日本を救うことになるからです。(必ずなりますよ。年寄りの法に対する正しい態度はです)

このような年寄りだけでなく、本当に日本をよくしたいと思う人がいるのなら(自分だけではなくです)まず本当の神(と神の心)を理解し、神を一としないといけないでしょう。

なぜなら、まず神のことを思わないといま起きている災いは止まらないからです。

私が書いていることは、先のことでも、段々これから日本が悪くなるという話でもなく、今すぐにそうしないと、日本は絶対によくならないという話であるのです。

実際、このような災いが次々に起きてくる状況では(災害大国などといわれている状況では)何をしてもよくならないでしょう。

日本はです。

国内の景気を上げようが、安全保障を強化して、例えば、北朝鮮からのミサイルなどを完璧に防いだとしてもです。日本国内に次々に災いが起きているのです。(多くの天変地変や数々のおかしな現象〔電車が止まるなどの〕ドンドン増える癌などの人への病、豚コレラや鳥インフルなどの動物たちへの病などなど)

このように次々起きる災いを止めない限り、まず日本国内の人たちは幸せにはなりません。

だから、私はまず神を一としないといけないといっているのです。こういう災いを止めるには多くの人の神に対する態度が大きくかかわってくるからです。(まあ、それは何に対しても同じなんですけどね)

これらの災いは如来の教えを実践するならみな止めることが出来ることなのですが、その如来の教えを知っているのは、このブログを見ている人たちだけなのです。

では、このブログを見ている人たちが立ち上がらなければ、現在の日本がよくなることはないということになります。

何度もいいますが、このブログを見ている人たちの責任の大きさを少しはお分かりいただけるでしょうか?(ほんと何度いったか知れませんが)

この教えを実践し拡げるなら、このような日本国内だけのことではなく、世界中で起きている様々な現象にも対処できるのです。

なぜなら、この如来の教え(正法神理)こそ、本当の神の教えであり、全世界をも救うことが出来る唯一の教えであるからです。(最終的にこの教えに従わなければ、次々に災いが起きるのです。〔今の日本のようにです。特にこちらで起きていることを考えればそれは分かると思います〕では、従わざるを得ないのではないでしょうか。どの国の人々もです)

小さな一歩は、のちの世界を救うための大きな一歩となります。

このブログを見ている人たちの勇気ある一歩を期待しています。

(ずいぶん、その期待が裏切られ続けているんですが…しかし、この教えを実践しない限り、日本も世界も救われることはないのです。だから救われないのです。〔希望もわいてこないのです〕この教えを多くの人が無視し続けているからです)

追伸…政府が女性、女系天皇の議論を始めるそうですね。

よくこういうことをしますね。これまでの日本の歴史上したこともない議論をです。

これまでしたこともない議論を始めるとなるとまたどんな災いが起きてくるか知れません。(その男系男子という皇統を潰そうとしている人たちに、すでに祟りが起きているようだからです…大丈夫ですか。こういう議論を始める人たちなどです)

そのような、これまでの日本国民だけではなく、歴代の天皇陛下のお気持ちまで裏切るような行為を行うよりです。

旧宮家の皇室復帰というこれまで行って来たことを行う方がです。よほど災いが起きないと思うのですがどうでしょうか。

皇位継承問題は、今の日本の時代の人たちの考えだけで決められる問題ではありません。これまでの日本国民、そうして歴代の天皇陛下のすべての日本国民の総意でなければ決められるものではないのです。

それだけの重いものであるということです。

これまでの日本の歴史を無視するような軽々な議論は慎むべきなのです。

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7月 26 2019

本物と偽物の違い

相変らずあちこちで激しい雨が降っているようですが、週末には台風が東日本辺りを直撃しそうというではないですか。

ほんと悪いことばかり起きてきます。

それもこれも如来の教えを多くの人が無視し続けているからでしょう。いつになったらそれが分かるのでしょうか。本当に神を思わない人たちばかりです。

この教えを多くの人が実践するなら救われていきますが(そのような悪いことも段々減ってです)それでもまだ頑張って(?)無視を続けますか。

このブログを見ている人たちは、この正法神理をです。(ウナッシーさんが見本を示してくれているのですからマネすればいいものを)

