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2021年5月

5月 31 2021

中道と足るを知るということ

1980年、四月号より抜粋

<正法によって「ふるい」にかける

民主主義、自由、平等という言葉が実際には内容のないなんら根拠のないものであったとしても、これらの言葉によって日本人がバラ色の夢を持ったのも事実であった。例えば、男女平等ということによって女性の地位が認められることになったのは女性には幸せであった。戦前は女性は準禁治産者として扱われていた。準禁治産者というのは、一人前の人格者として自分の言動に責任を持つことが出来ない者に準ずるということで、女性には選挙権はなく社会的な発言権は全然認められていなかった。終戦後生まれ女の人たちは、戦前の女性には選挙権はなかったのであるということは信じられないと思う人が多いのではなかろうか。封建的な男尊女卑の風があり、女性は男性の従属物みたいに扱われていた面もあった。夫の姦通は社会的に認められて罪にならなかったが、妻には姦通罪があった。これらが全部あやまりであるということで、女性にも男性と同じように人格、地位、発言権が認められたことは正しかった。しかし、それが行き過ぎて弊害が出てきている。特に女が女の役割と女らしさを捨てることが男女平等だと思う人が出てきたのは遺憾なことである。

家族制度そのものは世界に誇っていい制度であるが、戸主(こしゅ)である男子の横暴、無理解によって家族間の対話もなく、女子や子供たちの発言は認められず不幸であるというようなことがあった。そのような家族制度の苦しみに悩んでいた人たちにとっては戦後は幸せであった。戦後、家庭の中で女性と子供たちの人権、発言権が認められたことはよかったが、これもまた行き過ぎて今度は逆に、夫が弱くなってしまった。そのために非行少年やノイローゼが増加しているのであるといって最近は「亭主よ強くなれ」「父親よ戦前のように強くなれ」という意見が出てきている。

教師が自由、平等ということで「先生も生徒も平等である」といったことは逆に教師に暴行する生徒の増加となって教師自身が困っている。

戦前は、お上(かみ)即ち政府や官公庁は、住民の意見は無視して公共事業を強行したが、戦後は民主主義ということで一人でも反対者があるとなかなか公共事業は推進出来ない。その上、多額の補償金を要求してごね得の風が生じ、年々公共事業はむつかしいという状態が出てきて困っている。

ごねてもらわなければ損だという風潮はストにも現れて、毎年のことながら国民大衆の利益をまったく無視した交通ストが年中行事のように行われている。

地域社会においては、社会秩序を乱すような利己主義者がいても、プライバシーの尊重、人格尊重ということで取り締まるわけにもいかないということになってしまった。例えば、学校の近くにラブホテル、連れ込み宿の建設が計画され、父兄が教育上よろしくないと反対運動をしても、人が営業をしようとする権利を認めないわけにはいかないということで知事は許可する。こういうことはなんとかしなければならないとは誰もが思っていても、さてどうするかということになるとなにも具体策はない。結局はその人の良心に待つしかないということになる。その人がやめるといわない限り父兄や子供たちはその被害をもろに受けることになる。

戦前は雇用主のいいなりに低賃金で働いて貧しかった人たちが、戦後、労働権、団結権を主張して自由に発言出来るようになったことはよいことであった。しかし、それが行き過ぎて「昔軍隊、今総評」といわれるようになり、組織労働者が全国的なストを年中行事のようにやって国民に損害をかけるようになった。

中でも戦前は先生として尊敬されていた人たちが、自ら先生という聖なる立場を放棄して一介の労働者となり、父兄の反対を無視し、生徒を人質にしてストをやるという日教組のあり方はあまりにひどい。この日教組の問題は早く修正しないといけない。

偏狭な国粋主義者たちは、日本精神を外国人に植え付け、天皇陛下を仰がせることが八紘一宇であり世界統一への道であると考えてきた。日本内地でも「非国民」といわれることは致命傷で、少しでも意見をいって「非国民」といわれると村八分にあって生活が出来なかった。占領政策によってそのような強制がなくなり解放されたことはよかったが、今度は逆に国はどうなってもかまわないという人たちが出てきた。

極端と極端は正法ではない。戦前の右寄りの極端を修正し、戦後の唯物論的な左寄りの極端は修正しなければならない。なにによって修正するか、それは正法による中道の道しかない。右か左かという二者択一理論は間違いである。

