4月 25 2014
仏に対する態度
今日もまたこの辺り様子が変です。(横の会社など朝からガンガンやってますし)
この辺りの会社の連中、散々私に嫌がらせをしています。最近は、極端に態度を変える連中が多いのですが、そういう会社に何が起きているのか知りませんが、そのような極端に態度を変えるような出来事が、まだまだこれから起きると思います。(拍車がかかると思いますが…)
八つ当たりばかりしているのではなく、少しは反省して、心と行いを変えられたらどうでしょうか。
例えば、現代の日本に釈尊が生まれてきたとします。(高橋先生のことはおいておいてです。例え話ですから)
誰もが、その人が釈尊であることを知っていて、そうして、その釈尊が自分の家のすぐ近くに住んでいたとします。
もし、そういうことが起きたのなら、その近所の人たちは、釈尊にどのような態度を取られるでしょうか?
釈尊が説法を始められると聞けば、多くの人が聞きに行くでしょうし、喜んで布施もされるでしょう。釈尊が道を歩いていられれば、近くを通る人は皆挨拶され、感謝の言葉をいわれるでしょう。(いつもありがとうございます、とか、いろいろ教えてくださりありがとうございます、とかです)
そのような人が多いでしょうが、中には、そんな釈尊を認めず、逆らう人もいるでしょう。(悪魔に憑かれた人たちは当然そうします)
その悪魔に憑かれた人々が、ある者は釈尊の説法の邪魔をし(釈尊が説法をしている横で、ガンガンでかい音を立てるとかです)ある者は、釈尊が歩いていると釈尊に嫌がらせをしていくのです。そうして釈尊のいないところで、釈尊の悪口ばかりいっています。
そのような人たちがたくさんいたら、釈尊の説法を聞いている、心ある人たちはどのように思うでしょう。
「なんて人たちだ、あんなことをしていれば天罰が下るぞ」「あの人たちは地獄に堕ちる」そのように思わないでしょうか?
心ある人たちは、きっとそのように思うでしょうが、その人たちが思ったとおりのことが起き始めました。
釈尊の説法を邪魔した者や、釈尊に嫌がらせを繰り返していた者、釈尊の悪口ばかりいっていた者たちに、次々と災いが起こり始めたのです。
ある人は病気になり、ある人はけがをし、また疫病が流行りだし、天変地変も続出したのです。
「天罰が下る」「地獄に堕ちる」と心ある人たちがいっていたことが、本当に起きはじめたのでした。
このような場合、こんな災いが続出しだしたのは、一体誰のせいなのでしょうか?
釈尊のせいでしょうか?それとも、釈尊の説法の邪魔をし、嫌がらせして悪口をいっていた人たちのせいなのでしょうか?
答えは書くまでもないでしょう。誰でも分かると思います。
私は釈尊のような仏ではありませんが、釈尊と同じ使命を持つ者です。
その釈尊と同じ使命を持つ者に、先ほど書いたような“悪い”ことをしているのです。では、先ほど書いたような“災い”が起きるのも、仕方のない話であり、その災いが起きたのは、私のせいでしょうか、それとも私に悪いことをしている人たちのせいなのでしょうか。
これも答えを書くまでもないでしょう。
私に嫌がらせをしている人たちは、自分の責任まで私に押し付け、そうしてなお私に嫌がらせをしているのです。
これでは、恐ろしい現象が次々に起きて、そうして、それに拍車がかかるのも無理のない話しではないでしょうか。
自分たちの間違った行いを棚に上げ、何から何まで、全部私に罪を擦り付け、そうして自分は被害者ずらして怒っているだけなのですから。
この辺りの人たちは、それほどの罪を負っているのです。だから、それほどの現象が現れてきているのです。
すべて、自分自身の心と行いに問題があるのであり、決して私のせいではありません。
自分の心と行いを反省され、私に逆の態度を取られてみてはどうでしょう。(先ほどの釈尊の例え話に書いておいたようなことです)
そうすれば、もちろん逆の現象が現れます。しかし、奇跡を望んでそうするのではありません。私に感謝の心と行いを現すことが、人として当たり前の行為だからです。
皆さん方のしていることが(大変な)間違った行為であるのです。
いい加減それに気づかれてはどうでしょう。これほどの現象が起き始めたのですから。
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