他のところはともかく(他のところもすでに相当やばいんですが)この辺りなど、これだけ車が減ってきているのです。

この辺りは多くの人がこのブログを読んでいます。

それなのに本当にもったいない話です。その読んでいることを実践すれば救われるのにです。それをわざわざ無視して災いが起きるのを待っているというからです。

バカじゃないかと思いますが、そのままの心では運転手などまず災いが現れるでしょう。(これだけトラックが減っているのですから、それはそうでしょう)

それでもよいのですか?(ほんと「無理するなよ」といいたいです)

しかし、どうしても考えを変える気がないのなら仕方ありません。

好きにすればいいでしょう。

しかし、そんな、もう自分たちが悪いと分かりきっているのに、それでも頭を下げようとしない人の道を外れた大人たちはいいのですが、子供らだけでも頭を下げたらどうでしょう。

これだけ日本中で災いが現れているのです。今のままの心では、いくら(大人よりは心がきれいな)子供とはいえ救われないからです。(子供たちにも災いは起きるということです。現に起きていますし)

この教えに合わせて心をきれいにするなら、そのような子供から救われて行きます。

あなたたちだけでもやりませんか。バカな大人などほっといてです。

幸いこの辺りの子供たちは、このブログを読んでいる子が多いのです。(何という幸運でしょう。このような危ない時代に〔心が汚い人にとっては〕最高の教えに巡り合ったのです。これ以上の幸運はありません)真剣にこの教えを勉強したらどうですか。

そうすれば奇跡が起き出し、救われて行くからです。(そういう子に災いが現れることはないということです)

しかし、同じように子供らも、バカな大人たちのマネをして(バカな友達とかもそうですが)私のいうことをきこうとせず好き勝手やっていれば状況が状況です。

必ず災いは現れるでしょう。それでもよいのですか?

そのような災いがすでに現れているバカな大人たちのようになってもです。

この辺りは、そのようなバカな大人たちが多いようですが(せっかく如来の教えを知らされていながら、それを無視して心が汚いままで病気になっている)あなたたちはまだ先が長いのです。

正し判断をしなければ残りの人生は不幸にしかなりません。

あなたたちの中にも、すでに(恐ろしい)病気になっている人がいるはずです。それは心が悪いからです。

だから、そういう病気になるのです。私のせいではありません。

いい加減、正しい判断をするべきでしょう。私が人を病気にするなどあり得ないことであるからです。

なぜなら、もし私が一人の人でも病気にするなら、その病気は自分自身にも返ってきます。

私はそのような事実を知っています。そういうことが分かっていない人ならともかく(人を怨んで丑の刻参りなどするような人はそんなこと分かっていないんでしょうが)それが分かっているのに何でそんなことをするのでしょう。

好き好んで病気なる者がいるでしょうか?

少なくとも私はそんなことはしません。(病気になるのは嫌ですから…というか、そんなに人を病気にして心が痛みませんか?)そういうことをしていないから、鳥や魚が寄ってくるような愛ある奇跡も起きているのです。

口だけではなく、起きている現象を正しく見ないといけないのです。そうしないと正しい判断は出来ないからです。

だから、いい加減、おかしな誤解はやめることです。私が人を病気にしているのではないからです。

このようなことが起き出したのは、そのような(心が悪いと子供まで恐ろしい病気になる)時代に変わってきたのと、あとは私に嫌がらせなどして病気になった子供は、私がその子を病気にしたのではなく、その子が私に悪いことをしたため罰が当たったのです。

当たるのです。如来の教え(正法神理)を説いている者に嫌がらせなどしたら罰がです。

それをどれだけいっても理解しようとしませんが、では、神仏に嫌がらせをしたら罰は当たりませんか?

