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5月 03 2014

法と憲法

11:11 AM ブログ

コメントにも書きましたが、昨日は散々でした。ゴルフを観に行ってきたからです。(和合でやっている“中日クラウンズ”です)

別に、ゴルフを観に行ったから散々だった、とはいいませんが、私の状況が状況です。やはり無謀な行為でした。(笑)

よってたかってというんでしょうか、もうそこらじゅうでされました。(もちろん嫌がらせです。来ているギャラリーはもちろんのこと、バスの運転手、ゴルフ場にいるボランティア、ガードマン、メディア、果ては競技しているプロゴルファーまで多士済々です〔笑〕)

「人のせいにするな」とか「どれだけ罰が当たれば自分が悪いと分かるのか」とか「責任転嫁の権化」とか、文句いいたくっていました……文句ではありませんね。説法です、説法。辻説法ですね。(笑)

マァ、嫌がらせもするでしょう。昨日いた半日くらいの間に(昼で帰りました。さすがに頭にきて)何度サイレンが聞こえてきたでしょうか。(十回くらいは聞こえてきました)あんなにしてるんですね、あの辺りでもです。名古屋でもないのにちょっと驚きました。(ゴルフ場の場所は愛知郡東郷町です。といっても名古屋のすぐ横なんですが)

あれだけしていれば、プロゴルファーの皆さんも気づかれるでしょう、今の名古屋の状況を。私が嘘をついているわけでも、大袈裟にいっているわけでもない、ということが分かっていただけたと思います。

それで、ワンパターンの嫌がらせ(八つ当たり)ですか?本当に心を変えようとする人は、誰一人いません。自分たちが悪いということがすでに分かっているのにです。(分かっていると思いますよ。だって昨日でも、あれだけ大勢の人に文句…違いました、説法でした。説法をしたのに、一人として言い返してきた人はいませんでした。ということは、自分たちが間違っていると認めているということですよね。自分たちが間違っていると分かっているから、反論できないんでしょう)

このような人たちを見ていると、今日は憲法記念日ですが、やはり日本で憲法改正など、とても無理ではないかとつくづく思います。

そうではないでしょうか?これだけ周りの状況が変わっているのに(アメリカの力が弱まり、中国やロシアが軍事力でドンドン出てきているのに)それでもまだ、憲法改正の議論が盛り上がるわけでもなければ、解釈の変更をするだけでも喧々諤々(けんけんがくがく)の大騒ぎです。

平和憲法を守れといくらいったところで、諸外国の状況はそれを許してくれません。(これからアメリカの力はドンドン弱まっていきます。そうなれば当然他国〔中国、ロシア、北朝鮮、他〕は軍事力を強めてくるでしょう。その方が外交がしやすいからです)

これだけメディアが発達し、それが分かっているのに、まだ同じことばかりいっている人がいくらでもいるのです。

要は、今の状況を変えたくないのです。ただそれだけです。平和憲法を守れ、などといっていますが、それはただの口実で、実は、諸外国の状況を受け入れたくない、今の状況を変えたくない、と思っている人が多いだけなのです。

だから、身近に危険が迫っていても、それでも自国を守ろうとする議論さえ嫌がるのです。自分たちの生活を変えたくないからです。

しかし、いくら嫌がろうと現実はそれを許してくれません。中国は力ずくで尖閣を取ろうと虎視眈々と狙っていますし、竹島の韓国、北方領土のロシア、拉致や核問題の北朝鮮と、問題のある国は、どこも軍事に力を入れている国ばかりなのです。

それなのに、非武装をうたっているような憲法のままでいいんでしょうか?

アメリカの力がドンドン落ちてきているのに、それでもまだ日米同盟だけに頼り、他国との交渉がうまくいくと思われますか?

靖国問題やら日本が武装するから他国もそうするなど、まさに西洋が東洋を侵略する時に使った、神父を先によこしてキリスト教を説き、武器を捨てさせてから侵略する、その神父の論理そのままです。

何もしなくても、そのような国々は難癖をつけて、日本の資源を奪いに来るのです。自国の資源が少ないからです。(他国の状況お分かりですか?)