戦後の日本人は、○×式解答にならされてしまって、出されてある答えの中からどれか一つを選ぼうとして、それ以外の答えを考えようとしない傾向がある。国を愛するか、愛しないかのどちらかという問題の出し方も間違っていれば、その二つの答えの中からどれか一つを選ぼうとするのも間違いである。戦前の愛国心は、日本の国を愛するということが日本は神国ですばらしいが外国は神国でないから日本より劣っているという外国蔑視の愛国心であった。

正法による愛国心は、日本の国を愛することが同時に世界の国々をも愛するということになる愛国心である。日本人を愛すると同じように外国の人々をも愛する道である。すべての人を物も、すべて愛によって包摂(ほうせつ)してすべてを愛していく道、それが正法による中道の道である。

だから正法が家庭で生かされる時、家族全体が明るく調和してくるし、正法が官公庁で生かされるならば国民や住民の税金の上にあぐらをかいて、奉仕を怠って自分の懐だけを肥やすという悪徳官公吏は一人もいなくなるし、労働組合の集団的利己主義によって国民全体に迷惑をかけるストもなくなる。

それにもまして、正法は唯物論と進化論という虚構の理論によって精神的に呪縛されて、間違った思想の奴隷になっている人たちを、精神的に解放して真の人間性に目覚めさせることが出来るし、宗教的には、間違った教義の奴隷になっている各宗教団体の信者たちの心を解放させることが出来る。

アメリカ占領政策が進めた唯物論、共産主義を基盤とした自由は、結局は唯物論、共産主義の呪縛に陥ってどこにも自由はない。

資本主義は、共産主義に対置して人間を金の奴隷とする思想であるから、資本主義の下においても完全な自由はない。資本主義も共産主義もどちらも唯物論であって虚構である。日本人は明治以来、資本主義か共産主義かという二者択一の中で思想的に翻弄(ほんろう)されてきた。なんのことはない、一つのお椀の中で白い石と赤い石が、あっちにいったりこっちにいったりしてきただけにすぎないのである。我々の世界は一つのお椀の中だけではない、宇宙は無限の広さを持っているのである。椀の外に出て、唯物論による資本主義か共産主義かという二者択一の考え方を捨てて、人間の原点に立った新しい経済政策を立てなければいけない。あえて名づけるならば「正法奉仕経済主義」である。

経済は肉体を維持し、霊の向上を図るための文化文明を維持すれば足りるのであるから、世界各国は資源を有無相通じ、人的資源の交流と物的資源の流通を調和させれば足りるのである>(多少、分かりやすく書き直した部分あり)

以上、正法誌より抜粋しました。

園頭先生は大正生まれの方であり、大東亜戦争前後の、戦前、戦中、戦後を(昭和の時代までですが)よくご存知の方でありました。

その園頭先生から見た戦前と戦後の違いを、そうして、では正しいものとは何であるのかということが分かる部分を正法誌より抜粋しておきました。

いま現在は戦後といわれた昭和の時代より、さらに偏った人が(悪魔の左翼主義に洗脳された人が)増えてきて、もっと危ない時代になっています。(なんせ世界を滅ぼすLGBT法案など通そうとしているのですから)

そういう時代にあって、では、正しい基準とは何かと、何を基準にすれば正しく生きられるのかとそれを思い書いた次第です。

このような混迷の時代に正しく生きるには、この正法神理を基準とするしかないということをよく知ってください。

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5月 30 2021

LGBT法案の恐ろしさ

LGBT法案がとりあえず今国会は見送りとなったようですね。

こんな法案見送りではなく廃案にしないといけないのですが、どうもこの法案が人類を滅ぼすとは誰も考えないようです。そんな大袈裟なものではないだろうと誰も軽く考えているようです。

今日の中日新聞にLGBT法案に対する自民党議員の種の保存発言に対し明らかな誤りなどと、また左翼の生物学者の意見など取り上げられていましたが、哀れですね。自らを滅ぼす法案を推進しているなど自分たちで自分たちの首を絞めているのと同じであるからです。

何度も書きますが、少し物事を軽く見すぎているのではないでしょうか。現代の人たちは軽く見てはいけないものをです。

神のことももちろんそうですが、今回の中日新聞の生物学者の意見でも「生物学を根拠に、子供を産み人口を増やすことが社会への貢献と考えることは誤り」だとか「出産は一つの選択肢」だとか、なんでこう機械的な言い方するんでしょうね。こういう左翼の連中はです。

