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1月 09 2014

新興宗教のおかしさ②

10:44 AM ブログ

昨夜、この前書きました静岡の方からメールをいただきました。(何か急に原因不明の停電があったそうですが)

しかし、救急車のサイレンは全然してこないそうです。ずいぶん違うんですね、名古屋など昨日も(午前中はそうでもなかったんですが)午後の三時過ぎくらいからでしょうか、救急車のサイレンが響きだし、その後、夜中までずっと聞こえていた感じでした。

今日も朝からすでに何度も聞こえてきています。やはり名古屋は祟られているようです。よその都道府県の方々もお気をつけください。

その祟り、あまりにトンチンカンなことをいっていると始まるかもしれません。

それはともかく、新興宗教のおかしさの続きを書きましょう。次は金光教を書きます。これも園頭先生のご著書「正法と現代宗教」より抜粋します。

<金光教の創始者、金光大神は、明治維新の二十五年前、岡山県に香取源七という名で生まれた。十二歳の時、川手家の養子となり川手文治と改名し、さらに赤沢文治と改名し、明治初年戸籍法が制定された時に、姓を金光、名を大神と届け、金光大神となった。

金光教の主宰神は「天地金乃神」で、金光大神はそれを宇宙創造の神だと信じていたふしがある。

金神は、古代中国の陰陽五行説の神の一つで、日本でははやくから祟り神として信仰され、方角、日の吉凶によって運命が左右され、特に金神の方角を犯すと祟りがあるといい、金神除け、金神封じの祈禱を山伏などがやっていた。

まだ金光大神と名乗らないで赤坂文治と名乗っていた頃、文治の周辺には不幸が続き、弟も金神の祟りだといって気狂いになる。その弟に憑ってきた金神と、文治が直接問答するというところから金光教は出発するのである。

その内に突然文治の口からも、金乃神がものをいわせた。

「まあ煙草を一服せよ。公儀のお役所でも煙草はある」。「煙草」とは休憩の意味である。

「神様が踊れといわれるから踊る。歌えとおっしゃるから歌う。麦を乾しておっても、天気なのに『雨が降るから入れい』とおっしゃるから入ると、ざっと降ってくる。なんでも信心は、神様のことを疑わぬで馬鹿になってしなされ」(『理解』五八)

金光教祖の『理解』をみると、これに類することがたくさん書いてある。

金光大神と名乗るまで不幸の連続であった。子供が疱瘡(ほうそう)をした時、金乃神のお知らせがあった。

「今朝、疱瘡でないといったのは安心させるためにいったのだ。よその家では下の子から上の子へと疱瘡がうつるが、この家では上の子から下の子へとうつさせるぞ。その方には、金乃神の広前(神前のこと)を勤めさせねばならないから、祇園宮のことはしてはならない。祇園宮には、毎日、御膳、香、花をあげ、朝夕、御馳走に『六根清浄』と『般若心経』をあげさせよ」というのである。

本人や家族を病気や不幸にして、自分をまつらないと困ったことになるぞというような恐怖心を与えるものが正しい神であろうか。

正しい神は恐怖心を与えない。心の安らぎを与える。恐怖心を与えるのは動物霊である。

やがて文治は、金乃神から「文治大明神」の名を与えられ、安政六年十月二十一日、麦まきが終わって金乃神に感謝のお礼を言上すると「麦まきが終わり、安心いたした。色紙を五枚、買うてこい」とお告げがあり「幣を切れ。幣の串は曲尺(かねじゃく)で二尺五寸、そのようにつくって神前にあげよ」。そうして幣をつくって「金乃神さま、これでいいですか、お改めください」と願ったら「これからのちは取り次ぎに専念せよ」との重大なお知らせがあって、金光教ではこの日を立教の日としているのである。>

取次ぎとは、信者の願いを届け、神のお告げを信者に伝えることですが、このお取次ぎによって、金光教の信者は増えていきます。

天理教が天理王命といったり、この金光教が天地金乃神といっている神は、宇宙創造の神ではありません。

はっきりいって何の神かさっぱり分からないのです。(神ではなく悪魔かもしれないということです)

この金光教の神も天理教同様、自分のいうことをきかないと不幸になると脅しているのです。こういう言い方をするのは、神ではなく、ほぼ間違いなく悪魔(地獄霊)です。

ということは、この金光教もやはり教祖が悟りを開き始めたものではなく、何の神か分からないものが憑いてきて、それで始めたものです。いってることのおかしさを考えますと、憑いてきたものは、悪魔に間違いありませんので、その教義は正しいものではないということです。

園頭先生は、この金乃神のことを動物霊といわれていますが、このような何が憑いてきているのか分からないようなものを、すぐ信じてはならないのです。

高橋先生は「私のいうことでもすぐ信じてはいけません。疑って疑って、もうこれ以上、疑う余地がないと思ったら、はじめて信じなさい」といわれていました。

また「自分が見えて、聞こえて、話せたら信じなさい」ともいわれていました。

得体の知れないものをすぐ信じてはならないのです。

2コメント

2 コメント to “新興宗教のおかしさ②”

  1. 幸福実現党2018/08/20 at 11:38 PM

    初めまして、幸福実現党です^^
    国防強化と、消費税減税、撤廃による、日本経済の成長を、目指してます

  2. gtskokor2018/08/21 at 1:41 PM

    そこは賛成なんですが…。(笑)

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