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7月 28 2019

勇気ある一歩

11:00 AM ブログ

台風六号は三重県に上陸し東海地方を縦断したようですね。(途中で熱帯低気圧に変わりましたが)

東海三県などあちこちで大雨になったようですが(そうして風の被害も出て)この時期にもう台風です。(まだ台風がくる時期じゃないでしょうに)そのせいで催し物(もよおしもの)が次々に中止になり、そちらの方でもついていません。

もう悪い方、悪い方へと導かれています。

東海地方など、このような天災被害だけではなく、人も(車も)豚も(豚コレラで)ずいぶん減っています。(また岐阜県〔恵那市〕で豚コレラが発生したとニュースでいっていましたが)

これだけ悪いことが続いているのです。いい加減、皆、神に手を合わせて祈られたらどうでしょう。そうすれば、悪いことも少しは減るからです。

この辺りは、その起きている悪いことを平気で私一人のせいにしている人が多いんですが、そういう訳の分からない(ほんと頭おかしいです)責任転嫁はいい加減やめて真剣に考えてはどうでしょう。

いま起きていることをです。

もう大きく時代が変わっているのです。だから、このようなことも起きてくるのです。心が悪い人が多いからです。

その心を変えないと止まりません。災いはです。

何度も書きますが、昔の人ならです。これだけ災いが次々に起きてきているのです。そうであるなら、もうとっくに反省して心を入れ替えています。

自分たちが悪かったから、これほどの災いが起きていると、これだけ悪いことが続いたら昔の人なら誰でもそう思ったからです。

そのような正しい心が(その心が正解です)災いを止めたのです。その心を観て神が災いを止めたからです。

昔の人など、神の存在ははっきりとは分かっていなかったのです。(八百万の神とかいわれて様々な神がいたからです)それにもかかわらず、あまりに悪いことが続いた時などはです。

ちゃんと謙虚に反省したのです。今の人たちほど傲慢ではなかったからです。

しかるに現代の人たちなど、というより、このブログを見ている人たちなど皆もう神の力は知っているのです。(散々、私が伝えましたから。現象も現して)知っていながら、それでも自分たちの心を変えようとはしないのです。

これだけ災いが続いているというのにです。

もう何年、災いが続いているのでしょう。しかもその災いが段々ひどくなっているというのに、まったく反省などしようとせず、他人事のように責任転嫁をし続けています。

どれだけ自分本位なのかということになります。というより、すごく無責任な態度ですよね。そのような態度はです。

災いが起きている理由が自分たちにあると知っていながら、とぼけて平気で責任転嫁しているからです。

だから私は、このブログを見ている人たちは謝罪会見くらいしないといけないといっているのです。(そうして全財産を投げ出せとです)

これ本気でいっているんですよ。それくらいの誠意を見せないと、その罪は償(つぐな)えないからです。

もう神を一としないといけないのです。先ほども書きましたが、すでに大きく時代が変わっているからです。

今のように神のことを少しも思わない傲慢な人たちばかりでは、次々に災いが起きてくるのです。昔以上にです。そういう時代(正法の世)になっているからです。

だから、少なくともこのブログを見ている人たちは、私のいう通りに謙虚に神の存在を認め、神を一として生活すればいいのです。多くの人が神のことをすでに知っているからです。

そうすれば、周りに段々奇跡も現れ始めてくるからです。

しかし、今のような神を平気で無視する、自分本位な考えの人たちばかりでは奇跡など起きないでしょう。

災いばかりが起きてです。

だから、これだけ日本中に災いが起きているのです。そのようなすでに分かっている人たちが分かっていることを行おうとしないからです。

この前、歩いているとベンチに三、四人の婆さんが座っていてこちらを見ていました。

私が近くを通る時に、その座っている婆さん連中に「あんたら年寄りは如来の教えを説いている者に対する態度は知っているよな。なら、あんたらが見本を見せないで若い者が分かるのか。まずあんたらが如来の教えを説いている者への正しい態度を取れよ」といいながら、歩いて行きました。

歩きながら振り返ってその婆さんたちを見ると、いやらしそうな顔をしてこちらをジッと見ている婆さんや下を向いている婆さんもいました。

この婆さんたちは、そのような正しい態度を取りたくても取る勇気がないのでしょう。残念な人たちです。

最近は、まだ人の顔を見ると嫌がらせしてくる爺さん、婆さんもいますが、遠くからジッと私の方を見ている年寄りをよく見かけます。

そういう年寄りがどういう気持ちで私の方を見ているのか、それは分かりませんが、中には、私に感謝したい、布施くらいしたいと、そういう(奇特な)年寄りも(中にはです)いるでしょう。(まあ、恨んでいる人も多いのかもしれませんが。〔苦笑〕しかしそれはお門違いでしょう。如来の教えを知らされるほどの恩はないからです)

