>>ブログトップへ

3月 25 2010

釈尊出世の予言の検証①

11:23 AM ブログ

私が前に書いたブログの「釈尊の慈悲と予言」の中に、釈尊は「やがて私の法はマンデャ、デイシャ(中国)に伝わり、ジャブドウバーのケントマティーに伝わるだろう。私はそのとき、多くの弟子たちと共にまた生まれ変わって、この道を説こう」と予言されたと書いておきました。そして、このジャブドウバーとは、一部の仏教学者が言っている南インドではなく、この日本であると。

この釈尊がジャブドウバーに生まれ変わってくるということは、日本の仏教学者は知っていますが、一般には知られていません。というのも釈尊が説かれた仏教が、インドから中国にわたり日本に伝えられてくる間に、釈尊のような偉大な方は、もう二度とこの世に生まれてくることはないであろう、ということが言われだし、それが涅槃に入られた釈尊は、二度とこの世に出世されない、というふうに広まってしまったからです。そしてジャブドウバーという言葉も仏典から削られてしまい、そのような予言を釈尊が残されたということを知る人は、現在ほとんどいません。

しかし、原始経典『テーラガーター』に「過去六仏の踏みゆきし道をゴーダマは行けり」と書かれてありますとおり、釈尊はインドで悟りを開いて法を説かれる前に、六度この世に肉体を持ち法を説いたといわれていました。

インドの時代を含めると、七度もこの世に出て法を説かれた釈尊が、なぜ、それ以降は、この世に生まれてこられないということになってしまうのでしょう。ここら辺が聖書同様、長い時間をかけて言い伝えられてきたことの弊害といえますが、七度もこの世に出世された釈尊が、八度目がないということはありません。

また釈尊がジャブドウバーに生まれ変わってくる、という予言をされたのか、されなかったのかという疑問は、ジャブドウバーという言葉は一般には知られていませんが、日本の仏教学者たちがジャブドウバーという言葉を知っていて、それは南インドではないかといっていることを考えれば、やはり昔の仏典には、この釈尊の予言が載っていたと考えられます。

現実に中国にある『大唐西域記』に次のようなことが書かれてあります。(この大唐西域記は、今から約千四百年前の人である玄奘三蔵法師(げんじょうさんぞうほうし)が、往復十七年かかってインドから中国に経典を持ち帰り、その経典を中国語に訳された、その十七年間の記録が書かれたもので、この大唐西域記を基にして書かれた小説が、あの有名な『西遊記』です。)

玄奘法師はインドで釈尊の教えを学ばれ、それを中国に伝えようと帰国を決意されます。それを知った多くのインドの僧が玄奘法師を引き止めに来ます。そのときに玄奘法師は次のように語っています。

「むかし維摩居士(ゆいまこじ)が日輪(釈尊)はなぜ贍部洲(せんぶしゅう・ジャブドウバー)を照らしに行くかとたずねたとき、舎利弗(シャリー・プトラー)は、その蒙(くら)きを除くがためと答えたといいます。わたくしが今帰国を望む心は、丁度これであると申し上げたい」

玄奘法師がインドに行かれた千四百年前までは、釈尊がジャブドウバーで法を説いて人々を救う、という予言がまだインドに残されていたようで、それが玄奘法師の帰国を望む言葉として大唐西域記に書かれてあります。

この大唐西域記に書かれてあることでも分かりますように、やはり釈尊はそのような予言を残されていたと考えるほうが、正しいと思います。問題はジャブドウバーといわれたところが、一体どこなのかということです。

そして、もう一つの疑問は釈尊が生まれ変わって出てこられるのなら、その時はいつなのかということです。

ジャブドウバーがどこなのか、ということはひとまず置いておきまして、釈尊が生まれ変わって出世される時について、次のような説が伝わっています。

0コメント

Trackback URI | Comments RSS

コメント記入

Spam Protection by WP-SpamFree


あなたは人目の訪問者です。