7月 30 2014
次々に起きる不思議な現象
この辺りはツバメがまだいますね。
昨日は家の近くにもいたし、高畑(地下鉄高畑駅の近くです)の辺りにもいました。一昨日は白鳥公園にもいましたし、その前は中川運河の辺りにもいました。一体いつまでいるんでしょうか?(私が気づかず歩いていると「ピィピィ」と鳴きながら飛んでくるのですぐ分かります)
これまで、あまり意識してツバメを見ていたこともありませんが、いつもは六月中くらいにはいなくなったように思います。それが今年はもう七月の末だというのにまだいます。ずいぶんゆっくりしています。
不思議といえば不思議ですが、しかし、それを不思議というなら不思議なのは特別ツバメだけではありません。
寒くならないと来ない、あのスズメより少し大きな白黒の鳥がいますが(すみません、鳥の名前よく知らないもので)あれなどもう二、三年前から一年中この辺りにいます。
三日、四日前にもやはり中川運河の橋を渡っていると「ピッーピッー」と鳴きながら飛んでいきましたので、何羽かはまだこの辺りにいるようです。(たまにその白黒の鳥が、私の近くに飛んできますので「お前暑くないの?」とよく聞くんですが、私の声を聞くとまた勢いよくどこかに飛んでいきます)
この辺りにいたければいてもいいんですが、こんな時期に暑い名古屋にいて体を壊すんじゃないかと心配ではありますね。この鳥の生態は知りませんが、なぜこの鳥が二~三年前からこの辺りにいつくようになったのか?それも不思議ですね。
すずめもそうですが、二~三年前から、私の周りの鳥たちがこれまでとは少し違う行動をとり始めたように感じます。これも温暖化の影響でしょうか。(笑)
理由はよく分かりませんが、今年に入りそれが一層顕著になりました。
私が、どこにいてもすずめが寄ってくるようになり(たしか今年の四月くらいからではなかったでしょうか)すずめが寄ってきだしたら他の鳥まで寄ってくるようになりました。その影響でツバメもゆっくりしているんでしょうか?(ここまで書くと嘘だろうと思われますので、ついでに書いておきますが、実はコウモリまで私の方に寄ってきたことがあるのです。一ヶ月ほど前、私が近くの公園を歩いていた時のことです。あちこち飛んでいたコウモリの何匹かが私の方に何度も飛んできたのです。最初は気にしませんでしたが、あまりにこちらに飛んでくるので「アレ?コウモリまで寄って来ているのか?」と思っていたら、どうもそのようでした。なぜそれが分かったのかというと、それは、そのコウモリたちが、私の近くまで来ると急に羽を動かすのがゆっくりになるので、それで、そのコウモリたちが意識して私の方に寄ってきているということが分かったのです。こういう不思議なことも起きています)
本当に今年は(も、と書いた方がいいのかもしれませんが)私の周りでは不思議なことがよく起きています。
不思議なことといえば十日ほど前のことです。左腕に少し湿疹ができていました。
少し気になりましたが、たいしたことないだろうとほっておきました。そうしたら二、三日すると今度はその湿疹が、右腕にもできていて左腕の湿疹も広がっているようでした。
それでも「そのうち治るだろう」と思ってほっておいたのですが、一昨日のことです。気づいたらその湿疹が両腕いっぱいに広がって、上半身にまで広がっているではないですか。さすがにちょっと驚きました。
「やばいな、蕁麻疹(じんましん)にでもなったかな」と思い病院に行こうかとも思いましたが、私が病院に行けば待合室でまた辻説法でもしかねません。(当然そうなるでしょう、ちょっかいかけてくる人いくらでもいるでしょうから)
「あまり病院には行きたくないなぁ」と思っていると、あることが頭に浮かびました。
それは「祈ればよい」ということでした。
そうだ、祈ればいいんだ、と思って、その夜さっそく祈りました。
そうしたらなんとなんと、その翌朝体を見ると、両腕や上半身の湿疹が明らかに減っているではありませんか。
「凄いな」と思って昨晩も祈ったのです。