当たるでしょう。本物の神仏に嫌がらせなどすればです。

それは誰でも分かると思います。そのようなことは昔からいわれていることであるからです。

そのいわれている通りのことが起きているだけなのです。如来の教えを説いている者は、その神仏と同じことをしているからです。(神仏も如来の教えを説いて奇跡を現すのです。では、私のしていることと同じではないですか)

これまでそういうことが起きなかったのは(人に嫌がらせをして、それで罰が当たるようなことが)単にこれまでは神仏と同じことをする人がいなかったからであり、神仏と同じことをする人が出てくるなら昔からいわれている通りのことが起きるのです。

それは釈尊しかり、キリストしかりです。もちろん高橋先生や園頭先生も同じですが、そういう人たちに嫌がらせなどしたら罰が当たるのです。

そのよい例がキリストやキリストの弟子たちを迫害したローマの人々です。

そのようなことをしたローマの人たちはどうなりましたか?

このブログでも何度か書きましたが、火山の噴火により滅びたのです。

それは昔も今も同じなのです。本当の神仏の使いに悪いことをすれば罰が当たるのです。

つまり本物だから罰が当たるのであり、これまでは(どんな高名な坊さんであろうと教祖様であろうと)神仏の名をかたる偽物しかいなかったから、そういうことが起きなかったのであり、本物が出てくるならこういうことは起きるのです。

だから私が現れた結果、そのような事実が分かったということです。神仏の使いに悪いことをすれば本当に罰が当たるということがです。

そのような(私に嫌がらせをしたがため)罰が当たった人は(子供だけではなく大人も含め)ごまんといるからです。

そのような事実を現代の人たちは知らなかった。(信じなかった)だから、これほどのひどいことがこの辺りには起きた(起きている)のです。

どれだけ罰が当たっても、それを罰とは認めず、悪いことを(間違ったことを)自分たちがし続けているからです。(今日も朝から一生懸命、このブログを書くのをじゃましているのがいます。〔もちろんどこかの会社の連中ですが〕本当に哀れです。こんな不遜な態度をし続けていれば罰は当たり続けるからです)

どれだけ科学が発達しようと、どれだけ時代が過ぎようと、天罰は現れるのであり、それはただの伝説やつくり話ではないのです。

本当に起きるのです。本当に天罰を食らうのです。本物の神仏の使いが現れた時に、傲慢な行いなどしていてはです。

私が本物か偽物かは、そのような起きている現象で判断してください。

口では何とでもいえますが(これまでは、そんな口だけ神様みたいなのばかりでしたから。そういう偽物にずいぶん多くの人たちが騙されてきましたから)起きる現象に嘘はありません。

私にはちゃんと本物の神仏の使いが現れる時に起きる現象が現れています。

その本物のいうことをいつまでもきこうとしないから多くの人が不幸になっているのです。

追伸…北朝鮮がまたミサイルを発射したそうですが、こういうこともです。

例えば、そのミサイルが領空侵犯していたロシア機や中国機に命中して、今度は北朝鮮がロシアや中国と揉めだすとか、そういうことも起きるのです。

日本の人々が神の心に従っていればです。そのような導きを神がしてくださるからです。(日本の人々が真剣にこの正法神理を実践するなら、様々な〔日本が守られるような〕現象が起きて来て他の国は日本に手を出せなくなるということです。つまりこのような日本にかまっていられなくなるような事態が、次々に起きてくるということです)

しかし、日本の人々が神の心に見向きもしないせいで、日本国内に起きる様々な現象ばかりでなく、このような安全保障まで危なくなっているのです。

このように神の心が分かっているのに、それに従わない人ばかりであれば、悪い方、悪い方にと導かれて行きます。

いい加減、神を認め、神の心に従ってください。そうしない限り、よいことは起きて来ないからです。

(ほんといいこと起きませんよね。こういうことに加えて、デフレが続いて景気も悪化しつつあるというのにまだ消費税を上げるというのです。〔この状況で本当に信じられません〕もう、ドンドン悪い方に導かれて行きます。それだけ日本の多くの人たちが神の心に逆らっているということです)

