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8月 21 2014

私と他の人との違い

11:13 AM ブログ

広島の土砂崩れ(土石流)は大変な被害となりました。(現時点で死者三十九人、行方不明者七人です)

近畿や岐阜の大雨といい、この広島の土石流や土砂崩れといい、何か盆明けから出る現象が激しさを増しているように思います。(前の会社に起きていることも激しさを増しているようですし)

これはやばいですね。多くの人々があまりに神に逆らい続けているため、天の怒りはもう相当なものであると思います。それが出る現象に現れているからです。

テレビなど観ても、なぜこのような状況になったのか、という説明ばかりで(メカニズムばかり説明されてもどうしようもありません)どうしたらこのような大災害から命を守ることができるのか、ということをいう人はいません。(せいぜい早めに避難してください、くらいのものです)

テレビは、ずいぶん頭のいい人がたくさん出ているはずですが、そのような頭のいい人をもってしても、このような異常な災害は防ぎようがないようです。

それはそうでしょう。今回の土砂崩れ(土石流)など、真夜中の三時間ほどの集中豪雨で起きたのです。皆が寝静まった真夜中に、たった三時間の集中豪雨、これで大きな土砂崩れが起きるのならこれはもう逃げようがありません。

地質が軟弱だの、場所が悪かっただのいわれても、そんな場所はいくらでもあります。もうどこにこのような集中豪雨が降るか分からないのです。では、どこに今回のような大きな土砂崩れ(土石流)が起きるか分からないということになります。(現実に、その前に集中豪雨があった京都や兵庫、岐阜など土砂崩れが相次いだようですし、京都の福知山のように、いつ大洪水に見舞われるかもしれませんし)

これだけ危ない状況が現れていても、それでもまだ「それは温暖化の影響だから仕方ない」ですか?「どこも異常気象が起きているんだから仕方ない」ですか?(それとも「それはお前のせい」ですか?)

これでもまだ神仏に手を合わせる気にはなりませんか?

ならなければ仕方ありませんが、昨日でも私がある場所を通ると、あちこちの家からドンとか、ガンとか、でかい音をたてられ嫌がらせを受けました。その辺りの人たちは特によく私に嫌がらせをしてくるんですが(前の会社のようにならないか心配です)私がどれだけいっても自分たちが悪いとは認めないようです。(ああいう場所はもう祈るしかありませんね)

「神からあの世から生まれ変わりから、何から何まで教えてもらい、散々心を救ってもらった者に嫌がらせですか?」といっても「ガン」。「知らん事をいろいろ教えてもらい心まで救ってもらった者に感謝もせず嫌がらせするんだから、それでは罰も当たるでしょう。そうしたらその罰までこっちのせいだ」といっても「ガン」。「何で、よいことしかしていない人に災いが起きるのか?よいことしかしていなければ、釈尊やキリストのように奇跡が起きなければいけないでしょう」といっても「ガン」。「何で、そんな善人に鳥が寄って行かなくて、私のような悪人に鳥が寄ってくるのか?」といっても「ガン」。「私のいうことに間違いがあるなら、反論したらどうか、私はいくらでも聞きますよ、あなたたちと違って」といっても「ガン」。

その辺りの人は、何一つ反論せず私のいうことに怒っているだけなのです。

自分たちが正しいというのであれば、堂々と反論すればいいのですが、一切反論はしないのです。

しかし、反論しないのはその辺りの人たちだけではありません。私が辻説法をしていて反論されたことなど一度もないのです。説法を聞いても無視して黙って歩いていくか、ビクッとするか、あるいはムッとして歩いていくかのどれかであって、誰一人立ち止まって私に反論した人はいないのです。

なぜでしょうか?

勝手に解釈させてもらいますが、反論をしないのではなくできないのです。反論できないからしないのです。つまり、私の説法を聞けば、自分たちが間違っていたと気づくから反論できないのです。(もう何百人という人に辻説法をしたのです。私が間違ったことをいっているなら、一人や二人は言い返して来る人がいてもいいと思います。私がやたらごつくて強面〔こわもて〕ならそういう人もいないかもしれませんが、私など、どこにでもいるただのオッサンだからです)

誰一人反論できないということは、私が正しいと認めることになりますが、そのような解釈でよろしいのでしょうか?

その解釈で間違いないと思います。しかし、もうそれは分かりきったことなのではないでしょうか。

実際、私には次々に奇跡が起きているのです。それに対し、私に嫌がらせをしている人たちには次々に災いが起きています。それに私が歩いていると鳥たちが「ピィーピィー」鳴いて寄ってきたりもします。しかし、私に嫌がらせをしている人たちに鳥は興味を示さないのです。

起きていることが天と地ほど違うのです。それは誰の目にも明らかなのです。これだけ起きていることが違っているのに、それでもまだ私が悪いというのはどう考えても無理があるでしょう。

それに私は人に嫌がらせなどしません。(やってきたらやり返すことはありますが…そうしないと分からない人たちもいるからです)人の悪口だっていいません。(批判はしますけどね)

私に嫌がらせをしている人たちはどうでしょう。人の悪口はいいませんか?(少なくとも私の悪口はいっているでしょうけどね)人に嫌がらせをしたことはありませんか?(それはすでにしてますね、私に〔笑〕)

あまりに私と、私に嫌がらせをしている人たちとでは、やっていることも起きていることも違うのではありませんか?これで私を悪人に仕立て上げても、第三者から観たら、どう考えても私に嫌がらせをしている人たちが悪い、ということになるのではないでしょうか。(そう思わないですか、他の都道府県の皆さん)

いろいろ教えてもらったのに、その教えてもらった私に一つも感謝せず、そういう自分たちが悪いのを棚に上げて、私に嫌がらせなどしているから罰ばかり当たるのです。その罰まで私のせいにしています。これでは名古屋に、救急車のサイレンが響き渡るのも仕方ないのではないですか?(それほどの悪いことを皆さんしているからです)

これだけの違いがあっても、それを一切認めず「悪いのはあいつ」と言い続けている人が多いのです。もうそのような人たちに相談しても仕方ないでしょう。(そういう人たちは、自分が悪いとはまず認めませんから)しかし、自分が悪かったと反省できる人がもしいるならば、私にご協力ください。

そうしないと、この名古屋で起きている恐ろしい現象は止まらないからです。(むしろ激しさを増しています。前の会社を見ているとそう思えます)

それはこの辺りの人だけではありません。全国的に見ても、恐ろしい現象が激しさを増しているように思えますので、これ以上、神を無視する態度はあまりに危険なのです。(そういう危険なことが次々に起きています)

何度もいいますが、私のことを知っている(それはすなわち法を知っている)人しか、この日本を救うことができないのです。

それに気づいた人はぜひご協力ください。

これほどのことが起きてきているのです。もう日本はかなり危ない状況であると思うからです。

最後に幕末の思想家、吉田松陰の名言を書いておきます。

「自ら顧みてなおくんば千万人ともいえども我行かん」

(自分で自分の言動を顧みて正しいと思うのならば、たとえその道を一千万の人が塞ぐことがあろうとも私は全うする、という意味です。これくらいの勇気をもって、行動してくれる人が出てきてくれることを願ってやみません。そういう人が日本を救うからです)

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