なんで精子と卵子が結合して子供となるのかとか、なんで赤ちゃんは母親の身体の中に十月十日(とつきとうか)もいて、そうしてこの世に出てくるのかとか、そのような生命の不思議さ、神秘さにもっと思いを馳せるということはしないんでしょうか。こういう学者たちはです。(中日新聞もそうでけどね。〔苦笑〕)

特に生物学者ならよけいそう思いますけどね。そのような生命の不思議さにもっと敬意を表さねば生物学など出来ないでしょう。そんな機械的に考えていたらです。

だから生物学者には何の奇跡も起きてこないのです。特に私に起きているような動物たちの愛ある奇跡などです。そういう物事を何でも機械的にしか見ないからです。

そうではなく、そのような生命の不思議さに深く思いをめぐらし(生物学者であるなら、そのようなことは人一倍感じているはずですから)神の面まで思いを馳せるなら、生物学者には次々に奇跡が起きてきて、それこそこれまで分かっていなかった生命の神秘が次々に解明されてくるのです。

そのような謙虚な心が神に通じて様々な天啓も降りてくるからです。そのような謙虚な人々にはです。

しかし、そういう学者がいそうもないと、そこは本当に残念なんですが、しかし、それはそれとして(そこは今日の本題ではないので)先ほども書きましたが、こんなLGBT法案など廃案にした方がいいのです。

だって考えてもみてください。もうすでに現時点でもです。そういうLGBTなどの性的少数者の意見など大きく取り上げられ世間に認められ始めているのです。(新聞だけではなくテレビのニュースでもよく取り上げられていますしね。LGBTの人たちの差別反対などともてはやされてです)

これでLGBT法案などを通して、もっとLGBTの人たちのいうことを優先し、こういう人が増えてくるならどういうことになると思いますか?

もっと世の中がおかしくなるということです。だってこの人たち。元々おかしい(異常な)人たちであるからです。

そういう人たちの意見をきくというのですから、それはおかしくもなるでしょう。世の中もです。だってそれでは精神異常者のいうことをそのままきくということと同じであるからです。

精神病院に入院している人たちの意見をそのままきくなら、当然世の中はもっとおかしくなり混乱します。LGBTの人たちの意見をそのままきくということは、それと同じことをしているのです。

だって、精神病で入院している人たちもLGBTの人たちも精神の病ということでは同じであるからです。

同じことでしょう。だって、男なのに女の心を持っているとか、女なのに男の心を持っているとか、明らかに異常ではないですか。なんでそんな異常な人たちの意見をそのままきくのですか? そんなことしたら、おかしくなりますよね。世の中もです。だから、ドンドンおかしくなっている。いま現在はです。そんな異常な人たちの意見までそのままきいているからです。

よく考えてみてください。先ほども書きましたがLGBTの人たちの意見などすでにずいぶん世の中に影響を与えているのです。では、こういう人たちが増えて市民権を持つようになったらどうなると思いますか?

それこそ今度は、異性で結婚するなどおかしいといわれ出すのですよ。だってこの人たちは同性婚が正しいと思っている人たちだからです。では、異性で結婚するなどおかしいだろうと、結婚するなら同性だろうと、そういう話が(今度は)普通になるのです。LGBTの人が増えきたらです。

そういうことになりかねないから、こういう人たちが少ないうちにこういう人たちを正常に戻してあげないといけないといっているのです。私はです。

異常な人が増えてきてからではどうにもならなくなるからです。まだ少ない現時点でもすでにどうにもならなくなってきつつあるからです。こういう異常な人たちを正常に戻そうとする人たちを差別などという言葉で非難してです。

何で差別なんでしょう。これでは精神異常者を、あなたのいっていることは正しいと認めているようなものだからです。そんなこと認めないでしょう。普通はです。

では同じことではないですか。男のくせに女の心を持っているとか、女のくせに男の心を持っているなど、そんな人はおかしからです。

また、そのような心は直せるものなのです。この世で回りの人たちに強くいわれるならです。そういう人たちは、心が前世の影響を少し強く受けているだけであるからです。

だから、そのような心は今生で直せるのです。生活していくうちにです。正常に戻せるのです。自分と回りの努力があるならです。

しかし、それをしようとしない。(させようとしない)異常な心を異常なままにしておく。

だから異常さが増し、先々の滅びの道まで見えてくるのです。間違いを間違いのままほっておくからです。ほっておくどころか、間違いを助長させているからです。

だから、こういうことを甘く見てはならないといっているのです。オカマちゃんなど面白いとか、LGBTの人たちを差別するなとかいっている間にです。こういう人たちが市民権を得てドンドン増え出したら、もう取り返しがつかなくなるからです。