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7月 24 2019

デタラメな行い

前回、吉本興業の謝罪会見のことを少し書いたのですが、このブログを見ている(ウナッシーさん以外の)人たちも謝罪会見くらいはしないといけないでしょう。

これだけひどい現象を日本中に現し続けているからです。(昨日は関東、一昨日は東海などでまた激しい雨が降りましたが…)

「ここ数年、次々に災いが起き、日本をこのような災害大国にしてしまったのは私たちの責任です。どうも申し訳ありませんでした」という謝罪会見を行い、深々と私たち国民の前で頭を下げてください。

皆さん方のせいで、多くの日本国民が大変な迷惑をこうむっているのは事実であるからです。

そうして、このブログを見ている大人たちは自分の財産をすべて投げ出し、日本の人々と私に半々ずつ寄付して、正法神理を無視していたことを心から神に詫びて、ゼロからやり直すことです。

そうすれば救われて行くからです。

もうそのくらいのことをしないと救われないでしょうね。それくらい大きな罪をこのブログを見ている人たちはすでに負っているからです。

では、このブログを見ている誰一人、救われることはないでしょう。このブログを見ている人で、そんな謙譲(けんじょう)なことをする人はいないからです。(苦笑)

しかし、大丈夫なんですかね。昨日ですか。朝から出て行ったのです。

そうしたら朝からひどいのです。

何がひどいのかって、もう朝から車がガラガラで(マジで段々、車が減っていきます。昨日など朝はほんとトラックが少なかったです)昨日はあちこち回ったんですが(金山から瑞穂運動場の辺りまで)走っている車はほんと少なかったです。

学生だけでなく社会人も夏休みか?って本気で思いました。

特に熱田神宮の裏の道などほとんど車が走っていないのです。あれには驚きました。

ほんとゴーストタウンみたいでした。昨日は瑞穂運動場に行くと学生たちがたくさん来ていて陸上大会(?)みたいなものまでやっていたようですが、そこにいる学生たちが妙におとなしいのです。

こちらにちょっかいをかけてくる奴もほとんどいません。(ゼロではありませんでしたが)

「あれ?なんでだろう。この連中、この前まではずいぶんこちらに嫌がらせをして来ていたのにな」と思っていたんですが、これだけ走っている車が減っていてはそういう態度にもなるのでしょうか?

何が原因かは、はっきり分かりませんが(多分、この車の激減ぶりだと思うんですが)学生連中が少し態度が変わってきたことだけは確かなようです。

だから私は(畳みかけるように)瑞穂運動場で走っている学生たちに「いつまでも如来の教えを無視している心が狭くて汚い学生の皆さん、滅びても元気で」とか「お前ら、学校の勉強やそんなことばかりしていて心の勉強をしなくていいのか?ずいぶん多くの人が滅びていってるぞ」とか「如来の教えを勉強すれば奇跡も起きて救われていくぜ。それなのになんでやらないんだ」とか、散々いいながら帰ってきました。

これまでは(瑞穂運動場などにたくさん学生がいても)私がそんな話をしながら歩いていっても無視するか、あるいは「ハア」みたいな顔で(人を病気にしているお前が何をいうかみたいに)怒っているような学生たちばかりでしたが、昨日などはこちらをジッと見ている学生や「僕も如来の教えを勉強します」みたいな顔をした学生もいて(笑)ずいぶん私の方を意識しているようでした。

大人などはまだ相変わらず意固地になって嫌がらせをし続けている人が多いんですが(もう先のない人たちばかりですから)学生は不安なんでしょうね。

この状況ではです。先がまだあるだけにです。(だから私は「バカな大人たちのいうことをいつまでもきいていても仕方ないぞ。そういう大人には何の奇跡も起きていないんだからな。奇跡が起きているのは俺一人だぜ。奇跡が起きるということは正しいことをいっている証拠なんだ。だから、俺のいうことを信じろ。そうすれば救われるから」ともいっておきました)

