8月 06 2014
愛のないことで起きる災い
四国では、広い範囲で降り始めからの雨量が千ミリを超えるところがあり、高知県では総雨量が千三百ミリを超えるところまで出ているそうです。
昨日は、九州や北海道も大雨になったところがあるようですが、東日本は相変わらずの猛暑で群馬県では三十九度を超えたところもあるようです。
猛烈な暑さに記録的大雨です。
四国などは、今日もまだ雨が降るそうですが(今週一杯雨だそうですが)本当にボケっと見ているだけでいいんでしょうか?
京都などでも、今日の未明に震度4の地震が起こり(京都は大きな地震が起きるかもしれないと、園頭先生がいわれていたことがあります)山口県の岩国市辺りで、今日の早朝六時までの一時間の雨量が、百二十ミリを超える猛烈な雨が降ったところもあるそうです。
日に日に、悪い現象のひどさが増しているように感じますが、そのような全国各地の異常現象に負けず、この辺りもここ数日は(さっきも聞こえていましたが)救急車のサイレンがよく聞こえてきます。(相変わらず前の会社の雰囲気は変ですが、それでも思い出したように急にでかい音を立てて嫌がらせを欠かしません。これでは恐ろしい現象も絶え間なく続くでしょう)
毎度同じことを書きたくありませんが、こういう話ばかりで、本当によいことが起きてきません。現在の日本は最悪の状況にあるのではないでしょうか。
まさに不信心の極みのように感じますが、それでも責任転嫁ですか?これほどのことが起きているというのにです。(それでもしてますけどね、この辺りの人は。自分が悪いにもかかわらず私にばかり八つ当たりをです)
本当に愛のない人が多いということになりますが、最近は本当に愛を出す人が減りました。(本当の愛をですよ)
例えば、それは親子や夫婦の間でもそうでしょう。
平気で子を殴り殺す親もいれば、その逆もあります。子供に「二十四時間以内に死ね」という親もいれば、暑い中、車の中に平気で子供を置き去りにして、パチンコなどやっている親もそうでしょう。愛がない証拠です。
夫婦の愛でもそうです。妻を殺す夫もいれば夫を殺す妻もいます。(しかも保険金目当てなどといわれた日には目もあてられません)殺さないまでも、夫が仕事を退職して、すぐに離婚して夫の退職金を慰謝料としてせしめる妻もいます。
夫が調子のいい時は仲の良い夫婦だったのに、調子が悪くなったとたん、仲が悪くなり別れる夫婦までいます。こういう話など妻に愛がない典型的な例でしょう。
夫が仕事をしている時は、その給料で生活していたので我慢していたが、給料をもらえなくなったら、もう我慢する必要はないのでとたんに別れるなど、ではこの妻は、夫に感謝するという心がまるでなかったということになります。
まず夫に感謝する(夫を愛する)ということが妻としての役割、使命の一となりますので、それができていなかったということで、この場合、妻の愛が足りなかったということになるのです。(いろいろ妻に言い分はあると思いますが、妻に愛があれば、そのような夫の嫌な部分はいくらでも直すことができるのです。〔逆の場合は非常に困難ですが〕その努力をしなかったということで、妻の愛が足りないと天上界は観るのです)
また、夫の調子のいい時は仲がよくて、調子が悪くなったら夫婦仲まで悪くなったという夫婦もいますが、これも妻の愛が足りないということです。
いってはいけませんが、夫の調子のいい時など、妻でなくても(他の女性でも)そのような男には愛を出すのです。だから夫の調子のいい時に、妻が夫に愛を出すのは当たり前のことであって、一番肝心なことは、その夫が調子の悪くなった時です。
夫が困って、一番落ち込んでいる時に愛を出すのが妻の使命、役割であり、その時に他の人と同じように「あんた駄目ね」とか「何でそんな失敗をしてるのよ」とかいって、周りの人と同じように失敗した夫をけなしているようでは、妻としての使命は果たせません。
