9月 23 2013
続、偏った見方
昨日の話しをもう少し詳しく書きますが、電車やバスあるいはトラックの運転手でもそうです。私はこの人たちに、嫌がらせなど一度もしたことがないのです。それなのにこの人たちは、ある時からいきなり私に嫌がらせを始めたのです。(何度エアーを吹かされたか分かりません)
その結果何が起きてきたのか?
もう名古屋中の人が知っています。救急車のサイレンが毎日鳴り響くようになったのです。(つまり毎日何十人もの急病人が出始めた、ということです)すると、なんとこの現象まで私のせいにされたのです。
私が、嫌がらせをした(原因をつくった)わけでも、祈ったわけでもないことを全部私のせいにされたのです。
そのようなことを平気でしているものですから、この運転手の中からも、やはり不幸になる人が現れたのでしょう。だから私が祈ると急に怒り出したり、顔を引きつらせたりする人がいたのです。このような人たちの態度がよく変わるというのは、何か起きている証拠でしょう。
しかし、それも全部私のせいにされたのです。
このようなやり方で、自分たちの原因でそうなったことや他の人たちが原因をつくったことまで、何でもかんでも悪いことが起きれば私のせいです。どの人も何一つ自分の責任は認めようとしないのです。これでは私の評判も悪くなるはずです。
そういうすべて責任転嫁して、悪いことはすべて私のせいにされて流されているのが、現在の私の噂なのです。それは皆いいこと思わないはずです。起きている悪いことのすべては私のせいということになるのですから。
しかし、おかしいと思いませんか?普通はそれほど悪い奴に嫌がらせするなら(それはその人に、それ以上悪を犯させてはならないという思いで、そんなことをする人もいるはずですから)もっとよいことが起きてきても不思議はありませんが、一向に奇跡が起きません。それどころか、その悪い奴に嫌がらせすればするほど、そのようなことをした人たちに悪いことが起きるのです。
これはどう考えてもおかしいのではないでしょうか?なぜこんなことになるのでしょう?
何度もいいますが、そのような現象が真実を物語っているのです。私のことを悪くいっている噂が間違いなのであって、そういう噂は、自分本位な自分の責任を一切認めようとしない、責任転嫁ばかりしている人が流している、いい加減なものでしかないのであって、それをそのまま信じ、一緒になって私に嫌がらせをやっている人が悪いのです。だから、そのようなことをしている人に悪いことが起きるのです。(だから、そんな噂を疑問一つ持たず信じてはならないということです)
それは智慧を出して自分で考えれば分かるはずです。なぜ、私に嫌がらせばかりしている人に次々に悪いことが起きて、そんな悪い原因ばかりつくっている者に何も起きないのでしょうか?このような現象を少し見ただけでも、何が真実か分かります。
つまり、私のブログに書かれたことが真実である、ということです。
他の人がいっている、私に対する悪い噂は、どれも自分本位に何も真実が分からないままに、自分たちに都合がいいように勝手に想像してしゃべっている、いい加減なものにしか過ぎないということです。
今、時代は大きく変わり始めているのです。
それなのに小さな心の人が、自分の責任を少しも認めず、全部人のせいにして適当にしゃべったことを、そのまま信じていては絶対に幸せにはなれないのです。(現実にそんな人が次々に不幸になっています)
もう、このような(神の心が次々に現れる)時代になれば、小さな心は捨て、できるだけ大きな発想を持って、それを実践していかないと生き残れないのです。小さな心の人は、その時代が変わっているということが、まるで分からないのです。だから、これまでどおりのことを続け次々に不幸になっているのです。
これまでのような発想でいては、もう生き残れないということは、この辺りだけではなく、次々に日本中で起きている異常現象でお分かりいただけるはずです。
そのような異常現象が起きているのを見ても、小さな心の人はそれも皆私のせい、あるいはただの温暖化のせいとしか思わないのでしょうが(すべて責任転嫁です)そうではありません。個人の力だけで、あるいは温暖化のせいだけで、これほどの現象が集中して、次々に日本に現れてくるなどありえないのです。
時代が変わっているからです。だから、未だそれを理解しない心の人が日本には多いため、このような異常現象が次々に現されているのです。
私は何度もこのブログに書いてきました。多くの人が心を変えないとこの現象は収まらないと。
それこそが真実なのです。時代が大きく変わっているのであれば、その新しい時代に即した心に多くの人がならないと、異常現象は収まらないのです。
せっかく、私のブログからパラダイムシフトが始まったのです。では、人の噂などに左右されず、もう少しこのブログを信じられてはいかがでしょうか。



人目の訪問者です。