本当に滅びますよ。いい加減、私のいうことを真剣にきかないとです。(特にこの辺りなどこのままではです)

今週の月曜日のことです。また前の会社が何か工事をはじめたのです。(工場の外側を塗装するみたいです)

それで業者が来て足場をつくっていたのですが、もうガンガンでかい音を立ててくるのです。

こちらに対する嫌がらせがまる分かりだったので「そういう嫌がらせをしてはダメだって。俺のブログを読んで心が救われているだろう。如来の教えを教えられているのに何で感謝もせずに嫌がらせするんだよ」「そういうことをする奴はみな罰が当たってるんだからな」ということを再三いったのですが、やめるどころかよけい怒ってガンガンやってきます。

どうも、この嫌がらせをして来ている奴も居直るタイプのようなのです。(正しいことを素直にきいて反省するタイプではなくです……そんな人いませんけどね。厳密にいうなら小学生くらいしかです)

参ったなと思い「なら、何が起きても知らないからな。そういうことをやって無事でいた奴いないからな。必ず何か起きるからな。何か起きても俺のせいにはするなよ。嫌がらせをしているのはそっちなんだからな」「何か起きても絶対に俺にせいにするなよ。それは天罰だからな」と繰り返しいっておきました。(まあ、しかし、そうはいっても、何か起きて私のせいにしなかった人はいないんですけどね)

それで昨日は朝から出て行ったのです。一昨日の昨日で、もし何か起きていたら、こちらもやらしいのと、私のいった通りのことが起きて、また他の連中がキレてやかましいことをされてもかなわないからです。(まあ、一日あけて様子を見たということです)

そうして今日です。

微妙ですね。急にガンガンやりだしたかと思えば、急に静かになる(私が何か起きなかったか?もし、起きているなら、そんなことしていたらもっと起きてくるぞ、などといっているからでしょうか?)ずいぶん極端のようです。(まあ、極端なことをしているのは何か起きて来た証拠なんですが…)

どちらにしてもです。もう極端な現象がドンドン現れ出しているのは事実なのです。(こちらに起きている現象にせよ、天気などにせよです)

時代が変わっているのに、それでも心を変えることがなければ、こういう(極端な)ことが頻繁に起きてくると、私はもう何度もこのブログに書いているのです。

そうして、その通りのことが起きて来ているのです。

私のいう通りのことが起きているではないですか。だから、私はここに如来の教えを書き続けているのです。

この如来の教えを実践するなら、その人は救われて行くからです。

しかし、いまだ無視する人がほとんどです。それにもかかわらず、この辺りで起きている災いはお前のせいとは、一体どういうことなのでしょうか?

ここに私は、その災いから救われる方法をずっと書き続けているにもかかわらずです。

まったく不思議ですね。

この教えを実践している我々にはちゃんと奇跡が起きて救われているのです。そういう成功例を何度も何度も書いて、だから、この教えを実践しないといけないとくどいくらいいっているのです。

それにもかかわらず、私のいうことに耳を貸そうとしなかったのは、このブログを見ている人たちなのです。

それなにの何で、その私のいうことを無視し続けている人たちに起きて来た不幸が私のせいになるのでしょうか?

自分たちのそのような不遜な行為は棚に上げてです。

意味が分かりませんね。私はもうそのような人たちを何度救おうとしたか知れないのにです。

しかし、それを(その救いを)拒否し続けているのは自分たちの方なのにです。

そういう事実が分かっているにもかかわらず、何で自分たちに災いが起きるのが私のせいになるのでしょう。

こういうデタラメなことを、このブログを見ている人たちはし続けているということです。

救われる道が目の前にあるのに、それを自分で拒否し、自分で災いを呼んでいるという愚かな行為をです。

こんなことをしていて災いが止まると思いますか?やっていることがデタラメもいいとこなのにです。

しかし私は、そういうデタラメな人たちさへ救おうとしたのです。何度もです。

それにもかかわらず、その思いに一切応えようとしなかったのは、このブログを見ている人たちではないですか。

だから、私はデタラメだといっているのです。

それだけ恩を仇で返す行いもないからです。それなのに、そのような愚かな行為をまったく理解していないからです。

これでは話になりません。これだけ恩を仇で返す愚かな行いもないからです。

しかし、それでもこちらは、そのような人たちを何度も何度も救おうとしたのに、それを頑なに拒否し続け、それで自分たちに悪いことが起きているのはお前のせい(私のせい)などと自分たちの行いはまったく考えず、平気でいっているのです。

