4月 10 2014
霊界の存在とその作用
昨日の、ウナッシーさんのコメントではありませんが、高橋先生くらい地獄界の存在、そうしてそこに堕ちている霊の存在を、具体的に書かれた方もいないのではないでしょうか?
幽体離脱をして、観てきた霊界を書いていることで有名な、神学者のスウェーデンボルグも、高橋先生ほど具体的に霊界のことを書いていません。(訳された本ということもありますが、ボルグの本は、霊界や霊界に住んでいる霊たちのことが、いまいち分かりにくいです)
やはり高橋先生くらい、霊界のことや、そこに住んでいる霊たちを、具体的に書かれた人はいないと思います。
そのスウェーデンボルグという人は、過去世でキリストの弟子であるヨハネ(十二使徒のヨハネです。バプテスマのヨハネではありません)といわれた方で、やはり霊界の存在を、この世の人たちに知らせるため使命を持って生まれた方である、と高橋先生はいっていられました。
この世の人に、霊界の存在を知らせる使命を持って生まれた方が書いている本より、さらに具体的に分かりやすく、霊界のことを高橋先生は書いていられるのですから、高橋先生がどれほどの方かお分かりいただけると思います。
高橋先生は釈尊であった時、天上界と地獄界の情景を大勢の弟子の前で現されたといいます。今回はそれを本に書かれただけのことですし、同じことをされたといえばいえますが、本に書かれたのであれば、弟子たち以外の人まで具体的に霊界の姿を知ることが出来ます。
高橋先生のご著書は、書かれている神理とともに、霊界に住んでいる霊たちの生活から、心の中までよく分かる、稀有な名著といえるのです。
地獄界が想像以上に恐ろしい世界と分かったのです。では、自分の態度を改めればいいものを、なかなかそれができない人が多いようです。
実は昨夜、奇妙なことがあったのです。
昨日寝ていたら真夜中に目が覚めました。目が覚めたとたん、私の耳に聞こえてきたのは、大きな機械の音でした。私はその音に聞き覚えがありました。近くの会社がよくそのようなでかい音を立てていたからです。
「何だ、こんな真夜中に」と思って時計を見たら、一時四十分くらいでした。(ということは今日の未明ということです)
「こんな時間にでかい音を立ててるなんて頭かしくないか」と思って、窓からその会社を見ると、真っ暗で誰もいない雰囲気です。
「アレッ」と思って周りを見回しましたが、どこも電気がついているところはなく、人の気配もありません。フッと気づくと、そのでかい音もしていませんでした。
「おかしいな?たしかに近くの会社の機械の音だったんだけどな」と思ったのですが、どこも機械を動かしているようなところはありません。時間が時間です、当たり前といえば当たり前なんですが、しかし、私が起きた時はたしかに音がしていたのです。(それもかなり大きなです)
しかし、外を見渡すとそれらしい会社はありませんでした。
これはどういうことでしょうか?ただの空耳だったんでしょうか?
多分違うと思います。空耳ではありません。近くの会社、昨日はかなりでかい音を立てて、このブログを書くのを邪魔していたんですが、今日はそうでもありません。
とにかく、日によって態度がくるくる変わる会社がこの辺り多いのです。
何か起きているのでしょうが、それを誰も私に話そうとしません。だから、何が起きているのか分からないんですが、多分です、この一、二年の間で亡くなった人もこの辺りいるでしょう。(これだけサイレンが聞こえてくるのです。当然そういう人もいるはずです)
そうして、ここに書いているような地獄界に、堕ちている人もいるのではないでしょうか。そのような人が真夜中に、近くの会社にやって来て、機械を動かしていたのではないかと思えます。(地獄に堕ちた亡霊が夜な夜なやって来る、というやつです)
この辺りの会社に働いていた人が亡くなり、その人が地獄に行っていれば、そういうことも往々にして起きるのです。(天上界に行った人が、迷って出る、ということはありませんが)それにこの辺りの人、毎日のように怒っている人も多いのです。(悪いことが起きるのは、全部私のせい、ということでです)
そういう怒りの心や(まだ死にたくなかったという)執着の心が強いと、地縛霊となって、その場所にずっといるということは、十分あるえる話なのです。
名古屋は毎日のように、救急車のサイレンが聞こえてきます。ということは、中には亡くなられた人もいて、そのような人たちが地獄に行って、地獄の亡霊がこの辺りウヨウヨしている、ということは十分考えられることなのです。
これだけ名古屋はサイレンが聞こえてくるのです。では、もうこの世の作用だけでなく、あの世の作用も(天上界、地獄界含めてです)かなりしているということになります。
ということは、特にこの辺りの人は、心のあり方を間違えると、大変なことになるということです。(自分の心が地獄に向いていると、地獄の亡霊たちに、地獄に引きずりこまれるということもあるからです。よく家族の人が死ぬと、立て続けに、その身内の人が死ぬということがありますが〔死んだ人の兄弟姉妹とかがです〕あれなどその典型です。死んだ人が一人で死ぬのは嫌だと、身内を一緒に地獄に引きずりこむのです)
光の天使の作用を受けるのも、地獄の亡霊の作用を受けるのも、全部自分の心次第です。
この神の教えを勉強するということが、より一層大事になってきたということです。



人目の訪問者です。

改めて園頭先生にお逢いした時の感じを思い出しました。私には
何となく近寄り難く、近づくと離れ難い方であったと思います。
振り替えれば、講演会、研修会とご縁がありお話しを聞く機会があり時には食事にも着いて行ったし、車で送迎もしました。
九州の研修会では、最終日に先生が一人一人「頑張って下さい」と握手して見送って下さったこと、その手の感触は今でも残っています。
過去は過去。今は今。とは言え縁があったことは事実。しかも、
2度目の機会を頂いたこの不思議なご縁を活かせるよう
現実をしっかり捉え、何があろうと法と共に歩んでいきお力添えができるよう
に順を踏まえて行こうと思います。
ウナッシーさん正法会に入っていられたんですね。(なら私、静岡の講演会に行ったこともありますし、どこかでお会いしているかもしれませんね)
では共々に園頭先生のご意志を継いで頑張りましょう。