4月 13 2014
世界の盟主国
昨日の話の続きですが、最近は安全神話が崩れたとはいえ、それでも先進国の中で、日本ほど安全な国はないですし、少々のデモはあっても他国のように暴動が起きるわけではありません。(そのデモにせよ、他国の国旗や、お歴々の写真を燃やしたりするような失礼なことしませんし、中国の暴動は有名ですし、アメリカでも銃の乱射事件が多発しています)
それに自衛隊にせよ、他国と戦争を起こしたことなど一度もないですし、抑止力と災害救助に重きを置いているのですから、これだけ平和な軍もないわけです。
他の先進国に比べ、日本ほど調和している国はないのですから、アメリカが没落しだした現在、次の世界の盟主国となるのは、日本をおいて他にないわけです。(それだけでも、十分他国の模範となるのではないでしょうか)
そうして日本は経済大国です。それに戦争を異常に嫌うという、性質もあります。(笑)抑止力がまったくないのでは困りますが、戦争などしない方がいいに決まっていますので、日本ほど戦争から遠い国もないわけですから、日本が世界の盟主国となるなら、軍事衝突をして揉めている国など、原始共産主義(物がある国がない国に分配する)と徹底的な話し合いで、解決できるよう努力するでしょう。(まず軍事力の行使ということはありえませんね。日本は)
つまり、どうころんでも、これからの時代(正法の世)日本ほど世界の盟主たりえる国はないわけです。(日本は大東亜戦争以後、一貫して平和の道を進んできているのです。その点だけ見ても、日本ほど堂々と平和を唱えられる国はないのです)
では、後何が足りないのか?ということです。
それが昨日も書きました“神”の部分です。
アメリカの没落後、日本が盟主国となるなら、世界の平和は早まるでしょう。しかし、もし他国がなるようなら現在のような世界の混迷はまだまだ続きます。(他国ではアメリカ同様、軍事力を主とするからです)
世界の混迷が続くなら、当然ではありますが日本も混迷します。この混迷を収めるには軍事力では無理なのです。(実際収まりません。ひどくなる一方です)もちろん経済力でも無理です。この世界の混迷を収めるには、もう物質面だけでは、とても収めることができないのです。
だから世界の状況を考えるなら、この混迷を収めるには、物質面からいくのではなく精神面、つまり宗教に頼らざるを得ないということです。
だから日本の人々が、この本当の神の教えを知らなければいけないといっているのです。
本当の神の教えを日本中の人が知り、それを世界に伝えるしか、世界の混迷を収める方法はないからです。
大東亜戦争以前は、数百年にも及ぶ西洋諸国の東洋侵略の歴史がありますが、その西洋の国々が東洋の国々を侵略する手段として、キリスト教を使ったのはよく知られている事実です。(宣教師が侵略する国に先に入り、キリスト教を説いて、その国の人々から武器を捨てさせ、その後、自国の軍隊を送り込んで侵略するのが、西洋の国の常套手段でした)
これと逆のことを日本がやればいいのです。
争っている国に、日本で法を勉強した人が行って、その国の人々に法を説きます。そうして、その国で奇跡を現し、争いをやめさせ、足らない物資を分配するのです。
そのようにするのであれば、すぐに戦争はなくならなくても、年月を過ぎるうちに世界は徐々に静かになり、そうして調和するようになるのです。(天からの協力も得られるからです)
宗教戦争をしているところではなおさらでしょう。ユダヤ教やキリスト教、仏教などの過去の聖者が説いた教えは、皆一つの教えから出ているのであり、同じ事を説いているのである、ただ説き方の方便が違うだけである、と宗教戦争をしている人たちに教え、その場所で奇跡を起こすのです。
そうすれば、その奇跡が証拠となり、その大元の一つの教えに戻ろうという運動は起きるはずです。
すべて一変に変えることは出来ませんが、日本に本物の教えが拡がるならば、その教えで世界平和を実現することは可能なのです。
逆にいえば、それが出来る国は(先ほども説明しましたが)日本しかないのです。
どちらにしても、それをしなければ日本は本当の使命を果たすことになりません。それに向かって進もうとせず、日本のことも世界のこともさほど考えず、自分たちのことばかり考えているから、日本はいつまでも異常現象が起きるのです。
日本の多くの人々が、小我を捨て大我に生きなければいけない時が来ています。
なぜ、日本に法を拡げないといけないのか?菩薩界をつくらないといけないのか?それは日本の平和だけでなく、世界平和への道筋もつくことになるからです。



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