そのような国からすれば、それが正義なのです。自国の国民を(自分たちも含めてですが)飢えさせるわけにはいかないからです。

そういう状況を一切無視し、何も変えなくていいという多くの人々、それはこれだけ日本中に天変地変が起きて、そうして名古屋では、毎日のように異常現象が起きているにもかかわらず、それでも自分たちの心と行いを、変えなくていいといっている人たちと、まったく同じ思想であり、その同じ思想とは“自分たちの生活を変えたくない”ただそれだけなのです。

しかし、いくら変えたくなくても、日本の安全保障同様、そのままの心と行いでは、自分の安全保障が保障できなくなります。(名古屋は、これだけサイレンが毎日しているのですから、毎日戦争しているのと同じことです)

憲法であれ、自分の心と行いであれ、周りの状況がドンドン変わっているのです。

では、変えざるをえないのではないでしょうか。自分の考えなり行いなりをです。

それさえも分からず同じことを続けている人は、所詮は進歩がない人なのです。先に進もうとしない人なのです。(そのような人は、もう滅ぶしかありません。正法の世となり、そのような状況になっているからです)

今の状況をよく知り、先を読んで先に動く、そのような人たちだけが進歩していくのです。

追伸…しかし鳥たちには驚きましたね。私がゴルフを観に行くために降りた、地下鉄の赤池駅ですでに「ピーピー」すずめたちが騒いでいました。(私が地下鉄の駅から地上に上がって行き、外に出てすぐです)

もう私のことを、すずめたちは知っているようで「ジージー」というような、おかしな鳴き方をしているすずめもいました。私はマスクに帽子をかぶり、顔がよく見えないようにしていたにもかかわらずです。

それはゴルフ場についても同じでした。あれだけ人がいては、さすがにすずめも寄ってはこないだろうと思っていましたが、何羽も寄ってきましたし、例の「ジージージー」という鳴き方を私が座っている木の上でしているすずめもいました。

もっと、驚いたのは、そのゴルフ場の帰り道です。

赤池の駅からゴルフ場まで、無料の送迎バスが走っているのですが、私は帰りはそのバスに乗りませんでした。(行きに乗っていて、そのバスの運転手や乗っているギャラリーの連中に、散々嫌がらせされましたからね。歩いても三十分くらいの距離だったので、帰りは歩いて駅まで行きました)

昼に出てきてしまい、時間もあることでしたので、帰り道は赤池駅までの辺りをブラブラしながら帰ったのですが、その辺りにいた鳥たちが皆私のことを知っているのです。

すずめは「ジージー」鳴いてるのはいる(それも私の近くに飛んできてです)ツバメが電線にとまって大きな声で「ガチャガチャ」と、私に向かい鳴いているのには驚きましたが(ツバメの鳴き声を知っている人は少ないんじゃないですか?あまり大きな声で鳴きませんもんね。ツバメは「ガチャガチャ」というようなおかしな鳴き方をします)歩いていると、あちこちからすずめが飛んできて、ピーピーギャーギャー大騒ぎです。

この辺りの鳥たちは、私の顔を知らないはずなのに、何で、こうも寄ってきて大騒ぎしているのか、まったく不思議なことでしたが、鳥たちは私の顔ではなく、何かに反応して騒いでいるようです。(こういうことって科学的に説明がつくのでしょうか?)

それが何かは分かりませんが、人間たちは私を悪魔でもあるかのように嫌い、鳥たちは私が天使でもあるかのように、嬉しそうに寄ってくるのです。

人間には感じないことを鳥たちは感じているようです。

そのような感覚を鳥たちだけでなく、私たち人間も持っていたように思います。しかし人間たちは、あまりに心が汚れてしまったため、その感覚をなくしてしまったのです。

鳥と人間では、どちらの心がきれいなのでしょう?それは比べられないくらい、鳥たちの心の方がきれいなのではないでしょうか。(よけいなことを考えない素直な分です)

そのような私に対する評価は、鳥が正しいのでしょうか?それとも人間が正しいのでしょうか?それはいずれ分かることでしょう。

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