あまりに愚かすぎて言葉もありませんが、だから私はいっているのです。

もう少し自分の行いをかえりみないといけないとです。

そうしないと、自分の愚かさ、デタラメさがまったく分からないからです。

そんなデタラメなことをしていて救われるわけがないでしょう。だから、いつまでも災い起き続けているのです。

その自分たちが行っているデタラメな行いを全然分かっていないからです。

デタラメな行いに自分で気づいて、それを反省し、そのデタラメな行いを自分で直さない限り、災いは止まりません。

自分たちのデタラメさ、いい加減気づいてはどうでしょう。

そんなデタラメな人が多いから、これほどのことが日本に起き続けているからです。

(だから私、無茶なこといっていないでしょう。このブログを見ている大人たちは全部財産を投げ出せということなどです。それだけこのブログを見ている人たちは、ひどいデタラメな行為をずっとし続けているからです)

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7月 21 2019

すさまじい傲慢さ

また悲惨な事件が起きましたね。あのアニメ会社の放火事件です。

三十数人の人が亡くなったそうですが、何があったらこれだけのことが出来るんでしょう。私くらい嫌がらせを受けている者でもこんなこと考えないのに、犯人の気が知れません。(完全に悪魔に憑かれています。まともな人間のすることではないからです)

しかし、これほどの人が一変に死ぬなど、この会社にどういう心の人たちが集まっていたのかよく分かりませんが、こういう(アニメーターのような)仕事など、ずいぶん根を積める仕事なんでしょうね。

では、心も暗くなるでしょう。あまりに根を積めるような仕事が多ければです。

心が暗い人たちか、または左翼的な心の人たちが多いとこういうひどい結果が現れます。

残念ではありますが、このアニメ会社はそのような心の人が多かったのではないでしょうか。それが、このような想像以上の悪い結果となって現れたのです。

だから、心は出来るだけ明るくしていた方がいいのです。心が明るければ、おかしなことが起きた時でも、それほど悪い結果は現れて来ないからです。(もちろん左翼的思想も同じですが)

心で起きる現象の結果は変わってきます。普段から心の在り方は気をつけた方がいいでしょう。それが災いを遠ざける一つの方法であるからです。

しかし、最近は(梅雨とはいえ)ずっと天気が悪いですからね。(何しろ日照不足が記録的ですから)昨日も長崎県の五島市や対馬市などすさまじい雨になり(特別警報まで出ました)今日もすでに福岡県や佐賀県で激しい雨になっているそうですが、これだけ天気が不安定ではなかなか心も晴れません。

今週中頃からやっと晴れてくるようなことを天気予報ではいっていますが、それもまだはっきり分からないとのこと。

今年の梅雨の予報は何か外れっぱなしですね。

最初は梅雨が長いとかいっていましたが、途中で平年並みだとかいい出して、そうして梅雨が終わりがけの今頃になっても、梅雨明けはまだよく分からないとかいっているのですから、これでは最近はまた一段と気象がよく分かるようになったといっている(最新の気象衛星のお蔭で)気象予報士たちの名が泣きます。(笑)

それだけ今の日本の天気は異様であるということです。

何でこれだけ異様なんですかね。日本の天気はです。

異様な天気にもなるでしょう。これだけ如来の教えを無視する人が多くてはです。

そのような異様な心が天気として現れてくるからです。(如来の教えを無視し続けているなど異様ですよね。そういう人たちの心などです)