今度は正常な人たちがおかしいといわれるようになり、排除されるようになるかもしれないからです。(というか、すでになっていますもんね。こういう人たちをおかしいといえば〔本当におかしいのに〕それは差別だなどといわれてです)

だから、LGBT法案など廃案にしないといけないと私は主張しているわけです。この法案の先を見るなら、恐ろしい未来が待っているのはもう明らかであるからです。

そのような現実を踏まえて、このような法案はよくよく議論してもらいたいものです。政治家の方々にはです。なんでもかんでも世界がしているからと浮ついた気持ちでやるのではなくです。

このようなLGBT法案だけでなく、最近は特におかしな法案がよく出てきます。だから私たちのような一般市民もです。政治のことはよく知っておかないといけないのです。

そうしないと、このような後々自分たちを滅ぼしてしまうような(そこまでいかなくても大きな不利益をこうむる)そのような法案も平気で出てくるからです。

最近は自分のことしか考えない、そのような政治家が(それは政治家だけに限ったことではありませんが)特に増えてきているからです。

何でもそうですが、軽く見ていると後で大やけどするということはよくあることです。特にこのLGBT法案は甘く見ていてはいけないのです。世界がそうであるからとです。

(だから、日本が防波堤にならないといけないということです。このような〔同性愛などの〕危険な思想のです)

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5月 28 2021

滅びの道

自民党の会合でLGBT法案(性的指向と性自認の多様性に寛容な社会の実現)の推進派と反対派とでの議論が続いているようですね。

しかし、LGBT法案など推進する人の気持ちが分からないですね。他国がしているからとかそういうことなんでしょうか。

他国がしているとか、していないとかそういう問題ではなく、その法案が正しいか、正しくないかで決めてほしいものです。

なぜならLGBT法案は先々人類を滅ぼす、そのような法案となるかもしれないからです。それだけ祟るということです。このLGBT法案はです。

今日の中日新聞に性同一障害で制限「適法」との見出しで、一面に経済産業省の女性として働く男性の(この人、性同一障害で自分を女であると思っているそうです)トイレ使用の記事が載っていましたが(その女性として働く男性の女性トイレの使用を認めろという主張に対し、それは認めないのが適法という記事です)適法で問題ないでしょう。

そんなの認めたら、性同一障害でない人まで同一障害と偽って女性トイレを使用する人(変態)が出てくるかもしれないし(どうやって判断するんでしょうね。そんな内面のことをです)だいたい嫌でしょう。女性がです。そんな男性と同じトイレなどです。

こんなの認め出したら、トイレだけにとどまらず風呂まで同じにしろとか言い出すかもしれないし、はっきりいうなら、そこで止まらないということです。ドンドン進むということです。そういう話はです。

実際そうでしょう。こういう何でも差別はいけないなどと最近は性を同一にする傾向がドンドン強まり、子供らなどこういうトイレだけではなく更衣室まで同じにしたらどうかなどという意見まで出てくる始末。

そうして男に生まれているのに男らしくしてはいけないとか、女に生まれているのに女らしくしてはいけないとか、よく意味が分からない意見まで出てきて、では、男に生まれたのに男らしくなくて、女に生まれたのに女らしくない、そんなどっちつかずの中性のような、そういう性格が一番いいとでもいうのでしょうか。

現在の人たちはです。

おまけに最近は同性婚まで認め始めています。何かこちら名古屋でも同性カップルを公的に認める「パートナーシップ制度」の導入に河村市長が乗り気のようですし、そこらへん大丈夫なんでしょうか。河村市長、そんなことをしていてです。(まあ、政治家は他のところがしているのに自分のところだけしないわけにはいかないので、そんなのダメだとはいえないのでしょうが……ここら辺が政治家の限界ですよね。政治は〔いま現在の〕票が集まらないと正しいこともいえないからです)

