>>ブログトップへ

2020年3月

3月 02 2020

新型肺炎の恐ろしさ

今日から、小中高校は一斉休校ですか。(時期をずらすところもあるようですが)

そうしてプロ野球も無観客試合、大相撲も無観客開催、ゴルフやサッカーなど中止で、ディズニーランドやディズニーシーなども休業、コンサートなど中止になったイベントも多数あり、在宅勤務となった企業もあって、まだこれからこのような動きは激しさを増していくようですね。

一体どうなるんでしょうね。この先はです。これではお先真っ暗であるからです。

しかし、すさまじいですね。今回の新型肺炎はです。これほどのことをしていても感染は止まらないからです。相変らず感染者は増えているようだからです。(名古屋なんかもドンドン感染者が増えています)

これで感染が止まらなかったらどうするんでしょうね。それどころか、もっと激しくなっていったらです。

もう手はないということになりませんか。だってこれまでしたことがない、史上初の試みを多くのところでしているからです。

それでも止まらないなら、もうどうしようもないからです。

しかも、こんな手はそんなに長く続けられるものではありません。ある意味、禁じ手でもあるからです。(だって、こんなことしていたら社会生活が滞ってしまいますから)

それでも感染が止まらなかったら(もっと激しくなるようなら)ゾッとするんですが、しかし、今回の新型肺炎はこれまでにないようなウイルスです。

こういうことで抑えられるものでしょうか?

専門家は、今の時期にこのようなことをすることが大事なのだという人も多いんですが、私的には、こんなことでこの新型コロナウイルスを抑え込むことなどとても出来ないと思うんですが…何もしないよりは感染者が減るので、それでよいといっているのでしょうか。

多くの専門家はです。しかし、その場しのぎでしょう。こんなことをしてもです。

だってこれだけやっかいなウイルスもないからです。

何度も書きますが、この新型コロナウイルスは潜伏期間も短かったり長かったりするし、症状も重症になって死ぬ人もいれば、軽くすむ人もいて出ない人までいる。いつ治るのかも分からないし(治ったと思ったら再燃するし)何度でも感染する。そうして暑さ寒さも関係ない。(暑いところでも寒いところでも感染者はいますから)そして、そこらにまき散らされたウイルスがすぐ死ぬこともない。(あちこちにウイルスがついても〔例えば、電車の手すりとかつり革とか、そこらにあるテーブルとかイスの上とかです〕インフルエンザのウイルスなどよりずっと長く生きるらしいですね。この新型コロナウイルスはです)

これだけ万能でやっかいなウイルスなどこれまでなかったんじゃないですか。

しかも再感染した時の致死率はずいぶん高くなって突然死(急に心臓が止まる)などもするといわれています。(まるで別のウイルスのようです。再感染したら変異するのでしょうか?)危なさもこれまでのどの疫病にも引けを取りません。

一見、危なくなさそうですが、これだけ危ないウイルスもないのです。

というか、八十パーセントは軽症などといわれ、はじめが大したことなさそうに見える分よけい怖いからです。(後になって致死率が上がるなどといわれればです。しかも肺がダメになったり、突然死するなどといわれればです)

こういうすさまじいウイルスをです。先ほどのような手で(小中高の休校やイベントの中止、無観客、在宅勤務などで)防ぐことが出来るのでしょうか?

まず無理でしょう。まあ、はっきりいうならです。これほどの能力を持つ今回の新型コロナウイルスの感染を防ぐことはもう不可能であるということです。

だって、どこからこのウイルスが感染するか分からないからです。それだけこのウイルスの感染経路は多岐にわたっているからです。

では、このウイルスから逃れる方法は、このウイルスが勝手に消えてくれるのを待つか(サーズのようにです)特効薬でも出来ない限りないのです。

しかし、特効薬などすぐに出来るものではないし、このウイルスがいつ消えるのかも分からない。しかし、このウイルスの感染力と感染するスピードはすさまじいものがある。

では、もう逃れる手はないのではないですか。この新型コロナウイルスからはです。

だから私は、この新型コロナウイルスの感染を防ぐのは不可能であるといっているのです。

だから時間の問題なのではないですか。この新型コロナウイルスが全世界の人々に広がるのもです。

これほどの万能なウイルスは防ぎようがないからです。必ずどこからかは(誰かからかは)感染してしまうからです。

それが現実だと思うのですが、違いますか?しかし、現実は現実でしょう。そういう現実をよく理解しないといけないのです。

今回は特にです。それだけ危ないウイルスが蔓延しかけているからです。

しかし、今回もまたです。(ほんと毎回そういう人が多いのですが)現実逃避などしていれば、今度はあっという間に新型肺炎に感染し、多くの人が嫌でも、その現実を知らなければいけなくなるのです。

