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8月 27 2014

続、庄内川での奇跡

10:57 AM ブログ

三、四十分そこに座っていたでしょうか。

魚たちは入れかわり立ちかわりして、私の前から離れようとしませんでした。それでいつまでもそこにいられないので、適当なところで「またな」といってその場を離れました。

それにしてもずいぶん多くの魚が集まったものです。

「凄いな」と思いながら、しばらくその川岸を歩いていたのですが、私が歩いていると横の草むらから(庄内川の土手は草が生えているところも多いのです)ガサガサと音がします。

音がする方を見るとそこにはカニがいました。

「あっカニだ」と思ってしばらく歩くと、またガサガサ音がします。その音のする方を見るとまたカニがいました。

「今日はよくカニがいるな」とそこらを見まわしてまたまた驚きました。なんとそこらじゅうにカニがいるのです。

「???」「何でこんなにカニがいるんだ?」と不思議でしたが、そのカニもこれまで一、二度(それも一匹か二匹)見かけたことがあるという程度でした。

私はこれまで庄内川でカニをほとんど見かけなかったのです。その普段あまり見かけないカニが、今日はそこらじゅうにいるのです。

「何でこんなにカニがいるんだよ」とまた不思議でしたが、そんなカニまで出てきているのです。当然ではありますが、そこらを飛んでいる赤トンボも、私に寄ってくるのがたくさんいました。(赤トンボは、三日ほど前の魚がたくさん集まってきた時に、その赤トンボも私の回りにたくさん集まってきて、十数匹の赤トンボに回りを囲まれるという事件(?)が、すでにありましたので「また来たな」くらいにしか思いませんでしたが〔笑〕)

そうして、しばらくカニやトンボの相手をしていて、フッと川の方を見ると、先ほどとは違いすでに水面は静かになっていて、魚がいるようなさざ波はどこにもたっていませんでした。

「みんなどこかに泳いで行ってしまったんだな」と思って、また川の近くを歩いていると、一匹の大きな魚が(少し沖の方ではありましたが)私の横の辺りで跳ねました。

「バシャ」と大きな音が横でしたので、その跳ねた魚に向かい「おお、元気いいな」と声をかけたのです。

私は何気なく、その跳ねた魚に声をかけただけだったのですが、そうしたらです。驚くようなことが起きたのです。

私がその跳ねた魚に声をかけた直後のことです。今の今まで静かだった水面が、またあちこちにさざ波がたち始め、小魚たちが水面に出てきて泳ぎ始めたのです。

先ほどまで静かだった川面の、そこらじゅうでさざ波がたっています。ですから、また数百匹の魚が水面に出てきたのではないでしょうか。

さすがに「うそっ」と思いました。

私がたった一言、声を発しただけで底にいた魚たちが一斉に上がってきたからです。

「ありえんだろう、こんなこと」と思って水面を見て驚いていると、またその小魚たちが私の方に寄って来ます。

「オイオイまじかよ」と思って、こっちが付き合いきれなくなって「またな」といって、庄内川から帰ったのですが、本当に一昨日の出来事には驚きました。

座っているだけで、私の前にたくさん集まってきた魚たちといい、その魚たちが私の一言で、底からまた水面に一斉に上がってきたことといい、それにカニがたくさんいたこともそうですが(もちろんトンボもそうです)今年に入り(すずめたちもそうです)このように驚くことばかりが起こります。

こういうことは奇跡といわないのでしょうか?

しかし、この辺りの人は誰一人このような出来事を奇跡とは思わず、私を悪魔のように思っている人も多いようです。

私はこのような、鳥やら魚やらトンボやらがたくさん私のもとに集まってくるのを見て、フッと「天上界はきっとこのような情景がそこかしこに見られるのだろうな」と思いました。

天上界にいる人々は、皆愛の深い人ばかりです。そうであるなら当然、そのような動物たちも何も恐れることなく人々に近づき、共に楽しんでいるのだろうと思ったからです。

そのような想像をしていて、現実に戻ると、現在の日本は次々に異常気象が起こり、そこらじゅうで不幸になる人が続出しています。

私の回りを見ても、異常な現象が起きてそれで不幸になり、それを全部私のせいにして私を目の敵にしている人がたくさんいます。

しかし、悪いことを全部自分のせいにされて目の敵にされている私には、次々に天上界で起きているような奇跡が起き、その悪いことを全部私のせいにしている人たちには、次々と不幸が起きているのです。

私が悪魔のような男なら、なぜ、そのような者に天上界で起きているようなことが起きるのでしょうか?

また悪いことを全部私のせいにしている人たちには、何で地獄界で起きているようなことが、次々に起きるのでしょうか?

今日も朝から、前の会社の連中はこのブログを書くのを邪魔をして、でかい音を散々立てています。

この連中だけではなく、私を目の敵にしている人たちは、皆、私の話など一切聞かず一方的に嫌がらせを続けているのです。

このようなことは善人がすることなのでしょうか?

そうして私はその善人(?)の人たちが思っているほど悪人なのでしょうか?

現実に起きていることが、その人が善人かそうでないかを物語っているように思えてなりません。

私には次々に奇跡が起き、それ以外の人たちには次々に災いが起きています。そのような現象がその人の心を現している、その人が善人か悪人かを現している、それ以外の何ものでもないのではないでしょうか。

3コメント

3 コメント to “続、庄内川での奇跡”

  1. ウナッシー2014/08/27 at 12:34 PM

    「私たちの魂は、この地上界に出生してくるときにはほとんどが、あらゆる転生輪廻を繰り返し、神の子として、偉大なるまるく大きい豊かな心を所有していたのです。」先日買った高橋信次先生の心眼を開く、から抜粋したものですが、これまで幾度も読んでいた内容だと思ったのですが、今回は読んだ時に心のそこからなんとも言えない、勇気だとか嬉しさがこみ上げてきました。まだ何か分からない淋しさに法灯が灯った気がしました。毎日時間の持てる限り読んで、この本も縁ある方々に伝えられるようにします。

  2. gtskokor2014/08/27 at 1:36 PM

    「偉大なる丸く大きい豊かな心を所有していた」というところにご注目ください。(「所有している」ではないのです)
    たしかに私たちは、生まれた時には、大きく豊かな心を所有していた人たちばかりなのですが、その生まれた時の心より、大方の方が、今生の修行によって心を退化させてしまうのです。(今生の修行に失敗する人が多いという意味です)
    それでまた地獄に堕ちて、そこからまた前と同じ世界に上って、また同じような修業を繰り返している、そういう人が多いのです。(つまり進歩がない人が多いのです)
    それは、私の回りの人を見ていても分かります。同じ間違いを何度も繰り返しているからです。(どれだけ天罰を食らっても、自分が悪いと理解せず人のせいにしているのです)
    同じことをしていては修業になりません。やはり私たちは前に進まないと意味がないのです。
    その修行の結果がすぐに現れる時代となりました。
    周りに起きてくる現象で、自分の修行がどれくらい進んでいるのか、それを理解しなければいけないのです。

  3. ウナッシー2014/08/27 at 5:51 PM

    有り難う御座いました。
    大変、勉強になりました。

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