もう、それが分かっている人も多いはずなのに(これだけ天気が悪いのは私たち〔このブログを見ている人たち〕のせいであるとです)それでも無視を続け、どれだけ悪いことが起きて来ても、いつまでもとぼけて責任転嫁を続けるつもりなのですか。

このブログを見ている人たちはです。(この教えを実践している私たち以外のです)

そりゃ地獄に堕ちるでしょうね。このブログを見ている人たちはです。今のままでは悪いことが起きてくることが分かっているのに(そうしてこれまでもずいぶん悪いことが起きたのに)いつまでたってもまったく態度を変えようとはしないからです。

この辺りの人たちもひどいですよね。どれだけ私がいっても絶対に傲慢な態度を変えようとはしません。こちらが歩いていると未だに平気で嫌がらせをしてくる人がいるのです。(ガンガンでかい音を立ててきたりです)

そのような人に「何だ、如来の教えを知らされているのに感謝もしないのか」といってもほとんどの人が無視です。(平気で嫌がらせをし続けているのもいます)

「自分が知らないことを(神や心の)教えられて、心を救われているにもかかわらず、それに感謝もせず嫌がらせしかしないのか。そういう態度は間違っているとは思わないのか」と続けていっても、無視をやめないか、またはよけい怒って嫌がらせをし続けるか(もう居直ってガンガンでかい音を立てるのがいますから)そのような人ばかりで、まったく反省しようとしないのです。

前はもう少し反省する(いやらしそうな顔をして逃げて行く)人が多かったような気がしますが、最近は減りました。そういう人もです。なれてしまったようです。そういうことをいわれることにです。

しかし、自分たちが悪いことをしているのに、それになれてしまうようでは、周りに起きてくる悪いことが止まるわけがありません。

怒っている人たちがドンドン増えるのもよく分かる話です。そのような人たちは悪いことになれてしまい、益々、悪いことをしているからです。(悪いことをする人が増えれば起きてくる悪いことも増えます。怒っている人が増えるのは道理なのです)

結局、こういう人たちは傲慢すぎて自分のしている傲慢な態度が分からないようです。

それでどれだけ私に対し間違った態度を取り続けていても、少しも悪いとは思わないのです。

自分の傲慢さが全然理解できないからです。

だから、悪いことが起きると平気で私のせいに出来るわけです。自分が悪いことをしているとは少しも思っていないからです。

自分の傲慢さが分からなければ、自分が悪いことをしているとは思いません。自分たちは悪いことを全然していないのに、自分たちに悪いことが起きてくるのですから、だからそれは私のせいということになるわけです。

しかしそれは、単に自分たちのしている悪いことに自分たちが気づいていないだけのことで、実際は大変な悪いことを(傲慢なことを)自分たちは(この辺りの人たちは)たくさんしているということです。

だからこの辺りたくさんの悪いことが起きるのです。それだけ多くの人が、多くの悪いことをし続けているからです。

それだけの話なのです。ただ、自分がしている悪いことに気づいていないだけなのです。この辺りの人たちがです。

昨日でしたか、吉本興業所属のお笑い芸人が闇営業問題で謝罪会見を開いていましたが、その中で自分の所属していた吉本興業に対し怒りの発言もしていました。

あれも同じなのです。

自分たちがそのレールに沿って仕事をしていると、そのレールの悪いことなどあまり気づかないのですが、しかし、いったんそのレールから外れると、その悪いところが一杯見えてくるのです。

だから、普段から、自分や周りの悪いところを少しづつでも気づいて直していく努力を続けていたならば、今回、これほど揉めるようなこともなかったわけです。

しかし、そのような気づきがなかったため、こういうことになってはじめて気づいたのです。自分や自分たちが所属していた会社の悪いところにです。

それは人生でも同じなのであり、自分たちに悪いところがあるから悪いことが起きてくるのであって、そのような悪いところに自分で気づいて少しづつでも直していかないと、悪いことは止まらないのであり、いま現在は、大変な悪いことが周り中で起きているのです。