もう現実逃避など出来ないということです。その新型肺炎はもう目の前に迫っているからです。

そうしてここから先です。このブログを見ている多くの人たちに真剣にきいてほしいのはです。いつもここから(もっと前からでしょうか)無視しますから。このブログを見ている多くの人たちはです。

しかし、今度こそ無視していたら、自分も確実にかかるのです。その新型肺炎にです。

だから私は(だから私はです)こういう時こそ神に頼った方がいいと、神に祈った方がいいと、そういっているのです。

とりあえず(現時点では)人の力ではどうにもならないからです。このまま流れに任せていたら、日本はもとより全世界の人々に、この新型コロナウイルスは広がってしまいかねないからです。

どれだけあがいてもです。(史上初の試みなど、どれだけしてもです。無駄ですね。そんなことでは感染は止まらないからです…だいたい震源地の中国からの入国者を止めないのですから止まるわけがありません)

しかし、多くの人が神を信じ正しく神に祈るなら、特効薬がはやく出来ることはもちろんですが(様々な天啓が降りて来て)もしかしたら、その特効薬が出来る前に消滅してしまうかもしれないのです。

この新型コロナウイルスがです。

それほどの効果、効能が正しい祈りにはあるからです。それもすさまじいまでのです。正しく祈れる人が多ければ多いほどです。

だから「正しく祈れば奇跡も起こります」と私はいっているのです。実際私は、そのような奇跡を何度も起こしているからです。

それを知っているくせに、いつまでたっても理解しようとしない。どうしてもそれを認めようとしない。このブログを見ている多くの人たちはです。

そのような神の奇跡は無視し、いつまでたっても自分たちのことしかしないのです。

しかし、もう、そのような態度を続ければ、今度こそ(ほんと今度こそはですが)どれだけ危ないか知れないのです。

このまま、この新型肺炎の感染が広がり続けるなら、学校やイベントだけではなく、企業も仕事が出来なくなり、テレビや新聞なども見られなくなり(テレビも新聞も休止でしょう。新型肺炎が蔓延したらです)政治や経済、教育、そうして医療などなど生活のすべての面にどれだけ支障をきたすか知れないのです。

そういうことが現実に起きえるのです。このままの状態が続けばです。

また、再感染したら致死率がぐんと上がるというのですから、そうであるなら、自分が一度この新型肺炎にかかったら、もう怖くて仕方がないのではないですか。

それでまた感染するようならもういつ死んでもおかしくないからです。

では、新型肺炎に一度かかるということは、時限爆弾を自ら持ってしまうということと同じであるからです。

もう一度新型肺炎にかかったら、その時限爆弾がいつ爆発するか分からないのです。

すさまじいまでの恐ろしさなのではないでしょうか。そうなったらです。

そういうことになるのです。このままの態度を続けていればです。そんな少しばかりの休校やイベントの中止や延期などで、止まるわけがないからです。

この超がつくほど恐ろしくて万能な新型コロナウイルスの感染がです。

しかし、多くの人々が、今度こそ神を信じ、そうして正しい祈りが出来るなら、奇跡が起きるかもしれないのです。

というか、起きるでしょう。確実に奇跡はです。それは私たちが証明しています。

これまでも、この正法神理を信じ祈った結果、多くの奇跡が現れたからです。そうしてその奇跡は、特別祈らなくてもいま現在も現れ続けているからです。

しかし、多くの人がそのことが分かっているのに、無視し続けているため奇跡どころか、多くの災いが起き、現在はすさまじいほどの災いが現れているのです。

それこそ史上最悪といっても過言ではないほどの災いがです。(現在ほど発達した科学でも、すぐにはどうにも出来ない疫病なのですから、史上最悪の災いといっても間違いではないでしょう)

それでも神を、そうしてこの正法神理を信じませんか?