そのような時にこそ愛を出し、夫を励ましやる気を出させてこそ、妻としての使命を果たしたことになり、またそのような妻のもと夫も男として成長するのであって、そこでけなしたり別れたりするような妻では、それは妻としての使命を果たしたことにはならないのであり、それができない妻は、愛がない他人とさほど変わらない、形だけの妻でしかないということです。
男でも女でもそうですが調子がいい時はいいのです。(誰でも協力してくれますから)調子が悪い時にどれだけ力を貸してくれるか、それでその人に愛があるのか、ないのかよく分かるのです。
また、愛と我を勘違いしている人もいます。愛を出さずに我を出していて、それで愛を出していると思っている人もいますが、愛を出しているなら、そこに奇跡が起きてきます。そこに争い(夫婦喧嘩など)しか起きないというのであれば、それは愛を出しているのではなく我を出しているだけなのです。
だから、愛がない人が多いと私はいっているのです。(ほんと身にしみて分かります)
愛がない人が多いということは、このような状況になり、それでもまだ何もしようとしない人がたくさんいるということでもその事実が分かります。(もちろんそれは、このブログを読んでいる人、私のことを知っている人を指していっているのです。もしかしたら、何とかなるかもしれないのに、それが分かっていて一切それを無視しているからです)
愛がない人が多いということは、この日本の状況を見ればよく分かります。
愛のある人が多ければ、これほど日本に異常現象は起きないからです。もっと奇跡が起きてくるからです。
今以上の惨事がこれから次々に起きることになります。(台風十一号も迫っていますので)それも愛のない人が多い証拠です。
このような状況になっているのです。一人一人の人がわずかでも愛を出されてはどうでしょう。
それくらいのことは誰にでもできることだからです。そうすれば、少しの愛とはいえ大勢の人の愛が集まるなら、それは一つの大きな愛となって、奇跡を起こすことにもなるからです。(多くの人が愛を出すのであれば、例えば、台風十一号のコースが、日本から大きく外れるとかいうことも起きるということです)
状況は刻々と深刻さを増しています。自分のことだけ考えている場合でしょうか。
追伸…朝日新聞が(強制連行などの)慰安婦の記事を誤報と認め記事を取り消すらしいですね。何をいまさらといいたくなります。
その記事でどれだけ国益を損ねたか分かりませんが、それでもやらないよりはましでしょう。
自民党の石破幹事長が国会での検証も必要といわれましたが、もちろんそれは必要ですし、このことを世界に発信しなければいけません。
現在も韓国は、この従軍慰安婦の強制連行などのねつ造をアメリカなどで宣伝しまくっています。
それは違うと日本も官民一体となって世界に発信していくべきでしょう。



人目の訪問者です。

昨夜は子供にこんな事がありました。思春期を迎える娘なんですが、楽器を習っていまして自分の思い通りに演奏が出来ないと(技術的なスキル)自分にキレていました。私はすぐ横で自分の事をやりながら気にしない素振りを見せながら、どうなるのか?と内心はその事が気になっていました。暫くして、何気にやった事がきっかけで無事に演奏が出来るようになったと思ったら、今度は大喜びしてました。壁を越えた嬉しさが経験によって気持ちに現れたのでしょうか。
親としてキレていたらなだめる、とか考えがちですがたまには己の為と静観するのも良いことなねではないかと思いました。
そのような時は、娘さんのために少し祈られるとよいと思います。
「神よ、どうぞこの楽器を習うことで、娘にとって一番良い結果が得られますようお導きください」とです。
そうすれば、そのような楽器の演奏を通してまた娘さんの魂が磨かれていきます。
かまわれるばかりでなく、黙って祈られる、そのようなやり方もよい教育方法の一つであると思います。
木の上で立って見る。先日のブログでも読ませていただきましたが親として愛のいたらなさに反省の機会へとお導き下さり感謝します。