それにもかかわらず、少しも自分たちの行いを直そうとしないなど(そうして責任転嫁をし続けているなど)これほど傲慢で無知な態度もないのです。

しかし(多分)歴史上はじめてのことでしょうね。これだけ多くの人たちが、これだけ長い間(もう十年になりますから)少しも如来の教えに感謝しなかったなどということはです。

だから、これほどひどい現象も現れているのでしょうが、これまでの人たちならです。(実践して次々に奇跡が起きてくる)如来の教えなどきけば、誰だって素直にきいてそれを実践したのです。

その方が幸せになれると分かるからです。

だから、皆、如来の教えなどに出会えたのなら、それこそ涙を流して喜んで、それに従ったのです。

それが自分たちが幸せになれる一番の道であると誰もが知っていたからです。

しかし、現代の人たちは先ほども書きましたが、すさまじく傲慢です。

どれだけ奇跡が起きても如来の教えの価値も認めなければ、どれだけ災いが起きても、その如来の教えに逆らうことの愚かさも理解しようとしません。

そのすさまじいまでの狭量な傲慢さが、これほどの不幸を呼んでいるのです。

現代の人たちは、あまりに傲慢がゆえ自分たちが不幸であることさえ理解できないでいるようですが(ほんと恐ろしいことです。幸せだけでなく不幸さえも分からないというのですから。傲慢が過ぎてです)しかし、そこまで傲慢が過ぎると、すさまじい不幸が起きてくるということは、いま現在の日本を見れば分かることなのです。

災害列島とまで日本はいわれ(いま現在も凄い雨が降っているところがありますが)それプラスこの辺りの凄まじい現象です。

どれだけ悪いことが起きているのかということになるのですが(ほんとメチャクチャですね。現在の日本はです)四~五日前でしたか、私は庄内川に行ったのです。

庄内川の行き帰りは、それぞれ一時間くらい辻説法をしながら行くのですが、その日はアホみたいな人が多くて庄内川に行っただけで疲れてしまいました。(そういう人が多いのです。何をいってもきこうとしないような、超頑なで、超傲慢な人がです。こんな人たちを相手にずっと出て行っている間中、辻説法などしているとクタクタになってしまいます。だから、途中、庄内川などの生き物が多いところで休むのです。そういうところで癒されながらしないとやってられないからです)

それで南陽大橋まで歩いて行って橋の下まで行き、腰を下ろしてしばらく下を向いていて(ハァー疲れたなどと思ってです)何気なく顔を上げたのです。

そうしたらです。私は後ろにひっくり返りそうになりました。それくらい驚いたということです。

何に驚いたのかといえば、それまでは、その橋の下の川岸にはなにもいなかったのです。静かなものだったのです。

もちろん川岸だけでなく川もです。私が来た時はシーンとしていました。

それがほんの一、二分、私が川岸についてしゃがみ込み下を向いていてすっと顔を上げると、その川岸の様子が一変していたのです。

なんと、川岸のそこらじゅうからチゴガ二が顔を出してバンザイをしています。(また数が多いのです。そこらじゅうにいました)トビハゼも何匹も出てきていて、飛び跳ねている。川を見ればそこかしこでさざ波が立ち、細かい魚たちが上がってきているようでした。

そうしてツバメも飛んできていて飛び回っています。

つい先ほど来た時とはあまりに違うので、それで驚いて後ろにひっくり返りそうになったのです。

ほんと驚きました。わずか、一、二分で、その橋の下の川の状況がガラリと変わってしまっていたからです。

そういう動物たちのお蔭で疲れた私の心もずいぶん癒され、庄内川の帰り道も元気に(笑)また辻説法をしながら帰ったのですが、しかし、あまりに傲慢が過ぎると、幸福になる道も分からなければ自分が不幸であることも分からないのです。(ほんと究極の傲慢さですね。〔苦笑〕)

現在の日本はあまりに傲慢な人が多いため、大変な不幸に見舞われています。

そのすさまじいまでの傲慢さに早く気づくことです。そうしないと、起きる不幸はどれだけ増えるか知れないからです。

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