8月 17 2014
盆に思ったこと
昨日はずいぶん不安定な天気になったようです。
京都や兵庫、鳥取、高知、岐阜などで局地的大雨が降り、特に京都では一時間に百ミリの猛烈な雨が降ったところもあって、鴨川があふれかけました。
今日もすでに岐阜などで、一時間に五十ミリ以上の雨が降っているところもあり、大雨や突風などに注意が必要なようです。
しかし、今回の盆休みは台風に始まり(十一号が十日に上陸しました)ゲリラ豪雨で終わるなど、まさに現在の日本を象徴しています。
昨日もこのゲリラ豪雨で、近鉄やJRなどがストップして交通機関に乱れが生じたのですが、今日もそのゲリラ豪雨が続きます。今日は盆のUターンラッシュのピークでしょう。また交通機関が混乱するのではないかと心配ですね。(ということは、交通機関も混乱で始まり、混乱で終わるということになります)
盆休みが台風に始まりゲリラ豪雨に終わるなど、これだけ罰当たりな状況もありません。盆がこんな天気になるなど、ご先祖様も皆さんの態度にお怒りなのではないでしょうか。
罰当たりな態度もいい加減にされてはどうでしょう。
しかし、こんな天気では盆休みどころではないですね。この辺りでもそうです。(今日も朝からしていましたが)サイレンが凄いのです。
今年の正月休みもサイレンがやたらしていましたが、何か知りませんが、このような長い休みになるとサイレンが増えるような気がします。
このような現象は『仕事をしている時は反省しろといっても、なかなかそういう時間もとれないが、このような休みの時に、今起きていること、自分のしていることをよく考えろ』と天からいわれているように思えてなりません。
こういう長い休みの時こそ、ただ遊んでいるだけとか、悪いことを人のせいにして悪口いっているだけではなく(ほんとこの辺りの人、悪いことはすべて私のせいにしかしませんから)自分の心と行いを、じっくり考えるべき時であるのではないでしょうか。
何度もいっていますが、これほどの現象が起き続けているのです。これまでと同じ思いでいていいのでしょうか。
どれだけ美人であっても、どれだけかっこよくても、またお金持ちであっても地位や名誉があっても、すずめは寄っていきません。
なぜ、愛らしいすずめに人は愛されないのでしょうか?
もう少しそのようなことを考えてはどうでしょう。やたらすずめに愛されている者もいるからです。
私は、すずめに愛されるだけではなく、祈りまでよくきかれています。しかし皆さんはどうでしょう。まったく祈りがきかれることもなく、すずめも寄ってこない、もし、そのような人であるならば、それはどこか自分に悪いところがあるからではないですか?
「すずめなど寄ってこないのが当たり前」「祈りはきかれないのが当たり前」ではなく、現実にそうでない者がいるのですから、それができていない人は、どこか自分に悪いところがあると考えた方が正しいのではないでしょうか。
すずめはかっこうだけよくても寄って行きません。金、地位、名誉がどれだけあっても同じです。すずめはそんなものに興味がないからです。すずめが興味があるのはその人の心だけです。すずめは人の心が分かるからです。心のよい人にすずめは寄って行くのです。
それは祈りも同じです。祈りは正しく祈らないと聞かれませんし、自分の心が汚いまま祈っても(心と祈りが裏腹なら)そんな祈りはきかれません。
まず自分の心を正さなければ祈りはきかれないのです。
では、そんなすずめも寄ってこなければ、祈りもきかれない人たちが正しい人といえるのでしょうか?善人といえるのでしょうか?
そのような人たちをとても善人とはいえないでしょう。これまでのような「犯罪を犯さなければ善人」などという基準はとっくに崩れているのです。
すでに時代が変わっているからです。
それこそ「鳥さえも寄ってこないようではその人は愛のない悪人」「祈りがきかれないようではその人は心が汚い悪人」という基準にすでになっているのです。(私がそうなっているんだからそうでしょう。それなら見ただけで善人か悪人かすぐに分かります。これまでのように悪人に騙されるということもなくなるでしょう。その人にすずめが寄ってくるか、祈りがきかれているか見ていればいいのです。選挙で政治家を選ぶ時なども、その人がいい人か口だけの悪い人かすぐに分かります。そういう基準なら、正しい世の中がすぐに来るのではないでしょうか)
すずめも寄ってこなければ祈りもきかれない、そういう「自分に悪いところがある人ばかりだから災いが次々に起きている」と考えた方が自然なのです。
周りに次々に不幸な現象が起きているのに「それはお前のせい」と一人の者に原因を押し付ける方がよほど不自然ですし、これほどの現象が現れているにもかかわらず、それを全部責任転嫁している人の方がどう考えても間違っています。
もう盆休みも終わりですが、この盆休みはそのような天気により、いろいろ考えなければいけない期間であったように思います。
これで盆明けからまた同じような考えで、同じような行いをし続けるのであれば、同じような恐ろしい現象がまだまだ続くことになります。(すでに秋雨前線がかかり、台風もいくつも来ているのですから)
盆明けも同じ態度を取り続けるのですか?
それではまたどんな恐ろしい現象を現されるか分かりません。
すずめが寄ってくるか来ないか、祈りがきかれるかきかれないか、そのような基準で自分をもう一度振り返ってみてはどうでしょうか。



人目の訪問者です。

今日はプチ旅行2日目。強行単独行動で靖国神社へ初参拝して来ました。もと国の管理下にあったというだけあって、しっかりとした雰囲気のあるものでした。
英霊に手を合わせ平和の日本を目指すことを心して来ました。また参道では神
へ、こまでの失礼を詫びて今は法の勉強が出来ることへ感謝し、今の環境を感謝しました。本日は天気良く熱中症に気を付けて行こうと思います。
私も靖国神社には二、三度行ったことがありますが、行った時には「日本を守ってくださりありがとうございました」と感謝の心で参拝してまいりました。
大東亜戦争では、日本が壊れることはありませんでしたが、戦後、日本の人々のあまりの不信心と傲慢さのため、日本は神から滅ぼされかけています。
人に滅ぼされるのではなく、神に滅ぼされるのですから、目も当てられません。
しかし、日本を守り抜いてくださった英霊のためにも、この日本を滅ぼすわけにはいきません。
何としても多くの人々に神の心を伝えねばいけないのです。
その最後の戦士が私たちなのです。
Iやはり先生のコメントは愛に満ちていますね。すべてを善へと導くことの出来る、そういうことが理屈ではなく心でわかります。改めて視野の大きさを実感させられました。これもまた神の導きであることを感謝し、本日もお務めをして参ります。