これまでも神理を無視するばかりに相当ひどいことが起きています。もういい加減にしたらどうでしょう。

この神理の偉大さが分かっているのに無視するのはです。

前回も書きましたが、自分を変えることが出来るのは自分自身だけなのです。そうして、もう自分を変えるべき時が(変わらなければいけない時が)確実に来ているのです。

神を認めて正しく祈るなら必ず奇跡は現れて来ます。神を信じませんか。

そうしてこの正法神理もです。

そうすれば多くの奇跡が現れてくるからです。

0コメント

3月 01 2020

自分を変えられるのは自分だけ

昨日、一昨日など歩いているとやたら(感情的に)怒っている人がいましたが(特にオバちゃんが多かったんですが)そういう人たちは前回のブログに何か文句があるのでしょうか。

だとしたら、そのような人たちはこのブログは見ない方がいいでしょう。そういう人は、このブログを見る心のレベルまで達していないからです。

だから前回のようなブログを見て腹を立てるのです。小さなことにこだわり(そうして自分のことしか考えず)そこまでの(人を救おうなどという)大きな愛がまだないからです。

しかし、そのように腹を立てたり、人のことなど知らんと思う人はよいのですが(どうでもです。〔苦笑〕)そうでもない人もいますよね。

前回のようなブログを読んで、やはり人を救うためには祈った方がよいのではないのかとか、そういうこともやってみる価値はあるのではないのかとか思う人もです。(中にはいませんか、もうしなきゃいけないと思う人もです。いるでしょう。ソロソロ出てきてもいいはずだからです。そういう我慢出来ない人もです)

そこまで思わなくても、何か心に引っかかるとか、心がざわつくとか、そういう人もいるはずです。

そういう人なのです。やらないといけない、大きな使命を持った人とはです。大きな責任がある人とはです。

そういう人たちは、心では知っているのです。自分の本当の使命をです。だから、そのような思いが出てくるわけです。

そういう人たちは、この正法神理を勉強し、多くの人々を救ってきますと、神と約束してきた人たちであるからです。

だから、私がそのようなことを書くと、やらないといけないという思いが上がってきたり、心がざわついたりするのです。

自分の本当の使命を心は知っているからです。

表面上の自分(表面意識)がそれを拒んだり、無視していたりしているだけで、内面の自分(潜在意識)は自分の本当の使命を知っているから、私がそのようなことを書くと落着いていられなくなるのです。

神理の実践、それをすることが、その人がこの世に出て来た一番の目的であるからです。

だからそういう人はです。その自分の心の中の思いに従うといいのです。(というか、従わないとダメなのです)そうすると、自分自身の心もすっきりして周りに不思議とよいことが(奇跡的なことも)起きてくるのです。

それが自分自身の本当の使命を果たすことになるからです。

だから、してみればいいのです。そうすれば分かるからです。自分の本当の使命も起きてくることが変わるということもです。

それを実行したのがウナッシーさんでした。

ここに書いていることを信じ、行ってみると、不思議と奇跡的なことが周りに起き出した。「あれっ」と思ってもっとやってみると、また不思議なことが起きた。

それでこちらにコメントをよせてくれたのでしょう。こういうことがありましたとです。

だから私は、そういう奇跡的なことが起きたのなら布施もしないとダメですよ、と一言いったのです。

するとウナッシーさんはすぐにそれも実践されました。

まあ、その後のウナッシーさんの活躍は、このブログを見ている他の人たちも知っていることだと思います。それからたびたびウナッシーさんはコメントをくれているからです。

その中に様々な奇跡的な現象が書かれてあるからです。

このようになるわけです。そのような(前回のようなブログを読むと落着いていられなくなる)心の持ち主の人たちはです。

この神理を実践することが、その人の本当の使命であるからです。だから奇跡も起きてくるわけです。自分の本当の使命をちゃんと果たすなら奇跡は必ず現れてくるからです。(そういう人たちは前世でも奇跡を現していますから。すでにこの神理を知っているからです)

そういう使命のある人がこのブログを見ている人たちの中にはたくさんいます。それが証拠に前にこの神理を実践して奇跡が起きた人は何人もいたはずだからです。スポーツ選手などの中にです。

そういう人たちが、その後、奇跡が起きなくなったのは、感謝の布施をしなかったからです。(もう何度も書きましたがね。それはです)

だから、その後は、そこそこの成績は残しましたが(その奇跡が起きた人たちはみな実力がある人たちばかりであったから)その時、起きたような奇跡は二度と起きなかったのです。

神理を知って実践しておきながら報恩の行為をしなかったからです。

だから、そういう人たち(神理を実践し流布する使命のある人たち)がこのブログを見ている人たちの中にはたくさんいるということです。だから、そのような(奇跡的な)現象も起きるのです。