ほんとアホかといいたくなりますが、こういうことって歴史学的に見ても、生物学的に見ても、認められないんじゃないんですか。

だって、ありませんよね。歴史上、男に生まれているのに男らしくなくてもいいとか、女に生まれているのに女らしくなくてもいいとかいわれた時代などです。もちろん、そんな男か女かはっきりしない中性のような性格がいいといわれた時代もありませんし、同性婚が認められた時代もありません。

生物学的にも、そんなオスに生まれたのにメスに変わるとか、中性のような生き物とか(元々、そういう性質を持った生き物は別ですが)オス同士がくっつくとかメス同士がくっつくとかなどありませんよね。

だから、大丈夫なのかといっているのです。そんなこれまでにないことを(そうして他の動物たちがしていないことを)今の人たちだけが、勝手に進めてしまってです。

こういうことが正しいと一体誰が決めているのか、まったく不思議なんですが(本当にかわいそうです。悪魔の左翼思想に洗脳されている人が多くてです)こんなこと正しいことではないのです。だいたい、そういう歴史学も生物学も無視するというのでしょうか。現代の人たちはです。

普段は、科学、科学とうるさくいうくせにです。

こういうことをこれまで私は何度も書いてきましたが、だから分かるまで何度でも書き続けますが、こういうことをしているから、現在はこれだけ多くの災いが起きているのです。

こんな間違ったことが正しいと、そういう間違った判断をしている人がたくさんいるからです。

善因善果、悪因悪果という法則はどんなものにもかかってくるからです。だから当然そのような間違った法律にもかかってくるということです。神がつくられた天地をつかさどる大自然の法則はです。

人がつくった法律の上に、神がつくられた大自然の法則が存在しているからです。

だいたい、同性婚など認めて、男や女の性別をごちゃごちゃにしてしまったら、どれだけ混乱するか知れないのです。そういう事実をお分かりなんでしょうか。今こういう(おバカな)ことを進めている人たちはです。

この世に男と生まれたら男として男らしく生きるのです。それがその人が男として生まれた使命であるからです。もちろん女も同じです。女として生まれたら女らしく生きるのです。それがその人が女としてこの世に生まれた使命であるからです。

そうして、男は男として、そうして女は女としての使命役割をしっかり果たすのです。それこそこの世が調和し(混乱ではなくです)自分たちが幸せに暮らせる正しい生き方であるからです。

それに同性婚など認めたら、日本などよけい少子化が進むでしょうし、世界中で同性婚など認めようものなら、それこそ世界で少子化が進み、最後は滅びるんですよ。人類がです。同性婚などドンドン認めるなら子供が生まれなくなってです。

何で自分たちが最後は滅びるような、そんな政策を進めているのでしょう。いま現在の人たちはです。だから、アホかと、大丈夫かといっているのです。こんなことを進めている人たちはです。

こういうことを神が正しいというわけがないでしょう。何で自分たちが滅びの道を進むことが正しいのでしょう。どこから見ても分かるのです。こういうことを進めることがどれだけ愚かかがです。

だから、これほどの災いも起きているのです。いま現在の人々は、自分たちが滅びる道に自ら進んでいっているからです。

だから、今だけのことではなく、過去のことも(歴史)そうして未来のことも考えて、そうして進めなくてはいけないのです。このような政策はです。決して、今だけの思想で進めてはならないということです。多くの人がかかわる政策はです。

そんな短絡的な政策が正しいわけがないからです。現在過去未来をよくかんがみて、そうして決めなくては正しい政策など出てくるわけがないからです。

そういう意味でもあまりに短絡的な政策が多いのではないでしょうか。それこそ時局だけで決めてしまうような、そのような政策がです。最近はです。

どちらにしてもこれだけ災いが起きているということは、それだけ多くの間違いを多くの人がしているということです。

その間違いとは何でしょうか。それをよくよく考えないといけないのです。そうしないとドンドン滅びていくからです。多くの人たちがです。

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5月 27 2021

積極的姿勢

相変わらず罰当りな人が多いですね。この辺りはです。

昨日もくだらない嫌がらせをしてくる人がたくさんいました。これでは止まらないでしょう。この辺りでたくさん出ている災い(天罰)はです。

しかし、このブログを読まなかったら知らなかった(気づかなかった)ことも多いはずなんですけどね。このブログを見ている人たちなどです。

このブログに書いてあるようなことは他のブログには(ブログだけではなく書物などにも)書いてはいないはずであるからです。神のことはもちろん、心のことも、本当の善悪の基準なども、このブログを読まなかったら知らなかったはずであるからです。そのようなことはです。

