>>ブログトップへ

10月 27 2013

愛のない料理

11:11 AM ブログ

昨日もずいぶん聞こえてきましたね、サイレンが。(夜中〔十二時前後ですか〕もすごかったです)

こんなにサイレンがしているのに、反省のはの字もなく、自分の責任など少しも考えようとせず、平気で人に嫌がらせをしてくる人もいますが、そんな名古屋に何が起きようと知ったことではないという、無責任な人は(昨日も大人から子供までたくさんいました)徹底的に祈ります。(そうしないと、いつまでたっても自分の悪いところに気づきませんから)

そのような人は愛がないので、名古屋に何が起きようと自分に何が起きようと関係ないのです。そのような人は周りはもちろんのこと、自分自身まで不幸にしてしまいます。早く気づいてほしいものです。自分の愛のなさをです。

最近は食品偽装の問題が続出しだしましたが、食品業界も、ずいぶんごまかしがまかり通っているようですね。(もちろんそういう業者は一部なんでしょうが)

あの大阪の高級ホテルの食品偽装も、あれを誤表示というんですから笑ってしまいました。(あまりに見え見えで〔笑〕)

しかし、こういうことは、あちこちのホテルやレストランでもやっているようで、何か食品業界は戦々恐々としているところもあるようですが、そう考えてみると、舌が肥えてるとか食通とかいっている人も、本当はどこまで料理のことが分かっているのか疑問ですね。

だって、あの大阪の高級ホテルの食事を、そのようにいっている大勢の人が食べたわけですよね。それなのに、誰も食材が悪いのに気づかなかったんでしょう。

マァ、おかしいなと思う人はいたかもしれませんが、しかし、あのホテルの食事が悪い、という評判がたっていたわけではないので(今回偽装がばれたのも、内部調査の結果ですもんね)少々おかしいと思う人はいたかもしれませんが、それを自信を持っていう人はいなかったんですから、やれうまいのまずいの素材がいいのといったところで、どこまで当たっているのか分からないということになります。(テレビで、うまいものをよく食べているという芸能人が、安い食材の料理と高い食材の料理を並べて、どちらが高い食材の料理か当てるような番組がありますが、あれだって百発百中する人などいないのです。ということは、食材などあまり関係なく、味など料理でどうとでもなるということです)

このようなことを考えますと、料理がうまいのまずいの、食材がいいのといっていても、それが正確かどうか分からないのですから、料理のことを、それほど大袈裟にいうこともないのではないでしょうか。

だいたい人は、辛党の人もいれば甘党の人もいるのです。濃い味が好きな人も薄味が好きな人もいて、人の味の好みなど十人十色なのです。では、うまいと思う料理も、人によって違うのが当たり前だと思うのですが、そうではないのでしょうか?

園頭先生は、よく舌先三寸のことを大袈裟に騒ぐなといっていられました。(料理は舌で味わうだけです。〔舌以外の体の部分では甘いの辛いの、うまいのまずいの分からないですからね〕そんな舌先三寸で味わうだけのものを、大袈裟にいうなという意味です)

園頭先生が法を説いていられた時(二~三十年前)はバブルの時代でもあり、飽食の時代といわれ、今以上に料理はあそこがうまいの、あの店の食材は絶品だのいわれ騒がれている時でした。

そういう世相に園頭先生は、そういうことばかりにとらわれていてはいけないと、警鐘を鳴らしていられたのです。

園頭先生は前にも書きましたが、出された料理に、うまいのまずいのいわれる方ではありませんでした。出された料理には感謝して何でもおいしくいただかれたのです。

もちろん料理はうまい方がいいですし、食材もいい方がいいに決まっています。しかし、料理で一番大事なことは、その料理に愛が入っているか、入っていないかということなのです。

料理に愛が入っていれば、少々食材が悪かろうとその料理はおいしくなりますし、また、愛のある料理を食べれば、食べた後の消化もずっとよくなるのです。逆に愛のない料理は、よい食材を使っていてもまずくて食べた後の消化も悪いのです。

ですから、食品偽装などしているホテルの食事は(それは客に対し愛がないということですから)多分まずかったと思います。しかし、そのまずさに誰も気づかなかったのです。

なぜ気づかなかったのか?

それは普段から、愛のない食事をしている人が多かったからでしょう。だから、その料理の愛のないまずさに気づかなかったのです。

高級ホテルやレストランの食事より、家の食事の方がうまいといわれる人も多いと思いますが、それは家の料理には愛が入っているからです。しかし、最近は、その家の料理も愛が入っていない食事が増えたのではないでしょうか。(愛をこめて家の食事をつくっている主婦がどれくらいいるのでしょう)だから、愛のない、まずいホテルの食事もまずいと気づかなかったのです。

私が歩いていて、すれ違う人で女の人も多いのですが、その女性(若い子から年寄りまでいますが)の大半が、私に何かかにか嫌がらせをしていくのです。人に嫌がらせを平気でできるということは、それはその女性に愛がない証拠です。(愛があるなら、どういう人に対しても嫌がらせなどしませんからね。キリストが人に嫌がらせをされるでしょうか?)

そのような人たちを私はたくさん見ています。そうして最近の女は愛のない人が多いな、と思っていたのですが、このような食品偽装などの事件を見ると、その思いを裏付けているように感じました。

女性の愛がなければ、世にこのような事件(人のことなど知らないという愛のない事件です。子供に食事を与えないとか、夏に車の中に平気で子供を放置するとかの事件も同じです)は溢れます。そうして、そのような素材も悪く、まずいものを食べていてもまったく気づかないのです。

今のような世相を見ると女性の愛のなさがよく分かります。しかし、なんでも同じですが、多くの女性がもう少し愛を出すのであれば、このような世相はガラリと変わります。

もう少し女性は女性の愛を出されてはいかがでしょうか。(外見だけはきれいな人多いんですけどね…外見だけって〔笑〕)

0コメント

Trackback URI | Comments RSS

コメント記入

Spam Protection by WP-SpamFree


あなたは人目の訪問者です。