そういう人たちは前世ですでに奇跡を現しているからです。

そういう人たちが使命を果たさないから、これほどのすさまじいことが数々起きているのです。

それだけそのような人たちの使命は大きいからです。

それこそ全世界の人たちを救うほどにです。だから、日本や世界の人々に知られている人が多いのです。そういう人たちはです。

世界に正法神理を拡げてきますと、約束して生まれてきた人もいるからです。

だから、全世界がおかしくなるような、そんな災いも起きてくるわけです。その使命をまったく果たしていないからです。そういう使命のある人たちがです。

神は自分の分身として、神の心を現す神の子として、人間をこの世界に現されたのです。

神は、その人間一人一人に、それぞれ個性を与え自主性を持たせ、自分の得意分野で神の心が現れてくるよう導いているのですが、その導きの通りにいかないのが、私たち人間なのであり、だから苦しみが出てくるのです。

神の心から離れれば離れるだけ、背けば背くだけ、苦しみが(災いが)現れてくるよう仕組まれているからです。

それがどういう意味かといえばです。いくら人間を神がつくられたとはいえ、その神の子の人間を神が自由にすることは出来ないということです。

それはたとえ親子といえども親が子を自由に出来ないのと同じことなのです。

神は人間に個性を与え自主性を持たされているからです。その自主性には神といえども介入出来ないのです。

神は人間一人一人に自由を与えていられるからです。

だから苦しみもわいてきて(神の心とは正反対の)悪を犯す人まで出てくるわけです。その自由さが、そのような間違いを生み出すからです。

いっている意味が分かりますか?

だから、自分の心と行いを変えることが出来るのは自分しかいないということです。

いくら神とはいえ、それは出来ないのです。

神は、その人の周りに様々な現象を現すことは出来ます。そうして、その人を病気にすることも出来ます。あるいは殺してしまうことも出来るのです。

神はそれほどの権限を持っているからです。

しかし、その人の考えを変えることだけは出来ないのです。

なぜなら(先ほども書きましたが)神は人間に自主性を持たせ自由を与えているからです。

だから、自分を変えることが出来るのは、自分自身だけであるということです。神が自分を勝手に変えてくれることはないということです。

もう新型肺炎はドンドン広がり、感染者は増えていっています。名古屋などもまた感染者がみつかって(七十代女性)その人は肺炎が悪化して危篤状態であるとか。

しかもこの人の感染経路は不明で入院している病院内での院内感染の可能性もあるとか。

名古屋でも次々に現れて来ました。新型肺炎の感染者がです。

そうしてこの新型肺炎は、やはり風邪のように何度でも感染するのではないのかといいだした専門家も出てきました。実際、再燃か再感染か分かりませんが、新型肺炎が治ったはずの人が、日をおいてまた再発するという事例も出てきているからです。

しかし、風邪とこの新型肺炎との違いは、風邪は何度かかっても治す薬がありますが、この新型肺炎にはまだ治す薬がなく、しかも再感染すればするだけ致死率が上がるということです。(突然死や肺がダメになったりしてです)

風邪などとは比べもにならないくらい危ない病気であるということです。

だからして、この新型肺炎はサーズの様に消滅してしまわないと、その新型肺炎の新型コロナウイルスがこの世の存在する限り、その危なさはなくならないということです。

さて、ではこの新型コロナウイルスを消し去ることが出来るのは、神の力なのでしょうか?それとも人の力なのでしょうか?

この新型コロナウイルスの感染力はすさまじいまでの速さです。その速さに果たして人の力が(薬が出来るのが)追いつくのでしょうか?追いつかなければどれだけ多くの人々が、この新型コロナウイルスによってこれから滅ぼされるか知れないのです。

しかし、神の力は今すぐ正しく祈るなら、今すぐその力は現れて来ます。

しかし、一人や二人の力では、その神への祈りは届きません。大きな力には大きな力が必要であるからです。

いつまでも多くの人が神を信じなければ、神への祈りの大きな力はつくれません。

その神を信じ、正しい祈りが出来るかどうか、それは自分自身で決めるしかないのです。

いつまでも神を信じないままの自分でいてよいのですか。(その間にもドンドン新型コロナウイルスは広がっていきますが…)

そのような自分を変えることが出来るのは自分だけなのです。

0コメント

« Prev


あなたは人目の訪問者です。