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3月 17 2014

如来の教えを伝えることの重大さ

11:08 AM ブログ

それにしても、このブログを再開して五年目に入りましたか、本当に早いです。(私はまだ一、二年しか経っていない感覚ですが)それで皆さんの態度はまったく変わらずですか。ちょっと信じられませんね。

その信じられないという意味を、少し詳しく書いておきましょう。

昨日、ウナッシーさんのコメントに対する答えにも書きましたが、日本の人々は、最低限の使命さえ果たしていないのです。

その国に如来が生まれられたら、その国の人は、その方が本物の如来と自覚し、その如来の教えを学び、その教えを世界に伝える、それが如来と共に生まれた人の最低限の使命なのです。(そのような約束を生まれる前にしてきているから、如来と同じ時代に同じ国に生まれることが出来たのです)

それは、釈尊が出世されたインドや、キリストが出世されたイスラエルの人々を知ってもらえれば、お分かりいただけると思います。

釈尊やキリストの弟子たち、またその如来と同じ国に生まれた人たちが、如来の存在をより多くの人に伝えることにより、釈尊やキリストという偉大な人物や、その教えや奇跡が世界に伝わることになったのです。

もし、釈尊やキリストの弟子たちや、如来と同じ国に生まれた人たちが、釈尊やキリストや、そのような偉大な方々が起こされた奇跡や教えを、一切口外しなかったらどうなるでしょう。

釈尊やキリストが生まれた国の人々が、誰も釈尊やキリストのことを口にしなければ、現在のように世界中の多くの人が、釈尊やキリストの存在を知ることはなかったでしょうし、その起こされた奇跡や教えもほとんどの人が知らなかったでしょう。

そのようなことになれば一体世界はどうなっていたでしょうか?

世界の多くの人が、釈尊やキリストが起こされた奇跡や教えを知らなければ、それこそ世界の人々が本当の神の存在も理解せず、奇跡も分からず、愛や慈悲の心さえ否定して、今以上のひどい世の中になっていたということです。

釈尊やキリストの教えや奇跡が世界に伝わったから、世界中の人々が、その教えや奇跡を信じて救われる人も出てきているのであり、それを知らなかったら、釈尊やキリストの教えで救われた人は、いまだに救いを求めてさ迷っていたということになり、もし、釈尊やキリストの教えが世界に伝わっていなければ、世界の混迷は今以上に深く広くなっていたのです。

現在の世界を見るならば、まだまだ混迷した世の中ではありますが、それでも釈尊やキリストの教えがあるから、この程度で収まっているのであり、また、そのような偉大な教えがあるからこそ、この先の人類もまだ救われていく可能性があるのです。

如来の存在や、その教えが世界に伝わっていなければ、現在の世界は悪魔が支配した、暗黒の世となっていたかもしれないのです。だからこそ、如来が生まれた国の人々は、最低限、その如来の存在は自覚し、その教えを知らないといけないといっているのです。

そうしなければ、如来の存在も如来の教えも世界に伝わらないからです。

釈尊やキリストの教えがあるからいいではないか、と思う人もいるかもしれませんが、如来がその時代に出世されるのは、その時代に合った法を説くために生まれるのであり、釈尊やキリストの数千年前の教えだけでは、その時代のすべての人が救われるわけではありません。(それに数千年前の教えが、そのまま正確に伝わっているわけでもないでしょうし)

だから、その時代、その時代に合わせた教えを説くため、如来は時代を経てまた出世されるのであり、より多くの人を救うために、如来は時をおいて肉体を持たれるのです。

このようなことを考えますと、その時代に如来と共に同じ国に生まれた人たちは、大変な使命を持っているのであり、もし、その使命を果たそうとしなければ、世界が大変なことになるということです。

そう考えるのであれば、現在の日本に毎日のように異常現象が起きていること、そうして、世界中で異常気象が起きて、内乱などの混迷が深まっていることの意味が、お分かりいただけると思います。

今日本を始めとして、世界中で起きている異常な現象や混乱は、すべて、日本の人たちが使命を果たそうとしないことに原因があるのです。

そうではないですか?この法を知るのであれば、異常気象の収め方も分かるはずですし(人の心で異常気象はどうとでもなります)法は神の心である愛と調和を基本とするのですから、そこに争い(戦争)という文字はありません。

今現在世界にどういう教えが伝わっているのでしょうか?

それは自由平等です。(何度も説明していますとおり、この教えでは調和するわけありません)それに、異常気象は自然現象なのだからどうすることも出来ない、という科学をそのまま信じた唯物論です。

これでは世界の人々は救われません。異常気象は止まらないし、争いしか起きないのです。

しかし、この世界の混迷も法が伝わりさえすれば、すべて丸く収まるのです。異常気象は収まり、戦争はなくなり、奇跡が起きる世の中に変えることが出来るのです。

このように考えるのであれば、日本を始めとした世界の混迷は、一にも二にも、この法が日本に出現したにもかかわらず、その教えを学ぼうとせず伝えようともしない、日本の人々が原因といえるのではないでしょうか。

私が早く法を勉強しないといけないと、何度も繰り返しているのは、日本のためだけではありません。世界のためにいっているのです。

法を理解することの重大さを、このブログを読んでいる人たちは、あまりに軽く考えすぎているのです。

今の世界の混迷は、このブログを見ている人が何もしようとしないからなっているのであり、日本を始めとした世界の混乱は、この法さえ拡がれば収まるということです。

このブログを読んでいる人たちは、法に縁があるから読んでいるのであり、その縁の重大さの自覚があまりにないのです。

日本に次々に異常現象が起きるのも、道理ではないでしょうか。

3コメント

3 コメント to “如来の教えを伝えることの重大さ”

  1. ウナッシー2014/03/17 at 12:29 PM

    イメージも変わるものだという事を知りました。この前の大雨の時何気に異常気象のことで友達と話をしていて「でも、空の外側は変わらず一定のリズムで動いてるんだよな」って言った瞬間に大宇宙、大自然のイメージが変わったのです。
    それまでは大宇宙大自然といえば大空が地球を包むイメージでしたが、その瞬間から地球が太陽であったり月と太陽系の中でゆっくりと地球が回るイメージとなりました。それからは、そのイメージがお気に入りでどんな時もいつでも思い浮かべることが多くなりました。

  2. gtskokor2014/03/17 at 2:31 PM

    高橋先生は、何か腹が立つようなことがあると、すぐ宇宙即我の境地になり意識を広げられたそうです。
    それと同じような感覚なんですかね。

  3. ウナッシー2014/03/17 at 8:26 PM

    いいえ、いいえ!とんでもない…
    私など初心者も良いところ、大矢先生の足元にも及びません。
    ただ感覚的なイメージができるだけで、座ってもそんな実感はないです。
    正直いって、座った時には真っ暗で最後の方で何か明るくなってたかな?位のものです。

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