12月 13 2013
神から与えられた性の大事さ
昨日は、新潟などの日本海側の各地が大雪となりました。岐阜や九州の鹿児島まで雪が降ったそうですが、今年は大寒波になるとの予報も出ています。
また、今年の冬も大雪などで、どれだけの被害が出るか分かりませんね。
神の心に逆らい、本当の神の教えを無視しているとよいこと起きません。(サイレンも続いていますし)他国の皆さん、日本はこのような異常現象が、もうずっと続いているのです。(何がこれまでの日本に起きているのか、このブログを読んでもらえればよく分かります。横の検索のところに異常気象とでも入れて、検索してもらえれば、それに関連したブログがたくさんで出てきます。ぜひ、そちらもお読みください)
心のあり方一つで、このような現象も起きなくなるのですが、なかなか、それも理解していただけません。が、それをいっていても仕方ありません。一つ一つでも正しいことを書いていくしかありません。
昨日、一昨日でしたか、また、性別変更をした夫が父親として認められるという判決がでました。この前の婚外子の平等を認めた判決といい、現在の世相の影響(自由、平等)がもろに出ています。
最高裁の判決とはいえ、人が裁いているのです。必ずしもその判決が正しいとはいえないでしょう。(憲法上はともかく)
では法(神の心)から見たら、この判決が正しいのかどうかといえば、もう何度も書いていますように、このような判決は正しくないのです。
それはそうでしょう、神からいただいた体を勝手につくりかえ、しかも、本来結婚すべきではない相手と結婚し、子供までもうけているのです。これ以上の自分勝手な振る舞いはありません。父親として認めるどころか、この夫婦は大変な罪を犯しているのです。
現在の家族の多様性など、自分たちのわがままで作り出したものにしか過ぎません。昔からある秩序は守らないといけないのです。
その秩序があったから、私たちはこれまで生活ができてこれたのです。それを破壊すれば、当然のことですが、私たちの生活も破壊されるということです。
このような判決が出続ければ、同性婚をする人は増えます。そんな同性婚を認めていれば子供も生まれなくなります。(今回は、よその人の精子をもらって子供をつくりましたが、男性同士ならどうするのでしょう)
そうして、このような選択肢が拡がるのであれば、また、家族の多様性をたてに、どのようなことをいいだす人がいるとも限らないのです。では、家族制度まで壊れてしまうということになります。
同性婚が増えて子供が生まれなくなり、家族制度まで破綻したら、一体世の中どうなるのでしょうか?誰でも分かります。そのような世の中は滅ぶしかないということです。
そのような、滅びの道をつけるような判決が正しいわけがないのです。
なんでも自由などありえないのです。秩序をなくせば、私たちの生活が破壊されます。秩序を守ることは大事なことなのです。
昔は男に生まれたら男らしく、女に生まれたら女らしく育てたものです。それはそうでしょう。それが一番自然なことだからです。自然なことを不自然にしてしまっては、結局神に逆らっていることになるのです。
子供は神からの授かりものといわれます。では、その神から授かったものを、勝手にこの世で変えてしまっていいのでしょうか?それでは神の心を無視していると思われないのでしょうか?
神からの授かりものを、人の考えで勝手に変えてしまい混乱をきたしている、今の私たちはまさにそれなのです。
男で生まれたのであれば、その心がどうあれ(男に生まれて、女のような心を持っている人は〔女に生まれて男のような心を持っている人も同じです〕その人の過去世の業やら何やらで、そのような心癖になっているのであり、どちらにしても、そのような心を変えないといけないのです)徹底的に男らしく生きないといけないのであり、女に生まれたら、その心がどうあれ、徹底的に女らしく生きないといけないのです。
そうしなければ、その人本来の使命も果たせず(男に生まれたら男らしく、女に生まれたら女らしく生きる、これが人としての最低果たさなければいけない使命だからです)その人に与えられている神との約束も果たせないのです。
生まれてきた性が神から与えられた性なのです。では、その性を大事にしなければ、その性でなすべきことがなせなくなるということです。(その性でなすべきことが、その人が神から約束してきた約束事だからです)
この神から与えられた性を、大切にすることがどれだけ大事なことなのか、もう少し現代の人々は考えないといけないのです。あまりに個人の考えを尊重しすぎてしまうと、このような間違いを犯す原因ともなります。
なんでも自由という発想がいかに安易か、もっと考えるべきではないでしょうか。
(男女平等などのブログもたくさん書いています。外国の方々は、そちらのブログも検索されぜひお読みください。今の世相にかなり反するものではありますが)



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