8月 10 2013
東日本大震災の本当の意味
昨日はまた秋田、岩手などで大雨になり大変な被害が出たようです。
一ヶ月分の雨が、一日やら半日やらで降ったところがあり、土砂崩れや川の氾濫だけでなく土石流まで発生し被害が拡大しました。
これほどの大雨は、気象庁もまったく予想しておらず(秋田など、その日は曇り時々雨くらいの予報だったそうです)それが記録的大雨になったのですから、それは大混乱だったでしょうね。テレビのニュースを観ても大変なことになっていました。
気象庁は、予想困難な豪雨であったといっていましたが、それですむ問題ではありませんよね、大変な被害が出たのですから。(どうですか?ソロソロ天気の予報の仕方を変えられたら)
それにしてもこれほどの豪雨を、気象庁がまったく予想できなかったというのも不思議な話です。(だって一ヶ月分の雨が一日や半日で降るのです。それほど激しい雨をまったく予想できなかったというのですから)
一体現在の日本は何が起きているのでしょうか?
気象庁が、まったく予想できないほどの激しい雨がいきなり降り、連日の異常な猛暑です。(昨日など39度を超えたところもありました)現在の日本は、これまでの科学では、予想不能なことが次々に起きているということです。
異常な猛暑に加え、雨がいらないところに雨が降り、ほしいところに降らない。まさに神に逆らっている人たちが多い証拠でしょう。その典型のような現象が現れています。
よく考えてみれば、あの東日本大震災を境に、このような異常な現象の起きる頻度が増したように思います。
それも、あの東日本大震災の時に日本は滅びていた、そう考えるのであれば辻褄が合います。
あの大災害が起きた時、大きな被害が出ましたが、なぜか、それ以上の被害が出れば日本は滅びてしまうという、ギリギリのところで不思議と大きな被害は免れていたと思われないでしょうか?
それは、あの福島の原発事故など見ればよく分かります。
あの原発事故は水蒸気爆発が起きた時、必死の作業をしていましたが、しかし原子炉建屋の中にまではとても入れず(高濃度放射能のため)原子炉はなすがままでした。しかし、それでもそれ以上の大変な被害が出る、水素爆発は起きませんでした。まったく原発の中にまでは手が回らなかったのに、水素爆発までは起きなかったのです。なぜ、この時原発は水素爆発を起こさなかったのでしょうか?
そればかりではありません。数ヶ月たちやっと原発の中を確認できるようになり、中を確認してみると、溶け落ちた核燃料棒が、圧力容器を突き破ってその下の格納容器にまで落ちていたのです。
ところがこれも不思議なことに、核燃料が格納容器にまでは落ちていたのですが、その格納容器の底に水がたまっていて、その底の水に冷やされ核燃料がそこで止まっていたのです。
普通であるなら、核燃料など大変な高温ですので、圧力容器を突き破った核燃料は、そのまま格納容器も溶かして下に落ちているはずです。(チャイナシンドローム)ところが、東電が何かしたわけでもないのに、勝手に核燃料が、チャイナシンドロームになる寸前のところで止まっていたのです。
このようなことが偶然起きるでしょうか?
さすがにこれは、東電の人たちも不思議だったようで「神のご加護」といっていた人もいたようですが、まさにそれですね、神のご加護があったのです。寸前のところで神が核燃料を止めたのです。(チャイナシンドロームなど起こしたら、日本は一変で他国からの信用を失いますし、地球規模での放射能汚染の問題が発生します)
このようなことが福島原発以外のところでも、いくつもあったのです。これ以上はいってはいけないという寸前のところで、すべて止められたのです。(神が)だから東日本大震災以後の日本は何とかやってこれたのです。
しかし、あの東日本大震災以後、日本は大きく変わっています。
そうではないでしょうか?それ以前には起きていなかったような天変地変が、次々に起きだし、様々な病気なども異常な発生の仕方をするようになったのです。(インフルエンザ、食中毒、風疹、手足口病などなど)私が祈っていろいろ起きるようになったのも、たしか、東日本大震災の後からです。(その年の六月くらいからではなかったでしょうか?)
だとしたら、やはりそうですね、あの東日本大震災の後から、日本に次々に異常現象が起きるようになり(だって、そのような現象をみな私のせいにしてましたよね、多くの人が)大きく大勢の人々の意識が変わりはじめたのです。(唯物無神論から唯心有神論にです。多くの人が私のことを知り始めたからです)
そうであるなら、やはりあの“東日本大震災”は大きな分岐点であったように思います。
あの時点で、もし私のことを多くの人が知ろうとしなかったら、東日本大震災が起きると同時に、南海トラフ大地震も起き日本は滅びていたでしょう。(つまり、私のブログを誰も読もうとしなかったら、という意味です。前回書きましたが、東日本大震災が起きたのは、私がブログを再開して一年ほどたった頃です。あの頃はまだ一日五十人位の人しかこのブログを読んでいませんでしたが、それでも私の評判は知られていたようで、たしかこの少し後くらいではなかったですか、キャスターの人たちとけんかしたのは)
しかし、あの時点で私のことが(つまりそれは法が)拡がる予感があったから、神は日本を滅ぼすのをやめて、あの東日本大震災でとどめ、そうして、起きる現象もすべてギリギリのところで止めたのです。
その証拠にギリギリのところで止めているとはいえ、いつ日本は滅んでもおかしくないという状態が、ずっと続いています。そればかりか、あの震災以後、私が祈ると次々に大きな現象が現れ、異常現象が頻繁に起きるようになったのです。
つまりそれは、神が私を通し、このまま多くの人が神の心を知ろうとしなければ、日本を滅ぼすという警告を与えているのです。私が祈って起きた現象はそのための現象であったのです。
それもこれも、多くの人が神の心を知ろうとしない、いつまでも目覚めようとしないがため、起こされた現象であったのです。
このような事実が分かっても、それでもまだ誰もこの神の運動をやろうとしないのでしょうか?それでもまだ、自分のことだけしかしない、という人が多ければ、神も断を下すしかありません。
すべては多くの人々の心と行い次第なのです。
追伸…この東日本大震災のことを考えていたら、あることが心に浮かんできました。そのあることとは『一年の間に動けば東日本大震災は起きなかった』ということです。つまり私が、ブログを再開して一年、その間に私に協力する人がたくさん現れていたら(この法を本物と見抜き、法の勉強をして流布する人がたくさん現れていたら)東日本大震災は起こされなかったそうです。
しかし、誰もそれをしようとはしませんでした。その結果、東日本大震災は起こされたのです。
あの当時から、このブログを読んでいる人がいられましたら、その言葉深く心にとどめておいてください。



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