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7月 14 2009

シャリー・プトラー④

3:36 PM ブログ

釈尊の正法流布が積極的になり広がっていくと、釈迦教団に入門する入門者も次第に増
えていきました。ある時ウパテッサとコリータが釈尊に呼ばれます。
「同姓同名が多く、お前達自身心を新たにする意味もあって、このさい改名したらいいと
思うがどうか」と聞かれます。
ウパテッサもコリータも、前々から釈尊の弟子になることで心機一転し、名も変えて頑張っ
ていきたいと思っていたところだったので、ブッダにお任せしますということになりました。
すると釈尊は「ウパテッサよ、そなたの母はバラモンの妻として、よく衆生を供養し、よく夫
に仕え、よく子供を育てた。そなたの母はラジャグリハの町でも知られている賢母である。
その母の名をもらって、これからはシャリー・プトラーと呼んではどうか」と言われました。
母シャリーの族の者という意味です。
ウパテッサは釈尊が、自分の母のことまで知っていることに驚きましたが、ウパテッサに
異存はなく「はい、母のように慈愛にとんだお方の名前をいただき、母に負けないよう立派
な修行者になります。ブッダありがとうございます」とお礼を言って、釈尊の偉大さをまた
あらためて知るのでした。
一方コリータもモンガラナーと改名することになりました。

釈迦教団が発達していくと、釈尊にかわって大弟子達が説法をしました。しかし、その説法
はその大弟子達が、釈尊から受け取った範囲だけのものでありましたが、シャリー・プトラ
ーは釈尊の教えをそのままよく分かっていたので、釈尊の教えのすべてをより分かりやす
く、多くの衆生に説いたのです。
ある時、シャリー・プトラーの教えを聞いた比丘(男の修行者を比丘『ぴく』女の修行者を比
丘尼『ぴくに』といいます)が、釈尊のところへかけ込んで訴えました。
「シャリー・プトラーは、ブッダから聞いたこともない話をしています。けしからんことです」
釈尊は答えられます。
「そうではない。シャリー・プトラーは、私と同じ法界に自由に出入りできるのであるから、
シャリー・プトラーの言っていることは正しいのである」
仏典には次のように書き遺されています。

『釈尊は、シャリー・プトラーの智慧を驚嘆せられて、
「シャリー・プトラーは、聡慧、速慧、捷慧、利慧、広慧、深慧、出要慧、明達慧、弁才慧を
具えている。彼は実智を成就している。
それゆえに、われ略して四諦の理を説けば、シャリー・プトラーは広くこれを他のために説
きあらわす」また、
「智慧、きわまりなく、もろもろの疑いを決了するものはシャリー・プトラーである」
と申された』

シャリー・プトラーの智慧は、聡明で頭の回転が早く、いうことは秀でており、善悪利害の
判断が正しく、広く深くどこまで深いかその深さが分からない、そうして、必要に応じて相手
が聞きたいと思っていることを話し、神理に到達しているから矛盾がなく、話すことが次か
ら次へとでてきて話が途切れるということがない。因縁の法を簡単に略して説いても、シャ
リー・プトラーはすべてのことが分かっているため、それはどういうことであるのか、いろい
ろな体験を交えて日常生活に即した広い話をするから、聞いた人は皆ためになる。シャリー
・プトラーの智慧は際限がなく、どんな疑問でもシャリー・プトラーに聞くと、納得できるので
ある、と釈尊は言われました。

釈尊在世当時にも、統一された教団というものはありませんでした。それぞれの弟子達を
中心にした大小の支部(数人から数百人)があり、それぞれ独立して修行していました。
夏安居(げあんご)といって、毎年雨期になると弟子達は釈尊の下に集まり、新しく説法を
聞いて伝道先での質問、疑問をお互いに勉強しあいました。
釈尊はシャリー・プトラーのグループと行動を共にしていられました。ラジャグリハの東北に
霊鷲山(りょうじゅせん)がありますが、この一帯をグリドラクターといい、昔から死体の捨て
場所になっていて人々に恐れられ気味悪がられている場所でした。
日本では昔から東北は鬼門と言われていますが、その語源はここからきています。
シャリー・プトラーのグループは、この霊鷲山の洞窟で生活をしていました。霊鷲山にはた
くさんの洞窟があり、その中の一つで釈尊とシャリー・プトラーはともに寝起きをして、釈尊
は寝起きをしている洞窟の上で、瞑想をしたり人々を集めて説法をしたりしていたのです。

釈尊がなぜそのような場所を、わざわざ住処にしたかと言えば、死とは恐れるものではなく
神の定めなのである、人が死に肉体は腐ってウジがわいても、それは神の定めによって
そうなるのであり、その人の魂は神と一体であり仏と一体であり清らかなのである、という
ことを人々に知ってもらうため、敢えてそのような場所に住むことにされたのでした。

釈迦教団が大きくなるにつれ精舎が布施されることになります。竹林精舎、祇園精舎、鹿
母精舎、この精舎が布施された時も、シャリー・プトラーの活躍が伝えられています。







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