12月 20 2010
高橋信次師の後継者⑤
園頭先生は二十年近く正法誌(正法会で毎月出していた月間の冊子)をほとんど一人で書かれていました。私はその正法誌を全部読みましたが、このような不思議な文章を一人の人宛に書かれたのは多分これだけではなかったかと思います。
正法誌の1996年三月号に、次のような書き出しでその手紙は書かれています。
「 ある人への手紙
あなたとの出会いによって、日本の運命を替えることになりましたことをお互いに祝福いたします。忘年会へのご出席ありがとうございました。……」
この後は高橋先生が予言されたこと、現状の正法会のこと、そしてこれから先はこのようにしていきたいという園頭先生の考えが書かれてあり、
「あなたとの出会いも不思議でしたが、ともにそれぞれの立場で、日本、そして世界を救うことに力を尽くして行きたいと思います」
という言葉でくくられています。
園頭先生はこの年(この号の前の年ですから1995年です)の忘年会に出席された誰かに向かって、この手紙を書かれたのです。
この文面から推測しますと、多分この年初めて園頭先生のいられる忘年会に出席されたうちの誰かだと思われます。(もしこの手紙に書かれた人が、前から何度も忘年会に出席されているのだとしたら、このような手紙を今さらわざわざ書くのもおかしな話ですので)
すると、それほど多くの人ではなく(園頭先生を囲んでの忘年会は東京、名古屋、大阪など毎年何箇所かで行われましたが、参加人数はそれほどでもなく数十人程度で、だいたいが同じような顔ぶれで、その年初めて参加される人などそれほど多くはありませんでした)その中の誰かが、園頭先生と出会うことにより日本の運命を替え、世界も救っていく力がある、ということになります。
園頭先生や高橋先生の弟子たち以外で、まだそのような大きな使命を持った人が日本に生まれていて、その人が園頭先生の身近にいられ、園頭先生はそのことを知っていられた、ということがこの文章からはよく分かります。
園頭先生はこのことを正法誌に書かれた直後に倒れられます。(この手紙が書かれた次の号で園頭先生が直接書かれた正法誌は最後でしたので)まるでこのことを書くことが法を伝える最後の仕事であったかのように、園頭先生は力尽き倒れられるのです。
日本の運命を替え世界をも救っていける人なら、さぞ大勢の人の中にいてもよく分かる人なのでしょう、そのような人ならどこにいても観る人が観たら分かることでしょう。
しかし、現状こういう人(使命の大きな方)は(高橋先生が日本に出世されるということで)たくさん日本に出ておりますが、しっかりとその使命を果たされた方は高橋先生と園頭先生のお二人だけで、仮にまだそのような大きな使命を持たれた方が残っていたとしても、ちゃんとその使命を果たされるかどうかはその人次第です。(今生は失敗した光の天使たちがあまりにも多く、このような人がいるというだけでは、法が拡がるかどうかは分かりません)
過去世の実績があればあるほど、使命が大きければ大きいほど今生の勉強が大事であるということです。
今生この方が法の勉強をしっかりしていれば、時が来ればそれが外に現れてきて、いやでも多くの人に知られるようになりますし、勉強していなければそれが外に現れてくることはありません。
私は過去世の名などあまり意味がないと前に書きましたが、それでも過去にまったく法を学んでない人が、今生いきなり法を説くということなどできません。過去世の修行があって初めてそれは心の奥より智慧が上がってくるのであり、それは素質がない人がいくら野球やゴルフが好きだからプロになりたいと思っても、プロになれないのと同じです。
法にしても野球やゴルフにしても、過去世にそのような勉強(野球やゴルフで言えばそれとよく似た運動でしょうか)をよくしていたので人より以上にできるのであり、過去の実績が今現れている(もちろん今生の努力があってということですが)ということなのです。過去の実績がなければ、今生いきなり法を説くことも野球やゴルフがよくできるということもありません。(よくそのような人の中でも天才と言われる人がいますが、それは過去世でそのことを非常によく学んでいた人が、そのように言われるのであって、それが今生出ているのであり、素質がないといわれる人は、過去世でそのことをあまりやっていないので、そのことがまだあまりうまくできないのです。今生でうまい下手という差がつくのは、過去世の体験でそのことをよくしていたか、あまりしていなかったかの経験の差なのです)
このようなことを考えますと、もちろん過去世で実績のある人でなければ、法は正しく説けないということになりますが、では園頭先生が言われた日本の運命を替え、世界を救っていける人は一体どこにいるのでしょうか?



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