しかし、これっぽっちも感謝しない。〔苦笑〕

よく考えてみてください。普通の知識を得るブログはたくさんあるのですが、人間として一番大事な、神のこと、心のこと、そうして善悪の正しい基準(良心)など教えてくれるのはこのブログだけなのです。

そこらへんは同じにしないで別けて考えた方がいいと思いますよ。それを同じように考えて感謝もせず、自分と意見が違うからと嫌がらせなどしてくる人たちに次々に災いが(天罰が)起きているからです。

ここに書いていることは、ただの知識ではないからです。本当の神の教えであるからです。だから露骨に逆らうと災いが起きるのです。本当の神の教えに逆らうなら当然罰は当たるからです。

だから、そういう自覚が持てない人は(神などいないと思い込んでいるような心のレベルが低い人は)読まない方がいいといっているのです。

このブログは(神理は)です。確実に不幸になるからです。そういう人がこのブログを見ているとです。

だから本当に不幸になっている、まだこのブログを読むには早い人たちがたくさんこのブログを読んでいるからです。

それを逆恨みして悪いことを私のせいにしている人も多いんですが、すべてです。すべて自分のせいなのです。

自分が間違った態度を取っているから自分に悪いことが起きているからです。

はっきりいうなら、このブログに書いていることをきかなかった自分が悪いのです。そういう不幸になっている人たちが、このブログに素直に従っていたのなら、一人も不幸にならなかったからです。

そういう不幸になっている人たちが、素直にこのブログに従っていたのであるなら、そのように不幸になったすべての人たちに奇跡が起きて幸せになっていたはずであるからです。

それは断言出来ます。なぜなら、そういう神のことや心のこと、正しい善悪の基準を知らなかった人たちが、神のこと、心のことを理解し、そうして善悪の基準がはっきり分かったのなら、もう間違ったことはしなくなるはずであるからです。

それをどれだけ実践出来るのか? ということで一人一人で差は出てきますが、しかし、積極的に正しいことを行おうとするなら、神はそのような心の人、一人一人に確実に恩恵を与えてくださるのです。そのような積極的に正しいことを行おうというその姿勢を喜ばれてです。

それが奇跡となって現れ、一人一人を幸せにしていきます。だから、そのように不幸になった人たちが、もし、このブログに従っていたのなら、決して不幸にはならなかったということです。

このブログに逆らうということはそれだけ悪いことであるからです。だから、不幸になる。それだけ間違ったことをしているからです。

だから、何でもそうですが、よいことは積極的に行わないといけないのです。よいことはです。

実際こちらなど、特に悪いことを積極的に行っています。そうしたら何が起きているのか?

考えられないくらいの天罰が起きています。神理に逆らうくらいの悪いこともないからです。それを積極的に行うなら、信じられないくらい天罰がくだるのです。積極的姿勢はなんでもそうですが、その程度によって数倍、数十倍の規模で現れてくるからです。

その行ったことの結果がです。

だから、本当の神の教えであるこの正法神理を積極的に行ったらどうなるでしょう。信じられない規模の奇跡が現れてくるということです。

実際、私がそうだからです。いま現在、私くらいこの正法神理の実践と流布を行っている者はいません。

すると何が起きくるのか? それはこのブログを読んでいる人たちが一番知っているはずです。

昨日でもそうなのです。(なんか毎日こんなこと書いていますが、ドンドン起きてきますので。周りに災いだけではなく愛ある奇跡もです)買物がてら庄内川にいっていましたが、昨日など橋の下で休んでいたら、もう前の川の目の前の辺りであっちでザボーン、こっちでザボーンと波が立っています。

魚が跳ねているようなんですが、跳ねているというよりはザバザバ波が立っているのです。跳ね方が普通の魚と違うのです。

何か変だなと、跳ね方がおかしいなと思って、その跳ねているところを見ていたんですが、ザバザバ波は立つんですが、魚の姿が見えません。

それで「オイ、姿を見せろ。何がいるんだ」と声をかけていると、そのうちに目の前の辺りでザバザバ波が立ったと思ったら、真っ黒な頭が水面から出ています。

んっ、と思って見ていたら、そのうちに少しまた離れたところでガバッと目の辺りまで水面から顔を出したのがいました。それで分かりました。その騒いでいた魚たちがです。

それはエイだったのです。

そのエイが川の目の前の辺りに何匹もいるようで、それであっちでザバザバ、こっちでザバザバやっているようなのです。何匹ものエイが騒いでです。

五、六匹いたんじゃないですか、あっちでもこっちでも、そうして同時に二ヶ所でもザバーンとかやっていましたから。(笑)