そうしたら今日は、もう上半身の湿疹はほとんど消えて、両腕の湿疹も昨日よりもっと減っていました。(驚くことに今両腕を確認したら、朝見た時よりもっと湿疹が減っていて、右腕はほとんど湿疹がなくなり、左腕にまだ少し残っている程度です。みるみる湿疹がなくなっていくようです)
仮に病院に行って薬をもらって、それを飲んだり、つけたりしたとしても、ここまで急激に湿疹はなくならないだろうと思えるほどの回復ぶりです。(だって、両腕と上半身全体に湿疹が広がっていたのです。それが一昨日の夜はじめて祈ったのですから、まだ二日もたっていません。一日半でほとんどの湿疹が消えたのです。薬を飲んだりつけたりしてもこんなに一変に回復しないでしょう)
さすがはイエス様と園頭先生です。(神と、このお二方に癒しの時は祈るものですから)このくらいの病気ならあっという間に治ってしまいます。(ほんと自分の体ながら信じられません)
こういう不思議な奇跡が、私の周りでは次々に起きています。
それに引き換え、私以外の人は「同じ地域に住んでいてこれだけ起きることが違うの?」と思えるような災いが、次々に起きているところもあるようです。(今日は前の会社、やけに静かですが何かあったんでしょうか?何もなければこれだけ静かということもないでしょう。毎回、毎回大変ですね)
昨日もあんなブログを書いたからでしょうか(それとも何か悪いことでも起きているんでしょうか?)わざわざ私が帰るのを、待っていたかのように嫌がらせをする人がいました。(二、三のオバちゃんですが)
そんなことをしているオバちゃんによいことが起きるわけがありません。仮にこの辺りに悪いことが起きているなら、それはそのような愛のないオバちゃんがたくさんいるせいでしょう。
前にも書きましたが、女性の愛はどんな災いも防ぐことができるからです。逆にいうなら、そのような愛のない女性が災いを呼んでいるのです。
私の周りでは次々に奇跡が起きています。その奇跡ばかり起きている私が、私以外の人には災いばかりを起こすというのでしょうか?
自分には奇跡を起こすが、人には災いを起こす、私がそんな極端な人間であると、その人たちは本気でいうのでしょうか。まったく責任転嫁もここに極まりです。
なんでそんな都合のいい解釈しかしないんでしょう。奇跡が起きている人は奇跡しか起こさないのであり、一方で奇跡を起こして一方で災いを現すなど、そんな人間はこの世に存在しないのです。(釈尊やキリスト、モーゼ、このような人たちは奇跡しか起こしていません。災いと思えるような現象も、それはいつまでも神の心を気づかない人に現す気づきの現象でしかないのであって、もし私以外の人に、そのような災いと思える現象が現れているなら、それは気づきの現象であり、自分たちがいつまでも神の心を悟ろうとしないからいけないのです)
本当の災いとは、今盛んにニュースで流されている、あのような同級生を平気で殺して、その遺体を切断する悪魔の所業をいうのであり(あれは完全に憑依されていますね。ニュースを観ているだけでも、凄いおかしな波動が流れてきます。あの娘に憑いてる悪魔はよほどの奴ですね)愛がなければ、あのような本当の災いもそのうちに起きかねないのです。
自分たちの神の心をいつまでも知ろうとしない、愛を出そうとしない、そのような心をまず反省すべきであり、責任転嫁をしている場合ではないのです。
責任転嫁をどれだけしても何も変わりません。(気づきの現象がずっと続くということです。いつまでもそれを分かろうとしなければ、それに拍車がかかるいうことです)
少なくとも私は奇跡が連続して起きています。そうであるなら、災いしか起きていない人は、その奇跡ばかり起きている人のいうことを聞いた方がいいのではないでしょうか。
その奇跡が起きている人のいうことを聞いた方が(当然のことではありますが)よいことが起きるからです。
いつまでも、悪いことしか起きない人のいうことを聞いていては、悪いことしか起きないのです。



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