では、それを実行されることです。そのような年寄りの小さな一歩からでも、十分、世の中は変わって行くからです。

なぜなら、その小さな一歩は、天下に二つとない、唯一無二の大宇宙の神理に対して感謝を表すことであり、その教えの流布に協力する偉大な行いであるからです。

そのような偉大な行いを神が評価しないわけがないですし、年寄りは先がないとよく書いていますが、実際はそうではなく、その先も(死後の世界)その先の先も(その後の輪廻転生した世界)あるのですから、そのような徳は積めば積むだけ自分が救われるのです。

だから、先がない年寄りは(これは、今生の肉体だけの意味です)最後の最後に素晴らしい徳を積むチャンスが来ているのです。

そのチャンスは、偉大な教えの流布の協力にもなります。自分たちでコソコソ話しているのではなく、勇気を出して行ってください。

年寄りのそのような一歩が日本を救うことになるからです。(必ずなりますよ。年寄りの法に対する正しい態度はです)

このような年寄りだけでなく、本当に日本をよくしたいと思う人がいるのなら(自分だけではなくです)まず本当の神(と神の心)を理解し、神を一としないといけないでしょう。

なぜなら、まず神のことを思わないといま起きている災いは止まらないからです。

私が書いていることは、先のことでも、段々これから日本が悪くなるという話でもなく、今すぐにそうしないと、日本は絶対によくならないという話であるのです。

実際、このような災いが次々に起きてくる状況では(災害大国などといわれている状況では)何をしてもよくならないでしょう。

日本はです。

国内の景気を上げようが、安全保障を強化して、例えば、北朝鮮からのミサイルなどを完璧に防いだとしてもです。日本国内に次々に災いが起きているのです。(多くの天変地変や数々のおかしな現象〔電車が止まるなどの〕ドンドン増える癌などの人への病、豚コレラや鳥インフルなどの動物たちへの病などなど)

このように次々起きる災いを止めない限り、まず日本国内の人たちは幸せにはなりません。

だから、私はまず神を一としないといけないといっているのです。こういう災いを止めるには多くの人の神に対する態度が大きくかかわってくるからです。(まあ、それは何に対しても同じなんですけどね)

これらの災いは如来の教えを実践するならみな止めることが出来ることなのですが、その如来の教えを知っているのは、このブログを見ている人たちだけなのです。

では、このブログを見ている人たちが立ち上がらなければ、現在の日本がよくなることはないということになります。

何度もいいますが、このブログを見ている人たちの責任の大きさを少しはお分かりいただけるでしょうか?(ほんと何度いったか知れませんが)

この教えを実践し拡げるなら、このような日本国内だけのことではなく、世界中で起きている様々な現象にも対処できるのです。

なぜなら、この如来の教え(正法神理)こそ、本当の神の教えであり、全世界をも救うことが出来る唯一の教えであるからです。(最終的にこの教えに従わなければ、次々に災いが起きるのです。〔今の日本のようにです。特にこちらで起きていることを考えればそれは分かると思います〕では、従わざるを得ないのではないでしょうか。どの国の人々もです)

小さな一歩は、のちの世界を救うための大きな一歩となります。

このブログを見ている人たちの勇気ある一歩を期待しています。

(ずいぶん、その期待が裏切られ続けているんですが…しかし、この教えを実践しない限り、日本も世界も救われることはないのです。だから救われないのです。〔希望もわいてこないのです〕この教えを多くの人が無視し続けているからです)

追伸…政府が女性、女系天皇の議論を始めるそうですね。

よくこういうことをしますね。これまでの日本の歴史上したこともない議論をです。

これまでしたこともない議論を始めるとなるとまたどんな災いが起きてくるか知れません。(その男系男子という皇統を潰そうとしている人たちに、すでに祟りが起きているようだからです…大丈夫ですか。こういう議論を始める人たちなどです)

そのような、これまでの日本国民だけではなく、歴代の天皇陛下のお気持ちまで裏切るような行為を行うよりです。

旧宮家の皇室復帰というこれまで行って来たことを行う方がです。よほど災いが起きないと思うのですがどうでしょうか。

皇位継承問題は、今の日本の時代の人たちの考えだけで決められる問題ではありません。これまでの日本国民、そうして歴代の天皇陛下のすべての日本国民の総意でなければ決められるものではないのです。

それだけの重いものであるということです。

これまでの日本の歴史を無視するような軽々な議論は慎むべきなのです。

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