何か知りませんが、昨日は私の目の前にエイの群れがいたようで、それで騒がしく騒いでいたようなのです。そのエイたちがです。

仮に川にエイの群れがいたところでです。そのエイたちがバシャバシャ騒ぎますか? 人がいる目の前でです。

ところが、そういう珍しい光景が毎日のように私の前では見られるのです。そういう変わったことを鳥から、魚から、他の動物たちから行ってくれるからです。

だから私がこのような生き物たちのドキュメント映画でも撮ろうものならです。さぞ、これまで見たことがない動物たちの愛ある映像がたくさん撮れるだろうなと思っているのですが、そういうことも布施がたくさん集まるならぜひやりたいものです。

神理を伝えると共に、神理を実践するなら、これだけ愛ある行動を動物たちがしてくれるのだという、そのような証明の映画もぜひ撮りたいと思っているからです。

その映画は(前に動画でも撮りましたが)多分、皆さん方がこれまで見たことがないような動物たちの愛ある映像がたくさん撮れると思うからです。

積極的によいことを(神理を実践するくらいよいことはありませんから)行うなら、このような愛ある奇跡も次々に起きてきます。

昨日(一昨日だったですかね)ウナッシーさんから布施をもらいましたが、それくらいのよいことくらいされませんか。そうすれば少なくとも自分たちに起きている災いは止まるからです。

どちらにせよ、このブログは他のブログとは違います。その分別だけはつけた方がいいと思います。同じように見て同じような態度を取っているのなら、必ずそのような人たちは不幸になるからです。

ここに書いてあることを積極的に行いませんか。それくらい幸せになる方法もないからです。

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5月 26 2021

必ずある原因  行いを変える

もう続々と出てきますね。怒っている人がです。特にこの近所は多い。

何でしょうね。この近所の人たち。この近所は特にたくさん出だしたんでしょうか。天罰がです。特にこの辺りは罰当りで傲慢な人が多いからです。

この近所は特に多いですからね。私に嫌がらせをしてくる人がです。しかし、そんなことをしているくせに怒ってばかりいてもねぇ。ドンドン現れてきますよ。天罰はです。詫びを入れて布施しない限りはです。そのように行いを変えない限り天罰は止まらないのです。

昨日は怒っている人ばかりでなく頭を下げるオバちゃんもいました。

そういう人だけでも布施されませんか。神理を見ていながら、感謝もせず嫌がらせをし続けている人たちなど現代の人たちだけだからです。(本当に恐ろしいことをしています)そんなことをしていたら必ず罰は当たるのです。それだけ罰当たりで傲慢な態度もないからです。

ですから、それが(自分たちの間違いが)いい加減、分かってきた人から正しいことをされませんか。

正しいことをしなければ起きている天罰は、そのような傲慢な人がいなくなるまで出続けるからです。

昨日は買い物がてら堀川にいっていたんですが、もう小魚だらけでしたね。ずいぶん出てきていました。小魚がです。中には飛び跳ねているのもいますし小魚だらけの中を泳ぎ回っているのもいます。

私が声をかけるとずいぶん喜んでいるようでした。その小魚たちはです。

川沿いから一メートルくらいの間にごまんと小魚がいて、それがずっと一キロくらい続いているのです。ほんと天文学的な数いましたね。昨日は小魚がです。(笑)

その小魚を見ながら歩いていたら堀川の先にある七里の渡しまでいってしまったんですが、その七里の渡しにたくさん提灯が並んでいます。

あれ? と思ったんですが、そういえばもうすぐこちらでは熱田まつりがあります。(六月初めに)

この熱田まつりがあると夏が来たとこちらは思うんですが(きいた話では夏祭りでは一番早い祭りだそうですからね。この熱田まつりはです)しかし、こういう状況でやるんでしょうか? 熱田まつりをです。

