9月 12 2014
朝日新聞の謝罪
昨日はまた北海道は雨が凄かったですね。今日も北海道は心配ですが、昨日北海道の方からメールが入りました。
そのメールによると、決して法から心が離れたわけでないとのこと、少々金欠でお金を払うのが遅れていただけだったそうです。
そうであるなら、あまりご無理をせず、払える時に払えるだけ払ってくださればそれで結構です、とメールを返しておきました。
何が心配かといえば、法から心が離れてしまうかどうか、それが一番心配です。
もし、今生法を知りながら、その法から心を離してしまえば、どれだけ法を説く人によいことをしたとしても、その人は今生の修行を失敗したということになり、死後は地獄行きです。(それだけ今生の修行は厳しいのであり、法との縁は何にもまして大事なのです)
そういう人をたくさん見てきましたので(園頭先生の弟子たちです。「園頭先生のお蔭で救われました」といわれていた人たちが、ちょっとしたことですぐに法を捨ててしまいました)心配していましたが、北海道の方はそうではなかったようです。
とりあえずホッとしました。(法を捨ててしまうだけで地獄行きなのです。では、この法に逆らっている人たちはどうなるのでしょう。そういう人たちは想像を絶する恐ろしいことが起こります。それが実際起きていても、それでもまだ法に逆らっているのです。本当に恐ろしい行為をし続けています)
この方が法を捨てていないということは、次のような出来事でも分かります。
この方は札幌に住んでいられるそうですが、あれだけ大雨になった札幌でも(ここ二、三日で四百ミリも降ったそうですね。それに避難勧告もでました)この方が住んでいる辺りは普通くらいの雨しか降らなかったそうです。
こういう経験は私にもあります。あの東海豪雨の時です。
あの時、名古屋の辺りは大雨に見舞われたのですが、私が住んでいた辺りはまったく被害が出ませんでした。
やはり法を知っていると、その人は守られるという証拠でしょう。
しかし、どちらにせよ、あれだけの大量の雨が北海道に降ったことは事実です。
早く法を拡げないと、災いは次々に起きるでしょう。
それはそうと、あの朝日新聞が謝罪しましたね。(晴天の霹靂〔せいてんのへきれき〕ですね〔笑〕)世が世なら考えられなかったことです。本当に時代が変わりました。
あまり反省ができていないという見方もありますが(たしかに謝罪の本質が、従軍慰安婦から東電の吉田元所長にすり替えられていたり、朝日新聞全体の責任というより、記者個人の責任という責任転嫁もされていましたが)これまで社長自ら記者会見に出て、あれだけはっきり自社の記事の間違いを認め、謝罪をしたことなど朝日はなかったのです。
それを朝日新聞は公の場でやったのですから、それはそれで認めるべきでしょう。
この記者会見は世界に伝わります。朝日新聞がまた同じような(裏付けのない)記事を書き、同じ間違いを犯すようなら、今度は日本だけでなく世界から信用を失います。
そういう意味では、天下の朝日新聞の大々的な謝罪は大いに意味があったと思います。(今後のマスコミのいい加減な取材記事の規制にもなりますし)
しかし、朝日はこれまでいい加減な記事(というより、日本を貶めるような記事)が多かったと思います。その業はいずれ現れるだろうと思っていましたが、やはり現れましたね。
実は園頭先生も朝日新聞には苦言を呈していられたのです。
朝日新聞について、次のような話を園頭先生はされたことがあります。
「十年ほど前(現在から考えると三十年くらい前の話です)に朝日新聞が、南京攻撃に参加した都城二十三連隊の兵隊の日記が出てきたと紙面一面に書いた。
これが南京大虐殺の証拠といいたてたが、これに怒ったのが都城二十三連隊の生き残りの兵隊たち。
調査の結果、宮崎の朝日新聞の支局員の記者が兵隊の名をかたり偽造したものと分かる。
朝日新聞は訴えられ敗訴。謝罪するも新聞には小さな記事が載っただけだった」
園頭先生もいわれていますが、朝日は昔からこのような(ねつ造)記事が多かったように思います。
こういう人を(日本を)貶める記事が多ければ、その罪はどこかで償わなければいけなくなります。(こういう記事を書いても、しっかり反省し大きく謝罪文を新聞に書いていれば、その罪は消えます。しかし、これまで朝日新聞はそのようなことをしてきませんでした。当然その罪は残ったままです)
朝日もここで反省出来なければ、いくら天下の朝日新聞とはいえ、その存続さえ危うくなるでしょう。(どちらにしても信用を落としたことは事実だからです。日本だけでなく、世界のです。それくらい朝日新聞の報道の影響は大きかったからです)
朝日新聞が自らの間違いを認め、こののち正しい報道をしていくのであれば、朝日は復活することが出来るでしょうが、また人を貶めるような記事を書くのであれば、これからの朝日新聞の没落は止まらないでしょう。
そのような、よいこと悪いことがすぐに現れる時代となったからです。
しかし、天下の朝日新聞が自社の間違いを認める時代となりました。
もういい加減、個人個人もその誤りを認め、神に頭を下げられたらどうでしょう。神に頭を下げるくらい、今回朝日新聞がした謝罪よりずっと楽なのですから。
それをいつまでもされないと、自分だけでなく日本が危なくなります。何も朝日新聞のようなメディアや政治家だけが、日本に影響を及ぼしているわけではないからです。
私たち一人一人が日本に多大な影響を及ぼしているからです。
個人個人の悟りが日本を救います。早くその自覚を持たれることです。(反省しないと天罰が当たりまくっていますから)



人目の訪問者です。

私事で恐縮ですが、昨日退社の帰宅途上で秋の虫の声の驚く事がありました。
いつもの様に車中で、共に働いた仲間の感謝と祝福をしていると秋の虫の声が聞こえてました。丁度信号待ちで車の窓も閉めていましたので「こんなものかな」位にしか思ってませんでした。しかし、その後ずっと走行中も聞こえ更には車に着いているかの様な大きさで聞こえてきたものですから、驚いて道路脇に車を止めて外に出てみました。すると更に大きな鳴き声でした。私の通勤路がそういう環境だとしても、今まで何度も通ったのに一切耳にもしなかったのにもおどろきでした。しかも、その止めた場所が国道沿いの待避所で、さほど草むらもないところでした。車で走っていても聞こえる虫の声は恐らく変わってないと考えれば、これまで自然との調和する心が聞こえなくさせていたと考えてもおかしくはないと思います。これを機にもっと自然にも目や耳を傾けていきたいと思いました。
これまで、調和できなかったことが調和できるようになると、いろいろ理解できなかったことが理解できるようになります。
法を知って、心を広げることは大事なことでしょう。
逆に、非常に悪いことをしているのに、それを認めようとせず頑なに心と行いを変えようとしないと、すさまじいほどの恐ろしいことが起きてきます。
そのすさまじいほどの恐ろしいことが、止まらなくなったところがあるようです。(もうパニくっています)
本当に哀れなものです。
ウナッシーさんを少しは見習えばとつくづく思います。(もうどうしていいか分からないようです)
そうでした、言葉足らずでした。
最後のところが不足でした。自然と調和すべき心が、いつしかそれを忘れさせていた。そのことが虫の声さえ聞こえなくさせていたのであり、そこを反省してもっと自然に目を向け耳を傾けていきたいと思いました。