花火大会は中止のようですが、祭りをするなら熱田神宮などたくさんの人が集まってきます。さすがにそれはしないでしょうね。この緊急事態宣言下ではです。

だから、一部の人たちだけで熱田まつりの行事だけ行うのでしょう。きっとです。

しかし、不便ですよね。いつまでも新型コロナが広がっていてはです。何も出来ませんからね。しっかりとはです。しかし、しっかりとは出来ませんが、そこそこは出来ます。緊急事態宣言下でもです。

今回のこの熱田まつりでもそうですが、他国であるなら緊急事態宣言などというものを政府が出したのならです。こんなたくさんの人が集まる大きな祭りなど即中止で出来なくなるはずですが、日本での強制が伴わないへっぽこ緊急事態宣言では平気でやれてしまうのです。

別に、政府の緊急事態宣言にケチをつけているわけではありません。実際、この緊急事態宣言が出てから、新型コロナの感染者がおさまってきているのですから、へっぽこという書き方は日本政府が発出している緊急事態宣言を際立たせるために書いているのです。際立って優れているとそういう意味でです。

別に皮肉ではありません。本当にそう思っているから、そう書いているのです。

だって、そう思いませんか? 日本の緊急事態宣言など、これだけゆるくて強制が伴わないのに、それでもおさまっていってるんですよ。新型コロナの感染者がです。しかも今回は変異株です。

私は絶対におさまらないと思っていましたもんね。変異株はこんなゆるいへっぽこ緊急事態宣言ではです。しかし、段々全国の感染者が減っていっているのは事実です。特に大阪や東京がこれだけ感染者が減っているというのですから驚きます。

逆に不思議ですよね。こんなゆるい緊急事態宣言でなんで感染者が減っているのかがです。

では、こういうやり方で十分、新型コロナの感染者は減らせるということになって、それなら他国のような強制的なロックダウンなどする必要はないということになって、日本はすばらしい雛形を示してくれたということになりませんか。

新型コロナに対する感染予防のです。

だって、日本の緊急事態宣言など多少の人出を減らして、ほとんどの仕事はそのままやって、人の密をさけて、それこそ飲食店ぐらいでしょう。休業要請などしているのはです。(あとは、人がたくさん集まるところとか)

では、そこらへんだけを抑えればコロナ感染は防げるということになるからです。どう考えてもワクチンのせいではまだないはずだからです。(まだワクチン接種率など数パーセントくらいですもんね)

そうであるなら、これだけ有難い指針はありませんよね。それほど多くの人に無理を強いる必要などないからです。そのポイントだけをしっかり抑えればあとは感染拡大を抑えることが出来るからです。

だから、これだけゆるい緊急事態宣言の中に感染を抑えるポイントが確実にあるということになります。(結果だけ見ればそうですよね。これで三度目の緊急事態宣言なのですから。そうして、その緊急事態宣言を出すたびに確実に感染者はおさまっているのですから)

では、そのポイントだけしっかり抑えるなら、この新型コロナの感染は大きく抑えられるということになるからです。たとえ変異株であってもです。

だから、それが本当に酒を伴う飲食なのか、人が集まることがいけないのか、それとも、そのような要因が重なることがいけないのか、そこはしっかり検証してみないといけませんが、確実に、その中に新型コロナ感染を抑える原因があるということです。

そういう結果が出ているのですから、これだけ正しい話もないわけです。

だから私が何をいいたいのかといえばです。

必ず原因があるということです。何か起きてくるには起きてくるだけの原因が必ずです。

だからそれはこちらで起きている天罰もそうでしょう。必ず、そうなるにはなるだけの原因があるのですから、では、その原因とは何でしょうか? ということです。

何で私には奇跡ばかりが起きるのでしょう。そうして、他の人たちには災いばかりが起きているのでしょう。その原因は必ずあるのです。

新型コロナの感染者は、行いを変えることによって(緊急事態宣言による)感染者を減らしています。

では、こちらで多くの人に起きている災いもです。その行いを変えることによって減らせるのではないでしょうか。起きてくる原理は同じであるからです。新型コロナの感染もこちらの災いもです。

すべて起きてくることには必ず原因があり、その原因をよく知って、行いを変えるなら、その起きてくることは確実に変わってくるのです。

原因をしっかり知って行いを変えませんか。それ以外で起きてくることを変える方法はないからです。

(こちらで起きている天罰から、私に起きている愛ある奇跡から、そうして新型コロナの感染からです。起きてくる原因が分かるなら防げもするし、起きるようにもなるということです。原因をよく知って、自分の行いを変えるならです)

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